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日ヤ安保委員会非公式事件『はぐれドーラ事件』にケリがついた直後のある日。
柏木迦具夜ことフェルフェリア・カシワギ・ナァカァラは、二藤部総理執務室に呼ばれて、とある要請をされていた。
無論、そこには三島や、ダンナさんである柏木真人の姿も……
「……ということなのです、フェルフェリア先生」
「フェル、俺からもお願いしますデス……ちょっとさすがに手が回らなくなってきてさ……で、あの件がやって来るだろ? フェルがいてくれたらメチャクチャ心強いんだけど……」
『ウ~ン……次のナイカクカイゾウまではニホンの政治の調査と、一通りのオベンキョウをと心に決めていたのですガ……ここに至ってはソンな事も言っていられないデスか……』
「そこんとこ、おいらからもお願いしますよフェル先生。外務省としても、そうしてもらえたら心強ぇんですわ」
頭を垂れる三人。フェル議員もウンウンと頷いて
『……フム……分かりましたでス。皆様がそう仰るなら、固辞するのも心がありませン。お受けいたしますデスヨ。私のイゼイラ終生議員としての知識がお役に立つなら、どうぞ存分にお使いくださいませデス』
その『皆様』の90パーセントを占めるのは、マサトサンの頼みであったからであったりなかったり。
その『報』は瞬く間に日本……いや、世界中に飛び、これまたNHKも日本の憲政にとって、また新たな歴史の一ページになる、重大かつ、小さな出来事をニュースで大きく流す。
『……昨日、浜官房長官の定例記者会見で急遽発表がありました、フェルフェリア・カシワギ・ナァカァラ氏……日本名、柏木迦具夜衆議院議員の“ティエルクマスカ統括担当副大臣”の就任ですが、この件、どう見ますか? 藤川さん』
テレビに映るは『政治部解説員』の肩書を持つ『藤川』という男の名。
『はい。実はこの特命閣僚職である“ティエルクマスカ統括担当大臣”という職。今まで副大臣として適当な人材がおらず、空席だったのですが、日本が銀河連合に加盟して以降、先日の“日・ヤ危機対策合同演習”や、昨日の国会で可決された自衛隊法の改正による、事実上の“ティエルクマスカ連合防衛総省太陽系軍管区司令部”の設立になる“銀河連合共同管轄自衛隊法”所謂“特殊危機対策自衛隊設立法”の与党多数、及び、立志と新時代など保守系政党の賛成による可決などがあり、現在ティエルクマスカ統括担当大臣である、柏木真人氏の補佐を行える人物が欲しいという、氏の要請で、このような形になったということですね』
『なるほど……しかしこの副大臣が奇しくもイゼイラ人で、しかも現職大臣の星間結婚で夫婦になった配偶者。かつ、件のかぐや姫の子孫が……というのが、もう世間で話題沸騰ということになっていますが』
『はい。更にそのような人物が、これから“認証式”に臨むわけですから、これも何かの運命というものを感じざるを得ないというところですが……』
『あ、すみません藤川さん。今、柏木迦具夜議員が、松の間に入ったそうです。中継が入ります……』
そう、フェルさん代議士。二藤部や三島、柏木らに『ティエルクマスカ統括担当副大臣』という要職の就任を打診されたのだ。
即ち、柏木の参謀である……というのも、これもフェルと柏木の仕事ぶりを党内の役員がそのまんま見た感じで、要は……
『副大臣でいいだろ、ありゃ』
という単純明快な判断であった。
ティ連関係の仕事となると、必ずといっていいほどフェルと柏木はタッグになる。ある意味必然といえば必然。ならば、もう副大臣にしちまえってな話である。
……そんなフェルさんは今、精神的に、カチカチのコチコチでアワワワワでヒャ~~ドウしましょう!……な精神状態であった。
なんせ日本のエルバイラの居城……には以前来るだけは来たが、今度は自分がエルバイラの御前で、副大臣の認証を受けることになろうとわぁぁぁぁぁ!と、そんな感じ。
愛するダンナが大変っぽそうなので、手伝ってあげようと思い受けたこの役職。
ダンナが大臣で、ヨメが副大臣。しかもティ連関係でいいじゃぁないのと、適当に書類にサラサラサインして、次の日にハイ副大臣。フンフンフン……ってぐらいにイゼイラ感覚で思っていたら、まさかニホン国の皇帝陛下様へ面と向かって認証していただけるとわぁぁぁっ! と、昨日から目がギンギンで寝れなかったフェルさん……ちょっと目にクマさんができていたり。
しかし彼女もイゼイラのフリンゼである。そこはまがりなりにも世が世なら御前の陛下と同格だ。
なので、イゼイラ国民への手前というものもある。情けないところは見せられない。
その服装も、イゼイラ大皇国時代の貴族が着用していた謁見用の礼装で臨んだ。
いかんせんフェルはフリンゼであるからして、本来なら謁見「される」方なので、謁見「する」方の衣装なんざ持ちあわせていない。っつーわけで、イゼイラにいるフェルと同じ旧皇終生議員な友人が持っていた謁見用装束のデータをもらってハイクァーン造成させたりなんかして、なかなかに大慌てであった。
そんな事もあってので、松の間に入ったフェル議員。
ここはイゼイラ人でもある日本人として、ティエルクマスカ敬礼の最上級で、膝を深々と曲げて応じ、二藤部から今上陛下へ、そして今上陛下からフェルへと辞令が交付される。
その見事な服装に、中継を観る視聴者は感嘆の声をあげていたり。
日本の一般的な慣例では、ここはモーニングで式に臨むところだが、イゼイラではそんな慣例はないのでフェルさんの常識では、大慌てで用意したイゼイラ皇帝への謁見用礼服で、という感じ。
「かの方々がいらした時は、色々とご尽力を賜りたく思います。陛下。」
「ハイ、委細此の身にオ任せ下さいでございまスデす。ヘイカ」
やんごとなき方に、お声をかけられるフェル。
陛下同士の高貴な会話。フェルは現在、イゼイラでは市民階級だが、今上天皇のお心遣いはかような感じ。
笑顔で恭しく右胸に右手を当てて、膝を折り、深々と頭を垂れる。
そして今上天皇も、日本国の一大イベントなあの事を既に知っておられるようだ。そして今度、件の精死病治療法の進捗についての話も聞きたいと仰る。
こういったお声掛けも異例中の異例である。フェルは見た目余裕で堂々と応じるが、内心はカチカチの……(以下略。
控室に戻った際、フェルさんは……クラァ~~っときて、ぶっ倒れそうになったという話……
ってか、アンタも相当な人物の子孫だろという話もあるが、当人は全く自覚ナシ子さん……いやはやである。
ただ……ニホンのエルバイラは、彼女達にとってはそれぐらいの人物なのである……特にナヨクァラグヤ帝に関わった人々にとっては……
………………………………
所謂『はぐれドーラ事件』直後。
日本ではそんな話も真っ最中な折……
地球時間で、シエと多川が、イラク領内でドーラ・ヴァズラーにトドメを刺し、この太陽系から奴らの痕跡をなんとか消し去ることができ、カグヤへ帰投後、三八時間後といったあたりだろうか?
冥王星宙域に浮かぶ、現在拡張工事中であるディルフィルドゲートは、久々の来訪者到来に時空間接続の唸りをあげる。
現在、冥王星ゲートは、火星開拓艦隊司令・ダル艦長指揮下の工兵艦隊によって、本格的な基地ゲートクラスに拡張工事中であった。
直径三〇キロ程の冥王星ゲートを直径五〇キロの中型ゲートへ拡張しようという話。
無論、そんな時でも普通に往来者はいるもので、さすがに『茨木―栗東間全線工事中で、名神高速に乗れません』なんて話にはできないので、拡張工事中でも、ゲート使用者優先の工事方法をとるのが彼らの常識。
彼らとしてはそんなに長い工期でもないため、そのあたりはもうこれが初めてというわけでもなく、慣れたものである。
『亜空間回廊波動到着。接続問題なし。お客さんがそろそろ到着するぞ、全作業艦艇はゲート外へ退避せよ。繰り返す。亜空間回廊波動到着……』
冥王星近郊で作業をするディルフィルドゲート工事艦艇群。
ゲートに澄み切った水面のような空間境界面が形成されると、作業艦艇はエッチラとゲート正面から退避する。
工事中のゲートとはいえ、その造りは以前よりはしっかりしたもので、航行制御ブリッジも艤装され、ヤルバーンがあり物の材料で造ったゲートとは見違えるようになっていた。
そんなゲートが唸りをあげて臨界状態になる……
そして……
いつもの如く、ドォーーーーン! なんていう音は鳴らないものの、その重力波動は大気のある艦船内にはそんな感じで響き渡る。
澄み切った湖面に巨大な物体を投げ込んだかの如く、空間波動をまとってティエルクマスカ連合の護衛艦隊が、まず姿を現した……
先行するはデスロトロイヤー型。所謂駆逐艦に、次に来るは巡航艦にフリゲート。
このあたりは、全長二〇〇メートルから三〇〇メートル級。
そして五〇〇メートルから八〇〇メートルクラスの機動母艦。
一〇〇〇メートルクラスの機動高速戦艦クラスが、バカスカとディルフィルドゲートから姿を現す。
『ヒヨヒヨヒ~……』なんて音はしないが、そんな感じ。
それを見るゲート工事部隊の諸氏は、やんやの大騒ぎ。
壮観この上ない艦艇群が、冥王星の衛星カロンを背に、主星冥王星を遠くバックにして、その宙域に顕現していく。
そして、護衛艦隊の主幹艦艇。二〇〇〇メートル~五〇〇〇メートルクラスの大型機動母艦に大型機動戦艦が登場。
一際大きな空間波動をまとってドッカと登場すると、即座に羽虫のような護衛機動兵器を多数発艦させ、艦隊の四方へと放つ。
その中の、旗艦級大型機動戦艦の中の一つ。イゼイラ船籍『戦艦バーシェント』に乗艦するご存知、ヘストル・シーク・テンダー セタール星系方面軍司令・統合軍一等ジェルダー。所謂大将閣下。
『護衛艦隊のディルフィルドアウト状況を報告しろ』
『先行艦隊は全艦艇、アマノガワ銀河タイヨウ恒星系メイオウセイ宙域に到着。各国政府中央艦隊直協体勢へ移行』
『よし、各国のデカブツ到着の邪魔にならんようにな。各艦、ここにはガーグ・デーラ野郎どももおらんから、特に艦隊の陣形に五月蠅いことは言わん。とにかく各国政府中央艦の誘導を最優先に頼むぞ』
『了解。全艦艇に通達します』
冥王星ゲートに展開した先行護衛艦隊。
大きく各艦散開し、ゲート開口方向を開けて、各国政府中央艦を迎え入れる体制をとる。
……しばしの時間を置いた後……
先陣を切って登場したのは、全長八〇〇〇メートル級。その流線型船体が美しいデルベラ・ダストールデルド星系連邦総国『ヴェッシュ・ゼド・バウラー』
次に超縦長の、ビルディングのような船体が特徴的な、全高七〇〇〇メートル級。パーミラヘイム星間連邦共和国の『ベントラ・ジェント・ジーン』
次、まるで釣り針が複雑に絡み合ったような、ティ連世界でも芸術的な艦影を誇る、カイラス星間共栄連邦の一〇キロメートル級艦『サーフェルージェ』
……上から見れば、まるでロングソードのような艦影。ブリッジ部に都市のような構造物が集中し、ティ連主要大国の威厳を放つ巨艦、ディスカール星間共和国の『サラダン・デ・ディスカール』
……細長い、中央に凹状のスリットを見せて、チラチラと光を点滅させるは、木曜日なテーマソングがよく似合う、八〇〇〇メートルもの葉巻型宇宙艦艇、サマルカ統一連帯群国中央指令艦『中央セクター001700』……その艦から発艦した、土星のような形をした艦載機が、船の周りで編隊を組む。
……これは本当に宇宙艦艇かと思わせる、まるで深海の幽玄な海洋生物か、それとも超巨大なシャンデリアを思わせるザムル国の政府中央艦『意思と栄光』
……その後、まだ地球人類が知らない種族を載せた、キロメートル級の政府中央艦が、数十隻、ガンガンとディルフィルドアウトしてくる。
その艦艇に、近隣の大小ティ連加盟国代表が、仲良く寄合で乗っているという寸法。
そして、ラス前に到着するは、我らがイゼイラ星間共和国の誇る政府中央艦。
その艦影、イゼイラの幾何学的な艦影らしく、六角形の船体が三つ、化学式のように連結し、その中央上下に、一〇〇〇メートルぐらいの、都市のような塔がそびえる荘厳な船。悠久なるイゼイラという意味の言葉を持つ、全長一五キロメートルの都市型巨艦『ディルダー・イゼイラ』
次に、オオトリは……
ディルフィルドゲートの総面積三分の二ほどの、想像を絶する空間波動をぶっ放して到着するは、ティエルクマスカ連合議長座乗の、ティエルクマスカ連合が誇る、ティ連加盟国全ての技術が結集した、超大型艦艇、全長二五キロメートルを誇る二重十字の艦影を持つ船……その名もズバリ『ティエルクマスカ』……
その船が冥王星宙域に、ドカンと顕現した時、冥王星のデイルフィルドゲート工事部隊はやんやの騒ぎ。
そりゃそうだ。その船、よほどの連合行事か、よほどの有事、よほどの危急事態にでもならないとお目にかかれない船である。
いつもは連合本部人工星系の本部人工惑星北極部に埋め込まれるように格納されている代物なのである。
とにかく滅多にお目にかかれない。
JRのドクターイエローか、このティエルクマスカか、というようなレアモノなのである。
というか、そんな事よりも……ティエルクマスカ各国代表団の皆様と大艦隊。
殿に、残りの各護衛艦艇。政府調査艦艇などを引き連れて、総勢五百数十隻。
太陽系へお出ましであった……
…………
そんなティ連の皆様が太陽系へいらっしゃるちょっち前の話。
米国資本の、とある最大手動画サイトはちょっとしたお祭り騒ぎになっていた。
……とある動画がアップされる。
そのうp主は、中東某国の武装組織「神に捧げる者達」と呼ばれる、テロ組織ではない小規模な部族武装組織だ。
その映像には、頭がうねりそうになるアラビア音楽に、ちょっと合成がイマイチなアラビア語の文字テロップ。何書いてあるのかサッパリワカラン。
さしずめ……
『ونحن، جنبا إلى جنب مع رسول الله، وكان لدينا المنافقين الذين باع روحه للشيطان من أجل القضاء على!』
こんなイメージ。あくまでイメージ。
それを訳すとこんな一言が。
『我々は、神の使徒とともに、悪魔に魂を売った背信者どもを根絶やしにした!』
『神の使徒、マージェルツアレは、我々の信仰にお応えくださった!』
などとテロップが出ていたり。
そこに映るは、誰がどんなタイミングで撮影したかは知らないが、おそらくスマートフォン程度の解像度な映像動画で、敵のアホ国兵士の攻撃をかわしながら物陰に隠れ、必死の想いで撮影したのだろう。ハァハァと息を切らせる声に、銃声の音。何かアラビア語で叫びあう声に、着弾音。
そんな中東でよく見かけるありきたりな戦闘映像の中に、視聴者がドギモを抜かれるカットがあり、それが大きな話題を呼んだ。
それは何か大きなガラクタを纏って、キラキラと機械光を灯す不気味で超巨大な化け物の映像が一瞬。
武装部族を襲う、異様な配線ともなんともいいようのないものを身にまとった、人が変異した不気味な化け物が襲ってくる映像。
そして、そんな状況に対峙する、その化け物ほどではないが、青と水色の迷彩色をした、巨大な機械的なドラゴンとも翼竜とも、恐竜ともいえるような姿の物体……ただこちらは、洗練された意匠で、どうみても対峙するあの不気味な化け物とは違った感じの存在……そんな二体が、終末世界の再現のような戦闘を繰り広げている映像であった。
時間にして、二〇分程の映像。時間後にその撮影主は吹き飛ばされたのか、爆音の後、映像がブッツリそこで切れていた。
そんな映像を恐らくその仲間が見つけて編集されたものが、このアップロードされた動画だろう。
当然、ソレを見た世界の視聴者は、いろんな反応を見せる。
「こんな特撮を見せて、テロ屋は何を考えてるんだ?」米国
「いや、“神に捧げる者達”は、使徒派だろ。テロ組織じゃねーよ」スウェーデン
「使徒派だろうがなんだろうが、武器持ってドンパチやってたら、テロ屋予備軍だよ」英国
「ってか論点ずらすな。これ、SFXか? 本当に」米国
「あの気色悪いのは何だか知らんけど、メカザウルスは、ティ連のメックじゃないのか?」カナダ
「マージェルツアレとか言ってたな。しゃべったのかよ」トルコ
「でも、映像であのアホ国のバカ連中も吹き飛んでたな。そこはスカっとした」シンガポール
「確か、この日って、ティ連と日本が演習やってたんだよな。あれから発表があったっていう……」フランス
「そそ。で、ソ連と中国? とナチのマーク付けた化け物って……どんなイヤミなアグレッサーなんだよwww」フランス
「アグレッサーでも、あんな化け物って……本当にティエルクマスカにいるのかな?」ドイツ
「まぁいてもおかしくはないよなぁ……あれが演習の仮想敵っつんだからなぁ……」米国
「なんか置いていかれてるよな。俺達……」イタリア
「で、このアホ連中との戦いも、それと関係するのかよ」スペイン
当然こんな動画をウォッチする連中は当然至極な反応を見せるわけだが、それ以上の反応を見せるのは……当たり前ではあるが、各国政府である。
まず第一に、今まで少数派で、主に東の方、即ちトルキスタン方面での活動がメインで、中東方面ではあまり活発な活動実態のなかった『使徒派』が、この映像を機に、急に活気づいて、かのエセ国家テロ屋どもを押し返しているという。
中には、とあるエセ国家の支配下にあった町を奪還し、囚われていた人質を解放するという成果もあげているという話だ。
そんな予想だにしない方向へ、この中東地域もかの一件で動いたようで、今現在日本政府にはその問い合わせが殺到していたりする……あの動画サイトにアップされた映像の詳細な説明が欲しいということだ。
当然各国政府は、その“神に捧げる者達”が語る話の内容なんぞどうでもいい。
当たり前っちゃぁ当たり前だが、その映像を分析した各国政府は、一瞬映ったドーラ・ヴァズラーと、試製15式『旭龍』の部分で、その分析データを提示して「なんだこれは」と回答を迫ってくる。
無論、その質問の内容は……
「あの動物型ロボットは、ティ連の新兵器か?」
「あの正体不明の不気味なロボット? は何者か」
「なぜ、中東のあの地域に、あのようなものがいるのか?」
「先日法制化されたSpecial crisis measures Self-Defense Forces(SCMSDF・特危自衛隊)と何か関連性があるのか?」
「もしそうなら、SCMSDFは、海外派兵を容認し、ティ連防衛総省と連携して地球の他国に武力を行使する組織なのか?」
「日本の憲法9条は、SCMSDFには適用されないのか?」
そんな問い合わせが世界各国から矢継ぎ早に飛んできて、外務省各部局は大慌てのてんてこ舞いになったりする。
もちろん、それ以上に世界が話をさせろと迫ってきてるのが……柏木大臣と、就任間もないフェルフェリア副大臣であったりする。
……特にフェルさん副大臣就任後は……
「日本で、宇宙人が政府閣僚になった!」
と、日本以上にデカデカと世界で大きく取り上げられ、騒がれたので、はっきりいやぁ、別にフェルでなくてもいいことを、なんだかんだ理由つけてフェルと話をしようと世界も色々知恵を絞っていたりするわけである。
その中には、やはり日本国とヤルバーンが『演習』としている内容の、ヤルバーン側の回答を求める声が大半だ。
でもって、そんな世界の反応やら問い合わせがある中、柏木とフェルは宇宙空母カグヤへ出向いていた……
……その娯楽エリアのサロン。
パンと手を叩いて拝み倒すは……多川信次・特危自衛隊航空宙間科・一等特佐。
「いや、スマン! 柏木さん! フェルさん! でもわかってくれ! あの時はアアする以外になかったんだよぉ~」
そこで愛する伴侶を庇うのは……
『ソウナノダ、カシワギ、フェル。アノ判断ヲ下シタノハ私ナノダ。ダーリンハ付キ合ッテクレタダケナノダ。シンは悪クナイゾ。ゼ~ンブノ責任ハ私ニアル』
と、淡泊な言葉でありつつも、両の掌を合わせてスリスリする、シエ・カモル・ロッショ航空宙間科一等特佐。
いやいやそれは違うとシエの言葉を庇う多川。そうじゃないとこれまた庇うシエ。
そのやりとりを見て、付き添いで同席していた藤堂定道 海上宙間科・特将捕がそんな話に割って入る。
「お二方、実際の話、現場の判断という話で済まないかもしれないのは理解していますが……あの時はああする以外に有効な手立てが無かったのは事実です。まぁ、タラレバは言いたくはないですが、それでもあの時、ああしていなければ、また……なんでしたっけ? 次元……溝ですか? そんなめんどくさい場所へ逃げられて、今でも事が済んでいたかどうか……」
すると、同じく同席していた、現在のカグヤ最高責任者でもあるティラス・ヴァージ・サルド艦長も……
『ソの通りデス、ファーダ。シエイッサと、タガワイッサの判断で、あのドーラ・ヴァズラーを結果効果的に抹消できましタ。ヤルバーン防衛総省からも、何ら査問の対象ではない。査問対象どころか、むしろ受勲モノだという通達を受けております。ドウカそこを汲んでいただけマセンか?』
そのカグヤのみなさんの話をじっくり聞く柏木大臣と、フェル副大臣。
その内容はともかく、柏木の第一印象は、(よくぞここまで日本人とティ連人が合同で連携機能している部隊になってるなぁ……)と、そのカグヤの連携と連帯にほとほと感心する。フェルも同じような感じ。
「クククク……」
『ウフフフフフ……』
そのみんなの様を見て、思わず笑ってしまう柏木とフェルさん。
特にシエと多川の庇いあいは、ある意味見ていて微笑ましい。
「ああ、いやいや、よくわかりました……誤解しないで欲しいのは、私はここに査問しにきたわけではありませんから」
「え? そうなんですか?」
と多川。きょとんとして柏木とフェルの顔を見る。
「はい。ってか、そんな権限私に無いですよ。特危は総理の直轄ですからね。最終的な判断は総理がしますが……その評価は、今回私へ委任されています。で、ちょっとお話をうかがいに来ただけですから、そんなにご心配なさらずに……」
「はぁ~そうだったのか……」
胸をなでおろす多川。
「でも、フェルはシエさんに説教して注射するんじゃなかったのか? ハハ」
『モーいいでス。シエとケラー・タガワ見をていたら、ナニカそんなの、もうどうでもよくなっちゃイましタ。ウフフフフ』
「はは、ほんとほんと」
なんともバツの悪い多川とシエ。多川は頭かいて、シエは視線逸らして、内股の間に、両の掌挟んで、頬染めながらそっぽ向く……それでもって柏木は話を続ける。
「……私も……実をいうと、総理と三島先生、井ノ崎先生にはですね……あの件、地球に侵入を許すんじゃないか? とは予想して、そういう事態に備えた方がいいと話をしてはいたんですよ」
「え? そうなのですか」
「はい……まぁ、ただまさか、自発的に地球へ、しかもあんなヤバイとこへ落とすなんて想像もしませんでしたが……」
それを言われるとツライ多川。シエはそんなのしったこっちゃないので、平然とした顔。
「……ただ、これも思いっ切り結果論な話なんですが、それがかえって良かったみたいでしてね」
「は? 良かっ……た?……ど、どういう事ですか?」
そう、実は日本は今のところ世界からの問い合わせに、公式非公式を問わず「関係各方面に確認中」と、見え見えのスットボケをかましているが、あのイラクでの行動は、柏木の言う通り、結果論で良い方向に働いているという。
その理由は、『結果的に』あのエセ国の勢力拡大を食い止められたという点だ。
使徒派が勢いづいて、『大天使マージェルツアレ』の言葉に呼応して、次々にあの地区へ使徒派部族が集結しているという話。結果として、かのエセ国組織を抑え込めて、西側の有志連合も作戦が行いやすくなったという事。
彼らは、有志連合と協調はしていないが、これもお互い利用し、利用されつつうまい具合にやっているという点。
「……と、そんな感じになっているみたいで、世界各国政府からは此度の件、実は意外に評価が高いんですよ」
一部のインテリジェンスでは、ヤルバーンが『演習』名目で行った、エセ国掃討作戦ではないかという予想もされているという話。
彼らティ連人の倫理観からみれば、魚釣島事件の一件を考えても、そのぐらいのことはやりかねないという予想。
つまり、世界各国は「演習」という範疇で物事を見てくれて『は』いるという事である。
その関係で言えば、各国はドーラ・ヴァズラーを、異星の敵性体という認識ではなく、ヤルバーンが設定した演習のアグレッサー(仮想敵)という認識で見てくれているようだった。
確かにそれもそうである。彼らは、先の魚釣島事件で、それぐらいの事はやってみせる。
それ以前に、ガーグデーラ・ドーラという存在自体を地球世界は知らないわけでもあるので、そもそも、かのドーラ・ヴァズラーを、地球世界各国はティ連に対する敵性体と認識できていないのである。
せいぜいヤルバーンが作った、悪役設定なんだろうと。
そもそも、現実の悪役にしては、その姿が常識外れにすぎると。
過去にティ連が敵対した勢力の兵器か何かのゼル造成品モノぐらいに思っているようである。
そもそも、体にソ連マークとカギ十字はいくらなんでもおふざけだろうと……そう思いもするわけである。
「で、ですね。むしろヤルバーンと銀河連合のわが国が、地球世界の安全保障へ積極的に参加してきたと、むしろ歓迎されているぐらいでして……困ったものですが、ははは……」
「え?……じゃぁ処分は?……」
「なんか初めは『減俸一ケ月』とかいう話だったんですが、ヤルバーン州軍がお二人に『叙勲する』とかいう話がでてきちゃいましたんで、それもウヤムヤの内に、ナシな話になりました」
ハァ~っと胸をなでおろす、多川にシエ。
多川は、クビにならずに済んだという意味。
シエは、現場の判断を認めてくれたという安堵感。
しかし、仮に減俸一ヶ月になったとしても、これはこれで相当に軽い処分ではある。
「で、ですね……問題は外じゃなくて、内の方にあるワケでして……」
その話をすると、多川に藤堂が、頭をガックシ垂れて、大きくため息をつく。しかし、自衛官としては具体的には語らない。いや、語っちゃいけないのである。
結局、今回の演習。
ドーラ・ヴァズラーが、ソ連にナチの旗を掲げて現れてくれたおかげで、むしろ世界各国の警戒感が一気に萎えてくれたわけで、ヤルバーンのエセ国に対する示威行為も含んだ演習と、現状各国は勘違いしてくれているわけである……ちなみに、米国とロシアの国章は、運よくご都合主義的に、シエと多川が吹き飛ばしてくれていたので、映っていなかったようである……中国は二個ほどお星様が残っていたり……
ただ、それでも各国まだ訝しがる風潮はあるが、そこをあえて銀河連合日本から、ワザワザ触れるのも意味がないので、二藤部達政府はもうこの件に関しては、ヤルバーンとの演習という回答以外は知らぬ存ぜぬを貫き通す事にした。
そもそも、旭龍に多川が乗っていた事自体も極秘事項なので、ヤルバーンパイロットということにしておけば、まだ体裁は保てるのである。
おまけに世界各国はむしろ現状の結果に内心感謝しているぐらいであるからして……今回に関しては、各国もあまり追及をしてこなかったり。
……結局メンドクサイ事は内にあり……
国会では、民生党に日本共産連盟が奇声あげて、次の予算委員会で張り切って待ち構えているという話。
世界は、かような日本とヤルバーンの行動を、あえて黙認し、口に出しては言わないまでも、むしろ現状を歓迎する方向でいる。つまり、これが世界の『安全保障』に対する常識なのである。
つまり『大人の対応』というヤツだ。
『聞きたいけど、あえて聞かないようにしてやる。その代わり貸し一つな』
そういうことである……別に珍しい事ではない。今この時、この瞬間でも、かような国際関係の貸し借りは日常的にあるものなのだ。
しかし……日本ではご覧のとおり。
あんな騙り詐欺国が、かような事をして、多川達が件の実力行使を行った結果、世界が今のところはあえて黙認してくれているというのに、このザマである。
テレビでは、あのフランケンシュタインのような顔の新野党党首が今回の件を
「憲法違反だ。ティ連との完全合意がまだできていないのに、このような過剰な『演習』を行った防衛総省と、特危自衛隊との連携のあり方を再度検討すべき」だの……
故ギャグマンガの大家が書いた、ほっぺに鳴門マークつけたくなる野党党首も
「特危自衛隊自体が、日本の平和憲法を阻害する戦争容認組織となっている。かような過剰な演習は日本に必要ない。ティ連と協議し、平和憲法を尊重する方向性を、特例事項として認めるよう重ねて打診すべき」
と、発泡飛ばして、必死に訴える。
そんなところを多川と藤堂に話す。
「……とま、そんなところです。ですので思ったよりは事後処理しやすいですから、あとはコッチに任せてください」
柏木はなんとかなると、カグヤ諸氏に話す。
「重ね重ねすみません柏木さん。頭上がらんですよ……」
多川が苦笑いで、また頭をかく
『アア、サスガハカシワギダ。マタチューシテヤルゾ』とシエ。
「シエさぁん……もう、多川さんが目の前にいるんですからぁ……」と大臣。
「いや、今回はチュー一回ぐらいなら大目にみるです」と多川。
隣で、ゴゴゴゴと、やっぱり用意してきたオチューシャに手をかける副大臣……
……とまぁ、色々この件は尾を引く事になろうとは思うが、それでもあのドーラ・ヴァズラーを始末できた結果と功績に比べれば小さいことで、幸いでもある。
それよりも、この事をウォッチしていた別の軍団が、これまたいることを忘れてはならない。
『……ファーダ・カシワギとフリンゼはいらっしゃいますか?!』
カグヤのイゼイラ人ブリッジ要員が、サロンに柏木とフェルを呼びに来る。
放送で呼べばいいのに、丁寧に呼びに来てくれる。
「はい、ここです!」
『ア、お話し中申し訳ありませン。ブリッジまでお越しいただけますか? ファーダ・ニトベから通信が入っております』
「あ、そうですか、わかりました……なんだろ?」
と、諸氏、揃ってブリッジへ。
ブリッジでは、ニヨッタが大型VMCモニタを開いて待機してくれていた。
「すみませんニヨッタさん」
『イエイエ、ではオ繋ぎシマスか?』
「あ、はい、お願いします」
すると、即座に二藤部の顔が映る。
『柏木先生、フェルフェリア先生、ご苦労様です』
「恐縮です総理」
『ハイでゴザいます。ファーダ』
『で、そちらのクルーのお話は聞けましたか?』
「はい。ま……現状維持でいいのではないでしょうか?……白木達には苦労かけますが。はは」
フェルも旦那に同意して、コクコクと頷く。
『わかりました。その点は先生方ご両人に委任しましたから、お任せします』
「了解です……で、このような通信でお話とは、何か急ぎのご用でしょうか?」
『はい……あ、いやぁ、先程連絡がありまして……』
「?」
『?』
『……かの方々、いらっしゃったようですよ。ハハハ』
「え゛! いよいよですか!」
『アラアラアラです……ウフフフ』
とうとう来たか! な顔の柏木大臣。フェルはウキウキである。そりゃそうだ。本国の知った顔と会えるのだ。嬉しくないわけがない。おまけにサンサも来ているという事だし。
二藤部が言うには、今さっきヴェルデオ知事から連絡があり、冥王星宙域に大艦隊で到着したという話。
そして、どういうタイミングで地球-日本に行けばいいいか、指示が欲しいと言ってきているという。
「指示って……はは……向こうが段取り組んでるのにですかぁ?」
『要するに、“はぐれドーラ事件”の件で、気を使ってくれているのですよ。マリヘイル閣下や、サイヴァル閣下達も、この件、充分熟知していらっしゃるようで』
するとフェルが……
『では、ファーダ・ニトベ。早速ですが、記者会見の準備を行った方がよろしいのではないでしょうカ?』
「そうですね。フェルの言う通りです。流石に世に対して、何も告知せずに来てもらうのも、ドッキリに過ぎますしね」
『ええ、もちろんです。そこは以前の打合せどおりに』
「はい」
『で、お二人の式の件ですが……これをどうします? 記者会見の際に言いましょうか?』
すると柏木は頭抱えて……
「いやぁ~……それはもうマリヘイル閣下にお任せですから……もう好きにしてもらっているという感じなので……」
『ハイですね……ナンでも、ヴェルデオ知事のオハナシでは、招待状はいつでも送れる状態だという事らしくて……モー、マリヘイル閣下はぁ……自分が楽しんでるんですからぁ……』
「ええ、とまぁそんなところなので、とりあえずは……」
『はは、わかりました。では、その件はティ連側にお任せしましょうか』
と、そんな感じで話を進める柏木とフェルさん。
冥王星近海で待機中のマリヘイル旗下、調印艦隊。
とりあえずのスケジュールで、まずは地球での記者会見を行うので、しばし来訪は待って欲しいと伝える。
なんせ彼らの事だ。その気になれば、太陽系の果てからでも数分で地球近海へ簡単にやって来れる。
マリヘイル達からすれば、いつでもどうぞというところだろう。
………………………………
そして……
はぐれドーラ事件から三日ほど経ったある日。
即ち、ティエルクマスカ連合加盟式典調印艦隊が到着して次の日ぐらいの事……
世界中の天文関係者は、何事かという感じで、観測機器や望遠鏡を空へ向ける。
みんなして向かうその眼の先は、無論、冥王星であった。
しかし、この冥王星という星。地球からは観測しにくい星である……だが、今回は冥王星自体はどうでもいい。
その宙域で観測された、異常な『赤外線反応』にみんな目が行く……ありゃ一体なんなのだと。
今や世界は、ヤルバーン州の公表によって、冥王星宙域に、彼らのディルフィルドゲートがあることは周知の事実となっている。で、その近くでそんな多数の妙な赤外線反応ときた……当然日本国外務省は、かような疑問を持つ人々の、数多飛ぶ質問の矢面に立たされる。
しかしそこは日本国官僚二三〇〇年の奥義……
「え~……現在、目下誠意調査中でありまして、後ほど本件を精査した結果、その内容及び結論がわかり次第、え~各担当部署から、え~前向きな発表があるものかと、存じております」
必殺、のらりくらりたらい回しの術。
市役所に行って、メンドクサイ書類や、金をもらう処理をやると必ず食らう手である。
わかんねーんなら、わかんねーって言えよ! と相手をキレさすことに長けた奥義である。
役所がこういう言い回しをする場合。まぁーそのほとんどに、その後、何もない……以上終了である。
しかし、これもわからなくはない。
彼らとて「んなもん知るかボケェ! テメーでヤルバーンに聞いてこい! なんならティ連逝くか? あ?」
と言いたいのだが言えない。そこでヨヨヨと泣くわけにもいかないので、困ったもんである。
「白木室長ぉ~……なんとかしてくださぁいぃぃ……米国議会が、また変な輸入関税法出すとか言ってるっすよぉぉ~……」と死にそうな北米局の人。
「中国が気持ち悪いですぅ~……なんでも無かった事にしてますぅ~……韓国が慰安婦の人数また増やしてきましたぁぁ~……慰安婦バブルですぅ~~」とアジア大洋州局 の人。
「ドイツ人が家に帰してくれないと泣き入れてきてますぅ~……ユダヤ人団体が、あのカギ十字はなんだと文句垂れまくりですぅ~」と欧州局の人。
「白木さぁ~ん……使徒派の人らが、ヤルバーン州へ『巡礼』させろとウッサイですぅ~……」と中東アフリカ局の人。
「ペルー政府が、フェルフェリア副大臣をナスカ平原へ招待したいって言ってますが、どうしますぅ~?」と中南米局の人。
「あーーーーー!! うっさぁぁぁぁぁい!! なんで俺んとこばっか来るんだよッ! テメーらで何とかしろよっ!!」
バックに効果線入ってキレる白木室長。
「何言ってるんっすか、これもみーーんな情報官室がヤルバーン外交独占した結果じゃないっすか」
「ツケっすよ、ツケ」
「そーだそーだ」
『3』な口をして文句たれる各局諸氏。
「んなもんオメーら、こっちゃもうティ連の一員なんだぞ、もっとデカイ顔してモノいってやりゃぁいいだろうがよ」
「そうは言いますが室長ぅ~……」
「そうっすよ。そんなのお宅はティ連さんの人員と年がら年中付き合いあるからいいですけど、こっちゃ基本、ヤルバーン州さんとことはご縁ないんですからね……相手に突きつけるネタなんか持ち合わせちゃいねっすよ」
「あ~……そうきたか……」
そりゃ仕方がない。今まで政府内でも機密扱いの多いティ連関係の事案である。そうそう迂闊に他部局へホイホイと言えないのも事実だ。
どっかの部局なら、すぐにハニーナントカにかかかって……なんてのも出てきたり。
「もー、あれだぜ……めんどくせーし、鎖国でもすっか。な。」
白木が目を細めて、小指で鼻ほじりながらそんな一言。
と、アホな冗談をほざきつつ、他部局の泣き言を適当にあしらっていると、デスクの電話がピロピロと鳴る。
「はい……え? 俺に来客? 誰……あぁ、はいはい。わかった。すぐ行くと言っといてくれる? はい。すみませんね」
カチョンと受話器を置く白木。
「んじゃ、苦情受け付けは終了。来客失礼しますよ」
「あ、逃げるんっすか室長」
「客だっつってんだろーよ。じゃあねぇ~」
ピラピラと手を振って部屋から出る白木。
省のロビーに行く彼。そこで待つ女性の姿……綺麗なスーツ着て、お付きの黒服が数人いるようだ。
白木の姿を見つけると、腰のあたりで手をピラと振っている。
「おう麗子、お待たせ」
「お仕事ご苦労様ですわね、崇雄」
「まぁな。で、どうした? 麗子が自分から省に来るなんて珍しいじゃないか」
「ええ、ちょっと経産省の方に用事がございましてね。ついでで寄って見ただけですわ。お昼でも一緒にいかがかと思いまして」
「え? あ、もうそんな時間かよ……そうだな……どっか食い行くか」
と、そんな婚約者同士の和やかな話に割って入るように、白木のスマートフォンがピロピロと音を鳴らす。
「はい、白木です。あ、統括官、お疲れ様です……はい……はい……え!? 本当ですか! ええ……ええ……ハッ、なんかそんな話もありましたね、ハハ……はい、了解です。すぐにでも。では……」
プっと電話を切る白木。
「麗子、すまねぇ……急用だ」
「どうかしましたの? 聞いていると、悪いお話ではなさそうですけど……」
「ああ」というと、白木は麗子の頭をクイと自分の方へ引き寄せて、耳元でゴニョゴニョと呟く。
そのゴニョ話に、目をカっと見開いて驚く麗子。ウンウンと頷いている。
そしてゴニョ話終了。
「あらあらあら、それはそれはそれは」
「ということだ。どうだ? メシより面白そうだろ? 今から第一大使館に行くけど、一緒に来るか? メシはそっちでも食えるだろ」
「それはモチのロンですわ。私も安保委員会の一員ですもの……村田?」
「はい、常務」
「この後の予定、すべてキャンセルしてくださいな……」
そういうと、麗子も村田の耳元でゴニョゴニョと話す。村田も、目を見開いて聞く。そしてウンウン頷く。
「……なるほど、畏まりました。その件に比べれば、この後の予定なんて何時でもいいことですな」
「わかっておりますわね村田。では、私は崇雄と一緒にヤルバーンへ行きますから、みんなはもう帰社して頂いて結構ですよ。帰りも彼に送ってもらうなり、彼の家で泊まるなりしますから」
「は、では白木室長。常務の事、よろしくお願いいたします」
「了解です村田さん」
そんな感じで、羽田に向かう政府官僚と、大企業役員という奇妙なコンビ。
事は着々と動いていく……
………………………………
地球時間にして、正月気分も抜けて、冬真っ盛りな感じ。恵方巻の宣伝が、コンビニでも始まりそうな、そんな頃。
ってか、今年の政府関係者、特危自衛官にヤルバーン州のみなさん。この物語を紡ぐ天の眼も、ドーラ・ヴァズラーや石のおかげでクリスマスも正月もあったもんじゃなかったわけだが……
……日本国永田町の総理官邸。
フェルさん副大臣も、ここに執務室をもらって、ちょっと偉くなったが、ほとんど自分の執務室にはいないわけで、柏木大臣の執務室で仕事をしていたり。
こういうところ、夫婦閣僚の強みというか、互いの連携に関しては素晴らしい働きをみせる。
そういう事でフェルは、柏木の執務室で報告書を作成していたり。その内容は先のはぐれドーラ事件における事後処理である。柏木が今、二藤部と打合せなので、まとめるのを手伝っていた。
しばし後、柏木が帰ってきた。
『ア、マサトサン。お帰りなさいでス』
「ああ、ただいま」
『例の報告書、書けましたのでデータベースに上げておきましたヨ』
「ホントにすんませんです。フェル様……いやはや、もうね、こんな感じだからフェルに副大臣お願いしたんだよ……」
『ホント、忙しそうデスねぇ……私もお受けして正解だとシミジミ思いましたデスよ……こんな状況、マサトサン一人なら死んでしまいマス』
「でしょ? ありがとうございます。感謝感謝です……と、それよりもフェルを迎えに来たんだよ」
『ア、ではそろそろデすね』
「うん、一時間後に記者会見だ。会議室に行こう。みんな待ってる」
『ハイです』
……その日の午後十二時〇〇分。
今日は平日である。従って記者会見の時間を、お昼時に設定した。
この時間帯なら、会社の昼休みにでも、テレビを見ることができるだろう。
内閣総理大臣・二藤部新蔵は、官邸名物にもう完全になってしまった首相記者会見を行う。
この首相記者会見、最近はしょーもない内容だったら、内閣府にクレームが来るという始末。
少し前、二藤部が「新たな首相談話を発表する」と言った際、韓国の件の妙な女性大統領が相も変わらずな能書きを垂れ、その件でまた二藤部が直接記者会見をやった。
すると……
「んなどうでもいい奴の言う事にいちいち反応するな」
「それよりも、ティ連関係の発表はないのか?」
「以降、ティ連関係以外の事で、記者会見はしなくていい」
と、散々なクレームが来たようで、なんだかなぁと官邸も頭を抱えてしまったという話。
つまり、それほどにここ最近、二藤部が発する情報はトンデモでありつつも、代わりばえのしなかった日本にあって、何かが変わると思わせ、変わる事に飢えた日本人に、ある種のカタルシスを与えたわけでもある。
それが良いか悪いかは別にして、この首相記者会見に対する国民の反応そのものが、今のティエルクマスカ人達との付き合いそのものであり、日本人の持つ本来のエートスそのものを解放してしまっている何よりの証拠でもあった。
日本人の精神性。
神話、寓話、宗教観をみても、これは現在の世界に類を見ないモノが多い。
日本で語られる神話、寓話に出てくる妖かし話。
西洋では、まず妖怪魑魅魍魎の類は『悪』として描かれる。
日本でも、そのあたりは基本変わらないが、ただ、全てがそうではない。悪でないものもいる。
ましてや、中にはその妖怪魑魅魍魎と共存する話や、悪が改心して善になるという話まである。
そして、便所に神様がいて、『貧乏』という『概念』にも神がいる。
挙句にもうメンドくさいから『付喪神』という万能の神概念を登場させ、この概念をもってすれば、戦闘機・戦車・軍艦・ミサイルまで神様になる。
だから、お祓いしたり、神棚を作って祭ったりする。
なので、そんな八百万な神様がこぞって住む国なので、キリスト教やイスラム教にしても、そんな神の一柱でしかないから、日本人としては、『神様が二柱増えた。有難いこっちゃ』ぐらいにしか思わないのである。
おまけに妖怪魑魅魍魎と一緒に同居したり、嫁にもらったり、嫁に行ったりと、そんな事も平然と語られる。
仏教の登場に至っては、沢山の仏様登場に万々歳だ。神仏習合などという宗教現象まで起こる始末である。
なので、日本では宗教戦争というものが起こった事がない。
キリスト教の迫害にしても、あれも宗教とはほとんど関係ない。あれは完全な『政治思想犯の迫害』である。なので明治維新後、あっという間にキリスト教は合法化された。
織田信長の比叡山焼き討ちにしても、あれも最近の学説では「反織田派のデマ」という研究もあるぐらいの、本当にあったかどうかわからないような証明が難しい事件なのだそうな。
そして、それは今や宗教観に限らず、10万馬力を誇る少年型ロボットの登場を契機に、人工物の擬人化、感情移入にまでその概念は及ぶ……西洋ではまず考えられない概念である。
そんな人々、文化を持つ日本という国に、彼らはやってきた。
彼らの遠い先祖。しかも相当な地位を持つ、彼らの尊崇の対象。そんな人物が愛した国。
その歴史があって、長い長い年月を経て、今が出来た。
その集大成であり、新たな始まりとなるべき事を、二藤部は世界に向けて発信する……
「それではただ今から二藤部内閣総理大臣の記者会見を行います……冒頭、総理から発言がございます。では総理お願いいたします」
慣れた進行係の言葉に、二藤部が頷く。
「先般、我が国は五千万光年彼方の国家連合体、所謂、ティエルクマスカ銀河共和連合へ正式に加盟しました。以降、我が国に最も近い隣国となったイゼイラ星間共和国、ヤルバーン州との交流も更に活発となり、ヤルバーン州。当時はヤルバーン母艦と呼称していましたが、彼らが我が国へやってきてかれこれ1年と数か月。今やティエルクマスカ連合の方々は、まるで以前からそこにいらっしゃるが如く、自然に我々日本国民と、その生活を共にしていらっしゃいます……」
二藤部はここで水を一杯飲む。
「……此度の記者会見で、私は日本国民の皆様に、また大きな、そして日本国のみに限らず、長い目で見れば世界にとって喜ばしい事を、本日、公表いたします。そしてこの事案を発表できることを、私は、日本国内閣総理大臣として、とても誇りに思うものであります……」
これまでの総理記者会見で、ティエルクマスカ関連の発表をする際、例えば……柏木大使の件にしても、宇宙空母の件にしても、ナヨクァラグヤ帝の件にしても、魚釣島の件にしても、そして、銀河連合加盟の件にしても……
なんとなくドッキリ大作戦な感じで、ある種突撃バカ以外は、悲壮感漂っていたような感じの会見がほとんどだったという感じだが、今回の二藤部は非常にポジティブな口調で、『かの件』について語る。
「さて、これはもう我が国が連合加盟を決定してから、実のところずっと協議をしていた案件でありますが、それが具体的に決定いたしました。その内容は……」
二藤部は一呼吸置いて、はっきりとした口調で
「ティエルクマスカ連合への加盟調印式典を、この日本国で行いたいという旨の打診を先方から受けまして、政府はとても名誉なことであると、それを了承いたしました」
……現在。日本、いや、世界のマスコミでは、暗黙のある決まり事が定着しつつある。
それは……
『ティエルクマスカ関連の発表がある際、もう少々の事では驚かねーぞ』
という事だ。
で、今の話、ティ連加盟式典を、日本で行う……なんてこと、正直大した話じゃないじゃんと、フンフン頷きながら、メモにキーボードを走らす記者達……「なんだその程度の事かよ」とでも思っているのだろう。
ただ、ある種ホっともしていた……これまたトンデモな事なら、次こそ死人が出かねないなというイメージはあるからだ。
ま、今回の件、ヴェルデオかニルファがティ連の代表代行にでもなって、首相官邸か迎賓館か、そんなこじゃれた場所で式典でもやって、世界に示威行為でもすんだろうと。そんな程度なんだろなと……以上終了感漂う総理官邸記者会見場。
ネットでも、大方の意見が……
100名前:名無しさん@未知との遭遇 201*/**/**(*)~
なんだそんな事かよ、
101名前:名無しさん@未知との遭遇 201*/**/**(*)~
はい、今日は解散~
とそんな感じ。今更感たっぷりであった。
……しかぁし……
「……さて、我が国は、かような形で、日本国……いや、世界の歴史始まって以来といってもいい、地球人以外の、数多な知的生命体が集う連合国家の各国元首。そして、ティエルクマスカ銀河共和連合・連合議長をこの国にお迎えすることになるわけですが……」
その言葉に記者たちは……
「は?」
「へ?」
「ほぁ?」
「ん~?」
となる……何? 今なんて言った? ってな感じ。
ネットも……
150名前:名無しさん@未知との遭遇 201*/**/**(*)~
おいおいおいおい、今、二藤部ちゃん、なんつった?
151名前:名無しさん@未知との遭遇 201*/**/**(*)~
いや、なんかトンデモない事サラっと言ったぞ。
152名前:名無しさん@未知との遭遇 201*/**/**(*)~
ファ?
153名前:名無しさん@未知との遭遇 201*/**/**(*)~
ほえ?
154名前:名無しさん@未知との遭遇 201*/**/**(*)~
これは……キターーーでいいんでしょうか?
155名前:名無しさん@未知との遭遇 201*/**/**(*)~
>154
多分……
……そんな感じになっていたり。
某ネットのレス数が徐々に伸びていく。
記者会見場でも、とある新聞社の記者が、質問時間でもないのに……
「そ、総理! すみません! 今の言葉、もう一度お願いします!」
と割って入る。
進行係も、このルール違反は、あえて許してやった。
というよりも、二藤部達もこういった言い回しを、あえてワザとやっている。
というのも、先の通りもうティ連関連の報道は、国民も慣れてきて、少々の事ではニュースにならなくなったからだ。しかし今回のマリヘイル達来訪は、しっかりと国民に知らせなければならない。それと、件の『はぐれドーラ事件』を盛大に誤魔化すためにも、世界中に知ってもらわなければならない。
なので、あえてかような『演出』ではないが、そういった言い回しをした。
「はい。再度申し上げますと、先方の希望により、銀河連合加盟調印式をこの日本で行いたい。そして、今後のティエルクマスカ連合との国交活性化のためにも、連合各国代表の皆様方が、この日本と、地球という惑星を直に見たいという要望がありまして、ティエルクマスカ連合各国代表団からなる、宇宙船団が、近々にこの地球圏に到着する手はずになっております……え~、そして、式典後は、まぁ、何と言いますか、かの方々も相当にこのナヨクァラグヤ帝所縁の地、日本へ来るのを楽しみにしていらっしゃるようで、観光なども予定されており、地球時間で約一ヶ月ほど滞在される予定となっております……」
この言葉に、記者達、久々の唖然茫然……
口をポカンと開けて、記録する手も止まってしまう。
ネットの方でもスレが瞬く間に消費され……
50名前:名無しさん@未知との遭遇 201*/**/**(*)~
ファ?
51名前:名無しさん@未知との遭遇 201*/**/**(*)~
ファ?
52名前:名無しさん@未知との遭遇 201*/**/**(*)~
ファ?
53名前:名無しさん@未知との遭遇 201*/**/**(*)~
久々のクリーンヒットキタ。
54名前:名無しさん@未知との遭遇 201*/**/**(*)~
いやぁ、やっぱ二藤部ちゃんは、こうでなくっちゃいけねぇ。
55名前:名無しさん@未知との遭遇 201*/**/**(*)~
いや、そんなんばっかりじゃ……年金とか、格差問題とか。
56名前:名無しさん@未知との遭遇 201*/**/**(*)~
んなもんそのうち解決するからいーじゃん。
55名前:名無しさん@未知との遭遇 201*/**/**(*)~
てか、宇宙船団でって……
56名前:名無しさん@未知との遭遇 201*/**/**(*)~
あれだぜ、オブラートに包んで言ってるんだぜ。
本当は【宇宙艦隊】だよ。
57名前:名無しさん@未知との遭遇 201*/**/**(*)~
>>56
許可。
なんて感じ。
やっとネットもエンジンかかってきた。
しかしそのエンジンをさらに加速させる二藤部の発言。
「……そして現在、ヤルバーン州知事であらせられるヴェルデオ州知事閣下のご連絡により、その調印船団とでも申しましょうか、かような船団は、既に冥王星宙域に到着しており、我が国の受け入れ準備が整い次第、すぐにでも地球へ来訪できる準備が整っているとの旨、連絡を受けております」
この言葉に、記者達も最近みんなして疑問に思っていた謎がやっと解けた。
それは、冥王星宙域で発生していた謎の、物凄い赤外線反応だ……すなわち、この事だったのかと。
「……かような状況にありまして、大体のおおまかな期間は決まっておりますが、いかんせん五千万光年彼方からいらっしゃる大勢の方々ですので、先方も色々と準備があり、また我が国も色々と準備整合を期さねばなりませんので、調印式典、および代表団滞在日程は、近日中に追って国民の皆様にご報告いたします……以上です」
このスケジュールも、所謂はぐれドーラ事件のタイミングでティ連艦隊がやってきてくれたという事であるからして、当然あのドーラ野郎に合わせたスケジュールなので、結構急は急な事なのである。
あと、どうやら柏木夫妻の挙式の件は、伏せてくれたようだ。
それも当たり前の話だ。なんせソッチは個人の行事。国家がどうこう言う話ではない。
規模がデカいのは、マリヘイルさんと、ティ連のフェルさん信奉者さんの勝手であるからして……
ということで、記者の質問。
安定した質問で定評の産業新聞さん。
「いや……総理。その……代表団の宇宙船団が、既に冥王星宙域に到達しているという事ですが……一体何隻ぐらいの宇宙船が地球圏に来るのでしょうか?」
「はい。先方のお話ですと、大体五百数十隻ほどと聞き及んでおります」
サラっと応える二藤部。
記者諸氏「エ……」な表情……ポワワ~ンと各々、自分がかつて見たスペースオペラにSFアニメ作品の情景を頭に思い描く。
ある記者は「バカめと言ってやれ」という言葉が頭をよぎり、ある記者は、ドーラとよく似たキューブ状の機械生命体との決戦を思い描いたり、ある記者は、帝国と共和国、騎士の帰還な最終決戦の惑星を思い描いてみたり……米国の記者は、やっぱり独立記念日の戦いを思い描く。
海外の記者からは……
「その船団が地球圏に滞在する際、日本以外の国への訪問もあり得るのか?」
と、質問するが、二藤部は……
「かような予定は聞いていない」
と答える。
そして当然出てくる質問。
「あの『演習』と今回の件、何か関係があるのか?」
当然日本政府は「関係ない」と言うしかない。
というよりも、この話が出た瞬間、そんな事どうでもよくなってしまったという、ダル艦長や、柏木達が当初計画した通りの結果が出たという寸法。
シエが言った「木の葉を隠すなら森の中。死体を隠すには、死体の山を築けばいい。戦闘を誤魔化すなら、元から戦っているところで戦えば良い」
まさにこれである。そして同じダストール人のダル艦長はそこへ……
「騒動を誤魔化すには、それ以上の騒動を起こせばいい」
とした。これがハマったわけだ。
今日の記者会見。もうその質問内容は、おおまかこの三つで決まりであった。
そして、ネットでは……またサーバーがトンだ……
そのトンだ際の、最後のレス……
800名前:名無しさん@未知との遭遇 201*/**/**(*)~
「我々はティエルクマスカ銀河共和連合。お前たちのカレーを食べ尽くす。抵抗は無意味だ」
……………………………………
そんな記者会見を行っていた日本。
その中継を見る、マリヘイル・ティラ・ズーサ閣下とサイヴァル・ダァント・シーズ閣下。
マリヘイルさんは、イゼイラ茶をチューとすすりながら、日本の生八つ橋を食べていたり。
サイヴァル閣下は、最近ハマっているほうじ茶に、たくあん漬けをポリポリと。
サイヴァルは今、マリヘイルの船に……はっきりイヤぁヒマなので遊びに来ていた。
なんせこの大艦隊。艦隊自体で宇宙都市が一つ二つ移動しているようなものだ。連合防衛総省の護衛艦隊乗組員も、シフトで休暇を取り、各国家の政府中央艦へ遊びに行ったりしている。
中には、仕事熱心な者もいて、衛星カロンを調査したり、その先の冥王星を調査したり。
そして、この期間を利用して、冥王星宙域ディルフィルドゲートの工事を手伝ってやったりしていた。
『……ファーダ・ニトベも、弁がたつ方でいらっしゃいますわね、オホホ』
『ああ、本当だ。ああいう言い方もなぁ……まるで『自分たちにとっちゃ、アタリマエの事です』みたいな言い方じゃないか、ハハハ』
『しかし、私もいろんな国を回ってきましたが、この度ほど外遊が楽しみな旅行もありませんわ』
『ああ、実は私もだよ。君はかれーらいすの方が本来の目的なんじゃないのか?』
『あらあら、私だけに言いますか? 貴方もでしょ?』
『いやぁ……ははは……』
『あとサイヴァル……貴方の約束もね……』
サイヴァルは、ウンウンと頷く。そう、ニルファとの約束だ……サイヴァルはこの日をどれだけ待ち望んでいたか……彼にとっては、エルバイラ伝……ナヨクァラグヤ伝記の再現ともいうべき事が、自分の身に起こってるからだ。その感慨、ひとしおである。
『ところでマリヘイル。君のダンナさんも、今回来ているんだろ?』
『ええ、先行艦隊を指揮していますわ。ま、チキュウ到着まで、デートはお預けですわね』
マリヘイルのダンナさんは、連合防衛総省の大型機動母艦艦長なのである。今回は先遣護衛艦隊の三〇〇〇メートル級大型機動母艦を指揮している。
そんな感じで、なんとなくのんびり気分な調印艦隊のみなさん。
日本側からの許可が出るまで、待機である。
すると、こののんびりしたお茶会に、一人また参加者がやってくる。
シュンとオートドアを開けて、手を上げる人物……年の頃は六〇代に見える。デルンだ。
『ヤァ、サイヴァル。マリヘイル。オ招キニ預カリ光栄ダ』
その男……デルベラ・ダストールデルド星系連邦総国・『ガッシュ・ジェイド・ロッショ』総統であった……
『おお、これはガッシュ総統閣下、お久しぶりですな。此度のヤルマルティア計画最終決定会議以来ですか』
『サイヴァル議長。議長ノ奥方ノ話ハ聞キ及ンデイル。メデタイ事コノ上ナイ。祝福スルゾ』
『ありがとうございます。ガッシュ総統』
サイヴァルとガッシュは、平手合わせの握手。そして抱擁。
『マリヘイル。主モ相変ワラズ美シイナ。旦那ガウラヤマシイゾ』
『まぁたそんな……何も出ませんわよ、そんな事言っても……』
『ワハハ、マァ、コレモ儀礼トイウコトニシテオイテクレ』
『アラ、そっちの方がショック大きいですわ、総統閣下』
このガッシュ総統閣下……その御名からも分かる通り……シエ大天使様のお父上であらせられたりする……その性格、おおらか、かつ奔放な人物で、ダストールでも温厚温和かつ内なる熱血漢な人物で有名だ。
シエ嬢を見ても、この父あってこの娘アリのような、そんな人物である。
『しかし、今回の旅、総統もちょっと思うところあるようで、フフフ』
サイヴァルがニヘラ顔でガッシュを揶揄する。
『ソウナノダヨ……マサカ、アノ『ドゥス娘』ニ、デルンガデキルトハ……ソレモアッテナァ。今後ノ事モ話シ合イタクテナ』
『ウフフ、嬉しさ半分、不安半分といったところですか? 総統』
マリヘイルが楽しげにガッシュへ語る。
『ウム、オマケニ相手ガ、ヤルマルティアノデルンデ、イル・カーシェルトイウ話デハナイカ。ソノデルンニモ会ッテミタクテナ……妻モ一緒ニ来タガッテイタガ、アレモ政府ノ要職ニ就ク身ダ。ソンナノガ全部コッチヘ来ルノモ何カト問題ガアル。ナノデ、良ク相手ノデルンヲ見テオイテ欲シイト言ワレテナ』
『ウフフ、まぁ、親としては当然の感情ですか』
マリヘイルが手を口に当てて笑う。
『ヤルマルティアノデルントイエバ、フリンゼ・フェルフェリアノ……』
『ファーダ・カシワギの事ですな』
『ウム、ソウダサイヴァル。彼トモ会エルノダロ?』
『ええ、それは勿論。というか、彼がいないと話になりませんからな』
『ウム、一時期ノ報告デハ、シエハ、カシワギ・ダイジンノ事ヲ、エライ高ク評価シテオッタトイウ話ダッタカラ、テッキリソッチト、クッツクト思ッテイタガ、ワカランモノダナ』
プーーーと口を押えて吹き出しそうになるマリヘイルとサイヴァル。
色々とそのあたりの騒動を知っているだけに、ガッシュの反応が面白かったりする。
こんな感じで、此度の調印艦隊の諸氏。多かれ少なかれこんな感じ。
みんな肩の力抜いて観光気分でもある。
しかし、来られる日本。そして地球の方は、たまったものではないわけだが……
……そしてその時はやってくる。
日本側の受け入れ準備が整ったという報が日本国外務省から入ったと、ヴェルデオから連絡を受けたマリヘイル。
『サァ、皆様。ナヨクァラグヤ帝の愛した古の聖地。ヤルマルティアへ、皆様、ともにお伺いいたしましょう!』
マリヘイルのこの檄に、歓声とともに歓喜奮起する調印艦隊の諸氏。
各艦、指定時間に合わせて一斉にディルフィルドジャンプを行う。
冥王星宙域で空間波紋をまとって漆黒の空間へ次々と侵入していく五百数十隻の艦隊。しかも一隻一隻のサイズが半端ない。
そして暫し後、冥王星宙域は、ゲート工事作業艦艇を残し、また静かな宇宙空間へと戻る。
彼らの地球までの所要時間は……
………………………………
……鬼は外。福は内。
そんな掛け声で、大豆を撒き倒し、福を呼ぶ行事な季節。
それが福かどうかはわからないが、少なくとも大いなる時代の転換点になる存在が、この地球圏に顕現する。
地球から約五十万キロ地点。
月よりはまだ少し向こう側。青い地球も飴玉のように小さく見える。
その空間のあちこちに……それはものすごい前代未聞の広範囲にわたって、時空間の歪みが発生する。
もし、誰かがこの様子を絵画にでもしようものなら、それはまるで水彩画の絵の中に、水をこぼして放置したような、そんなサマ。
そしてその歪みの中心から、冥王星ゲートの時と同じくしたような順番で、小・中・大・特大と様々な宇宙艦艇が、“月”と、彼方に見える小さな地球をバックに顕現する。
そして、その後に続くは都市クラスのド級宇宙艦艇……即ち政府中央艦連合調印艦隊本体。
各艦、通常空間に顕現すると、小型の護衛機動兵器や、作業艇を無数に飛ばし、駐留艦隊陣形、そして体制に移行する……
日本では雪が例年になく豪雪化しそうな、そんな寒い時期。
熱い熱い方々……
ティエルクマスカ銀河共和連合首脳陣。ご来訪である……




