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『ふギゃぁぁぁぁあああああああああ!!』
ヤルバーンのある地区。
所謂、日本治外法権区画・防衛省技術研究本部ヤルバーン研究所といわれる場所。
そこに響くフリュの悲鳴……ってか、どこかで聞いたことのある声……三十路美人オルカスの声だ。
『アわわわわわわわ……ガクガクブルブル……ふぇぇぇぇぇぇぇ!』
『ゴァァァァアア!!……キシャァァァァ!!』
例のドーラ対策打ち合わせでヤル研に来ていた柏木大臣夫妻。
悲鳴を聞きつけ、その主めがけてスットんでいく。
「ど、どうしたんですか! って、オルカスさん!?」
尋常ではないオルカスの表情を見て、眦鋭く先行して颯爽と駆けつけるフェル代議士。
『オルカス!?……なにをそんナ……って……うひゃぁぁぁぁあああああぁぁぁあぁあぁ!!』
『ガアアアアアアア!! ゴルルルルルル……』
オルカスさん、地面にへたり込んで顔面蒼白のガクガクブルブル。
ヤル件兵器実験区画に、何か書類を届けに来た模様。
そこで扉を開けて、某かをみて、ぶっとんで顔面蒼白。腰を抜かした。
そこへフェルが颯爽と駆けつけ、それを見てまた同じくぶっ飛んで腰抜かして、オルカスと抱き合い二人してガクブル状態の構図。
「!? おいおいどうしたんだよ二人とも……って、うおおおおお!!? んじゃこりゃ!!」
その二人のサマみて彼も駆け足。実験区画の扉を覗いてひっくり返る。
「……ここここ……こりゃ、ツツツツツ……ツァーレ!?? ななななんでこんなところにイゼイラのツァーレがいるんだよっ!! あわわわわわわ……」
流石の柏木大臣もぶっ飛んだ。
ヤル研の兵器実験区画に、かのイゼイラで過去イゼイラ人を恐怖のどん底に突き落とした獰猛な恐竜型動物、その姿、装甲化した羽のないドラゴンのような容姿をもつ猛獣ツァーレがいるわけであるからして……
柏木もイゼイラ滞在時、人工大陸の外に出た時、何度かこの獣を目撃した。
大きさは、全長一五メートルから二〇メートル前後はあろうかという巨大な動物だ。
お台場のアレと同程度の背丈であるからして、それは相当にデカい。
フェル、オルカス、柏木三人固まって腰抜かし、その巨体を見上げ、アワワ状態。
特にフェルとオルカスに至っては、顔面蒼白。柏木にしがみついて離れない。
柏木は、そりゃこんなのが目の前に現われりゃ、古代イゼイラ人はどんな想いだったかと一瞬にして思う……なんかこんなイメージの漫画が流行ってたなと脳裏をよぎったり。
「あーーーー!! すみませーーーん!! 驚かしてしまって……オーーイ!! ストップ、ストーーーップ!! 止めろ止めろ!!」
この三人の様子を見て、向こうから白衣を着た三〇代後半の男性が慌てて駆け寄ってきた。
ツァーレの目前を堂々としながらも慌てて三人に駆け寄る姿に、フェルやオルカスは「ハァ?」な表情……男は大きく手を上で交差させて、何か取り消しのポーズをしている。
「いやぁ~申し訳ない。って、一言声かけてくださいよ、危ないですよ~……今実験中なんだからぁ……ほれ、ここに書いてるでしょ」
大きな扉にマジックで【現在、実験中。今入ったらヤバイ!】と漢字で書いたダンボールの掛札。
「いやいやいやヤバイって……イゼイラ語もちゃんと併記しないとわかんないでしょ!」
「え?……あ……ホントだ……こ、こりゃ申し訳ない……」
頭をポリポリかくその男性。
典型的な技術者か研究者っぽい感じの男。髪型は恐らく昨日は風呂に入っていないっぽそうだ。黒縁メガネにちょっと無精髭。背丈の程は170センチ程。柏木と同じくらいで、顔立ちは悪くはない。割とイケメン。
柏木はフェルの手をとって立たせ、その男はオルカスの手をとって立たせる。
オルカス、デルンのサポートにちょっと嬉しかったり。しかしまだ少し半泣き顔、フェルも涙目。
イゼイラ人にとって、このツァーレという猛獣は、それぐらいの存在なのである。
研究員がストップをかけて、静止直立したツァーレ。それを見上げてフェルとオルカスはまだガクブルさが抜けない。
「あ、貴方は確か……柏木大臣さんで、そちらはフェルフェリア議員、で、貴方は……」
『ア……は、ハイ……ワタクシは監査局で局長職をしております、オルカス・フィア・ハドゥーンと申しマス』
「ああ、それはどうもご丁寧に……私は、日本国防衛省技術研究本部・ヤルバーン研究所で、ティ連技術転用研究部主任をしております“沢渡耕平”と申します」
沢渡という男、柏木やフェル、オルカスに名刺を渡す。
名刺には、階級として一尉とあるが、どうも階級は体裁上のようで、安保委員会規定に基づく民間出向研究者のようである。
カッコ付きで、君島重工株式会社の防衛装備開発部門出向研究員である旨が併記されていた。
柏木やフェルも、そうなるとドモドモという感じでペコペコ頭を下げて名刺を交換。
オルカスは名刺を持っていないので、いやはやとPVMCGでビジネスデータをやりとししていた。
で、柏木は沢渡に種明かしを求める。
「沢渡主任……ところであのツァーレ、何なのですか?」
「ええ、実は機動兵器の実験機なんですよ、アレ」
「は? 機動兵器?」
すると沢渡は首にかけたインカムを耳に当てて
「視覚偽装を解除、よろしく」
『了解』
と連絡すると、ツァーレに見える『何か』は、まるで受信状況が悪い画像のように、その表皮を崩し、その素体を露わにする
「おおお!! かっけーーーーー!!!」と思わず身を乗り出す柏木。
『ウワァァァァ……こ、これハ!』と、その見たこともないものに驚くフェル。
『うはぁぁぁぁぁ、スゴイスゴイ!』とオルカスもびっくり。
その姿、まるで何かのアニメか特撮モノにでも出てきそうな、シャープなデザインをした恐竜状のメカニックだった。
頭部はバイザー状のセンサーが光り、口に当たる部分には、何かの武器のような端子が見える。
マニピュレータ形状は人型だが、脚部システムに関しては、大腿部がガッシリとした形状で、スラリと伸びた尾っぽのようなものも見える。
沢渡が説明するに先程のツァーレは、この素体にポルの発明したキグルミシステムを応用した偽装装置で、ツァーレの皮を被せていたという寸法。
元々は、そういった偽装擬態を機動兵器でできないかという装備の開発中に、たまたまアホな研究員が、イゼイラの動物資料で見つけたツァーレの資料をデータ化し、これにくっつけていたので、あんな風なドッキリ偽装になっていたらしい。
そこで柏木が説教。
「いやいやいや、それはマズイですよ、イゼイラ人さんにとっちゃ、その動物は怨敵なんですからぁ……」
「いやはや、申し訳ない」
「で、コードネームも『メカツァーレ』って……どっかの特撮映画じゃないんですからさぁ……」
もうほとんどノリでやっているとしか思えない実験機である。
するとフェルもタネがわかれば、もういいということで
『ウフフ、マサトサン、もうそのくらいでイイデスよ、手品の種もわかったのデスから』
オルカスも
『そうですね、一時はなぜ、ツァーレがこんなところにいるのか、本当に……あ、ちょっとオトイレに……』
オルカス、ちょっと前を抑えて、頬染めて一時退散……どうも、いや、まぁ……そんな感じなようである……
そんな感じで、この実験場を見渡せる会議室へ招かれた三人。
沢渡は人数分のお茶を入れてテーブルへ。
「しかし、なぜこんな……変なと言っちゃなんですが、強烈な機動兵器を開発しているんです?」
「いやいや、流石に私達もこんな趣味丸出しのロボット型兵器を自分らで開発なんてしませんよ」
沢渡はピラピラ手を振って、さすがにそれはないと話す。
(う そ を つ け) と思う柏木大臣。でも口に出して言わない。
「え? どういうことですか?」
沢渡が言うには、この兵器の原型を作っていたのは、昔のイゼイラ人だという。しかも今から地球時間で約一万年前ぐらいのデータに、この機動兵器の基になったハイクァーン設計・造成データがあったらしい。
ヤル研の、イゼイラ文献調査部門が見つけたそうだ。それはもう今もって本国でも研究中である膨大なイゼイラ資料の中に、埋もれるようにあったそうで、イゼイラの研究者も初めて見る代物だったそうな。
彼らの間では、日本人が見つけ出した新たな資料という事で、現在結構話題になっているということらしい。
イゼイラの時事情報バンクにもアップされ、『ヤルマルティア技術者の快挙。イゼイラ人、ツァーレとの死闘の歴史に新たな一ページ』などというタイトルで流されていたりする。
では何故に『死闘の歴史』かというと、色々調べるにこのメカニック。名称はイゼイラ語で『マージェンツァーレ』という。
日本語に訳すと先の通り正味『メカツァーレ』もしくは『マシンツァーレ』というような意味になるモノだそうだ。
どうもツァーレの凶暴さを模して、かの動物を撲滅駆逐させようと考えた兵器のようだが、後のトーラルが指摘した『自然界のバランス』という教えを受け、やむなく開発が中止になったという記録がある代物が原型なのだそうな。
それで、ヴァズラーとは違ったパワー向上型機動兵器の開発を模索していた沢渡のチームは、イゼイラ政府から持ち出しが許可されたこの資料を研究し、この獣型兵器のデータを地球的な設計思想を織り交ぜて、ヤルバーン研究者と共同で、実用化の研究開発を進めていたのだそうな。
もしうまいこといけばヤルバーンで量産し、日本とヤルバーン共同開発の地球発ティ連科学機動兵器としてティ連世界へ発信するつもりだったそうである。そうすることで、日本もティ連の安全保障に貢献しているという意思を発信し、例の『憲法9条』でもめていた軍管区司令部設置問題の件で、ちょっと点数稼いでおこうという魂胆だったそうな。
もちろん量産化の暁には、この装備は特危自衛隊にも回される予定である。
「なぁ~るほど。そういう事ですか」
「ええ、で、擬態装置もくっつけてって話になって、まぁ……ノリでこんな感じになってしまいまして、いやはや、何ともお恥ずかしい」
「ははは、そうですか」
研究者という奴は、そんな風に自分達の成果をわかりやすく世間に発信するため、色々と遊んでしまうものなのである。
顕微鏡で見なきゃ見えないサイコロ作ったり、半導体に電子顕微鏡で見なきゃ見えない社名を刻んでみたり……そんな類である。
技本でも、過去にもっともな理由を持つ成果でありながら、玩具にしてクリスマスに売ったら儲かるだろうというような成果も、実は多々あった……あの球体ラジコンヘリとか……そこんところはそういうものである。
「……ちょっと、そういうところもありましてね、こんな事もできますよ」
沢渡はインカムで指示を出すと、擬態システムが作動し、全長二〇メートルもの巨大なティラノザウルスの擬態をかけてみたり……
「おおー!!」
『マサトサン、この動物は?』
『ダストールの古代生物に似ていまスね』
「そそ、そんな感じですよ。地球で、今から約6800万年前に生息していた爬虫類でね。ティラノサウルスという名前の、恐竜という種類の生物です。今はもう絶滅して、同種の生物は地球にいないけどね。ちなみにこの手の動物で、生き残りの進化したものが、地球での鳥類といわれていたりしますデス」
へーと、感心するフェルとオルカス。
「こんなのもありますよ」
次に、脚部が少し変形し……擬態がかかったその姿は、某怪獣王だったり。
「ははは! なるほど、古い方まんまじゃないですか」
「いやいや、先生もお判りになりますか」
「ブラックホールの近くに住んでる奴ですよね、確か……」
「そうそう、どうみても猿の……」
ロクデナシが二人、ニコニコルンルン顔で納得する構図。
さすがにフェルとオルカスは、何の事やらな顔。
で、冗談はここまでということで、柏木は少し真剣な顔になって
「……沢渡さん、ではこれも例の件で使用すると?……」
「ええ、そういうことです柏木先生。あのドーラとかいう奴の……」
コクコク頷く柏木。
沢渡が話すには、このメカツァーレなるコードの兵器。実は先日の事件があっての話で、急遽開発に拍車がかかったという話。
なんでも、イゼイラからもたらされた『ディルフィルド魚雷』という兵器が、比較的大型の兵器であるため、今の地球でそれをマトモに運用出来る兵器が『カグヤ』しかないのだという。
ヴァズラーに搭載すると、第一次大戦時の雷撃機のようになってしまい、魚雷搭載時は機動形態へ変形できなくなってしまう訳で、あまりスマートな運用ができないという話。
シルヴェル型機動兵器では、空間戦闘における機動性に難があるので搭載に向かない。
本当なら、イゼイラで運用されている一〇〇~三〇〇メートルクラスのデストロイヤー型や、アタックフリゲート型のような戦闘艦艇があれば一番良いそうなのだが、そういう兵器がヤルバーンにはないので、コレばかりは仕方ない。
流石にヤルバーン州で、宇宙艦艇はまだ建艦できないし……ということで、たまたまヤル研で、再現検証実験をしていたこのメカツァーレに白羽の矢が立ったという寸法。
大型で、ハイクァーンジェネレータを二機搭載可能。魚雷用元素素材を搭載させ、ハイクァーンで造成運用可能でパワーもある。他、色々と兵器も多数搭載可能で、ヴァズラーとシルヴェルの中間を埋められるような兵器だということで、ヤルバーンとの本格共同開発が急遽決まったという。
「やっぱ、そこまでしないといけないようなヤツなんでしょうかね、あのドーラは……」
柏木が顔を歪めて話す。
「状況を公開できないのでしょ? なら仕方ないでしょうね。可能な限り一撃必殺で葬れる体制で進めないと……」
コクコクと頷く柏木大臣。
このメカツァーレ。まだこれに装備が付くらしく、浮遊飛行推進機能に、ティ連の兵装や、地球の兵装。ヤル研オリジナルなティ連科学を利用した兵装等々な、ハイブリットで物凄い武装で望むらしい。
無論、有人機なので、パイロットの選定も既に決まっているという話。一番優秀な人材で挑むということだが……
で、機体呼称。メカツァーレでこのままいくのかという話だが、正式化した際、イゼイラでの登録名は、先人に敬意を表し『マージェンツァーレ』で決定しているという。日本側は好きにやってくれという事。
んじゃっぱり『メカツァーレ』なのかな? と思う柏木大臣であった。
………………………………
かつて一九七九年一月二六日に、ある事件が起こった。
日本ではその犯罪史上に残る事件、某銀行人質事件である。
この事件、後の日本警察史上、かような凶悪犯罪に対処するための試金石とされた事件で、当時日本で極秘にされていたSAPなる特殊警察組織が初めて世に知らされた事件でもあった。
この事件が後に残した教訓。
戦後、これは警察という枠にとらわれず、すべての犯罪や戦争、戦闘行為において、ある種絶対ともいうべき、そしてある種の人間には認めがたい事実を教訓として残した。
それは……
『善は悪に対等では絶対に勝てない』
という事である。
この事件、犯人で射殺された梅川昭美という男。根っからのド悪党で、非行、犯罪の常習犯であったが、この男が某銀行に立てこもった際、こんなアホ一人を最終的に射殺するまでに要したコストは、当時の金額で一億八千万円の税金。大阪府警一〇〇名の人件費。そして銀行員二名と警官二名の尊い人命が必要とされた。
犯人は、たかだか二発しか連射できない散弾銃を持ったバカ一匹である。
そんなのに銀行員三〇名もの人質は誰一人抵抗できず、一〇〇名もの警官を投入し、四人の命を犠牲にした。
柏木はこれをして『1000頭の羊の群れに、一匹の狼が入り込んだら、その羊は一か月後どうなるか?』という感じで例えたことがある。
つまり、羊はどれだけ頭数をそろえても、たった一匹の狼に勝てないのである。
これが『善は悪に対等では絶対に勝てない』という事だ。
では、かの事件で、なぜに梅川なるバカに、かような暴挙を許したのか?
それは『善』つまり、秩序を守る側を善と定義するなら、悪は秩序など知ったことではない。
銀行員も、警官も秩序、倫理観というものに縛りをかけられ、そこに『銃』という日本では『悪』と認識させられている物に対する知識の欠如などが輪をかけ、かような悪の跳梁を許し、こんなヤツたった一人始末するのに、尋常ならざるコストを賭けないといけないという大きな矛盾を生み出すのである。
今回、このドーラ騒動で柏木が危惧している点がここである。
いかんせん敵となるポンコツドーラは、恐らくヴァズラーの機能、特にゼルシステムを取り込み、ポンコツから大変身して、通常ドーラよりも数段パワーアップした形で現れるだろう。
いかんせんイゼイラ製のゼルジェネレーターを入手したドーラだ。リソースもほぼ無限である。
これがティエルクマスカ世界や、その影響圏でやりあうならまだいい。好きにやれるので、圧倒的な戦力と状況で瞬殺にもできるだろう。
しかし今回は地球圏だ。
この地球世界の政治的問題が大きな大きな足かせになる。
どこで迎撃できるかで相当その後に影響が出る。
ということは、たった一機のそいつを早期に発見して叩くために、ヤルバーンや特危、他陸海空自衛隊総動員で状況を警戒しなければならない。
これと同じ理屈だ。
なんせ相手はルール無用。こっちゃハンデ有り……しんどい話である。
その後、かような緊急事態になった日本政府は、今事案を完全な極秘事案として扱い、ほんの一部の安保委員会メンバーしか知らない事案になった。
ヤルバーン側は勿論関係全部局の知るところではあるが、それでもやはり緘口令は敷かれており、情報を知り得る立場の人員は、他言無用を徹底されていた。
やはり彼等も、日本の立場になってみれば、それぐらいの事だと理解してくれているのである。
そして、早速ヤルバーンと、特危自衛隊を含む宇宙空母カグヤも行動に移す。
ヤルバーンからは、対探知偽装を施したヴァズラーが数十機単位で隠密裏に毎日偵察発進し、ヴァルメを衛星軌道上にこれまた偽装をかけて待機させる。
ヤルバーンタワーの最突端部では、そこから見渡せる範囲でセンサー全開で監視を怠らず、カグヤからも偵察機や哨戒仕様のヴァズラーが連日飛び立っていった。
無論その偵察哨戒任務には、『シンシエコンビ』な旭光Ⅱも含まれており、現場主義な二人は共に発着艦を繰り返していた。
ところでこのシンシエコンビ。あの運命の日以降、そりゃもうこの二人は特危自衛隊からメルヴェン部隊、ヤルバーン防衛総省までに至る超有名コンビになってしまっていた。
というのも、その馴れ初めもそうであるが、ダストール人の文化習慣が隊内で炸裂してしまい、そりゃもう風紀的にどーすんのという感じになってしまっている。
今、カグヤではシエと多川の関係について、どんな形容がなされているかというと……
『多川一佐の傍には、いつも背後霊の如くシエ一佐が絡まっている』
と言われる始末。
『背後霊』である。しかも『絡まっている』そうだ……
どんな状態であるかは、各個各々想像にお任せしたい。
ただ、多川一佐、まんざらではない様子。
風紀的にマズイのではないかという意見もあるが、これがダストール人の普通のコミニュケーションなので仕方がない。ここで注意なんぞしようものなら、連合的な人権問題に発展しかねない。そりゃいろんな種族、いろんな習慣がある。地球でもアラブ人の少女が、たかだか勉強するだのしないだので、命のやり取りをしなければならないような風俗習慣がある始末だ。そりゃアンタ、宇宙規模ならどんなものかという話である。
ということで、もう今まで通りほったらかしな状況……好きにしなさいと。
とはいえ、そこはシエさんも一応は幹部自衛官なのでTPOはわきまえて『は』いる。
『達する。多川信次一佐。シエ・カモル・ロッショ一佐、ブリッジへ』
宇宙空母カグヤ。
二日目の休暇をこの事件で中断せざるを得なかった多川とシエは、とりあえずお互いの気持ちもわかり、良い感じで一日は十分休暇を楽しめた。それでとりあえずは良しとして、かような感じで任務に復帰していた。
「お呼びですか? 将捕」
『ドウシタ、トウドウ。ナニカアッタノカ?』
お辞儀敬礼とともにブリッジへ入室する二人。シエの敬礼もサマになってきた。
自衛隊では、着帽していない時の敬礼は、お辞儀敬礼である。
「ああ、二人ともすまない。ちょっと緊急の任務があってな、頼めるか?」
「ええもちろん如何様にも。で、何でしょう?」
「うむ、ヤル研で開発中だった新型機の試作型が完成したそうでな、今回の『はぐれドーラ対策』用に急きょ間に合わせたそうだ。それの受領を頼みたい」
「はぁ、新型機? はて、そんなものあったけシエ?」
『ン? イヤ……私モ聞イテイナイナ……ソンナモノガアルナラ、我々ノ耳ニ入ルハズダガ……』
「開発した部署は“ティ連技術転用研究部”だそうだ」
「技術転用研究部?……沢渡主任んとこか! あ~そりゃ知らないですわ」
『アア、ソウダナ……アノ部署ハ確カ“キミジマ”ト“オージーエイチ”トカイウ“キギョウ”ガ協賛シテイル部署ダ。レイコノ組織モソウダッタナ。確カニチョット特殊ナ部署ダ』
「ああ、ティ連技術のコアな部分を研究している部署だ。結構な秘匿部署だよ……っつーことは、おもしれー話になりそうだなこりゃ……了解です将捕。乗らせてもらいますよ、はは」
「ふふふ、ではすまないが今から早速で頼む。向こうでは、柏木大臣とフェルフェリア議員がコッチへの受け渡しに立ち会うそうだ」
「柏木さんとフェルフェリアさんが? へー、二人に会うのも久しぶりだ。なぁシエ」
『ン? 私ハ選挙ニツキアッタカラ、ソウデモナイゾ』
「ああ、そうか俺だけか。はは」
多川が千里中央に行ったとき、美里とシエがお留守番状態だったのを思い出す。
そういえば、以前海へ遊びに行った時以来かなと。
そんな事を思いつつ、二人は定期便のチヌークTRに乗り、ヤルバーン州へ向かう。
………………………………
火星衛星軌道上。
火星開拓艦隊旗艦・工作母艦ラシェイド。その艦長室。
『……フム、詳細は理解した。そうなるとそれはそれでニホン国としても、何かと面倒な事になるというワケだな、ダル艦長』
『アア、コレニ関シテハ本当ニ我々ガ迂闊ダッタトシカ言イヨウガナイ。以前ノ戦闘状況モ含メテ考エレバ、モット警戒スベキダッタ。結果論ダガ、ニホン政府ヤ、ヤルバーン州行政府ニハ、メンドクサイ事ヲサセテシマウ結果ニナルヤモシレン』
『いや、連中が何者なのかワからん限り、それは言っても始まらん。まさかタイヨウケイガイエンブか? そこからあの距離をカセイまで渡ってくるとは……むしろ敵ながら天晴なヤツだよ……』
ダル艦長が話すは、ティエルクマスカ連合防衛総省・イゼイラ星間共和国軍管区・セタール恒星系方面軍司令部司令官・ヘストル・シーク・テンダー一等ジェルダーである。
あの事件以降、例の三名搭乗員への事情聴取に、撮影データ等々を分析した結果、かのドーラはほぼ件の太陽系外縁天体部での戦闘時に、柏木が発見した死にかけの残骸が逃亡した分に間違いないだろうという結論が出た。
さらには、破壊されたガーグ母艦の残存エネルギーと次元溝潜行機能を利用してしぶとく生き残り、ゼル技術で自己応急修繕処置を施すと同時に、通常空間に出ては小惑星やデブリ等を利用して更なる修繕を図り、簡易の推進機能も構築して、火星近郊までやってきたのではないかという結論になった。
となると、連中は次元溝内では、かなり高い機動性を持つ存在という事になる。
しかし話を聞かされて、ダルとしてもある程度納得はできていた。
なぜなら、かのディルフィルドゲート内での戦闘時、ガーグ母艦は、ゲートシールド無しで、次元回廊壁外を驀進してきたのだ。普通なら信じられない事である。
理屈はどうなっているかわからないにしても、今回の現象も特に不思議さは感じないダルであった。
そういった点も踏まえて、彼は報告がてらヘストルとそんな話をする。
そして会話はマリヘイルが進めている日本の連合加盟式典へと移る。
『……なるほド、ではダル艦長は、ファーダ・マリヘイルが進めている加盟式典を今回の結果如何を問わず早期に進めた方がいいと』
『アア、ヴェルデオノ話デハ、カシワギダイジンハ、今回ノ“ハグレドーラ”ノ処理云々ヨリモ、地球圏デ、ティエルクマスカ規模ノ戦闘行為ガ行ワレルコトヲ危惧シテイルヨウナノダ』
『フむ、ということは“はぐれドーラ”そのものは、さほどの脅威とは考えていないと』
『ドウモソノヨウダナ。チキュウ世界ノ地域国家関係デ、ドーラノ存在ガ、我々異星種族ノ風評ニナラナイカヲ考エテクレテイルヨウナノダ』
そういうと、ヘストルは腕を組んでニンマリ笑い、コクコク頷きながら……
『さすがはケラー・カシワギというか何というか……『カグヤの帰還』作戦でも、目先の事よりも、その次への影響を彼は常に考えて行動しているな……』
『アア、ダカラ私モ、カシワギダイジン流ノ思考デ考エテミタ……仮ニ、コノ件、チキュウ圏ノ政治的ナ影響ガ出ル結果ニナッタトシテモ、イッソノ事、マリヘイル議長ノ加盟式典ヲ強引ニヤラカスパワーデ押シ切ッテシマエバ……』
『ソんな“はぐれドーラ”事件なんざ、何ほどのものかってか? クッハハハハ、ダル艦長、キミも相当な悪党だな……』
『フフ、悪党カ……マァ、褒メ言葉トシテ受ケテオコウ。シカシ、ニホン国ノチキュウ世界ニオケル国際的ナ立場ヲ考エタ場合、無理ヤリドタバタ劇ニシテヤルノモ、一ツノ手ダゾ……一応マリヘイル議長ヤ、サイヴァル議長ニ進言シテオイテクレナイカ?』
『はは、了解した……って、どんな反応するかな? ある意味楽しみではあるが、フフフ』
『ソウダナ、ハハハ……』
昨今、かように火星開拓艦隊司令官であるダル艦長の発言権が随分と増してきたのだが、これも言うなれば現在の太陽系宙域に、まとまった連合防衛総省軍が、彼ら開拓艦隊しかいないためである。
火星開拓艦隊は、『開拓艦隊』というだけあって長期作戦艦隊の一つである。従って、その編成規模はかなりのものだ。
工作母艦を中心に様々な工兵部隊艦艇が群れをなし、その護衛部隊が擁する艦艇にも、戦艦や機動母艦も少数ながら編成されている。巡航艦や駆逐艦クラスなら相当な数だ。
つまり現在、彼ら開拓艦隊が『太陽系方面軍管区司令部』の一部を、かろうじて担ってくれているというところもある。さすがに現在のティ連防衛総省本部は、現行のヤルバーン州軍や特危の戦力で軍管区司令部の役目をすべて担えるとは思ってはいない。そりゃ昨日今日の話なので、まだまだだという事ぐらいは理解している。
『デは、ダル艦長。そちらからもチキュウ圏のサポート、よろしく頼むぞ』
『了解ダヘストル。ソノアタリハマカセテオケ。コチラモ既ニ部隊ヲ展開サセテイル』
ダル艦長も動きは早い。既に開拓艦隊護衛部隊の一部を、地球圏への航路上へ哨戒させているという。
かなり広範囲の索敵警戒だ。しかも地球の各国宇宙機関へ悟られないように、探知偽装をかけて展開している。
しかしこれだけ監視を徹底させても、なかなか網にひっかからないのがガーグ・デーラの次元溝潜伏技術だ。
試作の探知装置を使っても、この広い空間から、あのポンコツ一機を探すのは、やはり至難のワザなのだ。
これは下手をしたら長期戦になるとダルは考える。しかしケリは早くつけたい。
もどかしいものである……
………………………………
ヤルバーン行きのチヌークTRを降機するシエと多川。
格納庫には、柏木とフェルが迎えに来ていた。
「やぁ! どうも多川さん! お久しぶりです!」
「ああ、柏木さん! 遅ればせながら、当選おめでとうございます。フェルさんも」
『アりがとうございますケラー・タガワ。そういえば、私たちが不在の折、センリチュウオウへいらっしゃっていたとカ』
「ええ、陣中見舞いと思ったんですが、タイミングが悪かったみたいでね。ま、おかげさんでシエとプチデートですわ。な」
『ウム、アノ時、ミサトト留守番シテイタオカゲデ、シント少シ時間ガトレタ。フフフ』
その互いを名前で呼び合う会話に、柏木とフェルは目をへの字にして(やっぱりあの話は事実だったか……)とニンマリする。
しかも今のシエ。さりげなく多川に腕をからませていたり。こういう感じなので『背後霊』のように、どこかに必ず『絡んでいる』のである。
当然その噂は彼らの耳にも届いていた。で、ダストール人特有のスキンシップを見て、フェルはこれでシエも安泰だと色々な意味で胸をなでおろし、多川がどんな感じで『食べられた』かちょっぴり興味があったり……柏木はシエの強襲が今後なくなるかと思うと、大いに安堵すると同時に、一抹の寂しさを……
『……マサトサン、何を考えているでスか?』
「は? い、いきなりなんですか? フェルさん……」
『ジーーーー』
……フェルさんには全てお見通しであるようだ……
それはさておき。
「と、ベテランパイロットがやってくるという話でしたが、やっぱりお二人でしたか」
「ま、試作機のテストと受領だろ? なら当然そうなりますわな」
『ウム、客観的ニミテモ、私ト、シンガ適任ダロウ。リアッサモ使イ手ダガ、彼女ハ今陸上科ダカラナ』
「ああ、で、なんでも話じゃ複座機ってことじゃないか。なら俺とシエしかいないだろう。なんせカグヤで旭光Ⅱを複座で使っているのって、俺達だけだからな」
実はそうだったりする。
多川の乗っている旭光Ⅱは、元々多川の訓練用で、ポルやシエが教官で乗っていた複座型を、結局シンシエコンビ二人のコンビネーションがすごいということになって、そのまま複座型として、この二人の半ば専用機と化してしまっていたものだった。なので、カグヤでヴァズラータイプの戦闘型を現在複座で運用しているのは、このシンシエコンビのみなのだ。
『デダ、早速機体ヲミセテクレナイカ? コレデモ結構楽シミニシテイル』
『ウフフ、そうですね。でも今回の機体は、シエも驚きますヨ』
『フム、デハ尚更早ク見テミタイナ』
「はは、んじゃ向こうで沢渡主任も待っていますから。行きましょうか」
そういうと柏木は二人を誘い、ヤルバーン日本治外法権区・ヤル研実験区画へ。
日本国防衛省技術研究本部ヤルバーン研究所は、治外法権区居住区画下の格納庫エリアにあるが、先のヤルバーン州化に伴って、ニホン治外法権区画の場所が拡張されたのだ。
ヴェルデオの計らいで、ヤル研の事務部局と、屋内実験区画が例の新たに造成建築された、中央柱部区画へ移設となり、格納庫エリアにあったその分の場所がそのまま実験区画として拡張利用できるようになったので、ヤル研の兵器実験区の広さが、以前より広くなった。つまり、大型の機動兵器を格納できるようになったのだ。
柏木達は屋内転送装置でヤル研兵器実験区へ。
そしてシエと多川は、現在整備中である件の機体『マージェンツァーレ』を目の当たりにする。
「うぉあっ!!……な、なんだこいつは……これ、マジでヤル研が作ったのか!!?」
『ナント!!……コンナ機体ダッタトハ……コレハスゴイ!……ニホン人モヤルデハナイカ……』
機体を見上げて「ほげ~」っとなる二人。
多川の主観で、シルエット的には羽をはやした肉食恐竜にも見える機体。シエの主観で、ダストールの古代大型肉食動物にも見えるシルエットの機体……そんな趣味的な機体など、さすがに聞いた事がないので二人して口をとんがらがして機体を見入るしかなかった。
「やぁ多川さん。いらっしゃい」
「おう! 沢渡主任。おいおい、なんなんだよこの機体は……ヤル研“としても”やりすぎだろうコレは……」
『サワタリ……サスガニ“あにめ”ノ観スギダロウ……ソンナニ溜マッテイタノカ?』
えらい言われように、沢渡もトホホ顔になる。しかし前科ありまくりなので仕方がない。
浮いちゃう10式とか、ローターのないチヌークとかHMとか……浮いちゃう10式、まだ予算のない頃作ったのは、廃棄予定の車両を使った、浮いちゃう74式だったりする……
そこんとこ誤解のないように、機体の主要構造はヤルバーン州軍技術部主導でヤル研は主に、機動に伴う操作・機体制御システム。武装開発の方を行っていることを説明する。
そして、この機体の基本設計が地球時間で1万年も前のもので、そのままでは流石にイゼイラとしても、
システム規格的に古すぎるので、そこは現代ティ連と日本の発想力というハイブリット技術をふんだんに導入して、かなりの設計変更を行って完成させたという話。
かつてのイゼイラでは、量産化してツァーレを皆殺しにしようと目論んでいた機動兵器なので、元々の機体設計は見た目に比して、比較的簡素な設計だったという話。それをヤルバーン州軍技術者とヤル研が、相当な話し合いをもって製造した代物でもあるそうな。
そう聞くと、多川・シエ両氏も「なかなかやるじゃないか、ヘンタ……ゴホンゴホン。ヤル研の技術屋は」と思う。
「……なるほどね、それはスゴイな……じゃぁこの機体、ヤルバーン州と日本国の正真正銘な共同開発兵器って事か? 沢渡主任」
「そういうことになりますかね。とはいっても、例のドーラとかいうヤツの事件がらみでここまで仕上げられたというのも正直言ってありますから、良い結果残さないとボツになってしまいますんで、お二人をお呼びしたという次第でして、ハイ」
委細了解という感じのシエと多川。さっそく担当者から機体の説明を受ける。
この『マージェンツァーレ』地球暫定コードネーム『メカツァーレ』現代技術導入改良型の諸元は以下のような感じ。
*全高=17.7メートル。
*本体全装備重量=55トン(空間重力制御装置作動時:3トン)
*装甲材質=特殊化合張硬繊維装甲及びエネルギーシールド(詳細は防衛省機密による)
*出力=不明(ティ連防衛総省機密による)
*武装--
=右腕部・内蔵粒子ブラスト加農砲・近距離戦用粒子ビームートーチ
・硬刃クローハンド
=左腕部・アリアンテック社30×113mmM230チェーンガン
・硬刃クローハンド
=頭部・ヤル研製パルスレーザープラズマボルテック砲
・12.7ミリ同軸機銃
=股間部・ヤル研製 試製大型超電磁投射砲
=腹部・ディルフィルド魚雷造成用ハイクァーンサイロ
=尾部・ディスラプター砲
=14式機対機誘導弾 (オプション)
=04式空対空誘導弾 (オプション)
=AGM-114 ヘルファイア空対地ミサイル (オプション)
=各種爆弾 (オプション)
「…………」
仕様書を見せられて鼻血が出そうになる多川。
『ン? 重力子兵器デ使エルノハ、ディルフィルドギョライダケカ。重力子ブラスターハ装備サレテイナイノダナ。セメテチキュウノ、ヂレール核裂爆弾アタリヲモゴモゴモゴ……』
「シエ、ヂレール兵器は使っちゃダメなんだよ、日本は」
空気読まないシエさん。多川に口をふさがれる。
仕様に少々ご不満のようである。
「広域重力子兵器は、ディルフィルド魚雷生成でパワー食っちまうので今回の搭載は見合わせました。核兵器搭載は、ハハ……無理じゃないですけど、多川さんの言う通りです」
真面目に答える沢渡。
「私もその仕様見せられた時、こんなの自衛隊が装備していいのかと思いましたけどね。ま、特危ですからいいんでしょうけど」
柏木も何か少し感覚が麻痺しているようであるが、実際その通りだ。特危自衛隊はヤルバーン州と日本の共同運用組織となる予定なので、陸海空自衛隊とはその装備も少々趣が違う。
早速メカツァーレに乗り込むシンシエコンビ。コクピットは胸部にある。突起状の部分から、前後ハッチを開けて中へもぐりこむ。
イゼイラ機動兵器特有の快適な広さを持つコクピットだが、多川のコクピットは例の『空間エミュレーション機動装置』を使っているので、F-2HMのコクピットから改良したものを設置してある。
つまるところいつものように多川が巡航戦闘担当で、シエが機動戦闘担当。
そのほか、どちらかがどちらかの戦闘機動に集中している際、もう一方は、パイロットが制御しきれない武装の制御も担当するガンナーになる。そのあたりで旭光Ⅱとはちがった操縦が求められる。
「……なるほどね、こりゃちょっとシミュレータ訓練も併用して飛ばなきゃならんみたいだな」
『ソウダナ。武装ガ異常ニ増エタ分、互イノ作業モ増エテイル。量産化スル際ハ、ソノアタリヲ相当ニシェイプアップシテヤラネバナランダロウナ。量産型ハ、オソラク単座仕様がメインニナルハズダ。コンナニモタクサンノ武装、一人デハ扱エンゾ』
「そういうとことだなぁ……しかし何を考えてこんなにゴテゴテ付けたんだぁ?」
『サワタリノ事ダ。ドウセ“あにめ”カ何カニ影響サレタンダゾ、キット……ふるあーまートカアルンダロ? コノアイダノ渋谷デ遊ンダゲームミタイナ』
「なんでシエがそんな言葉知ってんだよ、はは」
機器をポチポチいじりながらチェックと確認作業をするシンシエコンビ。
そんな冗談でも言い合いながらの作業。このあたりはもう二人ともテストパイロットのプロだ。慣れたものである。
「……よし、飛ぶ分には問題なさそうだ。機動戦闘としてどうだ、シエ?」
『アア、ナントカイケソウダ。マニューバコマンド体系モ、ヨクデキテイル。一度飛ンデミルカ? シン。デ、イケソウナラ、コノママカグヤヘ持ッテ帰ロウ』
「了解だ……というわけだ沢渡さん、とりあえず半自動制御モードで飛んでみて、このままカグヤへ持って帰る。よろしいか?」
『了解です。いかんせん出来立てホヤホヤですので、よろしくお願い致します』
「では、柏木さんにフェルフェリアさん、来て早々サヨナラになるが、またカグヤに遊びに来てくれ」
『フェル、デハマタナ』
管制室に移動し、二人の会話を聞く柏木とフェル。
シンシエ二人の連携が、前にも増して良くなったと思うのは気のせいか?
「お気をつけてお二人とも。ヤツもそんなにすぐやってくるわけではないでしょうから、焦らずに」
『ソウでスよ、シエもネ』
柏木とフェルがそういうと、VMCモニター越しに、親指をあげる二人。さすがサマになっている。カッコイイものだ。
多川はいつものパイロットスーツ。気圧やG等のコクピット内環境は完璧なのでマスクはさすがにいらない。
シエはいつものピチピチなダストールコンバットスーツだが、最近は多川に倣って、自衛隊のパイロットヘルメットを装着するようにしている。
そして格納庫に警報音が鳴る。
メカツァーレ整備スタッフが退避。
スタッフが、誘導灯を振って、機体をハッチまで誘導する。恐らくシエが操縦しているのだろう。綺麗な歩行移動を見せ、誘導員に従う。
「はは、ホント恐竜かドラゴンかってな感じだな」
『デスねぇ~……しかし、ツァーレに似た兵器に頼らないといけないとは、イゼイラ人としては複雑な心境デスよ』
「いや、相手の強い武器や、強さを真似て対抗するっていうのは、武器や兵器の歴史では至って普通の事だよ。俺は特に違和感を感じないけどな」
『そういう事も発達過程文明の考え方デスか。ナルホドでス』
腕組んでコクコク頷くフェル。
先人達が、ツァーレを恐れ、憎み、滅ぼそうとして考え、そして歴史の中へ埋もれさせた怨念のような兵器を、日本人技術者が見つけ出し、改良を加えて日本やヤルバーンを守る剣に変化させた。将来的には、イゼイラやティエルクマスカ世界へ普及する兵器になるかもしれない……皮肉なものであるが、それもまた日本が連合へ加盟した成果なのかなと思うと、それも因果かと納得するフェルであった。
上部ハッチが大きく開き、青空が見えた。
メカツァーレは背中の可変翼システムのような構造の収納部から航空機の翼状な斥力ユニットモジュールを展開すると、ブワっと空中へ浮かび上がる。
この可変翼構造も、米国F-14戦闘機やロシア製MiG-23戦闘機以来使われなくなった絶滅技術の一つだ。
『可変翼』……『可変』つまり『可動部がある』というだけで、整備コストがドンと上がるため、機体設計技術の向上で、現在ではほとんど使われなくなった航空機技術である。それをあえて採用するというのも発達過程文明であり、そういう技術の蓄積があるから古いものをあえて使うという発想もできる。
沢渡は、ヤルバーンの技術者へ、そういった事も伝えたいのだろうか、あえてゼル造成技術や、形状変形素材技術のようなティ連最新技術を使用せずに、地球のこういった技術を使って、メカツァーレを作った。そして、ティ連の技術を使えば、こういった古い構造の技術も使い方次第で効率の良いものにできるという発想もあったのだ。
機体はハッチから出る直前に、対探知偽装をかけ、ヤルバーンを飛び出す。
メカツァーレのおぼろげな、モヤっとしたシルエットがうごめくと、ゆっくり加速し、福島県の方向へ飛んでいった。それを見送る柏木とフェル。
『ケラー・タガワとシエ。うまく運用してくれるといいデスね』
「そうだね。でも、あれが虎の子になるまえに、なんとかできるのが一番いいんだけどな……」
『エエ……』
………………………………
安保委員会、ヤルバーンスタッフ、ヤルバーン州連合防衛総省、カグヤクルー諸氏はクリスマスと正月返上ではぐれドーラ襲来の警戒に当たる。
あれから以降、それらしき反応もなく現状は平穏を保ってはいるが、相手はいうなれば、たかだか一機である。姿を見せなければ、事も起こらない。そんな感じ。
柏木とフェルも、今回ばかりはクリスマスもゆっくりすることはできず、空いた時間、外で外食をする程度で自粛した。
でも、互いのプレゼントはしっかり交換したようで、今年、柏木がフェルにあげたのは、国会へ持っていけるようなハンドバックをプレゼントしてあげた。
これにはフェルも大層喜んで、いつもポーチに入れている品物をすべてそのバックに移したようだ。
女性というもの。こういうものをもらうと喜ぶのは宇宙共通なのかなと。
フェルは、イゼイラの高級繊維で造った、柏木のスーツに会う『パラト』をプレゼントした。
『パラト』とは、古代イゼイラ人が来ていた正装の上に羽織るような服の事だ。
とてもきれいな藍色の生地でできたパラトで、フェルが仕上げを手作りでしたらしい……この忙しいときに、いつそんなことをしてたんだと感動してしまう柏木先生。何か正装が必要な式典に着て行こうと思ったりする。
シンシエコンビも、プレゼント交換までの暇はなかったようで、近くの町の、ちょっと洒落たレストランで食事という感じで、今年は我慢したそうな。
シエにとってデルンを伴う初のクリスマスとなったが、シエ自身がクリスマスというものをイマイチよく理解していないらしく、その勉強もかねてそういう感じに相成ったそうである……ただ、出動で忙しい中にも、良い息抜きになったとシエは喜んでいた。
そのシンシエコンビ。
愛機を『旭光Ⅱ』から、名を『試製15式多目的機動兵器“旭龍”』に変えたメカツァーレで、習熟訓練も兼ねた警戒任務をこなしていた。
機体には『特危自衛隊』と書かれたゴシック体のロゴと『ヤルバーン防衛総省』と書かれたイゼイラ文字のロゴ。赤丸の日本国章とイゼイラ連合国章が描かれ、機体色は、F-2同様の藍色と水色の迷彩色のような色へ塗り替えられた。
二人にとって15式というコードが、唯一新年を迎える気分にさせたというなんとも悲しい話だが、そんなことも言っていられない。それでもカグヤ内では、新年気分を演出するために門松にささやかな自衛官有志による餅つき大会などは行われていたようだ。艦内には『春の海』が流されていたり。
カグヤに乗る防衛総省クルーは、日本の正月は初めてになるので、餅つきが大層珍しかったり。
でもって、出来立てのお餅に舌鼓。きなこ餅が大人気だった。
そんな正月……『旭龍』という大きなお年玉とクリスマスプレゼントが合わさったような機体を充てがわれた二人。新年早々訓練である。
『ドウダ、シン。モウコノ機体ニハ慣レタカ?』
「おう。まぁな、そういうシエはどうなんだ?」
『アア、私ハ好キダゾ、コノ機体。ヴァズラータイプヨリ、機動戦闘時ノ機体制御ガ行イヤスイ』
「巡航戦でも問題なさそうだが、旭光ⅡやF-2HMほどの巡航機動は期待できんな。ま、目的がヴァズラーとシルヴェルの中間機体だから贅沢は言えないけどな。代わりにパワーだけはあるから一撃離脱には向いている。それで攻めるのがいいのかな?」
このマージェンツァーレ。所謂『旭龍』……流石にヴァズラータイプほど巡航戦闘時の機動性は高くない。どちらかというと、巡航戦時はパワーで押す一撃離脱型なのだ。
この機体、半可変型で、ある程度移動に適した可変形態で巡航するが、ヴァズラーほど本格的ではない。そういった重戦闘兵器でもあるので、華麗にドッグファイトをキメるという使い方にはさすがに向いていない。
「……というわけで、巴戦には向いてなさそうな機体なので、そこんとこよろしくなシエ」
『了解シタ。フム、ナラバ巡航戦ト機動戦ヲ柔軟ニ変エル訓練ガイルナ』
「そういうことになるかもな。俺もガンナー訓練しっかりやったほうがいいかもしれんなぁ」
太平洋上を対探知偽装かけて飛ぶ旭龍。
ゆっくり時間かけて習熟訓練というわけにもいかないので、二人はかなり手探りでテストをしていた。
すると、なぜかロックオン警告がピーピーと音を鳴らす。
「んお! 誰だ? こっちゃ偽装かけてんだぞ……これは……」
すると旭龍に無線が入る。
『こちら尾崎。多川一佐、シエ一佐、特訓にお付き合いしますよ』
『こちら垂井。自分も右に同じであります』
『こちら小川。以下同文であります』
なんと、カグヤから飛んできたF-2HM三機であった。そして更に……
『シエ、私モ相手シテヤル。オマエト機動兵器デヤリアウノモヒサシブリダ。楽シマセテモラウゾ』
リアッサだった。久留米の頼みで、ヴァズラーを駆って尾崎と垂井についてきたらしい。
『フゥ、オマエモオ節介ナ奴ダナ。シカシ有難イゾ……シン、コレデ一気ニ習熟スルトシヨウ』
「ああ、せっかく手伝ってくれるんだ。んじゃ気合い入れていくか」
客観的にみると、福島県沖の太平洋上でモヤモヤと透明の物体複数が、異常な機動で動き回る状況。
かような感じで多川とシエは、来る日のために旭龍を使いこなせるよう特訓を行った……
………………………………
さて、火星開拓艦隊司令ダル艦長の提言は、ヘストルを通じてすぐさま、件の事件の報と共に、イゼイラと連合本部へ知らされた。
日本との交渉権を持つのは、イゼイラなので、マリヘイルは急きょイゼイラ共和国議長サイヴァルと会談を持ち、対応策の協議に入る……が、もう二人の意見は話し合う前から決まっており、ダル艦長の言う『ドタバタ劇を仕掛ける』という作戦が案外良いのではないかという話で落ち着いた。
これは別にふざけているわけではない。
つまり、もし今回の『はぐれドーラ』事件によって地球世界の国際関係で、色々と暗雲立ち込める動きが出てくるとするならば、地球社会でそれに伴うネガティブな思考を行う暇を、日本以外の地域国家に与えてはならないと話すダルの考え方が正しいと判断したからである。
これがただの国交がある外国ならいざ知らず、日本はもう連合加盟国であり、ヤルバーンというイゼイラの自治体が立派に存在する連合主権もあるわけで、自らの主権領へ法の範囲で行くのに何を遠慮する必要があるのか……という、かなり居直った解釈の元、このダルのイチバチな提案を実行に移してみようという話に相成った。
とにかくティエルクマスカのみなさんは、いったんこうと決まったら動きが早い。
この動きが早い理由。それは兎にも角にも通信手段、連絡手段、情報処理がとんでもなく迅速だからである。
情報の伝わる速度が凄まじく早いので、連携もいいし、行動も早い。
この動きの速さに実のところ日本政府官僚諸氏は、右往左往させられているわけであるが……
今後日本政府やお役所も、このティ連の動きの速さに対応していかないといけないのであるから大変である。
ということで……地球から300万光年離れた、今やティエルクマスカ連合で太陽系への入り口となった、セルゼント州。その州宙域空間は、セルゼント州始まって以来、空前の賑わいを見せていた。
太陽系方面のディルフィルドゲートは大規模な改修工事がなされて直径一〇〇キロにまで拡張され、その出力も規模に比例し格段に強化されていた……
しかし、セルゼント側が強化されても、当の冥王星側も強化しないと意味ないじゃんという話になるのだが、そこはもう抜け目のないヘストル将軍とダル艦長。
火星開拓艦隊の一部を回し、冥王星ゲートの拡張工事へ従事させていた。
さすがにセルゼント州規模な、直径一〇〇キロ規模のゲートとはならないが、それでも直径五〇キロの規模に拡張させる工事を行っていた。
このゲート拡張は火星開拓計画の一環でもあるので、将来的には火星圏へ移動させる予定であるために、どのみち必要な作業なのである。
現在工事中ではあるが、冥王星での運用は可能である。
で、そのセルゼント州。今現在の様子を端的に表現すれば……宇宙艦艇の国際見本市状態である。
その数、優に500隻近いティエルクマスカ連合加盟各国の艦艇が集結していた。
無論、戦艦クラスや機動母艦クラスは言うに及ばず、今回ちょっと趣が違うのは……それら艦隊に、主要大国の『政府中央艦』という種類の大型艦艇が集結している状況であった……
政府中央艦……あまり聞きなれない艦種であるが、所謂『政府専用機』『エアフォースワン』のような艦艇と思えばいい。主にティ連加盟国で、イゼイラなどの大国が所有する船であり、その国の国家元首が外遊する際に使用したり、領有惑星に有事があった場合の救援、援護、国家が非常事態に陥った場合の政府中央として機能するために造られた船である。
所謂、各国家の最高技術が詰め込まれた誇りともいうべき船といってもいい。
その規模の艦艇がワンサカと詰めかけていた。
○イゼイラ星間共和国政府中央艦『ディルダー・イゼイラ(悠久なるイゼイラ)』
全長15キロメートル級。
○デルベラ・ダストールデルド星系連邦総国政府中央艦『ヴェッシュ・セド・バウラー(人名)』
全長8000メートル級
○カイラス星間共栄連邦政府中央艦『サーフェルーシェ(地名)』
全長10キロメートル級
○パーミラヘイム星間連邦共和国政府中央艦『ベントラ・ジェント・ジーン(人名)』
全長2000メートル・全高7000メートル級
○ディスカール星間共和国政府中央艦『サラダン・デ・ディスカール(ディスカールの誇り)』
全長12キロメートル級
錚々たる艦艇である。
その宙域が一気に都市化してしまったよう。
そして更にはとうとう彼らもやってくるわけで……
○サマルカ統一連帯群国中央指令艦『中央セクター001700』
全長8000メートル級(ちなみに葉巻型)
○ザムル国政府中央艦『意思と栄光』
全長8000メートル級
他の艦艇とは趣の違った意匠が異彩を放っていた。
そして、トドメは……
○ティエルクマスカ連合・連合議長中央本部艦『ティエルクマスカ』
全長25キロメートル級
……その上から見ると、×と+を重ねたようなデザインの全長25キロメートルを誇る巨艦。それがティエルクマスカ連合議長が座乗する中央本部艦艇。その名も『ティエルクマスカ』である。
人工大陸の大型ユニット並みの大きさである。メチャクチャでかい。何考えてるんだと。
太陽系方面ゲートの冥王星側ゲートをなんとかくぐれる大きさである。
その他、大中小諸々合わせて、合計五百数十隻ほど。これでも当初の予想艦艇数よりは大幅に減った。
さすがに何千隻も大挙して地球へ訪問するのはマズかろうという『良識』らしきものが働いたようで、主要国家の中央艦に、近隣の国家代表団が便乗させてもらう形で、加盟国の代表団が肩寄せ合ってやってくるという寸法……それでも五〇〇隻である……
『……ト、まぁそのような感じですわ、ケラーカシワギ。こちらは何時でも地球圏へ参上仕れますのデ、受け入れ態勢の程、よろしくお願いいたしますわネ』
ヤルバーンのゼル会議室。すまし顔で、んなことをぬかすマリヘイルのオバハン。
柏木大臣、額を机に付けて突っ伏していた。
隣でサポートするフェル議員も同じく……
他、出席者の二藤部は苦笑いで、クククと俯き、三島は首を振って苦笑い。
白木も頭を抱え、新見も笑いながら大きなため息。
マリヘイルの横では、サイヴァルが気まずそうな顔で半笑い。腕を横へ上げている。
日本側の席に着くヴェルデオも半笑いだ。
「あ……で……マリヘイル議長……その船団、コッチ来るのにもう準備万端というヤツですか?」
『エエ、いつでも。あとはゲートをくぐるだけですわ。ガーグ・デーラどもも、流石にこの艦隊を襲うような蛮勇は持ち合わせていないようですわね。動きは見えません……太陽系への進入許可を頂ければ、チキュウジカンでイチニチもあれば参上いたしますわヨ。あとの段取りはコチラで行いますから、そうですわネ、チキュウ圏滞在期間は、イッカゲツを見ていただいたらよろしいかト』
「は? 一か月っすか?」
『ソレはそうでしょう。ニホンへの観光もありますでしョ? 要人の方々とお会いして色々ご挨拶もいたしたいですし、ああ、それとニホン国皇帝陛下への謁見も賜りたいと思いますし、なによりもフリンゼとケラーの式も早々にしてしまわないと……』
再度机に突っ伏す柏木大臣。
フェルも同じく……フェルは両手を前へバンザイしている。
二藤部達は、もう笑いをこらえている状態……ってか、アンタ総理大臣だろと。
「いや、マリヘイル議長、私たちの式なんざ後回しでも……」
『そ~イうわけには参りません。ケラーは少しお気楽に考えているようデスが、イゼイラの政治的VIPかつ、ティエルクマスカ世界の精神的VIPと婚姻なさるのデスよ。少しは自覚していただかないと……』
「はぁ、まぁ、そういわれるとそうですが……」
『今回の“はぐれドーラ事件”デスが、このような事態になった責任は、我々にもその一端はありまス。ですので、その式の方も全部コッチで取り仕切らせて頂きマスので、ケラー達にはご出席なさる方々をお教えいただければ、それだけで結構です。ハイ。もう全部この際デスカラ連合が面倒をみまス』
「はぁぁぁぁぁ?」となる柏木とフェル……どうもマリヘイル議長。究極の世話焼きのようである。
ってか、いやソレ職権乱用だろうと思うが、そうでもないらしい。なぜならみんな納得済みだからだ。
柏木が顔面蒼白になって二藤部達の方を見ると、二藤部に三島、白木に新見、その他閣僚に関係官庁役人、全員して手を横に挙げている……もうここまできたら、なるようになれモード全開である。
そこで最近状況に慣れてきた二藤部内閣総理大臣が一言。
「柏木さん。よくよく考えれば、いずれはこうなることです。その時期が今回のはぐれドーラ事件で早まっただけとみればいいでしょう。それに今回の件、これも作戦の一環です。確かに今の“銀河連合日本”である我が国ならば、ここで押し切ってしまえば、どんな事態になっても収拾を付けることは可能です」
三島も二藤部に同意して
「そうだぜ先生。正直言ってトンデモない話だが、そのポンコツドーラが引き起こす最悪の混乱を考えた場合、その火星のダル艦長が考えた作戦が一番有効っちゃぁ有効だ。どのみち議長閣下達は近いうちにコッチに来ることになるんだ。それがちょっと早まっただけじゃねーか……先生の式の話はしらねーけど」
確かにダルの考えたこの作戦が、最悪はぐれドーラの地球侵入を許してしまった際の、国際的な風評を壮大に誤魔化すには非常にいいというのは理解できる。
しかしそこまでやる必要があるんかという人としての常識というものもあるが、そのあたりを二藤部達が考えていないわけでもないだろうし。よくよく考えたらそうなのかなぁと思う。
ある事件が起こった際、その事件の影響を憂慮して、その風評が独り歩きしないように他の事件をデッチあげて、そっちに大衆の目をそらして、ネガティブな事件を躱すという手法。これは古今東西よくおこなわれてきたことだ。今現在でもそれは行われている。
ある事件が起これば、別に発生した事件をあえて放置することで、大衆の目をそちらへ逸らす。
もしくは、小さな事件でもまるで大事のように騒いで、別の事件の、事の本質を逸らしてしまう。
そういった手法だ。
ティエルクマスカ連合やイゼイラ共和国が今回のはぐれドーラ事件で一番恐れているのは、ドーラの取る行動が、地球世界の異星文明全体に対するネガティブなイメージになることだ。
日本政府の一部の人間しか、この地球世界でドーラの事を知る人間はいない。
つまり、ドーラが地球圏で、地球科学の常識を超えた手段で破壊行動を行えば、それ即ち、ネガティブイメージが理屈抜きで異星文明すべてに波及してしまう。
そして、日本が銀河連合へ加盟した事を快く思わない勢力や国家は、これみよがしにその事実を誇張させ、日本や異星人を叩くネタにするかもしれない。
確かにダル艦長の提案した一見ドタバタ劇に見える作戦は、こういったネガティブな地球世界の状況を一気に畳みかけるには、確かに最も効率がよく、かつ効果的な方法なのである。従って、決して荒唐無稽とはいえない『作戦』なのだ。
そしてこの作戦も、ティエルクマスカだからこそできる作戦だろう。
柏木が言った『善は悪に対等では絶対に勝てない』という理屈と同じである。
たった一匹のルール無視な倫理観のない機械生命体のために、その影響も見越して準備する作戦が、ティ連合総出の大出張サービスだ……
ほとほと柏木は、このティエルクマスカ連合という連合体の、懐の広さを思い知らされる……
そんな意味も含めて、柏木はサイヴァルやマリヘイルに……
「たかだか一機のポンコツロボットのために、ここまでしますか……」
と、笑いながらポロっともらすと、二人は「貴方がそれをいうか?」と大笑いして反論する。
「え?」
『ケラーは私たちが云万周期解決できなかった事を、たった数日イゼイラに来ただけで、解決したのですよ。ねぇサイヴァル?』
『ああ、そうだ。おまけにファーダ・ニトベは我々にセンネン先の話をできるようにしてくれた。その約束を見事に果たしてくれた……それに比べれば、これぐらいの事、何ほどの事かという感じですよ、ケラーカシワギ』
そっか……と、頭をパンと叩き、頷く柏木。確かにそう言われればその通りだと。
「フェル……んじゃ、親父やお袋、親戚にも式の招待状、出さなきゃな……」
『ウフフフ、仕方ないですネ。私はサンサやシエ達オトモダチにも書かないと……って、そうだ、そうなるとサンサは?』
するとマリヘイルが
『ご心配なくフリンゼ。ちゃんとイゼイラの中央艦に乗っていますよ』
用意周到だった……ということは、サンサもハルマ初体験ということになる。
しかし「それは甘い」と、すかさず三島が横やりを入れる。
「先生ぇ……んなもんで済むわけねぇだろ?」
「え?」
「先生ぐらいの人物と、イゼイラの世が世なら『女帝』さんの式だぜ。我が国にも体裁ってものがあらぁな」
「は?」
「党の重鎮だろ? 俺たちも含めた……で、野党党首に財界関係者、おまけに各国の、最低限大使クラスへは招待状出さねーとな……今回ばかりは、中国やロシア、韓国も無視するってわけにはいかねーんだぜ? それでもって、バチカンのお偉方や、英国の王室、我が国の皇族の方々の出席もお願いしないと……」
その話を聞いて柏木は……
「はぁぁぁぁぁぁあああああぁぁぁぁあああぁぁぁぁぁあああ???」
横で聞くマリヘイルもウンウンと頷き、三島の言葉に同意し
『サスガはファーダ・ミシマです。素晴らしい。その通りデスわ……ふむ、確かにこれをケラー達だけで行うのは少々荷が重すぎますわね。仕方がありません。私たち連合側が委細準備を行う事といたしましょう』
横で白木が(何が仕方ねーだよ、マリヘイル閣下がやりたいだけじゃねーか)と必死で爆笑を堪えていた……新見も同じく……
つまりこのマリヘイルさん。フェルと柏木を自分の弟か妹のように思っているのである……所謂。究極の世話焼きなだけであったりする……横でサイヴァルが日本式の合掌で柏木に許しを乞うていた……
そんな感じでハチャメチャなゼル会談は終わる……おそらく日本憲政史上始まって以来の……トンデモな会談であった……
ゼル会議室で、ドっと疲れがあふれ出る柏木の御大。
向こうでは二藤部と三島が、マリヘイルと色々雑談をしているようだ。
『ははは、マリヘイルの趣味に付き合わせて申し訳ないですなケラー』
サイヴァルが柏木の肩をパンパン叩きながら、横にドッカと腰を掛ける。
「ぎちょぉ……マリヘイル閣下って、あんな性格だったんですかぁ~??」
『いやいや、色々とわが連合としても良いことが続きましたからな。そういうのもあっての事ですよ』
「と、いいますと?」
『ですから、我々から何らニホン国に対して、報いていないという意識が連合にはあります』
「そんな事ないですよぉ~……魚釣島の一件もありますし、色々技術も頂きましたし……」
『それはヤルバーンやイゼイラとの交流で得た成果でしょう?』
「あ……あぁ、そういう感覚なんですか……なるほど……」
つまりヤルバーン・イゼイラではなく、ティエルクマスカ連合として、何かしないとという感覚なのだという話。いやはやである。
『ははは、まぁそう言う事です。彼女もここぞとばかりに張り切ってやっている。付き合ってやってくださいな、ケラー』
「はい、わかりました……はは……」
『ところで、話は変わりますが』
「ええ」
『あのケラーから要請のあったシステムの持ち出しですが、議会から認可が下りました。此度チキュウへ行く際、私の船へ移植してお持ちいたします。そうニーラ副局長にも伝えてやってくださイ』
「えっ!! そうですか! それは……ニーラ博士喜びますよ!」
そう、柏木は真壁から要請を受けて、ニーラが使いたいといっていたナヨクァラグヤ帝のニューロンデータの持ち出しを行えないかと、イゼイラ政府に彼の名前で要請していたのだった。
その認可が下りて、此度のイゼイラ政府中央艦『ディルダー・イゼイラ』の中央制御システムに移植して持ってくるという……
……さて、鬼が出るか蛇が出るか。
たった一匹の“はぐれドーラ”の及ぼす影響にも、これでとりあえず対応策を講じることはできた……その予想される結果は別にして……
かの遺物はどう出てくるか……これはその時が来るまで待つしかない……
………………………………
ヤルバーン州連合防衛総省・空間防衛監視センター。
ここでは、地球衛星軌道へ放たれた偽装付ヴァルメを総括してコントロールしていた。
そして、頻繁に出動するヴァズラー・アウルド型に、哨戒仕様のデロニカ。
火星での事件が起きてもう既に二週間以上経とうとしていた。
防衛総省情報部の予測では、かのはぐれドーラがヴァズラーの機能を取り込み、制御を行えるようになる期間も勘案して、そろそろ地球圏に姿を現す時期ではないかと踏んでいた。
幸いなことに、ドーラが捕獲したのはヴァズラーアウルドであって、戦闘用の通常ヴァズラーではない。なので武装は普通に考えれば通常型ヴァズラーよりは装備的に劣る。
だが、逆にセンサー関係は最高のモノを搭載しているので、そのあたりでどう奴が出てくるか……というところである。
基本、ハイクァーンジェネレータと、量子通信装置をディスラプターで消去してはいるものの、それ以外の機能はほぼ無傷だろうと思われるので、もしドーラが、ティ連仕様のゼルジェネレーターを使いこなせてしまっていると、結構話はややこしいことになる。なぜなら、ドーラの弱点である『物理攻撃』に対しても、ティ連製ゼルジェネレーターなら、有効な防御機能を持っているし、武器の仮想造成種も豊富である。
なかなかに手ごわくなると予想はされた……
『哨戒デロニカより監視センター。現在衛星“ツキ”より、4セロルを航行中。新型航跡センサーに異常なし』
『監視センター了解。哨戒継続せよ』
イゼイラからもたらされた新たな技術。鹵獲ガーグ・デーラ母艦を解析した探知装置。
これはガーグ・デーラ機動兵器が移動する際に出す独特の空間振動周波数を感知するものである。
どういう仕組かはまだわからないが、どうもこの周波数。次元溝潜航時でも、ある種の特定条件下ならその航跡をわずかながら探知可能らしい。これと不自然な次元歪曲変数の発生地点とを突き合わせれば、ガーグ・デーラの存在が探知可能になるという……これは大変な収穫だと、防衛総省でも話題になった技術だった。
実際、この技術のおかげで、本国では何回か、ガーグ・デーラの襲撃を回避迎撃する事に成功しているそうだ。
「これまでヴァルメやアウルド総出で監視しているが、これといった状況変化はないな」
「ああ、とはいえ今回ばかりは取り越し苦労ではないか、とは言えん事態だからなぁ……」
「うむ、必ず来るといってもいいヤツだからな……チキュウではなく、メイオウセイの方へ行ったという事はないのか?」
「その可能性もある。昔なら向こうへ行ってほしいと言ってたかもしれないが、あの能力を見てしまったからには、もうそうも言えなくなってしまったからなぁ」
「ああ、あの空間回廊壁外を移動する能力な……あれはありえんよ流石に……」
哨戒型デロニカクルーのイゼイラ人が、そんな事を話しながら任務に就く。
『こちらヴァズラーアウルド5。哨戒デロニカ3へ……チキュウへ向かう隕石を発見した。かなり大型だ。まぁほっといても燃え尽きるだろうが、どうする? 攻撃して軌道変更してやるか?』
「ああ、そうだな。そうしてやってくれ。ま、これもサービスだ」
『了解』
哨戒中のヴァズラーアウルドとそんな会話をすると、また退屈な監視任務に就く哨戒型デロニカ。
「隕石ってか……多いのか? チキュウには」
「結構落ちてるらしいな。そのほとんどは燃え尽きているそうだが、俺たちが地球に来る少し前には、ロシア国に大きいのが落ちて、チキュウでは結構騒ぎになったそうだ。なんでも大昔にダストール人の先祖みたいな生物が絶滅したのも隕石の影響だって話だからな」
「はは、ならその隕石落下がなければ、チキュウ人もダストール人のような知的生命になっていたかもな」
「そうだな、俺たちも大昔はそれで絶滅しかけたんだからなぁ……」
しばしそんな雑談にふけっていると、ヴァズラーアウルド5から緊急伝が入る。
『緊急! 緊急! こちらアウルド5! 攻撃を受けた! 繰り返す! 攻撃を受けた!』
ゆったり座っていたシートから飛び跳ねて座りなおす哨戒ヴァズラークルー
「どうしたアウルド5! 詳細を報告しろ!」
『さっきの隕石! 例の奴だ! はぐれドーラだ! 次元溝へ潜らずに、通常空間を堂々と来やがった! クソっ!』
アウルド5は、その隕石と思わしき物体の軌道を変えようと、粒子ブラスターを放ったところ、そいつは急にシールドを展開してブラスターを弾き飛ばし、逆にフェイザービームで反撃してきたという。
「何ッ! フェイザービームだと!」
『ああ、アウルドタイプにはフェイザービームなんて装備していない。あのポンコツ野郎、ゼルシステム使って自分で武器を作ってやがるぞ……コイツはヤバいかもしれん』
「お前は大丈夫なのか!?」
『いや、ちょっと食らった。だが航行に差し支えはない。なんとかヤルバーンタワーの空間ステーションまでは戻れそうだ。とにかく警報を! あの野郎、バレたとわかって加速しやがった。このままじゃチキュウに突っ込むぞ!』
……とうとう地球圏に姿を現した“はぐれドーラ”
しかもやはりというべきか、ヴァズラー・アウルドタイプの能力を存分に取り込んで、しかもティ連式ゼルシステムを有効活用し、相当に強化されての登場である。
そして、やはり奴には“思考能力”“判断能力”があるのだろうか? 完全にヤルバーン・地球勢は裏をかかれた……まさか通常空間を隕石に偽装して飛来してくるとは……おかげでここまで接近を許してしまった。
イゼイラ式ゼルシステムを有効活用しているこの“はぐれドーラ”
……予想以上に恐ろしい相手かもしれない……




