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銀河連合日本  作者: 柗本保羽
本編
65/119

-42-

『カグヤ、事象可変シールド、宇宙線遮蔽モード、順調に展開、稼働中』

「本艦への放射線、及び放射能物質による汚染、被曝の影響はありません」

「現在、福島第一原子力発電所、約10キロメートル四方に展開中のヴァル式も、特に放射線、放射能による影響は受けていません」

『対象サンプル地点のヂレール核裂線物質、マクロサイズからミクロサイズの転送任意設定、完了イたしましタ……ヂレール核裂線物質処理、テスト開始』


 宇宙空母カグヤは現在、福島第一原子力発電所から約30キロメートル沖に停泊していた。

 現在カグヤは、艦体に環境シールドを展開している。これはもちろん放射能、及び放射線対策のためである。所謂、デロニカ・クラージェが木星域で展開していたアレだ。

 このシールドを展開する事で、宇宙空間に存在する有害な放射線を遮断できる。それを利用しているという寸法。

 

 ……ちなみに、放射線と放射能を混同して考えている人がよく見受けられる。

 ここを正確に知らないと、無用な不安を招く恐れがあるので注意しなければならないところだ。


 放射能とは『放射“能”力物質』つまり放射線を発する放射性物質の事であり、放射線とは、そのような物質が放出する高運動エネルギー粒子物質や、高エネルギー電磁波の総称である。

 木炭で火を起こす事に例えると、木炭自体が放射性物質であり、その燃えた木炭の熱が放射線に例える事ができる。あくまで現象としての例え話だが。


 放射線。つまり放射性物質が、放射性崩壊、すなわち、不安定な物質が、マトモな安定した物質に変身しようと、余計な粒子性物質をポイポイと放出しまくる現象である。

 その放射性物質の種類によっては、十万年単位で放射性崩壊、すなわち放射線を放出し続けるものもある。

 この放射線の怖いところは、放射線が人体を透過すると、遺伝子、つまりDNAの鎖を断ち切ってしまい、細胞が癌化してしまったり、細胞膜に障害が起こってしまったりする。

 そんなものが拡散して粒子レベルでまき散らされたら、そりゃ大変な事になる。

 危険を感知しようにも、味もしないし、匂いもしない。体感レベルで感知も出来ない。

 体感レベルで感知できた時には、相当な放射線を食らっているわけであり、もう遅い。

 結局のところ放射線検知器。所謂ガイガーカウンターでしか危険を感知できない。


 つまり、原発災害の難儀なところは、こんな放射能力物質を、現代地球科学では制御しきれないわけだ。

 逆に言えば、この放射能や放射線を制御できるような技術があれば、別に原発など、なんてことのない施設とも言える。


 ここが、現在の地球科学の限界であり、所謂原発反対な人々は、なんせこの放射能と放射線をどうにもこうにもできないために、それを恐れて反対反対と大声あげている訳である。

 んでもってすぐに『コドモガー』と言い出すから、胡散臭くなる……まぁそれはおいといて……

 しかしまぁ実際その通りなので、これも致し方ないところなのだが、もし仮に放射線や放射能をどうにかできるものなら、こんな効率のよい素晴らしいエネルギーはないわけで、結局現在の原発というものは、リスクを『相当度外視』して稼働させているということでもある。

 そんなリスク対比で考えると、原発と言うもの……事故が起こった時の支払うコストは相当なものだ。

 火力発電所が火災を起こして、消防署呼んで、ハイ終わり……という訳にはいかない。

 この放射性物質による被害をどうにかすることが出来ない限り、やはり原発とは、どんなに安全安全といっても、それは所謂文字通りの『安全』を保証するものではなく、単純に『リスクが低くなった』というだけの話であり、やはり相当のリスクを伴いながら稼働させていることに何ら変わりはない。

 しかしこれも逆に言えば、リスクを覚悟してでも、多少の博打でも稼働させたほうが、エネルギーを得る効率が、他の発電に比べればやはり相当に効率がいいのは確かではある。

 なんせウラン235が1グラムあれば、石炭3トン・石油2000リットル分のエネルギーがあるわけだ。


 そこで、では、原発やめて火力発電にしたとして、放射能や放射線から受ける被害の恐れはなくなったとしよう。

 で、同じエネルギーを得るために、このエネルギー比率の石油やガスをバンバン燃やせば、今度は地球温暖化だのなんだのという今後何十年、何百年単位の地球規模な問題の話になる。


 放射線、放射能が怖い、環境問題で地球温暖化だといいながら、次世代エネルギーだと今度は言い出して、太陽光や風力などという土地の面積だけ食って、効率の悪い発電を『自然再生エネルギー』なんて声高々に主張する人々もいるが、コレもおかしな話である。

 ちなみに、太陽光発電。試算では、ドイツの国家面積一面に、太陽光パネルを敷き詰めても、ドイツ国内の総消費電力一年分を賄えないのだ。そんな発電方法が太陽光発電である。



 放射能、放射線のリスクを承知で、莫大なエネルギーを得る方法を取るか?

 地球温暖化等々のじんわりとしたリスクを覚悟で、化石燃料発電を取るか?

 自然再生エネルギーで高コストなエネルギーを使って、細々とやるか?

 核融合発電はまだまだ遠い。

 

 あちらを取れば、こちらが引っ込み、コッチを押せば、アッチが出てくる。

 技術革新が起こります。技術革新を待てばいいというが、そんな技術革新インフラが世界に普及するまで、どれだけの時間がかかるのか?

 結局、リスクとコストを勘案しながらハイブリットでやればいいのに、なぜかそれをやりたがらない。

 利権か、それともめんどくさいのか? よくはわからないがそんな感じである……



 ……言葉通り「痛し痒し」な話である……




 ……だが、この世界での日本。ここでヤルバーンやティエルクマスカの技術というファクターが入ったらどうなるか? という事だ……

 



 ………………




「……しかし凄いですな、ティラス艦長。ティエルクマスカのシールド技術がここまでとは……」


 藤堂副長がほとほと感心して語る。

 実際カグヤの今現在いる地点。原発から30キロ地点であるが、この場所も普通に考えれば相当ヤバい距離なのだが……


『ハイ、我々の使用する“事象可変シールド”とは、防御の対象が持つ特性に対応したシールドを複合的に展開して使用するものでス。このヂレール核裂線……即ちチキュウの方の言う“ホウシャセン”を防ぐには、我々が船外活動をする際に使用する、環境シールドを展開するのが最も効果的な方法デスな』

「いやはや、宇宙で『船外活動』が生身で出来るという事自体に、普通我々は驚きますがね、ははは」


 確かにそれもそうだ。宇宙空間の放射線量となれば、福島原発の比ではない。

 そんなところを生身で活動できるシールド技術。これだけでも相当なものだ。


 そんな雑談に興じていると、通信員が……


『ティラス艦長、カセイ域で任務中の『工作母艦ラシェイド』ダル艦長からクォル通信が入っていまス』


 すると、藤堂はギョっとした顔で


「か、火星ぇ??」


 と目をむいて驚く。


『ははは、私達の技術を以ってすれば、カセイぐらいな距離の通信など、家に“デンワ”をかけるようなものデス……君、繋いでくれ』

『ハッ』


 眼前に大型VMCモニターが起ちあがり、精悍な表情のダストール人デルンが姿を表す。


『ヤァ、ティラス艦長、久シブリダ』

『アノ作戦の時以来ですな、ダル艦長もご壮健そうで何より。火星での作業は順調ですかナ?』

『ウム、想像シテイタヨリモ、安定シテイテヤリヤスソウダ。マァ、大気定着ノ面デ、少々細工ガイルヨウダガ、サホド問題ニハナランダロウ』


 二人の会話に目を丸くして聞く藤堂。

 それに気づいたティラスが……


『アアそうだ、ダル艦長。ご紹介しまス。こちらは現在、カグヤの副長を務めてもらっております、ニホン国トッキジエイタイの、ジェルダー・トウドウです。ジェルダー・トウドウは、かの“アマトサクセン”で、本艦設計の参考になった、かの中型海上特殊艦艇“イズモ”の艦長をなさっておられタ方ですぞ』


 そう紹介すると、ダルはキリっとした顔になり、ビシっと姿勢を正し……


『オオ! アノ作戦ノ特殊艦艇艦長ナ方ダッタトハ……コレハ失礼シタ。“イズモ”ノ高名ハ聞キオヨンデイル。私ハ、ティエルクマスカ連合防衛総省、ダストール軍管区、ダル・フィード・マウザー“タイサ”ダ。オ目ニカカレテ光栄ダ、ジェルダー・トウドウ』


 ダルはティエルクマスカ敬礼で深々と頭を下げ、自己紹介をする。


「あ、これは……私は特危自衛隊将補の藤堂正道と申します。よろしくお願い致します、ダル大佐……はは、何分私は勉強中の身ゆえ、お互いざっくばらんに行きましょう」

『ソウイッテモラエルトコチラモ助カル。感謝スル、トウドウ副長』


 藤堂も、ピっと自衛隊敬礼をして、彼の礼に応える。

 いかんせん階級的に言えば、藤堂の方が上だ。将補。すなわち少将にあたる階級なのが藤堂である。ダルよりも上という事だ。

 しかし、藤堂は今、ティラス達から教えを乞う身である。そこは武人同士の礼儀である。こういう場合は、階級なんてものはとやかく言わない方がいい。

 そんな事言ったら、ティラスに至っては軍人ですらない。政府幹部職員だ。機動艦艇艦長権限を、防衛総省から先のシレイラ号事件での活躍で授与されている。従って政府職員でありながら、異例の機動艦艇艦長権限を与えられているのがティラスである。


 とまぁ、そんなティエルクマスカ連合各国の政府職員や、連合防衛総省軍人、自衛隊員と混在するのが現在のカグヤであり、この船で階級が必要になるのは作戦時のみで、普段はこんな風にざっくばらんなのである。


「しかしティラス艦長……私は特危に配属され、ティエルクマスカ関連の仕事に就いたのは最近の事ですから……本当に驚きです……今目の前に映っているダル艦長のいる場所が火星とは……これはなんとも……」

『ケラー・トウドウも、火星での作戦の事は聞いていらっしゃいますな』

「はい、政府の報告書は一応読んでおります。ただ、本当に電光石火というか何というかですな……5千万光年でしょう? それがもう火星で作業なさっているなんて、なんともはやですな、ははは」


 そういうとダルもにこやかに笑い


『ハハハ、シカシトウドウ副長。カシワギ・ダイジンナラ、コレグライノ事ハ、モハヤアタリマエト思ウダロウ。ソコハ勉強セントイカンナ』

『は、まったくですな。精進精進です。ははは』


 藤堂も頭をかいて苦笑い。

 どうやら三人は気が合いそうだ。結構な事である。


『……デ、ティラス。今日連絡シタノハ他デモナイ。ヴェルデオカラ話ヲキイタノダガ……ニホン国デ問題ニナッテイル、ヂレール核裂物質汚染地域ヲナントカシタイトイウ話ダソウダガ?』

『お話、お聞きになっていましたか、ダル艦長』

『ウム、報告書モ見セテモラッタ……シカシ、ヂレール核裂現象デエネルギーヲ得ヨウナド……流石ハ発達過程文明トイッタトコロカ……』


 ダルは、放射線のリスクの事を言っているのだ。

 つまり、そういったシールド技術や、放射性廃棄物の処理技術が不完全な状態で、原子力を扱うという技術的歴史に、ある種興味津々といったところなのである。


 我々地球人には少々理解が困難なのだが、彼らからすれば、こういった地球人の行為も、立派な『発達過程文明』として、興味の対象なのだ。

 彼らの思考からすれば『リスクを冒してでも、新しい技術を造り出し、使用する』……つまりリスクを恐れずに新しい物に挑戦する。それこそが進歩であり、彼らの求める精神そのものでもあるのだ。

 そういったところは少なからずある。


『ええダル艦長。確かにそうなのですが、今回の事故は、自然災害によるものです。なので、相当の被害が出たようで……ここまでの被害となると、地球科学ではいかんともしがたいといったところなのが、ニホン国としての現状なのです』

『ナルホドナ。状況ハ理解シタ……ナラバ、我々艦隊ノ能力ヲソチラヘ提供シヨウ』

『ト、いいますと?』

『ウム、中型工作艦ヲ二隻、ソチラヘ派遣スル。ソレヲ使ッテクレ。コノ船ナラ、ソンナ施設ノ一ツヤ二ツ、ドウニデモナル』


 その言葉を聞いたティラスは、驚きの表情を見せ……


『なんと! 工作艦を派遣していただけるのですか!』

『アア、火星ノ本格開拓ニハ、マダ調査、試験トヤルコトガ山ホドアルノデナ。工作艦ノ使用ハマダ少シ先ダ。ナノデ、遊バセテオクノモ何ダシナ……今後ノコチラデノ作業モ考エレバ、乗組員ノ良イ訓練ニモナロウ。存分ニ使ッテホシイ』

『感謝します。ダル艦長』

『イヤ、ナンノ。デ、ティラス……派遣スル時ダガ、例ノ『接続艦』モ同時ニソチラヘ持ッテイク』


 その話を聞いて、目を丸くして驚くティラス。


『は!? 接続艦もですか!』

『ウム、ヴェルデオニハ、モウ連絡済ミダ。ソウイウコトデ、ヨロシクタノム』

『は……ハハ……り、了解です……って、こりゃ大変な事になったな……』

『デハ、ソウイウ事ダ……トウドウ副長。今後トモ、ヨロシクオネガイモウシアゲル』

「は、はい、こちらこそ。ダル艦長」


 ということで、ダル艦長。最後の方は、すまし顔で何となく淡々と話して、通信を切る。

 しかしティラス艦長、頭をかいて困惑顔……

 当然藤堂も、意味不明の単語の意味をティラスに尋ねる……


「あのー、ティラス艦長?」

『は、はい? 何でしょう』

「ダル艦長が言っていた最後の『接続艦』とは……何の事でしょう?」

『あ、ああ……アレですか……いやぁ、もうここまで話が進んでいたとは……大変ですな、これは……』

「と、言いますと?」

『いや……簡単な話、ヤルバーンを“州”にするための船です』

「はぁ……州……ですか……」

『有体にいえバ……ヤルバーン規模の船が、もう一隻来るという事ですな、は、ははは……』


 その言葉に藤堂は一瞬停止する……そして……


「はぁぁ!?……あの規模の宇宙船がもう一隻!?」

『ハイ、まぁ、そういうわけでして……』


 こういう事態に驚き慣れていない藤堂副長。

 精進である……




 ………………………………




 さて選挙後、国会では……

『ぎちょーーーーーーーーーー!』


 という声が飛び交い、規定事項の動議と確認を『異議なし!』の言葉で、決議されていく。


 さて、この国会で良く見る「ぎちょーーーーーー!」というもの。

 通称で『呼び出し』と言われている。

 これは衆議院議事進行係という通例は与党から選出された任意の議員が、あらかじめもう決定済みや、各党間で根回しの済んだ異議なしな議題を採決をする際に行われるものである。

 異議を挟まない各党同意の事案を、確認、決議するために行われる儀礼的なものだ。

 

 では、一体なんでこんな変な儀礼的な事が国会で行われるのかというと、遡ること明治27年の大日本帝国議会で、吉本栄吉という議員が、議論紛糾する議場内を静めるために「ぎちょーーーーー!」と叫んだのが始まりと言われている。

 当時は、マイクなどの拡声機器が存在しないために、何か動議するたびに、ざわついた議場の中、大声で叫ばなければならなかった。

 で、議長がいちいち議論を抑制させるというのも議会精神に反するという事もあって、「議事進行係」という役を設定し、規定決定事項などを議員側から動議し、採決するという『体裁と形式』をとるために、このような儀礼的な慣習が、現在まで残っているといわれている……


「……日程第九.内閣総理大臣の指名を行います。この手続きは衆議院規則及び先例によることと致します。衆議院規則第18条第一項によりますと、記名投票で……」


 という感じで、総理大臣指名選挙が行われる。


 今回の選挙で主な政党が獲得した議席は、


 自保党311議席

 民生党50議席

 日本立志会47議席

 公正党27議席

 日本共産連盟10議席

 新時代の党20議席

 他、諸々


 下馬評通り、自保党の圧勝であった。

 まぁ、ある意味予想できた事で、銀河連合加盟関連は、正直、それに直接関わってきた自保党と、そこに所属するフェルさんと柏木がいないと困るという事は有権者も分かって当たり前の話なので、ここは日本国民の良識がこういう結果を導いたという事でもあろう。


 で、比例区では、フェルさん効果もあって、ほぼ自保党の候補者が全員当選という、かの郵政選挙以来の異常事態になったのだが、小選挙区ではやはりそう簡単にはいかず、野党の、地元に根強い議員などに敗北するケースもあった。

 特に柏木が立候補した大阪地域の選挙区では、日本立志会が強い選挙区でもあるので、「比例でフェルさんと書いて、小選挙区で立志会候補に入れる」というパターンになり、なかなかに小選挙区候補は苦戦を強いられたという話。


 この選挙結果に、『最強の客寄せパンダ』を自負する柏木迦具夜議員は……


『ムム~~……ワタクシとした事が……野党候補を駆逐出来なかったデス……悔しいデス……フリンゼの称号を返上して修行を……』

「いやいやいや、フェル、311議席でも、ものすごい勝利なんだからさ、そこまで悔やまんでも……」

『デハ、せめてイキガミサマの称号を返上して……』

「そりゃフェル個人の希望だろ……ってか、返上できないだろそんなの……」


 と本気で悔しがっていたり……


 そして、総理指名選挙では、もちろん二藤部が首班指名され、ここに第三次二藤部内閣が発足する。

 

 最後に……ここは、自保党と各野党が同意の上の、ある人物の、日本国国会議員入りを歓迎するためのセレモニーとして、まぁちょっと異例のエンタメ風な演出を持った動議が提案される。


 それは……


「ギちョーーーーーーーーーーーーーー!」

「柏木迦具夜君」

「銀河連合加盟に関する各党同意を求め、日程第10第11にオける銀河連合加盟に関する処々の法案採択は、**日13:00から行うこととすることを、望みマーーーーーーーーーース!」


 フェルの、翻訳機を使わない、素の美しい和音のような声が議場に響き渡る。

 その声を聞いて、議場からは「おお~」という驚きの声が上がる。

 大きな笑い声とともに、「ヨシ!」という声。万雷の拍手が与野党議員問わず議場を包む。

 フェルさんちょっと照れ笑い。

 

「柏木迦具夜君の動議にご異議はありませんか?」


 議場から『異議ナシ!』と、一段と大きく響く。


「異議なしと認めます。よって動議の通り決まりました。日本国国会は、全議員の同意をもって、ティエルクマスカ銀河連合加盟を基本決定し、**日13:00より、連合加盟に関する諸々の法案審議を行うことと致します…………」





 ……そして本日、かように、イゼイラ・日本人フェルの記念すべき呼び出し声によって、声高らかに、日本国は正式にティエルクマスカ銀河共和連合加盟を決定した……

 



 ………………………………




 この……実のところ、当の日本人にも一部ヘンテコな目で見られているこの儀礼。

 しかし、その経緯と歴史を知ると、明治以降延々と受け継がれてきた日本議会政治の様式美であって、これまた美しく見えるものなのである。

 予め決まっているものは、議会政治の体裁上、議員側から動議して、議長が認可するという、日本的な効率性も兼ね備えているものだ。


 ここ、遠く離れた5千万光年彼方のティエルクマスカ銀河連合本部でも、ヤルバーンから中継されるNHK国会中継を通して、ティ連連合議長、マリへイル・ティラ・ズーサも視聴していた。


 さて、この『ティエルクマスカ銀河連合本部』

 普通なら、そう、例えば国連本部のように、どこかの国に本部ビルを建てて、そこに連合各国の代表が集まるといったような雰囲気を思うだろうが……なんのなんの……そんなチンケなものではない。

 

 ティエルクマスカ銀河連合本部とは、実は俗称で、正式名称は『ティエルクマスカ銀河連合本部・国際管理人工星系区』という。


 なんと、この本部。

 本部自体が……一つの星系なのである……


 しかも、その全ての恒星、惑星、衛星が『人工』なのだ。

 小規模ではあるが、全てが人工化された星系なのである……


 人工恒星、エネルギー供給施設でもある『ゼス000』を中心に……

 ○第1人工居住区惑星『アーマス001』

 ○第2人工本部惑星『ベルーシュ002』

 ○第3人工中間防衛惑星『シーサ003』

 ○第4人工ディルフィルド交通惑星『デンザ004』

 ○第5人工前線防衛惑星『エッシュ005』


 という構成からなる、恐るべきティエルクマスカ連合各国の、科学の結晶ともいうべき施設である。


 すなわち、こういったティエルクマスカ連合領内にある、何ら惑星、準惑星、小惑星も何もないボイド空間を利用し、完全な中立性をもった政治組織として存在しているのだ。

 そして、ここに連合防衛総省本部もある。

 この人工星系自体が、星系規模の巨大な要塞でもあり、その軍事力は推して理解できるものだろう。

 人工星系の、第3人工中間防衛惑星『シーサ003』と第5人工前線防衛惑星『エッシュ005』には、ティエルクマスカ連合外から侵入する外敵に睨みを利かせる最終兵器、ディルフィルドゲート砲が装備されており、有時には各国家が所有するディルフィルドゲートを強制的に一括制御し、この防衛惑星から、ディルフィルドゲートの規模に応じた亜空間収縮エネルギー砲をぶっ放して攻撃することができ、敵対勢力を一気に撃退する事ができる。

 更には、この人工星系。星系ごと移動も可能。つまり、星系自体が一つのとてつもなく大きな施設なのだ。


 まぁ、この人工星系の防衛惑星が稼働するような状況とは、いって見ればティエルクマスカ的にも星間戦争規模の、それこそ最終戦争局面ぐらいの事態である。ということで、さすがに訓練以外で本格的にフル稼働したことはない……が、過去に一度だけ、惑星間戦争で『エッシュ005』が臨戦態勢をとったことがあった……

 まぁ、この話はまた別の物語になる……


 ということで、これがティエルクマスカ銀河で、云万年規模、連合を維持してきたティエルクマスカ連合が誇る相互理解の結晶ともいうべき連合本部なのだ……

 この星系施設にかかれば、白い尾を引いてやってくる侵略者の、眉毛の繋がったオヤジ率いる都市型要塞がやってきても瞬殺である……


 しかし、さしもの柏木大臣も、この銀河連合本部の、この人工星系施設をまだ知らない。

 フェル達ヤルバーン関係者も、まだ日本政府に話していない。

 なぜなら、これは連合加盟国の政府関係者にとっても最重要極秘事項な施設なので、まだ正式加盟国になっていない日本には公開していない機密なのである。

 ちなみに無論だが、加盟準備段階にあるハムール公国関係者も、おそらく知らないだろう。


 そんな施設のトップであるマリヘイルというフリュが、どれだけ偉いかわかろうものだ。

 ただのカレーにハマったオバサンではない。


 そんなマリヘイル。第2人工本部惑星『ベルーシュ002』の中央本部区画にある連合議長センターの自室でお茶をすすり、ヤルマルティアの国会中継をご覧あそばされていた。


「ン~……なかなかに優雅な議会運営ですわね……様式美溢れる会議室に、儀礼を重んじる習慣。さすがは発達過程文明のニホン国といったところでしょうか……あの掛け声、ティエルクマスカ議会でも採用してみようかしら」


 やめたほうがいいのか、どうぞどうぞと言うべきか……

 サマルカ人やザムル族の『ぎちょーーーーーーーー!』な姿……想像してみるのも面白い。


 マリヘイルはVMCモニターを起ちあげて補佐官を呼び出す。

 しばし後、マリヘイルのデルン補佐官が、シュンとドアを開けて入室。イゼイラ人のようだ。

 イゼイラ式敬礼で

 

「は、何でございましょう、ファーダ」

「ああ、忙しいところごめんなさいね……もうニホン国の件は聞いてるかしら?」

「はい、私もヤルバーンからの中継を見ておりましたので……ニホン国の議会様式に合わせたフリンゼの、掛け声のような演出、なかなかに見所でしたね」

「オホホ、そうね。まぁその話はさておき、こういう形でニホン政府も我が連合への加盟を正式に内外へ表明したようなので、加盟式典の準備を行わないと……この件も早急に準備をお願いします。あと、ニホン国の『加盟みなし国』登録も、早急に『正規加盟国』として処理してちょうだい。で、交渉担当国はイゼイラだから、サイヴァルにもきちんと報告をね」

「は、畏まりました……というよりも、おそらくこういう形になるだろうと議長センター内で、既に式典の準備等々も、ほぼ完了している状況でして……」

「あら、そうなの。手回しが早いわね」

「ただ……若干問題がありまして……」


 補佐官がいうには、やはり日本があまりにも遠く、科学技術的にも遅れているところがあるので、日本に対し「式典やるからこっちまで来い」とは言い出しづらいと……

 そして何より日本はティエルクマスカのナヨクァラグヤ信奉者から見れば『聖地』だ。

 こちらからお伺いするのが筋ではないかという意見も多々あるという。


「なるほど……確かに言われて見ればそうですわね。それに国交ができてから、一度もこちらの要人がニホン国へ出向いていないのも失礼といえば失礼……わかりました。ではこちらから出向いて加盟式典を行うことと致しましょう」

「会場はどうなさいますか?」

「そうですわね。では、私の船で行いましょう」

「畏まりました。ではそのように……」


 ……何かティエルクマスカでは、とんでもない方向へ勝手に話が進んでいる……

 しかし彼らの感覚では、それが普通なのである……


 一体何が起こるのだろうか……




 ………………………………




 さて日本。

 第三次二藤部内閣が発足。

 内閣が組閣され、以下の組閣がなされる。

 内閣の概略としては、前内閣からの留任が多い。

 そもそも、今回の解散総選挙は、銀河連合加盟の方針を決定するための選挙であって、所謂、自保党的には、今までの自保党のティエルクマスカ連合対応の是非を問う意味もある選挙だった。


 野党からは、内閣の延長を企む党利党略だ……などという批判もあるが、そもそも日本の議会制民主主義において、内閣の解散なんぞ党利党略でする以外の何物でもなく、逆に言えば、一体ソレ以外の目的で何のためにするのだ? という話もある。

 考えても見ればこの批判、正義を訴えているようであって、実は愚かさ丸出しの批判でもある。


 さて、そういう話もありーので、内閣の内容を見てみると……


○内閣総理大臣:二藤部新蔵

○内閣法第九条の第一順位指定大臣(所謂、副総理)・外務大臣兼任:三島太郎

○ティエルクマスカ統括担当大臣:柏木真人

○ティ連国内通商活性化担当大臣:春日 功

○防衛大臣:井ノ崎 修ニ

○国土交通大臣:寺川由美

○内閣官房長官:浜 雅幸


 他、諸々。


 安保委員会メンバー的にはこんなところで、ほとんどその顔ぶれは変わっていない。

 こういう組閣も珍しいが、今回の解散は、政権に何か不都合があって国民の信を問うという性質のものではないため、こういう感じである。


 柏木は、前職「ティエルクマスカ担当大臣」から、同大臣 兼 ティ連連合防衛総省折衝担当大臣の兼任を打診され、了承したが、そうなると肩書がもんのすごく長くなるので、担当大臣の名前を変えられないかと相談した所、かような『ティエルクマスカ統括担当大臣』という呼称でやってくれということに相成った。


 そして第三次二藤部内閣が、本格始動を始める。

 先日、フェルさんの大きな美しい『声かけ』で、連合加盟を正式決定した。

 今後はもう内外問わず、これで突っ走っていくしかない。


 ということで、柏木も早速、彼に与えられた『特権』を駆使して、ヤルバーン自治区へと赴く。

 特権とは、即ち国会出席免除特権だ。

 何が起こるかわからないティエルクマスカ銀河で、即時対応できるのは、なんだかんだ言っても彼だけである。


 ヤルバーン自治区、行政区。ヴェルデオの執務室。


「どうも大使」

『やぁ、カシワギ・ダイジン 遅ればせながら、議会議員当選おめでとうございます。いやはや、早速ですな』

「ええ、まぁ、ハハ……それよりも選挙戦の際は、色々とお世話になりました」


 つまり、リビリィとポルの事だ。

 そして聞くところでは、他のヤルバーンクルーも『フェルと柏木のため』ということで、自発的に各選挙区で、安保委員会候補者のお手伝いをしてくれていたらしい。ありがたい話である。そりゃこんな選挙体制なら普通は負けないだろう。


『ン? 今日は局長……アット、フェルフェリア議員とご一緒ではないのですカ?』

「ええ、フェルは今後の法案作成のアドバイザーとして、日本の官庁や、政策部局を飛び回っていますよ」

『ハハ、なるほどなるほど。結構な事ですな……しかし、お互い忙しくてすれ違いが多くなるような事はないように、気をつけませんとな、ムフフフ……』

「いえいえ、ご心配には及びませんよ大使」


 そういうと、柏木は平手を口に当てて、小声で……


「(デルン同士、内密なお話でお願いしたいのですが……)」

『(ハァ、なんでしょう)』


 柏木は少し照れながら……


「(私、『ラムアの儀』というものを済ませましたので……』)」


 その話を聞くとヴェルデオは、ポっと口をあけて……ニヤァ~っという顔になり……


『ソウなのですか! それはそれはおめでとう御座いますダイジン。これで貴方も我々の仲間入りですな、ハハハハ!』


 柏木の手を取って、硬く握手し、ブンブン振るヴェルデオ。

 でも目がへの字。


『デ、どこか体に異変はアリましたか?』

「ええ、まぁ……髪の毛に変わった色の毛が混ざるようになりまして、はは……今は染めてますけど」


 こんなの丸出しにしてたら、偉いことだと。フェルとナニしましたとヤルバーンで言いふらしているようなもんだ。シエにでも見つかったらエライこっちゃと。


『ははは、そうですか、ではダイジンのお子様の顔が拝める日も、そんなに遠くはないですな』

「はは、いや、まぁ……そうなりますかね……」


 とまぁそんな雑談でもしながら、柏木はソファーへ座るよう促される。

 

『……デ、ダイジン、お呼びたてして申し訳ないのですが……』

「はい、お聞きしました。とうとう州になるそうですね、このヤルバーンも」

『エエ、おかげさまで。その件で、チョットご報告したい事が……』

「はぁ、何でしょう?」

『実ハ……火星でダイジンもご存知のダル・フィード・マウザー・タイサが、惑星改造作業に従事していることはご存知ですかな?』

「ええ、確か……選挙前にセルゼント州を発ったというところまでは聞いておりますが……」

『ハイ、で、その6日後に火星衛星軌道へ到達し、既にその任務についております』

「そ、そうなのですか!」


 なんともティエルクマスカさんとこは、やる事が早いというかなんというか。


『現在はマダ、最終調査と、試験評価段階だそうですが……で、これはもうすでにカグヤのティラス艦長や、トウドウ副長には知らされていますが』

「……」

『ダル艦長の好意で、例の“フクシマゲンパツ”解体と、カグヤ港湾工事のために、中型工作艦二隻をこちらへ回してくれるそうなのでス』


 その言葉を、身を乗り出して聞く柏木


「おーー、それはすごい! 惑星開拓用の工作艦なら、福島原発程度の処理なんか……」

『ハイ、恐らくなんてことはないでしょウ。当初はこのヤルバーンがフクシマまで出向くつもりでしたが、専門の艦艇が来てくれるならソレに越したことはない』

「ですね」


 腕を組んで、にこやかな顔でウンウン頷く柏木。

 これで原発解体作業は順調に進むな、と。


『デ、あともう一つなのですが……その工作艦と同時に、このヤルバーンを州自治体化させる艦艇も到着しまス。ソノことをお知らせしておきまス。この艦艇もダル艦長の艦隊に同行しておりまして……』

「?…… はぁ、州にするために?……」

『ハイ』

「なるほど、了解しました……ですが、どのような船を?」

『いや……まぁ……またニホンや地球のミナサマを驚かせる事にナリマスが…………』




 なんと、ヤルバーンクラスの船が、もう一隻来るという。

 でもって、現在のヤルバーンと『合体』するのだそうだ……




「……………………は?……………………」

『マ、そういう訳でして……』


 柏木はしばし停止した後、目線を左右に振り……


「あそこに……相模湾に来るんですよね?」

『ハイ』


 でもって、また顔を上に向けて「むー」と考えた後……


「……いやいやいやいやいやいや大使……そんなのが『合体』って……んでもって空中に浮くんでしょ? 隣の『大島』よりでかくなるじゃないですか!」

『いやダイジン、横ではなくて、縦デス』

「は? 縦?」

『ハイ』


 でもって、その姿をぽわわわ~んと想像する柏木ダイジン。

 ヤルバーンと同規模の宇宙船が、縦に二連結……

 とすると、ヤルバーンは、全高600メートル☓2=1200メートル

 でもって、現在海上から約800メートルの場所に浮かんでいるわけであるからして……


「はぁぁ!? いやいやいやいやいやいやいやいや高さ2000メートルになるんですか!? ヤルバーンは!」


 ちょっといくらなんでも、相模湾にそんなブツは問題アリアリだろうと……

 日照権やらなんやら、いやいや、それ以前に見た目のインパクトが……

 相模湾に越中駒ヶ岳クラスの建造物が出来上がるという光景。珍マークが5つじゃ足りないぞと。


『イヤイヤイヤイヤ、ダイジン。あー……そこまで驚かれると申し上げにくいのですが……実は……』


 ヴェルデオから接続艦の概要を聞く柏木大臣。

 しばし説明をゴニョゴニョ聞いたあと……


「…………」


 ……完全に石化した……

 どんな事を聞かされたのやら……


 柏木の新政権下での初仕事。

 なにやらトンデモな事になりそうだが、フェルの一声で銀河連合加盟を高らかに内外へ示してしまった訳であるからして、今後のティエルクマスカ外交……こんなものは序の口だろう。


 という事で、急ぎ官邸へ戻る柏木。

 こりゃえらいこっちゃと……


 はてさて、ヤルバーンの州自治体化、どんな事が待っているのやら……




 ………………………………




 日本国が銀河連合正式加盟を発表した後。

 世界各国もやはり過敏に反応した。


 米国の中間選挙では、それまで不利と伝えられていたハリソン大統領が所属する民主党が、かろうじて過半数獲得を維持できた。

 これはやはり、ヤルバーンとの交渉を成功させ、為替金融政策でのアドバンテージを日本とともに共同で握れたことが大きい。

 そして、ヴェルデオが『日本との同盟は、間接的にテイエルクマスカ連合との同盟と考えて差し支えない』という言葉を引き出せたのも大きかった。

 日本が先の『夢魔作戦』で中国の動きを封じ込めることに成功し、労せずして太平洋の米国マーレノストロ化を維持できたのも大きかった。


 どこかの並行世界では、中国漁船が日本太平洋領海に無断で大量に侵入し、サンゴを密猟しまくるといった言語道断な事をやらかしているが、この世界ではそういうことはない。

 なんせ相模湾でヤルバーンが睨みを利かせている。

 日本の領海は、コレすなわちティエルクマスカ連合の領海と同義なのだ。この世界で、んなことした日にゃぁ連合が黙ってはいない。


 で、そんな世界情勢の中、米国は欧州や、自由主義を標榜する各国と連携して、共同で、ある提案をしたようだ。

 それは


『Liberal nation International Federation:自由主義国家国際連邦構想』


 略して『LNIF構想』


 これは、日本国と利害関係のない自由主義国家と共同で、いわゆる『地球版ミニティエルクマスカ連合』のようなものを起ちあげ、日本やティ連と付き合っていこうという構想である。

 連邦と名は付いているが、その実態は『連合』に近い。そこまで主権が強いものではないが、遠い未来の事も踏まえて、あえて『連邦』という名称にしたそうだ。


 そして、この組織の起ちあげには、中国やロシアが主導する『アジア信用共同主権会議』という国家連合体への対抗も含まれている。

 

 つまり、米国は現在の日本を、かつての鎖国体制をとった江戸時代に存在した、長崎の『出島』のようなものと認識したわけだ。

 で、体裁だけでも自由主義国家で連合を組んで、この組織で日本を通したティエルクマスカとの関係を保てないかと画策したわけである。

 この『LNIF構想』に参加するための資格条件は、現在の『銀河連合日本』という立ち位置を考えた参加資格条件が設定されている。

 その中の重要項目は『日本と主権問題で利害関係が無いこと』『複数政党制で、民主主義的な選挙で国家が運営されていること』『完全な法治国家であること』という条件がある。

 という事は、その参加表明をしている国も、自ずとわかってくるというものだ。


 無論、銀河連合主権の日本国は、この『LNIF構想』には参加していない。

 逆に参加したら米国的にはヒャッホーー!な訳だが、んなことあるわけはないわけで、そんな感じ。


 この『LNIF構想』を話しあうために、近いうちに『LNIF参加国会議』がニューヨークで開かれる予定で、日本とヤルバーン代表にも、オブザーバーとして出席が求められている。




 

「……という事です、ニトベ総理」


 首相官邸に、第三次二藤部内閣発足お祝いの言葉を言うために訪れていた、在駐日米国大使ジェニファー・ドノバン。

 そのついでといっては、という形で、米国と欧州を中心にそういう動きがあるという話をする。

 その横には、三島や新見、白木といった、安保委員会でお馴染みの、いつもの参謀達が顔を並べる。


「なるほど……」


 二藤部はコクコクと頷き、その話の内容を聞く。


「世界が……どんどん動いていってるなぁ……まぁ、そうもなるか、こりゃ……」


 三島が手をアゴに当てて唸る。


「しかし……そうなると、世界は完全に四局化しますね……」


 新見も同じような感じ。

 日本と、ティエルクマスカ連合のある意味集約されたヤルバーン州という存在と、LNIF陣営。そして、アジア共同主権会議、即ちCJSCA陣営。そして、イスラム国家陣営。


 ドノバンは言う。


「これも、言ってみればそうならざるをえない『流れ』でしょう」


 彼女が言うには、戦後、国連という名の第二次世界大戦戦勝国が主導してきた世界のパワーバランスが、ヤルバーンの飛来と、日本の決断で完全に変わったと。

 所謂、強い国が、それより下の国の、仲間の国家を主導するという今までのパワーバランスが完全に変化してしまったという。

 

 米ソ二大大国の東西陣営による核のデタントによるパワーバランス。

 そしてソ連が崩壊するが、それでもなお米露の、主張の異なる民主主義のパワーバランスがしばし続き、次に来たのが、中国を始めとする新興国家の台頭。

 そして、ヤルバーンが飛来する以前は、中国、及び中国マネー国家と、自由主義陣営。そしてイスラム国家という形ができつつあった時に飛び込んできたのがヤルバーンだ。


 ドノバンが、学者としての立場で言うなら……という話で……


「やはり、なんだかんだいっても、世界というものはパワーバランス的な安定を求めた形に変化します……以前、我が大統領が『日本という政治的異次元空間』『政治災害』とお話ししたことがありましたが、やはり日本だけこの世界で『別枠』という扱いで放置するわけにはいかないという状況ができつつあるのも事実ですね……私は医者ではありませんが、おそらくそれは、生物が体の一部を致命的に損傷しても……それが歪な形であれ、なんとか生きようとするように、体を修復させることとよく似ています」


 確かに彼女の言うとおりだと思う諸氏。

 頷くしかない。


 そもそも、このLNIF構想にしても、米国が提案したという体裁になっているが、そうではないのだという。

 その元々の話は、米国に対して欧州側から提案されたものだという話。

 それを米国主導という体裁をとっているだけの話なのだと。

 それもそのはずで、現在日本以外でヤルバーンと間接的にも繋がりのある国は米国だけである。

 

「ドノバン大使。お話はよくわかりました……まぁしかし、現在の我が国としては、貴国やその他諸外国にそういう動きがあったとしても、静観するしか術がありません。それに対し、何か言える立場でもございません……もしLNIF会議へのオブザーバー参加を我が国に申し出てくださるなら、我が国は今後の、この地球世界のためにも喜んで参加させていただきます。そして、ヤルバーンのヴェルデオ大使も、恐らく同じ考えでしょう」

「ありがとうございます総理大臣閣下。そのお言葉、しかと大統領にお伝えします」


 ……今の話でも、相当に世界にも動きがあると感じ入る諸氏。

 以前、フェルは、日本を鎖国すればイイといった事があるが、仮にそうしたとしてもやはり世界は今までの状態を維持はしないということだ……やはり、動くのである。


 世界とは、生き物なのだ……そういうものなのだろう。


 で、二藤部は、件の接続艦の到来もドノバンに伝えておく。


「ヤルバーンが、州自治体になるのですか?」

「ええ、そのために、彼らの生活領域を拡大させるオプション艦が一両日中に到着するするそうです」

「ほう、で、もしかするとヤルバーンと、横か縦にくっつくとか? ウフフ」

「はは、まぁその通りでして……縦方向なのだそうですが……その概要を柏木大臣から聞いて、我々もまた腰を抜かしそうになりましてね」

「ははは、それはそうでしょう。単純計算でも2000メートル級の空に浮かぶ建造物が出来上がるわけですから……しかしまた騒ぎになりますわね」

「まぁ、そうでしょうな。しかし、これからはこんな光景も珍しくなくなるのかもしれません」

「ええ……私達米国や……その他の国も、色々と考えなければなりません」


 その考えなければならない内容。

 単純に言えば……各国の国民が、その宗教観、国民性を超えて、彼ら異星人勢と付き合えるのか? ということだ。


 そういう点、日本はやはりというべきか、かなり特殊だと言わざるを得ない。それは日本人自身が一番良くわかっているだろう。


 こういう話がある……


 外国人男性が、日本人の女性を嫁にほしいという理由の一つに……「世界中の料理を作れるから」というのがあるそうだ。

 言われてみれば確かにそうである。


 イタリア人の嫁さんは、イタリア料理しか作れない。

 フランス人の嫁さんは、フランス料理しか作れない。

 

 一見、普通ではあるが、では日本人の嫁さんは、和食しか作れないのか?……というと、そういうわけではない。

 カレーライスも作れるし、ハンバーグも作れる。はてはギョーザも作れるし。パスタ料理も作れる。

 よくよく考えたら、日本のお母さんは世界中の料理を作れるのだ。

 こんな嫁さんは、外国にはまず「いない」らしい。


 そういった柔軟性が、日本人にはある。

 そこが、彼らティエルクマスカ人とも付き合える要素だ。

 ではさて、これが外国人的な考え方だとどうだろうか?……移民の国、米国ですら、どうなるか疑問符がつく。


 世界が彼らと付き合う際、まず考えなければならないのがここである。

 彼らが相互理解を成し得た存在だということ。その「相互理解」が、どんな精神を中核になしえたのか、それを考えないといけない。それは日本とて同じことなのだ……



「で、ドノバン大使」

「はい」

「その接続艦なのですが……単純に上へ合体するというわけではなさそうでして……」

「?」


 二藤部達も、柏木から聞かされた時には、一瞬石化したその概要。


 それを聞かされたドノバンも……しっかり石化した……




 ………………………………





 さて、その二日後。

 

 一年前の天戸作戦以降、久々の大イベントが日本に訪れる。

 政府より発表された広報では……


『日本国民の皆様に、国土交通省からお知らせです。来る**月**日。日本国のティエルクマスカ銀河連合加盟に伴い、ヤルバーン自治体は州自治体に昇格することになりました。それに伴い、**月**日午前11:00頃、ヤルバーン自治体を州化するために、ヤルバーン自治体規模の宇宙船が飛来いたします。この際、羽田空港発着の航空便は終日すべて運休になりますので、予めご了承下さい』


 もう二日前にヴェルデオよりそんなことを言われたものだから、政府も大急ぎで広報をVTRを作成し、各放送局で放送した。

 その広報CMも味気ないもので、白地のバックに、黒文字フォントがナレーターの声に併せて流されるだけのもので、何の芸もないもの。


 しかし、この広報が各放送局で流されるやいなや、これまたあの時の再来かとばかりに、また相模湾を望む各自治体観光地は、やんやの人だかりになる。


『はい! えー、千葉県館山養老寺前です……二日前、突然の政府広報で、あの、ここから見えます、空飛ぶ島、イゼイラ共和国ヤルバーン自治体が、我が国の銀河連合加盟に伴い、州自治体化するということで、その自治体拡張のため、『都市型接続艦』なるヤルバーンと同規模の宇宙船が飛来するという、驚くべき事態になっております……そして、政府、柏木ティエルクマスカ統括大臣によりますと、所謂面積的な領土拡張、即ち、現在あの地を日本国はイゼイラ共和国に租借している状態ですので、その租借地を広げるという方法ではなく、縦に……即ち、上に乗っかるような形で合・体するという、壮大な情景が繰り広げられる事が予想されるという話で……』


 かの天戸作戦、日本にとって壮大な歴史を刻んだ舞台となった、千葉県館山にある養老寺付近。

 そこには、政府広報を聞きつけた多くの人がやってきていた。

 まるであの時の再現のようである。


 他、今では綺麗にヤルバーンを望むことができる千葉県船形漁港や、ヤルバーンを見ながら海水浴ができるという事で有名な那古海水浴場にも、多くの人だかりができている。


 そして、これまたあの時の再来のように、マスコミがカメラの砲列をなし、レポーターが発泡とばしてレポートする。


『北島さん? 北島さぁ~ん?』

『はい!?』

『えっとですね、政府の発表では、他に二隻の随伴する宇宙船も来るという話でしたけど、それについては何か政府から発表がありましたか?』

『はい! その点についても、先ほど政府から発表があり、なんと! 今回のヤルバーン州化に伴って、我が国とイゼイラ共和国や、ティエルクマスカ各国との連携を更に強化させるための事業として、我が国が今、悲願としております福島県第一原子力発電所の廃炉、及び解体作業を行うための、高度な技術をもった“工作艦”を、ティ連防衛総省が派遣してくれたという事です!』

『それは素晴らしいですね~』

『はい、そうですね。ヤルバーン自治体の発表によりますと、何でも惑星開拓用の工作艦ということですから、原発解体の一つや二つ、どうということはないという太鼓判を押してくれています……もう、私も福島県出身ですから、涙が出てきそうで……この作戦にも期待したいと思います!』




 ……かように、日本国民、そして、世界中が急な報により注目する中……

 ……第一陣、まずは火星から、惑星開拓工作艦が二隻、月軌道上へディルフィルドアウトしてきた……


 大きな空間波動をまとって飛び出してきたのは、その形状、細長い二等辺三角形の形をした宇宙艦艇二隻だった……決して、どっかの共和国のお姫さんを追っかけてきた性悪艦艇のようなものではない……


 全長、カグヤより少し大きい全長700メートルほどの艦艇が二隻。

 イゼイラ艦意匠独特のスリットが多い構造に、工作艦という性質ゆえか、不規則な艤装っぽさが漂い、いかにも『作業艦艇』を思わせるデザインである。


 二隻は、月軌道上35万キロをあっという間に突き進み、地球軌道へ入る。

 ISSが、日本から得たイゼイラ式発光信号を炊いて、歓迎の意思を示すと、二艦もそれに返礼しているようだ。


 そしてしばし後、今度は特大の空間波紋が浮かび上がる。

 かの時、田辺守宇宙飛行士が見た異様な情景の再来だ……


 ねじれるように空間が歪んだかと思うと……とてつもなく大きなフラッシュとともに……


 『都市型接続艦』が、姿を現した……


 今日は急遽、ISSからも中継が組まれ、その様子が世界各国へ配信されている。

 あの時、ISSクルーが見た風景は、かようなものだったのだろう。

 そんな凄まじい接続艦のディルフィルドアウトが、お茶の間や、ランドマークの大型モニターに映し出される。

 

 もはや映像的にはSFの世界だ……しかし、この世界の地球。そして日本。

 ヤルバーンの飛来以降、イナバやカグヤの飛来……もう今では『脅威』ではなく、歓迎すべき壮大な客人の到来である。

 

 一時期は、唖然として、騒然とした各都市のランドマークモニターでは、今やその映像が映し出されると、お祭り騒ぎだ。

 渋谷では、ワールドカップの馬鹿騒ぎではないが、DJポリスなる機動隊のお巡りさんが横断歩道を渡る若者達を御していたり……


『みなさん、横断歩道は立ち止まらずにお願いしますね。私達日本人のマナーをしっかりと、大宇宙から来たお客さんにお見せましょう。恥ずかしい行動はできないですよ、これから私達も宇宙国家の一員です。それに恥じない行為で、皆さんを歓迎しましょうね』


 なんて言っていたり。



 ……という、こんな騒ぎをこれまた急に持ちだした当の本人、日本国、内閣府ティエルクマスカ担当大臣の柏木真人……ってか、陰謀の発端は、火星にいるダル艦長というオッサンなわけなのだが……

 

 黒塗りの政府公用車が千葉県の館山に到着する。

 その中から出てくるのは……


「いやー、懐かしいな……って、こりゃまた人で一杯ですな……ホント、あの時の再来だな」


 柏木だった……黒塗り公用車でご登場とは、偉くなったものである。


「まさかおめーがお大臣様で、衆議院議員になって、ここにまた来るなんて想像もつかんわな、ブハハハ!」


 その次に降りてくるのは、白木。


『ウフフフ、それを言ったら、ワタクシもそうですよ、ケラー』


 で、最後に降りてくるのは柏木迦具夜こと、フェルさん。

 そしてその後には、他の車からSPがドカドカと降車し、柏木達の脇を固める。

 柏木達は、今日の工作艦と接続艦飛来を『視察』するため、かつての監視本部があった、この館山にやってきたのだった。

 

 柏木はともかくフェルが姿を見せると、意外なゲストの登場に、館山にいる見物客がこれまたキャーキャーと騒ぎ出す。

 警官が規制線を張るが、そこから手を伸ばして彼らに握手を求める。

 フェルも、手が届く観客には軽く握手に応じてやっていた。


「柏木大臣! 柏木大臣!」


 マスコミの声掛けが飛ぶ。

 柏木はそれに気づくと、その方向へ歩み寄り……


「大臣! 今日は急な政府広報があった、イゼイラ宇宙船到来の視察ですか!?」

「ええ、そうです……まぁ、かつてあの事件を経験した場所ですし、やはりここからが一番良く見えますからね」

「フェルフェリア議員……奥様がご同行なのはどういった理由ですか?」

「ええ、あの時、ここでどういう具合にヤルバーンが見えたのか、ちょっと妻にも見せたくて誘いました……もういいですか? 予定時間も近いですよ? みんなで一緒に見物しましょう」

「あ、はい、ありがとうございます!」


 ちょっと作り笑いな笑みを浮かべ、軽く手を上げてマスコミのインタビューを切り上げる柏木。

 フェルはマスコミのインタビューに応じていないようだ。やはりまだそういうのには慣れないようである。


「はは、議員先生らしい事しやがって」


 その様子を茶化す白木。


「はぁ、まぁこれも仕事のウチだよ……昔はゲーム専門誌。今は政治部の記者……どんな人生なんだよ、俺……」

『デ、ウチュウジンサンをオヨメサンにしてますしネ』

「まったくですな、フェルサン」


 フェルの頭をポンポンと叩く。

 その瞬間をマスコミのカメラは逃さない。

 明日の朝刊か、週刊誌あたりに【アツアツ柏木夫妻。夫婦で宇宙船見物】とか書かれるのだろう。



 ……そんな事をやっていると、にわかに観衆がざわつき始める……


「おい! あれじゃないか!」

「おおっ! きたきた!」

「うわ、すげーーーー!」


 観衆がヤルバーンと大島の見える方角を指さしてざわつく。

 すると、その方角より、大型航空機などに比べたら、はるかに大きい物体二つが、結構なスピードでヤルバーンに近づいてくる。


 ……そして、ヤルバーン上空で停止した……

 タブレットのワンセグを見る柏木。

 ヤルバーンとその二隻を映す拡大映像。

 何やらヤルバーンと、その二隻の間に、光の柱が行き来しているようだ。何らかの物資か人員の受け渡しでも行っているのだろうか?

 すると今度は……


『ア、マサトサン。あれ……』

「おー、ありゃ旭光Ⅱじゃないか」


 カグヤから飛び立ったと思われる旭光Ⅱ2機が、その二隻のまわりを小鳥のように舞う。

 そして、2隻を先導するかのように、綺麗に整列して、動き出した……


「お? あれ? コッチに向かってくるぞ!」

「おおー……すげーー」


 まぁこれもサービス精神なのだろうか、旭光Ⅱと二隻は、館山の方に向かって飛んできた。

 旭光Ⅱは翼部に当たる腕部と脚部を左右に振って、館山にいる観客上空を通過していく。

 その後に続く工作艦2隻。

 なんとも不思議な機械音を唸らせながら、チラチラと艦体下部にネオンのような光を纏い、館山上空を通過していく。


 観客はもう大騒ぎだ。

 キャーキャーと、見えてるのかどうかわからない相手に大きく手を振る。

 スマホに携帯、マスコミのカメラが、バシャバシャと音を鳴らす。


「おーい! がんばれよーーー!」

「たのむぞーーー!」

 

 大きく手を振る観衆。そんな声が館山に響き渡る。

 子供を抱いた母親が、指をさして「すごいねー」と子供に言っていたり。

 その子供も、小さな手を振り、大人たちの所作を見よう見真似。

 そして大きな拍手が巻き起こる。


「御覧ください! 今、福島原発を解体するために派遣された作業艦艇が、我々の上空を飛んでいきます! 福島県民、そして、日本国の悲願! あの3.11東日本大震災の、終わりの見えない悲劇に終止符を打つため、希望の宇宙船が飛んでいきます!」


 マスコミのレポーターも、少々情緒的に、大声張り上げてレポートをする。


「……いやはや、すごいもんだねこれは……」


 柏木がおでこに平手を当てて、その様子を眺める。


『ウフフ、そうですネ』

「これで……あの場所も元通りになればいいんだけどな……」

『ソレは大丈夫デすよ。彼らは惑星開拓のプロでス』


 フェルが言うには、いうなれば、彼らは宇宙最強の土建屋ということだ。

 福島原発の放射能を除染、除去した後、一気に港湾も造ってしまおうという腹なのだろう。


「ところでフェル……それはそうと、集めた放射能物質は、どうやって捨てるか聞いてる?」

『エエ、それもこの次のお話デスヨ』

「ああ、あれね……」


 柏木はヴェルデオから聞かされた、ヤルバーン州化の内容を思い出して、ちょっと苦笑い。


「いやぁ……どんな風になるのかな……想像もつかないや……」


 

 ……すると、またまた観衆が……


「おおーーー!!! きたきた!!」


 とざわつき始める。


 先の工作艦の飛来、これは所謂前座である。

 真打登場といったところか……


 晴れ渡った大空のはるか上空に、はっきりと見える六角形状の物体が、降下してくるのが見える。

 観衆みんな口をポカーンと開け、顔を上げて上を仰ぎ見る。


 どんどんと降り、近づいてくるその物体は、ある高度からその容姿がはっきりと認識できた。

 その姿、文字通りヤルバーンの姉妹艦のようである……


 ぐんぐんと降下してくるその巨大宇宙船。

 時間にして数十分。

 その巨体にそぐわない恐るべき速度で降下し、ある高度で減速。ゆっくりとヤルバーンに近づく……


 ……観衆は、もう言葉が出ない。

 なんせ今、目の前にある光景は、漢字の『二』という文字のように、ヤルバーンとヤルバーンもどきが平行して目の前に浮かんでいるからだ。

 もしあれがくっつけば、それこそ空中に平らな山岳が一つ出来上がるのと同じ光景。


 観衆は各々持参したワンセグタブレットに、携帯ワンセグにと、マスコミが映す拡大映像を見て、「何をするんだ?」という感じで、その壮絶な『ヤルバーン州化ショー』ともいうべき姿を食い入る様に見つめる。


 その様子を、手に持ったタブレットワンセグテレビと、海の向こうを交互に見ながら、ある事に気づく柏木大臣。


「あれ? 接続艦って……三重なんだな……」


 ヤルバーンは、300メートルの層が二段重ねになっているが、この接続艦は、二〇〇メートル程の層が三段重ねになっているようだ。

 そこにイゼイラ技術意匠のスリットにチラチラと閃光が走る。


「おい、柏木、始まるみたいだぜ」

「お、おう……」

『サテ、みなさん驚きますヨォ……』


 白木に促され、海上を眺める三人。


  

 ……接続艦の艦体側面スリットに走る光の閃光が、その速度を上げ、三重の艦体がゆっくりと左右交互に回り出す……


 すると……


「おわっ! なんだありゃ!」


 その内容を概要として知っている柏木も、思わず声を上げてしまう光景。

 ヤルバーンの中央部から、ぶっとい大きな光の柱が、接続艦を貫いて、天高くそびえるように飛んで行く……


 その光柱は大空突き抜けて、どこまでも伸びていくよう……


 すると、接続艦は、その光柱に沿って登るように、ゆっくり回転しながら上昇しだした……

 雲を貫きまとって、接続艦はある程度上昇すると、一旦停止。

 すると、ヤルバーン側の光柱が根本から消えていく……が、消えた所から、これまたイゼイラ意匠のスリット状模様のついたぶっとい柱が『造成』されていく……


「ハイクァーンで……柱を造成しているのか!?……」


 その異常な光景に息を呑む柏木。

 そのイゼイラ意匠なデザインの柱が、天高く接続艦まで達すると……

 次に接続艦は、下層部を切り離し、中層部と上層部だけで、さらに上昇を始める……


 観衆からは……


「おいおいおい、まだ上へ登るのかよ!」

「一体何をする気だ?」

「ひょぇぇぇぇ~」


 そんな声が聞こえてくる……


 そして……はるか上空、豆粒よりも小さくなった中・上層部はまた停止。

 すると、更にそこへ光の柱が先ほどと同じようにイゼイラ意匠の柱を物凄いスピードで造成していく……


 ……かなりの時間が経った後、更に今度は上層部のみが切り離され、さらに光柱に沿って、どんどんと上昇していく……


 こうなると、もう上の方で何が起こっているのかは地上から見えない……

 その様子を現在見ることができるのは、ISSクルーのみ……


 ISSクルーが見たもの。

 青い地球の日本列島あたりから、光の柱が大気圏を貫き、宇宙空間へ放たれたかと思ったら、六角形状の物体が、ガンガンと上昇してくる。

 しかも、その光柱は、みるみるうちにビームのようなものから人工物へ変化していく……


 大気圏を突き抜けたそのバカデカイ物体は、また一旦停止し、光柱が人工物に変化したのを見定めたように、更に、上層部円盤部の中央部をくり抜くように分離し、ドーナツ状の六角形部を残して、さらに上昇を開始する。

 

 ドーナツ部は、周囲から中央の柱部を繋ぐように、何やらパイプ状の接続器を造成させ、固定させたようだ……


 そして、中央部はISSの軌道より高い場所に到達すると……完全に静止。

 周囲から、アンテナ『のようなもの』を伸ばし、チラチラと光輝いている。


 そう……ヤルバーンの州化とは……




「軌道エレベーターか!」




 観衆の一人が大きな声で叫ぶ。

 フェル達三人は、その叫んだ男性の方を見たあと、お互い顔を見合わせて、コクコクと頷く。

 フェルはともかく、柏木と白木は、ヴェルデオから、その概要は聞かされていた。

 ヤルバーンの州自治体化とは、ニホン語でいう『超大型軌道エレベーター』になることだと……


 ヤルバーン州化ショーは、接続艦最終先端部が衛星軌道に達した時点でも、まだ続いていた。

 下層部、中層部、上層ドーナツ部の外壁から、先端部同様にアンテナ状のものが張り巡らされ、その突端がチラチラと点滅する。

 エネルギー供給が開始されたのか、中央部のとんでもなく長い柱のスリットにも、光がチラチラと走り始める。


 そのヤルバーンが醸し出す壮大で、かつ幻想的な一大ショーに、観衆は呆気にとられ、驚愕し……そして、盛大というには言葉が足りない大きな拍手が巻き起こる……



 ……ここに至るまで、数時間。

 もう日はとっぷり暮れて、月が見える。

 気がつけば、館山から見える、もう見慣れたヤルバーンの光景は既になく、そこに見えるは天高く、無限にも見える高さで夜空を貫く、高い高い高い塔だった……


 フェル、柏木、白木三人は、もうこういった建造物の存在は知っている。

 フェルはご当地出身なので当たり前。

 柏木はイゼイラでイヤというほど見てきた。

 白木は、柏木の送った映像データで、胃が痛くなった……


 しかし、改めてそれが作り上げられるサマを見せつけられると……


「こりゃ……科学技術というよりも……魔法だな……」


 思わず柏木は口走る。


「クラークの三法則って奴か?」


 一応東大出身の白木も、天を仰ぎ見て漏らす。


『“充分に発達シた科学技術ハ、魔法と見分けが付かナい”ッテいうお話デスか?』


 フェルも、地球の文献を調査した知識を披露する。


「おお、フェル。勉強してるねぇ」

『アタリマエです。こういう考え方も、私達には重要なモノなのですよ、マサトサン』


 三人、無意識に肩組んでそんな話に興じたり。

 

 あの時、ヤルバーンとの接触に初めて成功した館山の地。

 同じ地で、また新しい歴史を垣間見た三人。


「オーちゃんがいたら、もっと良かったのにな、白木……」

「ああ、でもまぁアイツらの本番はこれからだ……あれが成功すりゃ……な……」

「ああ……」


 大見はカグヤで次の歴史的な作戦が待っている。

 しかし、今日のこの壮大な様子も、カグヤの設備なら手に取るようにわかるだろう……


『デ、マサトサン』

「ん?」

『コんな急に、なぜ接続艦が来たか、その理由知っていますカ?』


 少し考えて……首をひねる柏木。


「ん~……いや?」


 するとフェルはウフフフと口を手に当てて笑い……


『ダル艦長の、マサトサンと私への、“当選祝い”だそうですヨ、ウフフフフ』


 それを聞いた瞬間、柏木は「ハァ~~~~~」となり、平手を顔に当てる……


「……あの人は……もう……シエさんといい……リアッサさんといい……ダストール人って、こんなのばっかりなのかぁ?……」


 その話を聞いて、横で爆笑する白木。


「ぶはははは! 公職選挙法も収賄もあったもんじゃねーな、どうするよ大臣先生、この大きな“お祝い”」



 201云年。

 またやってくるクリスマスシーズンも間近な月。

 フェルさん議員の高らかな『呼び出し』で、銀河連合加盟を正式に決定した二藤部内閣。そして日本国。


 世界の様相もゆっくりと、そして大きくうねるようにパワーバランスを変化させつつある地球世界。

 このヤルバーン州自治体化が、その第一歩となる。



「しっかし、アレだね白木……」

「なんだよ」

「これでまた、熱海の温泉街やらなんやらと、ウハウハだね」

「はは、そーだけどさぁ……立志会の、あの市長さんが、うるせーんじゃないのか? また……」

「東京ばかりズルイってか?」

「おうよ。スカイツリーに続いてコレだろ? ハハ……」

「そうだねぇ……ま、そのあたりは春日さんと、フェルさん議員と相談して……何か考えるよ、な、フェル」

『ハイ、では、人工大陸を“キイスイドウ”に大量に配置して、イゼイラとオオサカフの共同管理地に……』

「あ、いや……そこまではまだ……」




 ……日本を人工列島化しそうな勢いで張り切るフェルさん……いやはやであったりする……

 






 


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― 新着の感想 ―
ギネスに認められれば世界一速い、世界一高い所まで昇る、世界一人とモノが載せられるエレベーターとしてヤルバーン州の軌道エレベーターは認定されそうである、ただ規格外過ぎて認定されないかも知れない。 むしろ…
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