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銀河連合日本  作者: 柗本保羽
本編
64/119

-41-

 選挙公示開始日初日。

 大阪府豊中市千里中央。

 言わずと知れた、ファースト・コンタクトの地である……


 しかし、よくよく考えてみると、このファーストコンタクト。実はナヨクァラグヤ帝が地球にやってきた時点が本来そうなのであって、1000年前にやってしまっているわけであったりする。

 ではそれがどこかといえば、現在有力な説が、京都府のどこか。もしくは、奈良県のどこか、という事が言われている。

 しかし、残念ながら現在でもその舞台がどこなのかははっきりしないわけであるが、1000年前の話が事実として明白になってしまったわけで、豊中市の立場は? という話になるのだが、まぁそこは現代世界の話。そういうことである。あまり難しく考えても仕方がない。

 少なくとも、この地が柏木と、フェル、運命の出会いな地であることは紛れもない事実なのだ……


 ということで千里中央。

 そこにテレビで聞いたダミ声が響き渡る。

挿絵(By みてみん)


 千里中央タクシー乗り場付近。右手に大急百貨店が見え、左手にはショッピングモールの建物。

 大きなタクシー用駐車場を渡すように幅の広い橋がかかる。

 千里中央で一番人通りが多いだろうその場所の、ちょっと開けたところに大型の選挙街宣車が陣取る。

 マイクロバス型街宣車の屋根で演説するは……


『……昨年、ヤルバーン、当時はギガヘキサなぁんて呼んでたんですがぁ、あのデッカイ代物が日本にやってきた時、もう正直我々は唖然とするしかなかった。なんせそんな事、前例がないもんだから、って、んな宇宙船が日本にやってくる前例なんてあるわけないんだから、ホント、みんなあの時はどーしようか? なんて、お恥ずかしい話ですが、右往左往しておったわけです。でー、そんな時に警視庁からの至急電でー、ベビーヘキサ。今じゃヴァルメなんて名前で呼ばれてますがぁ、あの円盤に名刺突っ込んで追い返した奴がいるなんて、わけのわかんないこと言うもんだから、こっちゃとうとうコイツらまで頭おかしくなったんじゃないかって話になって、いよいよパニックもここまできたら相当なもんだなって……大丈夫かって話になってぇ……で、色々話聞いてるとぉ、そいつが阪大病院に担ぎ込まれたって話で……あ、ちなみにあの阪大病院、眼科で有名ですから、目が悪い人、あの~ なんつったけな、ジーサンバーサンがかかる目の病気、加齢性黄斑変性症ってやつ? あれの日本有数の権威ですんで、お困りの方は一度行ってみてください。って、話脱線しちまいましたけどぉ~……』


 ……三島太郎の応援演説が、観衆を沸かす。

 秋葉原じゃ、彼の演説はもう有名な話。サブカルチャー知識を交えて、政治をおもしろおかしく語れる稀有な政治家でもある。身振り手振り交えて、右を向き、左を向き、大きな声でマイクに向かって観衆に話す。


『…………でー、そんなこんなで色々ありましてぇ、かの、ネットじゃもう伝説扱いになっておるようですがぁ……天戸作戦。どっかのマスコミが流行語を流行らせたいのか知らねーけど、『おもてなし作戦』なんて、妙な名前で呼んでましたがぁ~、あの作戦を聞いた時私達はね……』


 三島の演説もさることながら、この千里中央のタクシー乗り場前……

 もう先の阪神テレビや『委員会』のテレビ局に負けず劣らずな黒山の人だかり。

 ボランティアが自保党の政権公約を書いたチラシを渡していたり。

 そんな中には……なんとシエ嬢にリアッサ、シャルリ姉にリビリィさん。ポルさんも混じっていた。

 三島の演説を店舗の窓を開けて聞くものや、大急百貨店と、ショッピングモールをまたぐ渡り橋から眺める者、それはもう何かのイベントのような感じ。

 

 なんせ公職選挙法では、いろんな制約がある。

 有価物件、つまり選挙管理委員会の許可を受けず、認可シールを貼っていない物品を渡すのは禁止。

 休憩所を作ってはダメ。

 その他諸々ゴチャゴチャと……

 

 などと、お馴染みのご法度があるわけだが、シエさんはそんな決まりを聞くと……


『ワカッタ。デハ、ソレ以外ノ行為ナライイワケダナ』


 と、ヤルバーンボランティアフリュで討議した結果、やらかしたのが……

 シエさん、有権者の学生っぽいのを捕まえて……


『ナァ~、オマエ……投票ノ時ハ、カシワギヲヨロシクタノムゾ……ン?』


 色っぽい口調で、必殺の『縦割れ瞳で見つめてスリスリ攻撃』を敢行していたり、体密着でスマホの自分撮り撮影に応じてやっていたり……

 公職選挙法では、別に体を密着させはいけないなんて書いていないので、そんな感じ。

 もし体を密着させてはいけないのなら、握手もできないと……いやはや。


 最近ヤルバーン女子人気ランクでジワジワとランキングを上げてきているリアッサ姉も、肩を組んで写真撮影に応じてやっていたり。

 リビリィはボーイッシュなので、割と女子ウケがよく、彼女も撮影に応じてやっていた。

 意外と人気が高かったのはシャルリ姉で、やはりそのサイボーグ化されたパーツがお目当てなのか、パシパシと写真を撮られている。

 童顔ポルさんは、一部特定趣向な人々に目を付けられ、ちょっと困惑顔。


 柏木とフェルの護衛といいながら、立派にマスコットまがいな役を演じてくれているみなさん。

 コレが武器なら利用しない手はないと、当の彼女達が客寄せパンダ役を買って出てくれているんだから大したものである。


『……とまぁ、そういうわけでぇ……なんかアッチの方じゃもうヤルバーンお嬢達の握手会みたいになってますが、ぶははは……まぁ~、そんな特異と言っちゃ特異でぇ、変わり者ってわけでもねーんですがぁ、頭の中身がちょっと普通の人より変わってるってところが、このぉ~、柏木真人って男のいいところでぇ、まさかこっちも異星人さんを嫁にもらうなんてところまでは流石に考えが及ばなくてね、でも不思議なもんで、『結婚します』なーんて言われた時、案外『はいそうですか』で済んじまったもんだから、こっちももう相当感覚が麻痺してんのかなぁ、とか、そんな風に思ったこともありますがぁ、まぁみなさん。もう今さらですが、彼にティエルクマスカ関係は、任しておいてまず間違いありません! もうそりゃ、今までの実績、その実績が行き過ぎてフェルフェリアさんと結婚までしちまってるんですから、ははは……他党なんざ候補者立ててませんからね、ええ。まぁ~、そんな感じで、彼に任せてやってください! 間違いありませんから、比例区は自由保守党、大阪8区は柏木真人をよろしくおねがいします!』


 三島が大きく頭を下げ、柏木を持上げる。

 いつもの選挙応援演説な風景だ。

 

 すると、三島は次の応援演説があるのだろう。急ぎ別の車に乗ろうとする。


「三島先生、どうもありがとうござました。流石ですね」

「おう、先生。どうよ、初めての選挙」

「まぁ……今までは私もアッチの見てる側でしたからね。まさかやる側に回るとは……ってな感じです」

「まぁ、先生はプレゼンが本職だからなぁ、こんなのはさほどでもねーか、がははは」

「ええ、まぁ緊張ってほどの事はありませんが、責任は感じますね」

「それでいいんだよ、みんな演説ってなったら必死になるからなぁ……ウチで安心して見てられる若手って幸太郎と先生ぐらいだ。まぁ、あとは任せたぜ」

「ええ、どうもありがとうござました」


 ピっと手を上げ、車を走らせる三島。

 次の候補者の応援へ向かう。


 ウグイス嬢は、次の応援者の紹介をしていた。


『ではみなさん、お待たせしました。次に柏木真人候補の応援演説をして頂きますのは、自由保守党・比例代表近畿ブロック候補で出馬されています、みなさんには“フェルさん”でもうお馴染みの柏木迦具夜候補です。拍手をお願い致します!』


 フェルが演説台に登場すると、それはもうどこかの有名映画俳優でもやってきたかの如く、キャーキャーと黄色い悲鳴がその場を埋め尽くす。

 フェルが演台に立つと、シエ達ボランティア組は、有権者へのサービスや色仕掛けを中止して、少し下がった。

 フェルは胸のあたりの高さで手をピラピラ振って、にこやかに声援に応える。

 しばし黄色い声援と、スマホやデジカメのシャッター音が鳴る……


 そして、第一声。


『皆様、かようなお忙しい時にお集まり下さり、真に有難うございまス』


 一言喋るたびに黄色い声援が飛ぶ。


『ニホンの皆様は、丁度今頃の時間、本当はお仕事でお忙しいのではないデスか?さぼっちゃダメデスヨ』


 こんな冗談を言ってみたり。


『さて、ミナサマ。今日、ワタクシは、皆サマも既にご存知だと思いますけど、私のダンナサマの応援に来たデス。ですので、その事でチョット、色々お話を聞いていただきたいと思イますデスヨ。少しお時間を下さいネ』


 このフェルの使う少し変わった日本語……というか翻訳語。まぁ素でもこの調子なのだが、特徴的な口癖『ですます』の使い方は、巷で最近『フェルさん語』として、ちょっと流行っていたりする。


『ミナサマ、よくネットや、にゅーす等をお見受けしますに、どうもミナサマは私とマサトサンの“ナレソメバナシ”を聞きたいなんて仰っているようですが、今日はチョットハズカシイですけど、そのあたりをチョー大サービスで、少しお話させていただきますネ』


 この言葉に周囲は「おお~!」とざわめく。

 とはいえ、実はコレ、柏木とフェルで考えた作戦でもあった。

 先のテレビ番組出演時で、蒼島の質問を参考にしたものだ。

 蒼島は、フェルと柏木がお付き合いしだした頃に、ヤルバーンと日本の交流が急に盛んになったと指摘した。これは解釈のしようでは、その点を例に出して話を進めれば、ティエルクマスカ連合における種族交流というものが、わかりやすく話せると思ったからだ。


 フェルは、三島が先ほど話したここ千里中央での、ヴァルメを通した出会いの話。そして、その時の柏木の対応……柏木はホントはキレてたのだが、懇切丁寧に接触方法を教えてくれたという勘違い話。そしてヤルバーン招待イベントで再会した事。そこで色々と紳士的に優しく振る舞ってくれた柏木のこと。自ら研修実験滞在を志願し、柏木の家でホームステイすることを希望したこと。そして、そこから仕事にプライベートに、いつも共に行動していたこと……そんな中、お互いに情が移り、互いを大切に想うようになり、将来の事を柏木の実家へ報告に行ったことなどを、若干脚色を加えながら、大衆へ公表するように話した……押しかけ女房でしたとは流石に言えない……

 そしてイゼイラへ柏木と共に行った事は話せない。

 それは、日本の一般国民には、あの時、フェルはヤルバーンへ長期引き篭もりしていたことになっているからだ。

 

 しかしこの話、いってみれば、壮大なノロケ話だが、観衆はその話を、いつの間にか静かに聞き入っているようだった……それは言ってみれば単なるノロケ話ではない。

 観衆がその話で理解したのは、そういった男女関係が、今後この地球で普通になるかもしれないという現実であった。


『ソシテ……ミナサマ、実は、私には両親がおりまセン……』


 「ええーーー?」と驚きの声を上げる観衆。


『……私が幼い頃……まだ物心もつかない頃に、両親を事故で亡くしましタ……そして私の大好きな侍従長……私は旧皇族デスから、そういう職の人達とも一緒に暮らしてきたのですが、その侍従長が、私の親代わりになって、ここまで育ててクレました……デスけど、私は親の愛情というものを、実は知らないのデス……イエ、覚えていないと言った方がいいカナ?……キョウダイもいない一人ッコですから、それはとても寂しい思いもしたデスよ。私のオウチは、そういう立場でもありまして、古いお城で……とても大きなオ城なのですが、親しい侍従サン達がいるとはいえ、一人でそのお城に住むには、やっぱりとても寂しいものがあるデス……ですので、マサトサンの実家のご両親に、ケッコンのご報告へ行った時、マサトサンのご両親は、見た目も種族も違うイゼイラ人の私を大変温かく迎えてくれマシタです。そして、ケッコンのご報告をさせていただいた時……マァ、チョット、ア、ちがうかな? ウフフ、それは大変に驚かれていたようですが、それでも結局大賛成して頂いて、私のことを『我が家にまた一人娘ができた』と喜んで下さいマシタ。そして、私も、生まれて初めて『親』と呼べる方ができたデス……』


 フェルは、そんな感じで柏木と一緒になった経緯を、かいつまんで話す。

 観衆はフェルへ一点凝視してその話に聞き入る……


 フェルさんは親の愛を知らない子。

 フェルさんはバカデカイお城に親族もなく一人で住む子。

 柏木と結婚して、姑ではあるが、親が出来て嬉しい事。


 話題としては、結構ツボを突く話だ。

 そしてフェルは本題へ入る。


『……コノような私が、この地球で、因果の糸で繋がって、カシワギ・マサトというダンセイと結ばれました。ここにイゼイラ人である私と、ニホン人であるマサトサンのストーリーが一つ出来たわけです……ソシテ、今後ニホン国は、ティエルクマスカ連合へ加盟する事になると思いますガ、そうなれば、コノ国でも皆様方個々のニホン国民と、個々のイゼイラ人や、ダストール人、カイラス人同士で、私のようなストーリーを、銀河を超えて皆様も紡いでいく事になるのでしょウ……そんなストーリーの始まりになるきっかけを作り、そして、ここまで育ててきた人物こそ、ここにいる……』


 フェルは横で控える柏木の腕を取り、引き寄せて……


『私の愛する夫である、カシワギ・マサトサンなのですよ。それは誰が何と言おうと間違いのない事なのデス……でも多分、マサトサン……自覚してないと思いますガ、ウフフフ』


 落とすところはしっかり落とすフェル。

 隣で柏木がカクっとおどけて見せる。


(ちょっと打ち合わせより話の内容がパワーアップしてるだろー……)


 と、かなり照れるマサトサン。

 そこが日本人とイゼイラ人の感覚的な違いだろうか……あ、いや、日本人と外国人の違いなのかなと感じる彼。

 おそらく、欧米人でもこれぐらいのことは、多分言うだろう。しかし、とかく日本人は、こういった色恋話になると、謙虚になってしまう。まぁそれが悪いわけではない。


『……ミナサマ、そんなマサトサンです。必ず彼は今まで通り、このニホンとイゼイラ、そしてティエルクマスカの関係を更に進展させる良いお仕事をしてくれまス。それは私が保証スルですヨ。ですので皆様の一票を、マサトサンに入れてあげクダサイネ。お願いしますデス。それと、ヒレイダイヒョウには、ジユウホシュトウをよろしくお願い致しますネ』


 そう言うと、フェルはティエルクマスカ敬礼をして、大きく頭を下げる。

 そしてやんやの拍手。口笛が飛び「フェルさーん!」と声援を送る人。

 見渡せば、三島の演説時より更に人が増え、警察が整理に出てきているような状態で、このタクシー乗り場がコンサート会場みたいな雰囲気になっていた。

 大急百貨店とモールを渡す大きなブリッジにもたくさんの人だかり。

 そして中にはお約束の


【フェルさん 愛人でもいいです】


 とか書いてくるバカもちらほら。


 後ろへ下がるフェルに柏木が……


「(おいフェルぅ~……情報公開しすぎだぞぉ~……)」

『(ウフフ、いいのデス。私は前に言ったデショ、“最強のキャクヨセパンダサン”になって差し上げまスって、ムフフフフ)』

「(まぁ……確かに最強のネタ振りから行ったからなぁ……選挙公示期間中は、個別の候補者のみの報道はできないから、この事もあまり詳細に報道される事ないし……策士だねぇ、フェルも……)』


 でもフェル、客寄せパンダだけではなく、今言った事、実は本心だったりする。

 しかし、今それは言わない。フェルは心の中でニヤニヤしていた。

 街宣車の上からシエを見ると、シエも口に手を当てて、フェルの方を見て、クククと笑っているようだ。



 ……そして次はトリの登場。

 ウグイス嬢の紹介。


『はい、ではみなさん、最後はもうみなさんもご存知の、そして、先ほど柏木迦具夜候補からもお話がありました、ここ、千里中央に新たな物語を刻んだ人物! 衆議院議員選挙小選挙区、大阪8区から立候補いたします、柏木真人候補のお話をお聞き下さい!』


 大きな拍手が巻き起こる。

 特に、この千里中央で働く人々からすれば、彼は英雄みたいなものだ。

 彼がここでファーストコンタクターになったという事実だけでもう大きな観光資源となり、ここ最近、この地区にある商店は売上を随分伸ばしたそうな。

 そして来客数も例年の2~3倍は来るそうで、こんな普通のショッピングモールに、最近は観光バスでやってくる人達もいるという。

 

 実のところ、この千里中央のショッピングモールも少子高齢化の煽りを受け、若者向け施設がどんどんと廃業閉鎖に追い込まれている。

 老舗の玩具チェーン店は倒産し、関西発唯一の大手家電量販店は撤退。有名なボーリング場も廃業し、その跡は病院コーナーになってしまった。

 かつてあった大きなプールもなくなり、子供で賑わったスイミングスクールも閉鎖。

 以前は、中華料理街を売りにしようとしたが、それも結局は失敗し、閉鎖。

 ラーメン街を計画しても同じような感じで失敗。

 なぜかすっかり「新しいことをやっても必ず失敗する」というイメージが付きまとってしまう場所になってしまっている。

 唯一、成功しているのが、このモールの広場で行う地方物産展と、新人アイドルの営業コンサート。


 ……実はあまり知られていないが、この施設で営業コンサートをやったアイドルは、必ずその後成功するといわれいて、実際その通りになっている場合が多く、芸能界では結構有名なところであったりする……


 結局、なぜにそんな風になってしまうのかといえば、その原因の一端が、現在この千里地区は、『千里ニュータウン』という名は今は昔で、古い団地に住民は高年齢化。少子高齢化を絵に描いたような街になってしまっているからである。

 公団は近年このあたりの古い団地施設の土地を民間に売却し、洒落たマンション地区へ変貌させて若い人を街に呼び寄せようと、自治体規模のプロジェクトを行ってはいるが……


 ……1970年代。高度成長期でこの千里ニュータウンでも、当時日本万国博覧会が開催され、日本初の未来型ベッドタウンとして、それは旺盛だった時もあった。

 丙午の明くる年生まれなベビーブームで、この場所には、それはもう物凄い数の子供に若者がいた。

 1965年~70年頃に生まれた人達が、千里地区の各小学校に入学した頃などは、一学年40人前後で7クラスから、8クラスなど普通で、特に人口比率が多かったある地区の近隣小学校では、2学年専用の校舎と運動場。4学年専門の校舎と運動場などがあったりしたほどで、それはものすごい子供達に溢れかえっていた時代があったのだ。

 しかし、その学校も、今や1学年2クラス~3クラスまで激減し、そのマンモスさを維持できず、専用校舎の土地建物は売却され、老人ホームになるなど、今では旺盛を誇ったニュータウンもかつてのような活気はなくなってしまった。

 この街を見るだけでも、現在の少子高齢化が如何に問題か、手に取るようにわかる……本当に深刻な問題である……




 ……それはさておき……




 ウグイス嬢に紹介された柏木は、麗子から貰った例の馬車マークな高級スーツをパリっと着込んで登場。彼は選挙立候補者がよく付けるタスキはかけていない。これは彼があえてそうしたのだ。

 柏木はこれでもこういった演説……ではないが、プレゼンに関してはプロである。なんせ元本職だ。

 自分の顔ぐらいは今じゃ誰でも知っている。おまけに『かしわぎまさと』という名前も、特に難しい名前ではない。ここは彼流のフォーマットで演説をやりたいと思った。

 なので、マイクも白いカバーで覆われたような手持ち式ではなく、インカム型のマイクで両手が空くような形で話をする。


 自動車天井の演説場。前へ出ていつもの癖な手もみ格好をする彼。

 柏木はワイワイキャーキャーと騒ぐ観衆が静かになるまで話さない。

 ニコニコ笑顔でたくさんいる観衆を見渡す……そして彼を見る観衆一人に目線を合わせ、ニコニコして愛想を振りまく……


 そうしているうちに、なかなか話し始めない彼に訝しさを感じる観衆は、自然と静かになっていく。

 「なぜ話さないんだ?」と思うと、観衆は自然と柏木の方へ視線を向け、黙ってしまう。

 かといって、あまりに静かになりすぎるのも良くない……そのタイミングを彼は待っていた……


『えー、みなさん……』


 静かに、別に気合を入れてるわけでもなく、彼は話し始める。


『やっとまぁ……真打ちの登場ということでしてね……お待たせいたしました。今ご紹介に預りました柏木真人と申します……なんかもう三島先生の、テレビで見るあの調子なお話と、ウチの女房の、こっ恥ずかしいお話とで、なんだかもう今日の演説、私の分はもうえーやんみたいな、そんな感じになってしまっているようですが……さっきから見てたら、アッチじゃキャプテンが有権者の方ひっつかまえて、なんやゼロ距離でお願いしてるし、シャル姉が自分の手足見せて営業してるし……ポルさんには……もうアイドルが来たんやないんですから……もうちょとね、うん……』


 柏木はいろんな方向を空いた手で指差したりしながら、関西弁を混じえてそんな冗談で掴みを誘う。

 観衆は「アハハ」と軽く笑っている。


『はは、さて私……なぜにこの選挙区から立候補させて頂いたかというと……まぁウチの女房と初めて出会ったというのもモチロンありますが、実はですね、小学校6年生から、高校1年までの間、そこ大阪モノレールの隣の駅、山田に住んでいたんですよ』


 「おおー」「えーそうなん?」といった声が沸き起こる。

 そしてちょっと年配の女性を指さして……


『奥さん、あそこの今服屋さんになっているところ、昔オモチャ屋がありましたでしょ、ね、そうそうそれ。あそこに、よー、プラモデルやゲーム買いに行ったりね、今病院になってますけど、あそこにあったボーリング場にも家族でよく行きましたね。で、親の目ぇ盗んで、あの3階のゲームコーナーでよく遊びました……』


 こんな感じで、静まって観衆の意識が集中したところで、自分がココに縁のある人間だということを相手に摺りこんで親近感を持たせる。

 あまり関西弁ベタベタでもかえって胡散臭くなるのでダメ。自然な感じで話す。


『まぁ、私自身は東京生まれなんですが……親が転勤転勤で、そんな少年時代をこの千里でお世話になりました。そして東京に帰って高校時代の残り2年を都内で過ごし、はは、んでもって大学はまた大阪へってな感じで、その時は富田林の方で過ごさせていただいたんですが……まぁそれから、あのあたりで【フェルさん 愛人でもいいです】なんてプラカード掲げてる方あたりならよくご存知だと思いますが、ゲーム会社に就職しまして、それから独立し、自営業で、ビジネスコンサルタントみたいな仕事させていただいていた訳なんですけど……まぁ何と言いましょうか、運命とは皮肉なもので、たまたま大阪で仕事があったある日に、ちょっと懐かしくてこの千里中央に寄ってみた時……かの事件、所謂ベビーヘキサ襲来事件に遭遇したわけです……』


 観衆は、柏木の話す身近な思い出話から、いつの間にか彼のヤルバーンと関わりをもった話へシフトしているのも気づかずに、彼のストーリーに聞き入っていた。


『でね、さっき三島先生もおっしゃっていましたけど……あの時、今そこで運動員してらっしゃる女性の方いますでしょ? 後でフェルに聞いたら、あのヴァルメ、操ってたの彼女や言う話で、丁度その時、その運動員の方、アブダクトしたろか言う話で狙っとったそうなんですが……』


 そういうとフェルが後ろから『あぶだくとなんて人聞きの悪い事言わないでクダサイ! もーー』とお尻を叩いて見事な突っ込みを見せる。


『アイテッ! はは、まぁソレは冗談で、日本人との接触方法がわからずに、ヤルバーンヘ転送して話を聞こうと思ってたそうなんですが、って、一緒ですよね……まぁそういう事で、その時、その女性の方を色々あってお助けしたのですけど、その時に私も気が動転してて、ヴァルメの隙間にね……名刺突っ込みましてん……ブスっと……三島先生の言ってた事、あれマジです。はい……それでヴァルメが機能不全起こして逃げていったそうなのですが……それがファーストコンタクトの真相です。いやマジで……ハイ……』


 漫談師のように、名刺を突っ込むジェスチャーを交えたり、腰に手を当てて「いやマジで……」と、なんとなくバツ悪そうにしてみたり、そんな感じで面白おかしく話を進める柏木……実際事実なわけだが……しかし、フェルの思い込みを壊したらダメだと思い、キレた事は話さなかった……


 観衆は、そんな意外なネタを関西弁も交えて話す柏木に大笑いし、彼の話に引き込まれていく……

 で、丁度観衆が柏木の話に興味を持ち始めたと判断すると……


『で、後の話は、さっきフェルさんが仰ったような感じで、今に至るというわけなんですが……』


 と、適当に話を切り上げて、今度は関西弁を封印し、本題へ話を移す……


『本当はですね……ここから下に降りて、みなさんのお近くで色々とお話したいと思うのですが……実はそれやっちゃうと、公職選挙法違反になちゃうそうなんですよ……そこの印ありますでしょ、それが見える場所から動いチャダメなんですって……なんかメンドクサイですよね』


 この公選法というもの、結構気を使うことばかりなのだ。

 この柏木の話の通り、彼が得意とする、舞台をうろついていろんな観衆に目を向けて話す……ということをやってしまうと、公選法違反になるのだ。

 よく、立候補者が、みかん箱に立って棒立ちで演説する姿をよく見かけるが、あれは何も他に芸がなくてそうしているのではなく、公選法には『選挙管理委員会が交付した標旗を掲げて、その場所に止まり演説を行なわなくてはならない』とあるのだ……演説しながらうろついてはいけないのである。


 他には『地位を利用してはダメ』という規則もある。

 例えば柏木が……「自分は大使やって、イゼイラに顔が利くから、よろしくね」という演説をやったら、公選法違反になるのである。

 基本、雑談以外は、純粋に政策論争でなければならないということだ。


『それはさておき……さてみなさん、今後我が国はティエルクマスカ連合に加盟し、名実ともに宇宙を股にかけた国家連合の仲間入りをすることになるわけですが……先の自保党が掲げた政策、もちろん私が立候補するわけですから、当然ティエルクマスカへの加盟関連の仕事が主な仕事となるわけですので、その点の政策について少々お話したいと思います。お付き合い下さいね……では、主なところでこの5点……』


 柏木は平手を上に上げ、指を折りつつその政策を挙げ、説明していく……


1)ティエルクマスカ連合加盟と、その交流の促進。


『えー、まず、交流と促進ですが、これに関してはもう今更ですね。今後も“連合国家”という主権の仲間入りをするわけですから、今以上に交流は活発になります。そして、今後予想されるのは、各加盟国からの旅行者……これは観光もそうですが、私達のような政治的な仕事目的。科学技術交流。事業交流、色々あります……今後この国にも、どんどんと、そういった色んな種族の方々が入国される事が予想されますので、そういった点の受け入れ態勢、そして日本国民みなさまの“おもてなし体制”そういった点も、政府がサポートしていけるような政策を考えていかねばなりません……まぁ、我が家は毎日交流と促進をさせて頂いていますが』


 最後の余計な一言で、フェルが今度はメガホンで柏木にケツバットを食らわす。


『イテっ!』


 観衆からは『柏木爆発しろ!』『落とすぞ!』『フェルさん寄越せ!』『別れろー!』という声もチラホラ……

 という感じで笑いが取れる。

 


2)ティエルクマスカ連合への発達過程文明資料の積極的研究支援。


『……この件、『発達過程文明』って言葉、なんじゃらほい? って感じでしょ? みなさん』


 そう彼が言うと、みんなウンウンと頷く。


『ええ、で、このあいだのNHK特集、やってましたよね。ご覧になった方、手を上げてください』


 というと、観衆のほぼ全員といっても良い人数が手を上げる。


『ですよね、ははは……で、あの番組のラストの方、観て驚いた方いるでしょう? 実はあれ、事実なんです……私もみなさんご存知の通り、イゼイラへ渡航し、当地でこの事実を知りまして、この事を帰国してからフェルに聞くと、その通りだって話ですから、ビックリしましてね。そして、あの番組の最後に出てきた遺跡にも行きました……その時思ったのが、「これはとんでもないことだ……」という事です。つまり彼らは自分達がそういった我々から見て超科学文明に至る過程を経ていないのです……蒸気機関を発明して、ガソリン機関を発明して、大きな戦争をやってジェットエンジンを実用化し、ロケットを作って宇宙に出る……真空管を発明してコンピュータを創り、小型化してパソコンになって……ってそういう歴史を経ていません……なので、彼らは今の科学技術に至るまでの『必要は発明の母なり』という概念が希薄なのです……ですので、彼らは、いってみればこの地球世界のような、科学技術を自力で発達させてきた文明の精神、哲学の歴史を欲しているんですね……』


 なので、彼らは、自分達の超科学を、我々日本人へ提供してくれるのだと彼は話す。そして、彼らがそういった超科学を持つに至る歴史を、日本人、しいては世界の歴史を学んで、自分達の失っているものを取り戻したいのだと、観衆に説明する。


『……普通なら、「そんなすごい科学をタダでもらえたらそれでいいじゃないか」と思う人もいるでしょう。でも、それは大きな間違いなのです。もし、そう考えてしまったら、次への進歩がありません。それ以上になれないのです……知的生命体としての進歩が止まってしまう……』


 さすがに、これによって彼らにタイムリミットが『あった』ということまでは話せない。そんな事を話したら、不安を撒くだけになる。

 彼はそのあたりを、幕末の維新時代に例えて話した。

 要するに、ブラックボックスだった海外の優れた技術をそのまま使うのではなく、それを発展進歩、国産化して日本はここまでの技術大国になれた。それと同じことを彼らは目指したいのだと。


『……彼らティ連の方々にとって、これはもう『渇望』といっていいほどの事です。私達日本も、彼らの技術で救われました……先の『魚釣島事件』もそうですし、PVMCGの提供も、一般市民の方も含めて、ある程度提供を受けた方もいるでしょう……各企業では、そういった技術を可能な限りわが国の技術者が解析し、商品にしようという計画も、各企業間で進められていますし、先の番組の出来も、その成果の一つです……そういった我々の受けた恩に報いるためにも、私達の技術の歴史を彼らに提供し、彼らが失ったモノを取り戻すお手伝いしようというのが、この政策です……』


3)ハイクァーン技術の年金制度、及び生活保護、社会保険制度への積極的活用。


『……この話に関連した事になりますけど……“ハイクァーン技術の年金制度や生活保護、社会保険制度への積極的活用”という政策……全ての政党が掲げていますよね……この交流が進んでいけば、こういったことも将来的に夢ではなくなります……今の日本の少子高齢化、社会福祉政策予算の増大……残念ながら今の日本、最低限のおまんまも食べれられない人、たっっくさんいます……しかし自治体に金がない。そんでもって年寄ばかり増えて、若者の負担は増すばかり……これがヤルバーンのみなさんが来る前までの日本でした……だけど私達政府は、彼らのハイクァーン技術というものを見せられた時、これこそ、そんな日本を救う光だと感じました……でもこの技術、とても扱いが難しい……何も考えなしに使えば、世界経済を破綻させてしまう恐れもあります……そういった事も含めて、この政策は政党間の枠を超えて、腰を据えて研究していかなければならない今後の日本の大きな課題となるのは間違いないでしょう……』


 ハイクァーン技術を単純に……例えば生活保護対象者に対しては、国民生活最低限の物資を造成して配給するか? もしくは年金生活者にもそうするか? 普通に考えればそんなところだろうが、これもそう簡単な話ではない。

 ヤルバーン側が提案しているのは、もし希望するそういった境遇の方々がいるなら、イゼイラを皮切りに、各国へ居住していただくことも可能だという話も出されている。

 そうしてもらうことで、もし手に職をもっている人には、各国の『発達過程技術』の講師になってもらってもいい。そして生活は、残りの余命最後まで衣食住は完璧に保証すると。


 そういう提案もあるが、これはこれでまた問題があり、もしやもすると『姨捨山計画』やらと、心ない者の批判をあびるやもしれないし、生活保護者優遇制度だという批判も浴びるかもしれない。

 何も貧しい生活を送っている人すべてが生活保護者ではないのだ……


4)ティエルクマスカ連合防衛総省との連携を含めた安全保障面での憲法改正。


『さて、みなさん、今後日本において、法体制における考え方で、最も大きく変わるのが、この案件です……いかんせんこれから私達が加盟するのは“連合国家”です……当然その主権……主権ってわかりますか?』


 これが結構わからない人が多い。


『主権っていうのは、分かりやすくいえば、国が国たる誰にも侵害される事のない権利や、権限や、権能ということですね。つまり『国家においてソレ以上の権限がない最高の物』と考えてください。それが『主権』というものです……しかし、連合に加盟すると、いくつか日本の持つこの主権よりも上の決まりが出てきます……つまり連合加盟国全てが守らなければならない『各国に対する法律』とでも言えばいいのかな? そういうものです……その中に、安全保障、すなわち、連合全体で、加盟国を外部の敵から守っていこうという考え方ですね、コレに関して、いくつか決まり事が出来て、日本はそれを守らねばなりません……』


 柏木は、現在、よく議論される自衛隊の集団的自衛権と、連合防衛総省、そして自衛隊の絡みなどを教える。

 そして、今ティエルクマスカ連合防衛総省では、この9条の取り扱いに悩んでいて、可能であれば日本の法を改正してくれるなり、付帯条項を付けるなりしてくれれば有難いと言ってきていると……


『もう、この場ではっきり言ってしまえば、宇宙を股にかける国家への仲間入りを果たすのに、この地球社会でしか通用しないような……いや、地球社会でも奇異に見られている法を、銀河連合国家へ当てはめられるわきゃないですよね……この件でも、はっきり申し上げれば、明確な改正を視野に入れた政策を進めていきたいと思っています……』


5)ティエルクマスカ連合各国への『精神的文化』の積極的発信……等々。


『……最後に、私達が彼らティ連人の皆様よりも……まぁこんな言い方をするのはあまり好きじゃないのですが、有り体に言えば、進んでいること……そして彼らに対して発信していけることがあります……それが先程も申し上げた『発達過程文明』としての、精神、哲学、思想、そういうものをティエルクマスカ連合加盟各国に発信していくことです……私は芸術系大学の出身ですから、私の分かる範疇で言えば、例えば、工業デザインにおけるアールデコ・アールヌーボーのような芸術発想の起源や歴史といったものですかね……ティ連合さんの各国は、今やその技術があまりに発展して、極地の粋までいきなり行ってしまったものですから、彼らにはそういった物がとてもとても新鮮に映るのです……これを発信していかないわけにはいかないでしょう……ですから、もし『自分の手に職を持った技術を教えてやるぜ!』といった方がいれば、率先してイゼイラや、他の国へ飛んでもらい、彼らにその技術を教えてやってほしいのです……ですので、そういう方がもしいらっしゃるのなら、自保党にまた政権を任せていただけるなら、率先して、政府が最大限の支援をして、ティ連へ飛んでもらえる政策を実施します』


 ここが演説の難しいところ。

 もし仮に『ティ連に飛んでもらえるようにします』といったら、公職選挙法に違反する可能性がある。 『地位を利用した宣伝活動』に該当するかもしれないためである。


 ……こんな感じで、街頭演説をする柏木。

 そりゃこんな演説されたら、他の政党は候補を立ててこないだろう。

 なんせこのティエルクマスカ系の案件に関しては、彼はこの地球で最も第一人者である……なんせ当のイゼイラ人のエライさんが嫁だ……

 彼自身も、少なからずそういうところは自覚しているので、選挙演説というよりは、安保委員会の今後の方針的なところを身振り手振り交えて話す。


『……まぁそんな感じで、私が今皆さんに私の政策を発信できるのは、こんなところですかね……これからは、ティエルクマスカとの折衝、交流、そして市民、国民皆様の生活も、彼らと密接に関わっていくようになることかと思います。その時、私、柏木真人という人間がいれば、必ずお役に立つことができると自負いたしております。ですので皆様、投票日には私の今日、皆様に訴えさせていただいたこと、思い出して、票にお名前を書いていただいたらと考えます……あ、えっとくれぐれも票に【柏木爆発しろ】とか【柏木、死にやがれ】とか、書かないでくださいね。選管さん困ってしまいますから』


 オチはしっかり入れて、演説を終える柏木大臣。

 最後は大きな拍手が巻き起こる……柏木も可能な限り自保党……というよりも、安保委員会の方針をわかりやすく説明した……


 その後、フェルと柏木は自動車を降りて、観衆の中へ赴く。

 まぁ所謂お約束の握手タイムだ。

 何故か、というか、まぁ思った通りだが、シエ達もその中に混ざっている。

 写真をねだられたり、サインしたりと大人気だ。


 ……ちなみに、公職選挙法では、自分で持ってきた色紙や、なんらかの用紙にサインをして渡すことは、寄付寄贈行為にあたり禁止されているが、相手のTシャツや、相手が持ってきたサイン色紙等にサインすることは、特に禁止されていない……

 しかし、民生党のあの女性議員あたりなら『そのサインしたインクに有資産価値が出るから、公選法に違反する』とか言い出しそうだ……


 とまぁそんな感じで、初っ端の選挙演説会は大盛況に終わる。

 あんまり長居すると、今度はこんな二人なもんなので、交通や人の往来を妨害してしまうので、とっとと退散。

 一度選挙事務所に帰ることとする……


 車の中で、どっと疲れが噴き出る柏木とフェル……


「はぁ~~疲れるなぁ~~……初っ端からこれだよ……あと10日チョイ。これやんなきゃだもんなぁ……」

『フゥ~~そうデすねぇ……イゼイラ議会の質疑より疲れるかもでス』

「明日はフェル、東京でテレビ出演だろ? 大丈夫か?」

『ナントカやってみるですヨ、私だって素人サンじゃないですから……イゼイラ旧皇議員の意地があるデスヨ』

「ははは、がんばってねぇ~~……お互いな」

『ウフフ、マサトサンもぶっ倒れたりしちゃダメデスヨ』

「ハイです」




………………………………




 しかし、この選挙戦というものは本当に総力戦である。

 とにかくカネがかかる。

 まぁ、確かに金かけないでやる方法もあるんだろうが、それでも供託金だけで小選挙区なら300万円。比例なら600万円かかるわけだから、返還「されるかもしれない」金だとはいえ、最初にソレを払うとなると、少なくともこの金額は必要ということになる。

 なので、柏木やフェルは恵まれている。言ってみれば自保党の虎の子だ。みんな党が出してくれる。ありがたい話であるが、当選した暁には、相応の仕事も求められる。


 ということで、二人はその金額に応じたコキ使われ方をされるわけだが、フェルは比例。柏木は小選挙区とはいえど、まだ暫定現職大臣でもあるので、その選挙区だけに留まっているわけにもいかない。

 おまけに対抗馬がいてもいなくても一緒のような対抗馬なので、まぁ当確とみなされているわけで、そんなところにずっと置いておくのはもったいないということで、彼自身もいろんな政党討論会みたいなのに出張っていたりしていた。



 ということで数日後のある日。



 今日は柏木もフェルも地方へ応援ということで、不在。

 主人不在の選挙事務所。それでもやることはたくさんある。

 

「あ、シエちゃん。そこのファックス、こっちへ片付けてくれる?」

『ウム、コレダナ』


 今日はシエ、事務所で美里と一緒に留守番である。

 というのは、まぁ言ってみれば彼女らも『客寄せパンダ』のようなものなので、一人ぐらいは人気者がいてもらわないとということで、今回の柏木の護衛にはシャルリのみ。

 

 シエは、領収証を集めて経理をもこなす。

 意外だが、シエ、こういう事務作業も得意なのだ……なんせ彼女は元局長職である。デスクワークも相当にこなす。

 PVMCGでヤルバーンシステムを呼び出し、会計に不都合がないかをチェックしている。

 結構こういうところから公選法違反が出たりするので、大事な作業なのだ。

 そして、その作業でヤルバーンシステムを使っている……まぁ、間違うことはあるまい。


「よう、お嬢、やってるな!」


 シエに声をかけるデルン。

 多川だった。


『ア! タガワ!……』


 明るい顔になるシエ。

 ヨっと手を上げ事務所に入って来る多川。

 陣中見舞いというやつだ。

 なんせ正規の自衛官は選挙応援を手伝えないので、そんな感じ。


「あら、多川さん、いらっしゃい」

「あれ? みんなは?」

「今日は、フェルちゃんは討論会で京都。で、柏木くんは東京のテレビ討論会ですよ」

「あ、そっか……タイミング悪かったかな……」


 そう多川が言うと


『ソ、ソンナコトハナイゾ、タガワ……』


 なんとなくソワソワして落ち着かないシエさん。

 その様子を見た美里。彼女もダンナからその辺の情報は得ていたので……気を利かせてやる。


「ああ、シエちゃん、申し訳ないけど、このメモの品物、千里中央の家電量販店まで行って買ってきてくれる?」


 メモを手渡されるシエ。


『ア、アア……了解ダ……』


 美里は多川にウィンクしたり……

 ポっとした表情で美里を見る多川……よくよく考えたら、彼女は大見のヨメサンであったこと思い出す……言いふらされていることに気づく多川……ハァ~となって、手を頭に当てトホホ顔……


「んじゃ、俺も一緒に付き合うよお嬢。あんま自衛官が選挙事務所に長居するのも良くないからな」

『ソ、ソウカ……デハミサト、チョット行ッテクルゾ』

「はいはい、ごゆっくり。ニヒヒヒ……」


 ということで、まぁ二人して『デートみたいなもの』という感じ。

 柏木の選挙事務所は、千里中央からそんなに遠くないので、徒歩でいける。

 しかし……やっぱりシエは目立つ。

 普通に住宅街を歩いていても、街行く人に指を刺されたり、色々と……


『タガワ、今日はオオサカマデ、ドウヤッテ来タノダ? カグヤカラハ遠イダロウ』

「ああ、伊丹の駐屯地に行く陸上科の便があったんでね、相乗りさせてもらった。まぁ仕事の合間ってやつだ。明日、ちょっと福知山までヤボ用でね……例の件だよ」

『アノ件カ……デ、ドウイウ内容ナノダ?』

「うん、優秀なヤツのスカウトみたいなもんだ……人手集めだよ」

『ソウカ……モウ施設ノ解析ハ済ンデイルノカ?』

「ああ、ニーラちゃんがもう詳細なゼルシミュレーションマップを作っているよ」


 多川はフライトジャケットにジーンズ。ちょっと冷えるのか、前ポケットに手を突っ込んで歩く。

 シエはダストール的なピッタリフィットなカジュアルウェア。上にジャケットのようなものを羽織っている。やっぱりモデルウォークでお尻の左右を上下させながら堂々と……この歩き方はどうもシエの癖のようだ……


 シエと多川は千里中央の家電量販店で美里に頼まれた備品を購入して、領収証をもらう。

 そりゃもうシエが素のダストール姿でやってきたもんだから、店内は大騒ぎだった。

 キャーキャーと奇声をあげてスマホに携帯で写真を撮られる多川とシエ。

 多川はさすがに顔出しはマズイのでサングラスをかけて目線を隠す。


「ねぇねぇ、あの男の人誰?」

「キャプテンの彼氏?」

「政府の人じゃないの? SPさんとか」


 そんな声もチラホラと。

 でもシエさんは気にしない。堂々たるもんだ。


「お嬢、どっかサ店で茶でも飲んでいくか?」

『フフ、ソウダナ。少シ休憩シヨウカ。今日ハカシワギ達モイナイシ、ヒマダカラナ』


 店員に、どこか喫茶店でもないか尋ねて、モールのほうへ入り、教えられた店へ入店。

 その店の店員も、二人が入ってきた瞬間、トレイの水をこぼしそうになるぐらいビックリしていた。


 奥の席に座り、話し込む二人。

 多川はシンプルにホットコーヒー。シエはコーラフロートを頼む。

 で、いざこういった完全プライベートな空間で二人きりになると、なんとなく会話が進まない。

 といって、別に嫌なわけではなく、単にある事が二人の念頭にあるので、会話が進みにくい。

 

 多川は今日、ここに来るまでに、例の署名団体から、わけのわからん特訓を受けているという前提がある。


 シエは、多川をテスタールで連れまわしたという都合上、ある種の覚悟がある……が、あの行為、今思えば日本のデルンにやって良かったのかどうかという一抹の不安もあったりしないでもない。


「……あのさお嬢……」

『アノ……タガワ……』


 同時に切り出す二人。


「あ、な、なんだ? どうぞ」

『イ、イヤ、イインダ……先ニハナシテクレ。私ノ話ハ大シタ事デハナイカラ……』

「あ、そうか?」

『ウン……』


 長いスプーンで、コップの氷をクリクリ回すシエ。


「いやさ、ここんところ魚釣島事件やら、今度の原発作戦やら……まぁお嬢は選挙に駆り出されてってのもあるけどさ、お互いちょっとここんとこ忙しかっただろ……でさ、次の休みにどっか遊びにいかねーか? バディ同士で」

『エ!……』


 意外な言葉に驚くシエ。

 回すスプーンの回転が止まる。


「こないだの沖縄、色々面白かったからな、はは、次は俺が誘うのもアリだろ、どうだ?」


 シエはあまりみせない満面ニッコリ笑顔で即答。


『ア、アア。了解ダゾタガワ……キ、キャンセルハナシダカラナ……』

「OK、決まりだ……とはいえ、任務優先だ。そこんとこは、な?」

『アア、私ハイツデモイイゾ』




 ………………………………



 さてフェルさん。

 京都で初の討論会などというものをすることになった。

 なんせイゼ・ティ議員の時は無所属で、しかも旧皇終生議員なもんだから、議員としてのお仕事は、ほとんど『ご意見番』みたいな仕事で、各政党と討論をする事などほとんどなかったのである。

 強いていえば、他の旧皇終生議員と意見交換するぐらいで、柏木に……


『ドウいった事をするデスカ?』


 と尋ねると、柏木は……


「まぁ……端的に言えば、相手の政策の罵り合いだ、ははは」


 と教える。

 しかも今回の討論会は、新人議員候補同士であるからして、みんな血気盛ん。

 フェルも新人っちゃー新人なのだが、まぁ、唯一この討論会議員の中ではプロ中のプロだ。

 今日の討論会は、地元のテレビ局が主催で行われる。

 公示中の立候補議員のテレビ出演は、基本公平を期すために、全主要政党の出演が求められるので、そんな感じ。


 京都某所の市民会館壇上には、各政党の新人候補が、スーツ姿も初々しく、一人一人紹介されて座っていく。

 で、フェルが紹介されると……

 そりゃもう観客席からは、やんやの喝采が飛ぶ。

 他候補の拍手など比較にならない。

 フェルも拍手と歓声に応えるため、ティエルクマスカ敬礼で返礼し、着席する。

 他政党の新人候補も、ドキドキである……そのドキドキとは、べつにときめいているわけではなく、どんな討論になるかというところであろう。

 新人候補とはいっても、若手というわけではない。元評論家や、作家なども中には入っており、年齢も様々。専門知識も豊富な候補者ばかりだ。

 フェルも柏木から「罵り合い」なんて言われたものだから、ちょっと戦闘モードになっていたり。


 今日の討論会は、会場に来た抽選で選ばれた観客からの質問を議論するする形式のものだ。

 もちろん、質問者は「誰かに」質問するという形式は取れない。全員に問う形となる。

 この討論会に参加してほしいと頼んだのは春日だった。つまり、日本の政治はティエルクマスカ関係の話だけではない。日本にはどんな政治課題があるのかフェルに知っておいてほしいと思い、参加を要請した。

 無論フェルさんも元調査局局長だ。

 日本の政治的な問題は、徹底的に調べあげてこの討論会に参加している。


「では最初の方、質問をどうぞ」

「はい、えっと私は畜産をやっとるもんなんですけど、今アメリカと協議している貿易関税撤廃条約の件ですが、みなさんはどういう感じで、この件、お考えでしょうか?」


 この畜産家の言いたいこと。

 要は良く言われている、この関税撤廃条約が進むと、米国から安い食肉が入ってきて、国産の食肉が売れなくなる。そんでもって畜産業が壊滅するから、なんとかしてくれという、良く言われる話である。

 こんな質問に、フェルがいるのだから、どう見てもお門違いも甚だしいと普通は思う。

 他の候補者も、ラッキーと思ったに違いない。さすがに異星人にこんな事わからないだろうと。


 で、議論するわけだが、各党代表は……


「畜産業や農業が壊滅するから、条約には反対」

「畜産も農業も同じ理屈で、食料自給率が云々」

「日本の食品は品質が高いから海外に売り込めばいい」


 とまぁ今まで言われてきているとおりの会話。

 多少専門的な事を話せる候補者もいるが、どっちにしろ今まで言われている事ばかりだ。

 しかし、確かにこれが現実である。

 ティエルクマスカとの連合加盟が決まっても、一般市民、国民の生活の営みは変わらない。

 自分の糧を得る手段があっての話である……


 ワイワイと議論するが、なぜかフェルはこの議論に加わらない。

 それどころか、メモ帳になにやらスラスラと書き取って、日本製の電卓を取り出してポポポと弾いている。

 そして、別の帳面をパラパラとめくって、何か調べているようだ。


 候補者は、自分達の理解できる問題で主導権を取れたとばかりに、フェルをそっちのけで議論する。

 挙句に「自保党がこの条約の推進を決めたのが悪い」だのと、お決まりの話を持ち出してくる。


 あまりにフェルが何も喋らないので、司会者が訝しがって……


「あの~ フェルフェリアさん?」


 フェルは問われて、顔を上げ


『ア、ハイ?』

「先程の質問に、フェルフェリアさんから何かありますか?」

『ア、もう2フン程お待ちを……計算結果がデますので……』

「は?…… 計算結果?」


 なんだそりゃと訝しがる諸氏。

 そして、フェルがスラスラとペンを走らせ、トンとペンでノートを叩くと、スっと挙手をする……


「あ、はい、フェルフェリアさん、どうぞ……」

『ハイ……質問者サマのご懸念を抱いている問題を、今、ワタクシが、現在の貿易交渉の経緯……ヤルバーンが飛来する以前の過程も踏まえテ調べ、その交渉の原因と、障害になる項目を比較検討しましたトコロ、ニホン国が、高品質な食肉、そして、食肉に限らず、農産物等々を生産しながら、何故に国内需要でしかその利益を賄えないか、海外輸出に諸地域国家ほど容易に踏み切れないかという理由は、まず、ニホンの畜産業は、海外からの飼料の輸入、ソシテ、燃料光熱費ノコスト、更には、輸送コスト等々の障害があり……』


 フェルは、メモを見ながら矢継ぎ早に質問者の問に、データを出しながら、問題点を数字を含めてわかりやすく話していく……

 観客席も、他の候補者も、フェルの一方的な分析に唖然として聞いていた……


『……ということハ、これらのコストに関する問題を解決するにハ、現状の自保党が政府内で推進しているヤルバーン自治体との技術協定を利用すれば、大幅にこれらコストを削減させ、諸外国の食料品と付加価値的にも有利に対抗できまス。まず、各自治体に設置されているヤルバーン乗務員専用の転送ステーションを利用し、貨物トランスポーター……つまりユソウシャですね、これを任意の場所へユソウシャごと転送スル事で輸送費の70パーセント程のコスト削減を行うことがデキルでしょう。ソシテ、飼料費モ、現在ヤルバーンが行っている再生資源施設を利用すれバ、ハイクァーンで廃棄有機物から、有用な飼料、もしくは肥料も生成サセル事がデキマスから、飼料購入費ノ、約80パーセントをこれらを活用することデ……』


 そして、これらを有効的に活用するには、農家の共同的な法人化も必須で、そのあたりの法改正も視野にいれなければならないとか、もしそれを本格的にさせて利益を上げ、現状を脱却するには農家自身の意識の改革も必要だとか、そういった有効策を講じて、一度ヤルバーン行政府に計画書を提示してみるのもいいだろうとか……まるで経営コンサルタントのような解決策をビシビシとフェルは提示する。

 もし、その気があるのならば、自分が当選した暁には、ヤルバーン行政府に話を通せるよう、政府にも働きかけてみると。

 そして、何より、そういった生鮮食料品の需要は、今後連合との交流が活発化すれば、連合人関連の観光事業などで大いに需要があるから、連合内での消費も視野に入れて今後は考えてもいいのではないか? ……と、アドバイスをする……


『ト、いうところですね……ご納得シテ頂けましたでしょうカ? これは今後のニホンで生産される全ての物産にもイエることです。どうぞご参考に……フゥ……』


 汗を拭うフェルさん。

 そして、ツンとすまし顔で、他の候補者に『何かご意見はアリマスカ?』というような切れ長金色瞳の視線を投げかける……まぁ、彼女は日本の議会では新人候補だが、議員というレベルで見れば……二藤部や三島並みの超ベテランだ……どこかの馬の骨とは訳が違う……


 観客席も全員呆気にとられる……なにか討論どころか、解決策を提示されてしまったからだ……

 沈黙する場……


 なかなか話が先に進まないので、フェルが一言……


『政治とハ、疑問を投げかけるだけではいけませン。疑問があれば、解決する策を導き出さないと、政治の意味がアリマセン。政治トハ、システムです。理想や思想を語るだけの場所ではアリマセン。そうでしょ?……私達は椅子取りゲームをやっているのではアリマセンヨ……コホン……』


 まるで他の新人候補を諭すように語るフェル。

 その言葉の後に……観客席からはやんやの喝采が巻き起こる。

 それでもすまし顔のフェルさん……他の候補、型無しだ……


 ……ちょっと攻撃力上げすぎである……




 ………………………………




 ……柏木ん家の自宅。東京の方である……

 フェルさんも、簡易転送機で東京自宅に帰宅していた。

 護衛のリアッサ、リビリィ、シャルリは一旦ヤルバーンの自宅へ戻ったそうだ。


 今日は二人して家で夕食。

 フェルさん、ハムハムと命の源。カレーライスを頬張る……

 今日のカレーは、シーフードカレー。


『フゥ……カレーを食べると、心が洗われるようデス……アーオイシイナ……』

「はは、相変わらずだねぇ、フェルのカレー好きは……お水いる?」

『ア、アリガトです……モグモグ……』

「で、フェルぅ~……聞いたけど、討論会で他の候補、ギッタギタにしてきたんだって?」

『べぇつぅにぃ~……フツーに質問者サマのお話にお応えしただけですヨ』

「ははは、どうせ理詰めでデータ持ちだして、バカスカやったんだろ……手加減してやれよぉ」

『ナゼですか? 質問者サマには喜んで頂けましたヨ。質問者サマが満足していただけるなら、ソレが一番デス……ハフハフ……』


 まぁ、確かに「罵り合い」と言ったのは柏木だが……こりゃ相当他の候補者をギャフンといわせてきたんだろうなと……


『デ、マサトサンのテレビ討論会出演の方は、如何だったデスか?』

「ああ、まぁ……普段テレビで見ているような、あんな感じかな?……問題点だけ出すだけ出して、何が解決するわけでもなし、野党候補は与党に対して無理に問題点を作り上げて、さもそれが世の一大事なように責めて……ありゃ出るもんじゃないな……」


 柏木は言う。

 マスコミってのは『問題製造機だ』と。

 世の『正しいことのやむを得ない矛盾』をほじくり返して、さもそれが解決しないと世も末だと騒ぎ、日夜その矛盾を宝でも探すかのようにほじくり返して鬼の首を取ったように見せびらかす。

 そして、掘り出した問題は、『世に訴える』と言って、訴えるだけ訴えて、訴えた本人は、訴えっぱなし……そんなのを日夜毎日やっているわけだから、まさに『問題製造機』だと。


「……まぁ、それでおまんま食ってるのが彼らなんだから、ある意味しょうがないし、そういう『問題製造機』がないと、これもまた、民主主義とは言えないから、痛し痒しだよね」

『ソウですねぇ……デモ、それはティエルクマスカでも、少なからずアリマすよ。そういうもんでス』

「でも、フェル達は、それを『おまんま』のために作為的にやっちゃマズイと思うから『マスコミ禁止法』を作ったんだろ?」

『ハイです。そういうことですね……でも、今のチキュウの情報システムでは、現状の形も致し方ないところは、なんとなく理解してイマスから』


 改めて「なんともはやだねぇ」と言いつつ、カレーを頬張る二人。


「昔ね、ある落語家さんがこんなこと言った事があるんだよ」

『ラクゴカ……ああ、こめでぃあんの一種の方ですね』

「まぁ、そうだね」

『どんな事言ったデすか?』

「えっとね……『政治家なんて、バカばっかりだ。それもそのはずで、言ってみりゃ国民なんてその7割はバカだ。バカが志持って、政治家に立候補して、バカがバカ選んでバカに投票するんだから、政治家がバカしかいないなんて当たり前の話だ……』ってね、おかしいだろ?」

『アハハハ、なるほどです。何がイイたいかわかりましたヨ』


 もちろん、笑い話としてのネタだが、あるものに対しての強烈な皮肉である。


「まぁ、民主主義って奴の本質って、ここなんだろうね。そりゃ政治家なんて聖人君子じゃないさ。特に民主主義国家の政治家なんてもんはね……実際俺だって『突撃バカ』って言われているぐらいだしな、ハハハ」

『ウフフ、でも、そんなオバカさんでも、なるべくマシなオバカさんを国民のミナサマが選んで政治をするのがミンシュシュギですもんね。それはティエルクマスカでも同じですヨ』

「そういう事だね……なんか、こんな選挙活動なんてやってると、その言葉を思い出してしまってね……」


 そう、なので民主主義国家の選挙というものは、その国民の民度が如実に出るのだ。

 時に国家が疲弊すると、国民は本気でその本物の『バカ』を政治の舞台へ送り込んでしまうことがある。

 何が投票者をそうさせるのか? まれにそんな迂闊な投票で当選してしまう輩がいるから始末が悪い。


 なんともはやである……




 ………………………………



 そして日は過ぎる……

 12日間なんて、アッという間だ。

 柏木とフェルは選挙活動期間の最終日、彼らは再度千里中央に戻り、投票のお願いをした。

 最終日は21時まで選挙活動が行える。シエ達も、疲れを見せずに有権者に色々とアピール。

 シエのゼロ距離攻撃での撮影会やサインを求める人々は列ができるほど。

 演説聞いてやれよと。


 今回、三島は初っ端で応援に来てくれたが、二藤部や春日は来なかった……というか、柏木が断ったのだ。

 というのも、少々ズルッコだが、ヤルバーンシステムの分析でも、ほぼ柏木の当選は確実だったからだ……言ってみりゃ、選挙活動なんてしなくても当選するという結果を弾き出していた。

 なので、柏木自身も、タウンミーティングや討論会に時間を割いて、あまり自身の選挙活動は行っていない。それよりも、連合加盟の周知に彼は力を注いだ。そちらのほうが彼にとっては、自身の選挙よりも大事だと踏んだのだ。

 なので、二藤部や春日も、他の候補の応援に時間を割いたのだ。


 そして最後は『よろしくお願いします!』の締めで、12日間の選挙活動は幕を閉じる。


 さて、明日は投票日……





 ……ということで、次の日。選挙日当日。

 柏木とフェルは、住民票は東京都なので、自分の選挙区での投票は出来ない。まぁ当たり前であるが。

 しかしこんなのは別に普通なので、だからどうだという問題ではない。

 

 その日の朝、柏木とフェルは二人して連れ立って近所の小学校へ投票に行く。

 不在者投票といきたいところだが、まぁそこはフェルにとっても初めての国政選挙なので、勉強のために、普通に投票に行った。

 車で行くほどの距離でもなし。柏木の近所では、フェルも『フェルちゃん』の愛称で親しまれる人気者なので、特に混乱もない。

 ただ、かような立場の二人であるからして、SPの数が異常に多い。

 シエ達も、護衛についているが、今後彼女達も日本国籍を取得した後の勉強もかねて、付き合っていた。


「お、真人ちゃん、今から夫婦そろって投票かい?」


 近所の魚屋のオッサンが話しかける。


「ええ、大将も投票お願いしますよ」

「おうよ、昼にちょっくら行ってくらぁな。しかし、すっかりこのあたりも宇宙人さん、馴染んじまったなぁ」

「はは、そうですねぇ……」


 実は柏木の住む町。フェルがいるということもあって、ヤルバーンからの居住者が激増している状態なのだ。

 向こうでは、フェルが八百屋のおばちゃんと、ヤルバーンから来たイゼイラの奥様と話し込んでいたりする。


「おーい、フェル、行こう」

『ア、ハーイ』


 とまぁ、近所中顔馴染み状態なもんだから、声をかけられれば挨拶をしーので、結構投票所まで時間を取られる……


 そんなこんなで、近所の小学校。

 ご他聞に漏れず、マスコミがカメラを持って投票所で待ち構えていた。

 夫婦揃っての柏木夫妻と、シエ達の登場に、シャッター音を響かせる。

 VTRカメラでは、朝のニュースにでも使われるのだろう。

 シエ達に、出口で待つように伝えると、柏木らは体育館の中へ……

 ハガキを投票用紙に変えて、記名場所へ向かう。

 当然、自保党候補者と、自由保守党と書いて、二人とも投票箱へポンと投票用紙を押し入れる。

 その瞬間を、取材に来ていたマスコミのカメラが、これまたパシパシと。


『ン? カシワギ、モウオワリカ?』

「ええ、呆気ないものですよ……さて、大阪へまた戻りますか……」


 するとシエが柏木の耳元に手を当てて……


『(シカシ、カシワギ。今日ハますこみガ多イ。オマエノ家ノ簡易転送機ヲツカッテ、オオサカヘ行クノハ、アマリヨイトハイエンゾ)』

「(いきなり大阪へ姿を現したら、不思議がられるって事ですか?)」

『(アア……)』


 すると柏木は……


「んじゃ、みんなで新幹線乗って、大阪まで行きますか。どうせ開票速報は夜ですし」


 みなさん「そうだな」ということで、みんなして連れだって新幹線で大阪へ。

 ま、ちょっとした観光気分もいいではないかと……

 今日はいい天気だし、これでフェルやシエ達に、日本の霊峰富士山を見せてやれるかなと思ったり。

 そう思えば悪くないかと思う柏木だった……





 ………………………………




 太陽系第4番惑星『火星』

 ちょうど地球から見て真裏になる火星軌道上に陣取るは、ダル艦長率いる火星開拓艦隊が鎮座していた。

 彼らは丁度地球で衆議院が解散した前後から、5日後ぐらいに太陽系へ到着し、その場からすぐにディルフィルドジャンプを行い、火星軌道へ到着していた。

 現在は、前回この場所へ訪れたデータを参考に、さらに詳細なデータ取得作業を念入りに行っている真っ最中だ。

 とりあえず、火星のとある土地へ試験的にシールド空間を設定して、大気組成などの組成成分変換試験を行ったりしている。

 今のところテスト結果は上々。

 まぁ、この火星は言ってみれば『地球の出来損ない』のような星で、もう少し質量があれば、地球のように青い星になっていたのではないかと言われている。無論、そうなると生命あふれる地球の兄弟惑星になっていた可能性もある星なのだ。

 

『ダル艦長、試験デハ、コノ惑星、氷結型、大気型トモニ二酸化炭素ガ大変多ク、ソノ中カラ炭素ヲ除去スレバ、酸素自体ヲ確保スルノハサホド難シイ話デハナイ。水モモンダイナイダロウ。タダ……惑星質量ガ幾分ハルマヨリ軽イノデ。酸素ヲ生成シテモ、コノ星ニ超長期ニ定着サセルニハ、少々仕掛ガ必要トナルダロウナ』


 工作艦ラシェイドのダストール人技術士官が、ダル艦長に報告する。


『フム、マァソノ点ハ植物植生ノ範囲ガ拡大スレバ、サホド大キナ問題ニハナランダロウ……トイウコトハ、大気組成ヲ、環境ハイクァーン装置ヲ惑星各所ニ設置シテ、一気ニ最適化スルカ、モシクハ局所的ニ生活可能範囲ヲ完全ナモノニシテ、随時ヒロゲテイクカ、ダナ……』

『私ハ、後者ヲ推薦スル。一気ニ広ゲルノハ、後カライクラデモデキル。トニカク、先ニ入植体制ヲ取ルコトガ先決ダロウ』

『ナルホドナ。了解シタ。デハ、今行ッテイル地殻構造ノ調査結果ガ良好ナラ、スグニデモ都市型接続艦一隻ヲ降下サセル事トシヨウ』


 すると、技術士官は「?」な顔をして……


『ン?……都市型接続艦ハ、全艦ヤルマルティアノ、ヤルバーンヘ送ッテ、接続サセ、『州化』スルノデハナカッタノカ?』

『ソノ予定ダッタガ、一隻コチラヘ残ソウ。ソノホウガ、コロニーヲ作ル手間モ省ケル。ソノ件ハ、私カラ、ヴェルデオ司令ヤ、ゼルエ軍司令ヘ連絡ヲ入レテオクヨ。ナニ、心配ハイラン。一隻デモ十分過ギルホド州機能ハ果タセル……』

『了解シタ』

『アア、ヨロシク頼ム……確カ……チキュウ時間デ、今日アタリダッタナ、カシワギ・ダイジンヤ、フリンゼガ立候補シテイルトイウトイウ話ノ、ヤルマルティアノ、議員選挙結果ガ出ルノハ』

『アア、確カソンナ話ダ……マァ、ヤルバーンノ計算デハ、ホボ当選ダロウトイウ話ダガナ』


 するとダル艦長は、ちょっと悪戯顔になり、顎に手を当てて……


『ナルホドナルホド……ククク、デハ、二人ノ当選祝イニ、アノ残リ一隻ノ都市型接続艦ヲ、ヤルバーンヘ送リ込ンデヤルカ、フフフフ……』

『ハハハ、ソレハイイ。デハ、丁度イイタイミングデ、チキュウヘ着クヨウニ、出港準備ヲサセルカ?』

『アア、ヨロシクタノム』


 何かとんでもない事を言っているダル艦長。

 ヤルバーン規模の『都市型接続艦』とやらを、当選祝いに送り込むなどと……公職選挙法違反どころの騒ぎではなかったりして……この御仁、何をやらかす気なのやら……




 ………………………………




 そんなこんなでヤルマルティア。

 

 初めての新幹線を満喫したシエさんにリアッサ姉。シャルリ姉にリビリィ嬢。

 フェルは以前、城崎からの帰りにチョットだけ乗ったが、今回は本格的な乗車。


 みんなそれは物凄く喜んだ。

 いかんせんティエルクマスカには、こんな形の乗り物がない。

 時速300キロの世界は、光の速度で移動する彼らにとっても体感的に速いのは速いわけで、駅を通り過ぎる時は


「おおーーーー」


 と唸りながら、まるで小学生のように窓にかじりついていたり。

 新富士を通過する際に見える見事な富士山には


『オオーーーー』


 とこれまた唸って、「もう一度引き返して、あの山を見よう」などとわけの分からない事を言ってみたり。

 なかなかにお気に召した様子。結構なことである。

 彼女達は、新幹線の先頭から、後尾まで行ったり来たりと、色々と調査も含めた見学をしていたようである。

 なんせそんな異星人さんが、車内をウロウロして、挙句にサイボーグ女までいるもんだから、車内は騒然としていたようだ。

 おまけにフェルさんやキャプテンまで同乗なもんだから、もう大変である。

 席や踊り場で写真をねだられたり。

 彼女達も、気軽に応じてやっていた。


 ……そして新大阪へ到着すると、即タクシーを飛ばして千里の選挙事務所へ。

 そして当落の結果を待つまで、関係者に挨拶したりと有り体な作業をこなす。

 まぁ、ある程度結果はわかっているとはいえ、それが確定でないだけに何が起こるかわからないという無意識の感覚から、どうにもやはり落ち着かないものである。

 自分は知名度があるだけいいものも、やはり他の候補者の立場になってみれば、この選挙というやつは『自分が勝てる』とウソでもいいから信じないとやっていけないのだろうと思う。

 

 三島は、自分の派閥の新人候補への勉強会で、


「選挙というものは『選挙は楽しいなぁ。選挙が早くこないかなぁ』という考え方ができるようにならないといけない」


 と語ったそうだが、その話を聞いた柏木は……


(どこのMですかソイツは)


 と思った……



 そんなこんなで夜が来る。

 各局、特番である局は19:00から、ある局は20:00から、ある局は21:00からと、選挙開票特番が組まれて流される。

 阪神テレビでは、蒼島が解説で呼ばれているようだ……

 他に、仏教が好きな『評論家』という肩書の評論家や、ヤクザと間違えられている経済評論家など。


「あ、フェル、蒼島さん出てるよ」

『ア、ホンとですね。ウフフ』


 テレビを見ていると、蒼島が先の、この番組系列のニュースで、柏木とフェル対談の感想なんぞを話していたりする。


『……実は先日、大阪8区から出馬されていらっしゃる柏木さんと、迦具夜さん……フェルさんですね。このお二方とお話させていただいたんですけど……』


 と蒼島が切り出すと


『ええ、いいなぁ~、私も同席したかったなぁ~』と評論家。

『ええ、聞いてます聞いてます。どうでしたか? フェルさん。いや~、柏木さんだけなら別にいいですけど、フェルさんと対談なら私も……』とおどける経済評論家。


『ははは、まぁ、色々お話して私も色々思ったんですけど、柏木さんの方は……もう色々お話したり、私の方も調べたりして、すごいなぁって思ったのが……彼って今の立場にしても、結局成り行きでやっているというところなんですよね。で、悪い意味じゃなくて、成り行きでよくここまでやれるなぁというか……まぁそれまでに当然色々そこに行き着くまでに選択と決断はあったのでしょうが、普通の人なら、ここまでに至る決断を必要とする選択肢の中で、恐らく途中で「やめる」という選択をするんじゃないかなぁと思うことが沢山あったはずなんですが、その選択をせずに、自分から無意識にソッチへ向かって走っていっているんですから、ある意味不思議な方ですよね……』


 そんな事を言われていたり。


『ウフフ、マサトサン、ケラー・アオシマに、遠回しで“突撃バカ”って言われているデスよ』

「は、はは……ソウミタイデスネ……」


 褒められているのやら、呆れられているのやら……柏木のアサルトバカをここまで確実に表現するとは、流石蒼島氏と思う柏木……やはりあなどれない。


『……で、柏木迦具夜さん、フェルさんですね。とても魅力的な方ですね、まぁ外見の事をいっているんじゃなくて、その人物の中身といいましょうか、流石は旧皇族で、終生の議員をやっていらっしゃる方だと思いました……彼女のことを新人新人と言っていますけど、それは野球に例えれば、あの日本でのシーズン無敗のピッチャーを大リーグが『新人』って言っているのと同じようなもので、日本の議員では新人だー、なんてやってると、そんな事を言っている議員はみーんな彼女から痛い目に合わされますよ』


 蒼島の口調、直接言わないが、もうフェルは当確扱いだ。


「はは、フェルもエライ言われようだな。まぁ確かに京都の討論会で、撃破してきたものな」

『ウフフ、そうですか? 私は普通にやっただけデスけど?』


 まぁ、評価してくれているんだろうと思うフェルさん。


 ……と、そんな事を話していると、さっそく出口調査の結果が出たようだ。ピロリンと音を鳴らして、柏木の顔写真と、名前、そして赤丸で『当』の文字が付く。


 司会の岳安が……


『あーー、出ましたね早速、大阪8区、柏木真人さん、当確が出ました』


 すると蒼島も


『まぁ、当然ですね。あの選挙区で柏木さんに当確が出なかったら、不正を疑うところですよ、ははは』


 もう規定事項扱いだ。

 続いて……フェルの名前『柏木迦具夜』と、顔写真、そして彼女にも赤丸で『当』の文字。


『比例近畿ブロックでも、さっそくフェルさんに当確がでましたねー』

『早いですね、みんな自保党って書かずに、フェルさんって書いたのかな? ははは』


 そう、投票用紙に『フェルさん』と書いても実は良かったりする。


『この調子じゃ、近畿ブロックは、自保党当選者続出でしょうね』

『ええ、正にフェルさん効果という事でしょうかね、自保党の比例候補者、フェルさんに足向けて寝られませんよ』


 奥でテレビを見ていた二人。シエが二人を呼びに来る。


『カシワギ、ミンナ向コウデマッテイルゾ。“ばんざい”トカイウノヲヤルノダロ?』

「はは、そうですね。お約束ですか、んじゃフェル、行こうか」

『ハイです』


 事務所に顔を出す。柏木とフェル。

 瞬間、スタッフから拍手で迎えられる。少々照れながら二人共高い所へ。


「では皆様、柏木真人様と、柏木迦具夜様の当選を祝しまして、ばんざーい!」


 田中さんの掛け声で、お約束の万歳三唱。シエ達も見よう見まねで万歳してたり。

 そして達磨に目を入れて、拍手。そして短く感謝の挨拶をする二人……


 当然、今選挙一番の話題な二人なので、いろんな局からインタビューを申し込まれる。

 もちろん蒼島のいる阪神テレビからの中継インタビューも受ける。


 いやはや今日は大忙しだ。恐らくいろんな方面の対応で徹夜確定だろう。

 スマートフォンも鳴りっぱなしである。

 二藤部や三島、春日に大見、白木に新見からも祝意の電話が入った。

 しかし白木は……


「おめーが衆議院議員なんて、世も末だな、ぶははは」


 いつもの余計な一言で、また今度シバくと思う彼。

 そして……


「あ、フェル、実家からだ」

『エ!』


 電話に出る柏木。


「はい……あ、親父。ああ、ありがと、おかげさんでね……え? いや構わないよそんなの。遠いだろ八王子からなんて……大きな声じゃ言えないけど、まぁこういう結果になるのは、ある意味わかってたからな……ああ、母さんに? いや、別にいいよ、うん……はいはい代わるな……フェル、電話代わってくれってさ。親父と母さんと恵美が話したいって」

『ハイです…………あ、マルマサマ? ハイ、アリガトウです……ウフフ、そうですネ……ええ、モチロンですよ……ハイ、ウフフフ……』


 とても楽しそうで、幸せそうな顔で電話をするフェル……母と娘の会話だ。それが嬉しいのだろう。

 フェルも立った状態から、いつの間にか椅子に座って話し込んでいる。長電話になりそうだ……


 柏木はニヤついて、ちょっと外の空気にあたろうと、事務所を出る……とはいえ、外はマスコミで一杯だ。出たら出たで、ワラワラと付いてくるだろう。


 柏木はSPにキグルミ使ってちょっと散歩してくると話し、別人に変装してこっそりと事務所を抜け出す……そして近所の公園へ……


 ブランコに座って、物思いにふける……蒼島の言っていたことが、妙に頭に残った……


(確かに……言われてみりゃ、みーんな成り行きだもんなぁ……)


 と……

 確かに、彼自身が、何か意志を持って、そうしたいと切望し、こんな状況になったわけではない。

 なんとなくフェル達の言う『因果』という言葉を、信じてしまいそうになる……


『カシワギ……』


 ん? と顔を上げると……日本人モードのシエだった……


「ああ、シエさん。どうしたんですか?」

『フフ、少シ、人ニ酔ッテナ』

「そうですか」


 シエも柏木の隣のブランコに座る。


『オメデトウ、トイッタトコロカ? ン?』

「はい。有難うございます」

『コレデ、オマエモ、名実トモニ、政治家ダナ』

「はは、そうですねぇ……なんと言えばいいのかわかりませんが……」

『私モ、ゼルエヤ、ヴェルデオカラ色々聞イテイルガ、忙シクナルゾ、オ互イニナ』

「そうですね……」

『ア、ソウダ……当選ノオ祝イヲ渡サントナ……』

「え? お祝い?」

『アア、チョット耳ヲ貸セ……』

「はぁ……」


 柏木は、シエに耳を近づけると……シエは柏木の顔を両手で無理やり挟んで、正面を向け……フェイントで、ブチューーっとチュー攻撃をかます。


「むーーー!?……ああっ! やられたっ!」

『ククククク……油断大敵ダゾ、カシワギ。 コレデ、アノ、カグヤノ約束ハ果タシタカラナ、ハハハハ……』

「はぁ~……いいんですか? こんな事してぇ~……多川さんに言っちゃいますよ?」

『何ノ事ダ? コレトソレハ関係ナイゾ、約束ハ約束ダ』


 ツンとして、少し頬染めて向こうを向くシエ。


「はは、ハイハイ……って、ルージュ付いてないでしょうね……フェルにばれたら地獄行きですよ俺……」


 PVMCGを自分カメラにして、顔を確認する柏木。どうもルージュは付いていないみたいだ……そのあたりは配慮してくれたようである……命拾いする彼。


 すると、フェルも公園に日本人モードでやって来たようだ。SPに場所を聞いたのだろう。


『マサトサ~ン……って、シエ! あー、もしかして変なことシテたでしょ!』


 ダダダっと駆け寄るフェルさん。


『クンクン……ん~……マサトサン、シエの香水の匂いがチョットするデスよぉ~……シエェェェ……』

「フェル、なんでもないなんでもないって、はは……ちょっと疲れて話してただけだよ」


 そういう事にしておかないと、後で大変である。


『本当デスかぁ~?……』

「本当ですよ、って、それより、電話、どうだった?」

『エ? ハイ、沢山お話できたデスよ……嬉しかったです……』

『フェルニモ、マルマトファルンガデキタカ。ヨカッタナ』

『ハイです……』




 ……仲の良い3人で、ブランコを揺らしながら、しばしの休息。

 なんて事ない話で盛り上がる。 



 

 201云年 秋もそろそろ終わろうかという季節。

 日本人と異星人夫婦という、前代未聞の夫婦衆議院議員が誕生した……



 


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