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銀河連合日本  作者: 柗本保羽
本編
58/119

-37-

「魚釣島、久場島、大正島、北小島、南小島、沖の南岩、飛瀬、対象接続水域高度1000、ヴァル式無人小型ドローン配置完了、仮想造成立体映像演習装置準備よし。神経体感度最大で設定」

「ドローン配置確認、対探知偽装順調に作動中」

『敵輸送ヘリコプター10機、魚釣島に着陸シマシタ。兵員上陸を確認』

「中国南海艦隊、あと1時間で接続水域に侵入」


 カグヤブリッジに、刻々と中国軍の動向を伝える自衛官やティ連派遣員の声が飛ぶ。

 現在、尖閣諸島は丸裸の状態である。

 米軍にも政府から、これも作戦の範疇なので静観してほしいと要請していた。

 米軍からは、せめて偵察機を飛ばさせろと言われたが、情況情報は逐一入れるからということで、おとなしくしてもらっている。

 とはいえ、彼らも偵察衛星を使って情報収集は行っているだろう。


 ……ちなみに、先の『ヴァル式無人小型ドローン』とは、ヴァルメの自衛隊内呼称である。

 現在使用しているヤルバーンのヴァルメは、今後カグヤに搭載されることになっている。すなわち、将来的には特危自衛隊に提供されるものなので、かような呼称で呼ばれることになった……


「よし……ではティラス艦長、そろそろ準備を」

『ワカリました。ニヨッタ副長、環境計算開始』

『了解、センカク諸島周域の環境データ取得開始しまス』


 カグヤブリッジの巨大なVMCモニターに、尖閣諸島の精細すぎるシステム映像が映し出される。

 そこに何やらチラチラとイゼイラ数値や文字に混ざって、日本語文字や、数字が無数に表記される。

 今、カグヤの中央システムは、尖閣諸島周域の詳細な環境情況データを取得していた……


『環境データ取得完了……トウドウショウホ、いつでも結構ですヨ』

「ありがとうございます、ニヨッタ副長。では、仮想造成立体映像演習装置作動お願いします」

『了解でス、ゼルシミュレータ、神経体感度最大で作動………………作動確認……フゥ……』


 ニヨッタは額の汗を拭う。


『うまくいきましタな、ケラー……』


 ティラスはニコリと笑う。


「ええ、しかし私は初めて見ますが、ものすごい装置ですな、その仮想造成立体映像演習装置……ゼルシミュレータですか……」

『我々の国では娯楽としても使われている一般的な技術デすよ』

「ほう、で、効果範囲は最大でどのくらいまで可能なのです?」

『ソうですな……理論的に言えば、造成器の数と、エネルギー、あとシステムの計算能力さえ追いつけば、それは惑星一つ分でも可能ですよ。まぁそんな酔狂な前例はありませんがね。実際の話、先のホッカイドウでの演習もそうでしたが、ティエルクマスカでも、ゼルシミュレータを使った環境構築としては、今回の規模でもかなり大きな方でス』

「ほう、そうですか……」

『ハイ、なので今作戦の結果も、連合防衛総省技術部に逐一送られていますよ、ははは』

「はは、なるほどなるほど」


 尖閣諸島に難破した中国漁民を『 保 護 』するための本作戦……作戦名『夢魔作戦』

 この会話からもわかるとおり、ゼル造成シミュレータを利用した作戦のようである。


 本来、ゼル造成シミュレーションシステムは、仮想分子造成システムと併用する形で、人間の脳神経に特殊な信号を送り、閉鎖的な場所でも、大きな場所にいるような錯覚を起こさせることで、例えば10メートル四方の空間を全力疾走しても、まるで1000メートルを走った気分にさせることができるものなのである。なのでティエルクマスカでは大規模娯楽施設や、一般家庭の娯楽空間、教育システムとしても利用されている。

 言ってみればティ連ではそんな日常的なシステムなだけに、こんな諸島レベルの大規模な空間での使用なんていうのは、滅多にないのだという。

 なぜなら、狭い空間でも神経体感度の調整次第で、惑星規模の空間を体感させる事もできるからで、ティラス曰く、自衛隊の考えるゼルシミュレータの使い方は、自分達の使い方と全く逆のことをやっていると、ある意味感心さえしていた。


『マァ……私達の国でモ、有名な歌手や、演劇、他、期間限定のあとらくしょんのようなモノに使用される規模が『大規模』のレベルですなぁ』

「ははは、アトラクションですか、それはそれは……では今作戦も、見ようによっては最大級のアトラクションになりますな。中国軍はたまったものではないでしょうが」

『ですなぁ……ハハハ……しかし、敵は本物の“ジュウ”や“センシャ”で応戦してくるのでしょう? 舐めてはかかれませんぞ』

「はい、仰るとおりです。あと……敵の『戦死者』の扱いも、どうするかですな……我が国には、この作戦で出るだろう敵の『戦死者』に関する規定が、法で定められていませんから……」




 ………………………………



 ……日の暮れた魚釣島。無人島であるその島には、文明の光が全く届かない。

 こういう文明の光がない場所での「夜間」というものは、本当に何も見えない。

 それは恐ろしいくらいに暗い。自分の手すら見えない。これは大げさでもなんでもなく、光のない状況とは、本当にそんな感じなのだ。


 しかし現在、その島には東部沿岸のみ、煌々と光が点る。

 中国軍が野戦基地の建設を開始したためだ。

 中国南海艦隊は、日本の領海まで侵入し、新鋭071型揚陸艦、072Ⅲ型揚陸艦を基幹とし、兵員と車両を揚陸しているようである。

 中国軍は、こういうところに関しては異常に素早い行動を見せる。

 南沙諸島でも、みるみる内に、掘っ立て小屋から港湾付きの埠頭モドキまで作り上げてしまう。ある意味感心するが、中国軍は相手が何もしてこないと判断すると、まるでいらんことばっかりするハタ迷惑な不良のように、他者の抗議には目もくれずにこんなことを無節操にやらかす。


 大体、この魚釣島は、東西の距離が、たかだか2キロ程度の小さな島である。そんな島に工兵部隊をどっさりと投入し、ドック型揚陸艦を基幹にエアクッション艇を使って戦車まで揚陸しようとしている。

 こんなちっぽけな島で、戦車なんざ何に使うのかと思うが、おそらくそうやって体裁だけでも軍事基地化させて、『ここは元々ウチの領土アルよ。漁船の遭難? ナニソレ、知らないアルよ』とでも言うためにやっているのだろう。

 

 しかしこの島、かように大きくはない。だが、島の自然は豊かで、クバやセンカクツツジの樹林に覆われ、その植物植生は豊か。そして岩場や断崖も多く、小さい島ではあるが、戦闘する際の条件は比較的好条件。意外に遮蔽物も多く、作戦展開がしやすいのである。

 そして、元々この島は人が住んでいた事もあったので、人工建築物も少なからずあり、戦うには意外と好条件な場所でもある。しかし逆に言えばそれは敵も同じ事でもある。

 

 今、尖閣諸島東周域は、南海艦隊の揚陸部隊を守る駆逐艦やフリゲート艦が陣取っている。

 無論、その全てが出てきているわけではない。南海艦隊は南沙諸島対応もその任務に入っているため、その一部をこちらに割いたようだ。

 

 普通なら中国三大艦隊の一角である『東海艦隊』が出てきても良さそうなものだが、東海艦隊は対日、対米艦隊の虎の子である。北海艦隊と連携すれば、相当な戦力にもなる。将来的にロシアと組む事を考えてみても、南海艦隊よりは東海艦隊と北海艦隊の方が重要性は高い。

 おそらくガーグもそこまでバカではない。中国にとって敵対する相手が御しやすい国の多い南海艦隊の一部を回して、東海艦隊・北海艦隊はそのままにしておこうと腹なのだろう。


 張としても、この東海艦隊を割くことは、彼の政権の将来を考えた場合、あまり得策ではない。

 かような理由で、この艦隊を潰されるよりは、まだ南海艦隊の一部を犠牲にした方がマシだという事なのだろうか? 


 ということは、将来的にこの東海・北海艦隊も動く可能性はあるのかもしれない。

 ならばどちらにしても、余計に尖閣諸島の中国化、そして、マーレノストロ化を防がなければならないのは自明の理である。




 …………




『ナルホドナ、デハ、ソノ“センカク”ニイル“ナンカイカンタイ”ノ一部を潰シテモ、ソレデハ終ワラン可能性モアルトイウワケカ』

「ええ、南海艦隊の活動範囲は……こういう言い方はなんですが、正直軍事的に中国の脅威になるような国はあまりありません。あるとしてもせいぜいインドかベトナムぐらいですが、米軍がフィリピンから撤退してしまった現状、グアムの海兵隊さえ気をつけておけば中国的にも極東地域ほどは脅威にはならない場所です」

『フム、ソウナルト……ヤハリコノ作戦ガオワッテモ、マダ一悶着アルノカモシレンワケカ……難儀ナ話ダ……』

「ええ、そうならないためにも政府首脳や柏木達が頑張ってくれているのでしょうが……」


 輸送トランスポーター『チヌークTR』機内でそんな話をする大見とシエ。

 リアッサも大見の話をシエと共に聞いている。

 シャルリ姉は……口をポカンとあけて、居眠りぶっこいていた。


『大見三佐、コクピットまで』


 スピーカーから聞こえる声に、大見はコクピットへ。

 そのコクピットは、地球技術とイゼイラ技術が入り混じったような感じだ。

 小さなVMCモニターがパイロットの眼前に浮いていたり。


「どうした?」

「ああ、三佐。これを……魚釣周辺のヴァル式が捉えた敵の配置ですが……」


 パイロットはコクピットのVMCモニターを指さして……


「ここ……西の着陸地点沖に一隻フリゲートが巡回してきていますね」

「ふむ……ゼルフィールドの境界線はどの辺までだ?」

「ここです……このラインです」


 パイロットはスイーッと指で、モニターに引かれるくっきり描かれた曲線をなぞる。


「ならフィールド内に入れば、この機体でもヴァル式で探知偽装かけてもらえるんだろ?」

「それはそうなんですが……コイツをほっといて、上陸後フィールド外から後ろ取られて艦砲射撃ってのもイヤですよ……さすがに例の防弾障壁システムでも、艦砲の着弾効果までは防ぎきれませんからね」

「ふーむ、なら今のうちに潰しておくか……今はフィールド内だな?」

「はい。で、そろそろ敵SAMの射程内に入ります。コイツは対探知偽装持ってませんから超低空で飛びますよ」


 するとシエも狭いコクピットにモゾモゾと顔をのぞかせて……


『フム、ナラソノ“ふりげーと”トヤラハ、私ガ潰シテヤロウ』

「ええ! どうやって……いくらシエさんでもフリゲート潰す程の武器は……」


 大見は「おいおいご冗談を」と苦笑い。

 するとシエは「何を言っている」という顔で……


『ン? 簡単ナ話デハナイカ。乗員ヲ『皆殺シ』ニスレバイイダケダロ? ナニカ難シイカ?』

「み、皆殺しって……い、いやまぁ確かにそうですが……どうやって……まさか乗り込んで白兵戦ですか?」

『ゴ名答ダ。ナニ、ソコデ口開ケテ寝テイルサイボーグフリュト、隣ノペタンコフリュト、私、三人イレバ、三〇フンモカカラン。マカセロ』


 ペタンコフリュと言われて、シエの頭部にチョップを食らわせるリアッサ……リアッサも最近は地球社会のペタンコなる意味を理解したらしい。「アイタ!」とおどけるシエ。

 大見も、まぁ……この常識外れな三人ならなんとかなるかな~ とも思い、わかったとシエのアイディアを採用。

 くれぐれも無茶をするなと言い聞かせて、ゼルフィールドに入った瞬間、対探知偽装状態で、フリゲートへ三人を送り込むことを決める。



 ゼルフィールドへ進入するチヌークTR以下、TR各機。

 大見達八千矛部隊以外は、先行して上陸するように命令する。

 そして大見達は中国フリゲート艦へ……敵はまったくチヌークTRを捕らえていないようだ。

 空間が微妙に歪んだ物体がフリゲートに接近する……


 中国軍フリゲート艦の形式は『054江凱型』

 後部ヘリポート上空数メートルにつけたチヌークTR。


『ヨシ、ソノグライノ高度デイイダロウ』とシエ。

『シャルリ、イクゾ。起キロ』とリアッサ。

『ウ~ン、ハイハイ。よっこらしょ』とシャルリ。


 すると大見がシャルリを見て……


「えっ! シャルリさん、起きてたんですか」


『アハハ、ケラー、あたしはね。目だけ寝て人の話を聞くのが特技なんだヨ』

「はぁ?」


 するとシエが


『心配スルナ、オオミ。コイツハサッキノ話ヲキチント聞イテイル。コノフリュノ前デハ、寝テルカラトイッテ、内緒話ナドハシナイ方ガイイ。クククク』


 特危隊員、全員呆れ顔……やはりこの三人、只者ではない。


 ……チヌークはヘリポートに人気がないのを確認すると、後部ハッチを開ける。

 空中で、モヤモヤした歪みから、ハッチが開いた状態のチヌーク後部のみが、空間にポッカリ開いた穴のように姿を現す。


「では三人とも気をつけて。我々は少しはなれた上空で待機します。カタが付き次第迎えに来ますので」

『アア、視点カメラノ中継デモ楽シンデテクレ。デハ、行ッテクル』


 隊員が降下用ロープを垂らそうとすると、シエが平手で制し、いらないという。

 するとシャルリが先行して、チヌークから素で飛び降りる。

 思わず「うわっ!」と叫ぶ隊員……しかしシャルリは、まるで小さな段差から飛び降りるが如く、スタっと膝を少し折り着地……下で手を振っている。

 それに続き、シエとリアッサも飛び降り、スタスタと着地……みんな「ほぇ~」という感じで、ハッチから下を覗く。

 上空から小さく見える三人は、自衛隊敬礼をして……三人で何かを話し合っているようだ。


「よし、一旦離れるぞ。ハッチを閉めろ。ハッチを開けた一瞬、もしかしたら敵レーダーに捉えられているかもしれん」

『了解。一旦退避します』


 ハッチを閉め、また空間に溶け込むチヌークTR。


 TRの退避を確認すると、三人は少し打ち合わせ。


『デ、どうすんだい?』


 とシャルリ。


『トリアエズ、コノ、“オンナセンシャ”ニ、内部ヘノ扉ヲアケテモラウ。ソシテ、シャルリトリアッサハ、中デ暴レロ。投降ヲシテキテモ、『殺シテ』カマワン。コノ作戦デ、投降者ヲ受ケ入レテモ意味無イカラナ』

『あいよ……って、女センシャって、なんて言い草ダヨ……コンナ可愛いカイラス人捕まえてサ』

『……』

『あ、あによそりゃ……まぁいいや、で、アンタはどうすんだい』 

『外ニ出テキタ奴ラヲ、片ッ端カラ潰ス。ソンナ感ジデ、ブリッジデ落チ合オウ……ブリッジハ、アソコダナ……』

『了解、んじゃ、25フンってところで』


 

 ……さて、BGMは『元カリフォルニア州知事』主演の『捕食者』といったところか。


 シエは両腕にいつもご愛用の鉤爪をシャキっと造成し……カシンカシンと刃を打ち鳴らし……

 リアッサはSIG SAUER P220こと9ミリ拳銃を二挺造成。ロングマガジンで銃身先端部にスパイク状のバレルウェイトが付いたようなリアッサ仕様カスタムだ……クルクルと西武のガンマンのように銃を回している。

 シャルリは特に何も武器をPVMCGで造成していないが、右脚を新体操選手のように大股開いて頭まで上げて、膝をクイクイ曲げて、なにやらウォーミングアップしている。


 三人はお互い目を冷徹なほど鋭くすると……ティエルクマスカ連合防衛総省エリート部隊の顔になる……そして、尋常ではない素早さで散開した……



 

 ……中国フリゲート艦ブリッジでは、レーダーに一瞬だけ映った正体不明の反応に訝しがっていた。

 しかもその反応は自艦直上である。

 艦長はおかしいと何かを察し、部下に外へ出て確認するように命令する。


 兵士が一人、確認のために95式アサルトライフルを持って艦上部に出てきた。この『054江凱型』は、一部ステルス形状を取り入れているので、左舷右舷甲板というものがない。外を見張るには、艦上部に出るしかないのだ……とはいえ、こんな海のど真ん中で何が起こるわけでもないだろうという感じ。

 兵士が海上や、マスト方向をキョロキョロ見渡しながら、テクテクと歩いている。

 別に何も異常はない。当たり前かという表情だ。

 

 兵士はヘリポート手前で止まり、ヘリポートを見下ろす。そしてちょっと一服してサボろうという感じで、懐から煙草を取り出して火をつける。

 しかし、海上で煙草に火をつけるのはご法度。艦上勤務をしていれば常識である。真っ暗な洋上では、タバコの火でさえ、数キロ先から見える。しかし気楽な巡回任務だ。腰抜け日本人が襲ってくるなんてこともないだろう……さしずめそんな風な感じだろう。


 兵士は銃を肩にかけて、タバコを一服すると……


「!!!!……」


 鈍い音を立てて、何かが背中から突き抜ける。声を出したくても何かに口をふさがれて声も出ない。

 彼は自分の腹の方を見ると……刃状のものが二本、体を貫いて、鮮血を噴き出しているのが見えた……

 後ろを見たくてもみえない。

 猛烈な痛みが体に走り……兵士はドサっとその場に倒れた……

 その兵士が気を失う寸前に見たものは、どえらく別嬪な……ハーフのような東洋人女性……


『フッ、コンナ状況デ、タバコヲフカストハ迂闊ナ奴ダ……ソコデシバラク死ンデイロ』


 

 …………


 彼女達が降りたヘリポート格納庫シャッター。

 リアッサがどこかに開閉スイッチがないか調べるが見当たらない。


『ココカラ入レバ効果的ニ掃除デキルノダガ……シャルリ、スマナイガブチ開ケテクレ』

『あいよ、んじゃ、ちょっとどいてナ』


 するとシャルリは、右のサイボーグ脚をクイと上にあげて、腕を胸で交差させ、左脚を軸に「ほぁた!」な感じで右脚をハッチに向ける。

 

『リアッサ、耳塞いどきなヨ』


 リアッサは少し離れて耳を塞いでる。


 すると!……

 なんと、シャルリの右脚が、ガシャガシャとトランスフォームして、足の先端にブラスター砲の砲口のようなものが出来上がる。

 シャルリの義眼から見えるはカイラス語で【粒子ブラスター・波動衝撃モード】の文字。

 そして刹那。


『うらぁっっっ!!!』


 ドォーーン! という音とともに、シャルリの右脚先端から怒涛の衝撃波が発射される。

 同時に、まるでダンボールの板へ大穴ぶち開けるがごとく、艦内へ猛烈に吹き飛ぶシャッターの破片。

 シャルリは反動で片足のまま、ヘリポート側へズササとばかりに下がりながら、足をクイと曲げて衝撃を逃し、バレエのダンサーのように一回転する……そして脚を再びトランスフォームさせて二足で直立……

 なるほど、これが「女戦車」と言われる所以である。


『コイツをあの時の事件で使えてればねぇ……』


 ポツリと漏らすシャルリ。


『ヨシ、ゴ苦労サン。私ハ船内ヲ回ッテ、一掃除シテクル。オマエハ機関部ヲ探シテ、破壊シテクレ』

『あいよ、んじゃ、またあとでネ』

 

 お互いニヤリと笑い、別れる。


 リアッサはそのまま拳銃をクルクル回しながら艦内へ……

 シャルリも艦底部へ向かう階段を見つけて降りていく……



 …………


 フリゲート艦艦内は警報が鳴り響く。

 いきなり艦後方で、どでかい音が鳴り響いた。

 自衛隊の攻撃か! と思うが、レーダーには何も反応がない。

 すると、艦内通信で……


「か、格納庫からブリッジ! リ、日本リーベン軍の奇襲……うわぁぁ!」っと、その声のあと、ドガガガバババという音と共に通信が途絶える。


 艦長は、その「奇襲」という言葉に、「臨検」という言葉を連想するが、まさかこんな何も見えない夜に、しかも、そんなのがどこから湧いて出たのか、と理解不能な状態になる。

 しかし、確かに銃声や悲鳴、怒号がブリッジにいても聞こえてくる。そしてけたたましく鳴り響く警報。


 わけがわからないが、艦長はとにかく「武器を取って、敵を見つけたら排除しろ!」と命令を飛ばす。

 手の空いたもの全員が武器ラックから95式アサルトライフルを取り、艦内へと散らばっていく……



 …………



 『カモがライフル持ってやってきた』という主観のシエ嬢さん。

 艦上部には、95式をもった中国水兵が押し寄せてくる。

 その数、数十人。

 構造物に座って、御御脚組んで座っている。

 おもむろに立ち上がってお尻をポンポンと叩いて、何かを払う……


『ヤットキタカ、オソイゾ……エット、何人ダ?』


 ひふうみぃと水兵の数を数えるシエ嬢。


『ナルホド、マァコンナモノカ。デハ、オマエタチハココデ終ワリダ。ゴ苦労』


 水兵は95式を構えて「おとなしくしろ!」「何者だ!」とか中国語で叫んでいるが、シエ嬢は中国語なんてわかんないし、翻訳する気もないので、水兵の視点で見れば、日本の迷彩服着たやたらめったら別嬪の女自衛官が、ふてぶてしい態度で、腰に手を当てて突っ立ている感じ……そして数十人のライフル持った水兵相手に、ニヤリとにやけると、いつものモデルウォークのような感じで近づいていく。


 そのあまりの堂々とした態度に思わず後退りする水兵。


不妨かまわん! うて!」


 95式を一斉に掃射する水兵。しかし、その瞬間、シエはジャンプ。

 「え!?」と思う水兵。上を見上げると、数メートルはジャンプし、空中を踊るように新造人間のムーンサルトの如く舞って、煙突の壁を蹴る。そして勢い良く水兵向かって飛んでくる……人間技ではありえない光景に、目で追うしかない水兵連中。


 途端に、シエは一人に狙いを定め、着地と同時に腰を低くし、アッパーで鉤爪をその水兵の腹に突き立てる。

 鈍い音と同時に、鮮血がシエの白い日本人モード肌に飛び散る。

 水兵はその信じられないシエの体術に困惑し、大パニック。悲鳴をあげながらシエめがけて銃を乱射。

 彼女は今刺した水兵をグイと突き刺したまま持ち上げて投げ捨てると、すさまじい瞬発力で連中の視界から消え去る。

 無論、上空へ飛び上がったのだが、敵が気がついた時には既に遅し。

 靭やかな大腿でまた一人敵を見定め、正面から相手の首をまたぐように肩車状態。大腿で首を締め上げると、右手に9ミリ機関けん銃を造成して、そやつの眉間に打ち込む。

 そしてその状態から、後ろへ反り返って倒立し、太腿に挟んだ敵を、首の根元から敵集団へ投げ捨てる。

 後方にまわりこみ、シエを撃とうとする水兵に、ナントカ神拳・夢想ナントカのごとく、そそる大腿部をしなやかにソイツの首元に打ち込んで、敵を昏倒させる。

 更に、あまりにも素早いバク転で少し後退したあと、スーツのパワーをONにして、残像でも残すかのように敵に突っ込むと、シエご自慢の鉤爪の金属音が一閃、敵の何人かが、腹を裂かれて、回転して吹っ飛ぶ……


 そして最後に一人残った……


 そいつは銃を捨てて、降参のポースをとるが……


『スマンナ、捕虜ハ取レンノダ。シバシ悪夢デモ見テイロ』


 そう呟くと、敵の眉間に機関けん銃を撃ち込んだ……


 シエさん、こいつらには撃墜マークは付けてあげない。

 鉤爪を霧散させると、艷なモデルウォークでブリッジへ向かう……




 ………………




 ドガガガガと、まるでマシンガンのような銃声が艦内に響く。

 瞬間、悲鳴とともに、リアッサを囲む兵士が死人と化す。

 格納庫から侵入したリアッサは、サングラスかけてスタスタと歩きながら、拳銃をクルクルガンプレイさせて廊下をやってくる敵を二挺拳銃でなぎ倒していた。


 部屋を一つ一つ回りながら進むリアッサ。

 生体センサーを駆使して、隠れた敵も丸見えである。


 しかし、さすがに艦内廊下のような閉鎖空間だと次々に敵が湧いてきて、踊り場のような空間を盾にされるのでなかなか前へ進めない。

 従って、彼女はシエとはまた違ったダストール流体術で対抗することにした。


 彼女は手を上げて降参する素振りを見せる……

 すると敵は踊り場からノコノコ出てきて「銃を捨てろ」と言う。まぁそう言っているのだろうと思った……彼女も中国語はわからない。


 するとリアッサは、二つの拳銃を、思いっきり地面を滑らせて敵方向へ投げる……と同時にスタートダッシュ。

 警戒していた敵は「!!」となって95式をリアッサに向けて放つが、リアッサのダッシュは速い。そして相手の照準よりも素早くスライディングして敵の射線を躱すと、さっき滑らせた二挺の銃に追いつく……すると体を捻って素早く立ち上がり、狭い廊下に固まった敵集団の中へ突っ込む。

 敵は、こんな至近距離だと同士討ちになるので、下がろうとするが、そこへリアッサは、まるで、テトラナントカ党の処刑人の如く、ガン武術のような感じで、至近距離から拳銃を叩き込む。


 ある者にはドテッ腹。

 ある者には眉間。

 ある者には股間。

 ある者には心臓へ……


 バカスカとガニ股開いて、踊るような体術。

 左手が前を撃てば、右手は後ろを撃ち……

 右手が左を撃てば、左手は右を撃つ。

 銃を横に倒して、増援をラピッドファイアでなぎ倒し、

 銃で殴りかかってくれば、拳銃で受け止めて回し蹴り。

 蹴られて吹っ飛ぶところに、コロラド撃ちでキメる。


 そして、ガニ股で、腕をクロスさせて「フゥ~~」と呼気を吐く……


 そんな混戦で数分後……


 ……廊下は死屍累々。壁は鮮血で染まる……

 リアッサも返り血浴びて、すこし苦い顔。


『返リ血マデハイランダロウ……マァ、体感レベル最大ナラ仕方ナイカ……ウェ、アノぞんびゲーム思イダシタ……』


 ここまでやらかして余裕のリアッサ姉……彼女もシエに負けてはいない。

 クルクルと銃を回しながら、ブリッジへ向かう……



 ………………



 機関室を発見したシャルリ姉。

 案の定、敵が守りを固めている。

 シャルリを見つけると、敵は問答無用で発砲。しかし、こんな燃料も積んでいる場所でそんなもの打って、火災でも起こしたらどうするんだと……お前ら、本物の戦死者になるぞと。


 階段を降りた壁際で銃弾を躱すシャルリ。

 

『こりゃとっととカタ付けた方がいいねぇ……』


 シャルリは、手に何かボール状の物を造成する。

 そして、それを敵の方へ投げる。

 と同時にシャルリは左目を瞑る。

 すると、そのボール状の物体は、空中で大きな閃光を放ち、とてつもない光が空間を覆う。


「うわぁぁぁ!」


 所謂フラッシュグレネードだ。

 しかし地球にあるような、一瞬だけ強力な光を発するようなものではない。延々と目潰し用の光が、太陽のごとく強烈な光を放って、そのボールは空中に浮いている。


 左目を瞑ったシャルリは、右の義眼をセンサーモードに変えて、サイボーグな足音を鳴らせながら敵に余裕の態度で近づく。


 目を抑えて狼狽する敵に、シャルリはサイボーグ義手で首根っこ掴みあげ、体に帯電が視認できるぐらいの電撃をそいつに浴びせる。

 

 そして一人を襟元持ち上げて、壁に叩きつけ、

 一人を義足のカカトから飛び出るスパイクで串刺しにし、

 一人を噴進パンチの如く、腕を飛ばしてグーで殴り、腕を戻す。

 ニギニギと戻った腕の感覚を確認していたり……


 ……確かに、女戦車と言われても仕方がない……

 

 眩しいフラッシュグレネードを霧散させ、適当に機関室の衛兵をあしらうと、次にシャルリはまた蹴りの格好をして今度は義足を対物ライフルのような銃身を持った武器にガシャガシャと変形させる。

 ピッピッと義眼で機関室をその格好で見渡す彼女。


(えっと……アレとアレとアレをぶっ壊しゃ、船はもう動かないね……)


 引火物や誘爆と無関係な、エンジンのウィークポイントに狙いを定めると……


 ドンッ!ドンッ! と義足の武器をぶっ放す。

 膝を曲げて反動を吸収するシャルリ。確実に目標を破壊していく。

 するとエンジンは下降気味の音を唸らせて、その動きを止めた……


『ヨシ、これでいいかな』


 そういって振り向くと、背後の階段から、そして通路から兵士がドヤドヤとやって来る。


 シャルリはメンドッチそうな顔をして、今度はM60ではなく、FN社M249―MINIMI軽機関銃を造成し、腰だめであたり構わず乱射。

 こんなところで軽機関銃をぶっぱなす変な容姿の女WACを見た敵は、もう大慌てで蜘蛛の子を散らすように退避。

 しかしシャルリは容赦無い。

 「一人」でも「生かして」は意味がなので、センサーで動体反応を追いながら追跡『皆殺し』にしていく……

 その様子、デデンデンデデン……とかいうBGMがよく似合う。


 中には考えなしに脱出用カッターで逃げようとするものもいたが、さすがにそれをやられるとマズイのでそいつらにもMINIMIを容赦なく浴びせ、掃討する……


 これまた『死屍累々』……THE・ENDだ。


『サテ、コンナものかな~』


 と自分の仕事に納顔。

 するとリアッサとシエから通信が入る。


『シャルリ、今、ブリッジヲ制圧シタ。生体反応ハマダアルカ』

『ああ、シエ。さっき逃げようとしていた奴らも全員ヤったから、これで終ワリじゃないかい?』

『了解シタ。デハ“ちぬーく”ヲ呼ボウカ……リアッサ、オオミニ連絡シテクレ。アト、ココノ“死体”モ、モルグヘ送ルヨウニナ』

『了解ダ……20フンカ、マ、良い出来ダナ。オ互イ腕ハ鈍ッテイナイヨウダ、フフフ』



 ………………



 少し離れた場所で待機する大見達が乗るチヌークTR。

 みんなVMCモニターで、シエ達が送ってくるライブカメラの映像に見入り……ポカーンとしていた……

 

「おいおいおいおい……本当にヤっちゃったよ……皆殺しだ……」


 と隊員A


「しかし……シエ嬢のアレ……なんなんだよ……」

「あんなのと三佐は北海道でタイに持ち込んだって? 信じられね~~~……」

「ありゃ確かに撃墜マークもらうわ……」

「で、あのリアッサさんですよ……俺、あの映画見たぞ……映画のは吹いたけどな……」

「リアルであれじゃん……統計的に弾道を予測するってか? ありえねーーーー……」

「で、シャルリさん……ありゃマジでダメだ……戦隊ヒーローでも勝てねーぞ」

「うむ、ありゃ別次元だな……あの脚はイカン……反則にも程がある」

「女戦車か……使えるな、それ……」


 そんな事を口々にもらす八千矛隊の諸氏。

 自分達も相応の技量意識はあるが、改めてみると……ありゃ別物だと……

 特にシャルリさん……あの人は人型の歩兵直協兵器だと……

 今回の作戦、あの人一人で充分なのではと……


 そしてみんな大見の顔を見る……全員尊敬の眼差し。


「お、おい……なんだよお前ら……」

「三佐……今度はリアッサさんと、シャルリさんでお願いします!……」


 ウース、と全員。


「は、はぁ?!」


 プルプル首を横に振る大見……勘弁してくれと……




 ………………………………




「で、ソッチはどうだ、大見三佐」

『はい。はは、例の防衛総省三人娘がカタを付けてくれました。二〇分です』

「本当か! それはすごいな……」

『ええ、これで背後からの艦砲射撃は回避できます。敵も援軍を要請してたみたいですが、ヴァル式のジャミングが効いているみたいですね』

「了解だ。コッチはもう到着早々交戦状態だ。敵はこんなちっぽけな島に、かなりの兵員を投入しているな……偵察部隊とハチ合わせだ」

『援軍に行きますか?』

「なぁ~に、大丈夫だよ。三佐達は、予定通り敵仮設基地の背後から回ってくれ」

『了解。通信ヲワリ』


 久留米はPVMCGの通信VMCモニターを閉じる。

 彼も、もちろん作戦に参加だ。陣頭指揮を取っている。


 すると、久留米の副官が走ってくる。


「久留米二佐、第一が敵の警備部隊らしき連中を全滅させました」

「そうか、とにかくこっちゃ例のアレだ。相手はホンモノだからな。絶対に障壁装置は切るなと全員に徹底させろ」

「了解……って、みんな切るつもりなんかないですけどね。例の可動繊維なインナースーツもご機嫌に作動しています。展開は速いですよ」


 更に他の隊員が久留米に報告。


「二佐、ちょっとややこしい状況が……」

「ん? どうした」

「沿岸部で、99式戦車が暴れまわってるそうです」


 99式戦車。

 旧ソ連製T72の流れを汲む、中国で開発された3.5世代の主力戦車だ。

 砲塔は独自設計され、ソ連型の丸形鋳造砲塔から、西側で良く見られる角ばった複合装甲砲塔になってるような戦車である。


「ああ、確かそんなのが陸揚げされてたな……こんな小島に戦車なんて、いい標的じゃないか……潰せるだろうそんな奴」

「いや、潰すだけなら問題ないのですが……」

「何か問題あるのか?」

「ええ、実は、交戦した第二の報告ですと……」


 ……なんと、この艦隊の揚陸艦には、中国本土からの入植者が運ばれてきていたらしい。

 

「えっ! な、なんだって!」

「はい。明らかに民間人らしき者がいるバラックを発見したそうです。で、その99式はそのバラックを背に攻撃しているらしくて……下手に攻撃すれば、そのバラックにも被害が及びそうだと攻撃しあぐねているそうで……」

「に、人間の盾を使っているのか……連中は……」

「ええ、明らかですね。敵の行動を見る限りそのようです」

「クソっ!」


 部下が言うには、あきらかに民間人は、今の中国人のように垢抜けた格好ではなく、どことなくド地方の田舎から出てきた感じの者や、他民族っぽいと。


「どうしますか?二佐……まぁ、このまま一緒にヤってしまっても同じですが……結局は『戦死者』と同じになるだけですし……」

「ダメだ。こっちゃそうわかっていても、向こうは真剣なんだぞ。これで民間人ごと一緒にヤって、もしその民間人が帰国したらどう中国中に言いふらすか……まだ『虐殺』だの『侵略』だのと……たまらんぞ」

「ええ、そうでしょうね……」


 久留米は腕を組んで考える。

 その入植者。おそらくガーグ連中にそそのかされてきたのだろうと。

 この尖閣は中国の領土で、これから資源開発するから、良い給料が出て、良い暮らしができるとかなんとか。

 おそらく日本が何もしなければ、資源開発プラットフォームでも持ってきて働かせるつもりだったのだろうと。そして、魚釣に宿舎やら町やら造るつもりだったのだろう。

 で、今やこんな状態だ。日本人の人権意識や良心を逆手に取った人間の盾にしているのだろうと。


「はぁ~……連中ややこしいことしてくれる……仮にその民間人を助けたところで、今の日本じゃ不法入国者だ……裁判かけられて、国外退去。で、中国に送還してもその後行方不明や、自宅軟禁ってところだ……クソッ……面倒な事ばかりやらかしてくれる……ガーグの野郎……」


 いつも紳士的な久留米が、いつになく頭をガリガリかいて、どうしたもんかという表情をする。

 すると久留米は「それしかない」という表情で、PVMCGのスイッチを入れ、大見を呼び出す……



 …………



 大見のPVMCGが音を鳴らす。


「はい、大見です」

『私だ三佐、ちょっと困った事態になった』

「何でしょう二佐」

『実はな……』


 久留米は件の『入植者』について大見に話す……


「え、ええっ?! 本当ですかそれはっ!」

『ああ、第二が確認している。ややこしい事になったぞ。あとどれぐらいで当初の地点に着く?』

「はい、もう5分ほどで」

『よし、作戦変更だ……入植者の場所を送るから、そいつらを『確保』してくれ。『保護』じゃないぞ『確保』だ。相手は理由はどうあれ不法入国者。即ち犯罪者だ、わかるな』


 そう、ここで誤解してはいけないのが、そのそそのかされてやってきた入植者は、理由はどうあれ日本の主観で見れば、立派な不法入国者なのだ。従って犯罪者なのである。


 例えば昔、かの毒ガスをばらまいた宗教の信者連中は、結局その宗教法人が犯罪集団だとわかると、みんながそろって「騙されて入信した」という理由で損害賠償を求めた。

 しかし、現代法では、その「騙されて入信した」というのは実は免罪符にはならない。全てとはいわないが、ならない場合が多々ある。その理由は「騙される前は、信じていたんだろ?」という解釈だからである。即ち、入信当時は「信じて」つまり「自分の意思で入信したのであるから、騙されたという理由は成り立たない」という解釈なのだ。


 これと同じで、彼らは魚釣が中国の領土と思って入植してきた。なのでそそのかされているのだろうとはいえ、自分の意思でやってきたのだろう。

 従って、拉致されたわけでもなければ、強制連行されたわけでもないかもしれない。なので日本の主観では、ただの不法入国者なのだ。

 ただし注意する点がある。

 彼らの中に、どうみても中国系でない民族がいる可能性だ。

 たとえば、チベット人や、ウイグル人等である。これらの民族が含まれていた場合、『保護』の必要があるかもしれない……

 

『……という事だ。よろしく頼むぞ』

「了解です。ヲワリ」


 その通信を横で聞く三人娘。


『こっちのガーグ野郎、エゲつないことをするねぇ……』とシャルリ。

『アア、ニンゲンノ盾トハナ……ヤッテイルコトガ“ガーグ・デーラ”ト同ジデハナイカ』とリアッサ。

『フゥ、コレデ決マッタ……チャイナガーグドモ、遠慮ハイランナ……』とシエ。


(えっ!? 遠慮してたのかよ!)と部隊のみなさん。


「ええ、そういう事です……みんな、聞いたとおりだ。状況変更。敵野戦基地奇襲はキャンセル。我々はこれから『不法入国者』の確保に向かう」


 「了解」と頷く隊員達。三人娘も異議なし。


 大見は思う。


(チャイナガーグか……フフ、シエさんも良い呼称を付けてくれるな……確か、柏木の報告にあったガーグ・デーラとかいう連中、人を強制的に操って機械化奴隷にし、戦闘時はその機械化奴隷を盾にして戦うとか……そんな連中と同じ方法をとるとは胸糞悪い連中だぜ……よし、俺も吹っ切れた。徹底的にやってやる……)




 ………………………………




 柏木とフェルは、彼の執務室にダイレクトに転送し、帰ってきた。ついでではあるが、広い空間を必要としない簡易転送ステーションも持ってきて、彼の執務室に備える。

 これでいちいち羽田の転送ステーションまで行かなくても済む。


 そして危機管理センターへ急ぎ向かう。

 

「あ、フェル。モードチェンジモードチェンジ」

『アット、そうでしたそうでしタ』


 もうマッパがどうのなんて言っていられない。その場で日本人モードになるフェル。

 マスコミの前を走り去る。

 またその時、声掛けが飛ぶが、完全無視。



「総理!」

『タダイマです!』

「おかえりなさいお二人共」


 諸氏、柏木達を待ちわびていたかのように集まる。


「で、先生……その『仕込み』ってやつぁ、うまくいったのかい?」

「ええ、『仕込み』自体は完璧です三島先生。フフ……」


 フェルと顔を見合わせて頷く柏木。

 その二人の顔を見て二藤部が……


「では、報告をお願いできますか?」

「はい。但し、もう少し……そうですね。あと数時間待ってもらえますか?」

「え? 待つ、ですか?」

「はい。その時に……完璧なご報告ができます……」


 二藤部は柏木の目を見る……そして、横に立つフェルの目も……

 フェルはなんとなくフフン顔。

 二藤部は柏木の目よりもフェルのフフン顔を見て……


「ふふ、わかりました。こうなればもうとことん行きましょう。待ちますよ」

「ありがとうございます総理」


 二藤部は、もう今やあのギガヘキサ騒動の時に体験したヤケクソモードになっていた。

 正直ここまできたら、考えても仕方ないという感じだ。

 それよりも今は、尖閣諸島の現状をなんとかしないことには、その次の状況にも大きな影響を与える。


 そんな感じでいると、白木が井ノ崎とともに入ってくる。

 彼は総理官邸の別の場所に設置されている超機密部署『特危自衛隊・情報科』の部屋を行ったり来たりだ。


「総理! まずいですよ!……って、おう、柏木、帰ってたか。丁度いい」


 白木がクイと四角眼鏡を上げて、冷や汗垂らして飛んできた。


「どうしたんだい白木君、そんなに慌てて……」


 三島も少々訝しがる顔。


「どうしたもこうしたも……今、久留米さんからの報告が入ったのですが……連中、とんでもないことやらかしています」

「??」

「入植者を尖閣へ連れてきているんですよ、民間人をです……」


 ……その言葉に全員目をむいて


「な、なんだって!?」


 と声をあげる。

 白木は、先に久留米が考えた「そそのかされてやってきた何も知らない出稼ぎ労働者や、強制的に連れて来られた他民族」の話を彼らにする。

 で、問題はそこではないと……

 連中は、特危相手に、彼らを背にして戦い、人間の盾としていると……


『ソ、そんな!!』


 真っ先に声を上ずらせたのはフェルだった。無論、やり口があの『忌まわしき奴ら』のやり方が脳裏をよぎったからだ。無論ゼルエも同じ。


 すると柏木はフェルの肩を取り「大丈夫だ」という感じで揺すると…… 


「で、白木、久留米さんはもう対応してるんだろ?」

「ああ、大見の八千矛を向かわせて、入植者を『確保』する作戦らしい。でないと、他の一般特危が前へ出れんそうだ……で、総理。そういう事なんですが、久留米さん、許可を求めています……というか、もうその方向で進行し、いつでもかかれるようですが」


 すると二藤部は間髪入れずに


「ええ、現場の判断に任せます。もうこちらがどうこう言える物でもないでしょう。それに……はは……こちらの攻撃は『悪夢』ですからね……最悪民間人に被害が及んでも、なんとかなります」

「わかりました。そう伝えます。では寺川先生。状況が解決した場合、全員逮捕ということでお願いします」

「わかりました。海保へ伝えます」


 すると、フェルとゼルエが「おいおいおい」という顔で……


『エェェ! 騙されて連れて来られた人を『タイホ』ですか!』

『おいおいケラー・シラキ。そりゃあんまりなんじゃねーかい』


 と批判する。

 すると柏木は「まぁまぁ」と二人を制し、なぜ「逮捕」という扱いになるかを久留米のように説明した。


「……という事なんです。なので、もしこれを『保護』とかやっちゃうと、尖閣諸島に主権を持つ日本としては、その主張が弱くなっちゃうんですよ。『保護』なんていうのは、犯罪に巻き込まれたりしたら、何処の国だって国籍に関わらずやりますからね、人道上。なので『逮捕』にしないと、我が国の主権が主張できないんです」


 そして、柏木が言うには……

 このガーグの作戦は、単に人間の盾にするだけでは収まらないという。

 この事を恐らく知っているだろう張は、事態が収拾した際、多分、逮捕したこれら民間人を、日本に『拉致』された……と世界中に吹聴するだろうと。

 そして、逮捕者を帰国させても、プロパガンダな芝居を強要させて『日本に拉致され、拷問された、ウワァ~ン』とかやらせるだろうと。

 そうやって世界から日本を孤立させる作戦をとるかもしれない。

 

 もし、これがヤルバーンのいない世界だったら、こんな中国の与太話を誰が信じるかってなものだろうが、今なら逆に西側先進国でも、中国の尻に乗っかる国は出てくる可能性がある。まずロシアは中国に同調するだろう。

 そんなところを話す。


『ソうなのですか……複雑ですねぇ……』

『ああ、そうだな……しかしガーグ野郎、いちいちムカツク連中だぜ』


 二人は、なんとも言いようのない顔をして、しかめっ面。


「だからさ、フェル。あの話をなんとかモノにして、防波堤を築かないといけないんだよ……地球のパワーゲームを全て弾き返せるぐらいのね」

『ハイです……そっか……マリヘ……』

「あ~!! フェル! しーーーーーーっ!」

『エ、アッア……ゴ、ゴメンナサイです!』


 二人して何か勝手に慌てふためいている容姿を見て訝しがる二藤部達。

 何やってんだと……




 ………………………………




「目標地点上空へ到達。降下開始する」

『了解。三佐、とにかく民間人確保だ。でないとこっちも突っ込めん』


 するとシエが横からVMCモニターを覗きこんで


『クルメ、ソノ“センシャ”モ、私達ガナントカシテヤル。他ノ部隊ハユックリ見物デモシテイロ』

『はは、それがお願いできるならコッチも願ったり叶ったりですが……くれぐれも無理はなさらないように。作戦はあくまで民間人の確保ですから』

『了解シタ』


 通信を切る大見。


「よし、お前ら。打ち合わせ通りテキパキとやってくれ。いいな!」


 全員「了解」と頷き確認。

 後部に側面と、全ハッチに扉を開放するチヌークTR。

 空中に、ポカリと穴が開いたように見える。

 降下ロープを降ろそうとする隊員……を、シエが制する。


『ダカラ、ソンナモノイラント言ッテイルダロウ』

「え? でもシエ嬢、これがないと……」

『ダカラァ……コウスルノダヨ……ホラ、オマエ、チョットコイ』


 シエは適当な隊員を一人呼ぶと、試製14式個人携帯型防弾障壁力場発生装置……まぁ所謂パーソナルシールドのスイッチと、インナースーツのスイッチをONにさせ……


『ホラ、トットト行ケ』


 ボカっと隊員をチヌークから蹴り落とした。


「う、うわわわわ……」


 と声を上げて落ちていく隊員B

 「なな、なにをするんですか!」とビビって下を見る諸氏。

 ……すると、隊員Bは、何かストっと普通に着地してキョロキョロしている。


『ナ?』

「な? じゃないっしょ! そんなことできるなら一言言ってくださいよ!」

『ナニヲ言ッテイル。サッキフリゲートデ見セタジャナイカ……』

 

 そりゃアンタの得意技だと思ったんですよ!とブツクサ言いながら全員パーソナルシールドとインナー スーツのスイッチをONにする。

 見て安全なら、みんなこぞってチヌークから飛び降りる。

 全員、89式小銃に、各種装備もろもろ相当な重量の装備を背負っているが、スタスタと着地していく。


「ひゃっほー」

「うらぁ!」


 どんどんと飛び降りる隊員。

 そしてシエ、リアッサ。シャルリも続いて、大見も飛び降りた……


 着地後はみんな兵士の顔になる。

 今までバカ言っていた顔の眦には鋭さを見せる。


 全員、黙して喋らず。

 手合図でチラチラと指示しあい、各々バディとチームを組んで散開していく。

 インナースーツ……つまり『試製14式個人運動能力強化被服システム』を使用しているので、全隊員の動きは、恐ろしく速い。

 

『(シエさん、リアッサさん、シャルリさん、では私と共に……)』

『(ソンナ……オマエニハ、ミサトガイルデハナイカ……)』

『(シエさぁん……しょーもないこと言ってないで……ホラ行きますよっ!)』

『(チョット待テ、オオミ。シャルリハ、単独行動ヲトラセヨウ)』

『(え? どうしてです?)』

『(コノ作戦デ、アノ『武器女』ハ、オーバースペックダ)』


 するとシャルリはプ~っとして


『(ナンだよその『武器女』ってのはぁ……あたしゃ変なガスマスク付けてないよ)』

『(なんの映画見てるんですか、ハハ……で、どうするんです?)』

『(シャルリニハ、センシャノ相手ヲシテモラウ。イイナ、シャルリ)』

『(あいよ、そっちのほうがめんどくさくなくていいさね)』

『(デ、私ハ敵ヲヒキツケテヤル。リアッサ、オマエハオオミノバディヲヤッテクレ……チナミニオオミハ所帯持チダ)』

『(了解ダ。ソウカ、所帯持チカ……残念ダナ……)』


 こ、の、人、ら、は……とタハーっとなる大見。手を顔で覆う。

 ってか、自分が妻帯者なぐらい知ってるだろと。

 俺は喪女のお守りかと……

 今度多川さんに、シエの喪属性をなんとかしてくれと、進言しようと思う大見。


 冗談もそこそこに、そういうことでと確認すると、4人は散開した……




 ………………




 魚釣島東側沿岸。

 そこから真ん前に見える高台めがけて主砲をぶっ放す中国製99式戦車。

 キューポラハッチからは、戦車兵が身を乗り出して14.5ミリ重機関銃を撃ちまくる。

 そしてそのすぐ背後には、民間人を『退避』させているバラックがいくつも建っている。


「クソっ、ここからじゃ狙えないぞ」


 特危第二小隊隊員が苦虫を噛み潰す。

 こんな戦車、01式軽対戦車誘導弾をもってすれば瞬殺なのだが、その被害が背後のバラックにも及びかねない。そして話ではあの99式戦車には、アクティブ防御システム……つまり、レーザー等の照準装置を妨害する装置が装備されており、それの影響でミサイルが外れでもすれば大変なことになると。


 すると側面から敵歩兵部隊に襲われる。


「チッ」


 すぐさま応戦にはいる第二小隊隊員。と同時に、戦車砲もうなり、至近で着弾。近くの樹木を吹き飛ばす。

 パラパラと土や樹木の破片が飛び散り、己が身に降りかかる。


「うぉっ!」

「大丈夫か!」

「大丈夫だ……障壁装置のおかげだな……さっき銃弾が一発当たった」

「おいおい」


 横では隊員が89式小銃を撃ちまくっている。延々フルオートだ。弾が尽きれば、弾倉をストっと落とし、新たな弾倉が銃に造成される。

 このシステムのおかげで有効な反撃が期待できる。言ってみれば隊員全員が支援火器を持っているようなものだ

 しかし……


「チッ! こんな狭い島じゃここで釘付けだな……」

「引きますか?」


 そう言うと、小隊長のPVMCGに通信が入る。

 

『隊長さん、ここはあたしにまかせてアンタ達はシエの援護にまわっとくれ』

「あ、シャル姉。いま何処に?」

『その戦車の近くさ』


 小隊長は、そう言われると双眼鏡で現在交戦中の敵戦車周囲を覗いてみる。

 目を凝らすと……戦車正面に何やらモヤっとした人影が透過して見える……そして……その人影がピシピシっという電気をまとったかと思うと、カイラス人姿のシャルリが姿を表した。


 刹那、シャルリは99式戦車めがけて猛然とダッシュ。

 敵の戦車長と思わしき兵は、いきなりのカイラス人登場に狼狽しつつ、ハッチを閉めて同軸機銃で応戦。さらには砲を放つ。


『ンなの効きゃしないよっ!』


 シャルリはビュンっと飛び上がると、戦車砲塔に着地。更にサイボーグ義足をガシャガシャとまた変形させると同時に更にジャンプ。


『そらよっ!』


 その足は長い刃状のエネルギーフィールドを形成し、戦車真上からかかと落としをするかのごとく、戦車側面を砲塔上部から履帯まで唐竹割りのように切り裂いた。

 着地した地面までも深く切り裂いて、再度後方へ飛び退くと……

 戦車は砲弾へ引火誘爆を起こし、火柱をあげた。


「う、うわっ……なんだありゃ……すげ……」

「ってか……あれ、マジで戦死じゃないのか?」


 第二小隊の隊員はそんな風に思ったり。


 更に、シャルリは戦車に狙われる。

 敵は二両陸揚げしていた。


 口元を尖らせて、足を元に戻し、すかさず飛び退くシャル姉。

 しかし、応援に来た敵歩兵からも銃撃を浴びる。

 何発かシャルリのパーソナルシールドに当たったようだ。


『チっ』


 すると後方から銃声が鳴り響く。

 第二小隊がシャルリを援護し始めた。


『おいアンタら! シエを援護に行けって! ここは大丈夫だからさ!』

『んなわけにはいかないでしょ、三人ほど残していきます。使って下さい……敵歩兵は引きつけますから』

『ハァ、わかったよ、すまないね。あとでチューしてあげるよ』


 敵戦車はシャルリを集中して狙ってくる。

 背後に回ろうと思うが、そうなると民間人を詰め込んでいるバラックに砲口を向けてしまう。


(なんだいなんだい、あの建物があっても“ホウ”を撃つってかい)


 渋い顔のシャルリ姉さん、やむなしという顔で、御御足のモードを変更。

 フリゲートで使用したブラスターに変形させて片足立ち。

 右の義眼には【粒子ブラスター・収束モード】の文字が映る。

 義眼の照準器がピピピと音を鳴らし、レティクルが合わさると……


 ドシュン! という甲高くも鈍い音と同時に、一直線の閃光が99式を貫く。

 と同時に、閃光は射撃反動に同期して戦車装甲を溶断し、豪快に吹き飛んだ……


『ふぃ~、これでナントカだね』


 高台の方を義眼で拡大すると、小隊の連中が手を振っている。

 シャルリも手を振って返した……




 ………………




『シエ、こっちゃカタついたよ。そっちゃどうだい?』

『アア、今忙シイ。チャイナ兵、遊ンデクレルノハイイガ、数ガ多クテナ』

『そうかい、今、第二小隊のみなさんがそっちに援護へ行ってる。もうちょっときばんな。アタシはコッチに残ってくれた第二の連中と、民間人を確保するヨ』

『了解シタ。タノムゾ……』


 シエ嬢、日本人モードで敵に囲まれて苦戦……なんてしていない。

 彼女は一応囮なわけで、敵の一部を引きつけるのが今のお仕事。


いたぞ!」


 シエを見つけた歩兵が銃を撃ちつつ接近してくる。

 

『ア、見ツカッタ……モーーー』


 シエは口を尖らせてすさまじい動きで敵を捲く。

 相手もシエを取り囲むように迫り、銃を撃ってくる。

 さすがにこの数ではいくらシエでも取り囲まれてしまう。


『ヤレヤレダナ、程ヨク敵モアツマッテクレタカ?』


 周囲を見渡すと、いい具合に樹木が視界を遮り、かつ敵はシエを取り囲むように輪を狭めてくる。

 では、とばかりに、シエは愛用の鉤爪を造成。敵配置が一番薄そうな場所を見定めて突っ込んでいく。

 狙われた歩兵は、まさか自分達のところへ突っ込んでくるとは思わなかったのか、びっくりして銃を乱射。

 しかし夜目の効くシエは彼らの配置など昼間のごとく認識し、暗視装置で視界の狭まった兵士達などたちどころにその刃の餌食にしてしまう。

 しかし……


 シエのPVMCGがアラートを鳴らす。


『ナニ!?……』


 シエハ周囲を見渡す。すると、敵の一人が69式火箭筒……中国版RPG-7を構えているのが見えた。

 その射線を目で追うシエ……もし今自分がそれを避けると、後方の敵兵めがけて着弾する。

 すなわち、マジものの戦死者を出してしまうかもしれない。


『チッ!』


 そう舌打ちした瞬間、69式の発射音が闇夜を照らした。

 シエめがけて飛んでくる円錐形のロケット弾頭。

 シエはやむなしという表情で、PVMCGを咄嗟に操作し、大きな板状の物体を即座に造成させた。

 ドカンという大きな音とともに、吹き飛ばされる人影。その人影は腕をクロスして吹っ飛んだようだ。


杀了吗やったか!?」


 敵兵はガッツポーズで叫ぶ。

 さんざんぱらかき回してくれた日本の女兵士を仕留めたからだ。

 死体を確認するために集まってくる中国兵。


 しかし……


 敵が吹っ飛んだあたりから、何かビシバシと放電するような音が聞こえる。

 何だと警戒し、歩みを止める敵歩兵。

 すると…………のけぞるようにむっくりと起き上がる赤い髪の人影。

 ボロボロの迷彩服3型の中身は……


「女……女巫隊長!!!」


 赤い髪の青白い女性。側面に映える緑の刺青のような鱗模様。

 そして……黄色の縦割れ瞳。

 兵士が叫ぶ。

 全員その瞬間、顔が青ざめた。

 「ま、まさかメルヴェンが介入していたのか!」と、そんな事を口走る兵もいる。

  

『ハァ……アブナカッタ……レイコニ礼ヲ言ワントナ……』


 シエは、以前、泉佐野でヤクザガーグと戦った際、麗子が行ったPVMCGの使い方を参考に、どでかいリアクテブアーマーをPVMCGで造成して69式の弾頭を躱したのだった。


『シカシ……オマエラ……味方ノ射線ヘアンナモノヲ撃チコムナンテ……ドゥスカ? 素人ガッ!!』


 日本語翻訳で怒り狂うシエ。しかし敵は何を言っているかわからない。


『仕置キシテヤル。シバシ因果ノ夢デモミテイロ!』


 シエはインナースーツのパワーを入れると、普段の体術よりも数段俊敏に上空へ飛び上がる。

 敵兵はシエを目で追おうとするが、この闇夜。ノクトビジョンでは視界も狭窄され、とてもではないが、シエを目で追う事などできはしない。

 背後に回られた兵は、首根っこを押さえられて、後ろから串刺し。痙攣して倒れ

 ある兵はシエの回し蹴りに吹き飛ばされ

 またある兵は、十文字に体を切り裂かれ

 そしてある兵は、打ち出した鉤爪に貫かれて倒れる……


 その間、僅か数分……


 すると、闇の彼方からパタタタタと銃声が聞こえる。

 残りの敵はシエへの攻撃を中止し、その新たな敵への対応へ切り替えた……


「シエさん! 無事っすか!!」

 

 先の第二小隊隊員がシエを援護に来たようだ。

 俊敏な動作でシエと合流。シエがダストール姿になり、迷彩服がズタズタになっているのを見た隊員はシエをすかさず背後に置いて庇うように交戦する。


 しばしの銃撃戦の後、敵は撤退していった……

 すると即座に隊員がシエの方を振り向き……


「シエさん、ズタボロじゃないっすか! 衛生!!」

『ハハハ、心配スルナ。コレハソンナノデハナイ。チョット、アノバカドモヲ助ケタ折ニナ』

「え? 助けた?」


 シエは先程の素人中国兵の所業を説明した。


「ハァ……そうっすか……しかし無茶しないでくださいよ……」

『フフフ、シカシオマエ達ハヨク訓練サレテイルナ。アンナノトハ段違イダ』


 シエは彼女の姿を見た瞬間、誤解したとはいえ、背後に置いて、盾になるようなフォーメーションをとった彼らにいたく感心した。


『ソシテ、ヨクキテクレタ。コレハゴ褒美ダ』


 シエは援護に来た隊員に撃墜マークを付けてやる。

 みんな「よっしゃぁ!」とガッツポーズで喜んだり。

 隊員全員、今作戦中は絶対顔を拭かないと心に決める。


『ヨシ、オマエタチ。私ノ指揮下ニ入レ』

「了解っす」

『デハ、オオミ達ト合流スルゾ。状況ハワカッテイルナ』


 頷く隊員。

 そして急造シエ小隊は、部下を引き連れて野戦基地へ向かう。

 全員コンバットスタイル。

 腰をかがめて銃を構え、あたりを警戒し前進……しかし……シエ嬢のみ、相も変わらずモデルウォークで堂々と……


 まるで女王サマである……




 ………………




 大見とリアッサは他の入植者バラックを押さえた隊員と合流し、最後のバラックを押さえにかかる。

 扉の横にかがみ、一人が素早く扉の向こう側へ移動。

 手を伸ばしてノブに手をかけ後ろ手にバっと扉を開けると、屈んでいた隊員が雪崩れ込むように部屋へ入る。

 ライトを照らすと、中にはあまり良い身なりとはいえない東洋人が多数部屋の隅に縮こまって集まっていた。


 見た感じ便衣兵のごとき工作兵はいないようだ。

 今まで押さえたバラックと同じような感じである。

 大見は構えた銃の銃身を下げるようジェスチャーをする。

 彼は中国語が話せる隊員に自分の言葉を翻訳させた。


「我々は日本国の自衛隊です。あなた方は我が国に不法に入国しています。従ってみなさんの身柄を拘束させていただきます。但し、私達はあなた方の境遇も理解しています。従って危害を加えたりするような事はありませんから、安心してください」


 その『入植者』は、コクコクと頷く。まぁ頷くしかないだろう。

 彼らは恐らく尖閣諸島の事など、存在すら知らないような田舎から連れて来られたような人達だと見た目に理解できた。

 しかも……子連れの人もいる。

 なんとなく哀れに感じる大見。チャイナガーグは、なんてことをするんだと苦虫を潰す。

 隊員の一人がその子供に糧食の菓子をあげていた。


「はぁ~っ……人数が多すぎるぞこりゃ……」


 途方にくれていると、軽い銃声が数発響く。


「!!」


 大見が外に出ると、警戒に出ていたリアッサが、男一人ふんづかまえて連行してきた……


「リアッサさん! さっきの銃声は?」

『コイツダ……』


 その男……見覚えがある……


「こいつは……あの漁民じゃないか……」

『アア、ヤッパリ“こすぷれ”ダッタナ』


 その男は今、中国軍の制服を着ていた。

 そして、ボートに乗って沖に出ようとしていたところをリアッサが押さえたという。

 

 大見はそいつを拘束し、バラックの柱に手錠をつなげた……だが……


 ターンという遠い音がしたと思うと……そのコスプレが胸から血を流して倒れる……


『ナニ!』


 大見は咄嗟に


「スナイパー! スナイパー!」


 と叫び、外に出ていた隊員をバラックの中へ一旦下がらせた。


「リアッサさん! ソイツは大事な証人です! なんとか!」

『ワカッテイル、マカセロ。オオミ、オマエハ“すないぱー”ヲ!』


 すると大見はすぐさま何人か隊員を選抜し、一緒に来いと命令。

 隊員は、パーソナルシールドをONにし、敵に堂々と身を晒す。

 しばしの間をおくと……遠い銃声の後、隊員の一人に弾丸が命中。しかしシールドがその弾丸を弾く。

 その当たった方角を確認した隊員は


「三佐、向こうです!」


 瞬間、大見はインナースーツのパワーをONにし、その方角へ俊敏に移動。

 他の部下は位置を予測し、別の方角へ回りこむために散開した……


 リアッサはコスプレに救急救命措置をほどこす。

 バッグから医療用小型転送器を取り出し、中の弾丸を排除。

 出血阻止に細胞結合用ハイクァーンを使う。

 感染症防止には、効果時間限定のナノマシンを注入し

 大量出血には、自衛隊の生理食塩水を使った……


『フゥ……コレデナントカ大丈夫ダ。コイツダケハ死ナスワケニハイカンカラナ』


 すると手伝っていた隊員が


「そうですね。まぁ、こんなふうに消されると知れば、このバカも少しは協力するでしょう。もう国には帰れませんよ、コイツ」


 そん話をしていると、シエにシャルリも合流。

 そして大見も帰ってきた。


『オマエタチ、イッショダッタノカ』


 リアッサが安堵の表情。


『ウム、“ジュウセイ”ガキコエタノデナ。ソレヲ追ッテイタラ、オオミト会ッタ』

『アたしも同じさね』

「ええ、しかし、シエさんのズタボロ姿を見た時、少し焦りましたけどね。まぁ理由はわかりましたが……」


 大見はバラックの方を見ると、顔に藍色キスマーク付けた隊員が、別の隊員におちょくられているのを見る。

 思わずニヤけて首を振ってしまう大見。


『デ、“すないぱー”ハドウナッタノダ?』

『ああ、合流した時に、オオミのダンナが既に始末していたヨ』

『ソウカ、デハ……』

「ええ、作戦は成功です。で、リアッサさん、コスプレは?」

『アア、モンダイナイ。既ニ治療ハ施シタ』

「はは、すごいですね……陸自にも欲しいな、その救急キット」


 しばしそんな感じで状況確認していると……久留米から連絡が入る。


『三佐』

「はい。大見です」

『状況はどうだ?』

「ええ、片付きました。入植者もコスプレも確保しました」

『コスプレもか! それはいい感じだ……了解、ご苦労だったな。今、空飛んでる小川一尉から連絡が入ったが、敵の陸上部隊、撤退を開始したそうだ』

「そうですか!」

『ああ、他の小隊も頑張ったからな』


 その連絡を受けて、シエにリアッサ、シャルリも笑顔になる。


「では、あとの仕上げは……」

『うむ、HGS隊と、浮動砲隊、出番がないってスネてたからな。後は彼らの好きにやらせるさ』

「ですね……」

『よし、ではTRをそっちに回す。確保した民間人を乗せてその場に待機してくれ。我々もすぐに向かう』

「了解」

『あ、それと、民間人には食事を与えてやってくれ。まぁ、不法入国者とはいえ、彼らも知らずに連れて来られたんだ。そのあたりは、な……』

「ええ、わかっています。では」


 結局、久留米達を待つ間、軽く尋問して大見が民間人の民族構成を調べると、やはり全員日本の事すら知らないような田舎の出稼ぎ労働者だった。

 そして中にはやはりチベット人とウイグル人もかなりの数が混ざっていた。

 ここに来た境遇を聞くと……やはり……いわずもがなであった。

 彼らはすぐに『逮捕者』から『保護』へ変えて、難民として扱うことにした。

 しかし、他の民間人は、こればかりは日本の法に定める扱いをしなければならない。

 難しいところである……




 ………………………………



 その後、所謂シエ命名の『チャイナガーグ』は、陸上部隊を撤退させたものの、まだ反転攻勢の姿勢を崩さない。

 連中は、揚陸艦を後退させ、沖に停泊させているフリゲート艦や駆逐艦を前に出し、魚釣島に艦砲射撃を加える様子を見せる。

 ガーグ的にも、この方法は本来最終手段だったのだろう。恐らく上陸させた陸上部隊で、島嶼作戦能力も未熟な日本の『陸上自衛隊』など簡単に潰せると思っていたはずだ。そして米軍が出てくれば、東海艦隊と北海艦隊を動かして脅せばいいと思っていた。


 しかし、完全な誤算だった。

 陸上部隊の報告では、日本軍は恐ろしく作戦展開が早く、武器弾薬量も想像を絶するほど豊富で、突出した戦闘能力を持つ兵が少なからず存在し、普通ではないと。

 それも当たり前である。彼らが戦ったのは『陸上自衛隊』ではない。ティエルクマスカ技術の装備を所有する『特危自衛隊』なのだ。

 結果、彼らもガーグとはいえ中国軍だ。この無残な敗北で帰国するわけにはいかない。

 最終手段の艦砲射撃を行う選択を取った。


 南海艦隊各艦、島に並列に並び、速射砲の砲身を島へ向ける。

 砲撃準備完了……



 しかし、その時……


 敵駆逐艦の聴音手が異様な海中音を捉える。

 聞いた事もない音だ。

 しかも艦隊に接近しているという。


 そして……


 

 魚釣島では、隊員全員高台に上がり、そして民間人はTRに乗せて空中待機させ、その様子を見物する。ちなみにコスプレはもう大丈夫そうなので、縛り上げている……


『オ! きたきたきた!』とシャルリが子供のようにはしゃぐ。

『ウム、コレハナカナカ壮観ダ』とシエさんも目を見張る。

『ナルホド、アアイウ戦法モアルノカ……』とリアッサさん。彼女も今はダストール人モード。


「はは……こりゃ……話には聞いていたが……」とその後の言葉が出ない久留米。

「ええ……柏木が見たら、狂喜乱舞でしょうね。動画とっておきましょうか?」と大見。


 他、隊員のみなさんも「ヒャッホー」やら万歳三唱する者やら、日章旗を振り回して喜ぶものやらとお祭り騒ぎ。

 彼ら、そして不幸なチャイナガーグが見たもの……


 魚釣島沖の大海原が、大きく盛り上がる。

 まるで大量の海水を持ち上げるように『海の山』が出来上がる。

 その山はすぐに崩れ落ち、海水の塊から姿を表したもの……それは……



『宇宙空母 カグヤ』だった……



『海面浮上完了シマした』

『艦体各部異常ナシ』

『耐圧事象可変シールド解除』

「14式浮動砲。コブラHGS各機出撃準備完了」

「F-2HM 尾崎一尉、垂井二尉、発艦準備」

『航空管制システム問題ナシ。ケラー・タガワ、指揮をお願いしまス』

『左舷副兵装台座におーとめらーら砲造成完了。トウドウ副長に指揮を移譲シマス』


『ヨシ、諸君ご苦労。ではケラー・タガワ。トウドウ副長。あとは頼みます』

「了解です艦長。感謝します……よし、尾崎、垂井、行って来い!」

「127ミリ速射砲、南海艦隊に照準合わせ。実弾モードで威嚇射撃よぉ~い……テっ!」


 大海原から巨大な怪獣の如く浮上したカグヤ。

 即座に戦闘態勢を整えて、南海艦隊に襲いかかる。

 藤堂は127ミリゼル造成砲を『実弾』で斉射。わざと外し、威嚇射撃。

 甲板からは、10式戦車改造の試製14浮動砲が浮遊滑走し、海上へ艦前方から飛び込んでいく。

 そして、海上を浮遊して疾走し、敵艦隊へ襲いかかる。

 コブラHGSも離陸。浮動砲へ追随し、敵艦隊へ。

 F-2HMも発艦。斥力機動VTOL戦闘で対艦ミサイルを……もちろん『悪夢』で敵艦へ叩き込む。


 南海艦隊はこの状況に右往左往。

 彼らも目標をカグヤへ変更して速射砲にミサイルを発射。

 しかしカグヤにいくら撃っても空中で砲弾、ミサイルが爆散してしまう。

 一方艦隊の方は、海上を驀進する変な戦車みたいなのやら、ローターのない変なヘリコプターみたいなのやら、どうみても通常戦闘機なのに、VTOL飛行で浮遊する戦闘機やらの集中攻撃を受けて次々に火の手が上がる。


 それはもう数十分の出来事だ。勝敗は一瞬にして決した……

 まさに奇襲。

 ドデカイ空母が海中から浮上して、機動兵器で総攻撃なんて、どこの誰が想像するだろうか。

 カグヤは中国の潜水艦も、この海域に来るまでに……はっきりいえば何隻かは行動不能にしてやった。

 今頃は浮上して母港へ逃げ帰っているだろう。


 藤堂は、自分で指揮しながらも、この圧倒的な攻撃力に震えていた……


「どうですか? 藤堂将補。これがカグヤですよ」

「た、多川一佐……こ、こんな船……アリなのですか!?」

「アリも何も……これが例の『柏木大臣』が、彼の国からもらってきた日本への贈り物です……そして、ティ連さんや、イゼイラの日本への誠意だそうですよ」


 言葉が出ない藤堂。

 首を横に降って信じられないという表情。

 藤堂は、柏木の考えたあの特務艦『いずも』ですら、相当に荒唐無稽でぶったまげ、その指揮が楽しくて仕方なかったが……このカグヤはそんなものの比ではない。


「多川一佐……あなた、これに乗って宇宙から帰還したんですよね」

「ええ、まぁ……」


 頭をポリポリかく多川。

 藤堂は両の手を腰に当てて、口元歪めてまだ首を横にふる……しかし、これで彼の決意も固まったようだ……


「ティラス艦長……ニヨッタ副長……」

『はい』

『何でしょうケラー』

 

 藤堂は二人に敬礼し「何卒よろしくご教示をお願いします」と話す。

 ティラスにニヨッタもニコニコ笑って。大きく頷いた……


 そして、最後はティラスが締めにかかる……


『通信担当。敵艦へデンパ周波数を同期させてくれ』

『了解……コクサイ緊急周波数に合わせました……どうぞ艦長』


 ティラスはゴホンと咳払いを一つし……


『チュウゴク南海艦隊ニ告げる。コチラはティエルクマスカ銀河連合、ヤルバーン自治区所属の『宇宙船』カグヤである。貴国は我がヤルバーンの地球圏における日本政府ヨリ認可された調査活動を多大に妨害していル。日本国領内でかような理不尽極まる武力行使は、我がヤルバーン自治体の活動にも甚大な影響を及ぼすものであり、明確な我が自治体への主権侵害行為と認定すル。従って、我々も貴艦隊に対し、自衛権を行使する必要を認め、同じく当該地域に主権を主張するニホン国政府に自衛行為において協力するモノである。我々はコレ以上の戦闘行為は望まなイ。従って直ちに本地域より退去せよ。貴艦隊は、帰国途上で、我々のかような警告を認知する事になる。その警告を真摯に受け止め、以降同行為のないようニ警告する。さもなくば、貴艦隊が体験した『悪夢』は現実のものとなると覚悟せよ……以上』


 通信を終えたティラス。

 彼は多川や藤堂、ニヨッタと顔を合わせて首を傾げ、眉を動かす。

 みんなクククと笑っていた……


 



 ……島でその様子を見る陸上科隊員は、やんやの大騒ぎ。

 もう圧勝という言葉すら当てはまらない一方的な状況に歓喜である。


 火の手が上がった南海艦隊は、次々に撤退を開始する。

 全艦、南シナ海方面へ進路をとって退却を始めた……


「よし、連中撤退を開始したな……ではモルグの死体を、彼女達がぶんどってくれた船に乗せるか」


 最後の仕上げという感じで、首をコキコキ鳴らす久留米。


「しかしティラス艦長、言いますね……ククク……」

 

 大見も吹き出しそうになる。


「なぁ三佐、これで柏木さんのご希望通りな事をやったわけだが……大変なことになるぞこりゃ……」

「ええ、しかしあのバカは、そうなってほしいみたいな事言ってたみたいですしね」

「ああ……この後どうするんだ? あの御仁」

「なんでも、『張主席に嵌められた』って、えらいキレてたって白木がいってましたが」

「キレた柏木さんか……やだぞ俺はぁ……」

「知りませんよ……こっちゃ命令に従うだけです」


 確かになと納得する久留米。さてどうなるものかと沸かしたコーヒーを一杯すすった……

 


 その後、南海艦隊は悪夢から覚める。

 死者が出て、船は燃え上がり、かろうじて航行できる状態で必死に退却を始めた。

 そして、音信不通だったフリゲートも追いついた……が……その船は無人で、しかも船の甲板や上部、船内には大量の死体が置かれていた……

 全員吐き気を催す。

 しかもその死体は島で戦死した者も含まれており、なぜにこんな船に積まれているのかと不思議がった。



 が……



 船が尖閣諸島の接続水域を出た途端……火災はウソのように鎮火し、霧散して消え、船体の損傷はこれまた霧散して消え……船内で黒焦げになって戦死した者が、火傷痕が消え去って意識を取り戻し、死体袋が動き出して、何事もなかったように中から生者が姿を表し……フリゲートに満載され、無人でやってきた死体の山が、普通の意識を失った『人』へと戻り、血まみれの甲板がウソのように綺麗になって……まるで何事もなかったかのような状態になる……


 この状況に艦隊員、全員恐怖した……

 むしろ普通に戦闘するよりもPTSDにでもなりそうな状況だった……

 中には魚釣島は悪魔の島だとでもいいたげな兵士もいた……


 そう、これが本作戦。

 北海道で行った演習での仮想空間システムを大規模に使用した……『夢魔作戦』であった……




 ………………………………




 作戦成功が官邸本部に伝わる。

 全員安堵の表情を浮かべる……歓喜より安堵だ。

 しかし、みんな握手をしていた。


「はぁ~……終わった……オーちゃんに久留米さん、多川さん、藤堂さん、シエさんにリアッサさん、シャルリさんティラス艦長、ニヨッタさん……みんなに感謝感謝です。ハイ」

 

 恐縮しまくりの柏木大臣。

 んで……


「で、先生よぉ……ご希望通りの作戦、やったわけだが……大変だぞぉ、この後……」と三島。

「そうだぜ柏木ぃ……もうオメー、日本の機密やら隠し事を大バーゲンセールで全放出だ。どうすんだよ……」と白木。


 新見も腕くんで上目遣いで柏木を見る……でもニヤニヤしている……

 ゼルエも同じような感じだ……


 二藤部が……


「柏木先生、私も、もう腹は括っていますが……この後の対応策は……例の件とみていいのですね?」

「はい総理。フフ……私も覚悟キメていますが……ここからが本番ですよ」


 頷く二藤部。三島や白木、井ノ崎も同じく。寺川は少し訝しがる顔。


「まぁ……そうですね……こんな状況になってしまったら、もうある意味、張主席に感謝しませんと……」


 え? という顔の諸氏。どういう意味だ? と……


「フェル……もうそろそろじゃないかな?」

『ウン、確認をトッテみま……』


 とフェルが言おうとしたその時。


『コンバンはぁ~……』


 と見たことない綺麗な日本人女性がセンターへ入室してきた……


『ア、ファーダ。いたいた』

「ヘ? ど、どちらさまで?」

『私デすよ、ヘルゼンです』

「ヘルゼンさん! ありゃりゃ、いやはや……日本人姿もなかなか……長谷部さんもドッキリですね」

『やだーー』


 柏木をベシっと叩くヘルゼン。


『ウフフフ……ヘルゼン、あなたが来たということは……もしかして?』

『はい、これをヴェルデオ司令からお預かりしてきました……』


 柏木はヘルゼンから立派な書簡を預かる。

 彼はその書簡に一礼。

 

「柏木先生……それは?……」


 と二藤部。


「……総理。お待たせしました……これがその『仕込み』です……今後の大きな『防波堤』というものです……どうぞ……」


 柏木は二藤部にも一礼して、その書簡を渡す……

 二藤部はその封を傍らにあったカッターで切り、中身を取り出す……

 三島や白木、新見……諸氏もその書類を覗きこんだ……


 そして一読……しばしの間……

 ・

 ・

 ・

 ・

 

「……なっ!!!…………」思わず息が止まる二藤部。

「お、おまっ!……こ、これ…………!」とアウアウになる白木。

「……!! 柏木さん! あなたこれは!」とさしもの新見も予想外な内容。

「え…………こ、これってどういう意味?」と状況が飲み込めない寺川。

「…………」無言になる井ノ崎。

「クックックック……先生ぇ~……これって、俺が前に言ったことじゃねーかい、がはははは!」と思わず爆笑の三島。

『ガハハハ! そうか、そうきたかいケラー。フフフ……こりゃ傑作だ! いいねぇ……』と愉快痛快なゼルエ。


 センター内みんなでその書簡を回し読み。

 全員腰を抜かすわ、驚くわ、笑うわ呆けるわ……


 その様子をしたり顔で見る柏木。

 フェルは彼の顔を見てニコリと笑う……そして机の下から手を這わせて、彼の太腿に置く。

 柏木もその手を握り返してやった……




 ………………………………




 その後の中国の動きは早かった。

 やはり柏木が予想したとおりに近い動きを見せた。

 ニュースでは、大量の軍幹部が逮捕された。理由は『反動的行為』『国家反逆罪』

 柏木は、この時点で中国のガーグ……チャイナガーグの恐らく『取込派』は壊滅したと確信した。

 『排除派』もただでは済んでいないだろう。


 そして張が主導権を握った……まぁ所謂マトモな……というかそれまで通りの中国。


 数日後、次は白木達が予想した事が、遅れてやってきた。

 しかも輪をかけて……


 チャイナガーグが記録していた『夢魔作戦』を、全世界に公開したのだ。

 世界もそれほど鈍感ではない。米国を通じてただならぬ尖閣諸島の状況は伝わっていたが……その映像を見せられると只事ではないと。

 つまり、日本とヤルバーンが結託して軍事行動を行ったと吹聴した。

 『日本の平和主義に反する行動だ』『人類の裏切り行為だ』『明確な集団的自衛権行使だ』と……

 そして、実際は死んでもいないのに、あの時のフリゲートに積まれた大量の死体を撮影した映像を公開しまくった。

 さすがにシャルリやシエ、リアッサなどの個人戦闘映像は撮っていなかったみたいだが、それでも特危が所有する変た……いや、超高性能兵器も撮影していたみたいで、そのSFじみた日本の兵器も公開した……その映像、これがその証拠だと。

 更に……カグヤの浮上映像にティラスの勧告。


 もうそれは世界中がひっくり返った。

 そして、日本とヤルバーンの真の関係を、世界はやっとのことで確認できた。

 言ってみれば、各国ある程度は予想はしていたのだ。しかしいざそれが現実のものとわかると、やはり脅威である……


 ではどうなるか……


 またあの時の再来だ。

 中国は、日本を対象に、国連安保理開催を要請した。

 その内容は……




『ヤルバーン自治体の地球外退去命令』




 しかし、日本もそんな展開になるのはお見通しである。

 そして逆に柏木は、中国が行うその行動を待っていた……



 そんな状況の日本。

 二藤部は尖閣の行為で、集団的自衛権の行使やらで批判を受けたり、尖閣を守った名宰相と賞賛を受けたり、ヤルバーンはヤルバーンで、軍事力の行使に批判を受けたり、日本領土防衛に協力してくれた友人と賞賛されたりと、右に左に中道からネトウヨ、サヨ、でんぐり返したような世論の中……


 緊急記者会見を行った……


 NHKのカメラに映るは、桐花紋章の演壇と並んで、イゼイラ紋章の演壇。

 

 いつものようにデカデカと……


【首相・ティ連大使 共同緊急記者会見】という文字が映し出される。

 そして何よりもヴェルデオが公式にマスコミの前で記者会見を行うのは初の事だったので、彼らも最高の人員で臨んだ。




 NHKのアナウンサーは話す。




「首相官邸から中継です……先の、中国による我が国の領土、尖閣諸島を、中国がいう所謂『反動勢力』が、侵害した事件について、中国政府の対応に対し、本日、この件についての二藤部内閣総理大臣と、ヴェルデオ・バウルーサ・ヴェマ ティエルクマスカ連合大使の共同記者会見が行われる予定です。現在、会見予告時間を10分過ぎておりますが…………」

  





 そして二人が、カメラの前に姿を表す……






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