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銀河連合日本  作者: 柗本保羽
本編
53/119

-32-

 ヤルバーン日本国治外法権区・防衛省技術研究本部ヤルバーン研究所。


 かの交流事業で、日本政府がヤルバーンの大使館化に尽力し、そして後の領土租借、国交を結ぶまでに至る事業で、ヤルバーン側からそのお返しとして得ることが出来た貴重な異星人技術研究機関の、数ある内の一つである。


 この治外法権区には、在ティエルクマスカ―イゼイラ第一日本大使館と呼称される施設と、その敷地の下層に、かなり広大な面積の治外法権区画を、日本はヤルバーン側から租借させてもらっている。

 その下層区画にヤルバーンから提供されたティエルクマスカ原器や、その他技術物件の研究を行う各機関が軒を並べているのである。


 ……ちなみに第二大使館というものもあるが、これはイゼイラタワーにある、現在サンサ達に運営してもらっているあの大使館エリアのことである……



 さて、そんな場所にある『防衛省技術研究本部ヤルバーン研究所』

 この略称『ヤルバーン技本』や『ヤル研』と呼ばれる研究所では、彼らから提供された技術を利用した、自衛隊向け防衛装備品の研究を日夜行っているわけである。

 このヤルバーン技本にいるオタ……いやいや……優秀な技術者、研究者達がこれまでに出した成果品は、以下の通り。


1)ハイクァーン造成制御ソフトウェアシステムの独自開発。


2)1)の成果で出来た、ヴァズラー型機動兵器のマイナーチェンジ版造成。所謂『日本版ヴァズラー・XFAV-01』


3)Fー2戦闘機に装備できるVTOL斥力ジェネレーターユニット。


4)10式戦車のクローラーを換装できる空間振動波ジェネレーター


5)ヘリコプターのローターと換装できる空間振動波ジェネレーター


 ここまでは既にこれまでいろんなところで見ることができた成果である。

 安保委員会資料や、多川一佐の乗機として、他、イゼイラの観兵式などで……等々。

 

 だが、彼らはそれまでにもまだ安保委員会への公開へは至っていないものの、いろんな装備品を研究開発して遊んで……いやいや、日本国の安全保障のために研究していたのである。


 現在、未公表研究装備品としては……


6)ゼルクォートを使用した、仮想造成弾倉及び弾頭発射システム。

 これで、慢性的な自衛隊の弾薬貧乏を解消しようと狙っている。


7)演習用アグレッサー・ゼルシステム。

 演習で仮想敵をゼルシステムで造成し、戦うことの出来るシステム。

 北海道の演習から発想されたアイディア。

 組織戦闘時の撹乱作戦への転用も研究されている。


8)ヘリ搭載護衛艦用、トラクターカタパルトシステム。

 ティエルクマスカ艦艇船舶に装備されているトラクターフィールドを航空機発着艦専用のシステムとして、該当艦艇に装備できるようにするシステム。

 このシステムを装備することで、『ひゅうが』『いずも』などの空母型護衛艦はもとより、護衛艦『しらね』『こんごう』のような、ヘリ一機分の着艦スペースしかない護衛艦や、『おおすみ』型輸送艦等にも戦闘機を発着艦できるようにすることを狙った装備である。

 これで、内地から飛来する空自戦闘機等を、たとえ一機のみでも離発着させることができ、艦隊で運用することで、艦隊自体を一時的に空母化させることを狙った装備であったりする。

 他、航空自衛隊でも、小さな空港を基地化できるということで、期待されている研究でもある。

 

9)個人携帯型防弾障壁力場発生装置。

 いわゆるパーソナルシールドであるが、PVMCGのようなリストバンド型ではなく、ボディアーマーのように装着する形になっている。

 いかんせん日本の自衛隊は世界で最も死傷することが許されない戦闘集団である。その理由は……世論がうるさいからだ。

 なので、この装備の量産化を、現実問題として今現在一番進めていたりする。 


10)個人運動能力向上強化被服システム。

 フェルら調査局員がいつも標準的に着ている、インナースーツのような運動能力を補助強化させる『可動繊維』なる技術で出来た一種の簡易ロボットスーツの事だが、これも自衛隊的には欲しい装備だ。9)の項目と併せて研究が進められている。


 ……という感じで、日夜寝る間も惜しみ、遊……いや、研究している技本のみなさん。

 そんな技本のみなさんは今、会議室……という通称の、ヤルバーンにある居酒屋『ぼだ~る』で討議中だった。

 ……ちなみにここは政府職員しか利用できない場所にあるので、機密が外部に漏れることはない。


 有線放送が流れ、そこらじゅうで『ヨロコンデ~』とかいってる日本人やイゼイラ人のいる店内。

 そこで乾杯の声が響く…… 


「……で、みなさん、今回ですな……例の台風災害でXFAVが活躍してしまったり、カグヤと陸自ヘリ部隊が連携してしまったりと、そんな感じで事実上もうヤルバーン技術の機動マシンが全世界に知れ渡ってしまった訳なのですが……先程届いた本省からの情報で……まだ公表はしないという前提ではあるんですけど……秘密裏に、第四の自衛隊組織を設立するかもしれないという通達がきたんですわ……」


 ある技本技官が話すと、飲みか……いや、会議参加者はざわめく。


「どういう経緯の話ですか? それは……」

「ええ、総理周辺や、井ノ崎大臣と、柏木大臣らが討議した結果だそうです。今災害でメルヴェン部隊が色々と活躍してくれたわけですが、その結果、ヤルバーン―メルヴェン隊のキャパシティでは、やはりいくら彼らの科学力が優れているとはいえ、このような大規模災害ではやはり、手がまわらないところがあるということでしてな。今回は災害という形でしたが、有事は災害だけとは限らないということで……まぁそういう感じで、彼ら「の」補佐、もしくは彼ら「が」補佐してくれる正規の本格的組織を日本にも作ろうということになったそうですわ……」


 「ほぉ~……」と唸る諸氏。


 で、その際に、即、ある程度数を揃えられて、その組織に優先して支給調達できる装備が、現在研究中の物件で何か無いか? という安保委員会側から要請があったので、そのあたりをみんなで討議しようという話しらしい。


「……となると……とりあえずはXFAVー01ですな」

「ええ、あれは幸いイゼさんが何機か量産してくれたみたいですし、あれを使わない手はないでしょう……」

「となると、『XFAVー01』という仮称も何ですなぁ……何か正規の呼称を付けないと……」

「最低限我々身内だけでも通用する名前ですな」

「ええ」


 ……んなもん後でいいだろと思うが、技本のみなさんの感覚ではそんな話が優先で進んでいく……ちなみに明日は休日なので、みんな酒が旨い。


「ヴァルキリーなんてどうですか?」

「いやぁ、気持ちは解りますけどぉ……その名前はどう考えてもマズイのでは……コンプライアンス的に……」

「え? なぜです? 私は『ノースアメリカンXBー70』の呼称から拝借しようと……」

「……そういう言い訳をしますか……」

「う~む、私はゼロという名前を付けたいところですが……」

「いやぁ、それも最近は考えもんですよ……それをやると、バレた時に戦時アレルギーな政党がウルサイですよ、あの国なんかも……」

「ってか、ゼロのつく年なんか、まだだいぶ先のことですよ」


 ……真面目にやれと。


「ははは……そこんところですが、この議題の話をかの先生に話したら、良い名前を持ってきてくれましたよ」

「ほう、どんな?」

「『旭光きょっこうⅡ』だそうです」

「ほーーー、『旭光』ですかぁ、懐かしい名前ですね」


 『旭光』……航空自衛隊初の実用配備ジェット戦闘機である『ノースアメリカンF-86セイバー戦闘機』の自衛隊版正式呼称である。

 朝鮮戦争で旧ソ連製のMig-15と死闘を演じた名機で有名。その後西側諸国の多くで採用された……日本を襲う怪獣ドモにボコられた機体でも有名だ。

 その名を持ってくるとは、かの『先生』に対し、自分達と同類の匂いを感じる技本スタッフの諸氏……おそらく同志認定したと思われる。


「では、それでよろしいですな?」


 一同納得。ってか、早い話が体裁まとまれば何でもいいという感じ。


「で……他には例のF-2HMハイパーマニューバーですな……あれもユニットモジュールさえ取り付けられれば、数機分は稼動させられますよ」

「ゼルシミュレーターでは特に問題はでていないという話ですが……」

「それでも実機テストをしたいのですけどね、これがなかなか……マスコミや他国の目もありますしなぁ……」

「見てくれは、ほれ、例の『F-2・スーパー改』に似ているから、なんとでも言い訳はきくでしょう」

「その線で押して、テストしてみますか?」

「ですな」


 F-2HM……以前、ヴェルデオ達が見た、F-2のパイロンにズングリな繭状の斥力発生システムを取り付けた機体を、あれから更に改良した機体だ。

 とはいえ、ユニットモジュールを小型化、形状を改良して、パイロンから機体上部に移設しなおしただけのもので、F-2自体にはコクピット周りの操縦・操作システムの一部追加以外は、特に手を付けていない。

 その姿は、かつてロッキード・マーチン社が売り込みに来た『F-2・スーパー改』という機体を、さらにイカツくしたような容姿をしている。

 この機体には改良強化の結果、件の『斥力発生システム』の他、『高機動可変力場』というシールド技術を応用した装備も備えており、ヤルバーン技術を、地球世界で政治的にも実用的に使える装備として考案されていたものだ。


「残るは……あの三つですな……」

「以前から陸自さんにせっつかれてるあの装備ですね」

「ええ、あの装備は陸自さんとしては喉から手が出るほど欲しい装備でしょうからなぁ」


 その三つとは、先の『個人携帯型防弾障壁力場発生装置』『個人運動能力強化被服システム』『仮想造成弾倉システム』である。


 なんせ日本の自衛隊員は、戦死することが許されない。死ぬどころか、海外派遣先でカスリ傷一つ負ってもニュースのトップ記事になる始末である。

 そういった政治的な側面もあるが、実務的な側面としては、第二次大戦以降、陸海空の兵器の中で、実は陸の兵器に関する技術発達が一番遅れているという理由がある。

 個々の機械技術の発達や素材の発達はあったが、革新的な兵器用兵の発達というものは、空海に比べて戦後そんなに発展発達していないのが陸戦装備・兵器なのだ。

 特に歩兵用装備はその顕著たる例である。

 この兵器の発達を計る時、最もそれがよく分かる指標が、キルレートという奴である。

 例えば、極端な話をすると、第二次世界大戦時のPー51戦闘機と、現代のF-22戦闘機が戦ったらどっちが勝つか?と言われれば、そりゃ100パーセントF-22が勝つだろう。

 しかし、第二次世界大戦の米軍歩兵と、現代の米軍歩兵が戦えばどっちが勝つか? とその確率を言われると、現代米軍歩兵が常に有利だとは一概に言えない。

 それが一概に言えるなら、今頃米軍はイスラムゲリラなんざこの地球から駆逐しているはずである。


 ある統計によると、歩兵が戦場で最も恐れる物はなにか?という問いに対して、歩兵という兵科に就く者はこう答えているそうだ。

 戦車や戦闘ヘリ、航空機、最新鋭のミサイルといったものは、その存在自体に対しては、そんなに恐れてはいないらしい。

 なぜなら、目標が発見さえできれば、回避のしようがあるからだそうだ。

 彼らが一番恐れるのは、そんな兵器から飛んで来る『榴弾』の破片や『爆弾』の破片、砲撃の『着弾』等で飛び散るコンクリートや自然石等々が砕けた破片。所謂『破片』というものを一番恐れているという。

 この類は予測不可能な場所から飛んで来て、逃げようがないので回避防御するのが難しいのだという。

 その次に怖いのが、銃撃戦や狙撃兵の攻撃だという。これも戦車や戦闘機の攻撃に比べたら、ずっと予測ができない攻撃なのだという。

 逆に言えば、これらの攻撃を効果的に回避・防御できる装備か何かがあれば、戦場を一変させる画期的な歩兵装備となる……

 破片や銃弾程度の物を効果的に防御し、戦車や攻撃機の追尾追跡をかわせる個人装備……

 しかし第二次世界大戦以降、科学技術が相当に発達した現代でも、これがなかなかできないのが現実である。というか、事実上現代の技術をもってしても不可能に近い。

 米軍で外骨格型戦場用ロボットスーツの開発も盛んだが、仮にそれが完成したとして、どのぐらいの配備が見込めるだろうか? はなはだ疑問である。

 現在の地球では、結果的にそれが無人兵器の開発へ繋がっている。


 すなわち、そういったものの開発が難しい大きな理由が、兵士全員……とまでは言わないまでも、相応のまとまった数の兵士に対してそんな高度な防御装備を開発し、配備することができないからだ。コストが掛かりすぎるためである。


 ……これに類似した話は、実際にあった。

 第二次世界大戦時、自動小銃を全兵士の主力装備とした軍は、当時米軍だけであった。しかも相当戦争後期になってからである。

 他の国では、手動装填式のボルトアクション小銃が主力であった。ではなぜ米軍だけが全兵士に自動小銃を結果的に配備できたか?……答えは簡単。金があったからである。他の国はそこまでの金がなかった。なので当時としては高度な技術を要する製造コストの高い『自動小銃』を、兵全体に配備するなど相当難しい事だったわけである……


 現在では当たり前な自動小銃の配備でさえそんな感じである。現在でも歩兵の小銃装備を変えるには相当な予算を食うからして、歩兵用の個人高度防御兵装。そんなものを作る暇があったら、高機動装甲車や戦車、戦闘ヘリに予算を回したほうがよほど効果的という発想に当然ながらなる。

 それに、そういった兵器がもしあるとすれば、鍛えられた屈強な歩兵そのものがそれであるからだ。なのでそんなものを配備する余裕があるなら、兵を訓練し、シゴキまくってその代わりにする。そちらのほうがよほど安上がりである。

 逆に言えば、そういったものから兵をマクロで守るために出来た『盾』のような装備が『装甲兵員輸送車』であったり『歩兵戦闘車』であったりするわけでもある。


 このような経緯が、現代において、陸戦兵器、特に歩兵装備の革新的発達がないと言われる所以である。


 先のとおり、結果的にこういった経緯が無人兵器開発へ拍車をかけているのだが、しかし無人兵器も所詮は『ミサイル』のような作戦手段。即ち武器そのものにすぎない。結局最後に戦争するのは人間、即ち『兵士』なのだ。

 そういうこともあって、ヤルバーン技本が研究している、先の三つの技術は、第一次世界大戦以降、機関銃と戦車が発明され、ナチス・ドイツが電撃作戦を発明して以来の革新的な技術となる可能性のあるものなのである。


 ……そして『死ぬ事が許されない軍隊』な自衛隊には、喉から手が出るほど欲しい技術でもある。




 ………………………………




 官邸で会議をする安保委員のメンバー。

 出席者は二藤部、三島、井ノ崎、浜、柏木、白木、新見、久留米、加藤、大見、多川。そして防衛事務次官の河本一誠。

 議題はいくつかあるが、現在、カグヤの登場によって創設の必要に迫られ、以前より構想はあった第四の自衛隊組織設立について話し合われていた。


「……ということで、構想としては現在の八千矛部隊を昇格させる形で設立させるのが妥当と考えおりますが、ご意見があれば何か」


 河本が企画素案を読み上げた後、皆に尋ねる。


「将来的に国会を通す理由づけとしてはどう考えているんだい?河本君」


 三島がそこのところはどうなんだと尋ねる。


「はい。昨今の異常気象等々の災害多発を鑑みて、国民の防災意識も高まっておりますので、その点も含めまして陸海空とは別に、災害も含めた特殊な危機に対応する専門の自衛隊部署の創設という理由付けにしようと考えております……なので小規模集約型の精鋭自衛隊組織という設定で行います」

「緊急事態に臨時で組織するのではなく、常設の自衛隊で行くつもりなのかい?」

「はい、米国のFEMAを自衛隊化したような組織で考えております」


 二藤部が顎を撫でながら……


「ということは……その組織が稼働すれば、一時的に陸海空自衛隊をその組織の指揮下に置く事も考えているわけですね」

「そういうことです。総理」


 河本は、各政党への根回しも含め、時が熟すまでは現行八千矛部隊のように、非公式な防衛省S部隊扱いでいくと話す。

 で、時が熟した時、国会にかけて正式に第四の自衛隊組織として、公にしらしめるという話。


「で……その時に、ヤルバーン所属という形で体裁上なっているカグヤとの連携を含む協定を、ヤルバーン自治体と結ぶという形にして、その組織が事実上カグヤを運用する主体としたいと考えているのですが総理」

「わかりました河本さん。まだ少々煮詰めるところはありそうですが、非公式段階では、その体裁でいいのではないですか? どうです?みなさん」


 そう二藤部が問うと、柏木が挙手する。


「どうぞ、柏木先生」


 総理にまで「先生」と呼ばれる事にイマイチ慣れない柏木先生。


「あ……はい。えっと、その組織はFEMAみたいな物だとおっしゃいましたが……ということはその組織は相当な独立権限を持つわけですよね? 河本さん」

「はい。そういう事になりますね」

「ふむ……なるほど……監督省庁は?」

「内閣府を考えております」

「内閣府ですか! 防衛省ではなく?……ふ~む、では、事実上総理直轄ですか……アメリカ海兵隊のようにも見えますね……」

「はは、さすが柏木先生です。よくお気づきになりましたね」

「では、そこも狙ってるわけですか?」

「ええ、まぁ、一応『災害安全保障』というお題目ですから、なんとか乗り切ってみせますよ。『災害』は何も『天災』だけとは限りませんから、はは」

「なるほど……ふむ……そんなところなのかな? うん……シビリアンコントロールの面で少々改良する余地があるかと思いますが、非公式段階では、それでいいのではないですか?」

「ありがとうございます」

「しかし、八千矛部隊の名前が消えてしまうのはもったいないですね、はは」

「いえいえ、八千矛の名前は、その組織に所属する最精鋭「S」部隊の呼称で使用する予定ですから」

「あ、そうですか、ナルホド……良かったですね、三島先生」

「え? あ、そうか、あの名前付けたの俺か。ハハハ」


 みんな笑って「何をいっているんだ」と三島を揶揄する。そして二藤部が


「では、井ノ崎先生、そういう認識で防衛省の方もお願い致します」

「わかりました。ではその線で」

 

 ということでと、また三島が……


「その自衛隊組織の名前、どんな名前にするんだい? アニメや映画じゃ、何か「特生」やら「戦略」やら色々あるけどよ」

「ええ、現段階では『特殊危機対策自衛隊』略して『特危自衛隊』という形でいこうかと考えています」

「なるほどね。どうだい?みんな」


 それでいいのではと諸氏納得。

 現八千矛部隊は、その時が来るまでの間、非公式特殊組織『特危自衛隊』として再編されることになった。

 そして、特危自衛隊への、非公式異動者は、久留米、大見、多川、加藤ら、他、安保委員会に登録されている自衛隊幹部、士官、隊員、ヤルバーン技本のメンバー等々がその任に付く事になる。

 但し、国会で承認されるまでは、あくまで非公式なので、体裁上は各員それまで通り陸・海・空各自衛隊所属の形になる。


「ふぅ、もうこれであとへは引けなくなったな」


 三島が背筋を伸ばして、額に手を当てる。


「ええ、幸か不幸か……今の異常気象と災害のおかげで、メルヴェン隊と我が国の連携がいかに緊密か、世界へ知らしめることになってしまいましたからね。柏木先生の『お土産』や、竹取物語の件の公表もありますし……もう国家として、ティエルクマスカとの関係をごまかせなくなってしまいましたからね……」


 二藤部も覚悟を決めたようだ。


「……」


 柏木が腕を組み、上を向いて何か考え込んでいる。

 それを見た三島が彼に話しかける。


「先生、また何か考え込んでるのかい?」

「……え? あ、ええ……その……『特殊危機対策自衛隊』ですか……『特殊な危機』ですよね……」

「おう、それがどうかしたかい?」

「いや……『ガーグ・デーラ』も特殊な危機になりますよね……」


 そう柏木が話すと、みんなが「あぁあぁ、なるほどな」と頷く。


「なるほど、その『特殊な危機』ですか……」


 と二藤部。


「ええ、物事は常に最悪を……ですよ総理。まぁこの地球じゃ心配はなさそうですが、そういう存在がいて、この太陽系に来てしまったのは紛れもない事実です……あの~、河本さん?」

「はい、何でしょう大臣」

「その……もう少し煮詰める作業をする際、その点も『特危自衛隊』でカバーできるよう、考えてもらえませんか?」

「なるほど……了解しました」

「お願いします」


 そういうと井ノ崎が少し苦笑し、


「しかしそうなれば本当に、特撮物の自衛隊みたいになってしまいますね、ははは」

「いやいや、そういう事態に、コンマ何パーセントでもフラグが立ってしまったという事ですよ……ややこしい話ですけどね……」


 柏木は渋い顔で応える。




 ……で、この議題はここまでとして、次に話し合われたのは、外務省からの議題。

 先日、外務省に送り付けられてきた『アジア信用共同主権会議』への、オブザーバー参加要請だ。

 

 白木も渋い顔で……


「まぁ、何といいますか、来るべくして来たという感じですが……」


 アジア信用共同主権会議。

 『アジア共同』などと銘打ってはいるが、実質は中国主体の、中国マネーの息がかかった国家同士の馴れ合い会議だ。世界的にもそういう認識で通っている。

 この会議構成国で、中国とタイで話ができる国といえばロシアぐらいなものである。

 言ってみれば、『現代版朝貢会議』とでもいえるものだ。


 中国は既に、広報官を通して、マスコミにも「日本へオブザーバー参加を要請した」と公表しているのだ。

 その主な議題内容は、ヤルバーン自治体の国際的な取り扱いだ。それに関して日本の意見を聞きたいという名目である。

 これはもし日本が参加を拒めば、それを理由にまた難癖を付けるネタにでもしようということなのだろう。そうやってこのヤルバーン問題における中国の、何らかの正当性を主張しようという腹でもある。


 一般的に、国際会議などでのオブザーバー参加という立場は、「意見は言えるが、議決権がない立場」という認識と考えてよい。

 国連でも、バチカンやパレスチナ解放戦線がそうであった。

 今回のこの会議でも、ヤルバーンの代表と日本の代表にオブザーバー参加しろというのである。

 日本やヤルバーン自治体は、意見を言うことはできるが、議決権がない。

 ということは、行って一体何をするのだ? という話になる。

 これが国連のような、いろんな意見や立場がある様々な国が集まる場所なら話は分かるが、『中国と愉快な仲間たち』のような場所で、何か決議があるのに、出て行って議決権がないなんていうのは、まるで国際裁判における被告のような立場である……裁判で答弁させてやるといわれているようなものである。


「……とまぁ、普通ならそういう認識なのですが……みなさん、どうしますこれ?」


 白木が、どうしたもんかとその書類をピラピラさせて話す。

 二藤部は……


「しかしそうは言っても、私が行くかどうかは別にして、誰かが行かないわけにはいかないでしょう」

「しかし総理、張主席は、日本とヤルバーンとの各二国間会談を要求していますよ」

「となると日本としては、私の内閣で、初の日中首脳会談ということになりますね。そして中ヤ大使―首脳会談ということにもなりますか……」

「そうです総理。連中は『代表』とかいっていますが、総理に来いと言っているわけです」

「なるほど……」


 ヤルバーンが飛来する以前も、中国は現在の悪化した日中関係を水面下ではどうにかしたいとい思惑があってか、『尖閣諸島に関する領有権問題を棚上げにすれば会談してもよい』という態度を取り続けていた。

 二藤部政権は逆にこれに対抗するために『無条件なら会談しましょう』と中国側に打診していた。つまり、一見シカトしているのは中国のように見えるが、実はシカトしているのは日本なのである。日本としては「別に中国政府と話なんかしなくても何も困らない」という事を暗に示していたので、中国のような……古い言い方をすれば『加工貿易国』はそれでは困るのだ。

 昨今の中国の人件費高騰と日本の円安傾向で、政府レベルで日本と何か話をしないとしぼんでいくのは中国の方なのである。

 従って、実のところ日本としては、このぐらい中国と仲が悪いほうがありがたい……といった状況が、ヤルバーンが日本に飛来するまでの情勢だった。


 しかしヤルバーンが日本に飛来し、世界的にみればまさかの国交を日本と結び、更にはヴェルデオの『主権発言』に、サイヴァルとマリヘイル連名の信任状の送付。そして柏木のイゼイラ訪問と大使—両議長会談。そして『竹取物語事案』に先日のメルヴェンの災害対応。


 中国としては内向きになった米国の外交弱体化のスキをついて、極東沿岸をマーレノストロ化(後書き参照)しようと企んでいたわけだ。

 しかしそんな経緯もあって、今や結果的に、日本のバックがアメリカからイゼイラ—ティエルクマスカとなってしまい、しかもその協力関係が日米同盟なんぞ比較にならないほど強そうで、挙句に連中の科学技術を日本へどうやら公開しまくっているようだという認識となった今、どうにかしたいという考えが起こるのは、普通ではあろう。


 しかも中国自身も、今や異星人勢力に何らかの工作を企む『ガーグ』連中の巣窟と化してしまい、国内北部地域は内戦状態で『ガーグ』の派閥ともいえる強力な『見えない主権』がはびこる状態。

 中国首脳部としても、中国がこんな状態になったのは、日本のせいであり、ヤルバーンのせいでもあると考えるのは、普通だともいえる……しかし彼らは中国の国家的腐敗が、ガーグの跳梁を許しているという思考は、絶対にしない……ここが問題だという思考、概念自体がない……


 白木はこんなところを会議メンバーに説明した。

 今更な話ではあるが、復習も兼ねた説明だ。しかし柏木は……


「白木、おめー……すげーな……」

「あ、あのな柏木大臣様……一応私はこれでも不肖外務省官僚でございますんで……」

「あ、そっか……」

「お前……俺をなんだと思ってたんだ? 外務省所属のお笑い芸人ぐらいに思ってたんだろ」

「……」

「おい、黙るなよ……」


 トホホになる白木。

 彼ら二人の会話に、思わず出席者も笑ってしまう。


 二藤部も笑いながら……


「では、白木さん。もし中国との会談を行うとして、その際に出てくる日本への要求というものも、シミュレーションできているという感じですか?」

「ええ、総理。現在の状況から予測できる事としましては……」


 特務情報官室が考える、この会談で中国の行動パターンとしては……


1)ヤルバーン自治区に対し、日本を窓口として、中国政府との直接対話の要求。

2)ヤルバーン自治区への中国国民入境の要求。

3)ヤルバーンへの国際的対応として、国連への交渉権委託。

4)イゼイラ本国への中国大使派遣要請。

5)イゼイラ本国国内への渡航要請。

6)為替事業への中国企業の参入。

7)ヤルバーンとの科学技術相互研究。

8)日中間外交問題への不干渉。


「……とまぁそんなところです」


 すると、全員が苦笑する。

 久留米が……


「確かにそんなところでしょうね。しかしそんなの、全部ヤルバーンやイゼイラがハナからお断りの内容じゃないですか」

「ええ。それ以前に柏木と一緒に、以前フェルフェリアさんと話をした時に、彼女が連合議員の立場として明確に仰っていたことが、『中国という国自体の政体、国体がティエルクマスカ連合と相容れない。もし自国の隣国で、このような国が存在すれば明確な敵と認識する』というようなことも話しておられましたな」


 二藤部は、その白木の言葉にびっくりしたような感じで


「そ、そこまでのことを」

「はい。な、柏木」

「ああ、確かに言っていた」


 白木は続ける。


「恐らく中国側も、我々と同じくその辺りは自覚していると思います。ですので多分、その要求を蹴られた場合は次の要求をしてくるでしょう」

「というと、問題なのはその「次」ということですか?」

「ええ、総理。我々が、それまでの経緯で、かようにそれら要求が『無理だ』という態度を示した場合の中国の対応です」

「はい」


 白木は、その次のシミュレーションパターンを挙げる。


9)地球世界の国際関係に混乱をきたす日本とヤルバーン―ティ連との交渉、国交の停止。

 世界の秩序安定化の為の処置……世界に混乱をもたらしているのは日本だという形で。


10)ヤルバーン乗務員の日本への入国規制。

 検疫や、異星人の破壊工作・浸透作線阻止の為の予防的措置という名目の、イゼイラ技術日本流入阻止という目的で。


11)ヤルバーン関連資料公開と、公開監査のための国連調査団の受け入れ。

 


「……とまぁ、こんなところを要求してくるでしょうね」


 すると、ベテランの加藤が尋ねる。


「白木さん、そのシミュレーションの根拠になったデータは?」

「はい。アジア・大洋州局が集めた資料と、日中退役将官会議の資料です」

「退役将官会議……あの毎年やっているという?」

「ええ」

「なるほどね……そういうことか……」


 白木は「ん?」と思い、尋ねる。


「それがどうか致しましたか?」

「ええ、いや私もそろそろ退役に足突っ込んでるのでね、先輩将官からの連絡も多くて、その手の話もよく聞くのですが……そのシミュレーションの結果を聞くと、相当奴さんは疑心暗鬼になっていますな」


 すると二藤部が「どういうことですか?」と尋ねる。


「ええ、つまり『ダメモト』の要求をして、それが無理なら『日本が飲めない』日本への対応措置を要求する。そしてその次は……ということです」

 

 白木は


「さすがですね加藤さん。そういうことです」


 政治家のみなさんは、いまいち「?」な顔。


「どういうことですか? 白木さん」

「ええ総理。つまりこれら要求には『妥協的』な要素がありません。ということは、ハナからこの要求に対する回答など相手は期待していないだろうということです」

「では……その次の『行動』が本命だと?」

「はい……」

「まるで『ハルノート』ですね……」


 二藤部は苦笑する。

 すると新見がタイミングを見計らったかのように話す。


「実はみなさん……先日私がヨーロッパを旅行していたのはご存知だと思いますが……」


 みんなウンウンと頷く。


「旅行とはいえ、まぁ、そういう感じの情報取集旅行というわけなのですけど、そこで、ドノバン大使の紹介で、ドイツのとある財界人を紹介して頂きまして、その方から聞いた話なのですが……ドイツが最近中国と接近しているのはご存知ですよね」

「ええ、中国市場へドイツ製品の輸入を活発化させようと、あの首相がよく動いているという話ですが……」

「はい、で、あの首相、日本の友好国なのに、まだ総理とさほど顔を合わせたこともありませんよね?」


 二藤部は頷く。


「で……どうもその人物から聞く感じ……ドイツにもガーグ的な何かが入り込んでいるようなんですよ」

「中国からですか?」

「ええ……で、その財界の方が仰るに、我々の言うガーグかどうかはわかりませんが、それを匂わす連中のヤルバーンに対する考え方が、今、大きく二極化しているようなんです」

「二極化? ですか?」

「はい……つまり、単純な話、『ヤルバーンやティエルクマスカをこの地球から排除しよう』という派閥のようなものと、『彼らの技術を取り込んで、対抗し、逆に彼らに何か要求しよう』という感じの派閥ですかね」


 これが以前、張がいっていた『排除派』『取包含在内派』という奴なのだろうか?

 二藤部がその話で訝しがる。


「とすれば……このアジア共同会議で……どちらの派閥が顔をニョキっと出すか……という事ですか?」

「ええ……ドノバン大使からの情報でも、同じような話は出ていました。で、張主席は、どちらの派閥が成果を出すか見極めて、成果を出したガーグ派閥側に付こうと、そう考えている節があると……」


 すると三島が困惑顔で……


「んじゃ何かい新見君、日本とヤルバーンは、連中の内部派閥争いに、いいように利用されてるかもしれないって話かい?」

「まぁ、結果的にそうなりますが、それだけではないような感じはします……それが何かまでは分かりませんが……」


 新見が渋い顔で話す。白木もその新見の態度に呼応したような表情を見せる。


 すると、それを横でじっと聞いていた柏木が尋ねる。


「でも白木、新見さんの話はそれとして、それってまだ白木んところの『シミュレーション』にすぎないんだよな」

「ああ、そうだぜ……でもまぁ、いろんなデータ集めたら、まずそんなところだろうさ。多少の差異はあるだろうが、そんなに変わらんと思うぞ」

「なるほどね……」


 会議出席者、一同しばし考え込む。


「……なぁ先生……」

「は? 何でしょう三島先生」

「まぁ……もし白木君達のシミュレーションが当たっていたらとして、先生が中国の立場ならその次にどうしようと思う?」

「はぁ? いや、そんなことを私に聞かれても……」

「いやいやいや、そうじゃねーんだよ。先生の『ゲーム屋的発想』とでもいえばいのかな? そこんところを聞きてーんだよ。どういう『フラグ』っつーのか? 今はやりの言葉で……そこんところだよ」

「はぁ……まぁ……そうですねぇ……例えるなら今の白木の話、家が超ド級の金持ちのボンボンにアホな不良が、無理難題な要求をしてイジメてやろうという構図ですよね」

「ハハハ! 確かにな。それで?」

「で、その要求を無視したら、次の日、そのアホ不良は何をするかと言えば……あ、そうか……」

「?」

「……陰湿なイジメですよね……しかも相当な……不良どもが何かしらの『利』を得るまで続くような……」


 全員が「はぁはぁ」と頷く。

 すると、横でクククっと新見が笑っている。


「え? どしたんですか?新見さん」

「いや、流石ですね、柏木先生、ドノバン大使も貴方と同じような結論に達していましたよ」

「そうなんですか……」

「ええ……で、そんな状況で、今度はイジメられる立場として、柏木先生なら……どうされますか?」

「はぁ……」


 そういうと三島が


「先生、先生は『ティエルクマスカ担当大臣』だろ。ヤルバーンの事が議題なんだぜ? こういう時の先生の意見って重要なんだぜ」

「は……そうですか……では、ん~~……」

「何考え込んでるんだよ先生。こんなの『カグヤの帰還』作戦やるのにくらべたら、何てことねーだろ」

「いやいやいや、んな簡単に言わんでくださいよぉ……」


 柏木は考え込んだ結果……


「私がもし、ネゴな仕事でそんな立場に立たされたら……で、相手の会社からそんな無茶ぶりな要求をされるのが分かっているような状況だったら……」

「だったら?」

「……相手の会社に乗り込んで、ボロクソ言いに行きますけどね。穏やかに……ニッコリ笑ってケチョンケチョンのミソカスに言いますよ多分。あることないこと言って、『ほな、どうもおおきに』って帰ってきますけど……」


 柏木が言うには、そんな事考えるやつは、黙っててもいらんことをする。

 で、黙ってれば、黙っているほど相手が図に乗る。で、ジワジワと相手の術中にはまり、最後には抜け出せなくなる。

 なら、一発ハッタリかまして、相手がどういう手段に出るか、とっとと見極めた方が早い。そして対応策を練るべきだと話す。


 その柏木の話に、ドっと皆が爆笑する。


「いやいやいやみなさん。だってそうでしょ、相手の答えが分かってるならこっちも一気に吐き出して相手の出方を見た方が早いですよ」


 柏木は、なんでも『和を以て貴しとなす』というような日本的精神は、あの国には通用しないだろうと話す。

 中国という国の国民性は「和を以って尊ぶ」ということは「和に隙があれば突っ込んでもいい」と解釈するだろうと、先の南シナ海でのベトナムの例や、今の二藤部政権の方針を例に出して例えた。


 つまり、中国という国を相手にするには、なんでも、どんな些細な事でも徹底的のテキのテキにやらないとダメだと。

 譲歩するなら、相手の想像の上手をいく譲歩をした方がいいし、相手を非難するなら徹底的に非難した方がいい。もし殴り合うなら容赦なく、半殺しどころか八割殺しでいったほうがいいと。

 でなければ中国という国は、一分の隙でも見せれば、そこに付け込んでくる。こっちが徹底的な態度を見せないと、いつまでも際限なく、執拗に攻めてくると。

 そのいい例が、戦後日本の、件の南京大虐殺や、歴史認識問題の対応だと。

 この二つが、和を以って尊ぼうとして、大失敗した典型的な見本だと彼は語った。


 三島が驚いたように柏木へ……


「い……いや、先生がそこまで言うなんて驚きだぜ……何か昔あったのかい?」

「いえいえ、私も一応、相応のビジネスマンを昔やってましたので、その時の経験からという感じなのですが……これは中国に限らず、米国やヨーロッパでもそうですよ、本質的なところでは同じような感じです。……昔、TES時代に色々ありましてね。まぁ……中国と著作権でもめたことがありまして、その経験からですよ……」


 柏木はTES時代に、例のGS社プレゼンで評価を得て、その後海外でもプレゼンを依頼される事がままあった。

 その際、これらのことを痛感したという。


 ……個々の人間の付き合いはともかく、事ビジネスに関して言えば、例えば欧米の人々は『契約』以上の事を『絶対に』しない。

 日本人なら「気を利かせて~」ということもあるだろうが、それもない。むしろそれをやると怒られるのだ。

 契約社会であるからして、契約以上の事をする事、もしくは契約を履行しない事は彼らにとっては『悪』なのである。それが彼らの長く培ってきた秩序をもたらすルールなのだ。

 なので日本の『和を以って~』の精神も、時には彼らにとって『悪』となる。

 日本の場合、個々の人間の付き合いと、ビジネス行為は時に情緒で混同されがちになるが、欧米では全く切り離して考えないと、えらい目にあう。

 そして、スキあらば自分の利になる事を狙ってくるので、欧米のような先進国は『契約』という形で倫理的に縛りをかけているともいえる。


 中国の場合、共産党一党独裁で、ここ数年で急に『世界の工場』ともてはやされて、発展途上国にいきなり先進国の新しいルールやインフラが持ち込まれたために、その『縛り』の『概念』がない。だから厄介なのである…… 

 中国がどんなに改革開放と銘打っても、『独裁国家』であり『軍事国家』であり、権力者の胸先三寸で物事が決まる『人治国家』であるということを忘れてはならない。

 言論の自由が認められ、国民に主権のある民主主義で、自由主義国家ではないのだ……



 二藤部も確認をとるように


「では、柏木さんはこの会議、出席した方がいいと?」

「ええ。結果が分かっているような会議なら、出るだけ出て言いたいこと言えばいいんですよ。むしろ欠席したら『逃げた』と思われますよ。中国相手に『逃げた』と思われるのだけはやめたほうがいいです」


 何か減るものがあるわけでなし、やはり『連中』がどういう存在か、自分たちの目で見た方がいいのではという。


「わかりました。では出席する方向で話を進めましょうか……となれば……日中首脳会談の事前折衝は、柏木先生、お願いできますか?」

「はい、わかりました。三島先生もお願いします……何分初めてになりますから、はは」

「わかった。というか、俺、外務大臣だからな、ハハハ」

「あ、そうでしたね、はは」

「でもよ先生。ティエルクさん関連の話が出てきた時には……頼むぜ」

「わかっています。そこは何とかやってみましょう……ただ……」


 柏木は一つ懸念があると話す。

 それは玲奈が柏木に渡した例のデータだ。


「白木、あれから何かわかったか?」

「ああ、その件な。やはりコッチが持ってるリストと数値が一致したよ。マジモンだ」

「やっぱりな……」

「で、今、流出ルートを洗い出している真っ最中だ」

「ふ~む……あの程度のデータだけならいいんだが……しかし、ヤルバーン向けに何かが渡っているということが知られただけでも、相手にスキを与えちまうからな……」

「わかってるよ。山本さん達や、シエさん達にも協力してもらっている。まぁそんなに心配するな」

「ああ……」




 ………………………………




 数日後……


 東京・三鷹市にある、とある賃貸マンション。

 そのマンション二階にある、とある部屋をノックする人物。

 チェーンをかけたドアから、男が顔をのぞかせる。

 ザンバラに黒縁の眼鏡。少々顔に吹き出物の跡が目立つ。


「徳山秀和さんですね?」

「あ、はい、そうですが……」


 男は無言で、懐から何かを取り出して見せる。

 警察バッジだ。

 その顔、公安外事一課の山本である。今は本庁からティエルクマスカ関連の事件を任されている。

 外事に入って、こんな刑事課のような事をするのも久しぶりだ。


「ちょっと、お話いいですか?」

「あ、はい……」

「できれば、外でお話聞けます?」

「あ、わかりました……」


 バタンとドアを閉める。

 すぐに開ける……わきゃない。

 締めた途端にカチャンと鍵をかけて沈黙。


 山本は隣にいるセマル日本人モードに首を傾げて、吐息を就く。


「セマル君、頼むわ」

『ワかりました、ケラー』


 セマルがPVMCGをチョチョイといじると、ドアの向こうでカチャンという音が二つ鳴った。

 セマルがカギを開けて、チェーンを外したのだ。

 そしてドアを開ける。

 徳山という男は、奥の部屋の窓を開けて飛び降り、逃げていた。

 山本は、やれやれな顔でインカムに手を当てる。


「長谷部、下村。奴さんお決まりのパターンで逃げた。追跡頼むわ」

『了解。で、奴さん、何もアシ出さなかったらどうします?』


  外で待ち伏せていた下村が応える。


「ああ、泳がせてそれらしい行動取らなかったらパクって本庁連れていけ。吐かせる方法は任せるわ」

『了解。またシエさんにお願いしますか?』

「はは、構わねーけど、たまにゃお前らがやれよ」

『はは、了解』


 通信が切れる。

 さて、と。


「セマル、ここにあるIT機器、全部PVMCGでコピってくれよ。あとで本庁に持って帰ってこいつのデータ、全部チェックするからさ」

『ワかりましたケラー』


 セマルはそういうと、徳山という男の使っていた、部屋にあるIT機器を手当たり次第片っ端からコピーし、仮想造成データ化していく。

 これでこの男のPCやタブレット環境と全く同じ環境を構築させ、何かを調べようというのだろう。


 その『何か』

 

 もちろん、流出した玲奈の持ってきれくれたデータに関係する物だ。

 



 ……で、この男、結局逃亡後は特に何か怪しい行動を取るわけでもなかったので、最終的には逮捕し、取り調べを行った。


 彼は、政府指定のヤルバーン日本大使館へ物品を納品する納入業者の社員だという話で、大使館向けの納品物を納入する担当者だという。

 しかし、かなりの借金を抱えているらしく、ある時、中国人風のビジネスマンに誘われて、借金を帳消しにしてやるかわりに、ヤルバーン大使館へ納品している物品の某かのデータをよこせと持ちかけられたらしい。

 で、日用品ぐらいなら問題なかろうと思って、納品物のリストをメールで随時その中国人に送っていたそうだ。

 徳山は、その中国人も、何かヤルバーン向けの商売を間接的にでもしようと考えていたのだろうという感じで、会社には悪いと思いつつも借金帳消しの魔力には勝てず、そいつらにデータを送っていたらしい。


 そして今回、玲奈の持ってきたデータを送る時、以前週刊時事に玲奈の書いた記事の批判を書いてメールを送った際のアドレスが、アドレス帳に残っていたらしく、間違って自分の登録メールアドレスにあったアドレス全部に、酔っ払って一斉送信でそのデータを送ってしまったらしい。

 それでたまたま玲奈のところにそのメールが届いたのだそうな。

 その際、そのメールには、中国人からの指示があった書式のフォーマットがあり、そのフォーマットに『外星人』『备品名单』という言葉が書いてあったのだという。





 ………………………………




「…………アホですね、そいつ……」


 思わずポツリと漏らす柏木大臣。

 柏木は今、山本から連絡を受け、警視庁本庁に出向いて件の話を聞いていた。


「ええ、まぁ蓋を開けてみればそんな感じですよ……なんかね、もう、事は深刻なんですが……事件の過程が馬鹿みたいで、正直参りますよ……」


 山本も頭を抱えて話す。


「しかし柏木さん……おっといけね、柏木大臣」

「やめてくださいよ山本さん、別にそんな呼び方じゃなくていいですからぁ」


 片手を振って普通にやってくれと話す柏木。


「はは、わかりました。で、柏木さん、実際、情報が外部へ漏れるのって意外にこんな感じなのが多いですよ。機密の入ったUSBフラッシュメモリーが机の上に置きっぱなしになってあったのを持って帰ったとか、会社のパソコンでゲームしてたらウイルスに感染したとか……情けない話ですが……」

「ホントですね。で、その業者は?」

「経産省に呼び出されて、厳重注意食らったそうです。もちろんヤルバーン大使館指定納入業者資格は取り消し。今後の入札も、改善勧告クリアして一年間はダメだそうで……」

「ありゃりゃ……」


 で、その送られたメールは一斉送信で送付されてるので、全然わけわからん所にも届いている可能性があると山本は話す。でも、今回のケースはリストデータ的には日用品ばかり。そしてなんでもない品物なので、さほど心配する必要はないだろうと。おまけにリストは全てコード番号で記載されているので、知らない人間が見ても何の事かわからないだろうと話す。


「しかし、中国には行ってるわけですよね」

「ええ、それはもう確実でしょう……で、問題なのは今回の事件というわけではありませんよ」

「分かります。このケースと同じようなことを別のところで中国がやってる可能性ですよね」

「はい。特に科学部門や、ヤル研関係のものを同じパターンでやられたらさすがにマズイです」

「ええ。では?」

「はい。公安ヤルバーン部門の人員を増強して、今大規模に調べさせています」

「そうですか……君島さんところも大丈夫かなぁ……」

「ああ、君島とイツツジ、OGHは心配いりませんよ。そっちはもう既に調べてクリアしています」

「そうですか、ふぅ、そりゃ良かった」




 ……その後、山本に昼飯でもどうかと言われ、警視庁本庁食堂に誘われる。

 しかし……公安警察官と、政府大臣が二人して警視庁本庁の食堂でランチセット食ってる姿も異様ではある。

 食堂に来る警官のみなさん、みんなして今では有名なティエルクマスカ担当大臣が食堂にいるので、びっくりして敬礼する始末。


「で、柏木さん……こないだの海の件ですけど……」


 山本が箸を立てて話す。


「はい、それが何か?」

「いやいや、長谷部ですよ……どうでした? うまい具合にやってましたか? アイツ」

「ははは、ええ、お二人とも仲良くやってましたよ……『ア~ンして』なんて」

「ぶっははは、そうですか、それはそれは」


 大笑いする山本。聞くところでは、どうも長谷部の柄ではないらしい。


「いや、セマルさんから聞いてないんですか? そこんとこ」

「いや~、セマルの奴、東京がえらい気に入ったみたいで、ここんとこヤルバーンにほとんど帰ってないらしいんですよ」

「え? じゃヤルバーンの自宅にも?」

「はい。なんか都内にマンション借りたらしくて」

「はぁ……でもあの人、シエさんの部下でしょ。怒られないのかな?」

「いや、そのシエ局長が放任主義らしくて、定時連絡さえしっかりしてくれれば、別にいいよってな感じで……」

「はぁ~……もう、あの人は……でも警視庁としてはどうなんです?」

「いやぁ~、それがセマルの能力が優秀なんで、コッチとしても返したがらないんですよ。ですんで、今、セマルは日ヤ協定の出向扱いがず~っと続いています」

「はは、なんだかなぁ……」


 そんな話で盛り上がったり。

 これもティエルクマスカ担当大臣の大事な仕事である。

 日本と、ヤルバーン―ティエルクマスカに関する情報は常に把握しておかないといけない。フットワークが大事。なので彼には総理大臣命令がない限り任意で国会を欠席できる『国会出席免除』なる異例の権限があるのだ……




 ………………………………




 大臣になってからというもの、柏木は以前にもまして大忙しである。

 翌日、早々に向かったのはヤルバーン。ヴェルデオと面会して、日本側が決定した件のアジア信用共同主権会議参加方針を報告。ヤルバーン側の出席可否を尋ねに行くためだ。


 ヤルバーン日本治外法権区に転送移動した柏木は、そこでフェルと待ち合わせてヤルバーン行政区画へと向かう。


『マサトサン、安保委員会の報告は拝見しましたけド、大丈夫なのですカ?』

「ん? 何が?」

『エ、ダッテ、罠みたいな会議じゃないでスか……』

「え? 罠?」

『行ったはいいけど、密室に閉じ込めて拉致監禁して、ロボトミー手術でもするんですヨっ。そんな危険な会議、行っちゃダメです!』

「い、いやいやフェル。そこまで妄想膨らまさんでも……さすがにそれはないよ、ははは」


 フェルは柏木達がまとめた資料を読んで、いかんせん地球世界の複雑な国際関係を表向きしか知らないために、そんな妄想をしてしまったのだろう。

 確かにかの国がやっていること、知らない人間が聞けば、なんでそんな会議に好き好んで飛び込むのだ? と思って普通である。


「ということで、大使との話し合いだけど、フェルも同席してくれるんだろ?」

『モチロンですよ、私は議員サンですからね』


 そんな話をしながら行政区司令執務室へ。

 

「どうもジェグリさん、お久しぶりです」

『やぁ、お久しぶりでス、ケラー……あ、いや、ファーダでしたね、今は』

「はは、なんかそうみたいですが」

『先日は“ウミ”へのお誘い、お断りしまして、申し訳ございません』

「いえいえ、で、コッチの方はどうでしたか?」


 柏木はゴルフクラブを振る格好をする。


『アハハ、いや~、面白くも難しい“すぽーつ”でしたね。大変楽しかったですよ』

「それは良かった」

『しかし……私よりも……』


 ジェグリは親指でクイクイと執務室の方を指さす。そして片目を瞑る。


「はぁはぁ、そうですか、ははは」


 ジェグリに指令執務室に誘われる。

 執務室の扉は立派な調度品調の手動式であるため、ノックを必要とする。

 少し開けて、中を覗き見ると…… 


 ヴェルデオがゴルフスィングの恰好をして、ブンブンとエアスィングしていた。

 思わずプププとなる三人。これでヴェルデオも日本の政治社交界の仲間入りだ。

 このまま見続けるのも面白いが、そうもいかないのでノックして部屋に入る。


「どうも、大使」

『あ、オハヨウございますダイジン』

「如何でしたが? 『ゴルフ』は」

『イヤイヤ、あのような楽しいスポーツが地球にあるとは思いませんでした。早速、競技道具やルールをデータ化して本国に送信しましたヨ』

「ありゃ、そうですか、ははは」


 ヴェルデオがいうには、ゴルフをきっかけに地球のスポーツ。特に球技に目覚めたらしく、他、野球やサッカー、ラグビー、テニスなどなど、いろんな地球のスポーツを調べて本国に送信しているという。

 ゴルフの他に、最近は野球もおもしろいといヴェルデオは言う。なんでも虎縞球団のファンだという話。あの球団は、球団よりも、応援している方を見るのが楽しいと仰る。

 ちなみにジェグリも野球に凝っているようで、彼はグータッチ監督率いる球団の方が面白いという。

 

「なるほど、スポーツ外交も面白そうですね。イゼイラにもそんな競技や球技のようなもの、あるのですか?」

『ハイ、ありますよ。イゼイラにいらっしゃったとき、ご覧になりませんでしたカ?』

「いえ、もう少し滞在できれば機会もあったのでしょうが、残念ながら……」

『では、そのうち紹介できる機会を設けなければなりませんね』


 そんな話をしながら応接ソファーに座るみなさん。


「で、大使。お話はもう行っていると思いますが……」

『ハイ、そのコクサイカイギの件ですね』

「ええ、で、どうですか?」


 そう柏木が尋ねると、ヴェルデオは腕を組んで答える。


『正直、悩んでおりまス。で、今日ファーダとお話して、決めようかと思いまして』

「なるほど。 では、一番のネックは本国の方針だと?」

『ハイ、実はサイヴァル閣下に今回の件、打診したのですよ……』


 ヴェルデオは量子通信でサイヴァルと会談し、今回の件で話し合ったという。で、サイヴァルはチャイナ国側の姿勢もはっきりしているデキレースな会議なら、いっそのこと出席して日本の近隣国家がどういうものか観察しても面白いのではないか? と話したという。


「え? じゃぁ出席の方針でいいってことじゃないですか」

『イエ、それはそうなのでスが……またファーダ・サイヴァルの悪い癖が出まして……』

「はぁ……」

『私の他に、フェルフェリア局長と、ニルファ奥様を連れて行けと仰るのですよ……』

「は? フェルと……ニルファさんをですか!」

『で、ファーダ・サイヴァルは、こんなものを送り付けてきまして……』


 ヴェルデオは辞令書簡のようなものを柏木に見せる。


「…………フェル、何書いてあるのか読めないっす……読んで」

『ウフフ、ハイ……えっとですネ……』


 そこには【ニルファ・ダァント・リデラを、イゼイラ星間共和国議長代理として、ハルマ・地域国家会議『アジア信用共同主権会議』に参加することを命ず】と書かれてあった。


「はぁ?! ニルファさんを、議長代理にですか!」

『はい。 いや、ティエルクマスカでは良くあることです。我が連合は広大ですので、時には元首が同時に複数の国へ行かなければならなくなる事態はママアリマス。その際、自分に近しいものを、その交渉やら、会議出席時に代理として立てて、議長と同等の交渉権を与えて、交渉を行うという事は普通に行われておりまス』


 で、その際、いわゆる元首の妻。ファーストレディがその代行で行くことはよくあることなのだそうだ。


「い、いやしかし……ニルファさんはこないだまで精死病で、おまけに行政経験皆無じゃないですか……まぁ、軍では優秀な技官さんではあったそうですが……」

『モチロン、形式的なものですよ。実際の行政業務や決定は、私とフェルフェリア局長とで行います』

「なるほど……ハッタリですか……では、なぜにサイヴァル閣下はそんなことを……」

『はは、原因は貴方ですよ、ダイジン』

「え? 私っすか?」

『ナんでも、もうファーダ・サイヴァルは安保委員会の報告書を読んで、貴方の書いたチャイナ国の説明で、闘志わきまくってしまいましてね……あの、なんですか?……』


 柏木か書いた……


【中国には、何をするにしても、相手の予想するだろうと思われる上手を行く行為を行わないといけない。考える隙を与えれば何をしでかすかわからない】


 というような文章を読んで、このニルファを議長代行にするアイディアを考えたそうなのだ。


『……という部分を読んで、こんな形になりまして……』


 アチャ~ と思う柏木。

 ヴェルデオがサイヴァルと相談することは予想はできた。そりゃそうだ、中国と対話するということは、結果が決まっているとはいえ、ティエルクマスカの一極集中外交方針からみれば、イレギュラーな行為になるからだ。

 で、柏木の書いたその一文で、サイヴァルの闘志に火をつけてしまったということである。

 

「ハァ……で、当のニルファさんは……」


 聞くと、『ノリノリ』だそうだ……さっそく会議に出席する服選びに燃えているという。


「ヘ……そ、そっすか……で、大使はそれで会議へ行っていいか悪いか悩んでいると」

『ハイ。で……ファーダ・サイヴァルからダイジンへ、伝言がありまして……』

「え?」

『えっとですな、【このお膳立てを、フルに活用して欲しい】と……』


 ポカンとする柏木。その後……クスクス笑う。


「は、ははは、ハハ、なるほど、そういうことですか……なるほどね……」

『で、そんな感じなのですが……どうしましょうダイジン』

「結局大使は、ニルファさんを前に出すという事に対して躊躇しておられるといことですよね?」

『ハイ、一応我が国のファーストレディですし、現在その事は我々安保委員会の極秘事項として扱われておりますし、どうしたものかと……』


 なるほどと頷く柏木。


 しばし腕を組んで考える柏木。

 

「……では、再度確認ですが、中ヤ大使―首脳会談の際は、大使が臨むわけですね」

『エエ、先ほど申し上げたとおりです。体裁上、ニルファ奥様も出席する事になりますが、実務は私とフェルフェリア局長……いえ、議員が行います』

「なるほど……うん、面白いな、これは……」

『と、いいますと?……』

「いえ、ちょっとですな……お耳を拝借……」


 ヴェルデオにジェグリ、フェルに柏木、みんな腰を屈めて何やら悪巧み……

 モショモショと小声で話す……

 ウンウンと頷くみなさん。

 フェルは「いいのですカ? そんなことして」といったような顔。


 で、その悪巧み……二藤部達にも伝えておくので、会議でやってみようと……



 そして、柏木は二藤部へ、ヤルバーン側も出席することに同意したと伝える。

 実は二藤部としては、ヤルバーン側は断ってくるものと思っていたので、意外な顔をしていた。

 そして、件のニルファの事も伝えると、相当に驚いていたが、サイヴァルの本気度と柏木の作戦を聞くと……


「なるほど、どうせ結果が分かっている会議なら、それでやってみましょうか、ははは」


 と、二藤部も乗り気になった。

 

 そんな形で物事、万事決定。

 日本国とヤルバーン自治区は【アジア信用共同主権会議】に臨むことが決定する……






 ………………………………






 夏の異常な暑さも終わり、秋の気温で世の中も少し涼しくなってきた頃。


 日本国政府専用機・B747は、中華人民共和国 北京首都国際空港に降り立つ。

 その飛行機に搭乗する主要人物は……


 内閣総理大臣 二藤部新蔵。

 副総理兼外務大臣 三島太郎

 ティエルクマスカ担当特命大臣 柏木真人

 

 そして、SPに扮した大見・久留米・他警察関係者に特危自衛隊関係者。 

 

 他、アジア大洋州局スタッフ……に偽装した国際情報統括官組織メンバー。


 ……新見や白木は、中国政府からスパイ認定されている。当然面が割れているので入国できないため、今回不参加である。


 そして、なんと今回政府専用機には、ヤルバーン側出席者も同乗していた。


 ヤルバーン自治区側主要人物は……  

 

 ヤルバーン自治区首長・司令兼全権大使 ヴェルデオ・バウルーサ・ヴェマ。

 調査局局長・ティエルクマスカ―イゼイラ共和国議員 フェルフェリア・ヤーマ・ナァカァラ。

 イゼイラ星間共和国議長代理 ニルファ・ダァント・リデラ。


 他、ヘルゼン以下司令部スタッフ。

 護衛として、シエにシャルリら自治局、自衛局、連合防衛総省スタッフ。


 ……当初、護衛にはリアッサが就く予定だったが、シエが相手にインパクトを与えようという魂胆で、今回あえてシャルリへ人員を変更した……





 ……ちなみに、羽田からここに来るまでに、ちょっと困った事態が発生した……

 それは……


『嫌ァでぇすぅ~~……ヒコウキ乗るの嫌ぁでぇすぅ~……』

「大丈夫だよぉフェルぅ~……絶対落ちないからぁ……」

『エエェェェェ……デロニカで行きましょうよぉ~~』

「政府専用機だよぉ~、総理も乗るんだしさぁ……」

『嫌』

「フェルぅ……『国家主席でもブン殴ってみせらぁ、でも飛行機だけは勘弁な』……みたいなこというなよぉ」


 羽田空港のどっかの柱にしがみついて動かないフェルさん。

 必死で宥める柏木大臣。


『ふぅぇぇぇぇぇ……マサトサンがいじめるぅ~~』

『フェル、カンネンシロ。ガタガタイウナ、シャルリ、連行ダ』

『了解、さぁフェル、行くんだよっ……ニヒヒヒヒヒヒ』

『ヒャァァァァ……シエとシャルリにコロされるですぅ~! タスケテ~!……』


 ということで、結局シエとシャルリに両脇を掴まれて強制連行されるフェルさん。


 ……フェルさん、相当な飛行機嫌いなようである。

 機内でも、柏木にずっとしがみ付いてガタガタ震える始末。離陸時のGで、ひょぇぇと悲鳴をあげ、

 巡航速度になって、ようやく落ち着いた。


 ……イナバで亜空間回廊壁に突っ込む事より、揚力で飛ぶ飛行機のほうが怖いとは……なんともわからん御仁である……

 

 そのフェルの様子にみなさん必死で笑いを堪える。

 まぁ……肩の力抜くには、いいネタになったようだ……フェルさんは必死だったが……




 そんな騒動もアリーので、彼らは空港に降り立った。

 コクピットの上に、日章旗と五星紅旗をクロスさせ、機体を停止させる。

 そして、今回の政府専用機、少し機体に細工が施された。


 その細工とは……機首の日本国国旗が描かれた上に、イゼイラ国章も張りつけたのである。

 中国政府には、ヤルバーン関係者も同乗すると伝えた。


 するとどうだろう。

 タラップ車階段の先に続くは赤い絨毯。そして人民解放軍衛士が横に並ぶ。

 恐らく二藤部だけではここまでの事はすまい……

 マスコミの数も相当なものだ。海外メディアもかなりの数がいる。

 ここは日本ではない。その取材活動は熾烈なものになるだろう……




 そして、搭乗口ハッチが開き、二藤部が顔を覗かす。今回二藤部の嫁さんは同行していない。

 二藤部は手を軽く振り、タラップを見下ろす……


 


 ……張徳懐が、彼らの出迎えにやって来ていた…… 

 



 


◯マーレノストロ化(伊語)

 地政学用語で、日本語では「内海化」「海洋湖面化」英語でシーアワーといわれる、地政学的情況を指す言葉。

 「内海」とは、例えば瀬戸内海のような陸地と陸地に挟まれたような海洋の事を指すが、この場合その海洋はそこに公海領域があったとしても、事実上その挟んだ陸地を主権とする国家の勢力範囲に存在することになり、事実上のその主権の領海になってしまうような状態になる。

 つまり、そのような「ある主権の圧倒的な勢力範囲内になってしまった囲まれた状態の海域」といった状態を「内海化(マーレノストロ化)」という。


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