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銀河連合日本  作者: 柗本保羽
本編
48/119

-28-

『ヨシ、ユックリナ……ソウソウ、ソノママソノママ……」

『気を付けてくださいネ……』


 イナバから精死病患者を搬送するクルー達。フェルとリアッサが指揮を執る。

 搬入口付近に鎮座したイナバ型実験宇宙船。

 プカプカと作業を行うクルーと医療ポッドが宇宙空間に浮かぶ。そして、すぐ傍の搬入口へ運ばれていく。

 いかんせん現在、患者達は仮死状態からの蘇生途中である。医療ポッドは自律的にすべての医療行為を行うことができる大変に優秀な医療機器で、治療中にこういった移送行為をしても何も問題ない。

 しかしながら、容態が微妙な時には、よほどの緊急時でない限りは転送をしないほうがいいとされているので、こういう搬送行為を行わないといけない。

 なかなかに慎重な作業が求められる……


 

 ……柏木が計画し、ティエルクマスカ連合各国の全面協力のもと行われた精死病治療法探求のための実証実験作戦『カグヤの帰還』

 当初はこの病気の、治療法のきっかけを探るための実験作戦だったが、事はそれ以上に発展し、この病気が『病気』ではなく、ティエルクマスカ連合圏が基幹技術とするトーラル技術の何らかの弊害ではないかという疑いが出てきた。

 つまり、『病気』などではなく『事故』であり、その後遺症なのではないかという事だ。


 柏木やクルー達が亜空間回廊壁に突入した途端、並行世界に脳量子と生体量子が飛ばされてしまい、その後、それらデータの解析を感知したナヨクァラグヤ帝の脳ニューロンデータが活性化し、その解析と治療に手を貸した。それはまるでそのデータが、ナヨクァラグヤ帝のニューロンデータを解除するキーコードでもあったかのように……

 

 結果、この事件で柏木達は当初の計画に比べて、良い意味で予想だにしなかった大きな成果をあげることができた。

 ティエルクマスカの文明に、数百年後というタイムリミットを突きつけていた、長い長い長い……歴史的かつ、大きな国家的問題に、解決の目途をつけることができたのだ……



 クラージェ内の修理修繕と、ドチャマカになった船内の整頓もあらかた終わり、帰還準備が整いつつあるモニター艦隊。

 ふぃ~ という吐息をつきながら柏木がブリッジに入室してくる。

 スーツに着替えて、ネクタイをクイクイさせている。


『お疲れ様でス。大使』

「あ、どもお疲れ様ですニヨッタ船長、どうですか? 体の方は」

『いえ、特に何とも。医療部のチェックでも異常ナシでした。大使の方は?』

「ええ、私の方も特に……患者さんの方は?」

『ハイ、不思議なことに、肉体のバイタルは特に異常はないとのことです……不思議なものですね』

「ええ、そうですね……なんともな病気というか、現象ですよ』


 そんな話をしていると、モニターにカグヤのティラスと、グムヌィルのダルが同時に映る。


「どうも、ティラス艦長、それにダル艦長」

『元気ナヨウデ幸イダ、大使』

『ああ、まったくですな』

「ええ、おかげさまで……お二人にも色々とご迷惑おかけしたみたいで」

『ハハハ、マッタクダゾ大使。一時ハドウナルコトカトオモッタカラナ』

『本当ですよ大使、どうやって本国に言い訳しようかと思いましたからな』


 確かに、イヤミの一つも言いたくなる作戦、状況ではあったと。

 しかしそのイヤミの言葉にも笑顔が伴う。


「いやぁ~ ホント申し訳ない」

『フフフ、シカシ、得タ結果ハ最高ノ物ダッタガナ』

『ええ、ニホンのコトワザにある“ワザワイテンジテ”とかありましたな』

「福となす……ですか、まぁ確かにそんな感じですねぇ」


 と、そんな話もほどほどに……


「で、ダル艦長はやはり?」

『アア、カグヤ以外ノ艦艇ヲ伴イ、帰国スル』

「寂しくなりますね、このまま艦隊率いて日本にいらっしゃれば?」


 柏木はニヤと笑顔で話す


『フフ、ソウモイクマイ、本音ハソウシタイガナ。コレデモ一応ハ軍事目的ノ艦隊ダ。法トイウモノモアル』

「そうですか、残念です」

『トハイエ、少々コノ“タイヨウケイ”トイウトコロヲ調査シテカラ、ゲートヲクグロウトオモッテイル』

「ほう」

『ツカヌコトヲキクガ、コノタイヨウケイノ、第4番惑星ハ、チキュウノドコカノ地域国家主権下ニアルノカ?』 

「火星のことですか? いえ、まぁ……ないですね」

『フム、デハソノ星ニ寄ッテ、調査シテイコウト思ウ』

「ほう、と、いいますと?」

『アノ星ハ比較的安定シテイソウナ惑星ダ。今後、ニホン国トノ共同管理地トシテ、ティエルクマスカ連合トノ交流、交易ノ中継地点トシテ丁度イイ。将来的ニ、メイオウセイニアルゲートヲソノ“カセイ?”付近マデ持ッテクレバ、何カト利便性モ良イト思ウ……チキュウデ言ウ“てらふぉーみんぐ”モ簡単ニ行エソウダシナ』

「ええええええ!……いやぁ……そんな事したら宇宙条約やらなんやらと……」

『フフフ、ソンナモノ、主権ガナイナラ早イ者勝チダ。てらふぉーみんぐ後ハ、ニホンノモノニシテシマエ』

「はぁ……まぁ……一応政府と話し合いはしてくださいよぉ……」


 とまぁ、そんなダル艦長。やる気満々。

 ダストール人はとにかく義理堅い。

 そんな発想をするというのは、相当にこの度の一件で感謝している証拠だということ。

 しかし、火星を調査してくれるというのは有難いのは確か。

 この調査資料を後で日本政府にくれるというのだから、それ自身がまた外交カードとして使えるためだ。



 情けは人の為ならず……という言葉がある。

 柏木はそんな風に思ってやっているわけではないのだろうが、想いが想いを呼び、雪だるまのように転がり、大きくなって自分に返ってくる。

 この度の精死病の一件、彼らにしてみれば、それほどまでのものなのだ。

 ティエルクマスカ連合とは、そんな社会なのだとつくづく痛感させられる。


 そしてダル艦長―グムヌィル以下モニター艦隊は、ディルフィルドジャンプを行って、火星に向かっていった。

 あれだけのモニター艦が火星を調査したら、どんな資料が日本に送られてくるのだろう……なんてことを思いつつ、別れを惜しむ柏木達……実は火星に古代文明がありました……なんてことはないだろうが……



 ……………


 

『……作業状況はどうですか?』


 ニヨッタは、クラージェにいるフェルとリアッサに作業状況を確認する。


『ハイ、残るはケラー・ニルファだけデス。これで最後ですネ』

『そうですか、局長、ケラー・ニルファの容態は如何ですか?』

『ハイです。順調に蘇生中ですよ船長』


 クラージェ船内への患者収容作業も順調に進む。

 全患者収容後、イナバはカグヤまで移動し、収納される手筈になっている。

 その後、クラージェとカグヤは両船ともにディルフィルドジャンプを行い、そのまま地球へ帰還。

 この太陽系外縁部な位置からなら、地球まではジャンプでひとっとびなので、カグヤへ着艦させるような手間をかけずにすむ。


 リアッサがフヨフヨと宇宙空間を浮遊しながらイナバ入口に到達する。


『環境シールドヲ張ルコトガデキレバ、作業ハモット楽ナノダガナ』

『システムはまだ直らないのですか?』

『最終調整中ダソウダ。通常シールドハ、今稼働サセタラシイ』


 そんなことを話しつつ、リアッサがハッチからイナバに入ろうとした瞬間!


 

 ドォーーン! という衝撃とともに、クラージェシールドにエネルギー閃光が飛び散る。

 クラージェ底部に何かが被弾したようだ。


『ウォァァァァァァ!』


 イナバに乗船しかけていたリアッサが、ハッチから衝撃で吹き飛ばされ、宇宙空間に放り出された。


 その衝撃に踏ん張るフェル。


『な、ナニ!?……何なのっ!?』


 すぐさまハッチから体を出して、宇宙空間を見渡す。

 すると、どんどん小さくなっていくリアッサが見えた。

 

『え! そんな!……リ、リアッサ! リアッサぁーー!!』


 みるみるうちに、遠のいていくリアッサ……

 手を伸ばして必死の形相で叫ぶフェル。

 そして、フェルはハッチから出て、自分の背中にバックパックをPVMCGで造成させ、リアッサを助けようと飛び出す素振りを見せるが……


『フェル! 来ルナ!』


 リアッサが鬼の形相で叫ぶ。


『エ!』


 リアッサも流石である。

 すかさず、そしてパニックに陥ることもなくバックパックを造成し、姿勢を安定させ、慣性を制御する。

 そしてクラージェ下方に視線を向けて……なんとバレットを造成し、手に持っていた。


『リ、リアッサ!? な、何を!』


『ガーグダ!! ガーグ・デーラダ!!』


 

 ………………



 クラージェ船内はその衝撃に一瞬狼狽する。

 

『ど、どうした! 何が起こったっ!』


 ニヨッタが叫ぶ。

 柏木はちょうど突っ立って、外を眺めていたので、スっ転びそうになった。


『せ……船長! 対艦ドーラです! 本船下方1000に突如出現しましたっ!』

『なんだと!』

『今のは対機動粒子砲ですね、テストでシールドを展開していたのが幸いでした。被害はありません。しかし、今の衝撃で、イナバで作業を行っていたリアッサ副局長が飛ばされたみたいです!』

『シールドを抜けたのか!?』

『はい。副局長は今、パーソナルシールドとバックパックでなんとか体勢を維持しています』

『うむぅ……しかし、パーソナルシールドレベルでは、対機兵装を耐えることはできない……流れ弾を食らったら一発だぞ……転送はできないのか!』

『転送モジュールの修復がまだ完全では……』

『チッ……通信員、カグヤに連絡。リアッサ副局長を転送収容するように要請してくれ!』

『了解!』



 ……しかし、カグヤもそれどころではない状態になっていた。


 クラージェより少し離れた場所で停泊していたカグヤ。

 そのカグヤにはガーグデーラ母艦が突如次元溝から出現し、カグヤめがけて突貫してきた。

 敵のその姿はかなり満身創痍で、機動兵器発射口も、ところどころ機能不全になっているようであり、ドーラポッドを射出できないようだ。

 ガーグ母艦は突貫しつつ、直接大量の対人ドーラと対艦ドーラを放ってきた。


『クソっ! 奴らこんなとこまで追ってきたか!』


 ティラスが苦虫を噛み潰す。

 亜空間回廊で出現したガーグ母艦は一隻。

 てっきりもう一隻はどこかに飛ばされたと思い込んでいた。

 しかしその予測は少なからずは当たっていたようで、その母艦のサマをみると……


『やはり連中、ゲートシールドなしでは長い事もたなかったみたいだな……』


 彼がそういうと、傍らにいる戦術担当士官も同意する。


『対艦ドーラはともかく、対人ドーラを直接放ってくるとはそういう感じでしょうね』


 それまでの前例では、ガーグ母艦が対人ドーラを放つときは、必ずポッドに搭載して射出する。

 輸送ポッドをミサイル代わりに敵へ突っ込ませ、シールドもろとも貫通させて、敵艦に直接乗り込むのが普通なのだ。

 そしてゼル端子をばら撒いて、敵艦を制圧下に置く。それがドーラの常套手段。


 ティラスは接近するガーグ母艦へ対抗するため、カグヤを急速反転。対艦、対機動戦体勢へと急ぎ移行する。


『甲板に待機中のヴァズラーはすぐに発艦させろ! その後、対艦戦闘用意!』


 甲板に駐機させてあったヴァズラー各機は、パイロットがいぞぎ乗り込みVTOLで発艦。敵機動兵器迎撃へと飛び立つ。

 

『甲板上のヴァズラー全機、発艦完了!』

『よし、シルヴェル・ベルクをブリッジ線上へ対艦戦闘転送!』

『了解! シルヴェル・ベルク対艦戦闘転送、カグヤ対艦戦闘モードへ移行します!』


 格納庫の特殊ハンガーに駐機させてあったシルヴェル重攻撃装備型。名称『シルヴェル・ベルク』

 そのハンガーは、対艦戦闘用の特殊転送器だった。

 艦内格納庫のシルヴェルは、大きな光柱をまとい、消えたかと思うと、カグヤブリッジ前後軸線上へ転送される。

 転送後、各機は脚をひな壇状の位置、高さに、互いの砲射線に干渉しないように調整。そして脚部のダンパーを下ろし、甲板と固定する。

 そしてカグヤ甲板上から、パワー供給用フレームが伸び、更にシルヴェルを甲板へ強固に固定する。


 そう、このシルヴェル・ベルクという機体は、対艦戦闘時はカグヤの主砲ともなる機体だったのだ。

 これでカグヤは対艦戦闘もこなせる『戦闘空母』にもなる。甲板がひっくり返って……ということではさすがにないが、これがティエルクマスカの機動母艦といわれる艦種の運用法なのだ。


 対艦戦闘態勢が整ったカグヤ。

 先の次元回廊戦闘では、次元回廊内であったため、亜空間では危険とされる、転送行為を必要とするこの戦法は使えなかったが、今はフル戦闘態勢である。

 シルヴェルの長い艦砲アダプター付きの主砲がクイクイ旋回し、戦闘体勢を整える。


 体勢が整った最中、先ほどのクラージェからの通信が入る。


『艦長、リアッサ副局長が宇宙空間に放り出されたようです!』

『なに!』

『クラージェのニヨッタ船長から、こちらで転送回収できないかと!』

『すぐに回収しろ!』


 するとセンサー担当官が……


『ちょっと待って下さい! すぐには無理です、艦長!』

『何が無理だ! 早く回収しないと彼女はドーラの餌食になるぞ!』

『それが……』


 センサー担当官は、リアッサが放り出された方向の映像を、望遠で拡大する。

 すると、対艦ドーラに対人ドーラが、集中的にクラージェへ猛威を振るっていた。

 応戦するクラージェ。

 クラージェはなんとか敵の攻撃をしのいでいるが、リアッサが対人ドーラ数機にまとわりつかれ、生身での空間戦闘を強いられている。


 命綱のバックパックを駆使して器用に空間を舞い、バレットをぶっ放す。

 バレットを発射した反動もうまく利用して、バックパックの推進機構とのコンビネーションで空間戦闘を演じていた。


『す……すごい……機動ロボットスーツなしであそこまで……』


 カグヤ戦術担当官が思わず漏らす。


『しかし……あんな戦い方ではそんなにもたんぞ……なぜ転送できない!』

『今転送したら、ドーラも巻き込んでコッチに転送してしまうかもしれないからですよっ!』

『チッ……ドーラの野郎、あんな戦法どうやって……ヴァズラー隊! 誰かリアッサ副局長の援護へ回れるか!』


 するとヴァズラーの一機から


『なんとかヤってみます!』


 と通信が入る。


 


 ……クラージェ上部甲板待機中のイナバ


『リアッサ! はやくクラージェのシールドの中へ!』


 フェルが必至の形相で叫ぶ。


『クッ、コイツラ……弱イ者イジメモイイトコロダゾ! イイカゲンニシロ!』


 今、対人ドーラ光学ドリルの一撃をかわし、バレットの弾丸をコアにぶち込んだ。

 コアをショートさせながら、吹っ飛ぶドーラ。

 リアッサはバレットの反動で後方へ飛ぶ。そしてドーラは大爆発。

 破片がリアッサめがけて飛んで来るが、パーソナルシールドに弾かれる。

 思わず顔を腕で守ってしまうリアッサ。


 イナバも、M230チェーンガンを機体からせり出し、対人、対艦ドーラめがけてぶっ放していた。

 フェルがそれを操っているようだ。

 可愛らしい弁当タマゴな機体から、そんな武器の曳光が乱れ飛ぶ様は異様である。

 

 フェルはM230を器用に操り、リアッサの方へドーラが向かわないように射線を考えて発砲している。

 こちらへ向かおうとしている支援ヴァズラーも、大量の対人、対艦ドーラの攻撃を受け、思うように動けないようだ。

 

 いつの間にか、クラージェとカグヤの周りには、ガーグ母艦がばらまいたドーラに埋め尽くされている状況だった。


 フェルの努力もあり、なんとかリアッサの方へ向かおうとするドーラを抑え込んでいる。


『リアッサ! 今でス!』


 フェルが叫ぶ


『了解シタ!』


 一気にバックパックの推進パワーを上げて、クラージェシールドに飛び込もうとするリアッサ。


 しかし!


 フェルの射線を潜り抜けた対艦ドーラが一機、リアッサに猛烈な速度で襲い掛かる!

 

『アア! そんな! リアッサ! 逃げて!』

『クッ!』


 対艦ドーラは、その巨体でリアッサの進行方向を阻む。

 覆いかぶさるようにその四肢を広げ、身動きが取れなくなった獲物を襲う蜘蛛のごとく彼女の前を阻む。

 そしてその四肢の内側から小さな触手のようなマニュピレータを伸ばし、彼女を拘束しようと、その魔の手を伸ばす!

 リアッサはそいつにバレットを放つが……さすがに対艦ドーラ相手ではバレットも効き目がない。

 音がするなら、ガンガンという感じで、はじき返される。


『クッ! 私ニゼル端子ヲ打チ込ム気カ!』


 フェルはその対艦ドーラにM230の照準を合わせるが、撃つことができない。

 リアッサに当たればただでは済まないからだ。


『どうしよウ……どうすれば……』


 焦るフェル……


『コ……ココマデカッ!』


 絶望のリアッサ……


 しかし……その時!


 今にもリアッサに襲い掛かろうとしていたドーラが、なぜか横からバットで思い切り殴られたような……グニャリとした状態になり、コアをひしゃげさせて向こう側へ吹き飛んだ!


『ナッ!』


 そのありえない光景に、唖然とするリアッサ。

 

『エ……な、何!』


 フェルも同じ。


 すると、リアッサの目前に、万華鏡のような光がチラチラと光り輝き、その巨大な物体が姿を現す。

 その大きさ……全長13メートルほど。


『タ……対探知偽装!……マサカ!』


 リアッサの前に姿を現したその物体。

 彼女の目の前には、その物体に書かれているドデカい文字が、最初に目に飛び込んできた。

 その文字は……




【防衛省技術研究本部 XFAV 01】




 そう、本家? 日本版ヴァズラーだ。

 XFAV-01は、機動戦闘形態で、飛び蹴りをかますような態勢でポーズしていた。


『ヴ、ヴァズラー? シ、シカシ、コノ機体ハッ!』


 するとフェルとリアッサに通信が入る。


『コチラ、ヤルバーン・メルヴェン所属XFAV-01 パイロットノ、シエ・カモル・ロッショダ……リアッサ、イキテイルカ?』

『シ、シエ!? シエカッ!?』

『えっ!? シ、シエですカっ!?』


 驚く二人。


『クククク、私ダケデハナイゾ、ホラ、オマエモ何カ言エ』

『はいはい……こちらは日本国航空自衛隊所属の多川だ。協定に基づき、メルヴェン扱いで参上した。只今よりクラージェ、と……えっと……そちらの大型艦艇の援護に入る……って、モロ集団的自衛権って奴ですか? しかも宇宙で……ハハ、参ったねこりゃ』


 XFAVは、そのままリアッサをマニュピレータでむんずとつかむと、クラージェのシールド内に、リアッサを押し込み、華麗に変形して、高加速でドーラの排除へ向かった。


 そして、颯爽と登場したXFAVの後方より、多数の『重装ロボットスーツ・デルゲード』と、数機のイゼイラ版ヴァズラ-が戦闘に入った。

 そして更にはその後方から、母機として、ヤルバーンのデロニカが随伴していた。



 ……クラージェ船内。


「シエさん! それに多川さん!」


 その颯爽とした登場に、思わず柏木が声を上ずらせて叫ぶ。


『ヤァ、カシワギ。間ニ合ッテヨカッタ』

『柏木さん、積もる話はあとだ』

「はい」

『ニヨッタ、状況ヲ教エテクレ、マサカドンパチヲヤル羽目ニナルトハ思ワナカッタノデナ』

『はい、シエ局長。現在の状況ハ……』


 ニヨッタは突然のガーグデーラの襲撃を教える。

 件の作戦時に遭遇した亜区間回廊での戦闘の生き残りかもしれないと。

 シエ達も、セルゼントゲート近郊での戦闘は既に報告を受けているので、大体の経緯は察した。


『……ナルホド、了解シタ。何ヤラ込ミ入ッタ話ガアルミタイダガ……』

「シエさん、とにかくカグヤの方の援護を」

『カグヤ? アノ機動母艦ノ事カ?』

「ええ、あっちではティラス艦長が指揮を執っています」

『ティラスガカ、分カッタ。 デハ、コチラニハ、ヴァズラー一機ト、デルゲードヲ何機カ置イテイク。コレダケアレバ大丈夫ダロウ』

「助かります」


 柏木とニヨッタはとりあえずホっとする。

 これでクラージェ近辺の戦闘はなんとかなるだろう。


『フェル、聞コエルカ?』

『ア、はいですシエ』

『ヨクガンバッタナ』

『ハイです』


 シエのその言葉に、微笑むフェル。

 シエもXFAVのコクピットで頷く。


『ヨシ、タガワ。アノ“ふね”ミタイナノガ味方ダ。デ、アッチノ不気味ナデザインノ宇宙艦ガ敵ダ。ワカリヤスイデザインダロ』

『了解、で……人は乗ってるのか? 自衛隊員としちゃ、ちょっと覚悟の問題もあるんでね』

『モンダイナイ。ミンナ無人ダ。アノ母艦モソウラシイ。思ウ存分ヤッテカマワンゾ』

『了解だシエ嬢』

『デハ、巡航戦闘ハマカセル。機動戦闘時ハ私ガヤル。イイナ』

『あいよ、んじゃいきまっせ~』


 シエがタブレット状のコンソールで何やら操作すると、XFAVはスムーズな動きで『エ型』の巡航形態に変化する。

 そして、後部機関部が光を輝かせ、クンっと加速し、その場を飛び去った。



 ………………



『ヨシ! 援軍も来た。もうコッチのものだ、ガーグ母艦はどうだ!』


 ティラスが味方の機動兵器とデロニカを確認すると、ホっとした表情のあと、キリと顔が引き締まり、状況を確認する。


『依然、本艦への最接近コースを維持!……あ、待ってくださイ、ガーグ母艦、対艦兵装発砲開始!』

『なるほど、やはりポッドナシの対人ドーラは使えないとわかっているか……手持ちの対艦ドーラも、もうほとんどないようだな……』


 ティラスが勝ちのイメージを頭に描く。


『よし、向こうがその気ならコッチも敵艦に突貫してやれ、それでシルヴェルの砲を至近でぶち込んでやる』

『了解!』


 ガーグデーラの目的は、これまでの事件から総合すると、どうもティエルクマスカ艦船に搭載されているハイクァーンジェネレーターやゼルクォートリアクターを奪取することだということがわかっている。

 なので、連中は必ずドーラポッドを射出し、敵艦船に打ち込み、内部から白兵戦をもって破壊行為を行おうとする。

 対艦ドーラは強力な兵器だが、本来はドーラポッドのサポート兵器に過ぎないのだ。

 しかしこの状況、もうガーグ母艦はポッドを発射できない。対人ドーラをそのまま射出しても、どうにも分が悪い……クラージェ相手ならともかく、対機動兵器兵装の充実したカグヤには取り付けないでいた。

 従って、その目的を完全破壊に移行させたようだ。

 そうなると、例え母艦でも無人であるからして、いざとなれば特攻もいとわない。


 ガーグ母艦は装備した対艦兵装を撃ちまくりながらカグヤへ接近する。

 しかしガーグ母艦の兵装など、所詮は自衛兵器レベルであるからして、カグヤに命中はするが、すべてシールドに弾きかえされる。

 カグヤに接近する対艦ドーラは、カグヤ-ヴァズラー隊と、ヤルバーンXFAV以下ヴァズラー隊が抑え込んでいた。


 ガーグ母艦めがけて真正面から突っ込むカグヤ。

 敵のエネルギー兵器の着弾波紋をまといながら突き進む。

 すると……


『ヨシ、左舷へ急速回頭! シルヴェル・ベルクの超高速斥力砲を食らわしてやれ!』


 超高速斥力砲……

 シルヴェル・ベルクに装着された主砲アダプターの正体。

 彼らが、対ガーグ・デーラ用に開発した兵装。

 地球の技術資料であるレールガンを参考に開発したカグヤ用の試作兵器である。

 空間振動波エンジンで利用される推進用空間振動波を発射エネルギーにして、ゼル造成ではなく、ハイクァーン造成で随時造成される超硬質高質量の鋼材でできた砲弾を、マッハに直して、初速約M50に近い速度で打ち出す兵器である。

 これをシルヴェルの主砲エネルギーを利用して発射するのだ。


 おそらくこの兵器の砲弾を防げる物理防御方式は存在しまい。

 対物理攻撃シールドを展開して、なんとか防げる代物だ。

 しかしガーグデーラ兵器は物理防御があまり発達していない。この理由は不明だが、この弱点に対抗する兵器の概念が、日本から提供された資料には豊富にあった。


『シルヴェル全砲門照準ヨシ!』

『よし、全シルヴェル隊、攻撃開始!』


 シルヴェルは、そのイカツイ増設砲身側面に、エネルギー光を蓄えると、その砲口から大きな空間波紋をまといながら、すさまじい勢いの曳光を発射!


 一門一門の発射速度はそれほど速くはないが、交互に絶え間なくリズムを奏でながら、怒涛のごとく空間波紋を大きくまとい、超高速砲弾を発射する。


 砲弾は、ガーグ母艦をまるで粘土の塊に矢が貫通するかのごとく、シールドを突破して命中、艦体装甲を貫通させる。

 すると、間をおいて、内部爆発でも起こしているのだろう、装甲板が「あべし」とでも言いたげにボカボカ吹っ飛び、爆発と閃光を迸らせる。



『おお~……あの船、すごいなぁ……』


 多川がXFAVのコクピットで、そのサマを目を丸くして見ていた。


『オイ、タガワ。感心スルノモ結構ダガ、ドーラニロックオンサレテイルヨウダ、如何イタシマショウ、イッサドノ』

『お!? おっとと、すみませんね、お嬢。うりゃっ!』


 多川は操縦桿をグイと倒し、引上げ、宇宙空間で宙返りをする……



 ……このXFAVは、自衛隊員用のコクピットとして、F-15によく似たコクピットが再現されている。そして面白い機能として『空間エミュレーション機動装置』なるものが装備されており、宇宙空間で大気圏中のように飛行する機動をエミュレーションして再現機動するのだ。

 なので、地球人的には、まるで大気圏内を飛行するような感覚で操縦ができる。

 以前、多川がこのXFAVを『自動車でも運転できれば操縦できる』と話した。確かにその通りだが、それでは逆に今までの空自パイロットとしての能力が全く生かせず、結局一からのパイロット養成になってしまう。

 なので、大気圏内と同じように操縦が可能な、こういった一見めんどくさそうにも見える操縦機能を付加したのだ。

 そこで宇宙空間独特の機動をおこなえる機動システムを併用して操縦する。



 ……多川の機動を追うドーラ。

 コクピット内にププププとロックオンレベルの音が鳴る。

 首を左右に振り、気を四方へやる多川。


『ウワ~ン、タガワ~、コワイヨ~、ヤラレチャウヨ~』


 とVMCセンサーを見ながら棒読みするシエ。


『シエ嬢ぉ……アンタ楽しんでるだろ……(ハァ、柏木さんの気持ちわかるぜ、はは)』


 ものすごい機動でドーラとドックファイトを展開するXFAV。

 シザーズにバレルロールを上へ下へ。

 まるで蛇が絡み合うようなマニューバのドッグファイト。

 そんな光景が宇宙空間で展開される。


 多川は、調子に乗ったドーラをだまし討ちにするかのように、逆推進をかけ、ドーラを追い抜かせると、その場でクルリと体操選手が空中で一回転するように減速。ドーラのケツを取り、下部翼パイロンに装備された『試製14式機対機誘導弾』を発射……キネティックな推進をパパパっと行いながら、意思を持った動物が獲物を追いかけるようにドーラへ吸い込まれると炸裂、敵を吹き飛ばした。


『ヨシ! ヤルナ、タガワ!』

『うわ~、これで俺も戦後初の実戦経験者かよ……参ったな……』

『相手ハ無人ノガラクタダ、気ニスルナ』


 そんな冗談を言っていると、今度は二機のドーラに左右から挟まれる。


『うわっ! こりゃきついぞ』

『ヨシ、今度ハ私ニマカセロ』

『了解、たのんまっせお嬢、ユーハブ!』

『アイハブ』


 XFAVはガキョンと変形すると、機動戦闘形態、早い話が人型に変形する。

 二個のイカツイ形のセンサーが、ビヨンと鳴ったり鳴らなかったり。


 コントロールをもらったシエが、多川の操縦とは打って変わって、まるで沢山のタブレットボードを一気に操作するようなコントロールを見せる。

 ポポポと何かを選択して弾いたかと思うと、スススとスライドをさせ、さらに、足を小刻みにクイクイ動かしている。


 その様子を後ろを向いて見る多川。


(うわ、スゲーな……あんなの俺にはできねーよ)


 シエのダンスでも踊るような、その華麗かつ素早い指や足さばきに感動する彼。



 ……ドーラは四肢をガバっと広げて、先端に光学近接兵器を造成させ、襲い掛かる。

 その振りかざす腕を左腕部にシールドを展開して受け止め、右腕部をドーラコアのシールドを破って目前へ突き出し、20ミリバルカン砲をブっ放す。

 

 ドーラコアはマシンガンを食らったスイカのように、その残骸をまき散らしながら沈黙。

 そしてその背後からもう一機のドーラが迫り来るが、今殺ったドーラをぶん回し、それを盾にしてもう一機のドーラにぶつける。

 そして、シエは機体を少し後退させて距離を取り、左腕部に装備された『試製14式超電磁投射砲』を単発でブチ込む。


 そして、二機のドーラは大爆発を起こし、四散する。


『や、やるなぁ、シエ嬢……』

『マ、コンナモンダロ。シカシ、ハジメテニシテハウマイコトイッタナ、タガワ』

『ははは、確かに。まぁただ、こんなタンデム戦闘は初めてだけどね』

『フフフ……サテ、カグヤノ援護ニ戻ルゾ』

『了解……カグヤねぇ、なんともな艦名だな……おし、コントロールもらうよ、お嬢』

『了解ダ』


 XFAVはこれまたガキョンと変形し、颯爽とカグヤ援護へと向かう。



 ……カグヤは、その圧倒的な火力をガーグ母艦へ見せつけていた。

 やはり敵はその船体をカグヤへぶつけようとしているようだ。

 敵もなかなかしぶとい。

 既にガーグ母艦は蜂の巣状態であり、艦体のあちこちから爆発に煙が上がる。

 強力な対エネルギー兵器シールドが災いしてか、内部でエネルギー系爆発が上がると、そのパワーを外へ逃がせずに、更なる誘爆を起こしている。

 しかし、それでもなおカグヤへ突っ込む意思を見せる。

 カグヤは急速回頭し、一難を逃れたが、ガーグ母艦も回頭する素振りを見せ、なおも牙をむく意思を見せる。


 後部の破損した発艦口から、最後の対艦ドーラをなんとか放出すると、まだ稼働する兵装でカグヤを狙う……しかし、もうそんな兵器はカグヤには何の効果もなかった。

 

『いい加減そろそろ消えてもらおうか……ヨシ、右舷ゼル砲台に127ミリ砲も造成させろ。シルヴェル砲とともに一斉掃射だ』

『了解! おーとめらーら砲を造成開始……全砲台に造成完了、発射準備完了』

『ヨシ、では引導を渡してやれ! 全砲発射!』


 号令一発、オート・メラーラ127ミリ ゼル造成砲とシルヴェル主砲が一斉に火を噴く。

 シルヴェル砲の空間波紋と、127ミリ砲の砲煙が、カグヤ右側面をもうもうと覆う。

 127ミリ砲の薬莢がガンガンと前方へ吐き出され、そしてある程度の距離を置くと霧散して消えていく。


 砲弾の曳光はガーグ母艦に流星のごとく吸い込まれ、徹底的な破壊の衝撃が、ガーグ母艦を埋め尽くす。


 ……終わりだ。


 ガーグ母艦は内部爆発でも起こしたのか、その艦体を真っ二つに割り、エネルギー爆発を起こし、宇宙空間の慣性にまかせて、その巨体を大きく爆散させた……



『うお……あの主砲に……あれは127ミリか?……40門はあるぞ……なんだあの船は……』

『ウ~ム……タイシタ船ダナ……アンナ形式ノ船ノ事ナド聞イテイナイゾ……』


 どうやらシエ達もカグヤのことは聞かされていないようだ。

 案外、ヘストルのドッキリだったりなかったり……


 ……ガーグ母艦は葬った。これで当初の数合わせ通り、二隻だ。

 しかし、最後っ屁で放った対艦ドーラと、先に放った対人、対艦ドーラはこの戦域でまだかなりの数が稼働している。

 クラージェと、護衛の機動兵器や、カグヤから発艦したヴァズラーは、まだ戦闘状態だ。


 対艦ドーラや対人ドーラは、ガーグ母艦が沈められた事を理解したのか、そのターゲットをクラージェに集中し始めた。


『シエ局長』

『ナンダ? ティラス』

『こちらはもう結構だ。クラージェの援護へ回ってくれ』

『了解シタ……タガワ、トイウコトダ』

『了解』


 多川は操縦桿をクイと倒し、少し離れたクラージェへと舵を切る。




 ……クラージェブリッジ。


『船長、母艦の撃破でドーラの動きが鈍化しています』

『ヨシ、残敵を残らず掃討しろ、文字通り残らずだ……あんなものを一機でもこのタイヨウケイ宙域に置いていくわけにはいかない』

『了解、各機に通達します』


 なんとか戦況が落ち着きを見せる中、それでも残存ドーラは、まるで学習でもするかのように、戦法を微妙に変え、それでもなおクラージェに襲い掛かってくる。


「……」


 その戦況をニヨッタの横で、腕を組んで観察する柏木。


『どうしましタ? 大使』

「ええ……ニヨッタ船長、あいつら……あんだけ徹底的に叩きのめされてるのに全然撤退する素振りを見せませんね……」

『ソれはそうでしょう。勝手にゲートへ突っ込んで、こんなトコロまで流されてきた“はぐれガーグデーラ”みたいなものですからね。仮にハイクァーンやゼルクォートを奪えたところで、敵の本拠地へ持って帰る手段がありませン』

「冥王星ゲートをゼル端子で乗っ取られるという可能性は?」

『ソれはないですね。その兆候があれば、ゲートの自爆装置を作動させて、破壊すればいいだけです……まぁそうなれば、また一から建設ですが……』

「なるほど……ドーラに次元溝……ですか? そこへの潜伏機能は?」

『今のところ確認はされていません。ナイとは言い切れませんが、前例はないですね』

「ではドーラにジャンプ機能も?」

『ナイでしょうね』

「フム……」


 この宙域には、今や敵の残骸や、味方の放棄された機体などが浮かぶ、残骸、瓦礫の空間と化していた。

 さっきまでの何もない宇宙空間とは、完全に様相が変わってしまっている。

 

(ドーラ……前も戦ったとき、俺のバレットの威力を見て、あきらかに狼狽していたよな……今この状況を見ても、明確に何か考えて、戦法を微妙に変化させて戦っているようにも見える……一体何者なんだコイツらは……)


 そんな考えが頭をよぎる。

 すると……


『カシワギ、ニヨッタ』


 シエだ。

 

「ああ、シエさん、それと多川さん、ホンット助かりました。ありがとうございます」

『ああ、なんかシエ嬢に「柏木を迎えに行くから、付き合え」って無理やり連れてこられたからな……しかし、心配してのお出迎えのはずが、着いた早々にドンパチとはね……』

「え゛……じゃぁ多川さんは何も知らずにここへ?」

『ま、まぁ……それに近い……とはいえ、来る途中で色々聞いたけどね。大変だったみたいだな、柏木さん』

「ええ、その辺も帰ったら色々と報告ですね……でも悪いことじゃないですよ」

『ああ、例の病気の事だろ? うまくいったのかい?』

『ソウダ、ソノアタリハドウナノダ? ニーラノデータデ、メイオウセイゲートモ、エライ目ニ合ッタ……何カワカッタノカ?』

「はい、まぁそのあたりも帰ってから報告しますけど、精死病の治療に目途がつきそうです」

『ナ!……ホ、ホントウカ! カシワギ!』

「ええ……そのタマゴみたいな宇宙船に患者さん乗せてたんですけどね、みんな仮死状態ですが……生還しましたよ。あと私たちも色々トンデモな事がありまして、そのおかげでね」

『オ……オオ……』


 シエにしては珍しく、目をこすって感動している。


『デ、ニーラハ?』

「今、ジェルデアさんと一緒に、患者さんたちへ付き添っています。あと一人……サイヴァル議長の奥様を搬入するだけだったのですが、そこでこんな状態になってしまった訳でして」

『サイヴァルノ、オクサマ?……モシカシテ、サディ・カーシェル・ニルファカ!?』

「え? 少佐? も、もしかして議長の奥様が?」

『アア、トハイエ“元”ダガナ……タシカ……サイヴァルト、ミィアールシタアト退役シタノダ。サイヴァルモ政治家ニナルマエハ、イゼイラ国防軍ノ軍人デナ。 当時ハ、イル・カーシェルダッタソウダ。マ、イウナレバ“ショクバケッコン”トイウヤツダナ』


 意外な事実。

 サイヴァルの奥方も軍人さんだったとは。

 シエがそこらあたりのサイヴァルの馴れ初めを色々と話してくれた。

 サイヴァルと結婚後、二周期ぐらいしてから、家で家事をしていると、突如として精死病を発症したそうだ。

 当時、新婚だった二人へ降りかかった悲劇に、みんな同情をしたという。

 無論、シエは当時まだ未成年だったので、軍へ入隊後に聞かされた話で、この話は、軍関係者の間では結構有名な話だそうだ。


「へー……そんな馴れ初めが……」


 すると、タンデムでその話を聞いていた多川が


『なら柏木さん、その議長さんの奥さん、早くクラージェ船内へ搬入した方が良くないかい?』

「そうですね……船長、どうですか? 状況は」

『はい、状況的には落ち着いて来ましたから……そうですね……フム……フェルフェリア局長、どうですか?』


 すると、VMCモニターにフェルの顔が映る。


『ハイ、移送は可能デスが……』

『ん? フェルフェリア局長、何か問題でも?』

『イエ、ウ~ン……ウフフフ、ニルファ奥様の移送はヤメましょう』

『エ! なぜ!』


 横で聞く柏木は、その言葉に彼女が何をしたいのか、大体察した。

 そしてフっと微笑をこぼし、首を左右にふる。


『ウフフフ、ニルファ奥様をこのまま乗せて、チキュウへ行くでスよ』


 フェルがそう言うと、


『ハ?』とシエ

『え?』と多川

『ハァ?』とニヨッタ


『イヤイヤイヤ、フェルフェリア局長、なぜそんなことを』


 訝しがって尋ねるニヨッタ。


『ダッテ、チキュウのアメリカ国や、ニホンの宇宙機関、ロシア国やヨーロッパ連合ノ皆様方が首を長くしテ、“カグヤヒメ”の帰還を待っておられるのでしヨ? ガッカリさせちゃったらマズイじゃないデすか』


 柏木はその言葉にニッコリ笑いながら聞く。

 フェルはちゃんとダンナの困った立場に解決法を考えていたのだ……できた奥さんである。


『ニルファ奥様には、カグヤヒメサンになってもらいまス。ウフフフ』

『しかし局長、ケラ-・ニルファは仮死状態ですよ。そんな様態で……』


 すると、「話は聞かせてもらった」とばかりにニーラがプシュンとブリッジに入室してくる。


『せんちょ、じゃあ私もイナバに乗って一緒に行きますよ……まぁ仮死状態といってモ、命に別状があるわけではありませんから、医療ポッドがきちんと作動していれば大丈夫でス。あと私がついていれば問題ないんじゃないカナ?』


 ニーラがそういうと、フェルもウンウンと頷いている。


『ハァ……わかりました。許可しましょう。確かにせっかくチキュウの皆さんがデータを取ってくれるというのですから、その好意も無にはできませんしね』


 ニヨッタもそういうことならばと、フェルの提案を許可した。

 するとシエも


『ナラバ、サッサト残敵ヲ掃除セントイカンナ……ア、ソウダカシワギ』

「はい?」

『今回ノゴ褒美ニ、アトデ、チューシテヤル』


 即座にフェルが反応。


『シィエェェェェェ~~!』


 フェルはイナバ搭載M230の照準をXFAVに合わせたり。


『ア、タガワ、大変ダ、敵ニロックサレタ、回避シロ』

『ハァ……柏木さん、アンタの悩み……よくわかります……ではまた後でな』


 ブインと横旋回して残敵掃討に向かう多川とシエ。

 シエはいつもどおり元気に通常運転。



 ……イナバの中でムキー、プンスカ、コノアマァ! 状態なフェル。


『モ、もうシエはっ! この情況でナニを言ってるんですかっ!』

『ククク、マァ今回ハ許シテヤレ。チュー一回ノ価値ハアルゾ。今日ノシエハ』


 命拾いしたリアッサがやれやれな顔でフェルに言い寄る。


『ア~、リアッサまで、ダストール人同士で結託するですカ。アーそうですカソウですか』

『ナニヲ言ッテイルンダカ。サァ仕事ダ。船ノチェックヲスルゾ』

『ワ、ワカリマシタですよ……モー』



 ……とまぁ、そんなクラージェとイナバ船内の会話を聞くカグヤのティラス。

 口元波線で呆れ顔。

 クルーはプププと笑いをこらえる。

 しかしこれも、予想していなかったヤルバーンからの援軍でできた情況だ。

 流石はシエといったところもある。伊達にティエルクマスカ連合防衛総省エリートの肩書は持っていない。

 



 ……その後残存したドーラは、カグヤ、ヤルバーンデロニカの部隊にことごとく駆逐され、事態は沈静化に向かう。

 しかしそんな中、柏木はある異常な状況を目の当たりにした。


 クラージェブリッジで、船の周囲を映し出すモニターを見る彼。

 船外監視を手伝っていた。

 モニターを指でスライドさせながら拡大させたり縮小させたりしながら、怪しいものがないかを探す。

 特に異常な状況はなさそうだったが……


「ん?…………」


 彼は何か変なものを見つけたようだ……


「ニーラ博士、ニーラ博士、ちょっとちょっと」


 柏木は顔をモニターに向けたまま、手をニーラの方向へ手招きする。


『ハイハイ、ふぁーだ。なんでしょ』


 トテトテと駆け寄ってくるニーラ。


「これ……」


 モニターの一部を拡大して指さす。


『コレは……対艦ドーラの残骸ですネ……って……エ!?』


 その声を聴いて、ニヨッタやシャルリも柏木の傍に寄ってきた。


『このドーラ野郎がどうかしたのかい?』とシャルリ

『ただの残骸みたいデすが……』とニヨッタ


 四人して顔を寄せ合い、モニターを凝視する。

 確かにそこに映るは、ドーラの残骸だ。

 コアもひしゃげて、シールドでできた仮想筋肉もない。

 しかし……


「いえ、よく見てください……このコアの残骸……ほれ……」


 とモニターをさらに拡大させると……そのコアは何か配線のようなものを、別の残骸に這わせているようだ。


『この配線の先は?』


 とニヨッタ……画面を縮小させると……


「この残骸ですね……」

『こりゃ……ガーグ母艦の部品じゃないか……』


 とシャルリが言った瞬間……そのドーラの残骸に、一瞬光が灯った。


「こ、こいつ、まだ生きてる!」

『チッ、シエ局長に連絡。この座標のドーラ残骸をディスラプターで一掃しろ!』


 部下に命令するニヨッタ。しかし……


『船長! 次元溝転移反応!』

『なにっ! どこだ!』

『え? そ、その一掃命令のあたりです!』

『?』


 すると柏木が叫ぶ


「うわ、これは!」


 画面を食い入るように見る柏木。

 そこに映し出されたものは……そのガーグ母艦の部品とくっついたドーラコアの残骸が……ポチョンと空間に沈んで……消えてしまう映像だった……


『なっ!』と叫ぶニヨッタ。

『エエ! なんだいこりゃ!』と驚きを隠せないシャルリ。

『そ、そんな……』とありえない光景に息をのむニーラ。


「あ、あの状態で……母艦の残骸を利用して……逃走したのか? あのコアは……」


 全員、一様に唖然とする。

 まるで……瀕死の兵士が意地でも生き残ろうとする生存本能のようだ。


『ということハ、あのコアはゼル端子で……味方の残骸……恐らくガーグ母艦の次元潜伏機能の一部を修繕して、逃走したということですネ……』


 とニーラ。


『でもサ、あんな状態で次元溝に逃げ込んだって……あの野郎、どうしようもないダロ……こんな果て暮れの宇宙で仲間とどうやって連絡取るのサ……帰ろうにも帰れないだろ』

「冥王星までなんとか這いずって……って、無理か。推進機関らしきものもなさそうでしたし……」

『仮にそれが可能だったとしても、あんなのがノコノコ浮かび上がってきたら、ゲートの自動防衛システムで瞬殺さね』


 リアッサと柏木が、どうするんだアイツはと話す。


『まぁ……あの状態でどうにかなるものでもないとは思いますガ……一応各方面に、この事実は報告しておきましょう。警戒はしておかないと……』


 ニヨッタがとりあえずはと話す。


「もしかして……地球圏に現れたりして……」

『仮にそうなったとしても、かえってチキュウの兵力なら始末しやすいでしょう、ドーラなら』

「まぁ確かにそうですが……」

 

 しかし柏木はそれよりも、ドーラがこういった生き残る意地を見せた事に驚愕していた。

 ただの無人兵器……つまりロボット兵器だと思っていた連中がこんな行動を見せたとは……と……

 つまり、生存本能か、生き残ろうとする意思か……もしくは、何かの遠隔操作か……とにかく多かれ少なかれ、そして自律的であれ遠隔操作であれ、何らかの『意思』が明らかに介在していると……

 

 つまり、意思があるということは、目的がある。

 単なる破壊衝動で動いているような連中ではないのだということを実感させられる。

 そして……もしそうなら、彼らの目的は……ティエルクマスカのハイクァーンとゼル技術だ……


「船長、一体なんなんでしょうね、アイツらは……」

『それが分かれば、私たちも苦労はしないのですが……』


 ふ~むという感じで、一同しばし考え込む……


 しかしまぁ、状況はこれでとりあえずクリアできたということで、カグヤとクラージェは警戒態勢を解いた。

 念のためということで、この地域に散らばる戦闘によってできた残骸は、みんな協力してディスラプター兵器で分子の塵にしていく。

 もちろん先ほどの現象で、再度あのような状態になる敵が出てくるのも面白くないからだ。

 それと、今後この宙域にやってくる地球の探査機などが、彼らの部品を見つけてしまうのもよろしくない。

 おそらく地球のどこかの天体観測所が、今回の騒動を何らかの形でモニターしていることも考えられる。その影響で、ここに探査機を飛ばされるのも考え物だからだ……とはいえ、今の地球の科学力では、この宙域に探査機を送り込むとなれば、何年かかるかわかったものではないが……




 ……ということで、ティラスにもこの件を報告し、ティエルクマスカ本国とヤルバーンにも伝えて警戒は怠らないということで、当面の危険はないだろうという判断のもと、件の騒動は一応の決着を見る……

 どっちにしても、今の彼らでは、次元溝に潜伏してしまった『奴ら』を発見する手立てはない。

 それにあんな状態で何ができるものでもないし、亜空間シールドもかけていないあの状態では次元溝に入った時点で、すでに崩壊している可能性もある。まぁ大丈夫だろうということ。


 ……その後、ヤルバーン・デロニカはカグヤに着艦し、イナバもクラージェからカグヤ甲板へ移動した。

 クラージェも修復が完全に完了し、カグヤ甲板へ。

 クラージェは自力で地球に帰還するため、カグヤに搬送はされない。そのあたりは当初の予定通り。


 戦闘終了後、カグヤへ諸氏みんなして集まった……


『シエ局長、ご苦労様でした。最後の最後であんなイベントが待っているとは……なんともはやだったですが、ヤルバーンの諸君らの援護は本当に助かりました。礼を言わせて頂きます』


 ティラスが感謝の至りな想いで頭を下げる。


『イヤ、キニスルナ。私達モ意外ナ展開デ驚イテイタガ、結果大事ニ至ラズデ幸イダッタ』


 シエが話す。

 

「しかしシエさん、なぜこちらへ?」


 柏木がシエ達がやってきた経緯を改めて尋ねる。


『ウム、我々モ、セルゼントゲート近郊デノ戦闘ハ報告ヲウケテイタノデナ。ソシテ暫クシテ、アノゲート騒動ダロウ。ソリャ普通心配ニモナルサ。デ、様子ヲ見ニ来タトイウワケダ』

「なるほど」

『デ、来テミタラ、コレダ……ムシロ一体ドウナッテイタノカ、コチラガ聞キタイグライダ』


 柏木とティラスは一連の騒動の顛末をシエに話す。

 ガーグ・デーラが亜空間回廊で戦闘を仕掛けてきたこと。

 柏木達が一時的に並行世界へ、ぶっ飛んでしまったこと。

 その際の残敵と思われる連中が襲ってきたのではないかということを。

 その他ナヨクァラグヤの脳ニューロンデータの復活や、色々と……


『……ナルホド、ソンナトンデモナイコトガアッタノカ……アノ“ナヨクァラグヤ”ガナァ……』


 シエは柏木達に大事がなくて本当に良かったと話す。

 そして、並行世界の存在が、具体的にあったこと自体に驚きを隠さなかった。

 後で報告書をよく読ませてほしいと言うシエ。


『……デ、ソコハ、カシワギト私ガ“ラブラブ”ナ世界ダッタトカ……』


 変な期待をするシエ。


「ご期待に添えず申し訳ありません、シエさん」

『ナンダ、ツマラン』

「いや、そんな問題ではないと思うんっすが……」


 いや、つまるとかツマランとか、そんな話じゃないだろうと。

 苦笑いな彼……そんな世界だったらどーだと思う柏木。アンタが行ってこいと。

 クククと横で笑うティラス。

 まぁ、冗談はさておき……


『……シカシ、ガーグドモガコノ宙域ニ来タノハ少々問題ダナ……』

「ええ、連中の中央にこの太陽系の存在が知られてしまったかもしれませんね……」

『ウム、連中モ帰還ガ困難ダトイウコトヲ察シテ、日本語デイウ“ギョクサイ”ヲ仕掛ケタ可能性ガアルナ』

「はい、あの状況ではどう見ても彼らに勝機はありません。しかし何らかの連絡が行われたりした可能性はあります……ということは……」


 そういうとティラスが


『ヤはり、連中は、何がしかの統率された意思を持つ大型組織が操っている……ということになりますな』

『ウム、今後ノ警戒モサルコトナガラ、今回ノ戦闘デハ、ソレガ推測デキタダケデモ大キナ収穫ダ……ナンセ連中ハ謎ダラケノ存在ダカラナ……コノ件ハ私ノ方カラ、ヴェルデオト本国ニ報告シテオコウ』

「お願いします。シエさん」

『日本政府ヘノ報告ハ、オマエニ頼ムゾ、カシワギ』

「ええ、もちろんです」


 しかしまぁ、連中の活動圏から察するに、最低300万光年も離れたこの太陽系では、あまり心配することもないだろうと話すシエ。

 今後のことも考えて、セルゼント州近くに造ったゲートも、セルゼント州大型ゲート付近まで移動させるように本国へ進言しておくとシエは話す。


 ……実のところガーグ・デーラが、ゲートシールドなしでゲート亜空間回廊内で活動し、しかも亜空間回廊壁外で活動できた事実を、防衛総省も相当問題視していた……


『メイオウセイゲートニハ、モウ一機デロニカヲ向カワセテイル。ツイデト言ッテハナンダガ、ゲートノ防衛力ヲ増強サセテオクヨウニ言ッテオコウ』


 と準備と警戒は怠らないとシエは話す。

 こういったところはしっかりとしたシエ。


「しかしまぁ、この件についてはこれ以上考えても仕方ありませんね……」

『うむ、一応状況の決着は着きましたからな……今はチキュウへの帰還を最優先に考えないと』


 そんな話をしていると、ブリッジに多川とフェル、リアッサにシャルリ、ニーラにジェルデア、ニヨッタが入室してきた。


「いやぁ~ すごい船だなぁこれは! 宇宙空母って奴かよ、夢みたいだ」


 少年のような顔でブリッジを見渡す多川。


「多川さん!」

「やぁ柏木さん、お久しぶり! で、お帰りなさい」

「いやいや、多川さんこそ、助かりました」

「なんのなんの、お礼はシエ嬢に言ってやってくださいよ」

「え? 『シエ嬢』? ってか、さっきからそんな呼び方ですが、なんなんですか? それ」

「ん? ああ、そうか柏木さんは知らないのか……今、技本では、シエ局長の事は『シエ嬢』や『お嬢』で通っているんですよ」

「ははは、そうなんですか、へぇ~、シエさん人気者ですね、ファンクラブでもあるとか」


 実はあるらしい……

 「え゛」となる柏木。なんともかんとも。

 シエはキャプテン・ウィッチのニックネームに続き、気に入っているという。

 なんとも奔放なダストール人。


『シエ、大活躍ダッタナ』

『オマエモ無事デナニヨリダ』


 無事を喜び抱き合うシエとリアッサ。背中を叩き合う。


『シエ~、久しぶりだねぇ、会いたかったよぉ~……作戦会議ん時以来だね』

『ウム、コウヤッテ直ニマタアエテ嬉シイゾシャルリ、オマエモ相変ワラズデナニヨリダ……デモナァ……アラタメテソノ体ナァ……オマエハ良イプロポーションナンダカラ、ソロソロ元ニモドサナイカ?』

『プロポーションって……アハハ、アンタほどじゃないよ。それに別にいいじゃんかさ、気に入ってるんだからぁ……んで、あれから親分はどうしてるのさ』

『最近ハ、デスクワークガ多クテ参ッテルソウダ。ゼルエモ、モウ立派ナ官僚ニナッテルゾ』

『え? 親分が“官僚”かい? そりゃありえないね? ハハハハ』


 そんな話をしながら、シャルリとも抱擁。


『シエ……あとでお話がありますからねッ』

『ン? フェル、ナンダ? 何ノ話ダ?』

『ア~、とぼけるですか、私がいない間に、マサトサンにチューしたでしょ!』

「いや、されてない、されてないって」


 両手を左右に交差する柏木。


『じゃぁ、あとでするツモリですねッ』

『ウン』

『ナナナ、堂々と言いますカ! 今日という今日ハ……』


 フェルとシエはいつものパターンで再会を……相変わらずである。

 みんなでマァマァとフェルを宥める。


『マァ……今日ハ本当ニ助かりましたから許してあげまス……あの時、シエが来てくれなかったら、リアッサは……』

『フフフ、モウイイデハナイカ。フェルモ、ガンバッタヨウダナ。ゴクロウサン』

『ハイです……本当に大変でシタ……』


 そんなこんなで再会を喜び合う皆の衆。

 ワイワイと今までの事を話したり、そんな感じ。


「……で、柏木さん、このデッカイ船。これも地球へ行くのか?」


 多川が訝しそうに尋ねる。


「あ、まだ聞いていないんでしたっけ、日本のみなさんは……」

「おう、で、どういうことだい?」

「いや……実はですね……」


 柏木はこの『カグヤ』が、ティエルクマスカ連合からの、日本への贈り物だということを話す。

 日本で運用して欲しいと……


「は、はぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

「いや、そんな感じでして、ハイ」

「い、いやチョット待ってくれ……じゃぁ、これを将来的に海自か空自かは知らんが、ソッチで運用してくれってか!」

「ハイデス」

「か、柏木さん……アンタ、毎度毎度何をやらかすんだよ……どーするのこんなの……」


 多川は半笑いな顔で呆れ果てるように話す。


「だって、仕方ないじゃないっすかぁ~……帰国直前で『持っていけ』って言われたんですからぁ~」

「そっか、それでこんな護衛艦みたいなデザインしてるのか……どうりで……これで艦首にライフリング入ったデカイ穴があれば、地球防衛軍の船だしなぁ……」


 するとティラスがフォローに入る。


『ははは、ケラー・タガワ。当面はヤルバーンで運用いたしますからご安心を。まぁ、今後の引き渡しの事もありますので『港湾』の整備はお願いしたいところですが』

「って、自分にいわれてもですな……柏木さん、たのんますよぉ~……政治はあなたの担当だ」

「はい……頑張るっす……」


 カグヤで互いの再会と親睦を深め合う諸氏。

 そして、その後、着々と戦闘後の処理を進めつつ、地球、そして日本への帰還作業に入る。

 各自担当部署へ戻り、仕事を進める。


 柏木は当面やることもないので、カグヤの自然環境サロンで一息入れていた。

 すると、タオルを肩にかけた多川がやってくる。


「いやぁ~ 風呂まであるなんて最高だなこの船は」

「あ、入りました? いいでしょ風呂」

「ああ、こんな贅沢な軍用艦ないですよ普通」

「ん~、まぁこの船って、軍用艦というよりは、今後日本の、宇宙船開発に向けてのサンプル艦みたいな船だそうなんですよ」


 そう言いながら柏木は多川にハイクァーンベンダーで冷たい飲み物を造成する。

 ここは風呂上がりのフルーツジュース。もちろん瓶入り。フェルの調査もなかなかにマニアック。

 それをゴキュゴキュ飲む多川。


「ぷはー……なるほどね。それでこんな贅沢で旅客船みたいな構造になってるのか……」

「ええ、そんな感じです」

「私は空自ですからよくは知りませんが、海自さんトコの船上生活環境って結構大事だそうですな」

「そうですね。米軍さんの原子力空母とかだと、聞くところでは床屋まであるぐらいだそうですし」

「らしいですなぁ……おそらく日本じゃ、こういう空母ができたら多分、航空隊は空自からの出向もあり得ますからなぁ……空自と海自さんじゃ生活環境全然違いますからね……」


 実際その通りである。

 日本の海上自衛隊には、空母艦載の戦闘機や攻撃機等を運用する『空母航空隊』が存在しない。

 となれば、現在の日本では、そういった類の兵器を運用できるのは航空自衛隊のみであるから、当然こんなカグヤのような空母まがいな兵器を運用するとなったら、海自と空自の両自衛隊で共同運用することになる可能性が大である。

 そして、ヤルバーン技術者の支援を受けながら、そこで訓練された人員を擁する、宇宙で活動する『宙間自衛隊』なり『航宙自衛隊』のような第四の自衛隊を創設することになるのだろう。

 しかし、カグヤ程の機動空母ともなれば、ある意味航空自衛隊や海上自衛隊、そして、その特性上、陸上自衛隊の三自衛隊同時運用できる可能性も持つ。

 となれば……


「自衛隊初の、海兵隊か、それ以上の即応自衛隊の登場ですか?」

「可能性もありますな」


 フ~ムと柏木。そして多川に話す。


「いや実はですね、イゼイラには空軍と海軍ってないそうなんですよ」

「え? そうなんですか?」

「ええ、確か、イゼイラでは『惑星軍』『空間軍』『空間海兵隊』という組織で構成されているそうなんです」

「ほぉ」


 柏木の調べでは、惑星軍は、地球でいう陸海空軍を統括したような組織で、惑星や衛星、コロニーなどで活動する組織だそうで、空間軍は、宇宙艦隊を統括する組織。空間海兵は、その即応組織だという。


「……なるほどね、活動する場所が変わると、その軍構成も変わるという事ですか……」

「ええ、そうですね」


 第二次世界大戦時にも同じような事があった。

 それは、戦闘用航空機の性能向上に伴った『空軍』の創設である。

 第二次大戦時、日本や米国には『空軍』というものがなかった。

 日本の場合は、大日本帝国陸軍航空隊。米国の場合は、米国陸軍航空部から陸軍航空軍、そして戦後1947年に米国空軍が創設された。

 かつての大戦では、航空兵力はその作戦の特性上、陸軍に所属している国もあったのだ。


 そして戦後、作戦の舞台が地球軌道上にも軍事衛星という形で展開されるようになると、各国では宇宙軍の創設を思考するようになる。

 米国でもかつては一時期宇宙軍が独立して存在し、ロシアでも存在する(米軍宇宙部門は現在戦略軍に統合されている)

 中国でも近いうちに宇宙部門の軍が創設されるだろう。


「なら……このカグヤの存在は、そんな宇宙軍という構想も吹っ飛ばしてしまうような感じになりますね」

 

 多川が顎に手を当てて唸る。


「ええ、まったくです……それが決まらないうちに日本へ引き渡してしまったら、対外的云々よりも、自衛隊自体が大混乱をきたすでしょう」


 柏木も偏った知識でそう話す。そして続けて……


「あと、広域破壊兵器でもなんでもない『宇宙空母』ですけど……ハハ……広域破壊兵器並のブツですからねぇ……」

「ハハハハ! 確かに。コイツを辺野古沖にプカっと浮かべておけば、隣のやっこさん、大騒ぎでしょうなぁ……将来的に米軍にも使わせてやれば、普天間問題なんざ一発解決ですわ。いるかいないかわからないジュゴンも助かるでしょ、ハハハ」

「ええ、まぁそんな感じですね……なので、ちょっと扱いに困りそうなんですよ、この船は……」

「なるほどね……でも自衛隊としちゃ、有難くて感謝感激な代物ですな。正直なところ」

「ですよねぇ……」


 柏木と多川は、リラックスした感じではあるものの、このカグヤを日本へ持って行った後の扱いなどを考えたりする。

 この場でちょっと話しただけでもこれぐらいの懸案が出てくる。それほどまでにこのカグヤという船を日本へ渡すということは重大なことだったりするのだ。


「あ~……それと多川さん!」

「はいぃ?」


 急に訝しがった顔になる柏木に多川はキョトンとする。


「あれ! あのヴァズラーですよ! この船にも積んでいますけど、何なんですかアレ……技本の人、遊んでるでしょ」

「え? いやいやいや、そんな遊んでるって……」

「まさか、今度は左肩にイボイボ付けたのとか、怒り肩にムチ持ってるのとか、『ヴァズラーとは違うのだよ、ヴァズラーとは!』とか、そんなのハイクァーンで作ってないでしょうね……」

「いや、それはないだろぉ~」

「え? それはないだろって……やってるかもしれないんですか!」

「ヘ? え? いやいやいや……」

「こないだのF-2の資料も見ましたけど……まさか変形したりとか……」

「……多分ないと思いますよ……」


 多川はすまし顔で言う。


「あ、なんですかその顔は……」

「ん?」

「ん? じゃないっしょ……」


 やっぱりなんかやらかしていると察する柏木……ハァ~ となる……


 そんな話を日本人二人でしていると、シエ嬢がやってきた。

 口に棒付きアメ玉をコロコロ転がしている。

 二人を見つけて、にこやかにやってきた。


『オ、デルン二人シテ何ノ話ダ?』

「あ、シエ嬢」

「シエさん、どもです。そちらの準備は終わったんですか?」

『ウム、準備トイッテモ、デロニカトヴァズラーノ搬入作業ダケダガナ』

 

 そういうと一つ余っている椅子を引いて、ポソっと座るシエ。


『シカシ、イイ船ダナァ、コノ“カグヤ”ハ』

「え? シエさん達はヤルバーンっていう最高の船があるじゃないっすか」

『アレハ政府所属ノ都市型探査艦ダ。ティエルクマスカデモ、コンナ客船並ノ設備ヲモッタ中型軍用艦ナンテナイゾ』

「そうなんですか」


 と、そんなこと話していると……


『デダ、カシワギ』

「は?」

『チューノ件ナンダガ……』

「はぁぁ? まだ言ってるんですか?」

『約束ハ守ラントナ、デナケレバ、ダストール人ノ沽券ニカカワル』


 チュポンとキャンディーを口から出すシエ。


「んじゃ、柏木さん、がんばってね~」


 柏木を見捨てる多川。手をピラピラ振り、さっさと退席……とばっちりを警戒。


「あ、多川さん!……って、シエさん、そのワキワキな手は……」


 逃げ出す柏木。こんなの見られたら、フェルに抹殺されてしまうと……




 ……ダストール人は義理堅い……とても義理堅い……こんなところでも……





 ………………………………





 そして各部署帰還準備が整う。

 フェルとリアッサ、ニーラが乗り込み、ニルファの医療ポッドが鎮座するイナバが離艦する。


『ニルファサマの覚醒も順調に進んでいますね~』


 ニーラは医療ポッドのモニターを見ながらにこやかに話す。


『ソれはヨカッタでス。これでニホンに凱旋できれば、この作戦は万事終了デすね』

『マァ、カグヤヲ伴ウ時点デ、少々当初ノ予定トハ異ナルガナ』

『“カグヤの帰還”作戦だからイイのです、ウフフフ……でも、カグヤを見たら、みんな驚くでしょうネ~』

『アア、色々トナ……カシワギモ心配シテイタゾ、フェル』

『大丈夫デすよ、当面はヤルバーン扱いで運用するでスから』


 実はフェルにも思うところはある。

 あの並行世界で見た日本の記憶……とはいえ、もうその記憶はほとんど残っていないが『記録』はしっかりとある。それは紛れもなく自分が体験した『記録』なのだ。


 ティエルクマスカの一極集中外交の重要性が、みっちりとフェル自身に向けて書かれた記録。

 この凱旋帰国が、また新たな地球とヤルバーン、ティエルクマスカ関係の始まりになるのかもしれないと……

   


『フェル、準備はいいか?』


 柏木が通信を入れてきた。


『ア、はいマサトサン。準備おーけーデスよ』

『よし、んじゃ段取り通り、フェル達が先にディルフィルドジャンプして、月軌道に。その後地球の衛星軌道を周回してから、大気圏に突入。ヤルバーンへ着艦してくれ』

『ハイです』

『俺達はその後、すこし遅れて、カグヤと共にジャンプ。クラージェは羽田へ向かう。カグヤは東京湾沖へ着水後、ヤルバーン直下へ航行……まぁ、後は状況次第だな、カグヤの件は……こればかりはしかたないな、はは』

『ウフフ……で、その後、私はヤルバーンからマサトサンをお迎えにあがればいいのデすね』

『そそ、なんてったってフェルはヤルバーンで長期引き籠りしてることになってるからな』

『了解でス、ではそのスケジュールで』


 カグヤ、クラージェ、イナバ、全艦船準備完了。

 

 いざ、地球へ……そして日本へ……


 カウントダウン開始……



 イナバが先陣を切ってディルフィルドジャンプ。


 その後、クラージェとカグヤが大きな空間波動をまとい、ジャンプ。





 想像を絶する体験をした太陽系外縁部を後にして、舞台は地球へ……







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[一言] ザ○とは違うのだよ、○クとは!
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