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銀河連合日本  作者: 柗本保羽
本編
45/119

-25-

 女帝ナヨクァラグヤが精死病を克服したとされる状況を再現し、その原因を探ろうというイゼイラ的にも前代未聞で壮大な実験作戦。


 作戦名『カグヤの帰還』


 イゼイラ国民に公表される際は、『カグヤ』という固有名詞を使っても、何の事だかわからないということなので、イゼイラでは『レルタッシュ・ヌォム・ナヨクァラグヤ』……英語的に言えば、『リターン オブ ザ ナヨクァラグヤ』とでもいったところか、そんな感じで公表された……




「地球時間で170時間ですか……大体一週間強ってころか……結構な規模の話になってしまいましたねぇ……」


 柏木真人 政府特派大使は、うーむ、という感じで腕を組んで話す。


『そうですスねぇ……本当ナラ、地球時間で言えば、2シュウカンは欲しいところですケド、まぁ、機材も既存の物をつかえマスし……これぐらいあれば準備は大丈夫と思いまス』


 ニーラは、VMCモニターに映し出された小難しいイゼイラ文字の計算式を眺めながら答える。


『ウフフフ、言いだしっペハ、マサトサンなのですから、そこは了承してクダサイね。ブッツケホンバンというわけにはいかないのですから』


 フェルがニーラの横で、データ分析をしながら話す。


「ハハハ、ごもっともで。わかりました。そういうことで政府に連絡しておくよ……フム、結局帰国、おくれちまうな……」


 とはいえ、彼が帰国を決意したからこそ、やろうという事になった作戦でもあるので、それもアリかな?とも思う。


 普通に予定通りのスケジュールでやっていたら、この作戦自体なかったのかも知れない。

 アイディアはあれど、そこで終わっていたのかもしれない。

 フッ、と笑みをこぼす柏木。


 とまぁこんな事を思いつつ、イゼイラ科学省で、打ち合わせを行っていた彼。

 その後、フェルとニーラの『カグヤの帰還』作戦計画データ作成現場を訪れる。

 セカセカと忙しそうにやっているフェル達の横で、柏木も報告書作成作業を行っていた。

 ってか、そんなもの大使館でやりゃぁいいのだが、色々と彼女たちに、専門的な事を聞きたいのもあって、そんな感じで仕事中。


 VMCモニターが空中にたくさん立ち上がり、科学省の人々が行ったりきたり。

 今回は、件の作戦関係の仕事が舞い込んでしまったために、科学局局員総出でひっくり返るような忙しさである。


 柏木は、ティエルクマスカほどの技術があれば、もっと簡単に機材も調達でき、ポンと実行できるぐらいに考えていたのだが、事はそう簡単でもないようだ。

 やはり、再現実験する場所が場所だけに、テストが必要なのだという。

 その時間が、現在ある機器等々をつかってやってもテストやらなんやらで、地球時間で一週間は欲しいという話らしい。

 

 結構用意に時間がかかるんだなぁ、という事で、早期帰国のつもりが、当初のスケジュールどおりなものに相成ってしまった。


『デモ、やっぱり……早く帰りたいですカ? マサトサン……』


 フェルが少々心配そうに聞く。

 なぜなら、彼が早めに帰国をしようとした理由を知っていたからだ。

 しかし柏木は……


「いやいや、大丈夫だよフェル。まぁ、あの時は、ハハ……この作戦は本来ないものと考えてたからな。むしろこの作戦をやるなら、一週間とは言わず、フェルや博士たちが納得のいく形になるまでやってもららったほうがいいと思うよ」

『デモ、チキュウ世界とニホンの事もあるのでしョ?』

「その点はどうにでもなるよ。今回、俺のアイディアをやってみようって訳なんだからな。ティエルクマスカ的には大事なことだ……しかも連合規模で協力するっていう大作戦なんだから、この際、俺個人の帰国時期なんて後回しでいいよ。それに……」

『ソレに?』

「まぁ、地球も同じような感じで準備に時間かかるだろうしな。こんなのは言わなくったって向こうもわかってるさ。こっちからも進捗のデータは日本に送ってるんだろ?』

『ア、はい。それはもちろんでス』

「ん。ならOKだ」


 そんな話横で聞くニーラ。


『ファーダ、ファーダ』

「あ、はい。なんですか? 博士」

『テストは軍の方が先行してやってくれるそうでスので、どのみち私たちも、その結果待ちでス。まぁ、のんびり待ちましょうヨ』

「ハハ、ええ、そうですね……」


 『寝ろ』なアイディアが、アイディアだけの提案ではなく、本気でやるという話になったわけなので、まぁそうもなるという事…… 




 ……………………………………




 衛星イゼイラ近海宙域・イゼイラ―ディルフィルドゲート付近。

 ダストール船籍・戦術空間ジャミング艦『グムヌィル』艦内。


 グムヌィル艦長のデルンがシャルリに話しかける。


『サディ・カーシェル。位置ニツイタ。イゼイラ側実験ポッドノ準備ハ問題ナイカ?』

『アあ、もうちょっと待っておくれよ。今、最終調整の途中だからサ』

『了解シタ。終ワッタラ、声ヲカケテホシイ』

『ああ、わかったよ、すまないね』


 そういうと、艦長は表情一つ変えず、向こうにプイと向いてしまう。

 すると、その艦のクルーが艦長に話しかける。


『艦長、現宙域ニ問題ハナイ。一般航宙船等ノ航路規制ハウマクイッテイル』

『了解ダ。ソノママ監視ヲ続ケロ』

『了解シタ』


 そういうと、ティエルクマスカ敬礼……正確にいえば、ダストール敬礼をして去っていく。

 ダストール敬礼は、掌を柔道の手刀のように曲げて、その手のひらを耳の横に平行にかざすようにあげる格好をする。

 

 そして、次々に艦長へ、部下が報告をあげにくる。

 シャルリは、そんな彼らを、口を波線にして眺める……


 実はシャルリ、このダストール軍人同士の会話が苦手である。

 なぜなら……ダストール人には敬語の概念がない。

 なので、会話を聞いていると、一兵卒と艦長が会話していても、こんな感じである。

 リアッサが言うには、挙動を見れば、敬意を表して会話しているか簡単にわかるというが……

 はっきりいってワカンナイ……

 時と場合によっては、どっちが偉いヤツかわからなくなることがある。

 シエやリアッサは、そういう点、もう外国人慣れしているので、シャルリ達とも割と普通に会話もできるが、そうでないダストール人と会話するのは、実際のところ骨が折れるのだ。


 そんな感じでいると、ブリッジにリアッサが入ってきた。


 リアッサは艦長に敬礼をすると


『艦長、テスト用ポッドノ準備ガ完了シタ、セッティングモ終ワッテイル。アトハタノム』

『ウム、ワカッタ。オマエタチハソノ席デ見物シテイロ』

『スマナイ。クレグレモヨロシクタノムゾ』


 そういうと、艦長はコクンと頷き、何か部下へ色々と命令を出しているようだ。

 そしてリアッサはシャルリのもとへやってくる。


『ン? シャルリ、ドウシタ?』


 口元波線なシャルリに話しかけるリアッサ。


『イやぁ~ ……相変わらずアンタ達の会話は淡泊だねぇ……』

『ドウシテダ? 普通ニハナシテルデハナイカ。チャント挙動ヲミレバワカルダロウ』

『わかんないヨっ!』


 リアッサは、体の動きを見れば、相手に対する敬意などもわかるという。しかし微妙すぎて、普通の人間にわかるわきゃない。


『……ホント、アンタ達の会話を見ていると、誰が部下で、誰が上官かホントわかんなくなるね』

『オマエガ勉強不足ナダケダロウ。ワタシタチハ、チャントオマエタチノ話ス敬語ノ概念ハ理解シテイルゾ』

『ハイハイ、すんませんでしたねぇ……って、用意出来たのかい?』

『ウム、今、艦長ニ、アトヲタノンデキタ。コレカラハコノ船ノクルーノ仕事ダ、ソコデ見物デモスルトシヨウ』


 そういうと二人は、ブリッジの空いた席に腰を掛ける。

 と、同時に、ブリッジも少し慌ただしくなってきた。


『で、ドういう段取りでポッドを亜空間に流すんだい?』

『ウム、マズ……』


 リアッサの説明では、まず、無人の軍用デロニカに、テスト用の量子ビーコンと、亜空間内用の特殊なシールドを施した改造無人脱出ポッドを積んでゲートに突入させるという。

 予め設定したタイムスケジュールで、デロニカから脱出ポッドを放出。その後、グムヌィルをゲートセントラルシステムとリンクさせ、ポッドをモニターする。

 そして、予定地点から、脱出ポッドを亜空間回廊壁へ突っ込ませ、ポッドを消失させるという。

 その際、通常空間へ確実に出現するように、亜空間回廊壁の安定した部分をグムヌィルの管制システムが割り出し、その地点へポッドを誘導するのだという。


『コノ“グムヌィル”ナラ、時空間観測ヤ、空間操作ニウッテツケダ。コイツノシステムナラ、確実ニ最良ノ亜空間内目標ヘ誘導デキルダロウ』

『確かにね、空間ジャミングができるのを、利用しているわけだもんね。考えたね……でも、この船って、ダストール軍の最高機密な新鋭艦ジャないのかい?』

『コノ際、ソンナコトハイッテイラレンダロウ。ワレワレノ大キナ問題解決ガ、カカッテイルノダ。ソレニ比ベレバ、コノ船ノ軍機ノ一ツヤ二ツ、ナニホドノモノデモアルマイ』


 リアッサがそういうと、その会話を聞いていた艦長が寄ってきて


『リアッサ副局長ノ言ウトオリダ、サディ・カーシエル・シャルリ。コノ船トテ、本来ハ対ガーグ・デーラ用ニ開発サレタモノダ。我々連合加盟国ノタメニツカエルノナラ、コレホド名誉ナコトハナイ』


 艦長は、ニヤと笑い、シャルリに話す。


『へぇ~ 艦長がそういう考えでやってくれてるんなら、アタシ達も安心だヨ』


 リアッサがそう言うと、艦長はコクコクと頷く。

 なかなかに男気のあるダストール人のようだ。


『……艦長。イゼイラゲートシステム、セルゼント州ゲートシステムトノ接続開通ヲ確認。準備完了シタ』

『ヨシ、デロニカヲ突入サセロ。同時ニイゼイラゲートコントロールシステムト接続。亜空間回廊情況データヲ分析』

『了解……デロニカ、ゲート空間境界面ヘ接近……5・4・3・2・1・ディルフィルドジャンプ開始』

『イゼイラゲート・コントロールシステムトリンク。亜空間回廊時空間波動情況分析開始……』


 そんな会話がブリッジ内に飛ぶ。

 ポッドやコントロールシステムの稼働実験が開始された。


 今回使用した無人テストポッドは、普通の一般的な脱出ポッドに改造を加えたもので、このポッドを利用して、今回の実験作戦で最も要の部分、亜空間回廊壁に接触。そこを抜けてしまった時に、安定した通常空間に出現……つまり、緊急ディルフィルドアウトできるかどうかのテストである。


 実際に使用するポッドは、ポッドとはいうものの、実際はニーラちゃん特製の、脱出ポッド型な、立派な小型宇宙船である。性能も、1000年前のものとは比較にならないぐらい高性能で、高機能な自律システムも搭載する予定である。


 ということなので、とにもかくにも安定し、エルバイラ記に記載された場所に近い空間へ飛び出せるか、という事を実証するテストなので、テスト用としてはこの程度のもので充分事足りるという寸法だ。

 

 この作戦の成果を握るのが、先にクルーが会話していた『亜空間回廊時空間波動情況』の分析である。

 これは例えれば、亜空間回廊内の天気予報とでも例えればよいか。

 亜空間回廊は、その空間波動の、波というか、濃度というか、そういうものが回廊外でうねり荒れている。

 その波動濃度とでもいうべき密度の低いうねりを探して、そこへめがけてポッドを突っ込ませる。

 波動濃度が低いと、亜空間回廊終着点までの間の、現空間線上に近い場所に、うまいことすれば強制ディルフィルドアウトさせることができる……かもしれない。


 『かもしれない』というのは、この波動のうねりは、リアルタイムでウネウネと変化するので、その突入タイミングが非常にシビアだ。

 それに、波動濃度が低いからといって、必ず通常空間の思った場所にアウトできるとは限らない。

 あくまで、その確率が高くなるというだけで、絶対というわけではないのだ。


 もし最悪、波動濃度の高い場所に突っ込んでしまったら……もうどうなるか全くわからない情況になる。

 並行世界へ飛ばされるか、それとも理解の及ばない空間へ飛ばされるか、

 なので、このテストポッドに搭載されている『量子ビーコン』は文字通り命綱ともいうべきもので、これが正常に動作するかもテスト内容に含まれている。


『さて、これでどうなるか結果待ちってわけだね』

『マァ、ソウイウコトニナルナ……』



 ………………………………



 イゼイラ本星・イゼイラタワー


 ニーラとフェルのデータ作業が終わり、次に諸氏は今回の作戦に使用するポッド型宇宙船の製造現場を見に行く事にする。

 これはフェルも初めてで、言ってみればニーラの専業部門だ。

 特注ということらしいので、柏木も少し期待してしまう。


『フンフンフン……♪』


 柏木とフェルを先導して歩くニーラ……なんとなく余裕である。

 腕を大きめに振って、元気よく歩く。

 

 そして、しばし歩くと大きなオートドアの前に立つ。

 ドアをあけると、そこは科学省の工房であった。

 ニーラは科学省のスタッフに声をかける。


『エットえっと、例のものの進捗はどうですかぁ?』

『あ、ハイ副局長。あちらで進んでいますヨ。どうぞご覧になってください』

『ハイ、アリガトです……ファーダ大使、フェルお姉さま。こちらですよ』


 柏木とフェルは、ニーラのあとについていく……すると……


「ん? こ、これは……宇宙船?……いや、宇宙艇か?」


 そこには、トラック横2台分ほどの大きさの宇宙艇が置かれていた……しかし、デザインがなんか妙だ。

 タマゴを横にしたような感じで、前部に色々センサー類がくっついている。

 大きめのセンサーが、デンと並列に二つ並んでいたり。

 そして、何か頂部にアンテナのようなとんがったものが二本くっついている。


「なんか……これ……お弁当に入っているタマゴのウサギさんみたいなデザインですね……」

『タマゴノウサギサン? なんですか? それ』

「ああ、いやいや、要するに可愛いデザインですね、ってことですよ。ハハハ」

『ア、やっぱりそうですか? 私も可愛いなっておもってたんですぅ』


 これをデザインしたのは自分だと、エッヘン顔で主張するニーラ。

 とはいえ、別に彼女は可愛さを求めてデザインしたわけではなく、亜空間内で効率良く航行でき、亜空間回廊壁へ無理なく突入できる形状として、こういうデザインにしたという。


『……本当は、ナヨクァラグヤサマの脱出ポッドのようにするなら、球形の方がイイのですけど、さすがに機材や、乗員数がありますからネ。自力で航行するために、小型のディルフィルド機関も付けましたから、こんな感じになりましタ』


 このポッド型の宇宙船が、今回の臨床実験的作戦の要になるという。


 柏木達は、そのポッド宇宙船に入り、中を見学。

 わりと広く、いろんなモニター機材や、制御システム、医療カプセルや、モニター要員用睡眠ポッド。 テーブル、操縦席など、脱出ポッドというよりは、完全に超小型の宇宙船だった。

  

「で、ニーラ博士、これのモニター要員として誰が乗るのですか?」

『マダそれは聞いてイナイですね』

「そうなのですか……」


 柏木は、これに乗る乗員は大変だなと思う。

 ニーラは、最新の技術を使っているので、亜空間回廊壁に突入しても大丈夫だというが、やはり大きさ的にこれはコワイだろうと。


 そんな事を話していると、ニーラの作業デスクにVMCモニターが立ち上がり、通信が入る。

 『グムヌィル』にいるシャルリからだ。


『ニーラぁ……いるかい~?』

『ア、はいはいシャルリお姉さま。実験はおわりました?』

『アア、今終わったところだよ』

『で、どうでしたか? ワタシの計算通りの場所へ出現しましたか?』

『ああ、さすがニーラだね。グムヌィルの亜空間分析システムは優秀だねぇ。ニーラの計算したタイミングで無人ポッドを突っ込ませたら、セルゼント州人工亜惑星の約2タスィークのあたりに出現したヨ』


 2タスィークとは、イゼイラの距離単位で、地球の単位で言えば、大体4光年未満のことだ。


『2タスィークですか。ちょっと予測より離れましたけド、まぁ許容範囲内ですネ。成功ということでイイカナ?』

『ンじゃ、成功ってことで』

『そうですね、お疲れ様でしたぁ』

『了解。んじゃ、これから今後の事をこっちで打ち合わせするヨ』


 そういうとシャルリは通信を切る。

 

 しかし、フェルは、その話を聞いていて疑問を感じた。


『ニーラチャン』

『はい? なんですカ、フェルお姉さま』

『チョット疑問なんですが、今回のホンバンは、セルゼントから離れた、あの来た時のゲートを利用するのでスよね』

『ほい、そうですヨ』

『でも、エルバイラ記の記述では、ディスカール星間共和国のルートで起きた事故ですよね……あのルートと、チキュウ行きのルートじゃ、ご先祖様が飛ばされてしまった距離が全然チガウと思ったのですガ……』


 確かにその通りだ。

 ゲートのルートが違って、しかも距離も全然違う。再現実験としてそのあたりはどうなんだと尋ねる。


『アア、それはあまり関係ないですヨ、お姉さま。ナヨクァラグヤサマのポッドは、予測するに、相当波動変動域の厚い場所に突っ込んだと予想できマス。ですので、チキュウに流されるぐらいの場所へ、信じられない距離を飛ばされたのですヨ。もうアレで助かったというのは、幸運としか言いようがないですネ』

『フムフム……』

『この作戦では、“状況”を再現できれば良いわけですので、場所はどこでもいいですし、波動変動域も薄い場所でいいのでス。わざわざ並行世界に飛ばされかねない博打をする必要はないですヨ』 


 ナルホドナルホドと、コクコク頷くフェル。


『ウ~ム、さすがは時空間事象物理学の権威、ニーラチャンですねぇ……ナルホドです。そう思いませんか? マサトサン』


 フェルはフムフムと感心しつつ、柏木に尋ねる。


「い、いやフェルさん……俺にどー答えろと……何のこっちゃサッパリっす……」



 ………………………………



 そんな感じで、テストを続けるフェル達ティエルクマスカ人のみなさん。

 柏木は、言い出しっぺとはいえ技術的作業となると、どうしようもないので大使館で進捗報告の手伝い等をしたりする。


 その後、テストポッドでの試験は数回に渡って行われたが、特に問題になるような状況はなく、試験は滞りなく終了した。


 そして次に、ニーラの製作した特製ポッド型宇宙船を宇宙に上げて航行テストを行う。

 これも軍主導で行われ、運行テスト・ディルフィルド航行テスト・量子ビーコン送受信テスト・緊急時自律航行テスト等々が行われ、どれも素晴らしい性能が出たとの報告を受ける。


 その報告を聞いたニーラは、無い胸を前に突き出して、エッヘン度当社比50パーセント増しであったりする。




 ………………………………





 そんなこんなで数日が過ぎ、柏木は当初の予定であったイゼイラ政府主催の晩餐会へ招かれる。

 

 実は、イゼイラに限らず、ティエルクマスカ世界では、大使クラスの来訪で政府主催の晩餐会を行うことなどはまずない。

 理由は簡単な話で、この広大かつ人の往来、入れ替わりが激しいこの連合国家で、大使のような人間が行ったり来たりするためだけに晩餐会なんぞを開いていては、いくら時間があっても足りないからだ。


 しかし、今回は、ティエルクマスカ連合的にも、とてつもなくはるか彼方な銀河からやってきた友人と新たに国交が結ばれ、創造主ナヨクァラグヤにゆかりのある国家の大使であり、また、『カグヤの帰還』作戦の成功を願ってということで、盛大に晩餐会が開かれた。


 出席者は、政府代表として、サイヴァルにマリヘイル。もちろん柏木は当り前として、フェル以下シレイラ号事件で活躍したクラージェクルーに、ヘストルら軍幹部。そして、たっての要望で、テイエルクマスカ各国の議員や大使級、大臣クラスに一部たまたまイゼイラヘ訪問していた元首クラスも出席していた。

 イゼイラでのこういう晩餐会は、立食形式が主流のようで、壇上でのサイヴァルの挨拶のあと、乾杯のような儀式がなされ、みんな自由に歓談を行っていた。

 無論、柏木の下には、いろんな国の政府要人がやってきて挨拶をする。

 しかし……なんともいろんな種族がいるものだと柏木は思う。

 さながら異星人見本市みたいな感じである。


 イゼイラ人やハムール人が、鳥類のような動物から進化し、ダストール人は地球で言うところの小型恐竜のような生物から進化したらしい。

 パーミラ人やカイラス人は見た目まんまだし、サマルカ人は投稿動画ネタのような……

 そして……


『ファーダ大使。こちらがザムル国の高等議員、ファーダ・デヌ・ラヌです」

「は、は……こ、これは、初めまして……アハ…アハハ……」


 サイヴァルが、ある要人を柏木に紹介した。

 腰が引けそうになるのを必死で耐える柏木。


《柏木大使、お初にお目にかかる。ザムルのデヌ・ラヌと申します》


 柏木はビビるの耐えながら思わず頭を押さえる。


 ザムル国のザムル人……いや、ザムル族といったほうが良いか?

 その容姿は『人』というにはかなりかけ離れている。

 まるで肉厚のクラゲに長い触手を数本生やしたような、非人類型種族だ。そこに豪華絢爛なテルテル坊主のような感じで、衣服らしいものを身にまとっている……はっきり言って、顔や目とかいったものがどこにあるのかわからない。

 そして何より、彼らは音声言語を話さず、頭に何かを直接送ってくるようなコミニュケーションを取るようだ……


「え? こ、これは……」

『ハハハ、少々驚かれましたかな? ファーダ』


 サイヴァルは、悪戯が成功したような笑みを漏らす。


《ハハハ、サイヴァル閣下、あまり柏木大使を驚かせるようなことはいけませんな》

『いやいや、これはファーダ、失礼した。いや、ザムル族の方は、私達のような音声でコミニュケーションは取りませン』

「と、いうことは……この感じ……脳波信号か何かですか!」

《さすがは地球の方だ。ご名答です大使閣下》

「そうか……それで私には素直な日本語で理解ができるのか……」


 脳波で意思を送ってくる種族なので、いわゆる『ファーダ』のような言語が、柏木には『閣下』と素直に理解できるのだ。

 従って、彼らはイゼイラ人やダストール人のような人類型種族と違い、その文化もかなり特殊で、文字のようなものも持つが、いわゆるアルファベットのような文字体系ではなく、何かの信号のような……グラフ線みたいな文字体系を持つ。


「なるほど……じゃぁあなた方は言語意志の疎通には、どの種族相手にも困らないという事ですね」

《おお、なかなかご理解が早くて助かりますな、大使閣下》


 柏木は、以前、タコ型宇宙人なんてこの世にいないと思ったが……どうも誤解だったようだ……まったく宇宙は広い……タコではなくとも、こんなクラゲまがいな知的生命体がいようとは……

 最初はマジで腰を抜かしそうになったが、いざこうやって意思疎通が図れると、不思議なもので……まぁ容姿はいいとして、案外受け入れられるものだと彼は思う。

 そして、サイヴァルも、なぜにデヌを紹介したかというと、こういう種族もティエルクマスカにはいるのだということを理解してほしい為に紹介したという。


 柏木は遅ればせながらデヌと握手? ……触手のようなものを握って、握手の代わりとした。

 そして、近くにいたジェルデアを呼んで、スマホで写真を撮ってもらう……サイヴァルと、デヌと一緒に写った写真だ……それをみると、どう見ても、どっかの怪しいサイトにアップされてるコラ画像にしか見えない……そう思うと、思わず吹き出しそうになるが、耐えた。


 ちなみに、彼らは、相手の脳波に合わせたコミニュケーション波動を送れるが、他人の脳波を読み取れるわけではないらしいので、超能力者のようなものではないようだ。

 しかし、ティエルクマスカの言語翻訳能力が長けているのは、実は彼らザムル族の功績によるところが大だという。

 ヤルバーンが地球にやって来る前に放ったヴァルメ。そのヴァルメが柏木と対峙した時、柏木の脳言語野をサーチして、言語解析を行った。

 あの技術は、実はザムル人の能力をトーラル型システムで解析し、翻訳システムとして利用したものなのだそうだ。


 その話を聞いて、柏木は思う。


(なるほど、確かに彼らは地球人のような科学技術史を歩んではいないが……多種族の技術をお互いに取り込んで、協力し合って、無いものを補い合っているのか……なるほどね……ある意味理想の姿ではあるな……)


 彼らは歪に発達した技術を……いろんな種族の特性に合わせて発展したトーラル文明圏の技術をお互いに融通しあって発展してきたのだ……そして、その種族的技術特性同士の補完で、今現在までやりくりしてきた。

 お互いトーラルの技術はあっても、何が良くて何が悪いのか、そして、何を取り入れればいいのか……そんなことをお互いの文明が出会って、触発され、会話をし、ここまでやってきたのだろう。

 なので、歪ながらも彼らは銀河にまたがる大連合を築く事ができた。

 そう思うと、今更地球の技術なんかどうでもいいじゃないか、とさえ思ってしまう。


《どうしましたか? 大使閣下》


 デヌは、柏木の頭の中に語りかける。


「いや……ティエルクマスカ連合はすごいな……と思いましてね……」

《ほう……》

「ここまで生物学的に違う者同士が、トーラルという太古の文明を基礎にして繋がりあっているっていうのもですね……私たち地球人からすれば、本当に理解の範囲を超えます……もちろん良い意味でですが」

《なるほど、しかし普通、あなた方イゼイラ人型種族は、最初私たちを見ればとても驚きますが……あなたはかなり特別ですな》

「ハハハ、いや、正直言うとそうでもないですよ……さっきは……申し訳ありませんが、チビリそうになるのを、耐えていました……でも、もう何と言いますか……慣れましたよ……ハハハ」

《ハッハッハッハ! 正直な方だ……いやはや、気に入りました……あなたとは良い友人になれそうだ》

「いや、恐縮です……」


 デヌは、体をゆすらせて……笑っているようだ。どうもご機嫌なようである。

 サイヴァルもその様子を見て笑っている……デヌを紹介してよかったと思っているようだ。


 すると、フェルが柏木の姿を見つけて。駆け寄って来る。


『マサトサン!……と、あ、ファーダ・デヌ、お久しぶりでございまス』


 フェルがデヌに敬礼をする。


《これはこれは、フェルフェリア議員、お久しぶりですな。相変わらずお美しい》


 この言葉に、柏木は『え゛?』と思う。


「え? デヌ議員閣下、あなた方からみても、フェルは『美しい』対象なのですか?」

《え? それはそうでしょう。ファヌメル鳥のようなお姿、美しくて可愛らしいと思いますが……何か?》


 その言葉で柏木は、ああ、なるほど、とおもう。

 つまり、性的な美しさではなく、所謂人間が小鳥を見て可愛らしい、美しいと、そう思うような感覚なのだと。


「ああ、いや、わかりました。これは失礼をば……で、フェル、どうしたんだ? 遠目でみてたけど、フェル大人気じゃないか、黒山の人だかりができていたぞ」


 そういうとサイヴァルが……


『それはそうですよファーダ大使……って、もうケラーでいいですかな?』

「はい、そうしてください議長。肩こるのはヤメましょう」

『はっはっは、了解ですケラー。デ、フリンゼの事ですが……まぁ……『フリンゼ』ですからなぁ』


「ああ、そっか……」と、柏木はちょっとイタズラ顔で「生き神サマだもんなぁ、フェルは……」

『モウ! マサトサン、それは言わないデくださいデスっ!』

「ハハ、ごめんごめん……で、逃げてきましたと」

『ソイウコトです……ハァ……たまんないでス……』

「そっか、ご苦労さんですな、フェルサン」


 すると、デヌが


《しかし、フェルフェリア議員、私もナヨクァラグヤ信奉者ですぞ、どうしますか?ハハハハ》

『エ! そうだったのデスか!?』


 そういうと柏木も


「フェル、もう今日だけは諦めろ、な……フェルはこの連合じゃアイドルみたいなもんなんだから……握手会でも開いてさ、ナントカ48みたいに」

『モウ、何をお気楽な事言ってるでスか! こっちの身にもなってくださいデス! それに今日の主賓はマサトサンの方でしョ!』

「あ、そういえばそうだっけ……」

『確かニ、そうでしたな、ハハハ』

《ウム、確かに、ハハハ》


 そんな感じで、冗談を言いあっていると、厨房から良い匂いが漂ってくる。

 その匂い……日本人なら誰でも知っている匂い。

 そして、イゼイラやティエルクマスカ世界では、絶賛大好評な匂い……

 フェルは、クンクンとその匂いに敏感に反応する。


『ア! これはこれはっ……カレーライスですねっ!』

「お、あはは、本当だ……マジでカレーライス、ここでも人気だったんだ……」


 すると、場内の人だかりが、カレーライスの方へ向かって、移動する


『ムムムムム、これは早く行かないと、食べられちゃいまス……デハ、私はカレーライスを奪取してくるでありますデすッ!』


 フェルは地球式敬礼をすると、ピュンっと、そっちへ走って行ってしまった……


「もう……ハハ、フェルのカレー好きはあそこまでいくと病気だなぁ……」

『何をいっているのですかケラー、さて、私もカレーライスを頂くとしますか』

「え? え? 議長?」

『カレーライスは、ニホン人がもたらしてくれた文化の極みですぞ、デヌ閣下、アナタも早く』

《そうですな、では私も……》

「はぁぁぁ? デヌ閣下……あなたも……食べられるのですか?」

《もちろんですとも。母国でも大人気ですぞ》

「え? え? エ? E? ゑ?」


 デヌの容姿と、カレーというものに、やっとこさ理解が吹っ飛ぶ柏木……


 柏木は思う……


 宇宙はヤバイ……



 ……………………………




「な、ななな、なんじゃこりゃぁ!!」


 椅子からすっ転び落ちそうになるは白木。


「ブッ!…………」


 かのクールな新見ですら片手に持つコーヒーを吹いた。


「あいたたたたた……」


 三島はみんなに先んじてすっ転んだ。


「…………」


 茫然自失な二藤部。


「これは……本気で『宇宙戦争』ですね、ハハハ』


 と言いつつ、顔が笑っていない春日



 ……地球、首相官邸で彼らがみたもの。

 ヤルバーンから送られてきた資料映像。

 

 ヴェルデオは『イゼイラで、ケラー・柏木の送別晩餐会が開かれました』と資料映像を送ってきたはイイが……何に吹っ飛んだかって、デヌが写っていたからだ。

 柏木がにこやかにタコ型……もとい、軟体動物型異星人とにこやかに話して、握手? して、サイヴァルと写っていりゃぁこうもなる。

 木曜日な気分どころではない。構図的には戦後初期の、子供用科学雑誌な世界だ。


 しかし……首相官邸会議室は、全員座る位置がマチマチのバラバラ、コケるわ、ずり落ちるわ、湯呑み倒すわ……そんな感じ……もー、大変であった。


 で、切り出すは白木。


「あのヤロ〜…… 嫌がらせか、これは……」

「白木君があの時、銀河級バカなんていうからだぜ……」


 と三島。椅子を戻して座り直す。


「しかし……柏木さんは本当に驚かせてくれますね、ハハハ」


 なにか妙に楽しんでいる二藤部。


「まぁ……しかし、向こうではこれが普通なのでしょうから、致し方ありませんな……」


 冷静を装いたい新見。


「しっかしよぉ……本当にタコ型異星人がいるなんてよぉ……どーするよ……」


 三島が少々狼狽して話す。


「これは……もし今後、彼らのような非人類型知的生命体とでも言いましょうか、そういう存在が来日したら……入管法や検疫など、徹底的に見直さなけりゃいけませんね……」



 現実問題として真剣に考え込む新見。

 将来的に、こういう形態の知的生命が日本を闊歩することもあるのかと考えると、まじめな話、冗談では済まないと思う諸氏。

 どーすんのと……


「でもよぉ、地球的にゃあ、人類の定義まで覆しそうな種族さんだぜ、ありゃあ……」


 三島は額に手を当てて、こりゃまいったな顔。


「それに……脳波を同期させて会話ですからね……生物学的にありえるのでしょうか……」


 春日も同じような感じ。


「しかし、柏木の奴、次から次へと、ホントに常識外なことをやらかしてくれるなぁ……」


 白木は苦笑いで思わず漏らす。


「はっはっは、それは先生が先生故じゃないかい? 白木君」

「まぁ、そうなんですがね、三島先生」

「しかし総理よぉ……先生が帰国したら、今度はあそこへ正規の全権大使、送んなきゃならねーんだろ? どうするよ……」

「まぁ……こればっかりは最悪、外務省官僚使うにしても、一概に職務命令というわけにはいきませんからねぇ……」


 二藤部も少々渋い笑顔で腕を組む。

 

 そんな話をしていると、待ち人来る。

 今日の会議は、その待ち人の持ってくるもののために開いていた。

 官邸スタッフがノックの後にドアを開け……


「総理、宮内庁の迫水さこみず長官がお越しになられました」

「ああ、お待ちしておりました。お通ししてください」


 黒縁メガネに白髪が目立つ、その迫水と呼ばれる男が会議室に入室してきた。


「総理、おはようございます」


 迫水が慣れた感じで、挨拶をし、入室してくる。


「ああ、迫水さん。お待ちしておりました。どうぞどうぞ」


 二藤部は迫水を席に誘う。

 迫水は席につくと、手に持ったジュラルミン製のアタッシェケースのようなものを机に置く。


「総理、お待たせしまして申し訳ございません……マスコミを躱すのに少々難儀いたしまして」

「いえいえ、私達も別件で少々……腰を抜かしていたところでして……」

「ハハハ、また例の、柏木大使ですか?」

「ええ、まぁそんなところです」

「陛下からも、何か面白い情報があれば、持ってきて欲しいと頼まれているのですが……」


 迫水が少しニヤけて、そう話すと、二藤部達が少々苦笑いで……


「いやぁ……今日のはちょっと……」

「ハハハ、いいじゃないですか。陛下はいつも楽しみにしておられますよ」

「はぁ……では……こういう感じの物なのですが……」


 二藤部は小型液晶モニターを恐る恐る迫水に向ける……無論、映っているのは、デヌと柏木の和気藹々。


「ブッ!……」


 迫水は、持った湯呑みをバッタを落とし、小膝叩いてニッコリ……笑わない……


「ななな! こ、これは!……」


 やっぱりみんなおんなじ反応…………こんな映像を陛下にお見せするのですか? ね? ね? 陛下って確か80過ぎで心臓、お強くないですよね? という感じの目線で、迫水に訴える諸氏。


「こ、これは……是非お持ち帰らなければ……」


 エエエエエエ! となる二藤部達。ちょ、ちょっと待てよと手の平をみんなして振る。

 しかし迫水は、陛下は必ずご興味を持たれると。生物学者であらせられるし、と。

 困惑する二藤部達みなさん……まぁ、そういう事ならと、データを迫水に渡す……但し、絶対に部外秘でお願いすると。



 そんな話題で間をとると……




「……で、迫水さん、本題ですが……」


 目線を真剣に戻し、二藤部が切り出す。


「はい……これですね……」


 迫水は、持ってきたジュラルミンケースをバカっと開け、緩衝材にめり込ませたような立派なケースから、何かを取り出す…………どうやら巻物のようだ。


「こ、これは?」


 みんなが身を乗り出してその巻物を見る。


「これは、とある旧宮家の所蔵していた掛け軸形式の巻物らしいのですが……実は、陛下が件の報告を総理からお受けになった後、陛下が旧宮家の方々に、何か出所不明の書物や何かがあったら、我々宮内庁に提出して欲しいという事でお声をお掛けになられました」


 ほぉ~と と口を尖らせて聞く諸氏。

 迫水は続ける。


「で、そういう経緯で、さる旧宮家が所蔵していたというこの巻物なのですが……」


 迫水が、白手袋をはめ、一礼すると、巻物の紐を解き、スススと、紙を伸ばし始める……


「え? な、何ですか?こりゃ……」


 三島はそれを見て目を丸くさせる。

 その巻物に書かれていたものは…………


 円形を基板とした記号に、波線のような記号、それが単純に組み合わさったり、あるところでは複雑に組み合わさったり……そういった図形というか、記号が、毛筆……すなわちフデで描かれているような、そんな感じの物だった……


「……その旧宮家では、昔から訳の分からない書物というい事で……おそらく筆の書き味などを試した落書きのようなものではないかということで、さして重要視もされず、この素材だけが古くて価値のある物だということで所蔵され続けてきた代物らしのです……」


 一同、しばし巻物を見学。

 みんな白手袋を着用して、眺めていた……

 かなり長文……というか、長めの巻物で、その訳の分からない記号がビッシリと書かれている。

 

 すると、白木がハっとし、気づく……


「統括官、これ……」


 白木はあるところを指さす。

 何やら、形は崩れてはいるが、『ー』という記号や『 > 』という記号によく似たようなものの組み合わせがチラホラ見える箇所があった……


「ああ、白木君……」


 新見は白木の顔を見て同意すると、その波線や円形の記号も指差す……


「これ……どこかで見たような気が……するんですが……何だったけかなぁ……」


 そういうと、頭を親指と人差指で抑えつつ目を瞑って考えこむ……

 その様子を期待してみる二藤部に三島、春日に迫水。


 しばしすると、新見はパン! っと手を叩き、そそくさと自分愛用の果物マークなタブレットを取ると……歯で手袋を取り、ポポポっと何かを検索している。


「えっと……ギガヘキサ_米軍_撮影……っと……あ! これだ!……総理、これですよ……」


 新見は、ヤルバーンが、まだギガヘキサと呼ばれていた時に撮影された米軍の写真資料を検索して、二藤部に見せた。

 それは、ヤルバーン船体側面に、小さく書かれている文字らしきものの、拡大写真だった……


「これは……」


 二藤部は、その写真の文字と、巻物の文字を並べて見比べる。


「確かに……似ていますね……」

「数字か、文字か記号か……もしかすると……ですが……」

「では、もしかすると、この巻物……ナヨクァラグヤ帝が書いたものだと?……」

「否定はできません。もしこれがイゼイラの文字か数字なら、おそらくは……」

「そ、それなら大発見じゃないですか!」


 二藤部は興奮気味に話す。

 だが、しかしと迫水が割って入る。


「総理、これが原本かどうかは解りません。写本の可能性もあります。測定にかけてみないことには……」

「なら長官、話は早い。ヤルバーンに預けて、検査にかけてもらいましょう」


 白木が言う。

 そうすれば、どこかの大学で、炭素測定やらなんやらというまどろっこしい作業をせずとも、すぐに結果が出るだろうと。


「そうですね……では、これは皆さんにお預けします。しかし取り扱いは慎重にお願い致します。なにせざっと見ても相当古いものです……もし、もしですよ、皆さんの仰る通りのシロモノなら、国宝級のものになります。おねがいしますよ」


 迫水もそういうことならという感じで話す。


「その旧宮家の方からの許可は?」

「はい、得ております。こちらで如何様に扱ってもらっても構わないということで。ただ、結果が出たら教えて欲しいと」

「ま、そりゃそうでしょうな、ハハハ」


 諸氏も白木の言葉に同意し、官邸スタッフを呼んで、すぐにこの巻物をヤルバーンヘ送るように指示をした。

 スタッフも白手袋をはめて、大事そうにケースへしまい、持ち去っていく……


 迫水も、陛下から仰せつかった大役を果たせたのか、フゥと一息つき、ゆったりと席に座る。そして、湯呑みを口に当てる。


「しかし……今回の一件で、陛下も大分お元気になられたというか……張り切っておられるようです」


 迫水はそんな事を口にする。


「そうなのですか?」


 二藤部はニンマリとした顔で、ある意味納得済みのような感じで話す。


「はい。侍従長の話では、余暇には色々と文献を読み漁っておられるとかで。今回、旧宮家へのご要請も、そういったところがあるようですよ」


 しかしと、白木がニヤつき顔で


「しかし、陛下がお骨を折られているというのに、あの『柏木』とかいう銀河バカはですね、もう考えなしに極東スポーツの一面記事みたいな資料をバンバン送りつけてくるものだから、こっちの神経が持ちませんやな、ハハハハ」

「ハハハ、そういうお話らしいですね。でも陛下も仰っておられたようですよ白木さん」

「え? どのような事をですか?」


「『今の日本は、生き生きしていますね』と……」


「そ……そのような……」

「はい」


 みんな今上天皇がきちんと日本国民の毎日をご覧になられているのだと、改めて感慨深くなる。

 三島の話だと、昨今、そんな事もあってか、先の米ヤ会談から、アメリカの株価も高値を更新し続け、経済も好調らしい。無論日本の株価も、その米国の株価に引きずられて好調だ。


 しばし感慨にふけり、話の間があく。

 

「……あ、そうそう、そういえば、例の作戦、そろそろですね」


 春日がそういえばと、話題をふる。

 その話に二藤部が反応。


「ええ、日本時間で、明後日決行ですね」

「米国の方にはもう?」

「はい。一応、理由付け……所謂『設定』としては、件の竹取物語の検証実験をイゼイラ側が行いたいという要請があったので、もし地球圏に彼らの宇宙船が飛来したら、あらゆるデータの観測を行って欲しいということで、ハリソン大統領には要請をしておきました」

「で、米国は何と?」

「ハハハ、NASAにそれを通達したら、もうてんやわんやの大騒ぎで、張り切りまくっているということですよ。良いデータ取って、点数を稼ごうってところじゃないですか?」

「まぁそうでしょうな。で、日本の方は……」

「はい。JAXAの滝本さんと、田辺さん。それと、田辺さんの奥様の、タチアナさんも、今回非常勤で雇用して、彼らが中心となって活動してもらっています」


 他、二藤部は、詳細は話さないまでも、欧州宇宙機関とロシア連邦宇宙局の方にも、件の竹取物語に関するイゼイラ側の実験……という名目の『設定』を一部開示したそうだ。

 こう言っておけば、彼らは彼らで勝手にデータを取るだろう。これで一応国際的にも義理は果たせる。

 もし、それら国々に何も言わずにイゼイラの宇宙船が日本にやってきたら、また色々と何か言われそうなので、この件に関しては情報をあえて少々極秘裏に各国大使館を通じて開示した。

 このところでは新見と白木が奔走してくれたそうだ。


 この話。つまり日本の竹取物語と、イゼイラの関連性、そしてイゼイラがなぜに日本を重要視するかを各国大使に話した際、それはもうなかなか最初は信じてもらえなかったという。

 で、新見はドノバンにも協力してもらい、新見・白木・ドノバンと三人で大使館巡りをしたそうだ。

 そこで新見たちより、ドノバンの方が各国大使に熱弁を振るって、新見と白木はタジタジだったという……このドノバンの張り切りが功を奏してか、欧州もロシアも動き出してくれたという。



 無論、中国には話していない。また何か妙な妨害工作でもされたらかなわんので、当たり前といえば当たり前である。それに今の日本、中国とはそんな話ができる情況ではない。

 韓国も同じような感じで、それ以前に、件の旅客船事故や、それに伴う政府の混乱、中国への対日接近、そしてかの国にはまともな宇宙機関がないので話しても仕方ないため、そういうこと。



「でよ、総理。米国側のスタッフは……例の?」


 三島が興味本位で二藤部に尋ねる。


「ええ、コナー氏に、ハガー氏。あとウィブリー氏がカナダ宇宙庁から出向という形で参画しているそうです。NASAはプーシキン氏の参画も米国政府に要請しているそうですが、現在の米ロ関係では、参加は難しいみたいですね……しかしハリソン大統領が、今回は特例ということで調整してくれているそうですが……」

「ほ~~……あの時のISSメンバー勢ぞろいだな。豪華絢爛なメンバーじゃねーか。これ以上ないスタッフだぜ……ロシアの件もうまいこといきゃいいがなぁ……で、アッチのリーダーさんは?」

「ええ、JAXAにも緊急の第一報を送ってくれたパーソン氏ですよ」

「なるほどなるほど、あの人なら安心だな……これで地球側の準備は、なんとか整ったってわけだ……」

「ええ……あとは柏木さんとフェルフェリアさんが帰ってくるだけ……ですね……」




 ………………………………




 ……そして、その日がやってくる。


 ティエルクマスカ軍による数々のテストも問題なく終了。

 ナヨクァラグヤが遭難した1000年前とは状況も技術も違う。現在では、亜空間回廊での遭難救助技術も格段に向上している現在のイゼイラにあっては、数々のテストも特に問題なく終了する。


 ただ、勝手が違うのは、偶然遭難した状況から救出をするのではなく、遭難したら放っておけという今回の状況設定だ。さすがにこんなことは前例がない。ってかあるわきゃない。

 しかし、実際にナヨクァラグヤに関する文献をみれば、彼女が精死病を克服した状況は、この間にあると考えるしか他にない。

 普通なら、その原因追跡も、数々ある当時の資料から追えるものなのだろうが、今回ばかりは帝政時代の諸々な状況から、その情報も少ない。

 この不治の病を克服するには、考えてみれば、ある意味やるしかない実験ではある。

 それを、銀河バカの称号を白木から賜った柏木が、これまた『やろう』と言い出した。

 これが地球での話なら『こいつはバカです』で終わる話だが、事ティエルクマスカではそれがホイホイとできる体制と技術があるから始末が悪い。これもまた5千万光年級の技術格差のなせるワザであったりする。






「…………」



 ニーラの作ったポッド型宇宙船。その後、柏木によって『イナバ』と命名されたその宇宙船に搬送される精死病患者を眺める彼。

 その一人一人に礼をし、思いを馳せる。

 そして、一つの医療カプセルの前で足を止める。


「なぁフェル……」

『ハイ……』

「この事、知ってたの? フェルは……」

『ハイ……ゴメンナサイ、マサトサン。議長からは堅く口止めされていましたから……』

「そっか……俺の件で気をつかわせたんだな……議長もおつらかっただろうな……色々と……」

『ハイです……議長も、その事で悩んでおられたようです。一般市民を実験台に使うならば、もしも失敗した時に、自分もその責任と、代償を払う必要があるって……ウウッ……』


 フェルはポロポロと涙を流す。

 柏木は、フェルの肩をそっと抱いて引き寄せる。そしてその腕の手で頭を撫でる。

 その医療ポッドのネームプレートには


【ニルファ・ダァント・リデラ】


 ……と書かれてあった……フェルが言うには、サイヴァルの……妻だそうだ……


 フェルにも負けないぐらいの美しいフリュだ。その彼女が眠ったように横たわる医療カプセル……

 サイヴァルがヘストルと同じぐらいの年齢であれば……相当前に彼女は精死病を発症したという事になる……サイヴァルも、それは辛かっただろうと柏木は思った。

 精死病云々よりも、サイヴァルだけが齢を経て、彼女はまるで時間が止まったように、生きているのか死んでいるのかわからない感じでその場に存在している……正直どう言えば……思えば、感じればわからない柏木……しかしその感情は、今の地球人としては正常なのだ……


 そして、改めて自分の発言と、発案に、どっしりとした責任を感じる……


 失敗しても元々なので、コレはある意味、みんなダメモトとは思っているものの、彼女たちの身に何かあれば……と思うと、その重圧がだんだんと彼の身にのしかかってくるが……今それは考えないようにしようと思っては見る……


『グスグス……』


 柏木の腕でグズるフェル。


「なぁフェル……逆に考えようよ……」

『グス……え?』

「もしさ、今回の実験で、何か良い結果が得られたら……それがこの……ニルファさん? が、その希望の象徴になる……頑張らないとな……」


 フェルもその言葉に涙を拭き、ウンと頷く。


「それにこれから俺達、日本へ帰るんだぜ? そんなこってどうすんだよ、ハハハ」

『ソウデスネ……頑張らないとデスネ』

「そうそう、それに、もし結果が出なくても、この患者さん達、日本でも色々研究してくれるって話だから……希望はまだまだ色々とあるよ。な」


 コクコクとフェルは頷く。


「ああ、それとフェル……今さっきヴェルデオ大使から連絡があったんだけどさ……」

『ハイ?』

「日本で、陛下が……何か資料を探し当ててくれたそうだよ」

『エ! ほ、本当ですカ!』

「ああ、『旧宮家』っていう、日本の旧貴族の家系の方々にお声をかけて、色々と資料を探して頂いたそうなんだけど……その中にイゼイラ語と思しき文字で書かれた古い書物が出てきたらしい」

『エ…………ホ、本当に?…………』

「ああ、本当だ。でね……ニーラ博士に、急遽その文字の解析を行ってもらったそうなんだが……やっぱりイゼイラ語ではないかということで、ニーラ博士、ひっくり返りそうになってびっくりしていたそうだよ」

『……』

「で、その内容なんだけど……」

『ナンだけど?』

「……何だと思う?」


 柏木は、フェルを元気づけるために、あえて言わない……ちょっと意地悪顔。

 即行でフェルの顔がプーっとなる。


『モウ! くいずじゃないんですから、早く教えてくださいイ!』


 フェルはビシバシと柏木を叩く。


「ハハハ、わかったわかった……なんでもね……何かの『数式』じゃないか? って話だったそうだよ……」

『す、数式……ですか!』

「ああ、まぁそれが一体何の数式かまではわからないそうなんだが、ニーラ博士は『ゼッタイ解いてやる!』って鬼のような形相になってたって」

『ウフフフ……そうですか……そうですか……』


 フェルが笑顔になった。柏木もホっとする。

 帰国の初っ端から湿っぽいのは、正直あまりよろしくない。ホっと一安心。


「で、フェル……本当にいいのか?」

『心配ですカ? マサトサン』

「そりゃもちろんだ……今でも止めさせたい……あ、いや、俺だけそういうわけにはいかないよな……」

『ウフフ、そうですよ。大丈夫です。みんなが付いてくれています』


 何の話かというと……イナバに搭乗するモニター要員の事だ。

 実は、そのモニター要員にリアッサとフェルが名乗りを上げた。

 最初はフェルだけ名乗りを上げたのだが、フェルだけでは心配だということで、リアッサとシャルリが名乗りを上げた。しかしシャルリはサイボーグなので、実験時、その身体の機器に何が起こるかわからないということで、リアッサにその役を譲った。


 無論柏木は反対したが、フェルの決意は固く、サイヴァルが自分の妻を実験台に送り込むというのだから、自分も政府の責任ある立場として、なにもしないわけにはいかないと。

 それ以前に、フェル自身も相応の科学者であることは自覚しているので、そういう事に明るい者が同乗した方がいいと、柏木を説得した。


 ……そして、もし自分に何かあっても、あなたには対応できる権限があるではないかと……

 そう、名誉特務大佐の権限を使えばいいと……


 柏木も、自分の愛妻がそこまでの覚悟ならと、渋々納得したのだが、それでも内心、心配は心配である。

 

「とにかく、安全第一にな……無理だけはいけない。もう一歩先に……もう一歩先に……と無理に思えば、必ずその次には予想だにしないドツボが待っているってのがこの世の相場だ……その次が難しいと思えば、必ず一度は引いてみること……これが物事をうまくいかせるコツだ。」


 柏木はネゴシエイターとしての交渉術をフェルに説く。

 フェルはイゼイラ人的にはまだ若い。無理を無理と思わない事もあるだろうと思った。


『ハイ、肝に命じますでス。解っていますでスヨ』


 フェルはそういうと柏木のネクタイが歪んでいるのを見つけ、そっと直す。

 

 そんな話をしていると、時間がやってくる。

 ジェルデアが呼びにやってきた。


『ファーダ、フリンゼ、お時間でス』

「わかりました……フェル、行こうか」

『ハイです……』


 


 ………………



 サントイゼイラ中央宇宙港では、それは大勢の見送り客にあふれていた。

 ヤルマルティア特派大使、柏木が地球へ帰る事もさることながら、フリンゼ・フェルフェリアが、また地球へ旅立つというのだ。

 おまけに今回は『カグヤの帰還』作戦という、ティエルクマスカの国運をかけた実験も行うというのだ。

 各国国民には、時事データバンクを通じて、周知されていた。


 宇宙港出発ロビーには、そんな彼らを見送る大観衆で溢れかえっている。



『……ではケラー、あとは宜しくお願いいたします。作戦の成功と、無事のご帰国を』

「はいサイヴァル議長。マリヘイル議長も、またお会いできる日を……」

『はい、ケラー。かならずヤルマルティアに私も参ります。その時は、フフ、おねがいいたしますわね』

「ええ、とびきりの店を予約しておきますよ、ハハハ」


 そういうとサイヴァルとマリヘイルは、フェルに……


『お幸せにね、フリンゼ……』

『フリンゼ……妻を宜しく頼みます。事が如何様になっても、私が直々にニホンへ妻を迎えに行きます』

『ハイです。ではまた……必ず……』


 三人は、抱擁を交わす。

 そして……


『サンサ、では、行ってきますネ』

『ハイ……ウウッ……くれぐれもお体にお気をつけて……それと、実験の成功を心からお祈りいたしております……』


 コクコクと頷くフェル。サンサと抱擁。

 オイオイと泣くサンサ。

 横で見る柏木も、思わず貰い泣きしてしまう。


『ファーダ大使……フリンゼを……フリンゼを……お守り下さいまし……』


 サンサは柏木にも、懇願するように話しかける。


「ええ、サンサさん。大丈夫ですよ、大丈夫……」


 柏木は、サンサとも抱擁を交す……


 そんな風に、イゼイラで知り合った人々と、挨拶を交していく柏木。

 すると、なんと、あのデヌが見送りに来てくれていた。


「デヌ閣下!」


 柏木はデヌに駆け寄る。

 まぁなんとも……クラゲというか、なんというか……そんな姿が目立つ御仁である。


《ハハハ、どうも間に合いましたな》

「え? 閣下は昨日お帰りになられたものだとばかり……」

《せっかくお知り合いになれたのだ。そうもいきますまい》

「恐縮です、閣下……」

《いえいえ、今回の作戦には、我が国も、モニター艦を派遣させて頂いています。脳神経面でのデータ取得で、お手伝いできるかと》

「はい、まぁ私が指揮を取るわけではありませんが、期待させていただきます」

《結構結構。しかし大使閣下、貴方は名誉特務大佐であることも忘れてはいけませんぞ》

「え?」

《その階級は、伊達や酔狂で貰えるものではない。相応の実績があってこそのものです。お分かりいただけますな?……》


 つまり場合によっては、柏木も単なる『お客様』ではなくなることもある……ということだ。

 デヌは、時と状況、場合によっては、柏木のできることをしろ……と言っているのである。


「はい、そうですね……」


 柏木は、デヌの言いたいことを理解した。

 

《……私も、機会があれば、日本国へ行ってみたいですな》

「は、はぁ!?」

《ん? いや、我が国も、使節を送らないとと思うのですが……》

「あ、は、そ、そうですね…は、ハ、アハハ……その際は、歓迎させて……頂きます……」


 デヌの種族、ザムル族が地球へ来る事になったら……多分……地球のネット民は狂喜乱舞だろうと……少し……心配……





 ……柏木達は、観衆からイゼイラ語でさよならを大きな声で浴びつつ、トランスポーターへ乗り込む。

 そして、上空に待機するデロニカ・クラージェへと向かう。

 トランスポーターから見下ろす中央港の風景。

 来訪した時の風景。

 滞在した時間は、結局当初の予定と同じぐらいの日程だったが、住み心地の良い国だった。

 隣に座るフェルも、自分の家……城のある方角を眺めていた。



 ……フェルは昨日の夜、自分の両親の墓に行き、脳エミュレーションデータの両親に日本へ戻ることを告げたそうだ。

 そして、フェルは、自分が実験ポッドに乗り込み件の作戦に従事することも話したという。

 すると、両親は大変に心配し、日本へ再び行くことを惜しんだという。

 母は、柏木とずっと一緒にイゼイラへ住めないのか? とまで言ったという。

 しかし、父が、そんな母を諌め、自分の娘がイゼイラの将来のために頑張るのだから、誇りを持って見守ろうとまで言ったそうだ……


 フェルはそれまでこのデータは、所詮は偽物で、うまく作られた幻影と思っていたそうだが、昨日の会話……所謂出力結果には、驚いたと話す。

 それは、柏木があの夜、言ったように『そう思ってくれたのかもしれない』『そう言ってくれたのかもしれない』という言葉が身にしみてわかったと。

 昨日は、生まれて初めて自分の親の死を、嘆き悲しんだという。

 大きな声で、あの墓の前で泣いたそうだ……

 そして、ずっと側にいてくれたサンサや、自分の事を嫁にしてくれた柏木のことを今以上に愛しいと思ったという。


 ……そんな事を話しながら、昨日の夜、二人は寝床に入った……



 



 ……トランスポーターは、クラージェの格納庫に入る。

 そして降車すると、二人は一直線にブリッジへ向かう。


「ティラス船長……って……あれ?」

『ほよ?……ティラス船長は?』


 ブリッジにティラスがいない。

 すると、ニヨッタがシュンとオートドアをあけて、入室してくる。


「あ、ニヨッタさん……って、え!」

『ニヨッタ副長……って、アレレ、船長!?』


 ニヨッタの付ける徽章に驚く二人。

 彼女は、少しニコニコしながら柏木達に敬礼する。


『ウフフ、今日からこのデロニカ・クラージェの船長に就任しました、ニヨッタ・ミモル・ハムッシュです。宜しくお願いします』


 すると、後からホムス君が入室し、


『どうもケラー、そしてフリンゼ。私も本日付けでクラージェの臨時副長を仰せつかりました』

「おおー、お二人とも、それはおめでとうございます」

『オメデトウございますニヨッタ船長。そしてホムス副長』


 二人は祝意を述べた。が、しかしという感じで……


「あれ? んじゃティラス船長は?」

『ウフフ、今はまだお話できません。後のお楽しみです』

「?」

『?』


 悪戯少女のような笑みを浮かべるニヨッタ。

 隣のホムスもおんなじ感じ。


 そしてクラージェは港を発つ。

 ヴァズラー数機が護衛に付き、大気圏を越え、宇宙空間へ。

 すると、イゼイラゲート付近が何やら賑やかな感じになっていた。

 クラージェはそこへ接近すると……その全容が明らかになる。


「こ……これは!」

『ウワァ~~……!』


 

 そう、そこにはティエルクマスカ各国から集結したモニター艦が勢揃いした、大艦隊が集結していたのだ。

 偵察艦にジャミング艦、哨戒艦に科学調査艦。そして……


『エっ! 巡航艦に……機動母艦? それに……戦艦クラスも!……これは、ど、どういうことですか!?』


 すると、前方モニターに、へストルの姿が大きく映る。


『どうもフリンゼ、それに大使。驚かれましたかな?』

「ヘストル将軍!」


 クラージェクルーは、へストルの姿が映ると、バっと起立し、敬礼をする。

 ニヨッタも緊張顔。

 ヘストルは、そのままのジェスチャーをすると、みんな持ち場に戻る。


『今回の作戦ですが、私が直々に指揮を取らせていただきます』

「そうなのですか……それはすごいな……」

『ハハハ、私は元々現場主義なのでね。久しぶりにウズウズしておりますよ』

『シかし、ファーダ・ヘストル……機動母艦や戦艦まで駆り出すとは一体……』

『ええ、まぁ、万が一ということですナ。例の連中に対する対応策ですよ。実験すル場所が場所なのでね』

「ガーグ・デーラですか?……」

『ハイ。場所が場所だけに……というところです』


 柏木達が帰還する場所は、例のシレイラ号事件のあった場所に近い。

 ヘストルは大艦隊をもって、万全を期すということだろう。


『さて大使、そろそろ見えてくる頃ではないですかな?』

「え?」


 クラージェは、その大艦隊の中を縫うように進む。

 その陣容に圧倒されながら、クラージェの進む先に見えるは……


「な、なんだありゃ!!??」


 そこには一風変わった艦が待機していた……



 その意匠は……ブリッジ部が、どう見ても……『いずも』っぽい雰囲気のイゼイラ風味だ。

 そして船体がどう見てもイゼイラ艦のような幾何学的デザインではなく……なんとなく地球の『船舶』に近いイメージ。

 その艦の上部へ飛ぶと、まさに、所謂『航空母艦』な雰囲気を持つ……全長は500メートルはあろうか……全幅も相当なものだ。


 甲板部には、多くのヴァズラータイプ・日本バージョンが、空母のそれ風に駐機していた……

 しかもそんなデザインではあるが、主要機関部などは、イゼイラ独特のスリット状の機関部意匠がわかるものとなっている。


 まさしく、日本人風に言えば……『宇宙空母』である。


「こ……これは……!……将軍、なんですかこれは!?」

『ハハハ、驚かれましたかな? 大使。その機動母艦『カグヤ』は、我々ティエルクマスカ連合からの、日本政府へのお土産として、受け取っていただきたい』

「お、お土産って……え?……」


 ヘストルが言うには、おそらく地球へこの『カグヤ』を回航しても、おそらく宇宙ドックのようなものがないだろうから、地球の海上で係留できるように、地球で使用されている船舶に準じた意匠で建艦させたという。

 この船は、柏木が来る以前から、ティエルクマスカの一極集中外交方針の一環として、建艦されていたものだという。

 丁度柏木がイゼイラへ来たために、ついでで引き渡すということだそうだ。

 そして、艦のクルーにも、熟練した技術者、教官クラスを搭乗させているので、日本で必要な研修は、彼らから受けてもらいたいという話だった。


「い、いやしかし……いきなりこんなスゴすぎるものを頂いても……自衛隊で運用できませんよ……」

『いやいや、そのあたりは心得ております。当面は、ヤルバーン自治区管轄で運用し、船籍のみ、ニホン国で登録されるがよろしいかと。そして順次クルーを入れ替えていってはどうですかな?』

「は、はぁ……」

『運用コストの方は、イゼイラ……いえ、ヤルバーン自治区で持ちましょう。まぁそのほうが、貴国の貨幣経済的にはタダ同然で済みますでしょうし』

「は、はぁ……」


 呆然とする柏木……おみやげでこんなものを頂くとは……ゆめゆめ思っていなかった……


 そんな会話を隣で聞くフェル。


『良かったですネ! マサトサン』


 脳天気なフェル……柏木は、フェルの顔を見て、コクコクと小刻みに頷く…… 

 しかしと柏木は思う。


(この船一つで、地球の軍事パワーバランスが完全に崩れるぞ……)


 と、思う……柏木の偏った知識でなくても、誰でもそう思うだろう……

 この船があれば、既存の自衛隊防衛力を使うにしても、海軍機など特別に作る必要もない。おそらくトラクターフィールドが装備されているだろうから、F-15や、F-4でも、その気になればVTOL発着艦させられる。

 そこへあの演習で見た浮遊装置付きの10式モドキがあれば、強襲揚陸艦としても運用できるだろう。

 しかも、遠目で装備を見る限り、単艦でも優に戦闘艦並みの戦力はある。

 オマケに空は飛べるわ宇宙行くわ……おそらく以前のキミジマの研修報告書を見る限り、潜航も可能だろう。なんせディルフィルド航行が可能な時点で、この船一つあれば……世界征服も夢ではない……

 

(ゼッタイ問題出るな……この船……)


 くれるというものを、叩き返すわけにもいかないだろうし……こりゃ当面はヤルバーン管轄での運用なのかなぁと思う柏木。

 しかし……日本の抑止力には絶対になるとも思う。


 ティエルクマスカの一極集中外交方針の真髄がこれなのかと身にしみて感じる柏木大使……

 果たしてこれは成果なのか、それとも災厄になるか……考えどころであったりする……


 ヘストルは話す。


『……貴国が、我々ティエルクマスカ世界にもたらした利益。そして恩恵は、貴方が思っているほど小さくはありません。貴方もお聞きになっているでしょうが、我々にはタイムリミットがある……そのタイムリミットを消し去ってしまえる『希望』を貴国は我々にもたらしてくれました……こんな船一つでご恩返しができるのであれば、全然安いものです』


 と……

 もし、本作戦で何か成果が出せれば……んじゃ、その時はどうなるのかと……ちょっとビビってしまう柏木……なんともはやだ。



 ……そして……クラージェはカグヤ甲板に駐機した。

 環境シールドが張られている甲板では、宇宙服なんぞを着ずに外へ出られる。

 その恐るべき宇宙艦隊を見回しながら、柏木はブリッジへ急ぐ。


 ブリッジに到着。これはまただだっ広い。

 さすがにその内装は……変なメーターがあるようなものではなく、まぁ、クラージェの内装によく似ている。

 思わず彼は、自分の妄想に吹き出しそうになる……すると……


『ようこそイル・カーシエル殿。私がこの船の艦長、ティラス・ヴァージ・サルドです』


 ティラス船長改め……ティラス艦長がニヤついて、柏木に、艦長席から挨拶をした。


「ティラスせんちょ……あ、いや、艦長!」

『ハハハ! 驚きましたかな? そういうことです。大使』

「いやぁ……艦長ですか……おめでとうございます」

『いえいえ、まぁ、この船をニホンへ持っていく間までですけどな、ハッハッハ』

「いやいや、どうせこんな大層なものもらったって、運用できないんですから、当面はティラス艦長のお世話にならないと……」

『そうなれば嬉しいですな……で、ニヨッタ船長。申し訳ないが……』

『ええ、わかっております。コノ船では副長という事で。喜んでお受けいたしますわ『艦長』』

『ハハ、いやすまんね』


 そんな話をしていると、フェルが……


『艦長、『イナバ』の方は……』

『ええ、準備万端です。格納庫に駐機させております……フリンゼ……今からでもお考えなおす気はありませんか?』

『イエ、これは私自身が決めた事でもありまス……』

『そうですか……では我々も全力でサポート致します』

『ハイです……宜しくお願いいたします』


 そして……


『やぁファーダ大使。やっときたね』

『カシワギ、オツカレダナ』

『お疲れ様です。ファーダ』


 シャルリにリアッサ、ジェルデアがやってきた。


「ああ、みなさん。お疲れ様です」

『オつかれさまです。皆様』


 そんな感じで挨拶。


『いやぁ~ コノ船の装備はスゴイね。あたしも軍に長いこといるけど、軍艦というよりは客船みたいな装備だね、こりゃ』


 シャルリが感心して話す。


『まァ、ニホン国への贈り物でもありますからネ。その点もあるのじゃないですか?』


 とジェルデア。

 将来的にはこの船が、日本とティエルクマスカ間における、交通手段の基礎技術になるのだから、そういうところも色々含めた設計がなされているのだろうと話す。

 つまり、この船は空母のような形をしてはいるが、実際のところはティエルクマスカ船舶の総合技術を可能な限り集めた見本艦のような船なのだ。


『アレ? ニーラチャンは?』


 フェルが怪訝そうな顔でリアッサに尋ねる。


『ニーラハ、例ノニホンカラモタラサレタ数式ノヨウナモノト格闘中ダ。何カ研究室ニ『入室厳禁、入ったら注射の刑』トカ貼ッテアッタゾ』

『あらら……』

『マァ作戦時ニハ出テクルダロウ……フェル、私達モガンバラナイトナ』

『ハイですね。リアッサ』



 


 ……そして出港の時。

 艦隊各艦艇の動きが慌ただしくなる。

 艦隊の眼前に大きくそびえるイゼイラゲート。

 その直径は、優に数百キロはあるだろうか……


 そして艦隊の各艦艇。

 小さいものは、カグヤ級の数百メートル級艦艇から、大きいものではへストルの座乗する旗艦クラスの5000メートル級戦艦まで……その大きさは千差万別。デザインも千差万別。


 イゼイラ艦艇は、カグヤを除けば、幾何学的な意匠が多いのに対し、ダストール艦は、楕円や球形のようなイメージを持つものが多い。

 カイラス艦艇は、一見すると釣り針や、鉤爪のような鋭利なデザインが複雑に絡み合ったようなものが多く、パーミラ艦は、横よりも、縦長になったような意匠の船が多い。

 そして、今回新たに分かった種族、ザムル国の船は……彼らの容姿と同じような……それはまるで綺麗なシャンデリアを思わせるような曲線美の、綺羅びやかなデザインの船だ。


 そして……サマルカ船籍の船は……


「やっぱり……」


 柏木がこう思ってしまうような……そんな木曜日のデザインな宇宙艦のスゴイ版みたいな感じ……


「あ~……私が昨日、牧場で牛の世話をしていると、あの東の山に、大きな長い筒状の光が見えて……一体何なのかとおもってうちの女房を呼んだんだ……」


 とか、そんなテキサス州の牧畜家の台詞が聞こえてきそう……



 ……そして、ゲートが綺羅びやかな光をまとって重力波動の唸りを上げる……

 全艦、それはすごい艦船数の艦隊に、イゼイラゲートがただ一つの漏れもなく、ディルフィルドゲート通過用のシールド装置を転送装着していく。

 その艦船数は、優に数百はある。

 一隻一隻の大きさから見れば、それは宇宙空間の都市がそのまんま動いているようだ。

 これでも、連合艦隊としては、小規模なのだという……まったくもってすごい話である。



 ヘストルの命令が全艦艇に通達される…… 


『ヨシ、準備整ったな……全艦、イゼイラゲートへ進入せよ。第一目標、セルゼント州ゲート。その後、タイヨウケイ・メイオウセイ行きゲートまで進行する……全艦、前進!』


 

 イゼイラゲートへ各国艦艇が進入していく。

 その出発に派手さはない。

 まるで一隻一隻が、澄み切った池に、ゆっくりと落とされた石のように波紋を広げながらゲートへ進入していく。

 

 そして、機動母艦……いや、『宇宙空母カグヤ』も、それに続き、ゲートへと美しい空間波紋を広げて進入していった……



 まず目指すは第一目標、イゼイラ共和国セルゼント州 人工亜惑星都市。


 


 『カグヤの帰還』作戦発動まで、ゲート通過予定の、あと5日……



 


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