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銀河連合日本  作者: 柗本保羽
本編
41/119

銀河連合日本

 セタール恒星系第4惑星ボダール第2衛星イゼイラ―イゼイラ星間共和国。


 その星の首都、サント・イゼイラより少し離れた郊外。

 外殻星の旧大地の上にある、大きなお城。

 フェルの実家であり、フェルのお城。


 日本国特派大使 柏木真人は、日・イ・ティ首脳会談を終え、フェルの城へ帰ってきていた。

 イゼイラの、主星の一日が終わろうとする。

 主星ボダールは恒星の朝と次の朝を交代するため、徐々にその姿を水平線に沈めようとしていた……


 柏木は、大きな庭のその一番端、旧大地の海が見える場所のベンチに座り込み、一人何か物思いにふける。

 なんとも体感したことのないその淡い光の情景は、色々と物思いにふけるには良い場所だった……




『マサトサン』


 その背後から声をかけるは妻。


「ああ、フェル」

『どうしタですか? こんなところでタソガレて……』

「ハハハハ、黄昏るって……またそんな言葉覚えて……」

『ウフフフ、こういうシーンで使う言葉ではなイのですか? テレビで見ましたヨ』


 そういうと、フェルも柏木の横にチョンと座り、持ってきたポットの温かいイゼイラ茶を入れて柏木に渡す。そして、フェルも一杯。

 フーフーと言いながらお茶をすする柏木。


『マサトサン、今日の聖地の事、考えてたデすか?』

「うん……まぁ、アレに関しては、総理達や、日本の法務局の分野な話だからね……とはいえ、とりあえずは何かアイディアを考えとかないと、と思ってね……」

『ソウですね……私も何か提案できないか、考えてみるでスけど……』

「お互い法制の方は、専門外だもんなぁ……おまけにそれだけじゃないし……世論だろ? 各宗派のアレだろ? おまけに、政治も絡んでくるし……」

『ソウデスネ……私も基本は科学者デすから、そのあたりはチョット専門外でス……議員やってるのは、身分上、そうなってるだけですし……』

「科学系は何か言えるけど、法制や政治とかはちょっと苦手ってか?」

『ハイです……』


 フェルは少し口を尖らせて、口惜しそうに話す。


「ところで、フェルはその科学者としての専門分野ってなんなの?」

『私ですカ? ソウですね、日本語で言えば、薬学でしょ、比較調査学でしょ、空間量子学でしょ、それから……』

「フェル、すまん! 聞いた俺がアホでした。恐れ入ります……いやはや、すごいな……」

『ソウですよ、そんなスゴイフリュがお嫁さんなんですヨ』


 フェルはドヤ顔で、微笑んで言う。


「はは、ハイハイ」

『デモ、私はニホンの方や、地球の方のほうがスゴイと思いますス』

「どうして?」

『私達の科学とハ、あるものをどう使うか……というものに主眼を置いてしまいますガ、チキュウの科学は、無い物をどう生み出すか……でス。それを普通にやってのけるチキュウジンサンは、やっぱりスゴイですヨ……あのヤルバーンで行った最初の会談から、もうハイクァーンの制御ソフトウェアを独自に作ったリ、ジエイタイの兵器に、テストデバイスを搭載してみたり……』

「そうは言っても、フェル達もその『無い物をどう生み出すか』はやってるじゃないか」

『ハイ、でも極論言えば、それはもう全てがあらかじめ用意されていて、選択して、組み合わせるだけの物ですからね……なぜそうなるかということは、その後に研究するものでス。私達の場合は……』

「そこが俺たちと根本的にちがうところということか……」

『ハイですね……なので、私達はずぅ~っとニホン人サン達と、仲良くしていたいでス……せっかく見つけた“希望”でスから……』

「ああ、そうだよな……そうなんだろうな……」


 フェルのご先祖ナヨクァラグヤは、イゼイラでは『希望と悠久の創造主』として信奉されている。

 つまり、人類風にいえば、その『権能』とでも言えばよいか……彼女たちにとって日本とは、ナヨクァラグヤの権能、そのものの場所、ということなのだ。


「まぁ……それだけじゃないしなぁ……」

『エエ……精死病、デすね……』

「うん……実は俺もまだピンときていないんだけど、それほど深刻なのかい?」

『ハイ……でもマァ、確かに連合全体で5億人は現在患者はいますケド、連合の人口総数は大変多いので、まだ発症数自体は少ないといえるのかもしれません……だけど……その増加比率が、ここ最近頓に上昇傾向にあります……』


 フェルが言うには、この病気の怖いところは予兆がないところだという。

 病気なら、なんでもその予兆があるものだ。例えば、頭が痛いだの、吐き気がするだの、血便が出るだの、どこかの色が変だの……

 しかし、精死病はそれがない。どんなに健康的な生活をしていても、突如として発症する……なので、フェルやサイヴァル、マリヘイルにシエとて例外ではないのだ。


「まぁ……それについてはアイディアがないことはないんだけど……」

『エッ!……今なんて……』


 サラっとそういうことを言う柏木に、思わずびっくりするフェル。


「ん?……んん……まぁ、その精死病の原因をね……特定する方法をね……俺なりに考えてみたんだけど……いや、やっぱ荒唐無稽なんでね……忘れてくれ」


 そう柏木が言うと、フェルは突然立ち上がり


『ダメでス!』

「え、え!?」

『マサトサン、さっき私は言ったでしョ! 無い物を、どうやって生み出すか考えるチキュウジンサンはスゴイって……教えてくださいデス……お願いでス』


 フェルは柏木の腕を両手で掴んで、グイグイと前後にゆする。


「い、いや……でも聞いたら、マサトサンはアホだったって思うよ……多分……」

『イイから教えるです! 教えて教えて教えて教えて教えテ……』


 ゆする速度がパワーアップしていく。


「んじゃ……耳かして……」

『ハイ……』

「モニョモニョモニョ…………」

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 ……数分後……柏木の概要を聞いたフェルは、腕を組んで、眉間に皺を全開に寄せて考え込んでしまう……

ウンウン唸りながら、目を瞑り、下を向いて……今度は、金色目を細めて上を向き、『 ʍ 』の字に口をさせたりして……そんな事を数回続ける……


『マァ…………そういう方法もアリますが……さすがにそれは…………でも……ウ~ン……』

「だろ? だから言ったんだよ……」

『……マサトサン……』

「ん?」

『今日はもう寝ましょウ……」

「ああ、それは名案だな……」


 なんだかよくわからないアイディアで、頭が混乱しそうになったので、寝ることにした二人。

 柏木はフェルの肩を取り、フェルは柏木の腰を取り、寝室に帰っていく。



 ということで、今日はもうオヤスミナサイ。また明日……




 ………………………………




 次の日、恒星の朝。

 地球のような青い色が空一杯に広がり、ほどよい大きさの雲を浮かべる。

 主星ボダールの輪は、白く天に弧を描き、イゼイラに到着した時と同じような情景を見せる。


 フェルはいつものように朝早く起き、朝食の支度をサンサとしている模様。

 柏木は、既にスーツに着替えて今日の支度は準備万端。まぁとりあえず今はノーネクタイで上着は着ていない。


 いつもの愛用タブレットを造成して、スケジュールを確認している。


(今日は、当初の予定に戻すかな……)


 とはいえ、なんとなくいつもの調子になれない。

 今日の予定は、当初の予定通りイゼイラの視察だが、昨日の今日の話で、両国の国家的問題を聞かされた後であるからして、そうそう乗り気になれないのは仕方がない……ってか、日本側の問題は、イゼイラ側が振ってきたわけなので、日本のせいではないのだが……


 すると、外の廊下で聞きなれた足音が複数。

 一つはどことなく機械音である。

 その足音は部屋に近づき、ドアをノックする。

 まぁ、もう誰かわかった。


「はいどうぞ、開いていますよ」


 カチャリと入るは、シャルリとリアッサ。


『オハヨウ、カシワギ』

『おはようさん、大使』

「はい、おはようございます。今日は早いですね」

『アア、フェルカラ、朝食ヲイッショニト誘ワレタノデナ』

『そういうこト、ご一緒させてもらうよ』


 そんな感じで、柏木は二人をテーブルに誘う。

 なんだかもう自分の部屋みたいな感じである。


「そうそう、リアッサさん、昨日の会談ですけど、シエさんも仮想造形で出席されてましたよ」

『ウム、聞イテイル。私モ会イタカッタノダガ、昨日ハ同僚ニツカマッテシマッテナ、ソイツニツキアッテイタノダ』

「そうでしたか」

『ドウセ、マタナニカヤラレタンダロウ、カシワギ……』

「はぁ、まぁ毎度のこってして……」

『フフフ、アイツハ気ニ入ッタ相手ニハ、遠慮ガナイカラナ』

「え゛……どういう意味っすか……それ……」


 そんな話をしていると、フェルとサンサが朝食を運んできた


『ア、ミナサン、お揃いデすね』

『ああ、おはようさん二人とも』

『オハヨウ』


 フェルとサンサが皿やカップを並べて食卓の支度をする。

 そんな感じで、朝食を摂りつつ朝の会話に花を咲かせるみなさん。


「ありゃ、今日はこれ……サンドイッチですね、サンサさん」

『ハイ、ファーダもそろそろハルマのお食事が恋しいころかと思いまいしテ』

「どうもすみません」

『イエイエ』


 見た感じ、フルハイクァーンなものではないようである。お手製のものだ。例のオカンのサンドイッチは、こちらに伝わっていないようだ。

 久しぶりの地球的食事にありがたく思う柏木。ポタージュスープも付いていたのでなお結構。

 リアッサも地球の食事は大好きなので、文句なし。


『ヘェ~ これがニホンの朝食かい……フム、こりゃいけるネ』


 シャルリも、モグモグと舌鼓を打つ。


「いえ、日本のものではなくて、発祥は他の国なんですが、今では地球の世界中で食される形態の典型的な朝食の一種ですよ」


 そんな解説もしつつ、食事は進む。


『そう言えばマサトサン』

「ほい」

『明日デすよね、例の、アメリカ国のダイトウリョウサンとの会談は』

「そうなんだよなぁ~……それもあるんだよなぁ~……」


 柏木はコーヒーと一緒にサンドイッチを流し込みつつ、口をモグモグさせながら話す。

 シャルリを見る、どうもコーヒーはお気に召さないらしく、地球のレモンティーをすすっていた。


『そのアメナントカ国っていうの、事前資料で確認したけどサ、一応、一番の同盟国なんだロ? ニホンと……そんな心配スることなんかあんの?』


 シャルリが話す。


「まぁそうなんっすがね、現在ヤルバーンさんが来てからコッチ、そこんところも怪しいもんなんですよ……」


 柏木は、地球のガーグ的なところを話した。


『ハハァ、ナルホドネェ……そのあたりはティエルクマスカ連合関係者としてはチョット責任感じちゃうヨ……』

「いや、すんません、そういう意味じゃないんですが、お気に障ったなら……」

『いやいや、そこんところはわかってるサ……でも……そうだねぇ……確かに、ムズカシイところだねぇ……』

「ええ……でもまぁ、結果的に良かったのは確かですよ……少なくとも日本の国民はね」

『どういうことだい?』

「いろんな世界が見えたっていうか、世界が開けたっていうか……そんな感じですね。私もそうですけど……」


 柏木は言う。

 初めてヤルバーンと日本が接触し、お互いの交流が進んでからこっち、今までの日本が抱えていた問題というものが、とても小さく見えるようになったと。

 日本の抱える問題、まぁそれはいろいろある。しかしそんなものすべてが、ティエルクマスカという、とんでもなくビッグスケールな世界と接触してしまってから、もうたいした問題に思えなくなってきたと。


 柏木は、その代表格がおそらく自分なんだろうと思う。

 なんせ、異星人が嫁で、しかも世が世なら女皇帝で、あげくに日本のおとぎ話な登場人物の子孫というのだから、そりゃそう思って当然だろう。


 しかし、日本以外はそうではない。

 ティエルクマスカの外交方針が、一極集中交流主義のようなものであるかぎり、外国やその勢力にとってはいまだ未知の存在であり、脅威であるからだ。

 そうなると、日本と緊密な同盟国であっても、ティエルクマスカとの外交方針次第では、もうそれは過去の話ということになりかねない。

 日本の立場で見ても、かようなイゼイラやティエルクマスカの、日本に対する純粋な考え方を知ってしまった以上、非常に極端な話、そして最悪……地球世界の他国全てと縁を切っても、いや、むしろそうしたほうが確実に利がある状態であるからして、もう今更ティエルクマスカとの関係を疎遠にするなどということはできないのだ。


『……ハハ、なるほどね……じゃあここが試練ってところかい?』

「そうなりますね」


 するとリアッサが


『マァソレハ、今ココデ考エテモ仕方ナイダロウ。オマエノ今ノ仕事ハ、イゼイラヤ、ティエルクマスカヲ良ク知ルコトダ……ソレヲ帰国シテカラ、ニホンノ仲間ニ伝エナイト、ココニ来タ意味ガナイダロウ』


 するとフェルやサンサも


『そうでスよ、マサトサン。私達も色々日本を調査して、理解したのですから、マサトサンもちゃぁ~んと調査しないと、ゼーキンドロボーになっちゃいますヨ』

『そうですわねファーダ。それでなくても今、ヤルマ……じゃなかった……ニホン人でここにいるのは貴方だけなのですから……』


 柏木はフェルのその言葉に、思わすクククっと笑ってしまう。


「ハハハ、税金泥棒か……またそんな言葉どこで覚えたんだよ……とはいえ、まぁ確かにフェルやサンサさんの言う通りだな。俺もちゃんと調査局員になって調査して帰らないと、怒られちまうか」


 頭をかきながら、ごもっともでという感じの柏木。


「あ、そうだフェル」


 人差し指を立て、思い出したようにフェルに話す柏木。


『ハイ?』

「実はあの会談の件、ドノバン大使にも話すそうだ」

『エ? ケラー・ドノバンにですか?』

「ああ……朝、白木からメールが来ててね……俺がこっちに来て、もういい加減今までのようなゴマカシの理由じゃ支えきれなくなってきたってさ。で、まぁ一応仲間でもあるドノバン大使には話しておいてもいいだろうって……もちろん差し支えの無い範囲でだけどね」

『フゥム……そうですか』

「フェルはどう思う?」

『ソレは、ニホン国の内政のお話デスから、私がどうこう言う権利はないですが、まぁ……確かにアノ理由で、今の現状を支えるのは、今となっては少々無理が出てくるでしょうネ……で、マサトサンはどうお答えになったのデすか?』

「任せるって書いて送ったよ……政府がそう決めたなら、俺はその決定の範囲内で、いろいろと考えるだけさ……一応俺は今、大使だからな。それにこんな遠くにいるんだし、何ができるわけでもないからね、今は……」

『ナルホドです。マァ、ファーダ・ニトベ達がそうお決めになったのなら、あのお方の事です。何かお考えがあっての事なのでしょウ』

「俺もそう思うけどな……」


柏木はそう言うと、あまり考えても仕方ないという感じで、パンっと膝を叩き


「ま、今の俺はここで色々見聞するのが仕事だからな……頑張りますか」


 と、フゥと吐息を一つ大きくつくと……


『デスヨぉ……ということでッ!』


 フェルは、柏木の『視察スケジュール』を頼んでもいないのに勝手に組んだVMCボードをバンっと見せる。


 その内容……


 ……仮想空間エミュレーション娯楽施設視察。

 ……セムス湖畔視察、そこでフェルサンお手製カレーでお食事。

 ……シエタリア美術館でイゼイラ芸術鑑賞。

 ……ハーサム地熱帯で、新設温泉施設視察。

 ……帰宅。お城で反省会。


『フェル……ナンダコレハ……』


 リアッサが眼を細くしてフェルに疑問を投げかける。


『シ……視察スケジュールですヨっ……マサトサンの、じゅーだいなオシゴトなのですヨっ』

『アノナ、フェル……』

『ナナ……ナンですかっ?』

『ソウイウスケジュールハナ……普通コノ宇宙デハ……“デートスケジュール”トイウノダ……』

『そそそ……そんな事ないデすよっ、ちゃぁ~んとイゼイラの文化を体感してもらうために考えタですよっ』

『デハ、ソノ“フェルサンオ手製カレー”ト、“オ城デ反省会”トイウノハナンナノダ……特ニソノ“反省会”デ、ナニヲ反省スルツモリナノカ、詳シク教エテクレナイカ?』

『そそ……それはデスね……』


 口を尖らせて屁理屈をコネるフェルと、冷静沈着な突っ込みを入れるリアッサの応酬。

 横でシャルリとサンサが笑いをこらえている。


 ってか、温泉施設できてるのかよと。

 資料画像を見せてもらうと……そのナンチャラ熱地帯とやらに見えるは、兵庫県北部某所の建物によく似た施設……


 柏木は……机につっ伏してしまった…………確かにこの視察なら税金泥棒だ……と……




 ………………………………




「ニトベ総理大臣閣下、お久しぶりです」


 日本国、首相官邸・応接室で二藤部と握手するは、駐日米国大使、ジェニファー・ドノバン。

 彼女は、数少ないティエルクマスカ外国人理解者でもあり、同志ともいえる一人である。

 で、一応フェルの『お友達』でもあり、米国で唯一フェル個人を通してのティエルクマスカの窓口でもある。

 今や一介の大使でありながら、米国内でも最重要人物になってしまったドノバンだった。


 彼女はいつもさりげなくアクセサリーのように、フェルからもらったブレスレット型VMC通信端末を身に着けている。相当なお気に入りのようだ。


 二藤部達日本政府陣は、現在唯一彼女にだけは、他国が入手できないような情報を流している。

 まぁそれでも、日本的に国益に直結する根幹となる重要な機密は無論伏せてはいるのだが、それでもドノバンに流す情報は、他の国の機関が聞けば、喉から手が出るほど欲しい情報ばかりだ。

 代わりに……といっては何だが、ドノバンは大統領府経由での、他国の動向、むろんガーグ情報を含むややこしい連中の動向などを入手していた。


 今回、二藤部や三島、もちろん新見達参謀ともいえる安保委員会メンバーは、安保委員会全員の確認をとり、彼女を呼んだ。無論、柏木にも先ほどの通り、白木がメールで確認済みだ。


「ドノバン大使閣下、よくおいで下さいました」

「はい。そういえば、私がオブザーバーとして、対策会議の定期会合に出席させていただくようになってから、お初になりますわね」

「あ、そういえば確かに……対策会議ではお会いしたことは一度もありませんでしたね」


 そんな事を話しつつ、平手でドノバンを席に誘う。


「ミシマセンセイとは先日」

「ええ、お互い急がしいですな、ハハハ」

「ニイミサンには、いつもお世話になっているわね」


 新見はニコリとして、軽く会釈。

 そういう感じで、社交的な雑談もそこそこに、話は本題へ入っていく。

 そして、二藤部の秘書らしき男性が、その会談の議事をとる。


「総理、明日の事前折衝はもう済んでおりますのに、私をここへお呼びになったということは……」

「はい大使。実は……昨日、柏木大使と話をしまして……いろいろと報告を受けておりました」

「は? 今なんて……」


 ドノバンは、何か聞き違いがあったかというように、耳に手を当てて聞き直す。


「え? いや、柏木さんと連絡を……」

「? え? 彼は今、5千万光年かなたの世界でしょう? どうやって……」

「あ、そうか、そこからですね……ハハハ」


 二藤部は、ヤルバーン―イゼイラの量子通信という技術で、イゼイラにいる柏木ともリアルタイムで話すことができるという事を話した……


「オーマイガッ! クァンタム通信ですって! 本当ですか!」


 奇声を発して驚くドノバン。


「え、ええ……彼らイゼイラ人はその技術を持っています」


 興奮を隠せない彼女。さすが学者アガリだ。理解が早い……映画の知識もプラスされてーのだろうか?

 両手を顔に当てて、パッと離し、口をポっとあける西洋人独特の仕草をする。

 この事実だけでも、米国的には値千金の情報だ。


「私もお話してみたいわぁ……」

「ハハ、まぁ機会があれば……で、それはさておき……少々明日の会談前に、追加事項としてお話しておきたいことがあります」

「え、ええ、お聞きしましょう。是非」

「実は、今回、柏木大使……あー、いや、柏木さんの報告で、なぜイゼイラ―ティエルクマスカが、日本のみに外交を特化するかがわかったのですが」

「ええ、その点ですね……地球を見つけて、カシワギサンがたまたまファーストコンタクターで、その流れで日本を調査って……今となってはちょっと無理がありすぎますわ。それぐらいはわが国も予想はつけております」


 ドノバンは、もうそれぐらいはわかっているとばかりに、両手を横に挙げて、フゥと一息。

 わかってるが故に、今まではあえて静観していたということ。

 逆に言えば、他国も同様だという事でもある。そう理解できない国があれば、その国ははっきりいってバカだと。

 

 二藤部は、ジェルデアから聞いたという件の話をドノバンに話した……

 無論、技術提供に関しても積極的であるということは話さなかった……まぁ、当たり前である。

 少々話を加工して、ティエルクマスカは複数の国との、アイデンティティの対応的わずらわしさを避けるために、一局集中外交を行っているのだと説明する。


「なるほど、多方面外交はその国の性質を理解するために手間がかかるからですか……一応理屈は通っていますわね。でも、それでも少しおかしいですわね」

「そう思いますか?」

「それはそうでしょう。それでも日本でなければダメな理由としては薄すぎますわ。それだったら別にわが国や、ヨーロッパにロシア。それどころか、パプアニューギニアや、ブータンでも構わないでしょう。まぁ? 中国はベビーヘキサのあの件をやらかした時点で抽選から漏れるでしょうけど。ウフフフ」


 官邸の日本勢はハハハと笑う。確かにその通りだ……事情をしらなければ……


「ええ、そうですよね。で、そこで……少々信じがたいお話をしなければならなのですが……」

「ええ、もう今更ですわ。なんでもどうぞ」

「実は……今回得た情報では……今から地球時間で約一千年以上前に、イゼイラ人はこの日本を訪れていたようなのです……」


「は? …………な、何をまた……」


 ドノバンは、ご冗談をとばかりに、少々訝しがりながら苦笑する。


「いえ、これが冗談ではないのです……実は……」


 件の、竹取物語と、イゼイラに伝わる歴史的手記に、あきらかな共通性、類似性があり、彼らの呼称する日本を表す言葉の意味、ヤルマルティアの語源をドノバンに話した。更には、天皇陛下が贈った贈答物を、イゼイラ側が分析をかけたところ、イゼイラにも関連するものであった事が判明したことを話した……

 ドノバンは、文化人類学者で、日本研究の第一人者だ。竹取物語がどういう内容かぐらいは熟知している。


 但し、その話の中で、件の異種族間婚姻薬と、イゼイラ人―ナヨクァラグヤ帝の体毛で出来た扇の件は伏せた。



 ……ドノバンはしばし石化する……


 そしてやおら……

「そ、そのエンペラーが渡した品物の内容はお分かりになるのですか?」

「いえ、残念ながら……それに関しては、イゼイラ側からの明言はありません。無論、陛下にはこれからお聞きする次第になっていますが、それもお答えしてもらえるかどうかは、わかりません」


 無論、ウソである。

 コレを言ってしまったら、明確な証拠もいいところ。おそらく米国は大統領府から議会まで大混乱だろう……それ以前にこの事は、日本的には外交上の必殺カードにもなるので、話すわけがない。


「……あ、あの、テイル・オブ・バンブーカッターが……そんな実話を元にした寓話だったなんて……」

「ええ、その詳細は、柏木さんが帰国してから詳しいお話が聞けると思いますが」


 ウソである。もう二藤部達は知っている。


「では総理、彼らはその件で、何がしかを調べるか、求めるかして、日本へ?」

「ええ、そのようですね。それが何かはまだ分かりませんが……」


 これもウソだ。

 まぁ当たり前である。

 バカ正直に、イゼイラ側が『日本を聖地認定させておくんなまし。と言ってきました』なんて言おうものなら、キリスト教国のアメリカ世論が、どんな風になるか……


「なのでドノバン大使、どうもそういう経緯があっての話で、彼らは日本以外の国には全く興味がないのですよ……まさか私たちも、彼らと日本がそういう接点を持っていたとは、ゆめゆめ思いませんでしたからね……我々も少々困惑しています」

「では、総理、もし、わが国を含めて他国がヤルバーンや日本へ不用意に干渉しようとしたなら……」

「ええ、まず間違いなく彼らの反感を買います。どうも彼らにとっては、相当、デリケートな事柄でもあるようでして……そして私たちとしても、我が国の国体すら揺るがしかねない事ですので、ヴェルデオ司令には、我々も協力するという事でお伝えしています」

「なるほど……わかりました……で、このことは大統領に伝えてもよろしのでしょうか?」

「それは大使の判断にお任せします。わが国がどうこう言う話ではありません……ただ、いずれわかる事ですし、状況も刻一刻と変わりますからね。その辺は大使のお考えにおまかせします……明日の会談の件もありますしね……」

「わかりました…」

「すみません大使。緊急にお耳へ入れておきたい情報でしたので……」


 ドノバンは、この会談で、ヤルバーンが日本へ来た理由を、理解した。

 ウンウン頷いて「わかりました。その事は大統領へ伝えます」と答える。


 ……二藤部は、まるっきりの作り話は言っていない。単に本質を話さなかっただけの話である。

 ウソというものの、ウソの部分で最も効果を発揮させるためのその手法とは、ウソの中に事実を混ぜることだ。

 ウソに事実を混ぜると、その事実でウソが脚色され、ウソの部分が実に見事な真実性を帯びてくる。

 外交交渉とは、この使い分けが重要なのである……まぁ、これが外交というものなのだ。


 現状、各国が一番知りたいのは、なぜに日本のみ重要視して、それ以外の国は、ガン無視なのかという点が最低限知りたいわけであるからして、この点についてのみいえば、二藤部は現段階で充分な情報をドノバンに話した。

 実際、ドノバンも完全とはいかないまでも、相当に満足な話ではあったようで、腕を組んで色々と考えているようである……そして……


「総理」

「はい」

「そのお話から察するに……カシワギサンは、イゼイラの代表とお話をできたということですよね?」

「はい、それはもちろんです」

「……なるほど……フフフ、なるほどね……わかりました……では、今はそのお話を持ち帰らせていただく、ということにしましょうか」

「ええ、よろしくお願いいたします」


 ドノバンは、少々不敵な笑みを浮かべる。

 二藤部も同様。


 そして、ドノバンは官邸を後にする。

 

「ふぅ、ま、こんな感じかな、総理」


 三島が苦笑し、二藤部へ話す。


「そうですね……まぁ、少々賭けですが、仕込みはこんなところでしょう」


 二藤部も、ニヤついて応える。

 細工は流々という感じ。


「まぁ、あの情報でも結構ギリギリな線でしたからね……あとはどう世界……いや、連中が反応するかですか……」


 新見が、やれやれといった感じでハンカチを胸ポケットから出し、汗を抑える。

 二藤部も三島も新見も、実は少々ヒヤヒヤ顔。


 その理由は……


 二藤部は、彼の後ろで、議事録を取っていた秘書らしき人物に一礼して声をかける。




「フゥ……おつかれさまでした……ヴェルデオ大使。もうキグルミを脱いでくださって結構ですよ」




 そう二藤部が言うと、その秘書らしき男性は、ニっと笑い、スーツの袖をまくってPVMCGを操作し例の如く……ヤルバーン司令、ヴェルデオの姿に戻る。


『ハハハ、これはこれは、ナかなか面白いですな。ハハハ』


 ヴェルデオは、二藤部に平手で誘われ、二藤部の背後から、ゆったりしたソファーへ、その席を変える。


「ガハハハ、こちとらヒヤヒヤもんでしたがね、ヴェルデオ大使」


 三島が豪快に笑う。


「いやぁ~ しかし、そのキグルミシステムとかいうモノ、初めて見させていただきましたが、大したものですね」


 と二藤部。腕を組んで、笑う。


『イヤハヤ……ファーダ・ドノバンですカ? 彼女には大変申し訳ナいですが、なかなか面白い経験でしたナ……この間“てれび”で見た“すぱい映画?”の主人公の気分でしたヨ』


「スパイ映画? あれかい、MI-6の方か? 3桁ナンバーの」と三島

「オジサン組織の方では?」となかなかコアな新見。

「そりゃ古ぃーよ、新見君」と突っ込む三島。

「いやいや、IMFの方でしょう」と二藤部。

『エ? チキュウでは、国際通貨組織が、諜報活動をするのですカ?』と、ボケもできるヴェルデオ。


 リアルオヤジと、見た目オヤジがしばしそんなコアなネタで盛り上がる。


「いや~ でも、ドノバン大使には少々悪いことしましたかね」


 と頭をかく二藤部。すると新見がそうでもないとフォロー。


「ドノバン大使の最後の一言……少しは察していたみたいですよ」

「ああ、そうだな。ま、ちったぁ察していたっぽいわな、ハハハ」


 三島も、そんな感じだと笑う。


「ということで、大使」


 二藤部はそういうと、ヴェルデオに向き直り


「こんな感じで、ご了承ください」

『ハイ、大変結構かト……これで私は明日のダイトウリョウとの会談で、話を合わせればヨロシイのですね?』

「ええ……まぁ、我々で話をして、後ほど報告するという手もありますが、それでは細かいニュアンスが伝わりませんから、ほころびが出ないように今回、こういった手の込んだことをさせていただいた次第です」

『ハイ、素晴らしい“作戦”ですネ。このアイディアはどなたが?』

「ウチの白木ですよ」


 と横から新見がフォロー


『ホウ、彼が』

「以前、シエ局長と、捧呈式の打ち合わせで、こちらでお話しさせていただいた時、シエ局長にキグルミシステムを見せて頂いたそうなのですが、その時の経験で思いついたアイディアだそうです」

『え! マサカ、デルンの前で、このシステムを使ったのですか? 彼女は……』

「はいそうですが……あっ! そうか……そうですよね……アハハ……」


 新見も、ヴェルデオも……二藤部も三島も、ハタと気づく。

 全員、シエの顔を思い出し、タハハ顔……


「ハハハ……まぁ……それはそうと、これで仕掛けはできましたね」


 と二藤部。


「ええ、これで米国経由で……ですね……」


 と新見。顔を真面目な目線に戻す。


 彼ら安保委員会が仕掛けたちょっとした工作。

 それは、ドノバンに、ある程度のイゼイラの情報を与えて、米国へ流させる。

 恐らく、その情報は、米国を通じて、他国へと流れるだろうと予想される。

 それは、米国が他国との会合、会談で話すか、情報機関同士の取引材料に使われるか、もしくは、米国内の、他国情報機関の内通者を通して流れるか、情報システムをハッキングされて流れるか……


 どういう経緯で流れるかはわからないが、米国以外のインテリジェンスも手をこまねいているわけではなかろう。


 そして、その流れた情報によって、それを入手した組織なり、国家なりは、なんらかのアクションを起こすはずである。

 そのアクションに同期して、共に『ガーグ』も何らかのアクションを起こすだろう。

 

 ガーグにも、色々なタイプがある。


 異星人との強引な交流を強要するような連中。

 異星人を排除するように動く連中。

 異星人の存在する状況を利用して、利を得ようとする連中。

 異星人技術を、なんとしても入手しようと企む連中


 等々。


 今回、ドノバンに教えた情報で、骨子となるのは『イゼイラ―ティエルクマスカは、日本以外に興味がなく、交流、国交を持つ気も当面はない』という点。

 その点でどういう組織が動き、日本や、ヤルバーンと対峙しようとするか見極めようという事なのだ。


 以前、二藤部達政府は、ヴェルデオの国会演説での『日本主権擁護発言』で、ガーグを含む各勢力の動きが鈍化すると柏木に話したことがあった。

 これは、日本とイゼイラの関係に対し、各国が『疑念』をもったからだと。

 疑念を持った国や勢力は、その疑念が、確信事項になるまで動きを見せない。

 逆に言えば、動きを探るため、牽制のように小さな挑発をかけてきたりもする。


 それまでなら、そこでほっとけばいいものなのだが、今回、イゼイラから件の『聖地』発言がでてしまっただけに、日本としてはそうもいかなくなった。

 なので、『竹取物語事案』ともいうべき間接的に聞けば、ある種耳を疑うような信じがたい情報を、諜報大国のアメリカから発信させて、日本中心で動いている今回の異星人来訪事件に対し、世界が、ガーグがどういう反応を示すか、探ってみようという腹なのだ。


『デは、ファーダ・ニトベ。私は今お聞きした流れをベースに、明日はアメリカ国のダイトウリョウと話を進めれば良いのですな』

「ええ、それでお願いいたします。その方が、ヴェルデオ大使もハリソン大統領との話のネタには困らないでしょう」

『確かに……いや、正直申しますト、本国の方針が、かようにありますので、一体何をお話ししたらいいか迷っていたところもありまして……』

「いや、その件については申し訳ありません。今回の件、はっきり申しまして、わが国の都合です」


 そう、この会談は、いま、日米間でなかなか進まない多国籍間貿易協定や、東アジア安全保障問題の進展を交換条件にした取引でもあるためだ。


 現在、米国大統領ハリソンは、厳しい立場に立たされている。

 米国民主党政権が進める軍事費削減と、その予算を社会福祉に回す方針。

 これによって、米国産業界からかなり反発が高まっているからだ。


 米国という国において、軍事産業というものは国家の基幹産業の一つでもある。

 これは、戦闘車両や軍用機、軍用艦艇を作っているよな企業ばかりが対象ではない。

 それに伴う部品、機材、インフラ、生活。

 そういった米国のあらゆる産業が、なんだかんだと軍事産業と関連性がある。

 そして、そういう意味では、軍=国は、ある種の産業、企業では最大の顧客でもあるのだ。


 なので、軍事費=戦争=悪というような、頭の悪そうなリベラリストがよく語る、単純に足し算でくくれるような話ではない。

 軍事『 産 業 』というぐらいであるからして、米国にとって軍事というのは、国家を運営していく上での経済活動の主幹部分の一つなのだ。

 それを縮小しようというなら、そりゃ多くの産業界から反感を買うのはアタリマエである。


「……このように、米国はリベラル政権を国民が選んでしまったがゆえに、そういう矛盾を抱えてしまっています。さらに言えば、米国はこの地球における産業発明の祖である部分が多分にあります。これもアメリカという国特有の自由さがもたらすスピリットとでも申しましょうか……そういう面での焦りというものも多分にあるわけです」

『……』


 ヴェルデオは、頷きながら二藤部の話を聞く。


 米国が今まで培ってきた、革新的産業インフラの市場……例えば、スマートフォンやタブレットに見られる地球では一昔前のSF映画のようなデバイスの一般大衆への実用化と浸透。今後の展望で言えば、3Dプリンター普及への力の入れよう……そういう分野で世界をリードしようとしていた矢先に、ヤルバーンのご登場だ。

 米国の自負心。産業界の自負心からすれば、正直ほっておけないというのも頷ける。


 ――ちなみに3Dプリンターの発明者は、日本人である。

 小玉秀男(名古屋市工業試験所)が1980年に光造形システムを発明したのだが、特許審査請求を忘れて、米国に特許を取られてしまう。しかもその米国の特許内容が小玉の発明とよく似ていたという笑えない背景があったりする――


「……そういう点も含めての内容が出てくるかもしれません。そのようなところも念頭においてお話しなされるのがよろしいかと思います。どうぞご参考に」

『なるほど……ご助言感謝いたしまスファーダ。さすがにそういったチキュウ世界における各地域国家のナマな特性、性格までは、我々も熟知しておりません……我々も色々と調査活動をしてまいりましたが、そういう点、大変参考になりまス』


 二藤部もウンウンと頷く。

 まぁ、ある意味これは仕方がない。

 科学万能な彼らでも、さすがに得られる情報ソースは文献やメディア、電波情報がメインだ。

 調査局の局員を総動員しても、二藤部達政治家が丁々発止やってきた、豊富な『経験』からくる情報は、そんなものでは得られない。

 おまけにティエルクマスカのような相互理解が進んだ国家群なら尚更である。おそらく地球の国際関係を調べれば調べるほど、理解しがたい部分も多々あろうと思う。

 そういう点、ヴェルデオ的にも、これは大変有意義な助言でもあった……




 ………………………………




 太平洋上空

 米国大統領専用機 エアフォース・ワン


 米国大統領 ジョージ・ハリソンは、一路日本へ向かう機中の人となっていた。

 エアフォースワン。それは空飛ぶホワイトハウスともいわれるほどの米国最高権力者に上り詰めた者だけが乗ることのできる航空機だ。

 とはいえ、実は『エアフォースワン』という言葉には、一般的に少々誤解がある。

 それは、よく知られる某B社の747型機を改造したものがエアフォースワンという航空機と思われがちだが、これは間違い。


 エアフォースワンとは、あくまでコールサインの事で、大統領が乗った空軍機ならば……例えば輸送機であれ、戦闘機であれ、大統領が乗った時点で、なんでもエアフォースワンになるのだ。


 そしてそれが海軍機なら『ネイビーワン』

 海兵隊機なら『マリーンワン』

 陸軍機なら『アーミーワン』というコールサインになる。


 とまぁそれはさておき……


 B747エアフォースワンのカンファレンスルームで、ハリソンはドノバンの至急電を受け取り、急遽側近達と会議を始めていた。


 ドノバンの報告に、全員一様に面食らったような表情を見せる。


 側近達が話す。


「……大統領、正直にわかには信じられない話ですが……」

「ええ、そうです。日本の童話の物語が、彼らイゼイランと関連性があるなんて……」

「日本側のブラフではないのですか?」

「しかし、あの保守派のニトベだぞ、もしブラフを騙るにしても、彼ならもっとマシなウソをつくだろう」

「ああ……一体どういうつもりなんだ? いや、それよりもドノバン大使も大使だ。そんな話どうやって……」

「でも、彼女はあのフェルフェリアとかいう議員と唯一日本以外の国でコンタクトを取れる貴重な人材だ……そうそう無下にできる話でもないだろう」


 そんな感じで、あまりの情報にざわつく場を沈めるように、首席補佐官のリズリー・シェーンウッドが両の掌を上下に振って場を沈める。

 そして、目線をハリソンに向け数回軽く頷く。


「……みんな聞いてくれ。私は正直その……なんだ? テイルオブバンブーナントカとかいう話を全く知らん。だれか知ってる者は?」


 ハリソンが、まずはそこからだとスタッフ全員に尋ねる。

 みんな口をへの字にして首を横に振る。

 まぁそれもそうだ。そんな話を外国人がそうそう知っているわけがない。


 ただ、リズリーが……


「大統領」

「ん?」

「ネット百科事典レベルの話でよければ、私が……」

「知ってるのか? リズリー」

「概要程度ですが……」

「まぁこの際なんでもいい。教えてくれ」

「はい……確か、10世紀前後の、日本の昔話で、月から地球にやってきた女性を日本人の老夫婦が育て、それを日本の貴族やエンペラーが見初めて結婚話を持ち掛けるのですが、結局うまい具合にいかずに、月からやってきた使者といっしょに月へ帰っていくとか、そんな話だったと記憶しています」

「それは日本で有名な話なのか?」

「我が国のグレイト・ギャツビーぐらいに」

「ふぅむ……しかし10世紀……1000年以上前か……建国300年前後のわが国とは一概に比較できないなぁ」


 すると、側近達が……


「大統領、もしその話が本当なら、今回話をするイゼイランとの交渉計画も、水泡に帰してしまいますが」

「ええ……彼らの視点で考えれば、むしろ日本以外の国が、彼らに寄っていく行為自体が迷惑行為そのものという事になります」


 つまり、ヤルバーン―イゼイラ人は、偶然日本に行ったのではなく、元々から日本を目指していたという事を、これで理解できたという事だ。

 アメリカの視点で見れば、これは結構重大な事実だったりする。

 なぜなら、彼らが期待しているヴェルデオとの会談も、ヤルバーン側からの視点で見れば、本来は迷惑この上ない行為と彼らは理解できたからだ。


 せっかく遠い過去からの知った世界に、ルンルン気分でやってきたものを、全くの赤の他人が横から声をかけて、しつこく迫るのであるから、普通なら「鬱陶しい」と思うのが道理である。


 ハリソンはそこまでの事なら……と、誰しもが思う当然の事を考える。


「……ということは……もしかすると、今の日本。彼らの技術の一部でも、入手している可能性は大いにあるわけだ……」

「ええ、あのカシワギとかいうコンタクターと、フェルフェリアというイゼイラン女性との関係を見ても一目瞭然ですな」


 リズリーはさもありなんとばかりに言う。


「ハハ……ドノバン大使の話だと、その二人、なんでもデキているそうじゃないか」

「デキているどころか……という話ですよ」

「ほ、本当か!?」

「ええ、ドノバン大使の話では……結婚も近いのではという分析をしています」

「ほぉ~~~」


 ハリソンは口をポっとあけて、驚きの声を上げる。

 リズリーはゴホンと一つ咳払いをして、


「まぁこの間話した、シントウ精神の成せる技という奴かもしれませんな……わが国ではそう簡単にはいきますまい」


 ハリソンはプラスチックのコーヒーカップを手に取りながら


「ハハハ、まぁそのシントウスピリッツがどうかは知らんがな。まぁただ、今日本じゃイゼイランは普通に日本国内に住居を構えたり、近所のスーパーへ買物に行ったりしているという話じゃないか……正直事がそこまですんなり進むとは、当初予想もできなかったが……」

「ええ、なんでも情報部の話では、ハンバーガーショップで働いているイゼイランとも遭遇したそうですよ」

「ほう……なんだか我が国の、映画ネタをパクられたみたいだな。この交渉でニトベから著作権条項の譲歩を引き出せそうだ」


 そんな事を話しながら、リズリー達側近は笑いつつも


「大統領……日本が彼らとここまで国交を深めてしまっている現在、彼らと直接どうこうするという手は……事実上もう使えませんな」

「うむ……まぁその点はヴェルデオとかいうイゼイラン大使と話してみてからの事だが、まぁ、そうなるのだろうな」

「当面はニトベ政権を支持し、日本を窓口にして、話に混ざる方が得策かと。そういう点では我が国と日本の同盟関係は、他国より有利に働きます」

「うむ……」

「この件は、相当長い期間で見たほうがいいかもしれません。ニトベ政権とて永久に続くわけではありませんし、あの男ほどの政治家が日本にそう何人もいるわけではないでしょう」


 ハリソンはしばし考えた後、確かにそれもやむなしかとリズリーに話す。

 それはハリソン自身にも言えることだからだ。彼とて永久にアメリカ大統領をやっているというわけではない。


 ただしかし、と側近達が繰り出す。


「大統領、それでも『財界』はそれで納得しないでしょう。連中はとにもかくにも日本とイゼイランの技術接触と、それの産業化を恐れています」

「ええ、そうです大統領。今回の訪問でも、結局あのイゼイランとイツツジ、キミジマ、OGHが共同で作った『産廃施設』を恐れてのことです」

「確かに……あんなものが日本中で稼働すれば、日本は一気に資源エネルギー大国になってしまいます」


 確かに彼ら側近の言うことも、もっともである。

 日本は例の産廃処理施設のおかげで、ある意味、やろうと思えば何でも資源やエネルギーに変える能力を持ち得た。

 外国が日本に物を売れば売るほど、それがいつかゴミや廃棄物になり、またそれが瞬く間に純度100パーセントの資源に還元されてしまうからである。おまけにそれらがカネになる。

 もう日本には、ある意味『資源外交』という手段が通じなくなりつつあるのだ。


 それまでの日本は、兎にも角にも資源がないと思わされてきただけに、資源を盾に取れば、なんらかの外交的譲歩を引き出せる国家であった。

 まぁ、そのせいもあって燃費の良い車を作り、電力の少ない家電製品を作り、小型化の王者とも呼ばれ、資源のない事を逆手に取って日本の産業は発展してきた訳でもあるのだが、その究極の形がイゼイラと日本の技術者達によって、完全な物として実現しようとしている。

 確かにこれに対する危機感は、外国の経済界にとって捨て置けないものである。


 経済とは、生産と消費の循環である。

 生産されたものは、消費され、その字のごとく、いつかはゴミになって消えてもらわなければその価値を維持できない。

 しかし、消費してもらうために売ったものが、品を変え、形を変えて100パーセント還元されて、今度は売った国に売られてしまっては、これは売った商品を巡り巡って売った国に返品されているようなものである。

 しかも品質がとんでもなく良い。資源だけで言えば、採掘物を精製したものより良い物を売りつけられるのだから、これはたまったものではない。


 当初、世界中の経済界は、イゼイラと日本の共同事業であるこの産廃事業を『夢の実現』として目を見張った。

 しかし、よくよく考えると、彼らはそこに気づく。

 では、自国が損をしないようにするにはどうすればいいか?


 答えは、その話に、いっちょ噛ませてもらうか、法で規制するしかないのだ。

 米国は今回、その点、その分析を日本に話しに行くのである。


 そして、もう一つの大きなアメリカの懸念。

 それは……『柏木がイゼイラへ行った』というこの事実だ。


 日本が世界へ公表した冥王星の画像。

 米国は2006年に“ニュー・ホライズンズ”という探査機を冥王星へ向け、打ち上げている。

 その探査機の到着が、来年というところで、先に柏木先生のお撮りになった、あんな写真を見せられては、これにも米国はたまったものではない。

 しかも日本とイゼイラの交流がここまで進み、ドノバンの報告でイゼイランの方が日本との交流に積極的だという事実を知った今、やはりその点でも話をしなければならないというのは、米国のトップとしては当然のこととも言える。


 そのような事を彼らは話す。


「みんな聞いてくれ」


 大統領が全員に真剣な眼差しで話す。


「私はね……今回のギガヘキサ……ヤルバーンが地球にやってきた一件についてはな……『個人』という立場で言うと……ハハハ、そりゃ非常に嬉しかった。もうISSからあの一報が入った時は、興奮してしまったよ。私もそういう映画は好きだったからね……ただ……『大統領』という立場で言えば、そうも言っていられない。まぁ、これは私に限らず、おそらく世界中の首脳がそう感じているのかもしれないのだろうな」


 リズリー達側近は、首をコクコクと振りながらハリソンの話を聞く。


「しかし、イゼイランは日本にご執心という話だ……彼らから見れば我々はお邪魔虫以外の何物でもないのだろう……そして、イゼイランと日本は、この状況だと、今後も蜜月関係は続いていくと思う……まぁさもあらん。あのミスターコンタクターとイゼイランレディがそんな関係になっているのなら尚更だ」


 ハリソンは、プラスチック製のマグカップを手に取ると立ち上がり、カンファレンスルームを右に左に歩き出して、話を続ける。


「……日本にとっては、これは最高の福音といっても良いような話なのだろう……彼らの抱える問題は多い。おそらくイゼイランとの交流が進めば、確かにそういった問題は一見すると解決の方向に行くように見えるかもしれないが……この『地球』という大きな単位で考えた場合、果たしてそうなのだろうか?」


 そう言うと、ハリソンは側近の一人を教師のように指差す。


「日本の抱える危機を克服できる可能性があったとしても、またそれ以外の大きな災厄を呼びこむ可能性も出てきます」


 そう答えると、ハリソンはウンウンと頷いて「そうだ」と答える。


「その通りだ……実際その傾向はもう既に出てきている……日本という国は今、最高の福音を呼び込んだと同時に、最大の危険も抱え込んでいるという状況だ……」


 確かにハリソンのこの考え方は間違っていない。

 

「……おそらくニトベも……あれほどの男のことだ。その事には気づいているだろう……そのあたりの状況を整理して、彼と話をしなければ、我が国にも甚大なダメージが出る可能性もある……」

「例の……『アジア信用共同主権会議』の件ですな……」


 とリズリーが言う。

 ハリソンはリズリーを指さし、目で頷く。


「あの主催国にとっちゃ、イゼイランの来訪よりも、自分達の権力構造の維持のほうが大事なんだ……まぁイゼイランから見れば、こんな話、カスみたいな事なのだろうが、彼らが日本を重要視しているなら、こんなカスみたいな話が、日本を巻き込んで、我が国……そして、世界を巻き込む騒動になるという事をお互いに認識しあわなければならない……大変なことだよ……そして……」


 ハリソンは、その騒動が、国家間の思惑だけでは済まないということも話す。

 いわゆる『ガーグ』だ……

 ガーグの多方面な混乱は、下手をすると収集がつかなくなる可能性がある。

 ハリソンは、日本がその事を認識しているのか確かめたいという意図もあった……




 ……しかし、世界は、ティエルクマスカの強力かつ尋常ではない地域国家との外交方針をまだ知らない……



 エアフォースワンは、一路月明かりに照らされながら太平洋上を日本へ向けて飛ぶ……




 ………………………………




「うわっ! クソっ! 囲まれちまったぞ!」


 何か妙に焦りまくる柏木大使。

 何故か手に持つは、ベレッタM9


『アワワワワ……アッチからも出てきたデすよっ!』 


 フェルも泣きそうな顔でこれまた焦る。

 手に持つは、SIG SAUER P228。


『ここハアタシに任せな! アンタらはこの先の通路の確保だ』


 カッコ良くキメるはシャルリ。

 手に持つは、M60。


『早ク行ケ、ソウソウ長クハ持チコタエラレンゾ』


 モスバーグショットガンをガシャリとやるリアッサ。


 『ア゛~』と手を前に、虚ろな目をしつつ彼らに襲いかかってくるは……地球原産、ゾンビの群れ。


『ハッハッハー、うりゃぁーー!!』


 シャルリがM60をバカみたいに撃ちまくり、ゾンビをなぎ倒す。


『チキュウジンハ、良クコンナ気持チ悪イ化ケ物ヲカンガエツクナ……』


 呆れながらドカドカとショットガンを撃ちまくるリアッサ。

 ゾンビが血しぶきをあげ腕を飛ばし、吹き飛ぶ。

 しかし下肢を失っても、這いずり襲い掛かってくる。


『ウワァ……なんだこいつらは……“ガーグデーラ”より質が悪ィぞ!』


 かのシャルリ御大が、半泣き状態。


 ……柏木大使閣下以下、みなさんは何をシテイルのかというと、日本の某有名メーカーのゾンビゲームを体感していらっしゃるのである。


 そう『体感』である。


 フェルさんがイゼイラへ持ってきて、暇を見つけて遊ぼうと思っていた、某次世代ゲームのソフトを、イゼイラ某所にある人気仮想空間娯楽施設へ持ってきて、そのソフト内容をシステムコンバートさせ、この施設に仮想空間としてそのゲーム内容を再現したのである。


 しかも、システムが地球から持ち帰った調査データを参考に、ゲーム内CGのオブジェクトに補正をかけて生成するものだから、その再現度が半端でない……ってか、はっきりいってチビる。


 特にシャルリは、その『ゾンビ』という地球の想像上の化け物に、当初は正直恐怖した。

 そもそも、死者が死んだ状態で動きまわるという概念自体が彼らにはないので、相当にビックラこいたようだ。

 おまけに人肉を喰らい、襲われた者がゾンビになってしまう設定に『イヤスギ』と、かの600万ドルなフリュでも、相当に面食らっていたようだ。


 リアッサとフェルは、もう地球にいて相当経つので、この種のネタは知っている。

 まぁそれでも、やっぱリアッサもゾンビはキモイらしい。


 

『きゃー』


 通路を確保し、索敵に出ていた柏木。

 しかし、通路入り口で、フェルの悲鳴が聞こえる!


「フェル!……って……あ……」


 フェルがゾンビに襲われ、もみくちゃにされている。


『マサトサーン、助けて~』


 フェルに群がるゾンビを、M9で吹き飛ばす柏木……

 なーんか嫌な状況を想像する…………案の定だった……


『うばー』


 フェルがゾンビになってしまった。


「あちゃ~……ここまで再現するかよ……すごいな、この施設は……」

『マザトさ~ン、私はゾンビでずよぉ~ 襲っぢゃいまずよぉ~』

「ま、まぁ……ルールだからなぁ……」


 フェルの綺麗で金色目なお顔が、デロデロな血みどろ状態になり、手を前に出して、柏木に近づく……見た目は相当キモイが……その演技がどことなく可愛らしい。


「んじゃ、ハイ、フェルはこれでゲームオーバーな……ゲームとはいえ、気が引けるなぁ……残酷なゲームだわ……」


 柏木はM9をフェルに向け、ぶっ放す……が……フェルはそれを素早く、シュンっと避けた。


「エ゛」

『マザトザンもゾンビにナルですよぉ~』


 調査局員パワーで、素早く弾丸を避け、柏木に襲いかかるフェルさんゾンビ。


「い、いやフェル! そりゃ反則だろ!」

『イゼイラジンゾンビは、こうなるでスよぉ~』

「おいおい、そりゃねーだろ、って、うわわわ」

『うばー』


 手を前にして、ものすごいスピードで追いかけてくる人外ゾンビ……こりゃ傘会社のボスキャラも顔負けだと……


 必死で逃げる柏木大使。


 後ろを振り返りながら柏木がいくら撃っても、ゼルエ仕込みの体術で、軽やかにヒュンヒュン躱すフェルさんゾンビ。


 そして……


『うばー』

「うわっ! つかまった!」


 ……というより、抱きつかれたという表現の方が正しい。


『マザトさんも噛まれてゾンビにナルですぅ~』


 デロデロ顔なフェルさんゾンビの顔が柏木に近づく。

 柏木に噛み付こうとするフェル……


 ……いや、噛み付くというより……口を尖らせて柏木の顔に接近させる……


「い、いや、それは噛み付くと言わないのでは……」


 ……とすると、周りのゾンビどもが、ポーズをかけたように停止する。

 それに気づかない二人。


『ム~~~』


 そんなフェルさんゾンビの頭を、モスバーグのストックが小突く。


『アイタ!』


 振り返ると、細い目をしたリアッサとシャルリ。


『フェル……何ヲシテイルノダ……』

『ぞ、ゾンビさんになったですから、マサトサンを襲ってたのですよっ』

『ホウ、私ニハ、ソノ抱キツイタ状態ガ、襲ッテイルヨウニハ見エンノダガ……』

『ななな、これから噛み付こうとしていたのですよっ』

『口ヲ尖ラセテカ?』

『そそそ、ソレハですね……』


 キモいフェルとリアッサが言い合う構図に、シャルリが腹を抱えて笑う。

 柏木の方を見て、お互いが手を横にあげて、苦笑い。



 ………………



 そんな感じで、体感視察? 終了。

 ロビーの休憩施設に出る柏木達。

 この施設はいつも賑わっているようで、イゼイラ人も家族連れで遊びに来ている人達も多い。

 彼らはロビーで飲み物など飲みながら一息つく。


「いやー、すごいなこの施設は……どっぷりハマりました……」

『デしょ? ウフフフ、マサトサンが好きそうだと思いましたから』

「ははは、でもこんなところで遊んでたら怒られちゃうよ」

『コレも視察なのですヨ、ウフフフ』


 そうフェルがいうと、リアッサも


『ソウダゾ、カシワギ。マァ、フェルノ本意ハシランガ、私達ガ、以前ホッカイドーデ行ッタ演習モ、コノ技術ヲ応用シタモノダ』

「そ、そうなんですか!」

『ウム、アノ時ハ我々ヤルバーン軍対ジエイタイトイウ状況デ演習ヲ行ッタガ……』


 そういうと、リアッサは手を口に当て、顔を柏木に近づけて、小声で……


『(最近、ホッカイドーデハ、チャイナ軍ヤ、ロシア軍ノデータを作ッテ、タマニ、コレをヤッテイル)』

「(え! マジですか!)」

『(アア、アマリ大キナ声デハ言エンガナ……言ウナヨ)』

「(え、ええ……)」


 これは、柏木もまだ知らなかった。

 恐らく相当な機密で、ヤルバーンと共同してやっているのだろう。


『マァ、マダ実験段階ダソウダ。目処ガツイタラ、オマエニモ話ガイクダロウ』

「いいんですか? そんな情報を今私に言って……」

『カマワン、オマエハ最重要スタッフデハナイカ。私ノ役職デ話ヲスル分ニハ問題ナイ』

「なるほど……(恐らく技本あたりだな……もしかして、あの状況を想定してのことか?)」


 手を顎に当てて、指を動かしながら考える柏木。

 なるほどなと……


『シカしよ、大使ぃ~~』


 シャルリが口をへの字にして話す。


「は? はい?」

『あんな気色の悪ぃバケモノ……ニホン人が本当に考えたのかぁ?』

「アハハ、いえ、あれは日本のバケモノではなくて、本来は外国の化け物ですよ。それが映画作品で少々脚色されて、ああいう感じのキャラクターになりました」

『ナルホドねぇ……いやぁ……あんなのが敵だなんて想像したくないわさ』

「ガーグデーラよりもマシでしょう。一応武器は通じますし。仮にあんなのがいても、ティエルクマスカの粒子ブラスターあたりだったら、一掃できるじゃないですか」

『逆だよ……ガーグデーラの方がマシだよぉ……数が尋常じゃないだわさ。それに病気持ちだろ? 移っちまうさぁ……あ、でも逆に言えば使えるな……』


 シャルリはポっと何かをひらめいたようだ。


『……ヤルバーンに行ったら、コイツを新兵ドモの訓練に使ってみるか……もちょっとレベルと体感係数上げて……』

「い、いや、やめといたほうが……PTSDになりますよ……」



 ……とそんな具合で施設を後にする柏木。


 リアッサのオペレートするトランスポーターで、次の視察地(?)に向かう。

 そして……柏木は先ほどから色々と考えていたあることがあった……

 それをフェルに訪ねてみる……


「なぁフェルさ……」

『ハイ?』

「あの……フェルのファルンさんと、マルマさんの仮想造成体なんだけどさ……」

『エエ、それが何か……』

「あれって……あの施設と同じ理屈で造成されてるんだよな……」

『ハイ、そうですね』

「ふーむ……」


 その思案する柏木を見て、フェルも


『どうしたですカ? マサトサン』

「つかぬことを聞くけど……ナヨクァラグヤ帝の、あの……例の脳ニューロンデータって、残ってないの?」

『アっ……ナルホド……そういう事ですか……』


 フェルは、柏木が何を言いたいのか、大体察しがついたようだ。


『実はですネ、あるにはあるのデス』

「え! そうなんだ……じゃぁそれを再生して色々と……」

『イエ、それがですね……同じ事を私達も考えたですよヨ』

「ほう」

『タダ……うまくいかなかったデス』

「え? どういうこと?」


 フェルが言うには、ナヨクァラグヤ帝の脳ニューロンデータは、あるにはあるそうだ。

 それはそうだろう。女帝クラスとなれば、その医療体制も万全であるはずだ。ないはずがない。

 ただ、どういうわけか、そのデータには、厳重なプロテクトがかけられており、現在のシステムでも解除できず、また解除方法も後世に残されていないということなのだ。


「そうなんだ……」

『エエ……私達も、そのデータを再現させることができれば、精死病の治療ニ役立つと思ったのですが……』


 柏木も、頷くと、少々残念そうな顔で視線を外の風景に向けた……





 ………………………………




 地球、日本国。その夜……


 ハリソン大統領が来日する時間が、明日と迫る中。

 人目をはばかるように、皇居へ向かう黒塗り高級セダンが数台……

 そう……それに乗るは、内閣総理大臣 二藤部新蔵である。


 彼は、今上天皇陛下に、昨日のサイヴァルとの会談経緯の報告を行うために、皇居へ向かっていた。

 とはいえ、本来ならこんな時間に天皇と会うなどとは、実際問題として礼を失する行為ではあるのだが、明日のハリソン大統領来日も控えているため、宮内庁と協議し、陛下に伺いをたてたところ、会ってもらえるということなので、急ぎ皇居へ走っていた……


 無論、会見内容は、サイヴァル会談の報告だけではない。

 

 ……あのことも含まれる……


 さて、どの程度の内容を話してもらえるのだろうか……

 この言質は、実に重要である。

 従って、二藤部も、サイヴァルとの会談内容は、一切端折る事なく、全て資料として、まとめて持参していた……


 本来、戦後の日本では、天皇が政治決断に関わることなどはない。そしてこれからもそうであるし、そうあり続けるだろう。


 ただ……政治内容かどうかは別にして、この度の会談内容、これはさすがに天皇へ報告しないわけにはいくまい……なぜなら、天皇家にも係る事でもあるからだ。



 セダンは、信任状捧呈式のコースを人知れずとり、テールランプの光に尾を引きながら皇居正門へと消えていく……


 

 ティエルクマスカとイゼイラ……その真実と目的を知った日本政府……



 そして、一部情報をリークし、世界に対して打って出た政府。

 その反応はいかに……




 201云年、東京の桜も散り、本格的な暖かさを迎える季節。

 



 世界が再度、動き始める……

 


 





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