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― ヤルバーン滞在 3日目 ―
今日はヤルバーンを立つ日である。
日本人招待客は、各々出発時間まで最後のこの場所を楽しんでいた。
柏木にはここでの最後の仕事、例の関税関係の説明を、招待客に行う仕事が残されていた。
まぁその点は特に問題は無い。基本政府がダメというものはダメで、良いものは良いのだ。
事前に、貴金属を造成してしまっていた招待客のために、プリントを配布して注意喚起はしていたので、さほどの混乱は無いだろう。
貴金属と一言で言っても、貴金属で、自分オリジナルなアクセサリーを造成した人は、関税がかかっても持ち帰りたいそうであるし、単純に延べ棒のような素材だけを造成した人は、それを廃棄し、別のものを作ってお土産にしていたようだ。
そんなところまではさすがに国もどうこう言うことが出来ない。
ちなみに、この印刷物も、ハイクァーンで1000余人分造成してもらった。本当に便利な機械である。1枚版下を作り、ハイクァーンにかけて『1000枚作れ』といえば、1000枚の束で造成される。
これは印刷業界が全滅してしまうぐらいのものだ。CTPどころの騒ぎではない。こんな所でも、日本がもらったハイクァーンは取り扱いに慎重に慎重を要するものであることが充分理解できる。
柏木は、出発説明の時間までかなりの間があるので、昨日来た公園のベンチに腰をかけて物思いにふけっていた。結構この場所が気に入っている。
「よぅ、柏木、こんなところで何黄昏てんだ?」
白木である。両手に飲み物を持ってやってきた。
その一つを放り投げて柏木に渡す。
「おう、白木か、別に黄昏てるわけじゃないけどな……まぁこの2日、色々あったナァってね」
と、白木の顔を見ると、なんか頬がコケている。
「ど、どうしたんだよ白木、なんか重労働でもしたのか?」
「あ?あ、あぁ、まぁな、昨日ちょっとな……えらかった……うん」
「はぁ?……あぁ、そういう事、ハハハ、ご苦労さん」
「うるせーよ、ハハハ」
白木はそう言うと、ボトルのキャップをはずし、ゴクリと一飲み。
「ハァ……なぁ柏木」
「ん?」
「昨日の交渉、お前、どう思った?」
「ん?まぁものすごく順調だったんじゃないの?何か問題あるのか?」
「んん~、まぁ柏木からみたらそう感じるだろうな。それは間違いじゃない、確かに順調でうまくいった」
「どういうことだ?」
白木はベンチの背もたれにぐいと背中を押し付ける。
「まぁ……昨日の交渉、結果的に言えば、日本がちょっと負けてたんだろうな」
「え?」
「ん~、言い方が悪かったか……負けたっつーか、交渉にならないところもあったってことだよ」
「どういうことだ?」
「つまりだな、そう、交渉する相手が『全てにおいて、あまりにもデカすぎる』っつーこった」
「……」
白木は言う。
つまり、ティエルクマスカ連合と言う組織が、科学的にも、国家規模的にも、文化習慣的にもあまりに巨大すぎて、懐が超絶に深い。
従って、一見お互いが友好的に譲歩しあい、譲り合っているように見える交渉結果だが、実際のところは日本側が要求するレベルの事案を飲むことなど、彼らとしては些細なことなのだ……と。
そして、地球や日本が、彼らが供与した技術で何か不穏な動きをしても、そんなことぐらい簡単に解決する手段を持っているから、さほどのことでもないからだと。
「そんでな、連中が『連合国家』ってところもミソだ」
「……」
「おそらく、彼らは、今の日本とヤルバーンとの地域国家レベルの交渉など、その歴史において腐るほどやってきているんだろう。しかもそれが『中央集権政治』ではなく、分権制の連合形態で何万年もそんな交渉をやってきてるんだろうな、それでティエルクマスカ銀河共和連合なんてのをやってるんだ。おそらくその連帯は、俺達が考えている以上に強いもんなんだろう」
「……」
「なので、全てにおいて成熟している。でなければとっくにそんな連合国家、崩壊してるよ」
「あぁ、確かに」
「結局、彼らは我々を平等に、同格に見ていると言っているが、状況としては、やはり俺達の方が下なんだよ」
「……」
「言い換えれば、俺達を同格に見たところで、彼らには何も支障が無いということだ。そして日本政府としても状況的にそうなるのがわかるから、結局、無意識に後手に回ってしまうんだろうな、態度には出さなくても……彼らの言い分を聞いてやってしまう……お互いがそんな風だから、客観的に見るとあんな交渉でも、奇跡的に順調に行っている様に見えてしまう」
「なるほどね」
柏木は、フゥと息をつく。そしてボトルの中身をグイと飲む。
「昨日な、フェルさんが言ってたよ」
「ん?何て?」
「『私達が、地球人や日本人を差別せずに同格に見ているのは、この星の人々が私達を理解しているからだ。理解できていないのなら、初めから接触なんてしない』『科学技術の差なんていうのは、その文化を測る基準として私たちは見ていない』ってね」
「そんなこと言ってたのか?」
「あぁ、でもお前の今の話でわかったよ、それもあの国があまりにも巨大で懐が深いから言える言葉なんだろうな……もし、地球がティエルクマスカレベル……まではいかなくても、彼らに近い科学を持つ国なら、同じ事言えるんだろうか……」
「なるほどね」
かつて、幕末において白木が語るような事例は実際にあった。
それは日本でも有名な『中濱 萬次郎』所謂『ジョン万次郎』の事例である。
万次郎は、漁に出た際に遭難し、米国船に救助され、米国にて当時の米国の科学や倫理観、宗教、文化などを学び帰国し、後に万難ありつつも日本と米国との交渉に活躍した人物として著名であるが、その際でも救助された米国船で、いわゆる米国人から見れば、未開の遅れた人間である万次郎を勤勉であるが故に仲間として同格に扱い、米国滞在時も船長であるホイットフィールドに愛され、彼の庇護を受けて、米国内での差別などもありはしたが、結果、西洋航海術のエキスパートとして日本に帰国。現在では米国で最も著名な日本人の一人としても知られている。そして結局、米国の情報を日本の為に豊富に持ち帰ったにもかかわらず、彼を恐れて当初、そして最終的に冷遇してしまったのは、当時の幕府だったわけであるからおかしなものである。
白木は思い立ったように柏木に向き直り話す。
「ただなぁ、柏木」
「ん?」
「そのフェルフェリアさんの言葉、それはティエルクマスカ云々ではなくて、フェルフェリアさん自身の思っている言葉なんじゃないのか?もしくはヤルバーン乗組員全員か……もしかしたら、この船が日本に来たその機密とやらの理由そのものに基づく言葉か……俺はそんな気がするぞ」
「どういうことだ?」
「ん~、なんかなぁ、あの人はどうも何か他ではない……なんとも表現しにくいが、妙な雰囲気がある」
それは、リビリィ達と話した時の雰囲気からの白木なりの勘だった。
確かにそういわれると柏木もそんな気がしないでもないが、白木ほどのイメージは無い。なんせ柏木は彼女の素性を白木ほど知らないからだ。
おそらく、ティエルクマスカ本国では、地球や日本のことをどうこう言う向きもあるのかもしれない。しかし、彼らがどういう思いで地球に来たかを想像すれば、彼らの態度からして容易にその理念や理想は想像できる。理念とは、その人の想いと重なる事で、それ次第で、上にもいけば下にも行き、左にも行けば右にも行ってしまう。
やはり彼らにとって、科学技術の差なんていうものは、『連合国家』『多種族国家』という形態からもわかるように、種族の程度を計る上ではたいした問題ではないのだろう。それに地球人もとりあえずは宇宙進出しており、それなりの科学技術を持った種族ではある。未開の蛮人というわけではない。
「だからなぁ、その言葉、やっぱりフェルフェリアさん自身の思いだと思うのよ、まぁヤルバーンか、イゼイラか、それともティエルクマスカの理念も多かれ少なかれあるにしてもな……まぁそうじゃないと連合国家なんてやってられねーだろ」
「うーん、確かに……シエさんもなぁ……あんなんだし」
「あ?……あのリザード姉さんがどうかしたのか?」
「え!?い、いや、なんでもないなんでもない……忘れてくれ。オホン」
「クククッ、何があったかしらねーが、忘れてやるよ、ククク……」
柏木は頭をかきながら「マズった」と思った。けど、まぁいいかと。
「……でよぉ柏木、そのフェルフェリアさんのことなんだけどなぁ……」
白木は少し笑みを浮かべ、柏木に尋ねる
「ん?な、何だよ……」
「お前、フェルフェリアさんの事……わかってるんだろ?実際、ん?」
白木はもう最後の日だということで、『ぶっちゃけな話』聞いてみた。
「ん?……ん~……まぁ……なぁ…………でも、会ってまだ2日だぞ……まぁ、向こうさんはそうでもないらしいが……」
「さすがの鈍感朴念仁インフィニティなお前でも、気づいていたか」
「ん~……」
柏木は、どこか視点を遠くにあわせ、複雑な心境の返事をする。
「何が問題なんだ?異星人だからか?それとも昔のアレか?」
「……まぁ、言ってみればどっちもだなぁ……」
これでも柏木は恋愛経験もある。そして大学時代に付き合っていた女性もいた。人並みの事は一応やっているのだ。
しかし学生時代に付き合っていた女性とは、柏木のあんな趣味もありーの、将来的な責任を思ったこともありーので、卒業時に自然消滅してしまい、それっきりである。
正直このまま独身で一生を終えても別にいいかな、とぐらいにも思っていた。わずらわしくもなし、気楽なもんだ、ぐらいに思っているのだ。
「それに……もう会えるかどうかもわかんねーんだぞ、2日間親しくしたところでお互い何がわかるわけでもないだろう……俺も37だ。もう良いオッサンだぞ」
「地球時間的に言えば、向こうは46じゃねーか……ククク……姉さんナントカだろ」
「ハハハ、寿命がちがうだろう、寿命が」
「んじゃ、2日じゃなきゃいーわけだ」
「どうかね?3日目で俺の趣味知って、幻滅して5千万光年彼方に帰っちまうんじゃねーか、ハハハ」
「フフッ、そうか……」
と、声のトーンを落とし言う白木。しかし向こうを向きながら顔はクククっと笑っていた。
……………………………………………
ヤルバーン出発時間前。
柏木は招待者をヤルバーン内の多機能大ホールに集め、関税に関する説明を行った。
この時、財務省関税局のマニュアル通りに説明すれば、何のこっちゃわからない人も多数いるので、柏木は自分なりのアレンジを加えて説明した。
「……みなさんの中で、金融関係のお仕事に就いていらっしゃる方や、学者さんの方などはお分かりになると思いますが、例えばこの『金』です」
そう言ってこの説明のために特別に造成してもらった金の延べ棒を招待者に見せる。
無論これは後で返却し、廃棄してもらう。
「実は、この金って言うのは、この地球で現在分かってる埋蔵量って、なんと、50メートルプール一杯分しかないんです。しかし、このヤルバーンでは、錬金術みたいにこの金がいくらでも作ることができます。今この手に持っている金も、さっきここで作ってもらったものです」
そう言って、この地球に数々ある経済価値基準の一つがこの金であり、金を基準に経済価値が動いていること。そしてこの金を大量にヤルバーンで作ってしまうと、世界経済が大混乱に陥ってしまうことなどを説明した。したがって、関税をかけるのもやむなしとの説明も行った。
そして、ゼルクォート、つまりPVMCGの取り扱いの説明も行った。説明の前に、すべてのPVMCGを管理者になる人に装着させ、バイタルを登録させた。
「さて、今、学校に通っている方で、これを持ってらっしゃる方」
そういうと、ハーイと、かなりの人数が手を上げる。
「結構いますねぇ……はい……あなたは高校生?」
「はい」
柏木は極端な抑揚をつけた口調で、その高校生に話す。
「えっとねぇ、これを学校に持っていって見せびらかすなんて事、やめたほうがいいですよぉ~」
「どうしてですか?」
「よく考えてみてください、ヤルバーンに行ったこと、色々聞かれて、出来もしないこといわれて、妙な奴に因縁つけられて……イジメなんか食らったらどうします?」
「……」
高校生は、「確かにそうかも……」といったような表情を見せる。
柏木は、そういった学生を少し脅して、なるべく見せびらかすような事はするな、転売もできない、盗まれても必ず手元に戻ってくる、誘拐されてもすぐに戻れると真っ正直に説明した。なぜなら、ヤルバーンの転送装置で追跡すれば簡単な話だからだ。
実は秘密裏にPVMCG所有者のバイタルデータは全てヤルバーンの中央システムに記録され、ビーコン化されている。別の意味で言えば、PVMCG所有者は、犯罪を犯しても必ず捕まるということでもある。このあたりは極秘にされていた。
「恐らく、みなさんの周りには、その機械を欲しがるようなややっこしい人々が付きまとう可能性もあります。政府はこのことをマスコミを通じて説明させますが、みなさんもそんな人が近づいてきたら、はっきり言ってやってください。そして、それが迷惑だというなら、今のうちにその機器をご返却ください。代わりの記念品をヤルバーンのみなさんがご用意しております」
とはいえ、こんな面白い機械、そしてもう実際に使ってしまっている人がほとんどなので、返す人はいなかった。
(まぁ……そうだろうな、ハハハ)
柏木もその魅力に取り付かれた一人である――ちなみに、白木や麗子、大見に美里、美加もリビリィに頼んでしっかり民生用を貰ってしまっているらしい。白木は柏木と同じでパソコン代わり、麗子は色々と何か考えてるらしい、多分商売に利用するつもりだろう。なので秘密だそうである。美里は演習にしょっちゅう出て行くダンナといつでも顔を見て話が出来ると喜んでいる。美加は翻訳機能でいろんな外国語を覚えさせると張り切っているようだ。
……使用用途のレベルが、みんな庶民くさい。
基本、いいものはいい、ダメなものはダメなので、特に異論が出ることもなかった。招待者も自分たちは招待されている立場なので、自分らがどうこういえる立場でない事もわかっているのだろう。
それでも今回の体験は良い思い出になったはずである。こういった事以外の土産話はいくらでもしていい。いずれ近いうちに、治外法権区域も出来て、このヤルバーンへ日本人もたくさん来る事になるはずだから。
そして、招待者の点呼が始まり、搭乗手続きが開始された。
……が……
招待客のキャビンアテンダント役を買って出てくれていたWAF(空自女性自衛官)の一人が、血相を変えて柏木のところにやってきた。
「柏木交渉官」
「はい?」
「ちょっとまずい事が起きまして……」
「どうしました?」
「お客様の一人が、嘔吐して急に倒れこみまして……で、顔を見ると黄疸が出ているようなんです」
「え!?」
柏木と白木と大見は顔を見合わせ頷くと、即ダッシュでその招待者のところへ向かった。
「ど、どうしました!?」
どうやら家族で来ていたようである。妻と思われる女性と、娘が「お父さん!お父さん!」と必死で叫んでいる。父と思わしき人物は「うーん」と声にもならない呻き声をあげて、相当苦しそうだ。
「お、夫が急に倒れこみまして、どうしたら……」
「ち、ちょっと診せてください」
柏木はその男性の顔を持ち上げ、まぶたを開かせて覗いた……目が真っ黄っ黄だ。顔や手も黄色のチョークを刷り込んだような色になっている。
(うわっ、これは……)
柏木は肝臓か、胆嚢か、胆管か、すい臓疾患だと瞬時に理解する。なぜなら、TES時代に同僚を二人……一人はA型肝炎にかかり長期入院。もう一人はすい臓がんで亡くしている経験があったからだ。
「どうする?柏木」
白木が尋ねる
柏木は間髪入れず、PVMCGを作動させ、フェルを呼び出し、急いでヤルバーンの医務官を連れてきてくれるように頼む。
フェル達を待つ間、柏木は女性に尋ねる。
「奥さん、旦那さんは、何か重篤な疾患にかかっているのですか?正直におっしゃってください」
「はい……実は……すい臓がんなんです。もう末期で、いろんな所に転移していて……余命半年といわれていました……でも、このヤルバーンの招待に当選して、死ぬ前に一度宇宙人に会うんだって聞かなくて……入院も拒否して今日来たんです」
「……」
「主人、宇宙の事が大好きでしたから……だから、最後に主人の夢を叶えてあげようって家族みんなで……ううっ……」
「そうですか……」
すい臓がんは最も恐ろしいがんと言われている。がんには、0期からⅣ期の段階があり、Ⅳ期が末期。特にすい臓がんは発見しにくいがんで有名で、その進行が恐ろしく早く、発見したときにはⅢ期以降の場合が比較的多く、余命は1年もたない場合が多い。
柏木は絶望した。かつての同僚の最期を思い出した。
(すい臓がんの末期か……可哀想だが、正直無理だ……)
そうすると、フェルとリビリィ、ポル、そして医務官と思われるイゼイラ人数人が、艦内で転送装置を使い急いで駆けつけてきてくれた。
その目の前に光と共に現れた転送の様を見て、患者家族は呆気にとられる。
「フェルさん!」
『カシワギサマ、カンジャ様はどの方ですカ!?』
「この方です」
そういうと、フェルは他に目もくれずに、持ってきたアタッシュケース状の機器を操作して、男性をフワっと空中に持ち上げる。
すると男性は筒状のシールドで覆われ、その周りにいくつものVMCモニターが生成される。
柏木達、そして患者家族はその様に圧倒される。
そしていつの間にかその周りに、機内へまだ搭乗していない招待者の野次馬の輪ができていた。
『カシワギサマ、コの方のご病気は、何か分かりますカ?』
「日本語で『がん』という病気です。体細胞が変異して異常増殖し、その増殖が止まらず、内臓を侵食して、その病気の患部がいろんな場所に転移してしまう……まぁ、地球では完治が難しい病気で、この方の場合、すい臓という臓器で最初に発現しているので……私も医者じゃありませんから詳しい説明は出来ませんが、地球での一般知識ではこの場合、進行末期ですので……正直余命がありません」
『ナルホド……ガン……ガン……ガン……』
フェルはVMCモニターをツラツラと検索していた。
『アッタ、ナルホド、『プラファバール悪性幹細胞疾患』に類似していますネ、コレは大変でス』
しかし、あまり大変そうな顔ではない。
『しかシ……古い病気ですネ』
「ふ、古い??」
柏木は怪訝そうに聞く。
『ハい、イゼイラでは、この症状の病気は、とっくに撲滅しましタ。今でもマレに患者が出ますが、お薬一つで治せまス』
「えええ!?」
その話を聞いた患者家族は、耳を疑うその言葉に驚くと同時に、パァっと顔を明るくする。
「な……治るんですか?先生……」
『ア、私はお医者様じゃありませんガ、治せますヨ、ご安心くださイ』
家族は言葉にならない喜びの表情を見せ、泣き出してしまった。
しかし男性医務官が、
『フェルフェリア局長、シかし、これは進行度がひどすぎます。体中に転移していますね。転送除去法を行うにしても腫瘍が大きすぎる所もありますシ、浸潤範囲もかなりのものでス。今、サボールを投与したら、体中で患部から内出血を起こす可能性がありますネ。ハイクァーンで仮臓器を造成して転送移植し、ゆっくり細胞の再生を促しながら治療していかないト』
『ドのくらいかかりますカ?』
『2分連期ほどカと、あぁ、地球の単位で言えば、2週間ほどデす。治癒後は、対悪性幹細胞用にプログラムしたサボールを投与シテおけば、再発の危険もアリマセン』
「に、二週間!!」
柏木は驚きの声を上げる。2週間でこれほどの末期がんが完治するのだ。しかも再発させないようにもできると。
柏木は、白木と大見と顔を見合わせ頷く。
「フェルさん、この方、そちらで治るまで預かっていただけませんか?」
『ハい、もちろんそのつもりデす』
「奥さんとお嬢さんはどうします?残りますか?」
「ほ、本当に直るんでしょうか?……お代金の方は……」
すると医務官は、
『代金?ナんですか?それハ……』
と首をかしげる。家族は「ほぇ?」と唖然顔。早い話がタダなのだ。
そして医務官は続ける。
『治療に関してハ、地球人のバイタルデータもありますので、問題ありません。ワたし達からすれば、本来はなんという事のない病気でス。地球の医学でも、きちんと定期で診断をウけていれバ、ここまでにはならなかったでしょうニ』
柏木としては、なかなかに耳が痛い。ここ最近、そんなもの受けたことがない。
要は「きちんと定期健康診断を受けろ」と言われているわけだ。しかしモノがすい臓がんとなれば、そう簡単にいかないのも事実である。すい臓がんの初期発見は、今の地球の医学でもなかなか難しいのだ。
家族へは、ティエルクマスカに貨幣の概念が無いことを説明する。むしろこの説明の方がめんどかった。
「ほ、本当に信じられないことばかりで……ありがとうございます。何とお礼を申し上げれば良いか……夫が治ったら、今度はきちんと言い聞かせます。あの人、病院に行くのが大嫌いな人ですから……」
奇跡でも見ているような家族である。もうダメと言われていたものに光が見えた。しかもタダである。
家族の大黒柱が助かるのだ。
普通、このような高度医療が必要な治療の場合、日本ではかなり高額な治療費が要求される。
一番わかりやすい例で言うと、例えば軽度の脳梗塞の場合、通常は20日ほどの入院を要するが、個室入院した場合であると、およそ60万円前後ほどの入院費がかかる。そしてそこで高度医療保険を申請すると、諸々控除となり、30万円ほどまで減額される。しかし個室の病室代は実費になるので、30万円の内、個室代を1日8,000円とすると、8,000×20日=160,000円は実費である。
この個室代も、考えてみれば、温泉地の民宿で旨い料理付きの一泊の宿代でもこの程度である。それが同じ金額で、片やマズい業者製の病院食で風呂に入るのも往生する宿代と思えば、なんか納得いかないような気がしないでもない。
そんなことを思いながら、柏木も安心して、やっと頭が普通運転しだす。
「では、特例で奥さん、貴方はここに残って、看病なさるのがいいのではありませんか?やはりご家族がいたほうが旦那様も安心なさるでしょう」
「よろしいのですか?」
フェルがコクンと頷く。
「娘さんは学校があるんじゃないかな?」
「ハイ……」
柏木は、フェルに娘さんを転送装置で行き来できるようにしてやって欲しいと頼むと、フェルも快く了承してくれた。そして、フェルはバッジ型の通信機のようなものを娘に渡し、期間限定でそれで連絡してくれれば、病室にいつでも転送すると話す。
「しかし……」と白木は家族に、今回のことは特例中の特例で、絶対に他言無用だと家族に念を押す。
そして、治った後も、今まで通っていた病院に「病院を変えた」と言ってもう行かないように言った。
もしこんな事が外に漏れたら、地球世界の巨大な医療業界が黙っていないと思ったからだ。それに世界中の難病患者が今すぐにでもこぞって押しかけてくるだろう。
今ここにいる招待者の親近者にも同様の者がいるかもしれない。
こういう事はゆっくりやらねばならない。慎重に……なのでこの事は家族に厳命しておいた。
柏木は野次馬に向かって、親指を上げる。
観衆からは「おおおお」と歓声が上がり、拍手が起きた。
しかし柏木は観衆に向かって、たいしたことのないウソの病名を説明した。なので心配要らないと。
――ちなみに、この家族の娘は、後にティエルクマスカと日本の関係において重要な役割を果たす仕事に就くことになる――
「はぁ、最後の最後でエラい事が起こったな」と、白木は相当冷や汗を掻いたのか、腕で額をぬぐう。
「あぁ、でも、まぁ良かったのかな?」柏木はやはり少し不安そうだ。色々と……
『カシワギサマ、これで良かったのですヨ』フェルが柏木を肯定する。
「しかし、これが世の中にバレたら、えらい事になるぞ……」大見もやはり不安そうだ。
『ケラーオオミのダンナの言い分もわかるけド、死にそうな奴をほっとくワケにもいかねーだロ』とリビリィ。
『ワたしも。、ケラーカシワギと同じ事をしたと思いまス』とポル。
「目の前に助けられる人がいて、助ける手段がある。しかし助けたら、他の人間も……か……難しいよな、実際……」
柏木は少し頭を抱える。
「でも、まぁ人間個人の正義なんて、所詮半径数十メートルよ。その範囲で正義やって、文句言われる筋合いはねーよ」
と白木。
「フッ、そうかもな……まぁ気にしても仕方ないか、なるようになれだ」
柏木はどうにでもなれと思った。所謂、居直りである。
そしてフェル達に向き直り、
「フェルさん、申し訳ない、とんだ見送りをさせてしまうことになりました。リビリィさんもポルさんも」
『イエ、やっぱり、カシワギサマはカシワギサマでした。私は嬉しいでス』
ニッコリ笑うフェル。でも目が少し潤んでいる。
『ナごり惜しいな、自由入国できたラあたいも遊びに行くからヨ』とリビリィ、なんかグスグス言っている。
『ワたしも……ニホンに行けたら、かならずアソビにいきまス』とポル、少し涙目。
フェル達三人娘は泣きそうなのを必死で堪えているよう。
「時間も急いているな……では、俺達もデロニカにそろそろ乗らないと……」
柏木も複雑な顔を見せる。むろんそれはフェルの顔を見たからだ。
さよならは言わなかった。柏木とて、また会えるものなら……とは思っていたからだ。
リビリィとポルはとうとう泣き出してしまった。
2日ではあったが、友人になれたからだ。しかも色々あった。
フェルも声には出さないが、涙で溢れていた……次に会えるのは何時の事か、はたまた今生の別れになるか……柏木の姿が見えなくなるまで手を振る。
白木が招待者全員が搭乗したのを確認して最後に乗ろうとするが、フェルの方を振り向き、目線を合わせて、片目をビシっと瞑る。そして親指をピっと上げる。
その様を見たフェルは「え!?」とばかりに、泣き顔ながら、何かとても嬉しそうな表情をしていた……
日本人を乗せたデロニカは、日本時間午後9時 ヤルバーンを発進する。
デロニカが浮かび上がるまで、ハンガースタッフは全員手を振って見送っていた。
その中には、フェル、リビリィ、ポルに加えて、別の場所では、シエやゼルエ達会談出席メンバーも見送りに来ていた。
後で三島に聞いた話だと、柏木達が例の病人の相手をしている時に、別の場所で送別式のようなものが開かれていたらしい。シエは柏木の姿が見えないことを残念そうにしていたそうだ。
柏木はかえって助かったと思った……どうもシエ的に柏木はイジられキャラなようだからだ。
食べられて居残り=フェルに何されるか分からない……なんてのはちょっと……と、想像する。
ハンガーの巨大な上部ハッチが開く。
その瞬間、デロニカはビシっとシールドを張り、そのシールドで光学迷彩をかけた。
ゆらゆら揺らめく機体シルエットが、かろうじて分かるような感じである。
機内では今回は外の風景を見られない。おそらくコレの影響だろう。
白木が聞いた話だと、ヤルバーンやデロニカが使っているシールドは、いろんな効果のあるシールドの組み合わせらしく、日本語であえて書くなら『複合事象可変シールド』というものらしい。
軍事機密らしいので、詳しい構造は聞けなかったが、概要としては『機体周辺の次元空間を圧縮させる』『位相をずらす』『ハイクァーン機能で物理防壁を展開する』『ハイクァーン機能で着弾したエネルギー兵器の性質を変異させる』『強力な斥力を発生させる』『特定の次元空間ボゾンとかいうものを無効化させる』等々、そういった数多くある複数の効果を組み合わせて展開するらしい……柏木は説明を聞いてもはっきりいってなんのこっちゃ全然わからなかった。真壁クラスの知識が必要とされるんだろう、恐らく……なんとなく、現代の複合装甲の、ものすごいシールド版のようなものだというのは理解できた。
まぁとにかく凄いのだろうということだけは分かった。
逆に言えば、こんなに技術を色々提供してくれるのに、この技術は『軍事機密』というのであるから、おそらくティエルクマスカの軍事技術的に最も根幹を成す重要なものの一つなのだろうとも理解できた。
帰りは即行である。それこそ数分で目的地、『茨城県 航空自衛隊 百里基地』に到着した。なので、帰りの機内には、お菓子や飲み物なども用意されていなかった。
席に着いた途端に到着する感じである。素っ気無いものだ。
しかしこれも仕方がない。例の『ヤルバーン帰り狩り』を警戒してのことだ。
当の羽田空港では、マスコミやヤルバーン帰りを待ついろんな組織のエージェントが予想通り待ち構えていたが、なかなか帰国しない招待客を不思議に思っていた。
迎えに来ている客も、実は公安と自衛隊が差し向けたダミーの客で、自衛官や公安警察の警察官が家族連れや、友人を装って【おかえりなさい】などプラカードをもって演技をしていた。
二藤部達は、連中をまんまと一杯食わせる事にとりあえず成功したのである。
各組織のエージェントも必死の形相で、ヤルバーンを監視していたが、無駄な話である。
光学迷彩をかけて超高速で飛んでいったデロニカなど捕捉できるはずがない……
おまけに対探知偽装もかけているので、レーダーでも追跡不可能である。
そして、実は、柏木達三人の発案で、二藤部と三島はここで一芝居打って、守るだけではなく攻めに転じる作戦を考え、各部署に伝達していた。
無論、これにはヴェルデオ司令以下、各局長クラスにも協力してもらっている。
百里基地で招待客を降ろした後、入れ替わりで、招待客に扮した警察官と自衛官を1000名投入し、デロニカに搭乗させた。
そして光学迷彩をかけたまま、一旦ヤルバーンへ帰投。そして即、光学迷彩を解き、通常運行で羽田へ向かわせた。
そう、偽装した招待客に声をかけてくるエージェントや裏社会の連中を、片っ端からしょっぴいてやろうという作戦に出たのだ。
そして公安がその背後を徹底的に洗うという段取りである。
この際の捕縛基準は以下の通り。
1)名刺などを渡すだけの、一般企業の勧誘は無視してよい。
2)住所などを聞いてくる場合、執拗であれば任意同行を求める事。
3)空港外など、別の場所に誘導するような行為があった場合は、誘拐、拉致監禁容疑で即現行犯逮捕してよい。
4)逮捕遂行時、抵抗、逃亡した場合、警察官のみ発砲を許可。
5)1)の場合でも、政府が指定する特定外国企業の場合、尾行を行う事。
6)2)の場合でも、政府が指定する特定外国人の場合、公安主導で連行する事。
以上を徹底する事としている。
今の羽田空港は、偽装招待客を含め、総勢3千名近い警官や自衛官が投入されており、ネズミ一匹逃げられない状態である。無論自衛官には、密かに戦後初の『治安出動令』が出されている。しかし事態が事態だけに、公には公表されていない。
これもかなり異例の措置だ。
招待客を装った囮捜査官も、デロニカに搭乗した際は、やはり度肝を抜かれたそうで、自衛官にいたっては「一機ホシイ」と本気で思ったそうな。
案の定、この作戦はドンピシャとはまり、入国ゲートから出てくる囮捜査官や自衛官が作り笑いを浮かべ、嬉しそうにピースサインなんぞをしながら演技炸裂。
子供を抱えるWACも、その子供は実はお人形。
迎える囮捜査官や自衛官も「キャー」なんて言いながら手に持ったプラカードを振りまくる。
マスコミもエージェントもすっかり騙され、囮捜査官らが入国審査のような芝居を終え、ゲートから出た途端に、背広を決めた営業マンやら、服装に似合わないヘアースタイルの怪しげな連中やら、東アジアな外国語なまりの言葉を喋るウサン臭そうな連中に白人、黒人、アラブ系と、いろんな人種が捜査官に言い寄りまくる。
予想通り不埒な行動に出る輩が出てきたようで、どこかに連れて行かれそうになった捜査官は、空港を出た時点でそいつを取り押さえ逮捕。しつこく住所を聞くような連中は、囮が合図し、正規の警官が任意同行を求めるといったような風景があちこちで展開され、その囮作戦の様をマスコミはしっかり撮影していた。しかし、それが囮捜査であった事がわかるのは、二藤部が帰国記者会見をしてからの話で、それまでマスコミですら、すっかり騙されていたのである。
結局、逮捕、任意同行は百人単位にも及び、その中には公安が目をつけていたややこしい国の大物、小物エージェントも、まんまと罠にはまっていたようで、後に聞いた山本の話によると『大漁で頭が痛くなった』という話だった。
後に、世界各国の当局は、今までの『諜報活動は軟弱なニポンジーン』という考え方を改めざるを得なくなった。
二藤部政権は、やる時はやるという事を印象付けさせたのだ。
……………………………………………
さて、柏木達がヤルバーンから帰国して数週間経った。
月は12月、もう年末である。早いものだ。
それまでの間、政府では色々あったようである。
まず、大量の逮捕者を出した『ヤルバーン帰り狩りカウンター作戦』で逮捕したエージェントや裏社会の人間のうち、裏社会の人間は、片っ端から起訴、おそらく有罪確定になるだろう。
これはもうコレで捕まったら有罪になるように、若干超法規的ながら、もう仕組まれていた。
特定外国人のエージェントは、公安に引き渡され、その後の取り扱いは不明とされた……まぁ色々ある。この民主主義の日本にもこういうところは、実はあるのだ。
徹底的に素性を洗い、親族まで調べ上げ、それをネタに『協力者』に仕立て上げられる。つまりは二重スパイである。そんな道をたどるのだろう。
その他の国のエージェントも似たようなものだ。日本が抱える外交問題の交換条件にされる。正直綺麗事ばかりではないのだ。
これが新見の言う『外交』である。つまりは『水鳥の水面下の姿』だ。
柏木もこの事を山本から聞かされたとき、さすがに顔をしかめた。しかし、理解もした。山本達に本当にご苦労様と声をかけた。
こうやって、表には見えないところで日本の治安は守られていたりする。
これもまた現実なのだ。
各国外交筋からは、表立って抗議などはなかった。なぜなら、抗議すれば、非合法な活動が露呈するからだ。
しかし某国などは、輸出入の税関検査遅延や、日本企業の海外出張社員の意味不明な逮捕、突如始まる根拠不明な愛国無罪など、そこはかとない嫌がらせなどは現在も行われている。
しかし、柏木の打った例の『ヤルバーン外国人入国交渉』は、かなりの功を奏しており、そういったエージェント連中を犠牲にしても余りある成果だったようで、各国からは感謝文が送られてきていた。
無論、日本も該当国のエージェントや企業関係者は、厳重な警告の後、すぐに釈放している。
そんな中、田辺とタチアナの式は、年明け早々に行われるようで、式を仕切る業者も張り切りまくりの状態であった。無論、マスコミも入る予定だ。
マスコミは、既に設定されたヤルバーン内での『日本国 治外法権区域』にてのみ自由な取材活動が許されている。
式もそこで行われる予定で、ヴェルデオらヤルバーン関係者も出席予定。その際に、シエ達イゼイラ人以外の種族も出席させる予定だという。
で、当の田辺夫妻は、その連絡が日本政府から入った際……石化したらしい。
なんせ招待状には、日本語とイゼイラ語で、政府とヤルバーン連名の招待状が入っていた。
しかも……式には皇太子御夫妻もヤルバーン親善訪問目的も兼ねて、短時間ながら出席する予定という。
これを知ったタチアナに至っては、卒倒して気絶したそうな……
無論二つ返事で承諾し、同時期にダリルやジョン、ブライアンにアンドレイからも連絡が来て……
『これはどういうことだマモル?何かの冗談か?』と全然信じてくれないダリル。
『本当なのか?日本人のジョークにしてはやりすぎだ』と1時間半電話してきたブライアン。
『なんてこったい!マモルが狂っちまった!』と病院を薦めてきたジョン。
『俺は騙されないからな、ハハハ……そんな洒落はジョンで充分だ』と声が狼狽していたアンドレイ。
そんな感じで実際に招待状が来たときは、総石化状態で、大騒動だったそうだ。
しかし、それ以上に大騒ぎになったのは、ヤルバーン側であった。
まさか日本国の皇太子夫妻が来るとは思っても見なかったので、どうやって歓待するかてんてこ舞いの状態になっていた。
実はティエルクマスカ連合には、『皇室』や『王室』というものを持つ国が現在存在しない。
かつてはあったそうだが、彼らにとってはもう随分昔のおとぎ話な世界の地位なのである。
なのでそういった地位の人間をどう歓待すれば良いかといった作法も忘れ去られてしまっており、過去の資料を必死に漁っている有様であった。
科学万能な彼らではあったが、連合国家という特性上、実は外交儀礼には特段気を使う国民気質がある。
んなもんで、こればかりはヤルバーンさんもお手上げ状態となり、二藤部もヤルバーン側の困り具合を察して、急遽宮内庁の役人をヤルバーンに派遣する始末になっていた。
米・露・加・英・仏からは、政府関係者の出席を要望してきたが、それはヤルバーン側から丁重に断りを入れられた。あくまで日本以外の外国関係者には、個人へのお詫びの意味の範囲内でお願いしたいという事だったからだ。
但し、各国首脳からの親書の受け取りは、ヤルバーン側も応じることにしている。これに関してはヤルバーン側の問題であり、日本がどうこう言う権利はない。
そしてその中には、英国女王の親書も入る予定で、そんな事もあり、ヤルバーン側の対応が注目されている。
この事は各国でもトップニュース扱いになり、あの時のISS乗組員や、その親族のところには、マスコミの取材が殺到しているという。
で、新見は……米国大使館に呼ばれ、大統領からの感謝状を内密に受け取っていた。
そしてドノバンからでっかいキスマークも貰ったという……それに関しては、かなり参っていた。
柏木も日本帰国後は、それ以降も結構働き詰めだったわけだが、やっとこのたび、土日と2日間連休を取ることができた。
その際。千里中央で予定していた大型液晶テレビを購入する。
程よいところで40インチクラスを買った。そして今まで使用していた20インチテレビは、ゲーム専用になってしまった。
PVMCGで観ればいいではないかという話もあるが、来客時にそういうわけにもいかないので、購入に踏み切った。
そしてPC購入予算は、案の定、前々から欲しかった旧ドイツ製ラインメタルFG42-Iのエアガン購入に消えてしまう。
そして前々からやってみたかったことをPVMCGでやってみる。
FG42をPVMCGでスキャニングし、仮想造成してみた。
すると購入したものと全く同じものが造成できた――そしてBB弾入りマガジンを造成、ガス作動式なのでタンクにガスも造成し、撃ちまくってみると快調に動作する。
(へぇ~……こりゃすごいもんだ、すげーーーーーー)
改めてこの機械に感心する。
この時ばかりは、柏木も学生時代に戻ってしまっている。まぁ趣味とはそんなものだ。
そして色々試してみた。
音声で細かな設定を入力すると、語意を理解したPVMCGのシステムが勝手に改良し、造成してくれる。
柏木はタンクの圧力をどれだけ上げたらセキュリティがかかるかを実験してみた。つまり、どういうものを武器と認識するかやってみたのだが……
(うわっ、あぶなっ!)
準空気銃レベルまで上げる事ができた。スチール缶をブチ抜いてしまった。
それ以上はアラートが鳴り、セキュリティメッセージが出る。
何を基準にしているかは解らないが、これぐらいまではシステムが安全と認識しているようだ。
この造成したものの、ある一定レベル以上のガス圧パワーでは『武器』と認識していることになる。
(なるほど……これは地球人基準で考えたら、えらい事になるな)
他、包丁や、DIY用の小型電動チェーンソーなどもスキャンして造成してみるが、これらは何と言うこともなく造成できた。
そして意外だったのが、興味本位で以前購入した洋弓の一種、コンパウンドボウも造成できてしまった。
どういう基準かは解らないが、こういった単純な道具のようなものは、武器と認識しないらしい。
もちろん、物は試しに「ディスラプターガンを造成」と命令しても、【武装セキュリティーレベル10の解除コードが必要_】と言われて拒否されてしまう……まぁ当たり前か。
という事は、フェルはこのレベル10のコードを知っているという事になる。
(え゛……もじかして……)
一抹の不安を覚えた……白木達がリビリィに都合してもらっていた民生用のPVMCGも、もしかしたら同じなんではと……
(まぁ、美里ちゃんや美加ちゃんはいいとしても……麗子さんが不安だナァ……)
などと思ってしまう。
次に今愛用しているノートパソコンをもう一度スキャンして、そのまんま造成してみる。
全く同じデザインのもので、使い込んだ傷も同じ。全く同じ性能の物を仮想造成した。
内蔵ソフトやインストールデータも同じものである。
「この機械の処理性能を20倍に上げろ」――【了解_】
すると、本当にものすごい速さの性能になる。でも見てくれは今のまんま。
これは今後会議や、仕事などで使用する予定だ。
得意先で、まさかVMCモニターとVMCキーボードを使って仕事するわけにもいかない。
(しかしプレゼンの時に使えたら、便利なんだけどなぁ……)
左腕を見て考えてしまう……と、PVMCGに描かれている何かの紋章を見た。
(フェルさん、今頃どうしてるんだろ……)
数週間前の、たった2日間が懐かしい。正直楽しかった。
実はあれからフェルへ一度も連絡していない。
白木に語った理由もあって、こちらからは連絡しなかった。そしてフェルからも、一度も連絡は来なかった。
(まぁ、そんなもんか……あん時と同じだな……2日じゃねぇ……)
と思う。オッサンの複雑な気持ちである。
時間を見ると、土曜日午後7時を回ろうとしていた。
「あ、ちょっと遊び過ぎたな。メシ食ってねーや」
冷蔵庫を漁る――ハムに卵にしなびた野菜が少々。ハムエッグぐらいは作れそうだ。
「あ、そうだ」と思いつき、皿とフライパンをPVMCGでスキャン、仮想造成する。これで使用後消してしまえば、洗い物をしなくてすむという寸法。なかなかに横着だ。
さっきスキャンした包丁を造成して、調理を始める……調理と言っても、野菜を切って卵とハムをフライパンで焼くだけの話である。
……料理が出来た。――普通のハムエッグだ。
男一人の料理なんてこんなものである。
ビールをプシュっとあけてグイと一呑み。テレビでも見ながら食事を摂る。
……とすると、電話が鳴る。
「ん?誰だ?………………はい、柏木です」
『あぁ、オレオレ、かぁさん、俺さぁ、車においていた200万円盗まれちゃってさぁ、お金貸して欲しいんだけど……』
「……」
『でさぁ、今から口座言うから振り込んでくんない?』
「……あのね、崇雄ちゃん、お母さん思うんだけどね、そういう時は首吊って死んだらいいと思うよ」
『つれねぇなぁ、柏木ぃ……』
「あのなぁ白木、お前一応役人だろ……んな冗談やってどうすんだよ」
『あ、それ言われたらつれーな。まぁいいや、で、明日お前、ヒマ?ヒマだろ?ヒマだよな?』
「なんだよいきなり……まぁヒマっつたらヒマだけど、久しぶりの連休だぞ、のんびりさせろよ」
『いやな、ちょっとお前に会わせたい人がいるんだよ、で、そうだなぁ……夜の今ぐらいにお前んち行くから』
「あぁ、まぁそんな時間なら別にいいけどよ……誰?俺に会いたいって。そんな時間で会いたいってんなら、普通の人じゃないよな」
『ん~まぁな、ちょっとVIPだ。まぁ話聞いてやってくれよ』
「あぁ、わかった」
『あ、んで、部屋片付けとけよ。さすがにお前、あの部屋じゃあなぁ……きれーーにな』
「はいはい、わかりましたよ」
まぁ夜に人と合うのも別段珍しい事ではないので、普通に了承した。
そんな時間なら、相手も長居はすまいと思った。
『んで、柏木、ついでですまんが連絡事項だ』
「ん?」
『月曜日から、例の研修の奴、やるからな』
「お、決まったか」
『あぁ、先方さんの調査ジャンルに合わせて、いくつか振り分ける予定だ。協力してくれるのは、大森社長さんとこと、君島重工の関連会社、真壁先生関係で東大と、阪大と、例の教授のいる京大と……あ、これはあのナノマシン関係でな……あとシエさんと、ゼルエさんの要請で、警視庁の山本さんとこと、陸自の久留米さん、空自の多川さん、海自の藤堂さんとこに預ける。期間は2ヶ月程を予定してるよ』
「結構長いな」
『まぁ時間はあまり関係ないわ、向こうさんも時間だけは腐るほどあるって言ってるしな。そこらへんで様子見て、入国の自由化も決めるらしい……あ、そうそう忘れてた……畠中社長さんとこにも預ける』
「はぁ!?アニメ会社だぞ、あそこは」
『いやぁ、実はヤルバーンであのアニメ、結構な人気でなぁ、是非ということで希望者殺到なんだわ……わからんねぇ』
「はぁ……わからんなぁ……作画でも教えるつもりか?」
『さぁねぇ……まぁそんなとこだ。月曜からお前も い・そ・が・し・く なるからな、覚悟しとけよ、いろんな意味で』
「またそれかよ……オマエがそれ言い出したらロクな事ないんだぞ」
『さて、それは今回はどうかなぁ……』
「フッ、まぁいいわ……あ、それからな白木、そっちからの電話ですまんが、ちょっと注意しとくぞ」
『おう、どうした』
柏木はPVMCGでの先ほどの実験結果を伝えた。
何か仮想造成する時は気をつけろと。
「……まぁそういう事で、俺がもらったのは、フェルさんがくれた局員用だから、民生用と性能が一緒とは限らんので、わからんとこもあるが、そこんとこ注意してくれ」
『ほう、結構キてるな、セキュリティっつっても、いわゆる武器セーフティってわけではないんだ?』
「みたいだな、というより、イゼイラとの安全感覚の違いかもしれん、向こうさんは日本の銃刀法なんて知らないからな」
『わかった。俺もヒマあったら実験してみるわ。スマンな……こりゃ出来てしまったら、内緒必須だな、ハハハ』
「ハハ、まぁな」
――この結果、後に白木によると、民生用は、普通のエアガン以上の威力にはならなかったらしいが、包丁等は同じだったそうである。やはり民生用と局員用、というか、柏木の場合はその上のVIP用では、仮想造成セキュリティに若干の差があるようだ……柏木は少し安心した――
『つーこって、そんなとこだ。んじゃまた明日な、御機嫌よう柏木君……クックックック』
「あ?なんだよその笑いは、オマエがその笑い方したらロクな……オイ白木?白木!おい!……チッあーまたこれだ、切りやがった、あいつなぁ……もう……」
……この時は、その白木の不敵な笑いを普通にスルーしてしまった。
……………………………………………
そんな感じで次の日、日曜日。
柏木は何年かぶりに、せっせと部屋を片付けていた。
とはいっても、柏木的に趣味の箱がボッカリ詰まれた状態を正常にするだけである。悲惨なゴミ屋敷を掃除するようなものとは違うため、まだマシである。
しかし……小学生の頃にこの趣味に目覚めて、集めに集めまくった銃の数、そりゃすごい数だ。
改めて自分でも「いい年こいて何やってんだ俺は」とは思うものの、思うだけ。やっぱやめられない。
そりゃこんな男に女がつくはずもない。
箱入りなものは、なんとか押入れ等々に押し込めることが出来たものの、長物、つまりライフル関係はちょっと困り物だ。
(そろそろ11時だな、もう開いてるかな?)
と近所のガンショップに行って、ライフルラックを買う事を決意する。
柏木は、いざやりだしたら、実は割とマメな男でもある。
自分の寝床も良く見ると万年床になりかけていたので、良い機会ということで新しいシーツにとっかえ、上布団も換え、汚れ物は洗濯機にブチ込んだ。
なんだかんだとやり始めたらムキになり、洗濯物も一斉に、もののついででやってしまう。
ブワァ~っと掃除機もかける。
ふと時計を見ると、午後1時を回っていた。
(うわ、夢中になってたな。こりゃ早くいかんと)
ライフルの整理がゴマンと待っている。
しかし、部屋は今までのクメールルージュのアジトのような状態に比べたら、見違えるようになった。
米軍兵器管理庫ぐらいまでには進歩した。
なんせ柏木の部屋には、普通の一般的な家なら、絵画や家具で飾る代わりに、新旧古今東西のモデルガンやエアガンがビッシリと飾られているからである。
以前、護衛の公安警察官が来たときには、腰を抜かしてひっくり返っていた。
しかも柏木は、これで実銃射撃経験もある。
TES時代に、当時のアメリカに行った時と、中国に行った時に、小遣い全部射撃に使って、同僚にアホ扱いされたこともあった。
はっきりいって、実銃射撃の『種類』だけで言えば、そこらへんの警官や大見よりもよっぽどある。
なんせRPG-7や対空機関砲に迫撃砲まで撃った事がある。
一歩間違えたら、テロリストだ。
――余談であるが、中国国際北方射撃場という場所で何でも撃てた。北京から、万里の長城に行く途中にそれはある。
RPG―7に形式不明の対空機関砲(ベルト給弾式)、M16のノリンコ製パチモノ AKはもちろんの事、ドラグノフに迫撃砲とよりどりみどり。
メニューにそんな銃器が書いてあり、チェックしてフロントに渡すと、解放軍兵士がドカドカと用意してくれて撃たせてくれる。しかも雰囲気はシャレたゴルフの打ちっぱなしみたいな所である。
実のところ、ノリンコ開発部の敷地内にある、外貨獲得用の施設で、柏木がTES現役時代は、中国もそんな感じの国だった。
で、羽振りの良い外国人とわかると、可愛い解放軍兵士の少女(と思う)が、『迫击炮吗?』と紙に書いて営業をしてくる。
柏木は自分の人生で、迫撃砲の営業をされた事など、アレが最初で最後であった。
しかし残念なことに、旧日本軍のライフルや拳銃、モーゼルC96などもメニューにあるのだが、『弾が無い』と言われ射撃できず、触らせてもらうだけだったのは残念だった。
今の中国では多分考えられないだろう。
そんな頃もあったのだ――
まぁそんな突撃バカなので、ここまで知識が偏っているとも言える。
柏木はチャチャっと、ジーンズにフライトジャケットを羽織り、ラフな格好で家を出る。
いつも仕事で、腕時計に「ショータイム」と叫べばロボットが出てきそうな格好で四六時中いるために、こんな格好で外出するのも久しぶりだった。特務交渉官になってからは尚更である。
エスパーダを転がし、行きつけのショップに向かう。
「あら久しぶり」とばかりに店長と雑談。ライフルラックを数点購入。
「柏木ちゃん、最近どうしたの、ゲームも出ないでさぁ」
と店長。メールも送ってるぞと言う。
「あ~、ゴメン、ここ最近異常に忙しくてさ、日本中飛び回ってるのよ、特に例のアレきてから」
「あぁ、アレなぁ……すげぇよなぁ……まさかあんなのが本当に来るなんてナァ」
「でしょ」
「アレ来てから、例の、ホラ、名誉会員様も連絡取りにくくなってるんだよ、やっぱ偉いさんになったら色々あるんかな?」
大森の事である。
「あ?あ、あぁ、あの人ね、そりゃ立場が立場だからねぇ……」
まさか異星人受け入れ先とはいえない。
そんな話をした後、急いで家に戻り、ライフルを片付ける……ライフルをラックに立てかけて風呂場に置き、片付けた……いや、置くところないので適当に置いた。
(ふぃ~……こんなもんだろ。まぁ長居はしないだろうから、これでいいか)
壁にかけた大量の銃は、インテリアということで自己完結させることにした。
時間はもう午後3時である。
遅めの昼飯をとる。簡単にインスタントラーメンと野菜ジュースで済ませた。
あとはお客さんが来るまでのんびりとすごす。
しかし久方ぶりとはいえ、こうまで部屋が片付くと、なんとなく落ち着かない。
おそらく客が帰った瞬間から、サイゴン化するのは目に見えている。
(あ、そうだ)
と、思いたつ柏木。コタツとやらを久しぶりに出してみようかと思う。
押入れに行き、うんしょうんしょと奥のほうで眠っていたコタツを出し、リビングの中央にデンと据える。
(うむ、なかなか)と、冬の日本の家になったような気がした。
久しぶりに稼動させるので、壊れていないかと不安になるが、大丈夫なようだ。ポカポカ暖かい。
(やっぱ、いいなぁ、コタツは)
と、寝そうになるが、耐えた。
そうこうしていると時間も過ぎる。
時間は午後5時半、日も落ちた感じ。
部屋のカーテンをシャっと締め、夜モードに。
すると、ホワホワとPVMCGの通信モードが稼動する。
(え?まさか……)
パっと着信表示を出すと……白木だった。
(なんだよ……)
残念そうな自分に気づいていない。そして応答すると、VMCに白木の顔が映る。
「なんだよ白木、普通に電話使えよ……」
『いいじゃねーかよぉ、新しいオモチャ買ったら使いたくなるのが男の子だろ』
「はいはい、で、何?まだ少し時間あるぞ」
『いや、あと30分程で着く』
「ハァ!?」
『予定がちょっと早まってな、着替えといてくれよ』
「おいおい、メシも食えねーのかよ」
『アトで食べりゃいいだろぅ、ゆ~っくりとなァ、クックック』
「え?」
『いやいやいや』
と、画面から見える車内には、運転手が黒服である。おそらくSPだろう。
(SP付きかよ、誰なんだ?一体……)
そうすると、後部座席の映像が、一瞬映る。
なんと、青い色の綺麗な模様のついた魔法使いのフードを被ったような人影が見えた。顔はマスクと目線はメッシュで隠されている。
(何人だ?一体……)
柏木はスーツに着替えて待つ。
ベランダから外を見ると、どうやら着いたらしい。黒尽くめの車が数台やってきて、正面玄関へ回ったようだ。
玄関の外へ出て、覗いてみる。
車からSPがゾロゾロ出てきて進路を見張る。
白木も下りてきたようだ。
マンションの住民は、何事かと揃って同じように見に出てきた。
最後に、綺麗なフードを被った人物が降りてくる。そしてマンションのロビーへ入っていった。
マンション内では住民がゾロゾロ出てきていたようだが、SPが家の中に入るように促している。
例の拡声器おばさんも、柏木に話しかけようと寄ってきたが、先行していたSPにダメ出しを食らい、家の中に押し込まれた。
そして、その人物がやってきた。
家の中に入って待つ柏木。
インターフォンが鳴り、玄関を開ける。
白木が一声。
「よぉ、柏木、待たせたな」
「あ、あぁ、で、この方が例の?」
「おうよ」
VIPの前だというのに、語る白木の口調は、いつもの通りだ。
「まぁ、家の中入れろや」
「おお……さ、どうぞお上がりください」
フードの人物は、ぺこりと一礼し、柏木宅へ入る。
履き物を脱いで上がるが、柏木は足元を見なかった。
玄関横の小さな応接室へ通すと、白木がドカっと、ソファーに座る。
「おいおい、白木、いいのか?お客さんの前で」
「クックック……」
「なんだよぉ……あ、ところで、貴方様は?……」
白木は、立ちんぼのその人物に、目線を上げて話す。
「さ、どうぞ、フードをとってやってください」
コクンと頷くフードの人物。
そして手を口元に当て、フェイスマスクを外し、頭に深くかぶったフードをファサっと上げる。
そして、羽根を伸ばした鳥のような、見たことのある髪型が、左右にバッと広がる。
その人物は、首をプルプルっと振り、その金色の目を柏木に向けた。
『オひさしぶりでス、カシワギサマ……』
そういうと、首を横にかしげ、会釈した。
一瞬の沈黙……
「フ……フェルさん!!!?」
『ハイ……』
柏木はしばらく石化した。
カコカコカコっと機械人形のように、白木の方を向く柏木。
そして、カキコキと、手招きをして白木を呼びつつ、応接室を出る。
「ど、ど、どういうことだよ、白木君……」
「ん?例の研修受け入れの要員」とスカして答える白木。
「い、いや、そうじゃなくてよ……なんで彼女が?……んでなんで俺んとこ?」
「ん?先方の希望」と、当たり前のように答える白木。
「お、お前……あのなぁ、そういう事じゃなくて……彼女はイゼイラ人として見たら、うら若き乙女だぞ!……そんなのを37の……あー、まぁなんだ、こんな趣味のオッサンのとこ連れて来て何考えてんだ!?」
フッと、鼻で笑う白木。
「2日じゃなきゃ……いーんだろ?」
あの時の言葉を言った。
「お前、あれから全然連絡も入れてねーそうじゃねーか」
「……」
「ま、あとは任せるわ」
柏木は無言でフゥと一息つき、少し笑みを浮かべて白木を見る。
白木は柏木の肩をポンポンと叩いて、後ろを向き、手を振りながら玄関へ。
そして応接室で待つフェルに、応接室から出てくるように手招きして、一言二言耳元で声をかけ、玄関を出て行った。
バタンと閉まるドアの音と同時に、柏木の家には、フェルと柏木の二人のみ。
今日から2ヶ月間、押しかけ女……いや、調査 兼 研修滞在のフェルである。
柏木は、平手で「どうぞ」と、フェルをリビングに誘う。
フェルは頷き、柏木の後に続く……が……
リビングのドアを開けた途端、柏木は(アチャ~)と頭を抱える。理由は簡単、アんな部屋だからである。
(しゃーねーなー)とばかりに諦めた。
素の生活感溢れて溺れそうな柏木の部屋である。
フェルは、リビングに入った途端、今までのはにかんでいた態度から、『ほわぁ~!』と言った顔をした。
部屋の中をぐりぐり見回すフェル。
そこらじゅう銃だらけ。
気の利いた装飾品なんざ何もない。ってか、銃が装飾品。
『スてきなお部屋ですね!カシワギサマ!』
……意外な言葉にコケそうになるカシワギサマ。
「は、はぁ??」
『カ、カシワギサマ、こ、これは何ですか!?』と、銃を指差して目をキラキラさせながら聞くフェル
「え、いや、M14というライフルの模造品です……」
『こ、コレは?』
「M4カービン」
『コレはなんでスか?』
「デザートイーグル50AEです」
あまりの意外な態度に、聞かれるがままに答えてしまう柏木。
『コ……これはみ~んな、機械や、手工業で作っているのですか?』
「え、えぇ、まぁ……そうですね」
『スごいでスねぇ~』
フェルは、『銃』にすごいと言っているのではなく、『工業製品』にスゴイと言っているようだ。
唖然とする柏木。
「あ~、フェルさん、ま、まぁ、落ち着いて……とにかく座ってください」
『ハッ』
フェルも我を取り戻す。少々、工業製品を見て興奮してしまったようだ。
フェルはソファーにポソっと腰をかける。
「何か、温かいものでも入れましょう」
『……』
久しぶりに会ったのに、会話が進まない。
柏木には、その理由はわかっている。
『…………ナぜ、連絡くれないのデすか?……』
「え?」
柏木のお茶を入れる手が止まる。
『お友達ッテ、言ったのニ……』
「……」
『ズっと、待ってましたヨ……』
「すみません……」
沈黙が流れる……
フェルも、幾度と無く自分から連絡しようと思ったのだが、出来なかったらしい。
迷惑なんじゃないだろうか、『忙しいときに……』と思われたらどうしよう……とか……
やはり、向こうから連絡くれるのを待っていたいものなのだろう……多分。
『……ケラーシラキから、お聞きしましタ。カシワギサマの事……』
「え!?(白木、あいツ……)」
『ワたしには……関係ないでス』
「……」
黙ったまま、柏木はお茶をフェルに差し出す。
日本茶だが、フェルの口に合うかはわからない。
柏木もソファーに座ろうとすると、フェルは、スックと立ち上がり、
『カシワギサマハ、「ドゥス」でス……』
「?……ドゥス?……」
『ニホン語デ……バカっていう意味でス……』
そういうと、いきなりフェルは……柏木に抱きついてきた……
「フェルさ!……」
『ワたしには、関係ないですヨ、関係ないですヨ……』
柏木も手をワキワキしながら、葛藤する。
『関係ナイでス。関係ナイ……』
考えても見れば、ヤルバーンで別れる時、声を抑えて滝のように涙を流し、恥を忍んで白木にまで相談し、フェルへ連絡もしなかったのに、自分からこんなところまで来た彼女の心は本物なのだろうと、今、改めて理解した。
鈍感朴念仁スペースノヴァな柏木でも、ここまで直接攻撃されれば理解できた、いや、ここまでやらなければ理解できなかった。
37歳で、独身貴族で一生行こうと思った計画も、今日この時、頓挫した。
人並みな37歳の人生が今始まる……あ、いや、異星人相手に人並みとはいえないが……
『リア充』という言葉が世にあるが、それはオッサンに使う言葉ではないだろう。
37にもなれば……まぁ、これで普通なのだ。
しかし……相手が5千万光年彼方からやってきた人外美人というのは、かなり普通ではない……というのは確かにあるが……これをしてリア充というのであれば、まぁ、そういう事もあるかと。
柏木も負けた。
その腕で、フェルをぎゅうと抱きしめた……
その瞬間、フェルの顔は笑顔になった……
そして……
『!?ナにするデスか!?カシワギサマ!?』
フェルにとって、未知の行動に訴える柏木。彼女は狼狽し、おののく。
蛍光灯に照らされる影に映るは、二人の頭部……フェイス・トゥ・フェイスで、重なり合う。
こういう習慣が、イゼイラ人にはないらしい。
フェルは、かなりもがき……少しもがき……そして、おとなしくなった。
……………………………………………
先の白木・麗子御夫妻予定者の例にもあるとおり、本作は全年齢対象であるからして、コレ以降の行為の描写は……したいところではあるが、しない。ってかできない。
で、健全な男女がこれまた一つ屋根の下に住めば、どうなるかというのは物理学的見地から見ても、まぁそうなる。
そうならない男女は、現代病である。健全な男女であれば、そうならなければならない。国家の繁栄の為にもそうあらねばならない。多分……
が、白木・麗子夫妻予定者の場合は、両方がホモサピエンスであるが故に自然であったが、今回は片方が、ホモサピエンスで、片方は、イゼリアンである。
言ってみれば、動画サイトによくある『インコが猫に恋をした動画』と同じ類の構図である。
こういう場合、どうなるか?と言う話であるが、一番気になるところは、ホモサピエンスのオスが持つ機能を、イゼリアンのメスにきちんと機能させる事ができるのか?という点が挙げられる。
そこのところを、生物学的見地から見ると、どうなのだろうか?という話である。
イゼリアンには、意匠的に、ホモサピエンスの女性と決定的に違う点が三点あった。
まず、第一にホモサピエンス、つまり「ヒト」にはあって、イゼリアンにはないものがあった。
それは明確な形をした「おへそ」である。
イゼリアンにはそれがない。
それらしい痕跡のようなものは見受けられるが、明確にヒトのようにわかるものは無かった。
実はこれはそんなに不思議な事ではなく、地球上の生物でも、実は明確に「ヘソ」があるのは、ヒトぐらいなものなのである。
同じ哺乳類でも、犬を飼っている方は、その犬のおなかを見て頂ければわかるが、ヒトのような「ヘソ」はない。そして哺乳類以外にもヘソはある。鳥類にもヘソはある。ただ、見えない。もしくは成長過程で無くなっているだけなのだ。
地球上に住む大部分の動物は、実はそうなのである。
第二に……陰毛が変わっている。
これも鳥の羽のようになっており、下の方は、柔らかい羽毛のようで、上に行くほど風切羽のようになっている。幅は細く、下は3~4センチ幅で、上へ行くほど細くなる。しかも、その長さが、ヒトで言うへそのあたりまで伸びる。そして、体色と同じ水色を基準に、とてもカラフルである。
(柏木は、ビキニの水着を着せたら、大変だなと思うが、フェルにあとで聞くと、イゼイラでもそういう水着を着るときは、別に普通に見せているらしい……とってもエロい)
第三に、尾てい骨あたりに、鳥の『尾羽』のようなものが少し生えていた。
とはいえ、ヒトと共通するものもある。
ヒトの女性のような乳首もあったし、体形も良く似たもの。それと……生殖器も、同じような感じであったそうな。
ソコで反応する感覚もヒトと同じような物だそうである。なので、一般的な事は一通りできた。
フェルが言うには、『母乳』というものは解らないという事だったので、胸部の意味するところは何かという疑問も残る。
後に、柏木はマジメな話、一度イゼイラ人の進化形態を調べてみたいと思った。
柏木がフェルとの行為に及んだ後から察するに、彼女達は、もしかしたら、柏木が以前思っていた『相似』と『収斂』の関係で考えるなら、地球でいう所の『鳥類』のような、もしくは似た動物から進化した知的生命体ではないかと思った……あまりに類似点が多いからだ。
なんせ体重がものすごく軽い。柏木のにわか知識で考えるに、これも鳥と同様に骨の中身の密度が無いからではないかと思った。
鳥の骨は、そこに空気の薄い空を飛ぶために、空気を貯める空気ボンベの役割を果たす、「空洞」というモノがあり、鳥の骨の中身は、実は空っぽなのだ。
なので、鳥は軽量なのである。それと同じなのではないかと思った。おそらく進化の過程で空を飛ぶ事を捨て、知恵を取った。その時の鳥のような生物であった頃の名残なのだろう。
そして、ヒトとの間に子は授かるのか?という疑問も残る。
フェル曰く、可能だと言う。しかし、その方法は今は内緒ということらしい。
あとは諸氏の想像力に期待したい。
以上、保健体育の時間終わり。
……………………………………………
ベッドの中で、話す二人。
「フェルさん……」
そういうと、フェルは、
『モう、「サン」はいらないでスヨ』
「ハハハ、そうですか……じゃ、フェル……」
『ハい……マサトサン』
フェルは、柏木を名前で呼んだ。
柏木も頷く。
「フェルさ……いや、フェルも、もう敬語で喋らなくてもいいだろ?」
『コれは口癖なのデ、このままでいいでス』
「ハハ、そうですか」
フェルの美しい羽髪は、まぁ、そういうこともあって、今はえらくクシャクシャになっている。
でも気にしていない。
フェルのしゃべるトーンが小さくなる。
「でも……良かったの?俺みたいなので……」
返事が無い。
ふと見ると……眠ってしまったようだ。
寝息を立てて気持ちよさそうに、安心しきった顔で眠っていた。
寝顔がまた可愛らしい。
(明日から、また仕事だけど……さすがに家で一人にするわけにも行かないからなぁ……官邸に連れて行って、みんなに紹介するか……)
「今日も冷えそうだ」とばかりに、布団をフェルにガバっとかぶせて、柏木もその中にうずくまる。
そして柏木も明日に備えて、眠る事にした。
今日は暖かい寝床になりそうだ……
こうして運命の日となった今日が終わる……
12月のある日。クリスマスまではあと幾日。
世界初の、星間異種族カップルが、ここに誕生した。
この度は、「銀河連合日本」をご愛読頂きまして、誠にありがとうございます。
さて、次回―10―にて、「交流」章は終了し、次章にお話は移りますが、当方、帰省等の年初の都合で、次回の投稿は1月7日以降になります。
少々お時間を頂ますが、何卒よろしくお願い申し上げます。
本作におきましては、本年11月より、突然の投稿にも関わらず、当方も驚くほどのご評価を賜り、感謝に耐えません。誠にありがとうございます。
来年も変わらぬご指導ご鞭撻の程、宜しくお願い申し上げます。
尚、今回、オマケストーリーも一つお付けいたしましたので、よろしくご一読頂ければ幸いです。
それでは皆様、良いお年をお迎え頂けますようお祈り申し上げます。
柗本保羽
主要登場人物:
~日本政府関係者~
柏木 真人(37)
元東京エンターテイメントサービス企画部主任・現 自称フリービジネスネゴシエイター・日本国内閣官房参与扱 政府特務交渉官
白木や大見の高校同期で友人
白木 崇雄(37)
日本国外務省 国際情報統括官組織 特務国際情報官室 室長 いわゆる外務省所属の諜報員
大見 健(37)
陸上自衛隊 二等陸尉→一等陸尉→三等陸佐 レンジャー資格所有者
柏木・白木の高校同期で友人
~ティエルクマスカ連合 関係者~
○イゼイラ人・カイラス人・ダストール人年齢は、地球基準の肉体(外見)年齢。地球時間年齢は、ほぼ×2の事
リビリィ・フィブ・ジャース(26前後)
ティエルクマスカ銀河星間共和連合・都市型探査艦『ヤルバーン』 調査局警備部主任 女性 イゼイラ人
体色:パッションピンク
目色:白目に上部半分は藍色・瞳は藍色
髪型:ラフなバッサリ系・ボーイッシュ・鳥の羽状
身長;170cm Cカップ 体格はアスリート系
ポルタラ・ヂィラ・ミァーカ(25前後)
ティエルクマスカ銀河星間共和連合・都市型探査艦『ヤルバーン』 調査局技術部主任 女性 イゼイラ人
体色:真っ白・カラーモードで言えば、C0:M0:Y0:K0
目色:白目に上部半分は薄紅・瞳は薄紅
髪型:オールバックでうなじまで・鳥の羽状 白い羽紙の先端に、黒と灰色のストライプが特徴
身長;160cm Bカップ 体格はスレンダー普通系
フェルフェリア・ヤーマ・ナァカァラ(23前後)
ティエルクマスカ銀河星間共和連合・都市型探査艦『ヤルバーン』 調査局局長・ティエルクマスカ連合議員 女性 イゼイラ人
体色:水色
目色:白目に上部半分は金色・瞳は金色・まぶたに藍色のアイシャドーのような色素がある。
髪型:前髪が大きく肩幅ぐらいまで翼のように分かれ、肩甲骨あたりにまでかかる・鳥の羽状・藍色
身長;165cm Bカップ 体格はスタイルの良い陸上選手か、ビーチバレー選手系




