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15/22

冬、前より今へ

 結局、風邪ということにして香織と二人して学校をサボることにしてしまった。

 先生にも帰ると伝えた段階で、呆れた顔を全く隠そうとしていなかったのは、香織がこう言いそうだと思っていたということだろう。

 教室に置いてあるカバンは香織が取りに行ってくれた。

 昇降口からグランドを見ても、誰もいないというのは新鮮でもあるし、自分がみんなから外されている疎外感がある。

 けど、人がいない時間帯で良かった。

 少しの疎外感はあるにはあるが、それだけの代償で人に見られていないと思えれるからだ。

 私がそんなことを思ったり考えてることを知ってか知らず、香織はそんなことを気にしないどころか、いつもの下校時みたいに極めて普通に出ていこうとする。

 仮病という時点で後ろめたさがあるのに、そのまま私は香織の家に向かっているので、消えてしまいたい気分でいっぱいだっていうのに。

 そもそも香織が、「私の秘密教えてあげる」なんて言われなければついていかなったし、こんな後ろめたい気分味あわなくてよかった。それに香織が私に対して秘密にしていることがあるなんて考えたこともなかったし、こんな時に話すほど何を秘密にしていたのか興味が湧いてしまったんだから、サボらせた原因は香織ということにしておく。

 これは責任転嫁であるし、現実の問題を先延ばしするダメな選択であったとしても、今はそうしておきたい。

 こんな事で悩んでいるのが、香織に知られたら「比紗子って真面目だな」とか言われてしまう気がする。

 ホントに香織は、私をからかうのが好き過ぎる。

 私としては迷惑極まりない。

 彼女の家に着けば、リビングでいつものようにしっかりと糊の利いた紺のスーツを着込んでいて、うっすらと化粧をした睦心さんがいて、何やらパソコンを使って作業しているところだった。

「比紗子さん、こんにちわ」

 香織が言うには、睦心さんの笑みは営業スマイルで、香織の家で仕事をしているときはそこまで表情が豊かではないと言っていた。だが、私が知っている睦心さんはこうしていつも笑みを浮かべているわけで、香織が言うことが想像出来ない。

 それに営業スマイルと言っても、バイトの子とかが浮かべるものと比べて、自然さが段違いだ。

「こ、こんにちわ……」

 後ろめたさもあって、声に震えが出てしまった。

 しかし、何度見ても営業スマイルに見えない、明るい綺麗な笑みだと思う。

 私も将来、あんな風に出来るようになるのかなと睦心さんに自分を重ねて思い浮かべてみる。

 睦心さんみたいにしっかりとスーツを着て、化粧もして、そこで愛想をしっかりと振舞えているのだろうか。

「お嬢様、サボりですか?」

 睦心さんの笑みに凄みが付いたように思えた。

 ただ、笑顔を浮かべているだけのはずなのに、怖いっていうのはこういう感覚なのかと思い知った。

「サボりじゃないよ。見て分からないかな?私と比紗子、二人共風邪かもしれないと思って休んできたんじゃない」

 香織は慣れているのか、いつもの調子で返している。

 睦心さんと香織は仲が良くないのだろうか。

 香織から聞いた話ではそこまで悪くない感じだったと思うが、こうして二人が話しているのを見ていると仲が悪く見える。

 いや、仲が悪いというか、性格が合う合わないというような仲の良し悪し以前の問題だ。

「どこからどう見ても、健康そのものに見えます……それに、そう言うのは仮病っていうんです」

「保健室の先生も風邪かもしれないねって言ってくれたよ?」

 これは嘘だ。

 あの先生は一言もそう言ってない。

 これがこの二人の日常的な会話のキャッチボールとしたら、不穏過ぎる。

 特別に睨みあっているわけでもないのに、火花でも散っている音が聞こえる気がするし、部屋の空気も入ってきた当初に比べて重くなったような感じがしないわけでもない。

 どこまで行っても無駄な押し問答だと睦心さんは悟っているのかあっさりと折れた。

 意地になったりしないあたり、付き合いが長くて、それだけこんなことをやっていて慣れてるんだろうか。

 ちょっとだけ同情を覚える。

「……そういうことにしておきます」

 そう言うと、睦心さんは机の上に広げていた書類やパソコンを片付け始めた。

「お嬢様が帰ってきたので、私は事務所に帰ります。ここでやれる仕事はほぼ終わりましたので」

 香織は気のないように手をひらひらと振り、「はいはい」と答えて、自分の部屋に向かって歩きだそうとしている。

 私もそれに付いていこうとしたら、「比紗子さん」と後ろから呼び止められた。

 振り返るとさっき香織と向き合っている時と違って、優しそうな笑みを浮かべている睦心さんがいた。

 さっきの雰囲気のイメージを引きずって、怖いイメージがあったがそんなことは全然なくて、勝手なイメージで睦心さんを見ていた自分が恥ずかしくなった。

「お嬢様……香織様はかなり勝手なので、比紗子さんを振り回すかもしれません。だから、無理な時は無理とはっきりと意思表示しないと無限につき回されるかもしれませんので……」

「はい、よく理解してます」

 そう言って、笑みを返すと睦心さんもまた笑みを返してくれた。

 しかし、その笑みは先ほどまでと違い、少し眉尻が下がり、頬が緩んでいる。

 そこで理解した。

 あぁ、この笑みがこの人の自然の笑顔なんだ、と。

「それでも香織様は、比紗子さんをかなり好きなようなので、はっきりと意思表示はしてくださいね。そうじゃないとどこまでも一人で勝手に手を引いて走って行ってしまいますから」

「はい、十分なほど経験しています」

 睦心さんが笑みを深めるのを返事だと私は受け取り、背を向けてリビングを出た。

 階段を上がろうとしたら、上から香織が声をかけてきた。

「睦月と何話してたの?」

「別に、香織には関係ないこと!」

 香織のことだったけど、わざわざ全部話す必要はないだろう。

「ふーん……」

 階段を上がりながら、香織に話しかける。

「香織って、睦心さんと仲悪いの?」

 香織の追いかけながら聞くと、彼女は振り返らずに答えた。

「悪いわけでもないし特別に良いってわけでもないかな」

 そう答えを聞く間に、香織の部屋の前についていた。

 香織がドアノブに手をついたまま、私の方を振り向いた。

「比紗子が来るなら、ホントは睦心にメールして、部屋の片付けとかしてもらうんだけど、今日はしなかった」

「それが?」

「片付けておかないと私のキャラがって言うか、比紗子の中にいる天才の私のキャラを崩壊させちゃうからね」

 別にこれまでも天才だと思ったことはない。

 私の中で香織は、常にやる気ゼロで怠惰をこれでもかと表しているキャラでしかない。

「今の部屋の状態はきっと多分、私の秘密を知るに一番いい状態だからね」

 そう言って、ドアノブを回して、扉を開けた。

 そこに広がっていた光景は、いつもの香織の部屋とは違っていた。

 いつもの香織の部屋だったら、床には物など落ちていなくて、本は本棚や棚にしっかりと整理されて置かれていたし、机の上なんかは何もなく、本当に勉強している様子もなかった。

 けど、今、目の前に広がる光景は、本の山だ。

 しかも、漫画や小説といった類ではなく、参考書ばかり。

 何十冊と言う参考書が、床や机の上等に無造作に置かれ、積まれている。

「か、香織、え?」

 香織の部屋に戸惑いながら入っていく。

 学校のこともあって、頭が正常に働いてくれない。

 この光景が意味するところの答えが出てくれない。

 つまりこれはどういうことなのだろうか。

「これが私の秘密。私という結果を作り出すための過程がここにこうして置いてある参考書たちだよ」

 近くにあった参考書を適当に開いて、数ページ見てみると、見たページ全てしっかりとやってあった。

 つまり、ここに置いてある参考書、全て香織は終わらせているという事なのだろうか。

「睦心さんがやったとか……?」

 彼女が首をゆっくりと横に振る。

「睦心はこの部屋には入ってこない。私がお願いした時しか入ってこない約束というか、規則だからね」

 それでは、どういうことか。

 脳が理解に追いついてくるが、私としてはとても認めたくない、認めれない答えしかない。

「じゃあ、それじゃあ」

 香織が笑みを浮かべる。

「うん、私は天才なんかじゃないよ」

 あっさりと香織はそう言った。

「人より少しだけ勉強もスポーツも頑張っただけ。ただそれだけをやり続けて、天才という私のキャラクターを作っただけだよ」

 この量で人より少しだけとは笑えてしまう。

 香織の天才という自信は人の何倍も努力を重ねてきて、作り上げたものだった。

 これがいつからなのかは分からない。

 最近からではないのは確かだ。高校に入る前、私と知り合うずっと前から、それがどれくらい前なのか想像もつかない。だけど、今の香織に追いつきたいと思うなら、並大抵では追いつかないだろう。

 元より頭がよかったり、天才だったり、才能があったのなら別の話だけど、普通の人が追いつくにはあまりにも差がありすぎる。

「私の母と父は、特に勉強面では優秀だったってよく話を聞かされていたんだ。けど、生まれた私には遺伝子として引き継がれてなかったみたいで、昔は勉強もスポーツもさっぱりだったんだ」

 昔の姿というのが、想像出来ない。

 ずっとこんな雰囲気でいるような感じがする。

「じゃあ、昔から出来ないこととかあってもそのムカつくニヤニヤヘラヘラした口元だけ笑ってる顔をして過ごしたってこと?」

「違う、違う」

 香織にしては珍しく苦笑いをしながら、否定された。

「中学時代の私は酷く自分勝手だったし、自分が恵まれた環境の中にいた事もあって、自分よりも能力が劣る人、ほぼ全方位に噛み付いていたから」

「自分勝手は今もじゃない?」

 特に私に対しては、だが。

 他の人には全く興味がないみたいで、関わろうとしないし、香織から関わることもないのだけど。

「そんなことないよ。そうだねー……比紗子には自分勝手なことしちゃうけど」

 私だけ特別というのはやめて欲しい。

 みんなと一緒の扱いでいい。

「まぁ、クローゼットにあるボロボロなダンボール見てみてよ」

 人のクローゼットを開けるのは結構躊躇いがあるのだから、自分で開けてほしいのだけど、香織を見るとベッドに座り込んでしまって立ち上がる気がないようだ。

 あくまで私にやらせたいわけだ。

 香織には見えないように、聞こえないように小さくため息をついて、クローゼットを開けさせてもらった。

 クローゼットの中には、また大量の参考書とグリップはボロボロに、フレームが折れている今香織が使っているラケットと同デザインの物が二本置かれていた。

「これって……」

「練習してたら折れちゃった」

 簡単に言うものだけど、そう簡単にテニスラケットのフレームは折れない。

 雑に扱ったり、投げたり叩きつけたりしたなら寿命自体は短くなるかもしれない。

 けど、香織の性格上、そう言った扱い方をしない。

「二本分で、ようやく比紗子に追いつけたから、もう二本分頑張れば比紗子を抜けるんじゃないかな」

 今の私ならそうかもしれない。

 まともに練習も出来ない、モチベーションも低下している私なら簡単に抜けるだろう。

 暗い気持ちで気持ちが覆われて、自然と頭が下を向いてくる。

「それじゃなくて、本命はその上の棚のダンボールだよ、比紗子」

「そう……だったね」

 香織に言われて、顔を上げる。

 後から、誰かが取り付けたようにベニヤみたいな木材で棚が出来ており、そこには香織が言うようにボロボロになったダンボールが置かれていた。

「香織、これなの?」

 香織に見えるように指を刺したりして、確認をとっているわけではないが、それで伝わると思う。

「うん、それそれ。中見てみなよ」

 ダンボールを棚から取り出してみるが、封はされていない。

 見てくれ、と香織が言っているんだという解釈でいいのかな。

 香織が言うようにダンボールを開けてみると、中にはボロボロで傷だらけで、落書きみたいに表紙に色々書かれているノートや教科書が入っていた。

 私に思い出の品でも見せようというのか。

「いい思い出の品ってわけではないけど、自分の浅はかさっていうのかな、そう言ったものが分かる形で残っているから、自分を戒めるにはとっておきな物として残しているんだ」

 彼女の言葉を聞き流しながら、一冊のノートを手に取る。

 確かに暗い中見たら、ただの落書きに見えた。

 けど、こうして明るみに出ると、落書きは落書きでも嫌悪感すら抱く位酷い言葉の列挙だ。

 表紙にはカラフルなペンで書かれている罵詈雑言。

 それにところどころにあるカッターの切り傷や、パラパラと中身を捲ってみればノートの中には手で破ったかのようにページもある。

 破れていないページには、香織の文字で授業の内容が書かれているようだが、ほとんど読み取ることが出来ない。

 香織の文字に重なるように黒い太ペンで悪口と、何か分からないが虫でも潰したような奇妙な色まで染み込んでいる。

「こういう物を生で見ると、嫌な気分になるよね」

 分かっているなら見せなくてもいいとは思うが、これが香織の秘密に繋がるなら見ておかないといけない。

「別に……私のだって、これの一歩手前ぐらいまでやられているんだから」

 自然と声が強張ってしまう。

 次のステージがこれにあたるものか、これ以上なのだとしたら未来は闇に飲み込まれていて、目の前が真っ暗になりそうだ。

 ただ、それでも私は目を背けないように努める。

 ここにあるのは、過去にあった結果であり、未来に起きたものではない。

 真っ暗になりそうな未来に一筋でも光を差し込めるように、香織の秘密を聞こう。

 そして、彼女のことを理解出来るように。

「それを見てもらったところで、さて、少しだけ昔話でもしようか」


 これは自分は何でも出来て、神様かなんかだと思って友達を奴隷だと勘違いしてたある女の子の物語だ。

 まぁ、私の物語ではあるけど、そこは物語風にしたいから比紗子はちゃちゃ入れないの。

 ……そう、私はかなり恵まれた両親と環境に生まれて育ったんだけど、悲しいことに両親とは違って天才と言われる程の才能とか知能を持ち合わせていなかった。だけど、両親の過保護と過剰とも言える愛情の教育のおかげって言ったらいい言葉じゃないかもしれないけど、幼い子供にしては人よりも勉強や運動が出来ていた。だから、それを鼻にかけて、両親以外の大人だと手を焼くどころか大やけどするぐらい我がままで人を見下して過ごしていたんだ。

 人と自分を比べることで、満足を得ていた詰まらない生き方をしていたと今になっては思うけど、当時の私はそんなことは全く思わなかった。だから、自分より出来ない人はひたすらに見下したし、自分よりも出来てる人には難癖、ありもしないことを吹聴したりで、ホントに問題児だった。

 一番の問題は、そういった行為を問題と思わず行っていたことや、考えてもいなかったことだ。

 私にはそれをする権利があるとか思っていたのかな。

 笑えるよ。

 今になってだけどね。


 あ、中学はA県A中学だよ。

 比紗子が私のことを見たことも知らなかったのも当たり前なんだ。

 わざわざ県外のそこそこ偏差値のいい中高一貫校に通っていたのに高校を外部受験しようと、じゃないね、しなくちゃいけなくしたんだ。

 私はA中学の受験を首席で合格して、入学式ではスピーチまでした。それで中学生活は好スタートしたわけだけど、スタート当初はホントに世界は自分を中心に動いている、私のために世界はあるんだと思ってた。

 中間テストではクラストップだったし、容姿も悪いわけではなかったから、部活ではカッコいい先輩だとかクラスの中でもカッコいい部類の男子とかに話しかけられたりでちやほやはされたからね。

 それでいい気になっていたのもあるけど、その学期の期末テストはトップを逃すことになった。全部が全部このせいではないのだけど、それでも逃してしまったんだ。

 悔しくて仕方なかった。

 自分よりも上にいる人が許せなかった。

 なぜなら、トップは私がなるべきであって、他の人間は下で私を崇めてればいいんだ。クラスメイトは私を輝かせる舞台装置程度しか見ていなかったからだ。

 だから、私は大きな過ちを犯した。

 たまたま期末テストでトップを取った生徒が隣だったから、先生にカンニングされたと噓の報告をした。

 最初は構ってももらえなかったから、テストの点数や、回答が一緒だったとか思いつく限り可能性をあげていって、ちょっとずつ先生が信じてくれてたところで親のことをチラつかせた。

 職員室で騒いでいたから、めんどくささ、他の先生への迷惑、そしてカンニングを告げた先生の面子もあったかもしれないが、そのトップの子を呼んで話を聞いてもらえることになった。

 私は満足して、教室に先生を伴って帰り、先生がその子を連れてまた職員室に帰っていった。

 それに合わせて、みんなの前で、その子が何をしたか悲劇のヒロインぶって、かなり大げさな演技で、脚色つけまくって話した。

 ここでみんな、私のことを可哀そう、カンニングするなんて最低みたいな反応があるだろうと思っていたけど、私が望む反応はなかなか返ってこない。

 しばらく、手で顔を覆って泣いてるようにしてたけどなかなか乗ってくれなかったから、私の方が痺れを切らした。

 顔を上げる。

 あの時のみんなの表情はなかなか見れるものじゃない。

 人生で一回あるかどうかだし、一回経験すれば十分なんだけどね。

 クラスにいた人たち、もれなく冷めた目で私を見ていた。

 どこからか、「そこまでする?」とか声も聞こえてきたりもしていた気もする。

 始めは何でみんな私を慰めてくれないんだろうとか思っていたけど、いくら待ってもそうしてくれないから、つまらなくなってきていつもの調子に戻して仲良くしていた子に話しかけた。

 話しかけれたその子は困った顔をしていたけど、それでもいつも通り接してくれた気がする。

 それから、多分、夏休みまでは、私は私らしく振舞って過ごした。

 けど、そんな生活は長くは続くはずがないんだよ。

 そのカンニングをしたとされてしまった子のことが決定的なことだったのかもしれないけど、小さな不満や、私の態度に苛ついたりとか色々溜まったものかあるんだろう。

 夏休み明けのある日、学校に行くとまずは無視が始まった。

 誰も私の相手をしなくなってたから、私はクラスの子に何で無視するのかと食って掛かったけど、見事に自分のやってきたことを指摘されてぐうの音も出なかった。

 けど、私はその時はっきりと間違えた。

 素直に自分の間違いを認めなかった。

 認めるわけがなかった。

 自分が正しくなく、間違っていると認めれるわけがない。

 だから、私は自分が間違ったことはしていない、いじめなんてしているお前たちが間違ったことをしていると噛み付いた。

 もしかしたらという話ではあるけど、クラスメイトの大半は一握りの生徒たちがやっていることの流れに乗ってやっていただけかもしれないし、上手く立ち回って、ここで失言がなければ味方はいたかもしれない。

 けど、この失言でただ流れに乗っていた人たちも、私が間違ったことをしていないのか、考えた。

 その結論は、そのノートが示している。

 私は見事にクラスの敵となり、孤立することになった。

 何でも叶えてくれる親に相談しなかったのかって聞かないんだね。

 比紗子がしてないのと一緒の理由だよ、と言いたいけど私はただ自分で解決出来ると高をくくっていただけ。

 色々なことをやったけど、結果論で言えば、そんなことしたところで無駄だった。

 行動は起こしたけど、今までずっと他人を見下してきたんだから、火に油を注ぐ行為だったんだ。

 何かされれば、その都度中心にいそうな人たちに詰め寄ったりしていたからね。

 それで、教科書の落書きから始まって、持ち物や机はボロボロにされた。

 物はほぼ毎日と言っていいペースで隠されたり、捨てられりしてた。

 ボロボロになっていく教科書や持ち物を見ていて、やっと私は何を間違えてしまったのか考えるようになった。

 私の両親それぞれの友達や親戚、祖父祖母などから聞く話だと、みんなの中心にいて、頼られていたり、信頼されたりしていたらしい。

 では、私の状態はどうなのか。

 クラスの敵として学校の大半の時間を過ごし、残りは出来る限り空気になるように努め、誰からも頼られることなく、誰からも信頼されず、一人同級生の輪から外されている。

 それが、私のしてきた結果だ。

 だから、私は比紗子の気持ちが分かるんだよ。


 そして、香織の話は終わった。

「それで、そのまま卒業して、今ってこと?」

 香織は頷く。

「それがあって、何か学んだとか、教訓があったりするわけ?」

「そんなのあるわけないよ。だって、これは自業自得なんだもん。まぁ、あるとしたらそうだねぇ~……他人に優しくして、大切にしようなんて月並みのことなら言ってあげれるかな」

 それは当たり前のことだ。

「じゃあ、なんでそんなこと私に話したのよ」

「知っておいてほしかった。それだけ」

「それだけ?」

「うん。言い方を変えれば自己満足かな」

 大きくため息をついた。

「慣れてるから、そうだったらよかったってことでしょ」

「そうだよ。あれぐらいなら、まぁちょっとめんどくさいかなって感じるぐらいで何とも思わないし、前の方が全然辛かったしね」

 だけど、それでいいかと考える。

 香織はホントに自分勝手だ。

 自分のことしか考えてない。

「香織はいいかもしれないけど、周りはどうなの?私は香織がそんなことされてるの見たくないよ」

 何でこんな風に香織に思っているんだろうか。

 いいじゃないか。

 あれだけ嫌いな香織がイジメにあって、それで元気がなくなって、色々上手くいかなくなって、天才のメッキが剝がれるなら、それに越したことはないんだ。

 考えていることと、言っていることが真逆だと気が付いた。

 私はホントに何がしたいんだろう。

「それにきっと、私だってみんなに流されて、香織に私がされてるようなことしちゃうと思うし……」

「それはしょうがない。流れに逆らったら、今度はもっと酷い感じに比紗子が集中攻撃されちゃうことだし、もし、そうなったとしても比紗子が気に病むことなくて何もないよ」

 そういう意味じゃない。

 何も分かってない。

 香織の正面に移動する。

 ベッドに座っている香織の前に立つと、いつもと違って私の方が見上げられる立場になる。

「私が香織にそういうことしてるのが嫌だし、それにそんなことしておいて、イジメが終わってから友達というか、今みたいに接するなんて私には無理」

「私は気にしないけどー」

「香織がどうこうじゃなくて、私が嫌っていうか、そんなことしておいて友達面出来るわけないじゃない」

「そんなものかな」

 香織が可愛らしく小首を傾げる。

「香織が変なだけで、普通の人はそうなの」

「もしかしたら、そうかもね」

 香織が短く笑ったと思ったら、そのまま手を掴まれて、引き寄せられた。

 そして、ベッドに押し倒されていた。

「何するのよ、突然」

 キッと睨みつけておく。

「今、比紗子は私に何かしているわけでもないし、そういう事態にもなってないから、別にいいじゃない」

 突然、抱きしめられた。

 行動が突然過ぎて体が反応出来なかった。

「比紗子、ノーと見せた時にさ、この先こうなるんじゃないかって考えたでしょ?」

「考えてない」

 言い当てられたのが悔しくて、香織から顔を背ける。

「顔が真っ青になったもん。分かっちゃうよ」

「……だったら、聞かなくてもいいじゃない」

 香織が私の髪を優しく撫でる。

 たったそれだけの行動だけど何故か暗い気持ちはどこかに吹き飛んでいく。

「ねぇ、比紗子」

 呼ばれて顔を向けると香織が微笑みを浮かべていた。

 優しくて、私を包んでくれそうな気がした。

 ──それは卑怯だよ。

 さすがに言葉にはしなかったけど。

 それに、泣きついてしまいそうだった。

「そんなもしかしたらの未来より、こうしている今を感じてる方が素敵じゃない?」

「それも、そうね……」

 笑いかけると、そのまま口を封じられた。

「ん……っ……」

 そのまま、香織の舌が私の舌に絡まる。

 私を求めるように激しくではなく、私にここにいるよと言うように優しく絡まってくる。

 位置を替えれても、ゆっくりと香織が私と繋がってきてくれる。

 そして、香織の舌が離れていく。

 この時、そう、魔が差した。

 魔が差したことにしておく。

「──っ!」

 今度は私から香織の口内に舌を入れた。

 いつも香織にされてばかりで、多分下手だと思う。

 だけど、色々頭で考えるより先に体が動いてしまった。

 香織の舌を求めて、奥に伸ばす。

 そして、一瞬香織の舌に触れた。

 そこからはゆっくりと香織の輪郭を確かめるように舌を触れ合わせる。

 長く時間を感じられるほど触れ合った後に離そうとすると、香織が離れたくないように舌先を絡ませてきた。

 だから、また深く口を重ねて、しっかりと香織の舌に絡ませる。

 二人して苦しくなって、息が止まりそうになるまでやって止まった。

 先程までの香織の暗い過去の雰囲気はない。

 今はお互い口を相手の唾液で濡らし、艶のある吐息で甘い空間になっている。

「比紗子からも舌絡ませてくれた」

 香織がなぜか顔を赤らめて、口を手で押さえている。

 そう言われてしまうと何も言えない。

 確かに私から絡ませていた。

 安心感、と言ったらいいのだろうか。

 今日まで張りつめていた気持ちが香織に話したことで、楽になったのもある。

 それに、彼女は私を裏切ったりすることもないと断言出来る。

 今でも敵だと思ってるし、嫌いだけど、そう本人に言っていても彼女はこの約半年もの間離れなかった。

 だから、きっとどこまでも一緒にいてくれる。

 たまに距離が近すぎるのは困るけど、それでも近くにはいてくれる。

 そんな彼女だから、心を許してほしかった。

 ──そして、求めてしまった。

 彼女が欲しいと求めてしまった。

「…………うるさい。いいじゃない、香織だってしてきてるんだし」

 私からするのがそんな変なのか。

 香織が寝転がったまま私の肩を抱いた。

「比紗子からもしてくれて嬉しい。すっごい嬉しい」

 香織本人は気が付いていないかもしれないけど、目尻に少し涙が溜まっている。

 そこまで嬉しがられるとかなり恥ずかしい。

 香織から視線を外す。

「ねぇ、もう一回しよ?」

「…………しょうがないわね」

 そう言って目を閉じると香織の手が私の顔に触れて、キスしやすい位置に向けられる。

 求めあうようなキスではなく、ゆっくりと口を重ねた。

 また、お互いを確かめ合うように舌を絡ませる。

 離れたり、くっついたり、絡み合い、触れ合い。

 激しくはないけど、しっかりと相手を感じられる。

 二人の唾液が混じり、私のものか香織のものか分からない。

 だけど、それでもいい。

 満たして欲しい。

 そして、私は私で香織を──

 ゆっくりとやっていても、時間の流れとして短く感じる。

 それでも、息を合わせたように、二人して口を離した。

 二人の間には唾液が糸みたいに伸び、そしてゆっくりと落ちた。

「ねぇ、比紗子。学校のイジメさ、気にしないでって言っても、やってることが目の端々でうろちょろと動き回って、目障りだから気になっちゃうけどさ、一人じゃないから大丈夫だよ」

 遠まわしな言い方な気がする。

 もっとストレートに言えばいいのに。

 いつもはあんなにストレートな言葉をぶつけてくるのに。

「……うん」

 こういう時に言って。

 こういう場面で使うものでしょう。

 香織のストレートな言葉も、行動もこういう時に使って。

「私がずっと隣にいるよ。離さない、裏切らない」

 ホントに香織は嫌って言ってるのに。

 私が嫌なことばかりやるし、言ってくれる。

 けど、その一言は私の弱りきった心を優しく包んでくれた。

「比紗子、大好きだよ。比紗子に嫌いって言われるほどに好きって気持ちが止まらない」

「……バカ」

 ホントに香織のバカ。

 気を抜いてしまえば、色々と溢れてしまう。

 そう考えていると、香織が笑った。

 ニヤニヤしていない普通の笑み。

 今日二度目だけど、やっぱり、その笑顔は……

 好き。

 口が動いてしまったような気がして、思わず口に手を当てた。

 自分でも分かるぐらい顔が熱く感じる。

 香織は変わらずの様子だけど、気が付いていないのかな。気が付いていないで欲しい。

 少しの間待ってみるが、香織に変化はない。良かった、聞こえてはないようだ。

 自分の心から目を逸らすように、香織に対して、顔を伏せた。

 どうか、香織に気づかれませんように。

 祈りながら、次の言葉を待つ。

「おいで、比紗子」

 祈りが通じたように、渡りに船というものだ。

 香織に抱き着いて、胸に顔をうずめた。

 多分、私は泣いている。

 悲しいんじゃない。

 香織に救われている。

 今も、それからずっと前から。

 だから、少しだけ勇気を出そう。

「私も、だよ」

 どれに対してかは言わない。

 言わなければ分からない彼女ではない。

「うん」

 言葉に出来なくても、私の声は届いている。

 声を殺して、泣けるだけ泣こう。

 私には彼女がいる。

 一人ではないのだから。

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