暖かい手の温もり
「何でいるの?」
「何でって、家の鍵開けてくれたの誠翔でしょ?」
「いやそうだけどそうじゃなくって」
確かに家の鍵を開けたのは俺だがそれは秀一に対しての物だった。そのはずなのになぜか目の前には秀一ではなく雲雀がいる。
「あの…秀一は」
「秀一君は私に任せてくれて先に帰ったよ」
「そっか…」
「て言うか水臭いよ!風邪引いてるなら何で私に直ぐ連絡してくれないの?まぁ理由は分かるけどさ」
「それは…ごめん」
話を聞くに秀一は頼んでいた物を置いてしばらくしたら帰って行ったらしい。それは本当に助かり感謝している。しかし今俺の考えていることはその事ではない。
「あの~…雲雀さん。俺が風邪ひいたって話…もしかして秀一から聞いた?」
「え?あ~違う違う、秀一君は風邪については何も言わなかったよ。聞いてみても最後まではぐらかされてし」
「それじゃあ何で今ここに」
「それはお見舞いに決まってるじゃん。ほら、風邪ひいてるんだから病人は座って座って!これ以上体調崩したら大変でしょ?」
そうして俺は雲雀にソファーに座るように促される。俺もまだ体が怠かったためおとなしくソファーに座る。
「それで、何でここに。秀一は何も言わなかったって言うし、それでお見舞いって。何で風邪ひいてることに気付いたの?」
「折り畳み傘帰そうと思ってBクラス行っても誠翔いなかったし、秀一君も誠翔の事何も言わなかったからさ」
「それでだけで俺が風邪引いたって分かったの?」
「分かるよ、昨日あの雨の中帰ったんだもん。あと誠翔優しいから風邪ひいても私に気を使わせないようにすると思ったし」
「そっか。全部バレてたのか」
俺の考えは全て雲雀には見透かされていたようだ。それもそうだ、雲雀の事だから当たり前だ。考えてみれば隠してたところで先生に聞けば俺が風邪で休んでる事ぐらい直ぐに分かる。どうやら風邪のせいで頭がうまく回っていなかったようだ。
俺はテーブルに置かれているスマホを取り、スマホをいじる。メッセージを見ると秀一から帰った旨のメッセージが届いていたため俺も感謝のメッセージを送る。
「良し出来た!はいどうぞ、火傷しないように食べてね!」
そう言うと雲雀はテーブルにお粥の入った鍋を置く。隣に缶詰から取り出したフルーツを置く。そして俺にスプーンを渡す。
「わざわざごめん」
「全然!キッチン広くていろんな道具があるから作るの楽しかったよ!流石高級マンションだね」
「それなら良かった。じゃあいただきます」
俺は雲雀の作ったお粥をありがたくいただく。お昼を抜いていたからだろうか。とても美味しく体に染みる。
「すっごく美味しいよ」
「本当?よかった」
体調が良くなったのだろう。一口食べるとドンドンと食欲が湧きあっという間に平らげてしまう。その後フルーツの缶詰を頂く。久々にしっかりと人の手料理を食べたためどこか安心感が湧いてきた。
「ごちそうさまでした」
「お口に合ったようで何より!はいこれお薬」
「ありがと」
俺は風邪薬を飲み、体温計で熱を測る。測り終えるとまだ平熱よりは高いが大分温度も下がっていた。俺は食器を洗っている雲雀に感謝を伝える。
「悪いな雲雀、わざわざここまでしてもらって。昨日男なんて体が丈夫だからちょっと濡れたところで風邪なんて引かないなんて言っておいてこの様だ恥ずかしい」
何故だろうか、恥ずかしい姿を見せてしまったからだろうか、それとも疲れているからだろうか。言わなくてもいいはずの事がとめどなく口から溢れてしまう。
「本当に恥ずかしい人間だよ俺は。Aクラスに入るために一生懸命勉強したってのにちょっとイレギュラーが起きただけで焦って入試でミスって今までの勉強を台無しにするし」
一度吐き出したら止まらなかった
「俺は秀一や雲雀さん、みんなが思うほど素晴らしい人間でも何でもないんだ。みんなは俺を過大評価しすぎなんだ」
俺は今まで思っていた事を吐き出す。
「大切な約束をしたって結局俺は守れなかった。そんなどうしようもなくて恥ずかしい惨めな人間なんだ俺は」
言いたい事全てを吐き出した。しかし気分は一ミリも晴れなかった。逆に更に暗くなっていった。
こんな自分に更に自己嫌悪になっていると雲雀は俺の近くまで寄り添い、優しく声をかけた。
「全然恥ずかしくなんかないよ。誠翔いっつも頑張ってるからさ、その溜まってた疲れが雨に濡れたことで溢れちゃっただけ。それにカッコよかったよ!」
「そうかな…そうなのかな…」
「そうだよ!私、いや私だけじゃない。秀一君や海香や他の皆も誠翔が頑張ってるって知ってるもん。それに約束の一つがどうしたの?私なんて何回も勉強教えてもらって今度こそ100点取るって約束何回もしたのに100点取れないなんて事何回もあったんだよ?それで誠人が恥ずかしいって言うなら私の方が何十何百も恥ずかしいよ」
夢の中の雲雀と現実の雲雀、言っていることが全然違う。当たり前だ、雲雀が今の俺の事を知ってくれているように俺も雲雀があんな事を言わないという事を知っている。雲雀はとてもやさしい人間だ。
「どうしたの誠翔!?泣いてるの?私何かまずい事でも言っちゃった!?」
「えっ?」
俺は自分の瞳に触れると指先に涙が付いた。
「いや、これは何でもないんだ。あれ…なんで俺泣いてるんだろ…恥ずかしっ!全然気にしなくて大丈夫だから…本当に」
俺は急いで服で涙を拭う。雲雀は先程全然恥ずかしくないと言っていたが、流石に泣いている姿を見られるのは恥ずかしい。
「大丈夫だよ。風邪ひいてるんだもん、寂しくもなっちゃうし気も滅入っちゃうよね安心して良いんだよ」
雲雀は俺の手を握ってくる。風邪をひいていて俺の方が体温が高いはずなのに雲雀の手の温もりはとても暖かかった。
雲雀の言っている通り、俺は俺の思っている以上に風邪にやられ気が滅入っていたのだろう。しかし、今はそんな気分は一切ない。心が晴れ晴れとしている。
雲雀…やっぱり君は優しい人間だな。
「うん…ありがとう雲雀」
雲雀はその後食器などを洗ってくれ、散らかっているごみなどを捨て帰りの支度をした。
「わざわざ見送らなくてもいいのに、体調悪いんだから」
「雲雀さんのおかげで大分元気になったから大丈夫。見送りくらいしなきゃ俺が気にしちゃうんだよ。本当は夜遅いから寮まで見送りたいけど今は風邪引いてて出来ないからここまで」
「ありがと。じゃあしっかりと休んでね。学校に来るの楽しみにしてるよ!」
「うん、じゃあ学校で。俺も早く治して学校で雲雀さんに会うの楽しみにしてるよ」
そうして俺は玄関から雲雀さんを見送った。
雲雀さんも帰ったししっかり休んで風邪を治すとするか。…あれ?なんかまた体温高くなってきたな。
俺はまた体温計で自分の体温を測り温度を確認した。しかし…
「あれ?別にさっきと変わらないな…気のせいか?」
確かに体温が高くなったと思ったが体温計の体温は変わっていなかった。




