『皇帝』視点 16
リィーリム皇国の皇帝は、代々後宮入りした妃の中から生涯の伴侶を決めていた。
選ばれた妃は『最愛』と呼ばれ、正式に皇妃としての地位を得ることになる。
晴れて皇妃となれば、計り知れないほどの名誉と富が手に入ることになるだろう。
──『最愛』に選ばれるのは、完全なる皇帝の気分次第。
しかし、そのチャンスを掴む機会は、後宮入りした妃全員が有しているのである。
ゆえに、妃たちは皇帝の『最愛』になるため、弛まない努力を行うのであった。
ちなみに、妃に選ばれなかったとしても、そこにデメリットが発生することは皆無と言っていい。
後宮入りした、というだけで大きな箔がつくからである。
後宮入りにするための条件には、様々なものがある。
実家の皇国への貢献度や影響力といった権力的な観点からの選ばれ方はもちろん存在する。
しかし本人個人が極めて優秀であったり、美しい容姿を持っていたり──と本人の資質を評価して選ぶことも多く、たとえ『最愛』となれなかったとして、その後、就職や婚約など、本人に対して非常に有利に働くことが多くあった。
また、国から高額な褒賞も支払われるため、あまり裕福ではない貴族の者が妃に選出された際、それ目当てで後宮入りを決めるという事例も多々あるのは事実である。
まあ、何にせよ、
エルクウェッドが二十三歳となった時、五十人の妃たちが後宮入りを果たし、彼はその中から一人の『最愛』を決めることになるのであった。
そして、彼の生き地獄の過酷さは、唐突ながらも、さらに加速することになる──
♢♢♢
妃となった者たちは、皆、必ず後宮入りした際に皇帝に顔を見せにいかなければならない。
皇帝側としても、顔も性格も知らないのに、「さあ、この中から『最愛』を選べ」と言われても、選べるわけがないからだ。
後宮入りする順番は、一番目の妃からである。
そして最後は、五十番目の妃となる。
全員が後宮入りした後になって、ようやく皇帝は本格的に自身の『最愛』を選ぶことになるのだ。
「──お久しゅうございます、皇帝陛下」
玉座の間にて、驚くほど豪華で美しい意匠のドレスを身にまとった一番目の妃が、恭しく一礼する。
エルクウェッドは、彼女とは子供の頃からの知己であった。
「ああ、久しいな。やはり、貴様も後宮入りしていたのか」
「はい。公爵家の者として生まれたのであるならば、こうして後宮入りを果たすのも当然のことでございます」
そのように彼女は淀みなく言う。彼女の表情には、不安の類は一切なく、そこにはただひたすらに余裕の感情を有していた。
「相も変わらず、自信家だな。まあ、良い。どれほどかかるかは分からんが、その間は後宮でのんびり過ごすといい。お前は、見るたびに生き急いでいるからな」
彼がそう言うと、鈴のような美しい声音で彼女は笑みを浮かべた。
「もちろん、そうさせて頂きたいとは思いますが……はてさて、一体どうなることでしょうね……?」
「……貴様と話していると、いつも無性に疲れてくるな。たまには、普通な気分で話をさせてくれ」
「それはそれは、大変申し訳ございません。ですが、性分ですので」
その後、いくらか言葉を交わした後、彼女は「それでは、御機嫌よう」と言い残して玉座の間を退室する。
エルクウェッドは、彼女が完全に去った後、「これを、後四十九回もしなければならんのか……面倒な」と、内心愚痴を言うのであった。
しかし、さすがに後の全員、あのような常に腹に一物を抱えている者ではないだろう。
そう、一度気持ちを切り替え、彼は次の妃の顔見せに臨むのであった。
しかし、
「おい、頼むからな……? 巻き戻るなよ……絶対巻き戻るなよ……分かっているな、絶対だぞ……?」
残念ながら、そのような別の不安については、全く拭い去ることが出来ていなかった。




