酒を煽る理由
「今日は良い天気だな!」
宿屋を出た俺たちの前には青い空が広がっている。
物凄く良い天気で気分も最高に良い。
「……なんだ?」
なのに、約一名が俺の事を据わった目で見つめる者がいる。
「……いや、別に何もないですよ。こんな良い天気なのに、朝から不愉快だなんて思っていません」
そう言ってミーアはそっぽを向く。
「……ミーア、嫉妬?」
「そんな事は絶対ありませんっ!! 朝からそんないちゃいちゃしてるから不愉快なんですっ!」
リアンの一言にミーアは反応して振り向いて声を上げる。
今、俺の左腕にはリアンが腕を組んでいる。
どうやら昨日の治療で命を助けてもらったのと、これからも治療をしていくってので、リアンは「私の命はタクト君のもの」と言ってきた。
そんな大げさなと思い、いや気にしなくても良いって言ったけど、リアンは引き下がらず「タクト君の身の回りの事はする」と言って腕を組んできたのだ。
どうしようかと思ったけど、女の子……しかもこんな可愛い女の子に腕を組まれるなんてなかったから、気分も高くなり、外の景色を見て声をあげたところで、ミーアに睨まれたのだ。
「……それを嫉妬ってーー」
「言いませんっ!!」
目の前でミーアとリアンの雲行きが怪しくなる。
なぜかリアンは勝ち誇り、ミーアは怒っている。
「ま、まぁ、せっかく良い天気なんだし、美味しいものでも食べようか? 俺が奢るし」
何か分からないけど、このままではよくないと思った俺は話を変える。
女性同士が険悪になると、居心地が悪くなる。
そして、俺は話題を変えてご飯を食べに行く事にした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「いや〜やっぱり天気の良い日はご飯も美味しいですね!」
俺の目の前には、空いた皿を積み上げて満足そうな笑顔を浮かべているミーアがいる。
「ミーアは天気じゃなくて、食べ物で左右されそうだけどな」
「な、なんて失礼なーーっ!?」
「私もそう思う」
「リアンちゃんまで!?」
朝一は少し悪い雰囲気になりかけたけど、ご飯を食べるなり、ミーアは機嫌を取り戻していつもの調子に戻っていた。
「だいたいタクト君とリアンちゃんは私の事をどう見てるんです!?」
「ん?」
「えっ?」
「「……食いしん坊」」
俺とリアンは偶然……いや、必然に声を合わせて答える。
「なっ!? なっ、なんなんですか!? 二人揃って!!」
「いや、ミーアの行動見てたらそう思うだろ?」
「……同感」
「ひ、酷いです!!」
ミーアは食べカスを口の周りにつけたまま叫ぶ。
そういうのがあるから、そう思うんだけどな。
まぁ、それはそれで可愛いとは思うけど。
そんな感じで、俺たちは朝一が嘘のように、いつものようなやり取りを展開している。
「ん?」
怒るミーアを眺めていると、その奥に朝から酒を煽っている一人の白髪の爺さんが目に入った。
「タクト君、私の話をーーっ!! って、どうしたんです?」
よそ見してたのを怒ろうとしたミーアだが、俺の少し違う様子に問いかけてきた。
「えっ? あぁ、あのお爺さん朝からよく酒を煽ってるな〜って思って」
「確かに……冒険者って感じではないですもんね?」
ミーアは俺の言葉に同意する。
確かに冒険者であれば依頼達成の祝いで朝から飲む事もあるが、あのお爺さんはどう見ても冒険者には見えない。
「……酒好き?」
「まぁリアンの言う通りかもしれないけど……」
ただの酒好きって可能性はある。
でも、そのわりには好き好んで楽しんで飲んでいるってようには見えず、どちらかというと暗い。
「あのお爺さん、一人息子さんの夫婦とお孫さんをなくしたのよ」
すると、俺たちのテーブルに料理を運んできたウェイトレスが俺たちの視線の先を察したのか告げる。
「えっ、一人息子さんの夫婦とお孫さんを亡くしたんですか?」
ウェイトレスの言葉にミーアが聞き返す。
息子夫婦と孫を亡くす……自分の血の繋がった人を亡くすのはどれほど辛い事か……。
「そうよ。元々あのお爺さんら奥さんを早くに亡くしていてね、それなのに最近、この街の近くによく盗賊が出てね。あのお爺さんの息子さんとその妻、お孫さんが隣街に出かけた帰りに襲われてね。それで身内がいなくなって……」
そう言ってウェイトレスは視線を落とした。
そうか、あのお爺さんは身内を亡くして……。
「ちょ、ちょっとタクト君!?」
俺はミーアが叫ぶ中、酒を煽るお爺さんの元へと歩を進めた。




