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ペットのチロちゃん


一人で買い物をしていたら友人のLに偶然会った。

カラオケに寄ったり夕食を一緒に食べたりして話をしていたら盛り上がってしまい、Lの家にお邪魔することになった。

Lの家に上がるのは数ヶ月ぶりだ。


「おじゃましまーす」


「どうぞ汚いけれど入って入って」


冗談を言い合いながらパンプスを脱ぐ。

ふと、男物のスニーカーが目に入った。


「あれ?Kくんいるの?」


KとはLの彼氏だ。

結構イケメンで口数は少ないけれど印象は悪くなかった。


「ううん、部屋にはいないよ」


じゃあ、このスニーカーは?

一瞬だけ疑問に思ったが、同棲でもしているのかと気にしなかった。


「そっちチロが寝てるから開けないでね」


先に靴を脱いで上がっていたLが戻ってきてそう言った。

チロっていうのはLが飼っている犬の名前だ。

結構な老犬だったと思う。


「わかった」


わざわざ「犬を起こすな」なんてちょっと神経質じゃないかと思ったが、ここはLの家なので文句を言うわけにもいかない。


それなりに小奇麗な1LDKのリビングに入る。


「ワインにする?それともシャンパン?」


「どこのシャンパン?」


Lが用意してくれたお菓子やツマミを食べながらシャンパンを飲んだ。

色々な話をして少し声が大きくなった時だと思う。


隣のチロが寝ていると言われた部屋から低い唸り声が聞こえた。


「ごめん、起こしちゃったかも」


「ううん、大丈夫」


少しの間だけ隣の部屋の様子を窺う。

何かゴソゴソと動く音と何か餌を食べてる音が聞こえる。


「あ~、起きちゃったね」


「ごめんね」


「ちょっと様子見てくる」


そう言うとLは隣の部屋に行ってしまった。

ドアが開いた一瞬で見えたのは赤い壁紙。

「壁紙に赤?」とその時は思ったのだが酔っ払っていたので「趣味が悪い部屋だな」ぐらいにしか思わなかった。


ゴリッ、グチャ、ブチリ――


チロが硬いものを食べている音が聞こえてくる。

犬用の硬いガムとか鹿の角でも食べさせているのだろう。

確か鹿の角は犬のオヤツにちょうど良いとTVで言っていた。

アルコールのまわった頭でそう考えた。


「大丈夫。お腹が減っていたみたい」


Lは隣の部屋から戻ってくるとそう言った。


「チロちゃんは元気?」


「うん、元気だよ」


「でも、もうそろそろだよね?」


「何が?」


「私はペットロスとかよくわかんないけど。

 結構キツイんでしょ?」


「何言ってんの? チロはまだまだ生きるよ」


そんなはずはない。

すでに15年以上は生きているはずだ。

1ヶ月くらい前に泣きながら「チロの元気がない」って電話してきたのに……。


「チロは元気すぎて困っているぐらいだよ。

 この前も餌を大量に食べて大きくなりすぎて、今じゃあ特別な業者に頼まないと餌を用意できないぐらいなんだもの」


大きくなる?

チロは成犬を通り過ぎて老犬だったはず?


「この前に脱皮してから一気に元気になったんだよ」


「えっ?」


当たり前のことだけれど、犬は脱皮したりしない。


「抜け殻を見てみる?」


そうLは言うと冷蔵庫があるキッチンに歩いていく。


冷蔵庫に向かった事を疑問に思った私はLがペットを亡くしたことで心を病んでしまったのかと思った。

でも、そうなると隣の部屋にいるのは何?

Lは冷蔵庫の冷凍室を引っ張り出すと、中から何かを拾い上げて戻ってきた。


「ほら、これ」


ジッパーで密封するタイプの大きなフリーザーバッグの中には、凍りついたチロの遺体が入っていた。

チロの体は背中が大きく引き裂かれており、内側からめくれ上がるように肉が盛り上がっていて酷くグロテスクだった。


「なっ……なにこれ……?」


「何って、チロの抜け殻」


ぬけがら?

この悲惨な状態の犬の遺体が抜け殻?

何かがチロから抜け出たの?


低い獣のようなうなり声と共に隣の部屋のドアが叩かれる。


「ヒッ!」


Lはドアの方を向くとジッと隣の部屋を睨み、しばらく動かなかった。


「ごめんね。すぐ静かにさせるから」


そう言うとLは冷凍されたチロの遺体を残っていたお菓子やツマミの置いてあるテーブルの上に置き、こちらを一瞥することなくそのまま隣の部屋に向かった。

Lはまるで頓着のない動作でドアノブを引く。

開かれたドアの向こうには大きい見たこともない生物がいた。

それは爬虫類と昆虫の特徴を合わせ持った生物。

それが何か赤いものに噛み付いていた。


ゆっくりと閉まるドアの隙間から床に転がった男の腕が一瞬だけ確認できた。

私はドアが完全に閉まる音を聞くと同時に動き出した。

急いでそこら辺に放り出すように置いてあったブランドのバッグを引っ掴み、音を立てないように静かに急ぎながらLの家を出た。



私は警察に通報した。

電話でKが殺されている可能性がある事を伝えた。

とにかく、血塗れの部屋の事とKの死体があるかもしれないと訴えた。


警官がLの家を訪れた時、家の中にはKの残骸とLだったものが残されていた。

Lだったもの……つまり、Lの抜け殻。

不思議なことにLの内臓や脳は無くなっていたと担当の刑事から聞いた。

Kの内臓や脳は破片が発見されたにもかかわらずLのそれらはなかった。

残されていたのはLの骨と肉と皮だけ。

重要な器官はごっそり消えていたらしい。


あの生物は今もどこかで増え続けているのかもしれない。


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