65 迷惑な宴会
アランの仲間たちは散々文句を言った後、ギルド長がお呼びです、と受付カウンターの担当者に呼ばれて治癒室を出て行った。
「……すみません」
アランが小さくなってこちらに謝って来るが、
「貴方のせいじゃないわよ。謝らなくて良いわ」
ヴィクトリアは肩を竦めた。
「冒険者は無茶をしがちだもの。それを適切に止めるのがアタシたちの役目よ。──そういう訳で、アラン。貴方は明後日の予定とやらに同行しない事。良いわね?」
「…はい」
アランはさらに肩を落として頷く。
「──それにしても、随分身勝手な連中ですね」
先程の言動からして、アランが彼らに振り回されているのは明らかだった。
と言うか、彼らの中ではアランが彼らの意思に従うのが当然なのだろう。
大変よろしくない状況だ。
私が眉を寄せて呟くと、ヴィクトリアも溜息をついた。
「たまに居るのよ、ああいうの。回復術師とか、補助系の魔法使いは軽視されがちなのよね」
「──仕方無いんです。俺は、お情けで仲間に入れてもらっているので…」
アランが絞り出すように呟いた。
途端、ヴィクトリアが眉を吊り上げる。
「聞き捨てならないわね。貴方は希少な回復術師でしょ? 連中が貴方に頭を下げて『仲間になってくれ』ってお願いするのが筋じゃないの」
「ヴィクトリア、落ち着いてください」
私は咄嗟に待ったを掛ける。
「それぞれの事情があるのでしょう。──正直、『お情けで仲間に入れてもらっている』のなら、『そのお情け要りません』ってパーティから抜けても構いませんよねと思わなくもありませんが」
「え」
思わず本音が漏れてしまった。
ぽかんと口を開けるアランに対して、ヴィクトリアが笑い出す。
「それ良いわね! 誰にでも仲間を選ぶ権利はあるんだもの。仲間を蔑ろにするなら、その仲間がパーティを抜けたって文句は言えないわ」
「パーティを、抜ける…?」
その選択肢は頭の中に存在していなかったのだろう。アランは唖然とした顔で固まっている。
だが本来、冒険者パーティとはそういうものだ。
利害が一致しているとか、旧友だからとか、相性が良いからとか、結成の理由は色々あるが、冒険に支障が出たらその時点でメンバーが何かしら変わるのは必然。
話し合いや訓練で危機を乗り越えられたら御の字。
仲間を新たに迎え入れる事で解決する場合もあれば、パーティが分裂することもあるし、解散することだってある。
…アランの場合、それ以前の問題のようだが。
「ここからは独り言だけど──パーティから抜けるなら、いっそ冒険者も辞めてギルドに就職するとかどうかしら? 治癒室はいつでも回復術師を募集してるわよ」
ぱちり、ウインク一つ。
見た感じで判断するのは失礼かもしれないが、アランはどうも冒険者に向いていないように思う。
回復魔法の適性、その一点でパーティに加えられたようだが、仲間に流されている感がある。
このまま流され続ければ、あのパーティに使い潰されるだろう。
(…どこの世界でも、他人を都合の良い労働力としか思ってない阿呆はいくらでも居るし…)
ちょっと遠い目になっていると、廊下から騒がしい足音が近付いて来た。
「ここに居たか! ──お前たち、今日は宴会だ! 当然参加するよな!?」
とても明るいギルド長の声が、治癒室に響く。
私は即座に応じた。
「仕事中です。お断りします」
今日は既に残業の予定がある。飲み会なんてもってのほかだ。
ヴィクトリアが溜息をついた。
「ロベルト、今度はティラノサウルス討伐にかこつけて騒ぐつもりね? 今日は業務が立て込んでるはずだけど」
「カタいこと言うなって! ティラノサウルスの素材を持ち帰ってくれたんだ、祝うのは当然だろ!」
無駄にテンションが高い。
どうやら、否定的な意見には聞く耳を持たないらしい。
「とにかく、今から用意するからな! ──アラン、お前は絶対参加な!」
「えっ!?」
いきなり話を振られたアランが声を上げる。
「お前も立役者なんだから当たり前だろ! ほら、早く──」
「却下。怪我人よ。許可できないわ」
ヴィクトリアがきっぱりと言った。
パーティメンバーの顔と名前をきちんと憶えているのは賞賛に値するが、重傷患者を酒盛りに連れ出そうとするのはいただけない。
ロベルトが口を尖らせた。
「何だよ、良いだろ? 折角みんなで祝ってやろうってんだから」
「肋骨折れてるのに許可できるわけ無いでしょ。回復してからなら許可できるけど」
「だったらほら、お前の回復魔法でぱーっとだな」
「…貴方も肋骨折られたいのかしら?」
ヴィクトリアが目を細める。
途端、ロベルトはすっと退いた。
「あーいや、健康は大事だよな、ウン。──アラン、お大事にな!」
「えっ、あ、はい…」
拍子抜けするほどあっさりと、ロベルトは去って行った。
とはいえ、宴会そのものを諦める気は無いのだろう。
受付の方から騒がしい声がしている。
「…酒好き、と言うか、宴会好き…?」
私が呟くと、ヴィクトリアは溜息と共に頷いた。
「大正解よ。この支部の伝統ってのもあるけど、とにかく酒盛りが好きなのよね。まあ一応、ああやって手配はしても、実際本人が宴会に参加するのは自分の仕事を終わらせてからなんだけど。『ギルド長待ち』のせいで無駄に宴会が長引くのよ」
「それは普通に最悪だと思いますが」
「ええ、本当に」
『先に始めてて良いよ!』と言って宴会の終盤でやって来て酒とつまみを食い散らかして独演会を始める上司。とても疲れるやつではないか。
ヴィクトリアは私に同意した後、アランに向き直った。
「アラン、貴方住まいは宿? 借家? 持ち家?」
「えっと…宿です」
「それなら今日は治癒室に泊まって行った方が良いわ。宿だと、深夜に帰って来た仲間に絡まれるだろうし。ここも受付の方は騒がしくなるだろうけど、こっちまでは来ないはずだから」
「…ありがとうございます」
アランはちょっと安心したように表情を緩めた。
「もしかして、あまりお酒は得意ではない方ですか?」
「えっと…飲むこと自体は嫌いじゃないんですが、お酒に強くはないです。で、その、一緒に騒ぐのが難しくて…」
「ああ、なるほどね。それじゃあここの宴会は辛いわね」
ヴィクトリアがしたり顔で頷いた。
どういうことかと視線で問うと、肩を竦められる。
「このギルドの宴会って、まず、功績を挙げたパーティのメンバーにひたすら一気飲みさせるのよ。酔いが回って来ると誰かれ構わず一気コールが掛かってね。騒がしいのが苦手な子とか、お酒自体が苦手な子には拷問以外の何ものでもないわ」
(どこの世界のいつの時代の話だよ)
まさか前時代の遺物的な文化に、こんな所で出くわすとは。
その後アランには治癒室の奥のベッドに移動してもらい、ヴィクトリアと2人で書類整理をしていたのだが──
「…始まったわね」
受付の方から大きな拍手と笑い声が聞こえて来るようになると、ヴィクトリアが目を細めて呟いた。
治癒室にドアは無いため、声が結構ダイレクトに届く。
有り体に言えば、うるさい。
「…これ、いつまで続くんですか?」
「大体夜半過ぎくらいまでかしら…」
アランが治癒室に泊まるので、ヴィクトリアも今夜は治癒室に滞在する事になる。
こっちに酔っ払いが来る事は無いと言っても、この状況が後数時間も続くのは…結構辛いのではないだろうか。
「……」
アランの方を見遣ると、彼は掛布団を頭まで被っていた。
相当暑いと思うのだが、背に腹は代えられないというやつか。
「──よし」
私は息を吐いて立ち上がった。
「クリス?」
見上げて来るヴィクトリアに、笑顔で告げる。
「ちょっと──手っ取り早く、潰して来ます」




