38・殿下、疑惑を解明す
暗号が史実通りだった。いや、完全に同一ではないのだが、大きく変わる事は無い。
暗号解読には機械や数学的なモノを使うのは当然ではあるが、さらに、言語学的なモノも必要となるらしい。
そして、通信文の蓄積から、それらの類似性や多用される語句や数字を割り出していく。そんな根気の要る作業だそうな。
そう言う意味では、外務省や海軍は頻繁に無線を利用しているので通信文の蓄積というのは比較的容易な事だろう。
あとは、地道にそこから数学的な観点から導き出して行く事になる。らしい。
「それでは、少々暗号表を変えた程度では、そもそもの換字手法が同じであれば、ごく短期間で破られてしまう事になる訳だ」
今現在利用されている暗号の手法でいくら頑張っても、そもそもの点で問題がある。この分野に投入されている資金や人員も、やはり米側とは比較にならないだろう。
「暗号の解読や開発に電子計算機を使うというのも考えて良いのではないだろうか?と言っても、相当巨大で巨額になるとは思うが」
そう、この時代の原始的なコンピューターには膨大な数の真空管が使用され、大きさもすごかった。電力消費量も凄ければ、製造から維持に至るまで費用もすごかった。
「計算機でしたら、甲斐型に搭載されているものが利用できるかもしれませんね。これまでの機械式とは比較にならないほど小型でありながら、電子式であるにもかかわらず、真空管を利用していないので信頼性も高く消費電力も少ないと言われております」
なんだそれ?全く聞いていない話なんだが。
「専門的な技術については、技術者たちに任せておりますので・・・」
そう歯切れが悪い説明を受けた。で、そのモノは何だと聞いてみると
「なんでも、鉱石増幅器と呼ばれるものらしく、鉱石ラジオと原理は似ていると説明を受けております」
それってもしかしてトランジスターじゃない?
「それが本当なら画期的な話だ、ぜひともそれを用いた計算機を開発して、暗号解読や政策に利用してほしい。言語学者や数学者も多数必要になるだろう。この際だ、ロシアも巻き込んで共同でやって良いかもしれない」
参謀部での話だけでなく、例の会議でも同じことを提案した。
ただし、全く問題が無いわけではない。すでに1925年には原型となる理論の特許が取られ、1936年から米国で研究が始まっている。ラジオや無線機に使用すれば飛躍的な性能向上は間違いないのだが、米国に答えを教えるようなものだ。それであちらの研究が加速してはたまったものではない。そこをどうするのか、そんな事まで考慮に入れないといけないだろう。
まずは暗号解読用計算機の開発に利用することになった。あの造船所も大々的に利用しようという意思は今のところないらしい。ただ、レーダーへの使用は順次始めていきたいという話を聞いた。
方やそんな話が出る一方で、既存の暗号を用いて敵を罠に嵌める作戦も順調に練られている様だった。
準備にはそれなりの時間を伴うという。
それも手の込んだ話で、暗号の全面改定を行い、その暗号書の配布というごく自然な流れの中に作戦書類を紛れ込ませているという。
暗号を改定したら相手が解読できないのではないかって?
その可能性はゼロではないが、数次にわたる作戦を行い、その中で解読されているか否かを判断するという、半ば博打の様な計画だった。考えたの、博打師じゃない?
さて、まずはフィリピン陥落によって太平洋の西側には危険が無くなった。南方国家が大人しいのもここに理由があるかも知れない。海軍戦力が小さい為、仮に米国と連携したとしても簡単にその戦力は払しょくしてしまう。さらに、南方国家は英連邦の一員として対ドイツ参戦している関係上、本国の防備は必ずしも万全ではない。使用する艦艇にはとうとう日本製の急増艦艇が導入されているような状況で、日本と戦争することは英国を危険にさらすのは間違いないと目に見えて分かるようになった。史実で支援しているはずの米国が医薬品や原材料、食料に限った援助に終始している事も原因だった。
さすがに白豪主義の塊と言えども、宗主国を捨ててまでその同盟国と事を構えるほどの決断は彼らには出来なかった。
確かに、米国は助けてくれるだろう。しかし、経済的には競合関係にある事を考えれば、米国一辺倒になった場合、脱英国の替わりに米国が宗主国になるだけ。そんな戦後が容易に想像できたんだろう。
二か月ほど新暗号による作戦を行ったが、米国は完全に解読している気配はない様だった。
「米国は完全な解読は出来ない様子です。しかし、特定の符丁については既に突き止めている様です。対応がそれを表している兆候が見られています」
そんな報告を受けることになぅた。
さらに二か月たって、とうとう本命の作戦が行われた。
「やはり、解読されている事はほぼ間違いないな」
これまでの作戦は暗号通信の通りに行われている。その為、米国側には疑う余地はまるでなかったことだろう。
しかし、今度の作戦は完全に暗号の裏を掻く行動を行った。
そう、さながら緒戦の作戦を再現したものになっていた。当然、米国は気が付いただろう。
まさに、米側の対応はこちらの目論見通りだった。暗号を信じて行動していた。しかし、それは罠だったのだが。
北方とハワイの同時攻撃。米国はそう受け取って、日本側の勢力から必要な戦力を見積り、送り出してきた。米側にとって、戦艦5隻、空母3隻の痛手を挽回するにはこのチャンスを逃す訳にはいかなかった。もしかしてという疑念が少しはあったとしても、まず、国内からの目線に対処することが目下の課題だった。罠だと警戒して消極姿勢をとって、拠点への空襲が大規模に行われてはたまったモノではない。一般国民は激戦の勝利と思わせても、政府首脳はそうは思わない。これまでの暗号解読が否定され、或いは犠牲を恐れて臆病風を吹かせたと批判されることは間違いなかった。
失点続きの米海軍にとって、ノースカロライナ級に変わる新戦艦の予算を得るためにも、ここで負けることは許されていなかった。
「これで、太平洋から米主力を根こそぎ排除できたか」
俺の受け取った報告書は大戦果だった。日露連合艦隊は罠を仕掛けて飛び込んできた米海軍を文字通りに一網打尽にした。




