36・殿下、戦艦は男の浪漫だと実感す
戦争開始直後にいきなりやらかしてしまった。
しかし、これで終わる訳にはいかない。
あろうことか米国はこの攻撃での戦果を世界に向けて発信している。
「ほう、やってきた日本空母四隻中三隻を沈めた大勝利なのか」
俺が受け取った報告にはそう書かれていた。
「ハッ、更に、真珠湾攻撃の報復として直接東京へ鉄槌を加えるとのことです」
まあ、それはマトモに受け止める必要はないが、サンディエゴから大挙して太平洋艦隊が出撃したのは確からしい。
「艦隊の内訳は、最新鋭戦艦、ノースカロライナ級5隻、ヨークタウン級空母3隻を主力とした陣容です」
ヨークタウン級は史実のそれと変わりはない。ノースカロライナ級戦艦というのは、条約型戦艦であり、史実でいえばアラスカ級大型巡洋艦に当たる性能を有した艦艇の事だ。現在就役している新鋭戦艦全てと、太平洋にある空母を出してきた。
「北へ向かう可能性がある。ロシアにも警戒するように伝えておく様に」
米軍が素直にハワイを経由して太平洋を西進するとは思っていない。そもそも、全喪失ではないものの、真珠湾の備蓄燃料や港湾施設はかなり破壊されている。僅か数日で直せるレベルの破壊ではない。最低でひと月、長ければ三か月は機能しないと試算されているんだ。ならば、ダッチ・ハーバーを利用して北から来る可能性の方が高いのではないだろうか?
しかし、参謀たちはそう考えていないらしい。
「ダッチ・ハーバーにこの大艦隊を収容する余地は無いでしょうし、こちらもそう考えることを読んでいると思われます。あえて、油槽船を引き連れ、ハワイを経由して小笠原諸島沖へと至る。北には揺動として巡洋艦や空母を配置して、わが哨戒圏へ攻撃を仕掛け、釣りだしに来るのではないかと」
なんか、俺の素人考えを真っ向否定しやがった。しかし、そう言われては反論のしようがない。只のゲーマーとこの世界の優秀な参謀では考え方が違うと見るべきなんだろう。
「なるほど、では、ペトロパブロフ・カムチャツへ長門以下、第一戦隊を向かわせよう。第二戦隊にも千島での待機を。第三戦隊の金剛型と第四戦隊の甲斐型は本土で待機、小笠原沖に戦艦部隊が現れた場合に備える」
海軍は任務群を編成できるように、艦隊は寄港地別の編成で、実際には戦隊ごとに自由に動かせるようにしてある。
日本は米国への対抗上、金剛型に変わる新型戦艦、甲斐型を建造したのだが、就役が始まったのは昭和十五(1940)年なので、金剛型は一切退役させていない。それどころか、欧州での緊張が高まった昭和十四(1939)年からドック入りし、史実の第二次改装をより強化した改装工事に入っている。英国はこの改装に対して、要請次第欧州へと期待すらしていた。しかし、英国は派遣要請をしてくることなく終わってしまった。ドイツ海軍に史実のビスマルクが無いんじゃ、日本海軍の応援は必要なかったんだろうな。
そして、甲斐型はアレだ。ガスタービンを採用しているため、船体規模は金剛型に近い225メートルで、排水量は規定を少し超えているが3万4千トン、15万馬力の出力で33ノットを発揮する性能を有している。兵装は既定の通りに36センチ連装4基、8門ではあるが、舷側装甲は330ミリに達し、水平装甲や砲塔なども、対40センチクラスの砲弾を前提に考慮される防御力を与えられている。しかし、見た目では戦艦というより、重巡洋艦のシルエットに近いので簡単に防御力を見抜けるとも思えない。
見た目では金剛型を近代化したに過ぎないのだが、その中身は全く別物と言って良く、瀬戸内の造船所と軍が新たに大分県に新設した工廠で4隻同時建造という贅沢な事をやった結果、たった3年で4隻が就役してしまう事になった。ロシアの存在もあって、今の日本はこのクラスの戦艦を大量に建造できてしまう。史実とは違う贅沢さには唖然としてしまう。
そして、十月半ばにはカムチャツカへの空襲が行われた。
参謀たちの言う様に、空母と重巡洋艦によって構成された艦隊が襲ってきたという。
作戦計画に従ってペトロパブロフ・カムチャツの内陸側に建設された巨大な航空基地から大量の戦闘機を動員し、米艦載機群を蹴散らし、空母に損害を与えて撤退へと追い込んだ。
海軍部隊が追撃していったのだが、結局、霧で有効な射撃機会を得る事が出来ずに途中で引き返してくることになってしまった。
「で、空母の数は?」
「米空母は5隻でしたが、小型のものが混じっているため、正規の戦力は2隻ではないかと思われます」
つまり、戦艦部隊にはエアカバーの一隻のみが随伴し、小笠原へやってきている可能性があるのか。
太平洋での哨戒は参謀たちの計画によって強化されていた。そして、艦隊を発見した。
「場所は、館山より東方600海里、約千キロの海域です」
「館山から東方?それは・・・」
それはまさにアレだ、ドーリットル隊の発進ポイントではないのか?
横須賀で待機していた8隻を主力とした艦隊は即座に出港していった。ガスタービンの甲斐型は本当に即応で、下令30分後には館山沖を通過するところだった。追随できたのはたった4隻、ガスタービン採用の新型駆逐艦のみという状態だった。他の蒸気タービン艦はそこから約1時間遅れでようやく全艦の準備が整い、出撃していった。
「そうか、よくやった!」
次の日、報告を受けたが、当然のように圧倒的な完勝に終わったらしい。
なにせ相手は30センチ砲艦。速力があると言っても、ほぼ同じ規模の船体に10門の30センチ砲を積んでいれば防御力などたかが知れている。欲をかかずに3連装3基9門にしておけばよかったところを、3連装2基、連装2基としたがために、余計に船体防御がおろそかになり、主舷側装甲すら36センチ砲弾が容易く貫いていたようだ。
日本側が8隻を投入した事も大きな要因だろう。随伴していた空母ホーネットは後退時期を逸して随伴した冲鷹(隼鷹型量産艦)の艦載機と飛来した飛行艇の波状攻撃で撃沈。
ノースカロライナ級は会敵した甲斐型と砲戦にはいるが、自慢の長射程砲は実際には長距離では散布界が広くなりすぎ、精度が出る距離まで近づいてしまえば、日本側の餌食にしかならなかったという。結局、2隻が爆沈、2隻が被弾破口からの浸水を食い止められずに転覆、1隻を日本側が鹵獲することに成功したが、使い物になる状態ではないという。結局、途中で曳航を諦めて処分するしかなくなった。
日本側の被害は当初から撃ち合った甲斐型が高角砲や副砲に被害を受け、甲斐、常陸が中破、駿河、近江が小破とされた。金剛型に至っては無傷ではないが、目立った損傷すらない。
真珠湾攻撃と違い、当初からレーダーを起動して索敵し、射撃もレーダー射撃を用いた為だと思われる。駿河に至っては15秒装填を行って故障してしまい3番砲塔が使用不能になったが、15秒装填で6射行った後であったので、そもそも米側には有効な反撃能力が残っていなかったらしい。対抗して20秒装填での10斉射を成し遂げた近江の砲術長は帰港後に駿河の砲術長ともども懲罰処分となった。そりゃあそうだ、砲の駐退機構全交換なんだもん。近江はよく壊れなかったもんだ。駿河と近江はこの修理のために半年ほど戦列を離脱した。




