24・殿下、技術加速に満足す
欧州ではとうとうチョビ髭がラインラント進駐を実行した。
このラインラント進駐に始まるチョビ髭の大穴狙いのギャンブルは、今後二年間有効だった。それで気を良くしてポーランドで大コケしたという訳だ。1939年9月におけるドイツ軍はまだまだ計画に沿った軍備の整備途上であり、本格的な戦争に打って出るには不安な状態だった。
そのため、チョビ髭たちは限定戦争を意図していたのだが、第一次大戦同様に、そんな思惑は大外れして大規模戦争へと至ってしまう。それでも一応、ポーランド侵攻後に平穏な時間があったのは、どこの国も戦争すると言いながら、準備が整っていなかったからだ。
さて、俺はチョビ髭が動き出したことであの鋼の粛清者がロシアへ攻め込むのではないかと警戒した。史実ではもう少ししたら満州近辺で日ソの衝突が起こるのだから。
そんな事もあって現状の日露軍の兵器について一度詳しく見回して見ると、やはりと言うか、技術加速が起きていた。
俺が参加した内蒙古での作戦において、三年式自動歩兵銃が大活躍している。
史実におけるBARと言えば、分隊支援火器の走りと言われていたが、三年式もまさにその様に使われている。
ただ、そこはお国柄だろうか、BARの後、欧米では機関銃火力が強化され、かの有名なミニミが登場しているが、21世紀に入って米海兵隊で変わった動きが起きている。
それまで分隊支援と言えばミニミだったのだが、海兵隊では精密射撃に特化した銃身強化型の突撃銃が配備されるようになった。
というのも、アフガンでは他の兵と違うミニミを持つ兵が重点的に狙撃対象とされ、火力支援に影響が出る事態が起きた事。そして、ミニミによるバラマキが期待するほどの効果を上げていない事。それが問題視されるようになった。
そのため、他の兵士と同じ突撃銃型で銃身を肉厚にして連続射撃に耐えるよう強化したモノを火力支援要員へと配備してその評価が行われた。
結果、それまでのバラマキではなく、重点的に必要な地点に射撃を加えることで、十分な効果を発揮すると結論付けられ、部隊の標準装備として配備されるようになった。
ただ、海兵隊がそうだからと言って、陸軍にまでそれが広まったかと言うと、そうではない。陸軍ではこれまで通りの火力支援を評価しており、少数弾で拠点を制圧する射撃だけでは不満足だとして、編成に変更を加えていない。
さて、そんな未来の話をしたのは何故かというと、同じことが内蒙古で起きたからだ。
内蒙古の作戦において、装甲部隊による電撃戦と歩兵部隊による浸透戦術が行われたのだが、日本軍は三年式によって銃座や指揮官と言った拠点に対する制圧射撃を実施する戦法を採った。日本軍の評価としては、非常に好評だったのだが、同じ装備を持ったロシア軍では違った。
三年式自動歩兵銃はいわば、突撃銃の走りであって、BARと比べて非常に軽い。もともと機関銃として使用する前提で作られてはいなかった。
そのため、ロシア軍の場合は、従来の軽機関銃による面制圧を行いながら三年式を重点配備された突撃隊が敵の陣地へと進攻し、その火力を開放するという戦い方を行っている。
が、その場合、三年式を軽機関銃同然の使い方をするので、焼き付きや故障が頻発することになった。酷いと一回の作戦で銃を廃棄するようなダメージを受けるほどだった。その為、ロシア軍での三年式の評価は非常に低かった。
その結果、ロシアは三年式自動歩兵銃に変わる新型を開発する方針を打ち出す。当然、開発元である日本にも声をかけて来た訳だ。
そこで出されたコンセプトが、まさに肉厚銃身で突撃部隊の制圧射撃を満足させる軽量な機関銃と歩兵が携行する肉薄な歩兵銃を同じ構造の銃から作り出すというモノだった。うん、AKとRPKやんそれ。
日本の場合、三年式で満足していたのだが、たしかに、歩兵銃としての銃身では支援射撃に不安があるのも確かだった。なにせ、銃身肉厚に起因する不具合は報告されていた。
そのため、日本側もロシアの提案に乗って新型銃を開発することにした。
三年式自動歩兵銃の外観は既に後のアサルトライフルのそれに近く、大きく弄る必要は無いと思われた。
が、ロシア側が出してきたのは完全新規の設計案だった。まんまAKである。
しかし、日本側はその試作品の命中精度にまるで納得できず、更なる改善を施していく。四五式実包は反動が少なく弾道特性に優れ、威力もあった。その弾薬を使いながら、三年式より命中精度が劣るなどあり得ない話だった。
結果、一時は日露で別に開発する話が出るところまで拗れたが、何とか双方が折り合いをつけ、AKというより現世の89式小銃に近い外観をした歩兵銃が誕生することになった。その銃に肉厚銃身と二脚を装備した機関銃型が作られたのだが、軽量二脚で銃身長も歩兵銃型から多少しか伸びていないので、どう見ても機関銃型が89式小銃に見えて仕方がない。
というのも、AKやMP43は鉄薬莢を使用しており、製造の容易性や焼き付き防止のために薬莢自体がテーパー形状になっている。その為、弾倉もバナナ型になるのだが、四五式実包は真鍮製薬莢のためNATO弾と同様な形状をしているので、弾倉もSTANG弾倉に似た形状となっている。
軽機関銃が歩兵銃と同じ形状というのも、実は現世の海兵隊と同じく、機関銃手が狙撃兵に狙われるから、誰が支援要員か見分けにくくするためだったりする。弾倉が同じなのは、当然ながら互換性の為だ。
こうして、ソ連より25年、米海兵隊より70年近くも早く、戦術を先取りした装備が制式化されることになった。この世界では10kgにも達する九六式軽機関銃に当たる銃器は、モンドラゴンをベースにした三年式軽機関銃として20年早く実現していた。その為、名前が同じ九六式軽機関銃だが、まるで中身が異なる。ちなみに重量は歩兵銃が4kg、軽機関銃に至っては5kgでしかない。マンマAKとRPK然とした組み合わせだよ。外観は89式小銃だけど。




