028 《物語終結》
お待たせしました。
新人賞用に改稿していて、ようやく形になりました。
……が!
コピペしたらルビが外れてしまいました。
ただもはや直す気力は自分になく、申し訳ないのですが当分このままです(なろうのルビ振り仕様って正直面倒くさいんですよね。ちなみにボクは一太郎ユーザーです)。
原稿の方は全改稿ということで、これまでなろうに投稿してきた三節分と繋がりが悪い部分があります(もはや繋がってない部分もあるのかな……)。
お待たせしておいてあれですが、気力と寛容な心をお持ちの方は読んでみてください。
長くなりましたが、以上前置きでした。
「まさかお前に看病される日が来ようとは、驚天動地とはまさにこのこと――っ!」
「わたしが先輩を看病することって、そんな悔しがるようなことでしょうか……」
ああ、そりゃ悔しいとも。未熟と言っていた後輩にこの歳になって――
「はい、あーん」
「……あーんとかいちいち言わなくていいんですけど」
「はいはい小さい子みたいなこと言ってないで。あ、ちゃんと30回は噛んでくださいね」
30回も噛んでられるかよノロマ!……と罵ってやりたいが、この身体の状態ではそれはできない。一人でトイレに行くことすらやっとという状況では――
「どこで要らない不服を買って、お前に殺されるか分からないからな……」
「……失礼ですね。可愛い後輩にこんなに面倒を見てもらえる人、そういませんよ」
食事を作ってもらい、食べさせてもらい、その他にも洗濯、掃除、ゴミ出し、シャワーを浴びるのも困難なのでタオルで拭いてもらう等々、オレは感謝ことすれど恨み嫌う節などまったくないのだ。しかしあまりに甲斐甲斐しく面倒を見てくるので……。
「もはや母親だな、マザー。母性後輩だ」
「母性後輩って……そこはお嫁さんとかにしてくださいよ」
「ハニー、新婚旅行はどこがいい?」
「は、ハニー!? 新婚旅行って突然そんな……えっと、綺麗な海が見える場所とか……」
「おいおい、なに本気で考えてん――痛ったあああああああああああ、オレ病人だぞ!?」
「病人? どこですか? わたし今からお掃除しなくちゃいけないんですけど」
まさかオレの事を暗にゴミだとか言ってないよな? お掃除の対象とかじゃないよな?
「冗談ですよ。ただの戯言です。わたし、先輩のこと尊敬していますし」
「……ならなぜ、さっき片手間のようにオレの鳩尾にエルボーを叩きこんだのか……」
コイツの反撃は案外、先日あったあの魔族の男との戦いよりも恐ろしいかもしれない。
オレは一時的かつ限定的に【ヤツ】を解放、見事に勝利を収めたわけだが、もともと無理がたたってはいたせいもあり、今ではこうしてベッドでの生活を余儀なくされている。
彼女を守るためだったとはいえ、彼女がいなくてはこの家で孤独死していたのかも。
「あ、それと奪われていた【聖剣】たちは、全て生徒に返還されたそうです。魔族と内通していたテレス・ギリアスも拘束され審問官に連行されました」
レインがつらつらと報告をする。まだ多くの生徒は一件を知らないようだが、徐々に噂にはなってきているらしい。
「魔族との内通者がいたという事実。学園長からしてみれば、すぐにでも教師および生徒、関係者の審査を行いところでしょうね」
「ただうちは課題で外に出て不在のヤツも多いからなぁ」
「ええ、変人奇人も多いですし、1日2日での全員招集は難しいでしょう……」
ひとまずオレたちが睨んでいた裏取引は、魔族たちに渡りきる前に打破することができた。生け捕りにはできなかったが逃さなかっただけ結果良しだろう。
「あの魔族は、儀式云々言ってましたが、神様ってそんなに悪いものなんでしょうか?」
「経験則で言えば、少なくとも良い神様なんてのはいない。神話にほだされるなよ」
やつらは基本存在するだけで脅威となる。お伽噺のような恩恵などもたらさない。
「そうですか……」
魔族との一件以来、レインは【神】について尋ねることが増えた。ただなぜ訊く?と聞き返すことはできなかった。そもそもとしてオレが大きな隠し事をしているからだ。
あの魔族を屠った一連を、彼女は見ている。あれは聖剣の力でなかったことぐらいきっと勘づいているはず。それを気を遣って触れてこないのでこちらからも問いかけにくい。
(だけどコイツになら、全てを打ち明けてもいいのかもな――)
※
◆side : Rain Ravens.
『少女よ、その男に騙されるな』
グレイ先輩に討ち取られた魔族が最期に遺した言葉。
それが今なお脳裏に焼き付いている。あのとき先輩は半ば意識を失い欠けだったので、この警告とおぼしき言葉が聞こえてはいなかったようだけれど。わたしはずっとモヤモヤ思考してしまっていた。
(分かっている。先輩にはまだ隠された【秘密】があるって)
人間誰しも秘密の1つや2つはあるものだ。わたしにだってある。しかし先輩のソレはどうも並の秘め事ではないような気がする。呼び方としてはもはや秘密というより【禁忌】の方が正しいかもしれない(と勝手に思っている)。
以前から疑ってはいた。それが先日の一件、あの【一撃】や【遺言】を垣間見たことで確信に変わり始めている。
「……軽く掃除でもしますか」
危険思考に陥りそうな感じがして、それにベッドに入っても眠れない日々が続いてもいて、もうすぐ深夜になろうというのに、気持ちを紛らわすために部屋の片付けをすることにした。
1階では先輩が寝ているので、今回は未だ手をつけられていない2階に行くことにした。
療養中の彼を起こしてしまっては申し訳ないので、気配や足音をこれでもかと消して移動、物音一つ立てずに移動していく。傍から見れば腕利きの泥棒のようだ。
(あ、そういえば、2階の一番奥の部屋は絶対に近づくなって言われてましたね……)
ここに転居する際、先輩に立入禁止を命じられた箇所が1つある。ただそれを思い出したのは実際にその部屋の前に来てしまってからだ。ドアノブにこれでもかと【鍵】が掛けられている扉、絶対に入るなという意思表示の表れが、その命令を呼び起こさせた。
(……でも全部開けられている?)
ダイヤルやら南京錠やら、施された【鍵】は全て破壊されていた。まるで部屋の主が鍵を全てなくしてしまい、強引に入りざるをえなかったような雰囲気だ。
(! まさか本当に泥棒とか……!?)
合理的かつ論理的にこの状況を考えてみると、誰かが盗みに入ったという線が一番濃厚ではないだろうか? これだけの施錠だ、宝の1つや2つあると思われたのかも。
わたしは来た時以上に気配を消し、一旦部屋に戻った。それから自分の聖剣を腰にさし、再びあの部屋へと向かう。もし誰かいるのなら今はわたしが対処するしかない。
そしてゆっくりと、軋音を立てながら慎重に扉を開けた。
「だ、誰かいるんですかー……?」
馬鹿正直に尋ねても返答はない。盗人ではなく幽霊やお化けの類だったらどうしようと身を震わせつつ、いつでも剣を抜ける状態で部屋の中へ進んでいく。
「なんだか寒い部屋ですね……冷房がついている? ん? これ――」
結論から言えばそこには誰もいなかった。
しかしそれ以上に恐ろしく、衝撃的なモノをわたしは発見してしまった。
「し、死体……!?」
狭い部屋には横長の大きなカバンがいくつもあった。半開きだったら1つを覗いてみると男の【死体】が収納されていたのだ。異常に真っ白な肌で、腐らないよう冷却冷凍されているらしかった。いや今考えるべきはそこではなくて――
「じゃ、じゃあ……!」
閉じられていたカバンを片っ端から開けていく、するとその全てに【死体】が入っていた。性別年齢は関係なく、様々な人間の亡骸が氷のように敷き詰められているのだ。
「なんですか、これ……あ」
数ある死体の1つに、わたしは見覚えがあった。学園初日、1年生に絡んでいた不良たちのリーダー格、短い金髪で【細剣】使いだった学園生……。
「どうして行方不明のあの人……いや、死体となってこの建物にい――」
「あーあ。見られちゃった」
ハッとした。その冷めた声に身の毛がよだった。
この部屋にいるのはもう――わたしだけではなかったのだ。
声のした方にゆっくりと、できる限り心を落ち着けて振り返る。
「あなたは……」
そこには銀髪の、先輩が言うところのギリギリでロリだという少女がいた。わたしが初めてここを訪ねる際に偶然出会い、道案内をしてくれた子でもある。確か同居人の……。
「グレイには、ここに近くづくなって言われていたんでしょう? まったく呆れちゃうね」
無表情で、無感情で、機械的に彼女は喋る。
「な、なぜ、こんなにも遺体が……」
「なぜって、これがワタシの【食料】だから。いかんせんワタシは人間ではないのでね、お菓子だけ食べていれば良いってものでもないのさ」
なにを言っているんだこの少女は。
ただわたしのそんな疑惑を感じ取ったのだろうか、少女は近くにあった遺体の心臓に、自らの手を突っ込んだ。そしてまるでエナジードレインでもしたように、数秒後には綺麗に残っていた肉も骨も塵となって消えてしまう。
「まるでもなにも、これはエナジードレインさ。ワタシは分解することが本業だけれど、真逆の吸収もそれなりにできるんだ。どうだ凄いだろう? 褒めていいよ?」
わたしは恐怖した。死んでいるとはいえ人を一瞬にして塵に変えられてしまったのだ。
グレイ先輩を呼ぶべきだ、助けてもらうべきだ、すぐにでも叫ぼうとしたが、1つ違和感に直面する。そういえばこの少女、さっきグレイに言われていたでしょ……って。
「まったくまったく、グレイの管理は杜撰だよ。ああ、死体の保存についてではなく、アナタのことだよ? 彼女は約束を破らないから大丈夫だとか言って、結局ここへの入居を許してさ、ただ実際にはこうして約束は反故にされた。甘々な管理だよホント、お仕置きものだ」
恐怖と共に、頭の隅では疑惑がより大きなものとなっていく。魔族の『騙されるな』という言葉、それはハッタリではなく、本当に意味のあったものではないのか――と。
少女とグレイ先輩はグルだ。でもなにか事情があるんだ。ここは信じるべきだ。
でもこの死体の山はなんだ? 先輩が殺したのか? そもそも食料とするこの少女は?
「でももう見られちゃったなら仕方ないね。アナタもここで――」
突如、少女の手に剣が現れる。
【十字架】をそのまま巨大化させたかのようなソレは、暗闇の中で鋭利に輝き、わたしにかつてない恐怖を抱かせた。本能が逃げろと訴えかけた。
(一歩でも前に出れば殺される――!)
少女はゆっくりと足を踏み出す。わたしは比例するようにジワジワと後退、板で塞がれた窓の所まで来てしまった。学園長の時の比ではない。なんだこの威圧感は。
戦うことは――できなかった。
「……っ!」
聖剣を抜き、後方の壁を破壊する。聖力を全力で込めただけあって大きな破壊音を生んだ。それからスリッパも脱げ、裸足のまま外へと身を投げる。戦ってはいけない。一刻も早く剣を抜いたこの少女から逃げなくてはいけないと、脱兎の如く森を走って逃げた。
走って、走って、走って、走って、走って、走って、走って、走って。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
どれぐらいの距離を疾走しただろう。未だ暗い森の中にわたしはいたが、しかし恐る恐る後方を向くと、そこには誰もいない。追ってはない。つまり逃げ切れた――ということ。
「でもあの子と、あの部屋は一体……」
肩で息をしながら、近くにあった木へともたれ掛かる。冷静に整理をしようと試みるが、幾つもの謎や疲労、衝撃などもあって上手く頭が働かない。
「それにあの女の子が持っていた剣……」
凄まじい、と言う他ない。
もはや名剣だとか業物だとか、そういう人の枠組みの中で語れるような代物ではなかった。しかし見覚えがない――というわけでもないのだ。
魔族の男をグレイ先輩が追い詰めたあの時、意識を失う前に放った一撃、その際に握られていた光の集合体――あれもまた【十字】の形を成していたのだ。
「分からない。全然分かりません……!」
恐怖もあれば、怒りもあった。
全てを話してくれない先輩に対しての憤りだ。
わたしが見た光景は普通ではない。異常だ。なぜ一介の学生が【死体】を集め、あまつさえ彼女の言うことが正しいのなら食料とするのか。
分からない分からない分からない分からない。
「わたし、どうすれば――」
このままあの建物に戻って先輩に話を訊く? 正直に喋ってくれるのか? それよりもわたしもまた部屋にあった【死体】の1つとされるのでは? 殺されて――しまうのでは?
「せ、先輩は人殺しなんてしない。きっと……でも……」
彼を信じている。いや信じたい。いいや信じなくてはいけない。
でも今、信じられない。
「――あれ、レイン?」
こんな暗い深淵のような場所には不釣り合いな、快活な少女の声が響く。座って塞ぎ込む自分に、彼女は少し早足で寄ってきた。わたしは彼女が誰か知っている。
「え、エレミーさん……?」
「いやはやこんばんはだね。散歩中だったんだけど……こんな夜中にどしたん?」
駆け寄ってきたのは同じクラスであり、隣席であり、友達であるエレミー・ルークスだった。彼女は教室にいる時と同じように隣に腰を下ろし、わたしの頭をそっと撫でた。
「噂の先輩と喧嘩でもした? でも女の子がこんな場所でウロウロするのは良くないぞ」
「エレミーさんだって……」
「私はいいのよ。わ・た・し・は。で、話があるなら聞くけど?」
様子がおかしいとすぐに察した彼女は、スッと懐に入り込むように話を切り出す(この場合は話を聞き出すかもしれない)。
わたしは迷ったが、エレミーさんは喋れる範囲で良いよと言った。
少しでも言葉に出せば楽になったり、整理がつきやすいそうだ。
それからわたしは、ついさっきのことだけでなく、これまで疑心であった事を含め【本音】を語った。もちろん全てを明かしたわけではない。それでも一番仲の良いの友達である彼女には、必要以上に明かしてしまったような気がする。
「そうかそうかー、それは大変だったねー」
ウンウンと頷くエレミーさん。本当にそう思っているのかは定かではないけれど、誰かに喋れば気が楽になるという話は本当だったようだ。
「でもさ、レインにだって秘密の1つや2つはあるでしょう?」
「それは他人に言って恥ずかしいことはありますよ。でも先輩の秘密はもっと――」
「同じだよ。レインにだって自分が気づいていないだけで、とても重大な【秘密】がある」
「重大……な……あれ……?」
どうしてだろう。意識がボヤけていく。走りすぎて眠くなってしまったのだろうか。
「あぁ、それは【魔法】のせいだよ」
落ち行く意識に倣って頭を垂れる、するとエレミーさんの手には黒くて怪しい短剣――【魔剣】のようなものが握られていた。どういうことだとまた混乱する。
例えどういうことであっても意識を失ってはマズイと自らの聖剣に手を掛けるが、
「無駄だよ。聖剣は起動しない。わたしの魔剣は【精神】に干渉する力を有するからね。対象にある程度心を開いてもらうことが【条件】だから、使い勝手は良くないけど――」
この魔法に掛かれば最後、聖剣は殺されたも同様――と彼女は言う。
「そうだよ。私が『聖剣殺し』なんだ」
いつもの明るい笑みを浮かべる彼女は、何でもない事のようにそう言った。
こうして戦闘力を奪い、これまで聖剣を奪ってきたとも。
「もちろんまだ仲間もいるんだけど、どうにも行方不明でな。もう殺されているのかもしれないけれど」
「なん……で……わたし……たち……」
「ん? 『友達』でしょうって? それはレインの勘違いだよ。私は最初から『トモダチ』って言ってたんだけどなぁ。文面上じゃないと分からない? ただカタコトになっただけ? 低レベルな引っかけ? ふふふ、文句を今更言っても意味ないけどね」
詐欺師と一緒に住んでいたのに、彼から何も学ばなかったんだねと彼女は言う。
「騙される方が悪いんだよ。レイン・レイブンズ」
※
深い眠りにつく意識を現実へと戻したのは、とある轟音だった。
破砕音とも呼ぶべきソレは俺が仰臥する真上からした。
つまり2階のどこからかというわけだ。
「こんな夜中に、一体なんの音だ……」
「グレイ」
なんとか上半身を起こしたところで、すぐ隣には棒読み無表情の少女がいた。
てっきりコイツが2階で問題行動を取ったのかと思ったが――
「まぁ半分くらいはワタシのせいなんだけどね」
「……どういうことだ?」
「あのお嬢さんに【部屋】を見られたよ」
「なんだと!?」
あれほど近づくなと念を押した。彼女は約束を破るような人間ではない。それに万が一興味本位で扉の前にまで行っても、あれだけ厳重に施錠してあれば……。
「鍵の持ち主であるグレイがずっと寝ていたからね。ではワタシはその間どうやって密室にある食料を得れば良いのか。そこでワタシは仕方なく、強引だが鍵を破壊し――」
「お前が壊したのか!?」
「そうだよ。それでそのまま放置していたらあのお嬢さんが入ってしまったというわけだ」
……なんだよそれは。ただコイツとて衰弱で伏せる俺をわざわざ起こすのは躊躇われたのかもしれない。俺が鍵を事前に渡しておけば済んだ話だ。
「日中は見張っていたけれど、夜中にちょっと席を外したら入られていた。まったく、あの子は潜りの才能があるね。詐欺師と窃盗師、良い組み合わせじゃあないか」
本当に良い組み合わせはワタシとだけれど、と彼女は言う。自慢することじゃない。
「それとだね。あのお嬢さんに以前からシンパシー的なものを感じていたわけだけど」
「気がかりがあるんだったな?」
「うん。でも断言する、今は間違いなくシンパシーを感じているって。どうやら彼女――【神性】を宿しているようだ」
「――!」
「ただ完璧な【神格】を成してはいない。ハーフ、と呼ぶべきだろうね」
彼女が感じる限り、レインは【人間】と【神様】の混血種の可能性が高いという。
師匠から話程度では聞いていたが、実在するとはこの俺ですら考えていなかったことだ。
「状態としては、融合したワタシたちよりよか、若干神には遠い存在だろうけどね」
「確かにアイツは幼少期の記憶が一切なかったが……でもそれが仮に事実だったとして、どうしてお前はそれが今になって分かった? これまでどうして気づけなかった?」
それなりの期間同居していた。しかし建物を破壊して外に飛び出し、この場にいない状況となってソレが判明するとは、一体どういうプロセスを経たというのか。
「あの子ね、外に飛び出す時に【ネックレス】を落としていったんだ」
勢い余って、繋いでいた金具の一部が外れてしまったらしい。
落とし物として彼女は拾ったモノを、オレに見せてくれるが――
「もう分かるよね。コレは【封具】だ。くしくもワタシと同じ【十字】を模していて、更に性能も強力強力、携帯すれば大抵の【神性】は封じ込まれるだろう……って、聞いてる?」
オーライ。
レインの力が、肌身離さずだったそのアイテムに抑えられていたのは理解した。
離れた今だかこそレインの生い立ちにも近づいた。しかし俺が一番注目すべきは――
「その【封具】……師匠のものだ」
「む。どういうことだい?」
レインのソレを目にしたのは初めてだったが、しかしまったく同じものを知っている。 形状、規格、性能、用途、ノア・アークスが【錬金】して作り出したアイテムだこれは。
「ほぼ毎日【錬金】の様子を見てたからな、師匠の作ったものはすぐ分かる」
「ますます奇妙、ではグレイの師は、あのお嬢さんと【過去】に接点を持つわけだ」
なにか運命めいたものすら感じるね、と彼女はのっぺらな声音で台詞を吐く。
しかしこれらのことは、あくまで【仮定】にすぎない。
実際に事実と【確定】するには調査や検査が必要だろう。
第一に話の中心人物であるレインは今どこに――
「レインに【神性】を感じているんだろう? 居場所を特定できないのか?」
「もちろんできるよ。寸分狂わず特定可能さ。だけど――ちょっと大変な事になりそうだ」
彼女がぼやいた直後、身体にとてつもない【圧】が掛かる。
誰かに押さえつけられたとか、気怠いせいなどではなく、まるで神がすぐ近くに降臨してしまった気配を感じて――
「クロス!」
「やれやれ。どうやらあのハーフ娘で良からぬ事をしようとする輩がいるようだ」
久しぶりに呼んだ彼女の名、クロスは姿を霧のように消し俺の身体へと入っていく。
まだ蓄積した疲労やダメージは抜けていない。剣を振るどころか動くのさえシンドイが、
「けどたった1人の後輩なんでな、助けないわけにもいかないだろ……!」
またも【対価】を払う。周りが使う【聖力】とは別種の力、【神力】が今のオレには必要だ。ただ全くと回復していない現状、代わりとなるのは自分の【生命力】だ。それは血液であったり、体力であったり、寿命であったり、自分の【未来】を削って力を得る。
『やっぱり【死体】を喰らう1000倍は良いね』
なにが1000倍だよ。流石にそこまで効率よくはないだろうに。
「クロス、俺をレインの元に連れて行け――!」
クロスの索敵に従い、現在地より更に北方へ。
駆ける最中に学園長に連絡を取ろうとしたが【端末】を家に置いてきてしまった。校舎から遠く離れていくので、もう応援は望めないが、しかし別視点で見れば、森へ来たことで自分以外への被害は最小限に抑えられているとも言える。
「――おやおや、あの時の少年ではありませんか」
レインのものらしい力の奔流、その源に到着したが、出迎えたのは可愛い後輩ではなかった。あのカーチェイスの末、確かに殺したはずの魔族の男がそこにいた。
「まぁレインが焔で分身を作れるからな、ただ手応えはあったはずなんだけど」
「いや仰る通りですよ。私の本体は間違いなく死んでいる。殺されている。だから貴方がいま相対する私はあくまで残像思念というか、残滓というか、搾りカスにすぎません」
死に際に【魔法】で分身まがいのものを生み出したらしい。
しかし死してなおそれは動き、十分な役割を果たしたと男は言う。
「あの日、あなたと共にいた少女に【違和感】を得た。ただの人間ではない、と。ただしナニカが抑止力となって本質までは垣間見えない。あなたはもう意識もあやふやだったので聞こえてなかったのでしょうが、私は死に際、彼女の【精神】を揺らす言葉を投げた」
炎使いと焔使い、男は技術的にも経験的にも卓越していただけあって、あの間に様々なことを見い出した。そして放った分身を連絡役として、他の仲間に伝えた。
「――で、その仲間ってのがソコに隠れてる1年坊ってわけか」
この場にいるのは魔族の男と自分だけではない。
「あれれ、バレていましたか」
赤みがかった髪を持つ少女、よくレインの話に出てきたので知っている。まさか魔族だとは考えていなかったが、どうやら魔の手は最初からすぐ傍にあったらしい。
「バレていたとも。そしてアンタが学園に潜む、最後の魔族だってこともな」
「……へえ、面白いことを言いますね。根拠を伺ってもよろしいですか?」
「なに、ただアンタらの仲間を捕まえて、少し拷問しただけのこと」
「……何人か失踪、連絡が取れなくなってましたが、そうですか、あなたの仕業でしたか」
彼女の他に魔族は2人、いずれも生徒に扮して学園生活を送っていた。
そのうち1人はみなも記憶に新しいと思うが、あの学園初日に目立っていたあの金髪ヤンキー、オレが数日後に殺した男である。アイツは【細剣】使いでもなんでもなく、懐に【短刀】型の【魔剣】を仕込んでいた。活発化する夜に目を光らせれば、すぐクロスが発見したよ。
「ただ仲間の名前までは口にしなかった。ちまちま探してたらこの有様だよ」
あーあ、もっと早く殺せていたらなぁ……っと、これはクロスの思考だ。
「そもそも教師の中に内通者がいたんだ。入学試験や編入試験に介入されている可能性は十分ありうる。まったく、学園長には馬車馬の如く働かされたよ」
部屋にあった死体は、確かに全てオレが殺したものである。しかしソレは暗躍する魔族であったり、大罪を犯した人間であったり、自分が冷徹な殺人者であることは認めるが、シリアルキラーなどと一緒にしないで欲しい。
「もう御託はいいだろ。レインを返せ。魔法で姿を隠しても、力までは隠せない」
「御託とは心外だ。時間稼ぎと呼んでくれ。ただあの日の戦い、私を断ったあの【一刀】から、少年がただ者でないことは理解している。だがもはやそれも――」
それ以上は言わせない。
丸腰であった自分、そのまま空の右手を振りかざす。そのまばたきの間に光が集約し【一刀】となって放たれた。魔族の男、その残骸は今度こそ消えた。
「……お見事ですね。学園最下位だとは思えません」
「お褒めにあずかり光栄だ」
「私は信じませんでしたが、もしかしたらレインの言う通り、本当に『円卓十二席』に匹敵しうる実力があったのかもしれません。彼らは強い。私は以前【四席】に魔剣で干渉したことがあるのですが、情けないことに気絶してしまいまして」
いやはやみっともない事をしましたと彼女は言う。その時はレインが傍にいたが、バカ正直だけあって【四席】の圧にやられてしまったと勘違いしたらしいが。
1年……いやこの魔族の女は、独自にグレイ・ロズウェルについて調査をしたようだが、終ぞオレが何者であるかは分からなかったらしい。結局はそれなりの実力を隠していた、面倒くさがりやの男と把握している節があった。
「ま、少しでも油断してくれるなら、そりゃ僥倖――」
実体のない光の剣を振りかざす。
「――っ」
目を見張る少女、だが寸でで反応されて片腕しかもげなかった。
どうやら右手の【魔剣】は攻撃に特化しているわけではないらしい。儀式系特化か?
「イタタ……容赦なしですか、でも――こちらも儀式は終わりました」
女の真横、何もなかった空間に一本の縦線が入る。まるで剣で一刀両断されたかのような美しい一直線だ。そして何もない場所から――彼女は顕れた。
これまでの話に【神】という存在が幾度と語られたが、実在する彼らは一体どのような容姿・格好なのだろう? 現世に姿を示す大体のものは【邪神】であるが、しかし【邪】だからといって一概に見た目も禍々しいわけではない(もちろん禍々しいのもいる)。男神であれば精悍、女神であれば凜とした、これまで自分が見てきたのはみな美男美女であった。神にも性別や趣向があり、顕現した姿にもそれ相応の特徴があるというものだ。
「――わたしの父は【邪神】だった」
自分を神だと気づいた彼女は、眠っていた、封じられていた過去をつらつら語る。
「――わたしの母は【人間】だった」
纏ったその【神聖機武装】は神々しい蒼白色。これまで見てきたどんな鎧よりも美しい。
「――ではわたしは、一体何者なのだろうか」
握られた聖剣……いいや、【神剣】にまで昇華した得物を手に、彼女は自問自答する。
「よぉレイン。たった小一時間で随分と変わり果てたもんだ」
「……レイン? ああ、わたしがレインか。貴様は……誰だ、誰だろう? 誰なんだ?」
記憶の混濁、うつろな目をする彼女は問いかけをするようで、オレを一切見ていない。
「……コイツになにをした?」
「なにをと言われても、潜在的に……いえ意図的に【神力】を奥底に封じられていたのは報告で分かっていましたから。私の魔剣を使って精神を本来の形へ戻して上げたんです。後は儀式の準備等々、もともとは儀式失敗でこの都を破壊するつもりでしたが、良い手駒を手に入れた者です。彼女を操って――この――まち――を?
魔族の女は言葉を途中で噤む。それは真横にいたレインが剣を振るったから。
転がる生首に、友人と呼んでいたソレに、斬った彼女はなにも感じない。ただ近くにあったから殺しただけという印象を受ける。
(バカが。その程度の魔剣で今のレインの精神支配なんかできるわけないだろうに……!)
だが結局このラスボスを誕生させただけで、魔族らの目的は成就したのだろう。
放置すれば都の1つや2つ余裕で陥落する。
「――あぁ、むなしい。もっと破壊して、もっと破砕して、もっと破天しなければ」
爆発――否、彼女の保有する【神力】が一気に開放されたのだ。
蒼白い粒子が無限大多数と表現するしかない量で吹き荒れる。
これが半神半人だ? ほとんど神と同質だぞ!
『狂化状態にすることで限界を外しているね。その分剣技は甘くなるだろうけど――』
小技が多少緩くなったところで、今のレインには並大抵の剣は届かない。どうしたら彼女を元の状態に戻せるかの前に――本気を出して、オレはようやく対等になれるかどうか。
「一応訊くけどさレイン。剣を降ろして、大人しく家に帰るって選択はないか?」
彼女は無言だった。無言で剣を構えるだけだった――次はお前だ、と。
数日前に剣嘩をふっかけられた事を思い出す。
もうレインと真剣勝負をすることはないと思っていたのに。
「しゃあねぇな」
空の両手を前に突き出す。コイツを戻す方法は分からない。でも目の間に神まがいの――いいや、世に仇成す【邪神】がいるのならば、オレがとるべき行動は決まっている。
「全能を殺す唯一の剣」
最強の意味を探している。我が師のような強さを求めている。
「幾星霜、幾歳生ける神を、聖剣を、魔剣を、神剣を、その全てをオレは殺す」
オレは幸か不幸かこの力を得たけれど、それで最も強くなったなどと傲る気はない。
「契約だ。グレイ・ロズウェルの名のもとに――」
いつの間にか、オレの隣には銀髪の少女がいた。こんな状況になっても無表情は相変わらず、戦闘特化だとか言ってレインの洗脳も解けないと、ぶっ殺すしかないと言う彼女。
「神聖機武装、起動――来い! クロス・ヘル・ヘブン・ゲート!」
少女の形をしたナニカがミクロ単位にまで分解され、オレに纏わりつく。光の集合体でしか顕れなかった【十字剣】は実体を持ってこの手に握られ、身体には黒と銀を織り交ぜた鎧が展開されていく。
クロス・ヘル・ヘブン・ゲート。
この世界でその女神の名を知らない者はいない。文字通り【天国】と【地獄】に君臨せし神柱であり、逸話は伝説となって語り語られる絶対無比の戦女神。オレは彼女と半年以上前に遭遇し、そして戦った。劣勢に劣勢だった。ただ当時の【聖剣】に備わった禁則機能に命を賭すことで、どうにか相打ちに持っていけたのだ。
だからオレは、オレたちは一度死んでいる。
しかし【契約】をすることで、混じり交じわることで、1つの生命として生き延びた。
「もしかしたらこの日この時のために、オレは十死に一生を得たのかもな……」
兜の隙間から【敵】を見据える。彼女は兜を被らないがそれは自信の表れなのだろうか、素で必要がないと思われているのだろうか、お互い臨戦態勢でにらみ合う。
「――かつて、わたしの父を殺した女剣士がいた。彼女は自らを『邪神殺し』と名乗った。しかし幼きわたしを殺すことは躊躇った、近い未来仇討ちをされるやもしれんのに」
「だから【封具】をもたすことで、記憶と力を封じたってとこか」
「然り。だがわたしはこうして【意識】を一応に取り戻した。後は我が系譜に従い、破壊と殺戮を繰り返すことで本懐と本領を取り戻す。人間性を排除し、完全なる姿へ至る」
オレはようやく『アーサーズ聖剣学園に通いなさい』と遺した師の言葉を理解した。
やはり思った通り、師はオレに青春を送ってくれなどと考えていなかったのだ。
ただ――自分が唯一残してしまった者、レイン・レインブンズの事を頼んだと、弟子に託したのだ。
「そういうことだよな。そういう意味なんだよな師匠。全然頼ってくれなかったアンタが、オレに最期の最期、頼ってくれたってことなんだよな」
幼子を手に掛けられなかった当時の師匠、でもその時に予感がしたのかもしれない。
実際、生かした少女は幾年もの時を経て、弟子たるオレの目の前に邪悪なる者として顕れてしまった。
力強く柄を握る、全身から見えない力が湧き上がる。
ああ、任してくれ。コイツはオレが――
「オレはノア・アークスの一番弟子、グレイ・ロズウェル! いざ尋常に!」
「我に正しき名はなし。いざ尋常に」
「「――勝負!」」
寸分狂わず同じタイミング駆け出す。剣を片手に互いが互いを断つべくして。
「――神剣ラグナロク・ヴァイオ、いざ咲き乱れ(Unordnung)」
深い森の中、駆け巡る蒼焔があたりを照らす。木々を焼き、大地を焼き、大天を焼く。 刃と刃の鍔せる音、踏み込んだ拍子に爆ぜる地面、振るった衝撃で周囲に砂塵が舞う。
「派手な能力だなホント……ッ!」
レインは焔を自在に操る。繰り出される攻撃のレパートリーはこれまでと大差ない。しかし【威力】や【速度】が桁違いに強化されている。加えて狂化状態ということで圧も割増し、暴走しているからこそクロスは隙があると言ったが――
『神力の集中を確認。正面から大規模な一撃がくるかも。死角からの不意打ちにも注意』
迫る焔の大半はクロスが対処してくれている。また【神剣】を完全に具現化したお陰で身体強化のバフもいつも以上。帯電する量も増えるので身体の負荷を考えるとそう長くは戦えないが……。
「(全然通らないなっ! 焔に雷ってのは相性が良くないからか!?)」
『相性が悪くないだけまだマシって考えるんだね。ワタシたちが氷系だったら即死だよ』
オレたちが使う【神剣】は【雷】の属性を持つ。しかしそれはオマケみたいなものでああり、あくまで本来にして本当の能力を行使する上での、補助機能にすぎないのだ。
「蒼焔と共に舞い踊れ(Mit Flammen flattern)」
「稲妻よ神秘を解け(Blitz tote geheimnis)!」
放たれた焔に剣を振るう、蒼き波はそれで【分解】されてしまう。
これまでの戦いで勘づいていた者もいるかもしれないが、オレは相手の能力を【分解】することで、無効化という形を成立させている。そして分解とは真逆、もう1つの能力をオレは持つ――
「解けた神秘は礎に(Auf dem Fundament)!」
分解したエネルギーを【吸収】する。既にクロスが死体を喰ったと表現したように、オレは相手の力を自らのものともできる。ならばこそ焔の残滓も礎となるが――
「ッチ! どんだけ蓄えがあるんだよ!」
修羅と化したレイン・レイブンズのエネルギーは無尽蔵に思えた。
分解しても、そして吸収しカウンターを放っても効果は薄い。オレたちは融合することで生きながらえた中途半端な存在だ。もしクロスの全盛期ならば今のレインぐらいかように止めてくれるだろうけれど。
「少ない神力でよく持ちこたえる」「言ってくれるぜ。これでも命削ってんだけどなぁ!」
受け損じた刃が腹の横を通過する。黒銀の鎧はよく耐えてくれているが、流石にダメージを蓄積しすぎたが、左脇腹あたりの金属体が拉げてしまう。
「……っ!」
冷たく鋭い鋼が肉を抉る。鮮血が水たまりを蹴った時のように飛んでいく。
痛覚が役目を果たす暇もあたえず軸足で回転、急接近した距離で剣をたたき込むが――
「これも防ぐのかよ……!」「あなたの剣はもうわたしに届かない」
はじき返されて数メートル後退、久方ぶりに剣を交えぬ時間が訪れる。
「わたしと同じ【神剣】を携えるにも関わらず、その程度の腕では宝の持ち腐れだ」
「……あぁ、師匠からは、剣の才能はないって言われたね」
まったくないわけではない。ただ天才たちから言わせれば【普通】ということ。彼らにとって普通とは【ない】という意味。その差を補うために、誤魔化すために、これまでやってきたのは地道すぎる鍛錬、そして現場での修練。だがそれも天才の前では――
「お前は、そんな姿にならなくたって、才能だけで食っていけそうなヤツだったよ」
「…………」
「今のお前の十分に強い。強いけどよ、だが前のお前の方が十二分に強かったぜ――!」
踏ん張れ自分。己に発破を掛け、剣を片手に足を踏み出す。
確かに目の前のレイン・レイブンスは化物だ。強すぎて強すぎる。
でも、最強じゃあない。
オレが想いを馳せたのは、憧れたのは、尊敬を抱いたのは、誰よりも揺るがぬ【意思】を持つレイン・レイブンズだった。真っ直ぐなアイツが最も強い人になりえると信じた。
「――っく!」
彼女の剣はオレを切り裂いた。鎧も部分が弾け刃が肉に到達している。切傷多数、出血多量、肋もいくつか分断されたか。もともと命を振り絞ってようやく立ち上がった男、狂い荒れる彼女に最初から勝ち目などなかった――などと、言い訳をするのは見苦しい。
状況がなんだ。状態がなんだ。そんなの関係ないだろう。
オレはオレ、面倒くさがりで、騙し癖があって、そしてレインという少女の先輩だ。
困ったらなんでも訊け、なんでも頼れ、カジノ潜入前にそんなことを言った記憶がある。縁もゆかりもある女の子が目前にいる。でも助けてなんて口では言われていない。だからこれはオレのエゴ、自分が助けたいから助ける、たったそれだけ、自分勝手な自由勝手。
「……いい加減にうっとうしい」
表情のなかったレインが、オレのしぶとさに眉をひそめる。
まだ死ねない。オレはお前を助けたいのだ。
――だがここで言う助けたいの意味はなんだ?
それは魔族の施した術を払い、元の純粋無垢な少女に戻すことに他ならない。
だが魔族が死んでもこの状況が回復しなかった以上、もはや全て元通りに直るなどといったご都合展開にはなりえない。クロスも術の解除はできないと言っているし。
オレはこれまで本気で戦いつつも、都合よく物事が片付くという可能性を模索していた。
しかし、未来に繋がる可能性はやはり1つしかなかった。
「どうしてそこまで――」
決して倒れぬ男を見て、徐々に懐疑的になっていく半神の少女。
オレは柄を握りしめ、真っ赤に染まった身体で、切っ先を彼女に向ける。
「オレは、死なない。まだ死ねない。やり残した、ことがあるから」
このままほったらかしで先立つわけにもいかない。
だからオレは唯一あるその可能性を選択した。試合から死合へ。本気から――真剣へ。
「我が一刀をもってお前を殺す」
もはや殺すしかない。
半ば邪神と化した彼女は、世界のために殺すしかないのだ。
少数をやつし、多数を生かすという世の運命。
そして『邪神殺し』の意思を継いだオレの使命にして宿命を果たすため。
「クロス、これでお前とお別れになるかもな」
『そうかもね。ならワタシたちの最期の一刀は華麗に決めないと』
文字通りの全身全霊。もはや寿命は全てエネルギーに転換する。
刃に奔る紫電の輝きはまさしくオレの命そのもの、相手にどんな一刀を放たれようとも全てを分解、確実に使い手を屠ってみせよう。
ただ全てを賭けた分、勝利したところでもうオレに先はないだろうが。
「最期の一勝負か。いいだろう」
顔に色がでない彼女も、酔狂なことにこの果たし合いに乗ってくれたようだ。
互いに中段に構え、不動となって改めて相対する。
「今のお前は覚えてないだろうけど、放課後の屋上での戦い、あの日オレが言った言葉を今日ここで証明する」
「有言実行、と。さてなんと言ったのやら」
「せっかくだから教えてやるよ。お前を必ず殺す――だ」
「なるほど。ではわたしも――お前を必ず殺す、と宣言しよう」
もう――言葉はなかった。
レインも真剣ということだろうか、ここで初めて兜を被った。
あとはただただ互いを見つめ、ただただ間合いとタイミングを計る。
そして静かに、瞬間は始まった。
先行したのはレインだった、例にもよって閃光の如き速さ、全力にして全開であることは明確で明白だった。対してオレは一歩遅れて彼女に向かっていった。
今度ばかりは、走馬灯も流れなかった。
振り上げた切っ先、オレたち2人が放った刃は空で交差する、届いたのは――片方だけ。
「……っ」
上から下、袈裟斬りがオレの身体を引き裂き、鎧は完全に砕けてしまう。
レインは早いことにもう剣を引き、突きの構えへ。
肉体を露出したオレを今度こそ殺すために。
対してオレができたのは、振りきった刃を躱されレインの兜、頭部の装備をかろうじて破壊できたことぐらい。無表情な彼女を再び拝顔できただけだった。
ついでに握っていた十字の神剣も落としてしまう。
「――ごめんなさい、先輩」
レインに意識は戻っていない。少なくとも表には表れていない。だが心底には本来の彼女が残っていたのだろうか。オレの心の臓を貫く間際、そんな事を口にした。
だからといって突きつけられる神剣が止まるわけではない。グサリと冷たい鋼が中に入ってくる。ここに比喩も叙述的トリックもない、間違いなくオレは心臓を突き刺された。
確実に死ぬ――だろう。だが死に至るにはまだ数秒ばかり猶予がある。
「ナメんなよ……!」
胸が神剣を貫通した状態で、オレは前に出た。
一歩一歩を踏み出し彼女へと近づいていく。
つまり剣の柄の部分まで、自身の手で貫通を手伝ったことになるが……。
「なんのつも――」
「この時を待ってたぜ……!」
空っぽの両手を彼女の身体に回す。回すなんて優しい表現はよくない。抱きしめる。力強く、相手の鎧を砕くぐらい、骨を折ってしまうぐらい力強く抱きしめ――離さない。
それによって剣柄までも肉体に浸入するが、そんなもの気にするな。
「クロス! やれ!」
擬人化した銀髪の少女が、瞬間でレインの後ろに回りこむ。
そしてこの時に初めて、全身全霊の【一刀】は放たれた。
さっきの弾かれた一撃は見せかけにすぎず、嘘にすぎず、必殺ではなかった。
クロスが1人で突き出したこの一振りこそ――
「っな!」
十字剣はレインを突き刺した。流石に苦悶の声を上げたようだが、剣はそのまま密着したオレをも貫通した。奔る痛み、オレの身体にはこれで2本の剣が通っているってわけだ。
「い、一体なにを――」
「なにってそりゃ【儀式】だろうよ……!」
オレはそのままレインの唇を塞いだ。そして直接【分解】をしていく。クロスの【神剣】と【口内接触】で物理的に共和状態を生み出し、なおかつ相手の神格の【核】である神剣をオレの身体に通らせている。これまで干渉という形でしか【分解】ができなかったが、これでダイレクトに、十分すぎるほど十分に、彼女の内側から神格をバラバラにしていく。
「ん……んぐ……はな……ん」
ドロドロに溶けていく力を、化かし狂わしたその力をオレが奪っていく。
逃げようと抵抗をされる。色々なところを噛まれ、殴られ、蹴られ、それでもクロスが串刺し状態を絶対に解こうとせず、またオレも回したこの手を緩めなかった。
力の【吸収】をしたからこそ、オレは痛みと流血とタイムリミットに耐え続けらえた。
「……っは……わたしが消え……」
僅かに唇を離した時、彼女は自我の崩壊を吐露した。したが止めない。
舌がまぐわい、唾液がまぐわい、時折歯がぶつかる、そんな荒っぽい接吻だった。
それでも続けた。
彼女がどんなに抗っても、必ずお前を殺すと言ってしまったのだから。
どれぐらい時間がたっただろう、暗く曇っていたレインの瞳に色が戻ってくる。
戻ってきたというか、また新たに生まれた――と呼ぶだろう。
神格を持って縦横無尽に剣を振るったレイン・レイブンズは、オレが今殺したのだから。「せん、ぱい……」
「ごめんな。オレがもっと早く、全てを話していれば――」
こんな事にはならなかったかもしれない。
お前が自分の正体に、人でないことに気づかないで済んだのかもしれない。
彼女は疲労困憊の様子であったが、それでもオレに尋ねた。
「――わたしは、何者なんでしょう」
それはこの戦いが始まる前にも、口にしていた問いであった。
冷静に答えるなら半神半人だと言うほかない。
しかし、今の彼女が求めている回答ではないように、オレは思えた。
「お前はレイン・レイブンズだ。真面目で、世話焼きで、天才で、可愛いげのある、オレにとってたった1人の後輩だよ」
それだけだ。それ以上でもそれ以下でもない。
オレにとってレインとはそういう人間なのだ。
「そう、ですか。でもわたしは、神の血を引く。なら先輩にとって――」
「確かにオレは邪神殺しだが、もう仕事は終わった」
オレは同じくして『刀剣殺し(アベンジヤー)』を自負する、だから斬れないものはない。だから既に斬り終えている。既にお前はお前として確立している。
「でもまたいつこんな――」
「そん時はオレがまた止めよう。なに、可愛い後輩だ、面倒ぐらいいくらでも見てやる」
つもりなんだが――
「先輩?」
ようやく意識がハッキリしてきたのだろう。レインは違和感を感じているようだ。
「結婚の約束、死ぬまで待ってくれる、だったよな」
「え、あ、はい」
「それって来世でも、有効、だったりする、か?」
「――――」
人はいつ死ぬか分からない。明日かも、明後日かも、来年かも、そして――今なのかも。
約束は守るものだけれど、たまには間に合わないこともあるよな。もちろん破ってきたことも多々あるけれど。
レインはこの時、改めて冷静に状況を把握した。自身にも剣は刺さっているがクロスが見事に急所を外している。痛みはあるが死にまでは至らない傷だった。
しかし前のレインがオレに放った一刀はどうだろう?
ま、これが見事なものでね。
「わ、わたし……」
「気にすんなよ。これやったレインはオレがもうぶっ殺したから」
仕置きはキチンとした。今更怒るなどするまいよ。
「で、待ってくれるか?」
そんな過去のことはどうでもいい。オレが答えを知りたいのは1つだけ。
もう彼女も囚われなかった。
レインはまたあの強き【意思】を宿したその目で、オレに向き合った。
「ええ、来世でも必ず」
彼女は言った。その声音はやはり。
美しく、透き通った声だった。




