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026 《潜入本番》

 今日の深夜にもたぶん更新します。

 潜入7日目――取引当日。


 オレとレインは普段通り出勤し、普段通り仕事に勤しんでいた。

 カジノ自体もこれまでと何ら変わった様子はない。

 警備やセキュリティーは通常運転といえる。


(……もうじき日付が変わる)


 取引予定時刻は24時ジャスト。

 できるものなら5分前、オレたちは23時55分までに【VIPルーム】に辿り付いていたい。

 

(……そろそろ時間だな)


 事前に計画は練りに練ってきた。

 そしてついにその時がやってくるのだ。

 オレは耳にはめた通信機(インカム)のスイッチを入れ、管理室へと連絡を取る。


「――こちら警備AR、所定位置から4番に行ってもよろしいですか?」

『――管理室了解。早めに済ませてくれよ』


 ARとはオレのことを指し。

 4番とはトイレのことを指す。

 つまり『トイレに行かせてくれ』と言ったわけだ。


 オレは巡回でなく、同じ場所に立ち続ける固定警備。

 しかもさして重要でもない場所の。

 断られるいわれはないだろう。


(……加えて位置情報も把握されてるしな)


 トイレ以外の場所に向かえば、一発でお縄だ。

 運営側が監視できているからこそ、本来迂闊な動きはできない。


「…………」


 客の歓声が響く空間から離れ、若干閑散となった裏方へ。

 そして従業員用のトイレのドアを開ける。

 個室が1つだけ埋まっているだけで、あとは誰もいない。


「可愛い後輩と結婚したい」


 と、入ってすぐプロポーズ的な言葉を口にする。

 するとギギギと音をたて、ゆっくりと個室の扉が開いた。


「その合言葉どうにかならないんですか……」

「一昨日のプロポーズとプロローグの(くだり)は伏線だったというわけだ」

「どこか伏線なんですかね一体……」


 男性用の手洗いでありながら、そこにはレインがいた。

 むろんバニー姿で。

 しかしこれまでと大きく異なる点が2つ。

 1つはその手に【聖剣】を握っていること、もう1つは耳に義務であるはずの通信機(インカム)を着用していないことだ。


「わたしの分はもう作りましたから。これから先輩の――」

「待った。出てきてもらったところ申し訳ないが、一旦個室に入るぞ」


 オレはレインと共に、また個室の1つへ。

 まさか異性と、しかも学園の後輩と2人でこんな状況に陥るとは、ビックリ仰天だろう。

 

「(レインも入学からたった数十日で、純潔を失ってしまうとはな)」

「(じゅ、純潔を失うって……そりゃ先輩とこんな場所に2人でいるというのは大変な行いですけれど、別に行為をしたわけでは――)」

「(誰か来たぞ)」


 休憩中であろう従業員が1人入ってきた。

 オレとレインも声を殺す。

 ただラッキーなことに彼は小の方らしく、間もなくここから出て行った。


「……ふぅ」

「なんだかやらしいことをしている気分だな」

「や、やらしくなんかありません」

「満更でもないんだろ?」

「そ……そんなこと……」

「はい。ということで。さっそくレインには聖剣を使ってもらおうかな」

「急に切り替えないでください」

「いやだってお前ガチっぽいんだもん……」


 やらしくなりそうな流れを断ち切ってやったのだ。

 むしろ感謝してほしい。

 ……最初に切り出したのはオレだったけれども。


「正直あまり余裕もないんでな。ホントに頼む」

「……了解しました」


 レインは聖剣を握り、二言三言と詠唱をしていく。

 蒼い光が空間を彩り、その力を具現化させていった。


「――はい、これで完成です」


 もとは2人であったけれど、今やこの個室には3人の人間がいた。

 レインと、オレと――オレだ。


「何度見てもソックリだよな」

「ここ数日よく観察させてもらいましたからね」

「裸にされてめっちゃ身体触ってきたもんなお前……」

「よ、より精巧に作るために仕方なかったんです。あまりからかわないでください」


 まだレインとこうして愉快に会話をする前、オレと彼女は学園の屋上で殺し合いをした。

 その時にコイツは策略として、焔で自分の【分身】を生み出していた。

 あれは見事なもので、動きも喋りも精密、オレも一杯食わされてしまったという苦い思い出がある。

 だが苦い思い出は――こうして【仕事】へと活かされた。

 これが今回の【鍵】なのだから。

 

「で、この人形にオレの通信機(インカム)をはめて……ほら、代わりに行ってこい」


 偽グレイ・ロズウェルは、ひとりでにトイレから出て行く。

 固定警備で本当に良かったと思う。

 巡回となると対人機会が増え、ボロが出やすくなりそうだから。


「わたしの【分身】は自分自身をモデルに作りましたから。1時間ぐらいは持ちますが、先輩の場合は急造というだけに、持って【20分】というところです。それ以上時間が経過すれば焔となって散ってしまいます」

「それまでに【仕事】を終え、帰ってくればいいだけの話さ」


 周囲の気配がないか気を張りつつ、個室のドアを開ける。

 それからオレがレインを肩車し、空気循環用ダクトの網格子を外しにかかる。

 もともと数日掛けてネジは緩めておいたので、ほとんど上へ押すだけだ。


「先に行けレイン」

「了解です」


 流石に身体が細いだけあって身軽、狭い入口を軽快に突破する。

 巨乳だったらこうはいかない。


「……なにか失礼なこと考えていませんか?」

「いやまったく。肩車の時、レイン良い匂いしたなって」

「――っ、な、なんですか、セクハラですか。まったく、ダメな先輩ですね」


 ダメというならなぜ嬉しそうに照れるのか。

 さて、上から差し伸べられるレインの手を取って、オレもダクトの中へ潜り込む。

 それから網格子を元通りにはめた。

 ついでにダクト内に前もって放置しておいた、オレ用の【聖剣】もここで装備する。

 

「地下へのルートは暗記してるな?」

「もちろんです」


 レインは聖剣に、自身の【聖力(カムイ)】を流し込み、剣身に【蒼焔(そうえん)】を宿す。

 これが灯り代わりというわけだ。

 できる限り装備は削減、あるものでその場その場を突破していく。


(……のがオレのやり方なわけで。コイツの自薦もあってレインを先頭にしたんだけれど……)


 いや、狙っていたわけでないんだ。

 決してこの光景が見たくて、彼女を先頭にしたわけではないんだよ。


 わざわざ描写することでもないのだが、ダクト内はとても狭い。

 だから匍匐前進(ほふくぜんしん)で進んでいる。


 単純だ。至極簡単な構図だ。

 2人で匍匐前進、レインが先頭、オレが後ろ、ではオレの目の前には一体なにがある――?


(……こればかりは、本人に言ったら怒るだろうか)


 彼女はバニーガールの格好、つまりレオタードなのである。

 すぐ後ろにいるオレには、レインの下半身もとい、お尻や股部がモロに見えるわけで。というモロすぎるぐらいモロで。

 身体を地面に擦るように匍匐(ほふく)するので、前へ前へと進むたびに服が食い込んでしまうので余計に欲情感を煽る。


 なので……いや、回りくどい言い方をするのはやめよう。

 つまり――大変エッチな光景が目の前に広がっているわけだ。


「あの先輩……」

「なんだ」

「さっきから、その、すごく視線を感じると言いますか……」

「…………」

「それにわたし、今更気づいたんですか、この進み方だと、あの――」

「お前の言いたいことは分かる。だから今回は、これまでで一番エロティックであると言っておく」

「え、エロティック!? み――見ないでください!」

「オレとて見たくて見ているわけじゃない。不可抗力だ。目を閉じて行進なんてのは無理だ。これは仕事なんでな」

「うぅ……」

 

 若干モジモジしながら、少し後方に警戒心を持ちながら前進を再開する。

 仕方のないことだと納得してくれたらしい。

 オレとて、彼女の乙女心を考えるならば、(おの)が眼球を抉って視界を奪いたいぐらいだが、実際そうはいかない。


「なんでわたしばかり……」

「ん、どうした?」

「先輩と一緒にいるようになってから、わたしエッチなことされてばかりです!」

「……し、失礼な。オレがまるでヘンタイであるみたいな言い方をするな」

「正真正銘のヘンタイじゃないですか!」

「誤解だレイン。それにこんな不毛な言い争いは今するのは止めよう。仕事中なんだぜ一応」

「そ、そうやって、いつもわたしを言いくるめようとして――」


 珍しくちゃんと怒っているようだ。

 いつもは怒っているようで、半分くらい照れとか嬉しさだったりする。

 しかし今回はどうやら本当に憤っているようである。


「おいレイン、そろそろだろ」


 地下へと繋がるダクト。

 ここまでの道のりはほぼ平行であったが、下に行くということはどこかで下降しなくてはいけない。

 その下降ポイントが遂に来たというわけだ。

 暗くて先までは見通せないが、普通に行けば急降下、下でドカンだ。

 骨折じゃ済まないだろう。

 降下用の機材を持ち込むのだって、このダクトの狭さでは叶わない。

 立ち上がるどころか、なにせ人が2人重れるかどうかぐらいの高さしかないのだから。


「手はず通り行くぞ。とりあえずレインは寝転がって仰向けの姿勢に」


 彼女はまだ少し怒っているようで、無言でゴソゴソと動く。

 オレは両腕を立て、仰向けで寝るレインの上へと移動した。

 高さが全くないので、ほとんど鼻先がふれあう距離だ。


「さてここから降下するわけだが」

「…………」

「まーだ怒ってるのか」

「別に怒ってないですけど……」


 という割には、こんなに近くで向かい会っているのに一切目線を合わせない。

 大人っぽいようで案外子供っぽいところもある。

 

「潜入中にオレたちは一体なにで揉めてんだか……」

「先輩が正論にかこつけて視姦(セクハラ)したのが原因です」

「それは悪かったよ。謝る」

「…………」


 まったく、ここでそんな態度取られては、いるかもしれない読者に笑われるぞ。

 もしくはダメなヒロインだなと、時間制限ある中でなにやってるんだと怒られる。

 ……コイツはそんな大衆の意見、知ったこっちゃないんだろうけど。


 ――やれやれ。


「レイン」

「……なんで――」


 呼びかけに一応反応し、顔を表に傾けたところで唇を塞ぐ。

 乗りかかりはしないが、身体が触れあう距離を保ちながら行為に耽る。

 レインは最初抵抗とも呼べない抵抗を示したが、結局は受け入れた。

 ずっとぎこちないあたり、本当に経験がないのだろう。


「……落ち着いたか?」


 ゆっくりと唇を離し、わずかだが距離を取る。

 そういえばコイツはファーストキスがうんたらかんたらと言っていたが、その割にはえらく従順であったように思える。

 こんなこと言ってはゲス野郎と罵られるかもしれないが、結局はそこまで貞操観念が強いやつではなかったのかも。


「な、なな、なにしゅるんですか……ッ!」

「なにってキスだよキス。マウストゥマウス」

「キスは知ってます。だから――」

「昔さ。オレもテンパったり、調子乗ったり、落ち込んだり、すげぇ怒ったりした時、こうやってキスで諫められたというか――うやむやにされてたんだ。された後って案外どうでもよくならない?」

「どうでもって、でもされたっていうのは……」

「噂のお師匠様にさ」


 ここで『お、オレもファーストキスだったんだぜ』と照れながらも言えたら、バランスというか、格好もそれなりについたんだろうけど。

 あいにくコレがそこまで特別な行為だとは思っていない。


「というかあの人はキス魔っぽい側面もあったし。まぁ倣ってやってみたら効果覿面(こうかてきめん)だったようでなにより。もう怒りは静まっただろ?」

「し、静まったというか……お、驚きすぎてて……」

「よし。これでうやむやにできたな」

「できていません!」

「途中から楽しんでたくせに」

「~~っ! よ、喜こんでなんかっ……!」

「冗談だ。そうかっかするなって」


 ただ話のすり替えは済んだ。

 もうオレたちが最初なにを話題にしていたか、読者でも今パッとは出てこないんじゃなあないか?


「にしてもキスって随分と久しぶりにしたなぁ……」

「みょ、妙に慣れてましたもんね。というか、わたしファーストキスだったんですけど……」

「今度高いメシおごってやるよ」

「わたしの初めてはその程度の価値なんですか!? それよりお金があるんだったら家計に入れてください!」

「文句はオレをこんな風に育てた師に言ってくれ」

「そ、そのブラックジョークはズルイです……」


 一度そのネタで喧嘩をふっかけたレインとしては、もう迂闊に踏み込めまい。

 というか家計って……。

 お前はいつ嫁入りしてきたんだ。

 発言している本人は無意識なんだろうけどさ。


「さて茶番はこのへんにしてと」

「茶番って……」

「そりゃこれからが本番だ。あんまり時間もないしな」


 物語的超都合によってかどうか、タイムリミットはそこまで消費されていない。

 分身を作りダクトへ潜入、ここまでの会話を経ても5分経っていないという。


「……帰ったら会議ですからね」

「家族会議みたいなノリで言うなぁ。いいけどさ。それと降下する前に1つ聞いておきたいんだけどさ」

「?」

「レインって――自分の出自、まったく分からないんだよな?」


 彼女からは自分が【孤児】であると話は聞いている。

 オレも師匠に拾われるまで【孤児】時代があったので、そこまでリアクションするようなことではなかったけれども。

 

「親がどこの出身だとか、どんな特徴を持つ人だったとか」

「覚えていません。……なぜ突然そんなことを?」

「ちょっと気になったというか、本当に知らないのであれば話は終わりだ」


 さっきキスをした時に、少々気になることがあった。

 しかし彼女に嘘をついている様子もない。

 だがこれは(、、、)後で調べる必要があるかもな……。


「じゃあわたし、先輩に掴まらせてもらいますね」


 狭い空間の中で、レインがオレの身体に腕を回す。

 その細い足もこちらの下半身に絡ませる。


「ゆっくり降下するぞ――」


 オレは両手と両脚に【電流】を奔らせる。

 かなり限定的な能力発動なので、消費はかなり少なくて済みそうだ。

 帯電した四肢で、傾斜のキツいダクトを爬虫類のように張り付きながら降ってゆく。


「便利ですよねその能力。特にこういう潜入では最適です」

「まぁな。ただこうやって張り付けるのは【金属】にだけ。レンガ造りや岩なんかには貼り付けない」

「ずっと思ってましたけど、先輩ってコロコロ聖剣変えますよね? いつも【(いかづち)】系統の聖剣を選んでるですか?」


 人造聖剣をそんな器用に操る人はじめて見ました、と彼女は言う。

 

「……昔はちゃんと相棒とも呼べる剣があったんだけどな」

「売っちゃったんですか?」

「そこまで生活に困ってねーよ。言う時は言うよなお前」

「えへへ」

「一切悪気がないところもまた凄い」

 

 まさか師匠の形見の1つを売ったりなどしないさ。

 これは物語の冒頭でも言ったことなのだが――


「割と最近なんだけど、かなりの強敵と出遭ってな」

「ではその強敵との戦いで折れてしまった……みたいな感じですか?」

「バキッとな。まさかあの聖剣が折れる日が来ようとは、夢にも想わなかってなかったよ」

「名剣だったのですね」

「なにせ師匠が使っていた【聖剣】の片割れだからな」

「片割れ、というのは……」

「ああ。師匠は【二刀流】ってやつだったんだ」

「二刀流!!」


 急に食いついてくるな……。


「その話はまた機会があればしてやる――ほら、着いたぞ」


 ここでダクト降下は終了、帯電も解除する。

 現在地は【VIPルーム】の真上、部屋を視認することはできないが、耳を澄ますと音楽が聞こえてくる。

 ただ止まることなく前進、するとダクト内で初めて分岐点が現れる。


「現れた分岐の方を進むと更に地下、【保管庫】でしたよね?」

「そうだ。もし先回りすることになったら使う。盗聴する場所はここらでいいだろう」


 ポジショニングは完了。

 既に盗聴器を仕掛けたカスターや調味料本体は、テーブル上に配置されている。

 数は10。

 オレとレインで手分けして、誰がどこにいるかを聞き分ける。


(23時57分……)


 ギリギリで間に合っただろう。

 後は一字一句を聞き逃さないよう集中、イヤホン奥の鼓膜が冴え渡る。

 今だけはレインとの会話も一旦打ち切りだ。


『――呆れた』


 突如として、あの無機質な声が脳に響く。

 開口一番に『呆れた』とはなんだ。


『ただの挨拶じゃないか。アナタが気にするべくもなくもないよ』


 つまり気にしろってことじゃないか。

 しかも挨拶なら挨拶で、もっと普通に言えば良いのに。


『非生産的な会話はやめよう。ワタシはアナタに言われた通り、現在進行系で調査を進めていて、その一次報告に来たんだから』


 非生産的ね……間違いないだろう。

 彼女の声はレインには聞こえない。

 オレの意識の内にいるのだから、意識外には向かないのだ。


『さっきまでアナタがせっせと警備の仕事をしていた時にも言ったけれど、ひとまずゴッドパワーはざっくり感じる』


 つまり【神具(レリック)】がこの近くにある可能性が高いということか。


『ただしざっくり、だ。この辺のどこかにあるということしか分からない。まぁもともとワタシは戦闘超特化型だから。下水管の中をせこせこと徘徊するネズミのような調査兵と一緒のことはできはずもないよ』


 なるほどな。

 でも調査兵をそこまで悪く言う必要はないだろうに……。


『少なくともこの真下、アナタたちの言う【VIPなルーム】とやらにはまだ【神具(レリック)】はない』


 所持する人間が、時間になるまでカジノのどこかで時間を潰しているのか。

 それとも奥深く、地下2階に預けられているのか。

 未だ検討はつかない状況だ。


『で、これから奇怪なことを言うんだけれどさ』


 そんな前置きをしても、彼女の声音に変わりはない。

 ただただ平淡に冷淡に口を開く。


『なんだかゴッドパワー、複数あるっぽい気がするんだよね』


 ……なに?


『つまり【神具(レリック)】が複数個あるってこと。まぁ何個あるとかまでとは分からないけど。どう、驚き?』


 …………。


『解析をし続けて、今ようやくあれれ?変だなー?と思ったから伝えたよ。どう、天変地異?』


 ヤツの言うことは確かに奇怪である。もはや詭弁とも。

 しかしその結果が本当であったとすれば、もし【神具(レリック)】が1つでなく幾つも集まるとするならば……。


『ど、どうする!?とか、そんな野暮で無意味な問いかけはしないでくれよ。ワタシはアナタに戦う力を貸すだけ。処理やら処分やら対処やらを考えるのはこちらの範疇外。またなにか気づいたら教えてあげるよ』


 それを最後に報告はプツンと途切れた。


「…………」


 【神具(レリック)】というものは、地域によっては信仰や信奉をする上でのアイテムとなるが、本当の意味での使い道は1つしかない。

 それは神を降誕させるために使う霊媒、特殊な儀式に組み込むことで【神】を呼びだそうという、いわば儀式道具としての役割を持つ。


 もちろん儀式自体は、難しいなんてもんじゃない。

 万が一方法を知っていたとしても、そして正しい手順を踏んだとしても、成功確率は1%にも満たないだろう。


(だが、霊媒たる【神具(レリック)】が複数あるとなると……)


 もはやオレですら、相応の覚悟を決めなくてはいけない。

 ソロは諦め……学園長あたりとタッグを組むしかないだろう。

 というか学園長しかいない。

 

 非常事態というほかなかった。

 ではレインには何と伝えるべきだろうか。

 時間が押し迫る中で、神に対して知識を教授していない、意思の固い彼女に、何と言えば逃げさせられるだろうか――?


「先輩……!」


 ここでレインが慌てた様子で近づいてくる。


「どうした?」

「いま盗聴をしていたら、まだ誰もいなかったテーブルにあるVIPが案内されたようなんですが……」


 従業員が席まで案内する際、そのVIPの名前を呼んだという。

 その人物は――


「テレス・ギリアスと呼ばれていたんです」

「……へ、へぇ、誰それ?」

「誰それって……ご、ご存じないんですか?」

「と、特S級の指名手配犯とか?」

「違いますよ! 先生です!」

「先生……?」

「アーサーズ聖剣学園武装研究科所属――テレス・ギリアス先生ですよ!」


 研究界隈では悪い意味で有名な先生です、とレインは言う。

 授業は受けたことがないが、名前だけは知っていたようだ。

 オレはそもそも学園に大して通っていないし、授業などロクに聞いてないので、覚えているのは担任と学園長くらいのものだ。


(ただ本当にその教師だとして、VIP扱いされているってことは――いや今注目すべきはそこではなくて)


 頭の中で、これまでの【謎】が反芻される。

 裏取引、複数あるとされる神具、カジノに教師、取引相手の正体、そしてここ最近学園で噂にもなっている――生徒を襲い、聖剣を奪うという存在。

 ここで学園長の言葉を思い出した。


『犯行を考えるにおそらく学園内部に潜んでいるはず。少なくとも私はそう睨んでいる』

 

 点であった数々の出来事がようやく線で結ばれ始める。


「まさか……」


 大前提として、超希少である【神具(レリック)】が5個も10個もあるのはおかしい話なのだ。

 だからこそ一時は学園長に応援を頼むしかないとまで考えた。

 しかし思い出さなくてはならない。


 【神具(レリック)】とは神の力を内包したもの。神の残骸。神をまつろわすアイテム。

 ならば今回取引されるのは――


「……いいやまだだ。確定するには材料が足りな――」

「先輩!」

「なんだ、その先生のお相手が現れたか?」


 仮説ではあるが、ひとまずその教師を重要人物とする。

 ならば取引をしようという相手は誰なのだろうか。


「いいえ。現れたのはカジノの従業員です」

「従業員? メシでも持ってきたのか?」

「違います。差し出したのは――紙です」


 盗聴をする最中に聞いた、教師と従業員の言葉をレインは真似する。


「テレス・ギリアス様。こちらお相手様からの【受領書】と【小切手】になります」「確認した。金額も間違っていない。案内されたばかりだがこれで帰るとしよう」「では出口までお送りします。御者は呼びますか?」「いや、足がつくのは厄介なのでな。少し歩いてから自力で見つけるよ」


 ――と。

 

「……既に取引は終わっている?」

「テレス・ギリシアはこうも言っていました。彼のために車を用意したとも」

「車――っそういうことか」


 どうやらオレの仮説は真実見を帯びてきた。

 確かにもしあんなに量があるとすれば、手渡しなんて不可能だし、【保管庫】に運ぶのだって大変だ。

 なら最初からブツは車の荷として積んでおいて、取引相手はそれを運転して帰ればいいだけ。

 シンプルかつスマートなやり口……。


「オレはそれが神具であるか否かという二択しか想定していなかったが、どうやら選択肢は三択だったようだな……!」

「先輩?」

「すぐにダクトから脱出する! 戻るぞレイン!」

「せ、先生はどうするのですか?」

「後回しだ。そっちは学園長に急ぎ連絡をしておく、今は――」


 カジノでの戦闘はどうやら起きないらしい。

 降ってきたダクトを、駆け上っていく。

 レインももう音を気にしなくていいと告げたので、聖力(カムイ)を解放し、強化された両脚で楽々のぼってゆく。


「オレたちの分身、ダクトに潜入したトイレに集めておいてくれ」

「ど、どうするんですか?」

「もう分身たちの役目は終わりだ。通信機(インカム)を回収して、出てすぐの管理人室に突っ返す」

「つ、突っ返す?」

「おうとも。仕事辞めますってな――!」

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