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024 《潜入初日》

 昨日投稿できませんでした。すいません。



 潜入初日。


 豪奢な空間に、着飾った男女。

 人々は勝利に酔いしれ敗北に嘆く。


 このカジノは地上1階建てであり、メインフロアはかなり大規模で設計されている。

 ゲームの種類によってエリアが区分されており、ルーレットならルーレットのエリア、ポーカーならポーカーのエリア、客はやりたいゲームのエリアに赴き、興が失せればまた別の場所に足を運ぶ。


 闇カジノの中でもここはトップクラスの場所とされるだけあって、施設やレートも充実、オレたちのように警備も多数雇われ配置されている。


(……が、やっぱり新入りはしょっぱい場所に置くよな)


 入口を少し進んだあたり、さして重要そうでもない所をオレは任されている。

 フロアの奥に行けば行くほど、比例して人も増える。

 さして客も多くない場所に、新人を任せるのは当然と言えよう。


(……それにまだ信用もされてないしな)


 雇う側だって警戒をしている。

 コイツはモグリではないか――と。

 人口が多い、そして重要となるエリアは信頼のある警備が配置されているのだ。


「てことは――」


 裏取引があるとされる【VIPルーム】への入口は、無難に考えて警備が厳重な場所にある。

 定石通りなら【奥】だ。このフロアの半分から向こうに存在するはず。


 これは勘なのだが、地下への入口は案外あっけなく見つかると思われる。

 隠し扉や『え、こんなところから行く?』と驚くような場所にはない。

 むしろ堂々と設置されているはず。

 VIPルームというだけあって、地位や権力のある人間が訪れる。

 彼らを出迎えるのが、まさか貧相なはずがあるまい。


(堂々と入口を置く代わりに、警備やセキュリティを充実させてるってところだろう)


 まぁその辺りは、あと数日働くうちに確かめればいいだろう。

 予定調和であれば、取引はおそらく6日後。

 明日明後日になる確率は低い。


(問題は誰が誰と、何を取引するのかだな――)


 強い【神具(レリック)】であれば【アイツ】がすぐに気づく。

 気づかないとなればそれは【神具】でないし、【神具】であったとしても相当に力が弱く、儀式では使い物にならない代物だろう。

 

 それにクライアントが別ルートで、正体を解明すべく動いている。

 こちらでも続報があることを期待しよう。


「――グレイ君!」


 あれは……。


「ふぅ、いたいた」

「えっと、どうかしましたか……?」


 数時間前の管理人室で、オレを含め4人の新人と面談をした男だった。

 小走りで来たようで、中年の男は若干息を荒げている。


「耳にはめた通信機(インカム)、電源がオフになってるでしょ」

「インカム……?」


 上着の下、ベルトに引っかけた子機を確認する。

 すると本当だ、液晶には何も表示がなく、意味をなしていない。


「あぁ、すいません……」

「気をつけてね。何かあったら時に困るから。休憩中も電源つけたまま外さないで」

「分かりました」


 新人ということもあり、軽い注意で済ませ男は去って行く。

 それだけを言いに来たような雰囲気だった。

 

「何かあったらって……」


 既に何かあり、オレの応答がなかったら、異変を感じ飛んで来たのではないのだろうか?

 ――いいや、違うのだろう。

 

(この通信機……位置情報を伝えている?)


 そういえば管理人室に液晶がいくもあった。

 あそこにオレたちの現在位置情報がリアルタイムで送信されている。

 つまり――


「オレたちも監視されているってことか……」


 妙な動きをしたり、インカムの電源を落とすと、すぐに気づかれる。

 さっき男がオレの元に駆け寄ったのは、そういう理由だったと考えるのが無難では?

 

 思えば休憩中、トイレに行くときすら外すなと言われたし。

 ここはモグリ対策もしっかりしているようだ。


(加えてオレは巡回警備でなく、固定警備。この場所から動けない……)


 仕事面でみれば、立ってフロアをぼーっと見てるだけで楽といえば楽。

 しかし侵入者にとって、歩いて周囲の詮索もできないというのは――


「さてどうするか……」


     ※


 このカジノは基本年中無休、明け方まで稼働している。

 客も0時すぎで帰ると思いきや、かなり粘るのだとか。

 

「「……はぁ」」


 4時間の立ち仕事を終え、短い休憩の時間がやってきた。

 休憩室にはオレとレインがいて、2人揃って溜息をつく。

 彼女は偽名を使っているので、正確にはオレとレイは、と描写すべきか。


「仕事って、こんなに大変なんですね……」

「お前の表情からするに、この職業体験は随分とエキサイティングだったみたいだな」

「エキサイティングって……はぁ、グラスを運ぶこと自体はまだ簡単ですよ? レストランのウェイトレスとやってることは同じ。でもこの格好でというのは……もう何度セクハラされそうになったことか……」


 迫るおじさんたちの魔の手を払うのは、相当大変だったらしい。

 序盤も序盤は、いやらしい目で見られることもなんとか回避しようとしたが、もうそれは仕方のないことと割り切ったとか。


「でも歩き回っている時に色々と収穫が……」

「レイ」

「っへ、な、なな、なん――」

 

 急に顔を近づけたせいか、レインは一瞬で顔を赤に染める。

 頭からはボンと蒸気が、お前は湯沸かし機か。


「(……オレたちの正体に繋がるような発言はするな。盗聴されている可能性もある)」

「(と、盗聴?)」

「(このインカム自体も発信器を内蔵している。監視されてるんだ。まぁこの手のやつには盗聴器までは流石に内蔵されてないが、それでも――)」

「(わたしたちが今いるここ、休憩室のどこかには盗聴器の類が仕掛けられている可能性があるというわけですね)」

「(そういうことだ。だから――この距離で会話を続ける)」

「(え……)」


 この距離とは、もう数センチでお互いの鼻先が触れてしまうほどの間隔。

 身体を少し前に傾ければ、唇も触れるだろう。

 

「(こ、ここ、これじゃあキ――キスするみたいで……)」

「(だからするんだよ)」

「ええ!?」

「(おい! 大きな声出すなって!)」

「(で、でも、心の準備が……、それにわたし、まだ経験なくて、というか自分の中で、この人と結婚すると決めた人にファーストキスは捧げると――)」

「(いいから話を聞け! 実際にするわけないだろ。冗談だ)」


 ……ここまで初心な反応をされるとは思わなかった。

 中身はともかく、これだけ見てくれがいいんだ。行為までは至らずとも、てっきり過去に彼氏の1人や2人はいると思っていたが――


「(いるわけないじゃないですか!)」

「(いるわけないのか……と、話を戻す。一応確認はしたが、実はどこかに監視カメラが設置されている可能性がある)」

「(そういえば入ってきてすぐウロウロしてましたね)」

「(見つからなかったけどな。ただ見つけられなかっただけかもしれない。だから万が一に備え恋人同士っぽく振る舞おうという――)」

「(こ、恋人!?)」

「(……落ち着けよ。カメラで見られていたとしても、この超至近距離で喋っていれば(ささや)き合ってるように見えるし、小声での会話や物の手渡しも十分可能だ。もし誰かに不審と言われたら『イチャイチャしてました!』と2人で言い訳できる)」

「(なんですかその浅はかな作戦……)」

「(男だけだったらトイレで……いや、トイレにも盗聴器やカメラがあるかもしれないのか。なら今回はレインで良かったのかも。浅はかっていう割にお前だいぶ照れてるみたいだし)」

「(――っな)」


 あくまで彼女は素で対応している。

 演技させたら下手だが、今回は自然体でいることがプラスに働いているようだ。


「(て、照れてなんかいませんし。先輩相手なんて全然余裕ですし)」

「(ふーん。じゃあキスするか)」

「はい!?」

 

 ……だから大きな声を出すなって。

 しかし優秀なやつだ、咎める間もなく自分から声を押し殺す。


「(き、キスはダメです! ダメのダメなんです!)」

「(それはフリか……?)」

「(フリなんかじゃありません! で、でも、先輩が責任を取ってくれるというのなら……)」


 ダメだダメだと言いつつ、最後はチラリとオレに視線を向ける。

 どうやら完全拒否せず、オレの意思に任せるらしい。

 ならばここは――


「(責任、取るよ)」

「(っ――わ、分かりました……)」


レインはオレの返しに一瞬驚いたようだったが、間を置いて頷く。


「(じゃ、じゃあわたしの初めて……先輩にあげます)」

 

 すると彼女は目をつぶり、オレの口づけを待つような体勢に、というかそうなんだろう。

 どうやら本気らしい。


 こうしてよく観察してみると、リストたちが彼女に熱狂するのも理解できるぐらい造形が整っている。美少女とはまさにこの後輩のための言葉(それは言い過ぎか?)。

 もう目と鼻の先、寸前にいるので女子特有の甘い香りも一層流れてくる。


(……からかいがいのある後輩だよ。今更『冗談でしたー』とか言ったら怒るかな?)

 

 そもそもキスしたら結婚とか、結婚する人としかキスしないとか、その歳にまでなって真剣に言うことじゃあないだろ(女性に対し勝手な偏見かもだが)。


 ――いや待てよ。

 もしかしてコイツ、オレをからかっているんじゃあないのか?

 童話や劇に出てくるような夢見る少女を演じ、何度か【最低】とまで罵ったオレの反応を見ようとしている? キスなんてできないだろと挑発している?


 ……つまりこれは揺さぶり。

 ブラフを挟む上での初歩の初歩技術。

 それは詐欺をする上で欠かせぬものである。


(……ふふ、短い間に成長したなレイン)


 オレ色に成長するというのは、よくないのかもしれない。

 それでも成長は成長なのだ。

 これは先輩として嬉しい限りである。

 

「(えっと、まだ……ですか?)」

「(キスは冗談だ。なに本気で……)」

「(――ッッッ!)」

()ったあああああああああ! なにもぶつことはないだろ!」

「(大きな声を出さないでくだい。盗聴器があるかもしれないんですから)」


 フンとそっぽを向くレイン。

 あんなに強力な平手打ちをかましておいてよく言う。


 乾いた音が部屋中に響いたが、誰かが来るということもない。

 ……盗聴器はないのだろうか?

 誰かが勘違いして『痴話喧嘩で暴力はダメだ!』とも言いにこないので、監視カメラもないのかもしれない。

 

「(そ、そう怒るな。考えてみればキスというのはお前の言う通り大事な行為だ。将来を決めるものなんだろう? だから先輩が途中で怖じ気づくのも致し方ないだろうよ。こんな場所で、一時の雰囲気に流され『はい責任取ります!』と足早に言う男を信用できるか?)」

「(それは……)」

「(冗談だなんて言って悪かった。本当はオレに気概が、他の言い方なら【覚悟】が足りなかっただけのことなんだ)」

「(先輩……)」

「(覚悟を持てるまであと何年かかるか……ごめんなレイン)」

「(あ、謝ることではありません! わたしも軽率な行動でした。では……覚悟ができるまで待っていますね)」


 っえ。

 あれなんだか流れが……。


「(レイン。その……オレはチキンだから、もしかしたら死ぬまで覚悟がつかなかもしれないという、だから――)」

「(なら死ぬまで待っています)」

「(…………)」


 優しく微笑むレイン、どうやら怒りは収まったようだが……。


(ここで『機嫌を直してもらうために、テキトー言って騙してましたー』なんてカミングアウトしたら……)


 平手打ちでは済むまい。

 この仕事はレインによってオレが病院送り、もしくは墓地送りになって幕を降ろすことになる。

 死ぬまでと口にしたが、墓に入って覚悟をつけろとは流石にスパルタすぎる。


「(お互いまだ学生だからな……)」

「(そうですね。事は卒業してからでいいでしょう)」


 ……いいでしょうじゃないんだが。

 まぁレインは純粋すぎるし、加えて近寄りがたい雰囲気もある。

 ただあと1年2年経てば、純粋性も薄れ、周囲も彼女に馴れるだろう。

 その頃には夢見る少女からも脱却、夢見た少女にクラスチェンジしているはず。


 となればボーイフレンドも案外簡単にできるかもしれない。

 キスで結婚どうこうとか、オレのこの約束にもなってない言い訳とか、その辺もろもろは忘れているだろう。投げやりだが全ては時間が解決する。


「(……先輩?)」

「(あー、少しぼーっとしてた)」

「(もう、しっかりしてください)」

 

 そうだな。しっかりしよう。

 休憩時間も多くはない、ここからは手短に、されど込み入った話をしよう。


「(なら状況報告だ)」

「(そうですね。ではわたしから)」

 

 結局キス寸前の体勢を維持したまま、会話を続ける。

 レインは若干目を逸らしているようだが、できるかぎり冷静に語り始める。


「(まず結果的にというか、おそらくそうだな、と感じたことなのですが)」




「(――VIPルーム、つまり地下への入口を発見しました)」


     ※


「ふぅ……」


 お互いの状況報告を済ませた頃には、休憩時間もほぼ終わり。

 一旦解散で、後は学園に戻ってからということで話に緞帳(どんちょう)を降ろした。


 今はあと数時間の勤務に際して、トイレで用を足しているところ。


(なんだかカレーの匂いが……)


 オレの身体から出た小便が、スパイシーな匂いを放っていると言っているわけではない。

 むしろこのトイレに入った時から、この匂いは充満していた。


(この従業員用トイレがキッチンの隣ってわけでもないし……)


 むしろキッチンとはだいぶ距離がある。

 通路にだってこんなスパイシーな香りはしなかった。

 まさかカレー風味の芳香剤でも置いているのか……?


「――はぁ、つっかれたぁ」

「――やっと休憩っすね」


 ここでトイレに来客。若い男が2人だ。

 ただ客といっても従業員、特徴的な白衣で彼らの職種は一発だ。

 ずばりキッチンで活躍するコックである(エプロンや帽子等は置いてきている)。


「うえぇ、カレーくせぇー、最悪だわ」

「自分が作ったものを最悪とか言うなよ」

「そりゃVIP用に作ったんだ、味に自信はあるけどよ。でもトイレで――」


 既に用は足し終えているが、来たばかりのように便器の前に居続ける。

 どうやら話を聞くに、とあるVIPの注文で、急遽カレーを作ることになったらしい。

 むろん突然だったので数人前しか作れず――あれ、ということは、


「あの」


 オレはその2人に声を掛けた。


「味に自信があるというカレーは、全てVIPルームに行ったわけですか?」

「ん? ああ、そうさ」

「じゃあキッチンから遠いのに、このトイレだけに匂いが充満しているのは――」

「そりゃアレのせいだよ」

 

 男の1人がクイッと顎を上に向ける。

 つられて見上げた所には、正方形の網格子が1つ設置されていた。

 

「俺はあんまり入ったことねーから多くは知らないけど、あそこは地下だからな。換気扇が幾つも設置されてる。地上外へと繋がるダクトの1本がそれさ」

「……へぇ、だから匂いがここだけピンポイントに来たんですね」


 塞がずに鉄格子で済ませた理由はなんだろう。

 ダクトのメンテナンスをするためや、ここがトイレなので空気循環の意味を持たせたかったのかもしれない。


「そういえばVIPルームへは、コック自ら運ぶと聞きましたけど……」

「まぁな。一緒に調味料なんかも運ぶんだぜ、一式な。いちいち下げずに置いときゃいいものを。帰りは食い終わった食器を持ってかえ――」

「おい。喋りすぎだ」


 黙っていたもう片方の男が咎める。

 彼らだけでなく、警備担当のオレも自分の仕事内容はあまり喋るなと命じられている。


「随分と興味あるみたいだな。新入りか?」

「はい、今日からです」

「なら気をつけろ。興味本位で探ってるとスパイだなんだと言われ、痛い目を見るからな」

「痛い目……」

「妙な動きはするなと言うことだ。これまでにも何人か――」


 悲愴感のある言い方だった。

 オレのように潜入した者が、他にもいたのだろう。

 もしくは本当に興味だけで動いたか。

 それで捕まれば最後――


「忠告ありがとうございます。気をつけますね」


 既に事は終わっていたので、顔を完全に覚えられる前にこの場を後にする。

 確かに忠告はありがたいものであった。

 しかしそれ以上に有益な情報を手に入れられたことに、感謝をするべきだろう。


「ピースは揃ってきたかな――」

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