023 《潜入開始》
――誰かと仕事をするのはいつぶりだろう?
まだこの身に【神剣】が宿る前。
ただの聖剣使いであったオレと、最強の聖剣使いであった師匠は、各地を旅し邪神との戦いに心血を注いでいた。
今でこそオレは、師の【意思】を継ぐといって奔走しているが、元々は夢も目的もなくついて行っているだけだった。
ただ彼女の傍に居たかった。ただ彼女の英雄譚を見たかった。
師がオレを見つけ、導き続けてくれた物語。
それは約2年前、ある一柱の【邪神】との戦いで終わりを迎る。
彼女は命を賭してその神を滅し、命を賭して弟子を守ったのだ。
ノア・アークスの最期を見届けたのは自分ただ一人。
あの人の覇道は、グレイ・ロズウェルというちっぽけな人間しか知り得ない。
誰も――彼女の煌めきを知らないんだ。
見届けた時、そして埋葬をした時、そして今この時も、たくさんの感情が心に渦巻いている。
大切な人を失う悲しみ、自分の無力さや不甲斐なさ、もっと感謝を伝えたかったという後悔。
自責の念はもはや罪業となってオレにのしかかっている。
それからオレは生き方を変えた。
大切な人は作らない、失いたくないから。
邪神はオレが倒す、師の意思は絶対に継ぐのだから。
目に見える正義に惑わされるな、それは非情になりきれないから。
冷徹に、残酷に、自分の正義だけに従え。
人を遠ざけろ、孤高を演じ孤立となれ。
そして自らの使命を果たすのだ。
自分を救えるのは自分だけ。
世界を救えるのは師匠だけ。
英雄に憧れないよう明確な線引きをした。
遺言に従い学園に来てからも、そのスタンスは変わらない。
友人はいるようでいない。
信頼はあるようでない。
だが進級をしたばかり、2年生となったオレは1人の少女と出会う。
美しく透き通った声の、正義感の強い女の子だ。
彼女は突き放しても突き放しても、決して折れることはなかった。
その不屈の闘志は、まるで師匠を受け継いでいるようだった。
それはオレが継承できなかったもの。
なぜオレがレインを仕事に誘ったのか、それは未だに分からない。
もしかしたら分からないフリをしているだけなのかも。
本当は理解しているのに、理解すれば後戻りできなくなると知って。
彼女について、いま唯一言えることがあるとするならば。
それはオレが、彼女のことを少なからず好んでいるということ。
なぜだろうな。
ヒントになるかどうか怪しいが、リストが前に言っていた。
謎の答えは案外すぐ近くにあるのだと。
ただアイツの言葉を鵜呑みにするのは難しい。
となるとやはり暗路は続く。
オレはこの先どんな選択をし、答えを見出そうとするのだろうか――
※
「えーっと、今回紹介されたのは4名ね」
蝶ネクタイをした中年の男が、リスト片手に確認を取る。
彼は目の前を行ったり来たり、歩きながら話すせいか、若干小太りの腹がよく揺れる。
「まずはようこそ、闇カジノ・ボンゴーレへ」
皇都の東南には、風俗街が広がっている。
酒場であったり、風俗店だったり、こうしたカジノも多く点在する。
違法な闇カジノの中でも、このボンゴーレは1位2位の規模を持つ店だ。
だからこそ結構な従業員が必要となり、複数いる仲介業者を通じて人を雇う。
オレたちがこうして簡単に入れたのも、ルートが確立していたからこそ。
「君が……グレイ君だね」
「はい」
「かなり腕が立つと聞いている。警備の1人として働いてもらうが……」
「配置地図やシフト表は渡されています。業務内容も把握済みです」
現在、管理人室にて新入り相手に簡単な確認の最中。
今回は偽名を使わず本名で。
万が一学園生とバレたところで、退学すら望むオレにダメージはない。
そもそもびりっけつのオレが、都に名が通っているわけでもなし。
「では質問はあるかね?」
「現状ありません」
「了解した。なにかあればその都度言ってくれ」
ちなみに口頭でも述べたが、オレは【フロア警備】を担当する。
腰にも市販の【聖剣】を差している。
ただ配置やシフトを見た限り、やはり雇われたばかりなので重要そうなポジションには抜擢されなかった。
「そして君が……」
「れ、レイです!」
「おぉ……、元気がいいね」
隣に立つ黒髪の少女が、呼ばれる前に名乗る。
レイ――というのは、レイン・レイブンズのこと。
念のためコイツの場合は偽名を使うことにした。
更に細かいフォローとして、黒のカラコンも入れている。
「君は格好からして言うまでもないが、バニーガールをしてもらう。仕事は把握しているかね?」
「えっと……」
「ふむ。うちのバニーには【ディーラー】か【ホールスタッフ】をしてもらう。君には後者をやってもらうよ。基本的にトレーを持ってフロアを往来、お客様に飲み物を提供する仕事だ」
「りょ、了解であります!」
了解でありますって……。
ガチガチに緊張してるなレインのやつ。
「もう少し肩の力が抜けたらいいが……まぁ頑張ってくれたまえ。では次が――」
レインに演技は難しいかと思ったので、オレは難しい指示はしなかった。
つまり素の状態で、職業体験でもするつもりでやれと言ったのだ。
で、この有様なのだが、男は逆にレインを初心者バニーと完全に認識したようだ。
「(……大丈夫かレイン?)」
「(な、なんとか大丈夫、です)」
オレたち同様、今日から働くという他2名の確認に言ってる最中。
隣のレインに流し目でアイコンタクト、声を出さずに会話をする。
「(なんとか、ね。結構顔が強ばってるけど)」
「(だ、だって、先輩に見せるならまだしも、こんな格好で人前に出るなんて初めてで……。ほとんど半裸ですし……)」
オレに見せるだけならまだしもって、どういう意味だよ。
あれか?
犬や猫に裸を見られても恥ずかしくないって理論か?
「(まぁ前回は生足だったけど今回はタイツ着用だし、せいぜい三割裸だ。気にするな)」
「(肌の露出面積だけが問題ではないんです! む、胸とかもそうですし、上半身は全体的に生地が少なくて、あと下半身も服が、その、くいこん――)」
「(全部説明しようとしなくていい! なんで潜入中にエッチなこと言うんだよ!)」
「(え、エッチ!? そんなつもりありません! そ、そう感じたのなら先輩の頭がおかしいんです!)」
ここ最近思うのは『レイン実はエッチな娘疑惑』だ。
もはや彼女は確信犯で、あえて無知を装ってオレをたぶらかそうとしているのではないかと勘ぐっている。
近いうち追求する必要があるな……。
「――さて」
アイコンタクトはともかく、表面上は平静を装っていたオレたち。
残り2名の確認も終え、締めに入るらしい。
「ここは非合法なカジノだ。お客様の中には日中表に出れないのもゴロゴロいる。問題を起こさないよう各自気を配ってくれ。それと金を渡しちゃいるが政府の人間が連絡もなしに来るときがある。役人を発見した時は警戒、すぐにインカムで連絡を入れるように」
耳にはめた通信機でな、と。
諸々の注意を再度確認し、これで顔合わせは終了。
経歴や能力は、事前に送った書類(仲介が確認済みのもの)で把握しているのだ。
そもそも念入りに調べようと言ったって、ここで働くのはみなマトモな職につけないか、給料の割がいいからという単純な者だけ。
それでも万が一、オレたちのように潜入をするのなら――相当に覚悟を決めなければならない。並の騎士や冒険者でもやりたくないだろう。
バレればその時点で終わりなのだから。
「(レイン、潜入開始だ)」
「(はい)」
「「(武運を――!)」」
しかしオレたちは臆すことなくこの仕事に挑む。
再び会う時は無事にこの夜を越えてから。
ダークスーツな先輩と、バニーガールな後輩は輝かしい闇へと潜って行く――




