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022 《仕事説明》

 衣装の試着なり、レインが最終的に【同居】を言い出したり。

 それらの事は刺激的でエモーショナルではあったけれども、発端となった【仕事】についても語らなくてはいけないだろう。


 仕事の具体的説明だ。

 これを聞かずして従業するもなにもあるまい。

 まだ無知だったレインと共に、しっかり説明を聞いてくれたら幸いだ。




「――取引、ですか?」


 去り際のレインを引き留め、仕事に誘った後。

 オレは彼女を再び部屋に招き入れ、二杯目となるコーヒーをカップに注いだ。

 彼女はさっきと同様の場所に腰を掛け、オレの話に聞き入っていた。


「まだ正確な日取りまでは把握できてないが、約1週間後、闇カジノの地下で【神具(レリック)】の取引があると情報が入った」


 神具――

 それは神の力を内包したもの。神の残骸。神をまつろわすアイテム。

 この国自体、神に対し全くの無関心だが。

 例え遠方の関心ある国に赴いたところで、滅多にお目にかかれないアイテムである。


神具(レリック)……知らない単語です。どんな用途で使われるのですか?」

「用途は――まぁ儀式とかだ。それと取引されるのがまだ【神具(レリック)】と確定したわけじゃない。滅多に表に出ないんだ、常識的に考えればただの【禁具(アカシック)】の可能性の方が高い」


 前者がロクなものじゃないとだけは言っておく。

 後者の【禁具(アカシック)】ってのは、単純に国が禁止としているアイテムのこと。

 それは【神具(レリック)】の危険性に比べれば大半はオモチャだ。


「ただ万が一ということもある。オレたちはその取引現場を押さえ、【神具】の可能性がある(ぶつ)を奪取する」

「奪取……なんだか物々しい響きですね。あまり学園の生徒がするような課題ではないような……」

「だろうな。この仕事は横流しっていうのもあるけれど、危険度が段違いだ。経験と技術を必要とする。まず学生には任せないだろう」

「…………」

「どうした?」

「いや、なんだか考えていた以上にシビアな案件なんだなと」

 

 通常であれば、学生ではなく騎士団、もしくは腕の立つ冒険者に依頼される仕事だろう。

 非合法な場所での潜入はそれぐらいの難易度がある。


「だが、神にまつわるアイテムがあるかもしれないとなれば――話は別だ」


 取引されるのが、ただの違法物品であればオレはやらない。

 だが【神具】かもしれないとなれば、看破はできないのだ。


「それはお師匠様が……『邪神殺し』だからということですか?」

「どうし――あぁ、学園長が教えたんだな」

「……すいません」

「お前が謝ることじゃない。オレの方から名前は教えていたし」


 ノア・アークス。

 彼女の【意思】をオレは継いでいる。

 ……継いでいるなんて言い方は烏滸(おこ)がましいか。

 継がなくてはと意識し、継いでみせると今なんとか奮闘しているのだ。


「他のヤツには任せられない。もしも【神具】が形になった時、止められるのは――」

「?」

「……なんでもない。最悪の事態にならないよう事前に対処すればいいだけの話だ」


 神格を相手取るとなれば、相応の聖剣使いでなければ相手にならない。

 この国で言えばせいぜい学園長くらいか。

 オレはもう聖剣使いでないので、また事情が違うし――


「話を戻そう。で、その裏取引は闇カジノの地下――【VIPルーム】と呼ばれる場所で行われるらしい」

「VIPルーム、ですか……」

「ああ。ただ現状では地下にある(、、、、、)という事しか分かっていない。カジノの地上フロアの構図も把握していないし、警備の数も練度も不明、VIPルームの入り口も不明。取引現場を抑えるまでにセキュリティの解除コードと、トラップの確認。安全ルートも確保する必要が――って、ちゃんと聞いてるかレイン?」


 喋るスピードが速かっただろうか?

 レインは目をパチクリと点滅させている。


「いや、なんでしょう、改めて先輩はすごい人だったんだなと……」

「すごい? どこが?」


 他の生徒がどんな仕事を、どんな風にこなしているのかは知らない。

 しかし完遂するには幾つもピースを揃える必要がある。


 加えて今回は、経験のない後輩(レイン)を連れていく。

 いつも以上に注意を払い、安全性を高めていくべきだと考えている。


「オレ1人だけだったらもっと無茶もできるんだけど。ケガ程度ならともかく、お前に死なれたら困るしな」

「困るんですか?」

「……困るだろ。オレから誘ったんだし。一時とはいえ相棒に死なれたら寝覚めも悪い」


 説明を聞いて、今になってビビってしまったのかと勘ぐったが――


「相棒……えへへ……」


 ……どうやら杞憂だったらしい。

 しかし本当にコイツを連れていって大丈夫だろうか。

 えへへって。

 毛先を指でクルクルするな。なんかそれっぽい雰囲気になるだろうが。


 優秀ではあるんだろうが、胸襟を少し開けただけでこの様子である。

 気を引き締めなくては。


「もうだいたい理解しただろうが、客ではなく従業員としていくのは、内部から様々な【情報】を探るため。つまり今回の仕事は――【潜入任務】ということになる」


 仕事内容を簡易的に表すならば――


 レイン・レイブンズ。

 ①地上フロア全体の把握。 ②警備人数・配置・練度等の調査。 ③客層の確認(S級以上の指名手配犯がいるかどうか)。


 グレイ・ロズウェル。

 ①地下フロア全体の把握。 ②VIPルームの発見。 ③セキュリティやトラップの確認。 ④当日のルート確保。 


「ひとまずこれだけ。状況に応じて仕事を追加・変更をしていく。質問は?」

「わたしだけ優しくありませんか? グレイ先輩は結構危ないのばかりというか……」

「優しくはないぞ。1つ1つが重要な仕事だ。そもそもレインは【潜入】自体したことがないだろう? まず恥ずかしがらず、誰が見ても本物のバニーとして振る舞えるか?」

「う……」

「変装をした上で調査に臨むんだ。取引当日には戦闘だってありうる。今のお前は間違いなく1年生の中で一番危ない橋を渡ろうとしてるよ」


 従業員に化けるのは、臨機応変に対応するためでもある。

 取引が1週間後というのはデマで、明日や明後日の可能性もあるからな。

 内部にもともといれば、即座に動くことができるというわけだ。


 できれば誰が誰に(ぶつ)を渡すかも知りたかったが、メールにはまだ調査中とあった。

 続報を待つか、自分たちの手で調べるしかないだろう。


「…………」

「大丈夫かレイン?」

「説明をよく聞いて、二つ返事をしてしまったのは今更マズかったかなって。臆すということではなく、その、先輩の足を引っ張ってしまうのではないかと心配で……」


 決断が早く、腕も立つので忘れ気味だったが、レインとて入学したての1年生だ。

 潜入どころか、護衛や運搬の仕事すらやったことはあるまい。


 それでも自分のこと以上に、オレのことを心配するあたり。

 やはり肝が据わってるというか、一本ブレない筋があるというか――


「心配するな。お前ならできるよ」

「先輩……」

「なにかミスすればオレがすぐフォローする。相談にも乗るし、気になることがあれば質問なりなんなりしてくれ」


 ただ――


「命だけは、落とすなよ?」


 死んだら終わりだ。

 なにかも終わりなのだ。

 生きていれば失敗もいつか取り返せる。

 生きていればどんなに辛くても明日が来る。


「危険を感じたら無理せず逃げてもらっていい。その時にオレを置いていくことや、仕事を放棄することを気に病むな。もともと非合法の場所に潜るんだからな、何が起きても不思議じゃない」


 これでも1年長く生きている先輩だ。

 実地経験からして相当に差もある。


「あ、装備についても後で見てやる……というか教えてやる。ただオレは師匠のように『一度で覚えろ』って言えるほど熟練は多分してないしな、忘れたり疑問に思ったら気軽に訊ねてくれ」


 聞くは一時の恥聞かぬは一生の恥という。

 知識の多さは生存確率を上げるのだ。

 何度聞かれたって、レインが助かるのなら呆れも億劫も抱かない。

 

 ただこうして熱心に振る舞っているのは、自分に自信がないからでもある。

 レインを絶対に守り切れるという自信がだ。

 できるだけ助けはするが、限界はやはり存在する。

 多くは自分自身でなんとかしなければならない。


「なんだか細々としたことばかりで悪いな。お前は剣を教わりたいだろうに……」


 事前に提示はしていたが、やはり言葉で並べてみると申し訳ないとも感じてくる。

 そこでつい苦い笑みを浮かべてしまったが――


「先輩」

「ん?」


 ここまでオレが喋りすぎて、レインの合いの手すらなかった。

 彼女はここで久方ぶりに口を開けたわけだが、


「わたし、先輩と出逢えて良かったです」


 ……。

 …………な、なんだ突然。


「い、良いことなんてあったか? さんざん騙されて、喉元に剣まで向けられたのに?」

「でもそういう紆余曲折を経てここに来れました」

「? よ、よく分かんないけど、とにかく困ったら相談しろ。相談が間に合わない時は自己判断だ」

「はい!」


 良い笑顔で良い返事だ。

 これからダークサイドに潜ろうってのに、頼もしい限りだ。

 

「諸々のことが順調に運べば、もう明日からは【仕事】開始なわけだが……」

「どうかしました?」

「本当はこれ、最初に聞いておくべきだったんだけど、レインに1つ質問がある」

「グレイ先輩が質問ですか。いいですよ。なんだってお答えします」


 へぇ、なんでもね。

 

「じゃあスリーサイズ教えてくれ」


 こういうところが良くないとは分かっている。

 しかしこういう真面目の塊みたいなヤツが目の前にいると、いやレインが目の前にいると、どうしてかイタズラ心が働いてしまう。


 あれだ、これは友好関係を築けてきた1つの形なんだ。

 心が通じ合ってきたからこそからかってしまう。

 つまり今やスリーサイズやパンツの色を尋ねたってオッケーということだよな?


「す、スリーサイズ……知りたいんですか?」

「知りたい」


 ただ仲を深めてきたからこそ冗談を言える反面、相手の心だって大体読めてしまう。

 きっとレインは内心『この変態……! スリーサイズの代わりにわたしの剣を身体に教えてあげましょう……っ!』とか思ってる。絶対そうだ。


 ただコイツが怒ったところで、オレは全然怖くもな――


「う、上から、ななじゅう――」

「待っっった! そこは『このド変態!』ってツッコムところだろう!? 怒るところだろう!? なに真面目に答えてるんだよ! そういうキャラじゃなくない!?」

「で、でも、先輩が知りたいって言うから……」

「そりゃ言ったけれども」

「わ、わたしはいいですよ? グレイ先輩になら」


 ……なんだか話がややこしくなってきたな。

 誠実で真面目な人が好きっていう情報はどこにいった。

 まさか情報をオレに売られると危惧し、最初からデマを口にしたということか?


「ど、どうします?」


 具体的になにがとは口にしないが。

 つまり最後まで聞きますか、と。

 レインは頬を染め、若干上目遣いでリトライを問う。


 ここで取るべき選択は2つあるようで1つだ。

 大半の主人公は『や、やっぱりいいよ』などと怖じけづくからだ。

 ただこの物語の主人公が仮に、仮にオレだったとしたならば。


「――教えてくれ、レイン」


 聞くに決まっているだろう!

 どうしてこのチャンスを見逃すというのか。

 ふふふ。これをリストに売りさばけば、相当の報酬がもらえ――


「えい」

「ぎゃああああああああああああああああああああ!」


 廊下の方から凄まじい速さでナイフが投擲される。

 もちろん気づき、瞬時に1本弾いて――終わりだと思ったのが油断となった。


 投擲されたナイフは2本だったのである。

 1本弾いた影に潜んだナイフがもう1本、見事オレの頭に突き刺さる。

 

「グレイ先輩――ッ!?」

「だ、大丈夫だレイン。ホントに先っぽしか刺さってないから……」

「そ、その割に頭からぴゅーぴゅー血が出てますけど」


 突き刺さるというのは言い過ぎだ。

 刺さった瞬間には手は動き、ナイフの刀身を掴んでいた。

 お陰で軽傷で済んだが――


「浮気、うわーきも」


 投擲した少女は、棒読みでつまらないダジャレを披露し、最後には『呆れた』と言い残して外に出て行った。

 どうやらレインの秘め事を守ろうとしたらしい。

 もしくは単純に嫉妬でもしたか。


「あの、先輩……」

「どうやらオレは道を誤っていたらしい。デリカシーのない質問をして悪かったなレイン」

 

 外に出て行ったからと言って気を緩めてはいけない。

 やつは神出鬼没。

 いつ傍にいて、いつナイフなり剣が投擲されるか分からない。

 レインにセクハ――学術的質問は当分できないかもだ。


「色々と脱線したが、本題へ入ろうか」

「今までのが本題ではなかったんですね……」


 もちろん。

 質問というのはスリーサイズについてではない。

 オレが聞きたかったのは、


「今回の仕事の【(かぎ)】となる、お前の聖剣についてだ」

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