021 《着替える》
「――い」
「着替え終わったかレイン」
「――んぱい」
「おぉ、よく似合ってるじゃん」
「グレイ先輩――ッ! 一体なんですかこの格好は――!?」
レインを仕事に誘ったその日の夜。
既に依頼主に【承諾】と伝え、オレとレインで登録をした。
しかも仕事の速いことに、ついさっき2人分の【衣装】も届き、不備がないか一度着替えてみることになった――のだが、
「なんですかと言われても、バニーガールとしか……」
「バニーガールだということが問題なんです!」
激高しているレイン。
しかし恐ろしくはない、なにせバニー姿なのだから。
レインの頭部にはウサ耳のヘアバンド。
首には一本ネクタイを回し、全身はブラックのレオタードが包む。
肩から下、そして太ももの付け根の下からは健康的な肌がオープンに見ることが出来る。
白磁のような太ももを見れるのも眼福だが、タイツを履くのも捨てがたい……。
ただリクエストしたら絶対タダでは済まない。
それと着替える前に、目立つネックレス等のアクセサリを外すようにも指示した。不格好だからな。
「…………」
「ぐ、グレイ先輩? あの、わたしの声が届いてます? 抗議していることが伝わってます?」
「いや、意外とえっちいなと」
「~~っ! またわたしに命を狙われたいんですか!?」
「いや確かにお前はストーカーまがいのヤツだったけど命は……」
いつの間に暗殺者になったんだよ。
命のやり取りに発展したのは、喧嘩があったからだろうに。
「ろ、ロリコンのくせに、随分と好みの範囲が広いんですね……!」
「待て。勘違いをするなよ? さっきはお前を追い返すためにあえてロリ好きと公言しただけ。ようは嘘なんだ。だからオレが本当にロリコンみたいな発言は――」
「うるさいです! この変態!」
……美少女に変態と罵られる日が来ようとは。
一生あなたの師を悪く言いませんと誓ってくれたが、なるほどこういう方面の罵倒なら……。
「しかしあえて、あえてレインの言い分に乗ってやるのなら、お前だって案外ロリという要素は持ってるもんだぞ」
「わ、わたしにロリの要素? 実年齢15歳を流石にロリ呼ばわりするのは……」
「いやいや、年齢の話じゃなくて。だってレイン――貧乳じゃん」
貧乳。貧しい乳。まな板。絶壁。
彼女の胸部にまったく膨らみがないとは言わないぞ?
だが現在進行系で見ている限り、そこには申し訳程度の隆起が確認できるくらい。
「――ッ!」
レインは視線を感じ、腕を交差し急いで隠そうとする。
隠すほどないけれど。
誰がどうみてもソレは貧乳だ。
同い年の中でもワーストに位置されるレベルじゃないだろうか?
服のサイズを用意するのも大変だったろうし、実際これほど薄いと、逆に屈んだ時に服の隙間から見えてしま――
「……グレイ先輩」
「れ、レイン? ど、どうして椅子を持ち上げるんだ?」
「……聖剣を置いてきてしまったので代替品として」
「それで斬るつもりなのか!?」
もはや斬撃ではなく打撃技だろ。
「か、勘違いをするな。別にオレは貧乳が悪いだなんて一言も言ってないだろ?」
「わ、悪いとは言ってませんが……しかし女性に対してその発言は侮辱に値します!」
「そ……それは世間が植え付けたイデオロギーにすぎない。勝手な価値観だ。全世界の全人間が悪だと思うわけがないじゃあないか。貧乳が好きな奴だってちゃんといる」
「……む」
ふふ、この程度の舌鋒合戦など数え切れないぐらいやってきた。
レインのような純朴な少女を言いくるめることくらい朝飯前。
「で、では、グレイ先輩は……その、大きくなくても……よ、良かったりするんですか?」
「もちろんだ。むしろオレはないほうがいい。それこそレインのようなヤツが一番タイプだな。アイラブ貧乳!」
レインはたどたどしく、心配そうに訊ねたが、間髪入れずに肯定する。
ここまでストレートに承認されれば、受け入れざるをえないだろう。
ほら見てみろ、レインが顔を俯いて黙ったぞ。
「……ぐ、グレイ先輩の、その、お気持ちは理解しました」
「そうか、分かってくれたか」
「……ら、乱暴な真似をしてすいません」
大人しくなったレインは、持ち上げていた椅子をそっと降ろす。
……オレの思っていた以上にしおらしくなってないか?
そこまで効果覿面だと逆に勘ぐってしまうな……。
「じゃ、じゃあ話を戻しますけど、この格好は……」
レインはバニーガルであると言ったが、オレも新たに衣装を纏っている。
彼女に対して面白さの欠片もないが、よくあるダークスーツだ。
「そりゃあ闇カジノで従業員として働くんだから、それ相応の衣装に着替える必要があるだろ?」
これから仕事をするのだ。
正装に着替えるのは当たり前である。
「従業員って、説明はもう聞きましたけど……一番最初は『さぁ、一稼ぎするぞレイン』だなんてカッコよく言っていたじゃないですか?」
「あれはその場のノリだ。カジノには参加しない」
「…………」
「なんだ、意外とギャンブルに興味あったりするのか? もし気になるようだったら今度連れて行って――」
「興味あるわけないじゃないですか」
はぁ、と溜息をつくレイン。
オレのなけなしの優しさをバッサリと斬り伏せる。
「ロクにコミュニケーションを取っていなかったこともありますけど、グレイ先輩に冷たくあしらわれたり、はたまた昨日は殺されかけたり。そのせいで先輩は優しさの欠片もない、冷酷でシビアなリアリストみたいなイメージでしたが……」
「もしかしてあれか、『この人、実は凄く立派な人間なんだ』って思ったり――」
「しません。すっっっごくテキトーな人なんだなって改めて思いました」
「…………」
「口から出任せで、普通に嘘つきますし。というかつきまくりですし」
……悪かった。悪かったよ。
だからそんな冷たい眼でオレを見ないでくれ。
「まぁこうして向かい会って話せるだけ、今までよりかは……」
しかし軽蔑するような態度を取ったと思えば、どうしてか自分で自分にフォローを入れる。
まるで納得をきかせるみたいで――あ、もしかして、
「レインってさ、口であーだこーだ言いつつ、手の掛かるダメ男が好みだろ?」
「――っな、なんですかいきなり! そんなことあるわけないじゃないですか!」
「そうかぁ? 今日だって部屋にあげるや、かいがいしく掃除なんか始めるし」
「き、綺麗好きなんですわたしは。ゴミはすぐに捨てます」
「ゴミって言うときだけオレを注視するなよ。まるでオレをゴミ扱いしてるみたいだぞ」
リスペクトはどうした……。
こうしてお互い着替え終えてはいるが、打ち合わせが終わってすぐに衣装が届いたわけではない。
一旦解散するかと提案したが、自称綺麗好きとあって、勝手に掃除を始めてしまった。
ただ小規模とはいえ寮なので、掃除をできたのは1階のフロアだけだが。
その間にも色々とお喋りはした。
間違いなく距離は縮まったのだろう。
……そして比例するようにオレへの尊敬が失われていく。
「わたしは……せ、誠実で真面目な人の方がタイプですね。大前提として剣の腕を最も重要視しますが」
「ふーん。剣の腕はともかく誠実で真面目ね。顔とか身長は?」
「気にしません……って、えらく深掘りしますね。も、もしかして……」
「お前は人気者らしいからな。男のファンも多いだろ? だからリストに、レインの異性のタイプを情報として売ろうかなっておも――」
「最低ですね」
「…………」
「さいっていですね!」
二回言わなくてもいい。
しかしあれだけ人気者の隣にいたくないと豪語しておきながら、こうして妥協に近い形でも収まってしまったのだ。
それぐらいの旨味はあって然るべきだろう。
「……本人がダメと言うなら売らないよ」
「ダメと言わなくたって売らないでください。心の良心が働いていれば誰だってできます」
「オレの良心は無期限休暇中だとか言って、南の島に行ってる」
「もはや退職でしょうそれ……」
ともかくだ。
なんだかんだと衣装の確認は済んだ。
従業員として雇ってもらえるよう、クライアントも仲介業者に上手いこと働き掛けているはず。
「けど随分遅い時間になったな」
「あ……そうですね……」
どうやら時間の経過をさして感じていなかったらしい。
ずっと忙しなく動いていたもんな。
「思えばだいぶお腹も空いてきました」
「だな、もう良い時間だし……」
オレは隅に置いてあった箱から、包装物を数個取り出す。
本来はオレの食料だが、レインにも分けてやる。
「なんですかこれ……?」
「なにって……夕飯」
「は?」
あれ。は?とか聞き返す子だったけ。
怖いぞ。
「見りゃ分かるだろ。栄養調整食品だよ」
カロリーや栄養を調整に調整をされた、技術の結晶とも呼べる食料。
これなら料理ができなくても、健康的な生活を――
「できるわけないじゃないですか!」
喝。
バニーガールの後輩は、勢いよく声を上げた。
「まさかですけど、これを三食だなんて言いませんよね……?」
「言います言います。基本的にこれを三食毎日」
「まさかまさかですけど、グレイ先輩と仲の良さそうだったあの女の子も……」
「仲が良い?かは置いておいて、アイツは栄養調整食品ぜんぜん食べないな。というか一緒に飯食うってのもあんまり……」
「ふぅ……」
「アイツは三食お菓子だな」
「もっとダメじゃないですか!」
まるで母親みたいな言い方だ。
それとアイツの食事は特殊なので、あまり答えられない。
結局は『ヤツの食事は分からない』と苦しい言い訳をした。
あまり寮にもいない。姿を見ないとも。
「少なくとも今ここにいるのはオレと……レインだけだな」
ちなみに差し出したモノは一応受け取ってくれた。
しかしそれを食べる気はないようで……。
「もっと健全な食生活を送りましょうよ。学食とか使わないんですか?」
「金欠でな」
「……金欠。分かりました、では自炊をするとしましょう」
「自炊? いや食材を買うってのは……」
「わたしが買います。全額自腹で」
――な、なに?
「待て待て。オレを究極的に健康にしたいのは理解した。だがそんなことまでしてもらう必要はない」
「敬愛するグレイ先輩をほっとけません」
「は、早まるな。そ、そもそも食材を渡されたところでオレは料理できな――」
「料理はわたしがします」
「……はい?」
「朝・昼・晩! わたしが作ると言ってるんです!」
……ついに頭がおかしくなったか?
……それともオレの鼓膜がいかれてしまったのか?
「この際です。見て聞いたところ、部屋は随分と余っているようですし」
「ま、まさかお前……」
「ええ! ここに引っ越します――っ!」
【仕事】を誘った後輩はどうしてか【同居】をするという。
しかもどう言ってもレインの意思は揺るがないようで。
オレは彼女に勝てなかった。
レインのような純朴な少女に、口喧嘩で初めて負けたのである。




