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020 《先輩後輩》

 更新遅れました。すいません。

 レイン・レイブンズには【夢】があるらしい。


 それは一席になること。剣聖になること。英雄になること。

 キッカケはとある剣士に助けてもらった事だとか。


 詳しい内容までは知らない。

 あくまで触り程度、第三者であるオレが詮索するというのも可笑しいだろう。


「……はぁ、謝罪は受け入れた。もうそんなにペコペコと頭を下げなくていい」


 土下座のくだりが終わっても、レインの恭謙(きょうけん)な態度は崩れなかった。

 ここまで謝られては、もはや逆に鬱陶しい。

 許すことでこの流れが終わるというのなら、オレは迷うことなく許そう。


「ほ、本当に許して頂けるんですか? あんな横暴で無遠慮だったわたしを……?」

「許す許す許しますよ。だから――」

「寛大な処置、誠にありがとうございます!」

「だから土下座をするなって!」


 何にも分かってないなコイツは。

 ……いいや、何も教えてないのだから、理解されるはずもないのか。


 処罰は本当にないのですか?と聞かれるが、本当にない。

 ただ頭の隅に『もう二度と関わってくるな』という命令言葉もあったが、昨日までほど意識の混濁は薄まっているし、これ以上虐めてやるのも――

 

「では、わたしはこれにて失礼します」


 すっと立ち上がるレイン。

 気づけばコーヒーも飲み干されている。


「あれ、帰るの……?」

「ええ。金輪際ロズウェルさんに剣を教えて欲しいなどとせがみません」

「てっきり今日も粘っていくのかと思った……」

「もちろん粘りたい気持ちもありますよ? 諦めたくありませんよ? ですが――」

 

 これまでの失敗というか、掛けてきた迷惑が頭をよぎったのだろう。

 彌縫(びほう)したような笑みを浮かべている。


 それが今の彼女における1つの線引きなのだ。

 結局オレがどうしてここまで【無言】で避けてきたのか、その真意を訊くつもりもないようだ。


「……まぁ、そもそもオレは人に何か教えるって向いてないだろうから」


 実際、オレは師匠に剣の振り方を教わった事ほとんどないんじゃないか?

 実戦で覚えろ――という人だったので。

 知らないうちに現場に放り込まれ、命がけで右往左往していて今がある。


学園(うち)の先生のように軸足がとか、振り方がとか、そんな技術的?なこと絶対言えない)

 

 それに彼女は天才だ。

 こんな現場生まれ現場育ちのボンクラと一緒にいるよりも、ちゃんとした教師、立派な先輩たちに面倒を見て貰った方が良い結果に繋がるはずだ。


「とにかく、わたしはもう無茶なことはしません」

「そうか……」

「心配しないでください。もう顔すら合わせないよう地を這って生きていきますから」

「そこまでか! 挨拶ぐらいなら普通にしていいんじゃないか!?」

「そ、その、ロズウェルさんを見ると動けなくなってしまうので」

「オレをメドゥーサかなんかと勘違いしてない……?」

 

 謙遜がすぎて、もはや魔物扱いしてくれる。

 確かに彼女の気質が、多少なりとも今回の一件には繋がったとは思う。

 だがその裏では学園長という汚い大人が暗躍、レインをマリオネットのように動かしていた節がある。


 一概に、レイン・レイブンズだけが悪いと断言もしにくい。

 根は良い子そうだし、暴走しなければ基本無害だろう。

 自分としても、挨拶すら煙たがる根暗男だとまでは思っていない。


(だけどどうして、オレにそこまでこだわるかね。冗談はたまに言うけれど、未だに尊敬?をしているオーラを感じる……)


 さしてオレはイケメンでもない。

 まーさか惚れたというわけでもないだろうし――

 

「……長居してもあれですね。帰ります」

「あ、ああ」


 軽く会釈をして、入ってきた玄関へと向かうレイン。

 その表情はやはり悔しげであり、寂しげであり、やるせないものがあった。


 オレは鈍感じゃあないつもりだ。

 彼女の今の気持ちだって察している。


 ここでオレが『分かった。剣を教えよう』と言うのは簡単だ。

 それで物語は綺麗に収まる。

 彼女は喜ぶだろうし、もしかしたらそのままリストの言うように恋愛ルートに進むかもしれない。

 こんな可愛い恋人ができたなら、彼氏はさぞ鼻が高いだろう。


(でも――)


 最後まで【責任】は取れるだろうか?

 それは将来とか子供云々(うんぬん)ということではなくて。

 師として、弟子(かのじょ)を【頂】まで連れて行けるのかというもの。

 ただ腕っ節を強くすればいいとは思わない。

 オレは師から沢山のことを学んだ。


 ――それを果たしてオレができるのだろうか?

 ――中途半端な剣士に育ててしまうのではないか?

 ――それ以前に今のオレに何かを教える資格はあるのか?

 ――あの人のように、命を賭してまで(、、、、、、、)、弟子を守れるだろうか?


「ロズウェルさん」


 脱いでいた靴を履き、支度を調えたレイン。

 振り向くこともなく、おもむろにオレを呼んだ。


「わたしは、あなたがどんな人であれ、どんなに自分を卑下しているのであれ、惚れに惚れています」


 鈍感でないという自負は間違いだったのだろうか。

 彼女は『惚れている』と告白した。


「異性としてではありません」


 勘違いするなと。

 内心の意識に決着をつけようとした所に釘を刺す。


「わたしは――あなたの剣に惚れているんです」


 学園初日、あの不良数名を斬り裂いた出来事。

 あの日から、全てが始まった。

 今日に至る、全ての始まりだ。


「……剣に惚れてる、ね。あんな命がけの喧嘩をするくらいにか?」


 どれぐらいの惚れ込み度だったのか?

 遠回しにオレはそう言った。

 疑問系で訊ねたけれど、回答は特に気にしないものだったが――


「命を懸けるに値します。だって――異性として以上に惚れているんですから」


 それは告白ではないけれど、これ以上ない告白であったと思う。


 本物の剣士であればあるほど、その眼に映そうとするのは誰かの剣筋だけ。

 顔も、身体も、性別も、感情も。

 容姿全てを差し置いて、相手の【剣】に本質を見いだそうとするのだ。


 なら今の台詞ほど、剣士冥利に尽きるものはないと言える。


「それじゃあ」

「…………」

「もし気が変わったら、なんでも良いので声を掛けてください。それだけでも嬉しいですし、今後の可能性も広がるというものです」


 出て行く彼女に、掛ける言葉は出なかった。

 散々ここまで避けてきた人間が、どうやって引き留めろと?

 それこそ虫のいい話じゃあないか。


 細かいことに触れれば、オレは剣を教える方法を知らない。

 ……いや1つは知っているか。

 でもそれは現場に弟子を連れ添い、命からがらの冒険をするということに――


 結局、無駄にアンティークと称した扉はゆっくり閉まった。

 オレは――ここに立ったままだ。


「…………ン?」


 感傷など感じ得ないはずと思いながら、ポケットが泣く。

 いや勘違いだ、連絡用の【端末】がメールの着信を告げたのだ。

 内蔵されたバイブレーションが数秒間働いた。


「メール?」


 ひとまず何かに手をつけたかった。他の何かに集中したかった。

 即座にフォルダを展開、内容に目を通す。


「これは……」


 脳裏に1つの選択肢が浮かぶ。

 まるで絵に描いたような【依頼】だったからだ。

 むしろ彼女がいないと難しいと呼べるような……。


「レイン・レイブンズ――ッ!」


 思いっきり扉を開け放つ。

 思いっきり彼女の名を呼ぶ。


 メールを読むというラグを挟んだが、レインはギリギリ声が掛かる場所にいた。

 そしてオレの声を聞き、首を傾げながら踵を返す。


「ど、どうしたんですか、ロズウェルさん?」

「……あのさ」

「あ、もしかして帰りも迷子になると心配してくれているんですか? でも大丈夫です。帰りは木の上をテングのようにジャンプしていくので」

「どれだけ東方ルーツのネタを披露するんだよ。テングとか普通の学生は知らないぞ」


 テングに気を取られたが、帰り方自体もなかなかアバンギャルドだ。

 と、そんなツッコミは後でいくらでも入れればいい。


「……オレはちゃんと剣の手ほどきを受けたことはない。今があるのはひとえに現場で経験を積んできたからだ」


 だから――


「アンタの望むような剣の手ほどきなんてのは無理だ。そもそも範疇外。未経験だから」


 でも――


「さっき、なんでも良いので声を掛けてくれっていったよな?」

「……え、ええ」


 責任は――まだ持つ覚悟はない。

 だから弟子など取らないけれど。


「――オレと一緒に、仕事をする気はないか?」

 

 タッグを組まないか?

 オレはそう言った。

 上下関係はほとんどないけれど、師匠も弟子もないけれど、一時の一蓮托生にして相即不離、そんな風に【仕事】をしてみないかと誘った。


 聖剣学園ではグループを組むこと自体は珍しくない。

 むしろ1人で活動するオレや【二席】みたいなのは極少数だ。


「ロズウェルさんとお仕事……?」

「あーいや、気が向いたらでいいんだ。アンタの望むような形ではまずない、剣を教えるってわけではないからな。もちろん危険も伴う。命の保証は――」

「やります! やらせてください!」


 命なんていらないと、嬉しそうに宣言する。

 命は大切はしてくれよ……。


「でもなぜ急に?」

「……仕事のメールがさっき入った。偶然にしては出来すぎ。まるで狙い澄ましたようなタイミングでな」

「?」

「いや、気にしないでいい。こっちの話だ」


 正確にはこっち側、と言うべきか。


「承諾するというのなら、さっそく打ち合わせをしたいんだが……」

「暇です。なにせ謹慎中ですから」


 そうだな。くそ暇だな。


(……ただできれば、もう少し身体を回復させたかったけど)


 ただ仕事は仕事だ、しかも神絡みの可能性のある。

 向こうは断ってもいいと言っているが、まさか休んでいられるはずもない。

 ……クロスにはまた小言を言われるだろうが。


「でも謹慎中なのに、お仕事などやっていいのですか?」

「ダメだな。でももう別にアンタは気にしないだろ?」

「……いえ、一応気にはしますけど、だからといってここでノーは言えません。イエス一択です! あ、それと、」

「?」

「あまりアンタアンタと呼ばれるのは……」


 まぁ、確かに良い気分ではないか。

 一時的とはいえタッグを組もうという相手だ、呼び方は改めよう。


「オレはレインと呼ぶ。お前は……まぁどっちでも好きで呼んでくれ」

「では――グレイ先輩と」

「先輩……」

「嫌ですか?」

「いや、初めて先輩と呼ばれたんでむずかゆい」


 あの【二席】みたいな言い分になるが、これでレインはオレを唯一【先輩】と呼ぶ存在に。

 なら彼女はオレにとって唯一の、本当の意味での【後輩】になるのかも。

 弟子弟子言っておきながら、後輩の枠に収まるとは。

 なかなか平和的だし、丁度良い感じなのかな。


「ではグレイ先輩、さっそく1つ質問なんですが」

「なんだ?」

「お仕事というのは具体的に、えっと、どこでとか……」


 これから部屋に戻って話をするわけだが、年甲斐もなくワクワクしているらしい。

 たまらず質問してしまったようだ。

 そうだな。ずっとニコニコしてるもんな。

 

「順調にいけば仕事は明日の夜から。オレたちが行くのは――闇カジノだ(、、、、)

「や、闇カジノ?」

「そうだ」




「――さぁ、一儲けするぞ後輩(レイン)


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