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019 《すべて人》

 『未許可の決闘、ならびに器物損害により、グレイ・ロズウェルを7日間の【自宅謹慎処分】とする』


 パンツ丸見え()かれピュア1年、レイン・レイブンズとの一戦を経て、オレたち(、、)には【謹慎処分】というペナルティが科せられた。

 無論レインも、そして途中まで正義?だったあの【二席】、ボッチ先輩も頭数に入っている。


 え、レインの紹介の仕方がだいぶ酷いって?

 いやいや、オレは彼女を誹謗中傷する気なんて一切ない。

 酷いように聞こえたのなら、それは読み手側の偏見というものだろう。

 

(1日経ってなんとか意識も落ち着いてきたし……)


 実際のところ、昨日の所業からしてオレにある程度の偏見を持たれるのは仕方ないのかなと思っているが。

 あえて弁明をさせてもらえるのなら、【ヤツ】のせいで多少人格というものが攻撃的になっていた。

 ……普段のグレイ・ロズウェルは、誰にでも優しい気さくな好青年だぞ。


「――にしても復学早々に自宅謹慎とはこれ如何(いか)に」


 昨日の夜には【端末】に、処分の連絡が来ていた。

 ついさっきまで意識を失っていたので、知ったのは朝なのだが。

 まぁ……1週間の休暇ができたと前向きに受け取ればいいだろう。


 ただ1つ疑問があるとすれば、ここは全寮制。

 その場合でも自宅謹慎と呼ぶのだろうか? 寮謹慎とは言わない? もしくは自室謹慎とか?


 本当にどうでもいい疑問である。

 しかしながら、オレが現在暮らしている場所に限っていうのなら、自宅謹慎というワードは合致すると言えるだろう。

 なにせここだけは――


「…………誰だ?」


 現在の時刻は正午を過ぎた辺り。

 エントランスを進み、それなりの面積で設けられたリビング?談話部屋?でダラダラとしていた折りに、玄関から『ドンドン』とノック音が聞こえた。

 どうやら来訪者が来たらしい。


(今日は平日、昼休みとはいえ生徒はみな学校にいるはず。そもそもここは立ち入り禁止区域って聞いているし……)

 

 学園長から、ここなら誰もいなくて安心と聞かされている。

 だからこんな幽霊屋敷みたいな場所の、管理人にも買って出た。

 なら来訪者の正体は……。


(あ――クロス(、、、)のやつか(、、、、)

 

 そういえば数十分ほど前に、『散歩してくるね。わーい楽しみだなー』と全然楽しくなさそうに出て行った相方がいた。

 つまり他者を装って来訪、オレをこんな風に困らせようという魂胆だな。


 やれやれ、仕方のないロリっ子である。


 オレの感覚としては、アイツはギリギリでロリにカウントされると考えている。

 異論は一応認めるぞ。


「……どうせ今日は暇だし、かまってやるか」


 ノロノロと立ち上がって玄関に向かう。

 古びた木造なので、一歩踏み出すごとに軋んで鈍い音がする。

 簡単に掃除はして小綺麗になったが、一度痛んだものまではどうしようもない。


「――はいはい、どちらのロリですか?」


 無駄にアンティークな扉を開けながら訊ねる。

 といっても、相手が誰なのかは既知であり――。


「こ、こんにちは、ロズウェルさん」


 がしかし、目の前にいたのは黒髪の少女であった。

 綺麗な青眼(ブルーアイ)がこちらを見つめてくる。


「――――」

「きゅ、急に訪ねてしまって申し訳ないです。それであの、ロリというのは……」


 律儀の権化のようなヤツだ。

 訊かれたことを、スルーすることなく、気まずそうに返してくる。

 表情からして『ここには普段からロリ娘が来るのか?』という疑惑を持っているらしい。


「……そりゃあここはロリの(やかた)だからな」

「ロリの館!? そこはかとなく犯罪臭がしますけど!?」

「……ロリロリした人間でなければ、客であろうと迷子であろうと重症患者であろうと敷地に足を踏み入ることは許されない」

「重症患者は入れてあげましょうよ! あ、なら男であるロズウェルさんは……」

「ロズウェル? オレはロリウェルだが?」

「普通に偽名ですし、仮にロリウェルだとしても結局条件は満たせていないでしょう」


 ……真面目なやつだ。

 出したボケ全部拾ってきやがる。


「……お前はロリか?」

「い、いいえ」

「じゃあ帰れ」

「え、待っ――」


 問答無用、大きく開け放った扉をすぐに閉める。

 閉めようとした――が、彼女は途中で戸を掴みそれを許さない。


「ま――待ってください、よ!」

「諦めてくれ! オレはロリの研究で今とてつもなく忙しいんだ!」

「そんな研究やめてください! ただの変態ですよ!」

「変態だと!? ふん、パンツ丸見えでストーキングしたやつがよく言うもんだ!」

「ぱ、パパ、パンツ!? 一体いつの話――あ!?」

「今更目撃者がいると悟ったみたいだな、マヌケめ」

「っく、なんて――正真正銘の変態ですね!」

「なんとでも言うがいいさ! 早くこの変態の居住から去るんだ! もしくはロリらしいカボチャパンツかキャラものに履き替えて出直すんだな!」

「死んでも御免です。わたしは単色のパンツが好みで――あ! わ、忘れてください!」

「アンタ本当に馬鹿なんじゃ……」

 

 お互い扉を引いて引っ張られてをする俎上(そじょう)での、低レベルな醜い言い争いである。

 途中、あえて自分の性癖を誇張表現し、違う意味で『ドン引き』させて帰らせようとしたが、彼女の不屈の意思には響かなかったらしい。

 ……後で言い訳しないとな、広まったら大変だ。


「呆れた。いつまでやってるんだい」

 

 ここで平行を辿っていたやり取りに、縦の境界線を引いたのは1人の銀髪少女だった。

 もちろん誰かは知っている。

 なにせ始めは彼女がふざけていると思って、簡単に扉を開けたのだから。


「ロリのお通りだ。大人しく道を開けやがれ」


     ※


 彼女の最後の台詞は、だいぶキャラブレを起こしていたようだけれど、それにツッコミを入れる間もなく二階に上がっていってしまう。


 その両手には、出立する時にはなかった包みがあった。

 どうやらレインが持ってきた手土産を1人でかっさらったらしい。

 オレにも分けろよ。


「…………」「…………」


 暖炉が1つ。ソファが複数個。

 この建物においてリビングもしくは談話部屋と呼ばれる場所で、オレは昨日の宿敵――レイン・レイブンズと相対していた。


 だが会いたいなどとは微塵も思っていなかったわけで。

 しかも喧嘩の次の日に再会するとか、普通に気まずいだろう。

 部屋に上げてしまったし、このまま静寂というのも――。


「……はぁ、コーヒーを淹れてこよう」


 立ち上がる。

 そもそもアイツが手土産をもらってしまった(しかも独り占め)。

 なら最低限のもてなしはすべきだろう。


「インスタントだけど、文句言うなよ」

「い、言いません! この命にかけて!」

「……そこまで決意するんならもはや文句言ってくれ」


 インスタントコーヒー云々(うんぬん)で死なれては、オレの立つ瀬がない。

 周りにどうやって説明しろと言うんだ。


 お湯を沸かし、フィルターに盛られた粉末に注ぎ込む。

 ウォーマーがだいたい一杯になったら手を止め、2つのコップに分けた。


「……どうぞ」

「あ、ありがとうございます」

「砂糖はいらないんだったよな?」

「そうですけど……よく分かりましたね。わたし言いましたっけ?」

「言ったぞ。お前が初めてオレの教室に来たときに」


 わざわざ数行を使って説明することでもない。

 もし分からないなら読み返してみてくれ。


「――で、今日は何の用だ?」


 親しい仲でもなんでもない。

 むしろ重いペナルティを受けるほどの喧嘩をした仲である。

 まさかその次の日に、彼女が訪れるとは、しかもオレの住む場所に。


 もしかしてまだ戦いたりないとか?

 まだ剣を教えてくれと請うてくるのか?

 もう勘弁して欲し――




「申し訳ありませんでした――っ!」


 

 

 土下座、である。

 極東にルーツを持つ、最高級の謝罪方法。

 彼女はコーヒーに口をつけることはせず、急に土下座をしたのだ。


 あまりに美しく滑らかに動くものだから、痛んだ床がまったく軋まなった。

 どれだけ器用なんだよ。


「ロズウェルさんのお師匠様を酷く罵ってしまい、不快な思いをさせてしまったこと、ここに謝罪いたします」


 お師匠様に対しても謝罪の意を、と。

 未だレインは顔を上げない。そのまま言葉を続ける。

 

「お師匠様のことを言われると怒る、それを知った上での行為でした。弁明はありません。いかような処罰も受け入れます」


 思えば、彼女は腰に【聖剣】を差していなかった。

 正真正銘の丸腰なのである。

 

「煮るなり焼くなり好きにしてください。さっきは抵抗をしましたが、パンツをカボチャパンツかキャラものに変えろというなら、今すぐ着替えてき――」

「いやパンツはもういいよ!」


 自分から言っておいでなんだが、ここまで引っ張れると真実見を帯びて来てしまう。

 オレに凝ったような下着趣味はないのだ。


「……はぁ。とりあえず顔上げて」

「こ、これから陵辱恥辱の祭りが始まるわけですね――」

「しねーよ! しかもなにちょっと嬉しそうにしてるんだ! 変な期待をするのやめてもらえるか!?」

「し、してませんしてません! 勘違いです!」

「じゃあなんで急に頬を赤らめてモジモジしてんの?」

「わ、わたしが忸怩(じくじ)たる想いであり、今なお自身を省みているからに他なりません!」


 ……本当かよ。

 仮に想いが本物だったとしても、それはそれで重いのだが……。

 とにもかくにも正座はしたままだが、上半身は起こしてくれた。

 美少女の土下座なんて、一度見れば十分だ。

 

「……ったく、真面目なんだか馬鹿なんだか」

「あ、ありがとうございます」

「褒めてないんだけど……」

「そ、そうですか? ごめんなさい」


 エヘヘと笑うレイン……ちょっと可愛いじゃないか。

 待て待て。なにオレは感化されているんだ。

 だがそれは口火となり、レインは恭謙(きょうけん)に、委曲に事を語り始めた。


 それは自身の【夢】のことだったり。

 それは今回の【裏】のことだったり。

 それは今日の【意】のことだったり。


 胸襟は完全に開かれ、説明も上手く、オレは短い時間で大体のことを理解した。


「あの女……っ!」

 

 学園長に対し怒りが湧いてくる。

 妙にレインに肩入れしていると思ったが、もはやショルダータックルをキメている。

 吹っ飛ばされたレインが、オレの方に向かってきたみたいな構図だ。


「まぁ学園長のことは後でどうにかするとして……ともかく今日は、一連のことを謝罪をしに来たわけだ」

「そうなります。お詫びの品も持ってきたのですが……」

「アイツが独り占めしてるからな」

「えっと、もし教えて頂けるのなら、あの子は一体……」


 ここまで触れられなかった、彼女の正体について訊ねられる。


「アイツは――まぁ、ここの住人だ」

「も、もしかして本当に幽霊……」

「幽霊? あぁ『記憶殺し』ってやつのことを言ってるのか?」

「そ、そうです! ここに来る前、ロズウェルさんの住居を知ろうと……」

「情報通のリストに諸々と聞いたわけね。そして【怪談】のことも」


 オレはおもむろに立ち上がって廊下へ、ガラクタ置場と化した一室へブツを取りに行く。

 レインが恐れたソレはすぐに見つかり、抱えて彼女の元へ戻る。


「これだろ? 聖剣を持った少女の幽霊ってやつは」


 埃にまみれたそれは――【人形】。

 正確に言うならば、機械仕掛けの、侵入者撃退用機械人形。 


「き、機械? 撃退用?」

「オレも転居する際、学園長から簡単に説明を聞いただけだが――」


 この建物は割と前に建てられた小規模な【寮】であった。

 現在では東西南が発展を続けているが、過去には学園の北側にも寮や施設を作り、開発しようという動きもあった。

 いま居るここがその先駆け、一番槍というわけだ。


 きっと先がまだ見えなかったから試験的に、このサイズになったのだろう。

 しかし様々な事情から、北側の開発にはストップが掛かる。


「取り残されたのはこの寮は、それから【物置】として機能していたらしい」

「物置……?」

「学園で没収された【禁止物】や、おかしな部が開発したおかしな【兵器】や【武器】【薬物】とかだな。処分したいが簡単に処分できないやつ」

「で、ではその壊れている人形は……」

「場所的に迷いやすく、この建物を見つけるのは相当難しい。でも勝手に持ち出されたら面倒だから――ようは物置を守る【門番】ってことだな。造ったのは当時いた教師の誰かだとか。少女デザインは完全に趣味らしい」


 数は数体、この壊れた人形は複数いた門番の1体にすぎない。


 今では機械人形は珍しくないのだ。

 ある程度金のある店なら、聖剣を装備した人形が警備にあたってるなんてこともある。 

 完成度としては、このどこかの教師が造ったモノにだいぶ劣るだろうが。

 

 どちらも聖剣を装備しているが、それを使えるのは【人間】だけなので、あくまで得物は見せかけ、あとは普通の剣より頑丈ぐらいの理由だろう。


「ただ何人かの学生が、こーんな森の奥にある【建物】を見つけてしまった。普通は見つけられないぜこんな場所」

「わたしも迷いました……」

 

 アイツの手助けがなければレインもここには来れなかった。

 ただ大前提に、よくもまぁ何もない森に入ろうと思い、探検をする気になったものだ。

 まさか秘密基地でも作りたかったのか?

 

「で、怪談というか事件が起きたわけ。オレからすれば事件と呼ぶのも烏滸(おこ)がましいものだけど。それから学園は放置気味だったこの【物置】を――というか【保管庫】を、今度はちゃんと管理しようと、防犯設備の整った施設内のどこかに移らせたらしい」


 発見されにくいとはいえ、人形が複数警備しているとはいえ、もともと甘い管理だったのが悪い。

 

 ともかく、本当にこの場所はお役御免に。

 もぬけの殻ならぬ、ものぬけの殻になってしまった。


 立ち入り禁止にしたのは、生徒たちに詮索されるのを防ぐためだろう。

 公的調査をして発見は出来なかったと周りには言ったそうだが、それは嘘ってことだ。


 教師たちが教えないのは、教えられないから。

 知らないのではない。教えるなと決められているからだ。


「ま、待ってください。では『記憶殺し』……斬った相手の記憶を消すという謎はどうするのですか? その人形は確かに聖剣を装備していたんでしょうが、されていたとしても【人造聖剣(アーティファクト)】です。使い手は人間でないし、そもそも人が造った剣で記憶の消去なんて不可能……」

「そりゃあ不可能だろう。できたとしても【神造聖剣(デウスファクト)】ぐらいだ」

「で、ですよね」

「だから――【神造聖剣】で消したんだよ。お前の考えた通りな」


 当時ここに侵入した者たちは、この建物に眠る数々の【物々】を見たのだろう。

 ならば消さなくてはいけない。

 ここがどんな場所で、どんな物があるところなのかという記憶を。


 万が一にも悪用されてはたまらない。

 加えて、管理の甘さが露呈するのも嫌だったのかもしれない。

 こういうミスも予算には響くらしいからな。


「えーっと、名前はなんだかったか。ほら、相当昔から学園にいるっていう、心理学を専門にしてる結構な歳の……」

「エービング先生ですか?」

「多分そんな名前だった……かな? 確か【繊維(せんい)】型の聖剣を使うだろその人」

「はい。神経や構造を操作する【神造聖剣】使いとして名高い人で――あ!」

「もう分かったろ? そのエービング先生とやらが消したんだ」


 人形たちは峰打ちで気絶させただけ。

 聖剣といっても人を殺さないように逆刃(さかば)、もしくは特殊な加工をされていたはず。

 

「そもそも人形に斬られたっていう生徒は、一体どこで発見されたのか」

「え。それは……あれ、どこでしょう? その辺の地面に転がっていたとか?」

「空き缶が落ちてたみたいに言うなぁ。これについてリストは『彼らは当日すぐ発見された』『逃げ延びた1人は大急ぎで医務室に向かった』みたいな感じで語っていたよ。でもさ、それはまるで発見場所(、、、、)が医務室(、、、、)だったみたいにも受け取れないか?」

「! ま、まさか……」

「まさかもなにもないさ。いくら名高き聖剣使いでも、曲がりなりにも生徒の記憶を消すんだ。本来立ち入られたくもないこんな場所で、あるいは地面の上でなんか操作しない。人目がつかなく、教師が好きに動け、設備も整っている、誰か意識を失っていてもおかしくない場所――それって医務室が適所じゃあないか?」


 もちろんこれは可能性の1つすぎない。

 学園長はその辺りまで語っていたかな?

 このあたりはオレが勝手に整理した。


「な、なるほど……でも全員というなら、なぜ逃げられた1人の記憶は消さなかったんでしょうね」

「そこはどうするか迷っただろうけど、結局は【噂】にしたかったんじゃあないのか?」

「噂?」

「恐ろしい噂があれば、誰も関わりたくはないだろう? 学園としても『禁止区域』とする上で理由にしやすいし。現にこの森にはもう誰も近づかない」


 人間がいなければ【怪談】は成り立たない。

 知覚する人がいて初めて、怪異は怪異として成立する。

 そんな風な台詞を、とある蒐集家(しゅうしゅうか)が口にしたという。

 リストからの受け売りなので、それがどこの誰なのかは詳しく知らない。

 きっとリストみたいに怪しいモノ好きなんだろうな。


「分かりやすい説明でした。前から思っていましたが、結構な語り上手ですよねロズウェルさん」

「褒めてもなにもでないぞ」

「やはり人を(かた)る上でお喋りは必須スキルですもんね」

「実は(けな)されていた!?」


 短期間で集中して騙すのは良くない。

 こうやって警戒心が強くなってしまうからな。

 それはそれでまた違った騙し方があるけれど――っと、それをお見せするのは今日じゃないな。


「でも分かってしまえば全然怪談じゃなですね。七不思議なんて眉唾のような。改めて俯瞰(ふかん)すると全て人の手で行われています」

「そもそもリストの話は全て鵜呑みにしない方がいい。アイツは確かに情報通だけれど、すぐ物事を怪談風に、謎めいた感じにアレンジするから」

「ミステリー好きということですかね?」

「そうだな。オレがもし詐欺師見習いだっていうんなら――」




「アイツは怪談師見習いってところか」

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