017 《九死一生》
『あーあ』
少女は言った。
無表情で、平淡かつ無機質な声音で。
『あーあーあー、だよ』
少女は言った。
能面顔で、冷淡かつ機械的な声音で。
『いくらなんでも短期間で対価を払いすぎだ。もう身体はボロボロだろう? それに今度は鉄砲使いが現れた。なかなか手強そうだしね』
力を借りすぎたツケが回ってくる。
だがそれだけはない。
能力を行使することによって、【融合】が加速しているのだ。
本来の自分ならば、目撃者、しかも【二席】の登場にもっと慎重になる。
色々と対処法はあるが、少なくとも『消えろ』などと言うことはまずない。
それはひとえに【ヤツ】が、オレの意識に影響を及ばせるから。
戦いを、殺しを、生きることを、死ぬことを――望ませるのだ。
『全部コチラのせいみたいに言うのは関心しないよ。まるでワタシがアナタを乗っ取ろうとしているみたいな言い方じゃあないか』
彼女の口調は常に棒読みだ。
声音だけでは怒っているのかも、喜んでいるのかも分からない。
『愛があれば分かるよ。わかり愛えるよ』
だから――
『こうしてより深く混ざり合い、混ざり愛となるんだ』
『さぁ――天国と地獄への旅路を始めよう』
※
放たれる【弾丸】が螺旋を描き目前へと迫る。
目測にして12から15発。
弾道は全てを【急所】を狙っているようで――
「――なめんな」
闊歩から疾走へ、折れた聖剣片手に弾幕の中に飛び込んでいく。
足だけだった電流は全身に駆け巡り、細胞を活性化、血液のポンプを加速させ、超人的な身体能力を生み出す。
「――14発だったか」
瞬間にして全ての弾をたたき落とす。
剣身は折れて短くなっているので、もはや鉈を扱っている気分だ。
「やるな――!」
【二席】のクールな面持ちは崩れることなく、けれどどこかニヤついているようにも見えた。
彼女は拳銃両手に、後退することなくオレの方へ突っ込んでくる。
飛び道具を使うのならば、本来は中遠距離戦を選択すべきだが――
「Shall we dance!」
目前にまで接近、オレの制空圏にも、彼女の制空圏にも入った。
開幕を彩ったのは――彼女の方。
自身の聖力を弾丸とし、再充填が不要となった自動式拳銃が高速で火を吹いた。
(さっきからそうだが、遠慮なく【急所】を狙ったエイム。剣を抜いているのだから当たり前だが――コイツは間違いなくオレを殺しに来てる)
あの現場を止めた人物が一転、殺人者になろうとは。
……終わってるなこの学園は。
「これも避けるか!」
「じゃあ次はオレのターン――」
「にはならないな!」
【二席】はスピードを緩めることなく前へ、そして目にもとまらぬ速さで一回転。
超高速の踵おとしである。
寸でで回避したが、彼女の足は堅い地面に穴を開けた。
「――徒手戦は久しぶりだ」
トリガーを引く手を緩めず、薬莢が香り、弾丸が常に舞う中で――彼女も踊る。
オレが弾をはじけば蹴りが迫り、蹴りを返せば肘打ちが繰り出される。
まさに電光石火、苛烈にして可憐なる【攻め】の応酬。
銃と武術を組み合わせた超近接格闘術――通称【ガン=カタ】。
それが【二席】が使う技法。
彼女が武術に秀でているとは噂ぐらいで耳にしてていたが……。
(――動きは速く、止めようと腕でも掴めば寝技や間接技に持ち込まれる可能性もある)
そもそも放たれる弾丸もうざったい。
弾くなり避けるなりしているが、1発当たっただけでも致命傷である。
ならば――
「――甘い、大振りだな」
あえてここ一番のスイングで聖剣を振るう。
彼女は避けることなく、片方の拳銃――その銃身で受け止めた。
神聖なる金属体が擦れ合い、鼓膜に響く嫌な音を生む。
しかしいま重要なのは、空いているもう片方の銃で狙われるということで――
「ンなこと知ってる」
聖剣にありったけの電流を注ぎ込む。
それは未だ接触し、受け止めている拳銃へも流れ込む。
「――ッ!」
どうやら【二席】も気づいたようだが、放した時にはもう遅い。
いいや、遅くはなかったか。
彼女がやられるのは左腕だけで済んだのだから。
まずは二丁のうちの片方を潰した。
表には出ずとも、そう安堵――してしまったその時、
「聖剣バレッド・イレブン!」
瞬間――【二席】は己が聖剣の銘を呼んだ。
「招来せしは十一の異能! 銃式変形・Ⅶ!」
未だ健在の右手、そこに握られていた【拳銃】が【散弾銃】へと形を変える。
まさに刹那の変身変化、延長された銃身がオレの身体を間近で捉えた。
(マズ――――)
轟。
もはやフォアエンドを引くことなく、全自動で弾薬は発射された。
凄まじい威力を誇るのだろう、転がったオレの脇腹を少々吹き飛ばし、地面を粉砕するぐらいに被害は留まった。
「――――」「――――」
お互い素早く離れる。ここで改めて距離を取った。
できるものなら、左腕を封じたところに追撃を仕掛けたかったのだが――
「ふふ、驚いたか?」
「ああ……」
「どうやら珍しいことにお前は私の聖剣を知らないらしい。もしや浮人か?」
「ただただ意識が低くて、ボッチというだけだよ……」
彼女はならばと簡単に説明をした。
「私が持つのは【拳銃】型聖剣ではない。あくまで通常時が拳銃というだけ。だから正確には【全銃】型の聖剣とでも呼ぼうか」
「ストラトス……」
「全てだよ。私はありとあらゆる銃を使役することができる」
散弾銃をクルクルと回し――ている内に、いつのまにか【小銃】へと形を変えている。
武器変更には、まったくラグを挟まないようだ。
「まぁもちろん、これは能力の1つに過ぎなくて。他にも能力はあるがね」
それは他にも銃の種類がある……という意味ではなくて、まったく別の力を隠しているという意味だ。
そもそも【神聖機武装】すら彼女は見せていない。
にもかかわらず、通常体であそこまで自由度高く【聖剣】を操られている。
「驚いたか?などと訊いたが、一番驚いたのは――私の方だよ」
女性にしては身長が高い方だろう。
素晴らしいという他ないプロポーションを誇る麗人は、小さく身体を震わせていた。
それは笑ったからだ。
あの仏頂面というか、つまらなそうにしていた表情を――初めて綻ばせたのである。
「私とて、君と同じように孤独に生きている。友という友もいないし。他の十二聖のように派閥もない、部下もいない、仲間もいない。『絶対孤高』などと周りは呼ぶが、それはもはや渾名というより仇名だ」
だとしても、と。
「流石に私と張り合える、張り合える可能性のある【聖剣使い】は把握しているつもりだった。しかし――お前は誰だ?」
口角を下げ、赤い隻眼をそれこそ銃口のように向ける。
「この【二席】を一時的とはいえ、武装は出してないとはいえ、遊び半分だったとはいえ――片腕を落とすとは」
これは由々しき事態だと彼女は言う。
「アンタは遊び半分だったんだろうが、オレは本気だった。その差異がこの結果と驚愕を生んだだけのことさ」
「本気だと? 私にはお前の調子が悪そうに見えるがな」
「…………」
「そもそもあの少女、1年か?との戦闘直後の戦いだ、むしろ其方はハンデを負っている」
どうやら彼女の眼は誤魔化せない。
身体の機微から大方の身体状態も見抜くらしい。
(にしてもあの眼帯……)
彼女の左目は黒い眼帯が掛けられており、隻眼として戦っていた。
だがどうにもあの隠された眼に嫌な感じがする。
失明や、怪我をしているわけではない気がするのだ。
あの【聖剣】だけではない、まだなにか秘匿された【能力】を……。
「アンタの――」
「カノンだ」
「……は?」
「私の名はカノン・アーカード。目上の人をそんな風に呼ぶな」
「…………」
とても今更感のある苦言だ。
だが表情を見るに、どうやら呼び方を改めないと話を進めないらしい。
「アーカードさ――」
「カノンだ」
「…………」
「あぁ、私が『お前』と呼ぶのが気に掛かっているわけか。不公平だものな。先に言ってくれればいいのものを。で、名前は?」
「……2年、グレイ・ロズウェル」
「グレイか。覚えたぞ」
学園長もそうだが、どうして年上の女はこうも豪胆なのだろう。
親しい間柄でもなし、別に下で呼べばいいじゃないか。
【眼】のことを尋ねようと思ったが、どうにも気が失せた。
これじゃあただ自己紹介だな。
「ふふ、人の名前を呼ぶなど何時ぶりか」
「カッコよく『孤高に生きている』なんて言ってましたけど……ようはオレと同じボッチですもんね」
「ぼ、ボッチとか言うな! あ、えっと、私は友達などいなくて全然平気だからな。足を引っ張るだけだ。そこらのボッチと同じ括りにするのはやめてもらおう」
途端に年上の女性らしく、余裕をもって先輩風を吹かせる。
……さっき自分で『君と同じように孤高に生きている』って言ったじゃないか。
どうしても孤高という名称は譲れないらしい。
「話を戻すが、私は滅多に他人と交流は持たないからな、他人に興味を持ったのは久しぶりなんだ」
「…………」
「グレイ、喜びたまえ。つまり君は【二席】――カノン・アーカードにとって唯一にして始まりの【後輩】になったということだ!」
この学園で、私が後輩と認めるのはお前だけだ――と彼女は高らかに言う。
結局は友達なり後輩が欲しいということだろうか……?
(まーた面倒な性格な人に絡まれたんじゃ……。というかどうしてこうなった? さっきまで殺し合っていた関係だぞ?)
ひねくれ者のオレが言うのもなんだが、この人もだいぶ性格をこじらせている。
容姿も口調もクールなものだから、もはや方向性を変えれないのだろう。
しかも3年だし。円卓十二聖だし。
春休みデビューは諦めたと見える。
「カノンさ――」
「カノン〝先輩〟だ」
「…………」
「グレイ。情報過多になった現代において、人は常に臨機応変に動かなければいけない。機があれば攻め、危を感じれば逃げる。今回のように【関係】がすぐに変化していくこともあるわけで。ああ、私はいま年上として処世術を説いている。だが私専属の後輩であるお前なら、もう言いたいことは分かるな?」
め――
(めんどくせぇぇぇ――ッ!)
なんだコイツ。
レイン以上にウザいやつが出てきたぞ。
この遠回しに言ってくる感じ、レインのようにストレートに来るものと違った面倒くささがある。
「まぁだいたい分かりましたけど……そもそも専属の後輩っておかしくないですか? オレだけじゃなくて1年2年の全員がカノン先輩にとって後輩に――」
「ならない」
「いやでも――」
「先輩に口答えするのはオススメしないぞ」
……ダメだ。まったく話が通じない。
だがこういう強引なのにはどうにも弱いというか……。
『あーあー』
――!
『あーあーあー、だ』
……もう、時間なのか。
『駄弁りすぎなんだよアナタは。しかもまたフラグ立てたの? 関心しないね、ワタシというものがありながら女を引っかえ取っ替えして』
平淡で、冷淡で、無機質で、機械的で。
独特の棒読みが、頭の中に響いてくる。
『これでも待ったよ? だがもうじき限界だ。目の前の鉄砲使いを殺すなら迅速にね』
グラリと視界が揺れる。
頭の中で早鐘が鳴り、激痛が駆け抜ける。
身体の力が抜けるのをギリギリで踏ん張る。
散弾にやられた脇腹も効いてきているな。
「さてグレイ。私の片腕を奪ったのは見事だが」
「奪ったっていうか、少し麻痺させただけですけどね……」
「大差ない。結果は結果。ならば今からは本気も本気――」
まだ機能する彼女の右手には、メタリックのアサルトライフルが。
その銃口は――オレの額に向けてられいる。
「では行くぞ。舞い踊れ我が後輩」
呪禁ではなく、カノン・アーカードにとってそれは祝詞だったのだろう。
整った顔のパーツを獰猛に歪め、赤き隻眼を大きく開く。
彼女がボッチで性格に難ありという点でマイナスがつくかもしれない。
しかし、それを全て覆す――圧倒的な実力。
「Put your scream like a pig――!」
彼女はオレの事情など知ったことではない。
本調子だろうが不調だろうが、滾ってしまえばそこまで
――そんなヤツだろうと思ったさ。
ならば迎え撃つしかあるまい。
もはや内も側も限界だ。苦しくして仕方ない。
オレに助けなんてない。
だから――殺るしかない。
「待ってください!」
しかしここで絶対領域を、踏み込めないはずの場所を踏み越える者がいた。
ただの私闘ではない、こんな血塗られた、狂気じみた死闘に――
「なんだお前は……私とグレイの時間を邪魔するのか?」
冷ややかに、助けたはずの彼女に重く言葉を落とす。
雰囲気からして、標的は自分に変えられてもおかしくない。
手負いのオレにも負けたヤツが、この【怪物】に勝てるはずはないのに――
「最初に――最初に決闘をしていたのは、このわたし、レイン・レイブンズです!」
レインはオレの前に立った。
オレなんかより弱いくせに、事情なんて知らないくせに、だけど守ろうとしている。
騎士道などという綺麗事では【脅威】は倒せない。
それでも――人は守れると。
意思と身体をもって証明していた。
「彼と剣を交えたくば、わたしを倒してからにしてください!」
「おい……」
「ロズウェルさんは黙っていてください」
「む……」
コイツを殺そうとした時、彼女は決して瞼を閉じなかった。
同じだ。あの時の強い力を持つ瞳がそこにある。
なんでオレは殺そうとしたヤツに助けられているのだろう?
――分かるけど、分からないな。
「自分を倒してから行け、か。古典的じゃないか」
「ええ、わたしは古くさいし超がつくぐらい愚直なんです!」
相手は学園のナンバー2。
1年主席じゃあ相手にならない。
オレが【ヤツ】から力を借りて初めて対等というレベルだ。
(しかもよく見れば麻痺させた左腕も回復しかけている……)
手応えが薄かったので、もしやと思っていたが、予想以上に回復が早い。
彼女の【神造聖剣】は並の神造聖剣なんて話にならないぐらい特別製というわけだ。
実際、さっきまで打ち合っていた半折れの聖剣は、オレの身体以上にボロボロになっている。
「一度はグレイに殺されかけていたのに、変わったヤツだ」
「…………」
「了解した。では望み通りまずはお前を倒すとしよう――!」
カノン先輩から真紅の聖力が吹き荒れる。
完全に臨戦態勢だ。
あと数秒もあれば、レインは……。
「――――――――――――」
鐘の音だった。
学園に設置された鐘が鳴ったのだ。
それは17時丁度、夕刻を知らせるものとして機能している。
自分たちが無邪気な子供ならまだしも、この歳の学生になってまで気にするものではない。
しかし――彼女は違った。
「夕刻――! もう17時を回ったか――ッ!」
カノン・アーカードは、どうしてか焦っていた。
彼女にとってこの鐘声が意味するものはなんなのか。
「――っく、仕方あるまい。今日はこれにて退くとしよう」
「え……」
「逢魔の時が始まる。それつまりは赤き戦いの始まりを意味するのだ。相手がグレイならともかく……後輩でもないお前では、長居する理由にはなりえない」
カノン先輩は銃口をおろし、殺気も聖力も消す。
ここは屋上。
転落防止の柵が設置されている。彼女は一気に飛翔しその柵の上にバランスよく立った。
「残念だが今回はこれでお別れだ。また逢おうグレイ」
柵の上からそのまま――降下。
彼女は重力に従って地面へ落下していった。
校舎は5階建てだが……あの【怪物】ならかすり傷の1つもしないだろう。
――残されたのはオレと、そしてレインだけ。
「……どうして助けた」
再三になるが、オレは手負いの状態だ。
あのままカノン先輩と戦闘をしていれば、たとえ勝利してもタダでは済まなかった。
しかし彼女はそんなことを知っているはず――いや、知っていたとしても、本来あそこに立つ必要はなかった。
「守りたかったからです」
「守り、たかった……?」
「もとより命を覚悟してあなたとの戦いに望んだ。そして負けた。どうせ一度死んでいたようなものですし、まぁロズウェルさんが気にすべくもないでしょう」
「…………」
「ただ――」
「あの日助けて頂いた恩返しは、したかった」
助けるだなんて、大したものではない。
時間稼ぎにすらならなかったでしょうけど――と彼女は言う。
あの日というのは、学園初日。
オレが散々否定し続けた、あの出来事のことだろう。
「それにまだ――って、ロズウェルさん?」
「……悪いが帰らせてもらう」
「ロズウェ――」
ロクに別れの挨拶もせず、オレもさっきの先輩を倣って屋上から飛び降りる。
といっても逆方向、木々に覆われる裏手の方にだが。
夕暮れ時となり木の影も段々と闇に同化している。
敷地内であるのに、ここには薄暗い森が生まれていた。
そして数メートル歩き、周囲に誰もいない場所で――倒れ込む。
「――ッ」
吐血である。
どうやら本格的に能力をセーブしなければいけなくなるようだ。
当分休養すれば……多少はマシになるだろうが、
『あーあー。天国にも地獄にも行けなかったね』
機械のように棒読みの声がどこからか流れる。
『呆れて。呆れて。呆れたさ』
……三段活用風に言うな。
声だけしか聞こえないのに、ピクリとも動かないヤツの表情が見えた気がする。
例の如く馬鹿にされているようだ。
『ふーん。もう意識も半分失いかけか。まったく世話の焼けまくるパートナーだ。そのままクッキーとして焼き上げちゃおうか? もちろんハート型で』
……オレでクッキーは作れねぇよ。
それとハート型だけは嫌だ。
『断固反対か、残念だね。まぁ冗談ではない冗談はさておき。もう寝ちゃっていいよ。ワタシが運んでおくからさ』
薄れる視界の中に――彼女の姿があった。
といっても見えたのは足下ぐらいだが。
神様みたいにふっと顕れた。
「そりゃあワタシは神様――いや、元神様だから」
言葉を発するまでもなく、ヤツはオレの心を読み解く。
全て筒抜けなのだ。
小柄な彼女は、倒れたオレに腕を伸ばしながら言った。
それが意識を失う前、最後に聞いた言葉――
「やっぱりクッキーじゃなくてケーキにしよう。もちろんハート型だ」




