015 《同じだよ》
『呆れた』
少女は言った。
無表情で、平淡かつ無機質な声音で。
『呆れたよ』
少女は言った。
能面顔で、冷淡かつ機械的な声音で。
『聖剣起動? なにもっともらしいことを言ってるのさ。聖剣なんかとうに使えないくせに。聖力なんかとうに失ったくせに』
くだらない挑発に乗っちゃってさ。阿呆だね。
彼女はピクリと表情も動かさず、やはり呆れた風に言葉を呈した。
『でもアナタがそれを望むなら、力を貸すのはやぶさかじゃあない』
だって――
『アナタとワタシは仲良しさんだもんね』
だから――
『死ぬまで一緒だよ。とことん愛してね』
※
「「――聖剣起動!」」
レインの担った聖剣が青く輝く。
剣身より【蒼焔】が生まれ、全身へと伝播、そして焔は鋼へと姿を変え彼女を包み込んだ。
神聖機武装。
それは聖剣に備わった能力の1つであり、端的に言えば【金属鎧】である。
トリガーを引くことで、このように即時装備ができる。
「……なぜですかロズウェルさんっ!」
青と白の色合いが美しい、スタイリッシュな鎧を展開したレイン。
対してオレは剣を構えただけだった。
起動と言っておきながら、部分的にも装備は装着されていなく、剣身も輝きのないナマクラのままである。
「……早く武装を出してください」
「オレの武装はこれで十分だ」
「なん――」
「言わなきゃ分からないのか? アンタ程度ならこれで十分だって言ってるんだけど」
周りの喧噪にまぎれ、オレの言葉は観衆には届かない。
しかしすぐ目の前にいる彼女には、しっかりと鼓膜に響いたのだろう。
ギュッと下唇を噛んでいる。
「レイン・レイブンズ」
「……なんでしょうか」
「殺されても文句を言うなよ」
「……望むところ!」
瞬間、レインの聖剣がギラリと輝いた。
それを大地に突き刺し――
「咲き誇れ!」
生まれたのは【爆煙】だった。
蒼い焔が途端に爆ぜ、辺り一帯を飲み込むほどの煙をまき散らしたのである。
(――煙幕……霧隠れってか?)
噂に聞くニンジャのような戦法。
彼女は騎士道精神に基づいているイメージだったので、初手は愚直に突っ込んでくるものだと思っていたが――
「……そのあたりはちゃんと見えてんだな」
だが――背後。
消された殺気、その残滓のニオイを感じ取る。
煙に紛れた1人の剣士の気配。
寸前にまで迫る風斬り音、剣先は遠慮無く脳天へと振り下ろされていた。
「――っ!」
ヤツが呈したとおり、ただの鈍器と化した聖剣で剣閃を受け止める。
金属と金属がぶつかり、擦れ合い、疳高い音が刃から鳴った。
蒼くない、真っ赤な火花が風に散る。
影打ちを防がれたレインは一瞬目を見張ったが――
「――まだ!」
彼女は右足のつま先が着した、もうその時には走り出していた。
未だ晴れぬ爆煙の中に刃を輝かせ、縦横無尽に舞い踊る。
オレの剣と、彼女の剣がなす激しい剣戟。
本気の二振りが重なりビートを奏で、動かす足がステップを刻む。
巻き込まれた観衆の悲鳴がスクラッチとなり、飛び散る火花は針の如く大地に落ちた。
「ンなもんかよ!」
テクスチャーの隙間を見いだし、本気で剣を放つ。
「っ!」
だがレインとて伊達に主席ではない。
寸でで回避され、突き抜けた剣先はレインの脇腹を掠めていくにとどまった。
だが金属ごしに伝播した衝撃にグラリとは揺れる、その間にはもう追撃を始める。
オレは相手は女だからと手加減するつもりは一切ない。
ついさっき『殺されても文句を言うなよ?』と投げかけた。
なにもそれは比喩や誇張ではない。
オレは殺しを厭わない。
これまで何人も何人も手に掛けてきた。
もちろんこの学園でも。
だから今回も――オレはコイツを必ず殺す。
「晴れてきましたか……っ!」
高速の剣戟、そのうち漂った煙も薄らいでくる。
慌てふためいていた大衆も視覚と冷静を取り戻す。
すぐに風紀委員か教務課が駆けつけてきそうだ。
――それじゃあコイツを殺せないじゃないか。
「っぐ!」
空白をピンポイントで穿つ上段蹴が炸裂する。
十字腕防御でレインは耐えるが、衝撃を殺しきれずに宙へと投げ出される。
投げ出されるというかは、上に押し出されると言うべきか。
「――対価を払おう。貸してくれ」
ここまで〝無力〟だったオレが〝有力〟に切り替わる。
両脚が帯電、青白いプラズマが発せられていた。
そしてそのまま浮いた彼女めがけて――壁を走り出す。
「うそ!?」「オレが嘘つきなのは最初から知ってるだろ」
互いに校舎の壁上で剣を交わすという珍事。
オレは電流で接着し、彼女は単純に強化で超常現象を可能としているのだろう。
2人とも空へと駆け上がりつつ、その首を狙い合う。
衝撃でガラスが何枚も割れ、踏み込んだ拍子に壁面には傷跡が残される。
そうこうしているうちには――もう屋上だ。
ひとしきりの剣戟を終え、一定の距離をとって着地をする。
「ここなら当分誰もこない」
「……最初からここで待ち合わせできていたら良かったですね」
「それについては申し訳――いや、本当は申し訳ないなんてことは微塵も思ってないか。一応そう感じようと努めていただけのこと」
実際のところ罪悪感など感じていない。
オレは空虚だ。虚構でしかない。
あの日に師と出会い、強引に、それこそ今みたいな決闘まがいのことをして――
「今、みたい……?」
そうだ。
あの日オレは、出会ったばかりの女に罵詈雑言を浴びせられた。
理不尽な言葉を吐かれ、理不尽に聖剣を突きつけられた。
そして――負けた。
デジャブ。よく思い出せば既視感だらけだ。
レインと行った問答と勝負は、まさにあの日の〝再現〟とも呼べるもので――
でも彼女がそんなことを知っているわけがはなくて――
「わたしの名は、レイン・レイブンズ!」
もはや煙幕という手は通じない。
彼女も理解している。
だからこそ、残された手段は正々堂々の真っ向勝負のみ。
「大いなる夢のため、貴殿を我が剣の錆とせん。いざ推して参ります!」
――大いなる夢のため。
あの人の口癖だ。
同じだった。雰囲気を含め一字一句同じだった。
「オレは、」
だが、アンタはあの人の代わりにはなりえない。
「オレは――ノア・アークスが一番弟子、グレイ・ロズウェル」
唯一の門弟でありながら、師はいつもオレを一番と呼んだ。
ならばこそ、オレは永遠に一番弟子を名乗るべきだろう。
「ロズウェルさん……」
「勘違いするなよ。この開示をもってアンタへの最期の手向けを完了とした。後は――」
お互い中段に聖剣を構え直す。
実力差は明らかだった。
油断も侮りもしない。万が一にも敗北はしない。
「――!」「――!」
スタートの合図はなかった。
初速からトップスピードで互いに駆け出す。
「蒼星屑の軌跡!」
剣を交わす前に、降りかかる蒼い流星。
おそらく持ち得る聖力を相当つぎ込んだ、物量任せのシンプルな一手。
先に着弾した一撃が床を粉砕、校舎を抉り、今なおメラメラと大焔を灯している。
ここは要塞とも称される場所、校舎だって強固だ。
それでも大きくダメージを与えるほどの威力を放つ、しかも数え切れない数で。
(飛び道具……流星を避けて通るには隙間が少ない。しかも意図的に作られたように思える。ならどこか一部切り裂いて押し通るのが無難――ってアッチも思っているだろうな)
一部を切り裂いても、そこに二撃三撃繰り出される可能性が高い。
そもそもあの流星、このまま行けば校舎を破壊することになる。
真面目そうなこと言ってる割に、だいぶ頭のネジが飛んでいるんじゃないか?
「推して通らば先はなし――」
ナマクラの聖剣に力を込める。
握力を――ではなく、ヤツの能力を注ぐのだ。
この聖剣を一時だけ【神剣】へと変える。
古今東西ありとあらゆる刀剣武具を滅殺する。
「――これより神秘を殺す」
聖剣には【神秘】が内包されている。
それは焔を生み、風を生み、水を生み、なにかしらの特異現象を起こす。
金属鎧がなにもない所から出現するのも、神秘がもらたす1つの結果である。
しかも彼女の持つ【神造聖剣】は特別。
人間の叡智の結晶、【人造聖剣】では一生追いつけまい。
現に近・中・遠距離であれだけ焔を使い分けられる。
あれだけ多彩な能力というのも珍しい。
しかもオレが見ているのはまだその断片に過ぎないのだから。
だがいかに特別だろうと――
「稲妻よ神秘を解け」
炸裂する。
これこそが刀剣殺しの名の所以。
視界いっぱいに広がり迫る流星、そこに神剣が緞帳を掛けるように。
「あの時の一閃――!」
レインは一度だけこれを見ていた。
しかしその真価を、意味を目の当たりをするのは初めてだ。
これはなにも稲妻を伴った、神がかり的速さの一刀ではない。
これは神がかった【最凶】の一刀なのである。
流星は消える。消えて、消えて、消える。
ホウキで埃を払うように、嵐が木々を吹き飛ばすように。
レインの放った流星群は一瞬にしてロストしたのだ。
「能力が塗りつぶされ――いや、これは分解……!?」
駆け抜ける最中でも、彼女は事の真相を見破ろうとした。
だが……。
「――見えた」
縮まる距離に、確実に彼女の首を跳ねるルートを見いだす。
東方には【居合い】という技がある。
ならばこれは、超遠距離版の居合いとでも呼ぼうか。
「――稲妻よ空を奔れ!」
稲妻一閃。
振り切った剣身、電圧に耐えられず中心でポキンと折れる。
だがそれでも、電流は鋭い刃となって直進に進む。
間を縫い、時を縫い、必殺の一撃として――穿たれる。
「っっっ――!」
文字通り、一撃必殺だった。
神速の【一振り】は、レイン・レイブンズの首を跳ねたのである。
ゴロンと転がる頭部、続けて身体も前のめりに転倒。
彼女は結局のところ最期は刃を交えることなく――息絶えたのである。
だがオレはここで自らの【ミス】に気づいた。
倒れた彼女の首からは血が一滴も流れていなかったのである。
ならオレが今倒したのは――
「――わたしだって嘘の1つぐらいつくんです!」
声はオレの後ろからした。
それは最初、流星の1つが着弾した場所だ。
やはり校舎は頑丈だなと、それでも大きく傷をつけるとは中々の威力だなと、そうやって納得した――いいや、納得してしまった場所。
未だ燃えていた焔の中、レインは隠れて機を狙っていたのだ。
倒したのは焔が生み出した精巧な分身だったのである。
「もらった――ッ!」
察知した時にはもう、彼女の剣先は寸前にまで来ていた。
完全に虚を突かれ、反応が遅れ、またさっきの一撃で聖剣も折れてしまった。
これは――
『中途半端だから不覚を取るんだよ。呆れてしまうね』
途端に自分の身体が発光した。
身体の中で閃光弾が爆発したんじゃないか、そう疑うほど眩い光を生む。
どんなに近距離とはいえ、まともに喰らって目をつぶらない人間はいない。
レインという少女も――等しく、一瞬、目を瞑ってしまった。
「っと」
「――っく!」
その間にオレは彼女の手元を蹴り上げ、聖剣を手放させる。
そして逃さぬよう完全に腕を取る。
いかに折れた聖剣とはいえ、樋の部分で斬れば、首の切断は可能だ。
「今の光は……」
「余計な手助けがあっただけだ」
「余計……そもそも、あなたの持っている剣は人造、雷の神秘を内包しているにしても出力が桁違い。加えて能力を無効化させる。一体それは――」
「それこそ余計な勘ぐりだろうさ」
彼女の掴んだ腕から電流を流し、金属鎧も無効化させる。
美しい鎧は粒子となって霧散した。
「もともとアンタは2対1だった。よく粘ったよ」
「……2人? どういう意味ですか?」
答えない。
もう最期の手向けはしたのだから。
今は痛みなく、一瞬で首を断てるよう集中する。
聖剣を横に構え、短い準備を終えた。
レインはオレが本気と分かっているのだろう。
逃げられないと分かっているのだろう。
もはや抵抗はしなかった。
「さぁ――終わらそう」
走馬灯とは、死の間際にこれまでの人生の様々な思い出が映像として見える体験らしい。
それと合同や同等と言って良いのか。
殺す側の自分の中にも、初めてナニカが語りかけてきた。
彼女を殺してこの後どうするつもりだ?
――知らない。
お前が中途半端だからこうなった。
――知っている。
本当は寂しいんでしょう?
――違う。
キッカケだって、ただ師匠のことを少し貶されただけだろう?
――十分だ。
彼女は本当はそんなこと言うつもりじゃな……。
――黙れ。
やっと、見つかったんじゃないのか?
――
――――
――――――そうかもな。
それでも、だとしても、オレはお前らの言いなりにならない。
「じゃあな。レイン・レイブンズ」
この後、実は殺さないなんてオチに期待しているオーディエンスに告ぐ。
オレはアンタたちの淡い期待を裏切る。
これまでと同じだよ、オレはレイン・レイブンズを殺す――。




