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014 《いい加減》

 『放課後の屋上で待ち合わせだ』


 オレはレインとそう約束した。

 ついでに言えば『嘘を二度とつかない』とも誓った。

 それも皆の前で。

 普通の神経をしていれば、もはやコレを反故(ほご)にすることはできない。


(普通ってのは違うな。良心がある。もしくは心が弱い(、、、、)ヤツは律儀に約束を守るんだろう)


 強さとは『自分のワガママを貫き通せること』と誰かが言った。

 その理論に従うならば、オレは強き者の端くれには入るのかもしれない。

 

 放課後――オレは一直線に帰路につこうとしているのだから。

 屋上? どこだそれは?


「……ここまで探してもらって、あの子には悪いけど」


 外履用の靴へ履き替える最中。

 今頃彼女は、誰もこない屋上で1人待っているのだろう。

 オレは一応ある良心を痛めながら、昇降口を出た。

 


「――こんなことだろうと思いました」

 


 そこには仁王立ちをした彼女が待っていた。

 正しくは待ち構えていた、と表現すべきだろうか。

 

「――警戒しておいて正解です」


 オレは驚きを隠せなかった。

 あれほどまでに純粋無垢な少女がここにいるという事実。

 放課後の屋上で待っているはずの――

 数時間前に再会の約束をしたはずの――


「レイン・レイブンズ……!」


 自然と出てしまった彼女の名前、それに彼女は応えた。


Exactly(そのとおり)!」


 人差し指をオレへと向け高らかに宣言。

 まるで名探偵が、ずっと探していた怪盗を追い詰めたが如く。


「……お前は、オレを信じたんじゃないのか?」

「まさか。ただロズウェルさんはわたしの素直さを信頼してくれたようですね」

「…………」

「わたしだって忠告をされていなければ、正直に屋上で待っていましたよ」

「忠告……?」

「学園長から『アイツは平気で約束を破る』とアドバイスを頂いていたんです」


 ……あのお節介学園長め。

 とことん余計なことをしてくれる。

 コイツに肩入れしすぎじゃないか?


「……レイン・レイブンズ、人が集まってきた。一旦場所を移さないか?」

「却下です。どうせ移動中に逃げるんでしょう?」


 その通りだ。

 レインは空いていた距離を徒歩で詰め、オレの目前に。

 いわゆる長剣の間合いだ。


「どうしてそこまでわたしを避けるんですか?」

「……ならどうしてお前はオレを必死に追いかける?」


 疑問を疑問で返すなと分かってはいる。

 それでもオレは尋ねた。

 完璧で、瑕疵(かし)の1つもないスーパールーキーが、どうして失望も失念も失墜もすることなく、グレイ・ロズウェルを求めるのか。


「わたしには大きな夢があります」

「夢……?」

「ええ。それはこの学園の頂点に立つこと」


 つまりそれは――



「このレイン・レイブンズが、次代の剣聖になります」

 

 

 夢と謳いつつ、一息で言い斬る。

 大衆の前で、彼女は堂々と狼煙を上げたのだ。

 それは敵しかいない戦場の中心で、早くも勝利宣言をしたようなもの。


「そのためには絶対なる剣が必要です。ずっと探していました。追い求めていました。そしてそれは学園始業の日に見つかった」

「…………」

「感謝は既に済ませました。ならばこそ、今度はお願いをします。グレイ・ロズウェルさん――わたしに剣を教えてください」


 常に礼儀正しく、ことあるごとに頭を下げる少女。

 だがこの時ばかりは45度どころか、1度も2度も腰を曲げなかった。

 その青い瞳を、真っ直ぐにオレへとぶつけていたんだ。


「……剣聖、ね」


 まずは自分の予想に納得をきかせていた。

 彼女を避けていた理由、それはあの【一振り】に関してだと想定していたから。

 アレについて何か、追求されては面倒だったから。


(……ところがまさか、剣を請うという変化球、ようは弟子入り志願ってことだろう?)


 しかも噂の天才がたった1つ歳上の、よりにもよって最下位に。

 周りはレインの言葉に釘付けだ。

 夢や目的を耳にし、唖然としている。


「あの時に見た一筋の輝きは、確かに存在した。ですが使い手が【学園最下位】に甘んじていると知った時は……」


 複雑そうな色を顔に浮かべる。

 周囲は何のことだ状態だが、彼女の確信は揺るがないものだろう。

 第一、学園長が認めてしまったのだから――


「なら、オレがアンタの探していた人物だとして答えよう。レイン・レイブンズのお願いに応えることはできない、と」

「…………」

「その【一振り】とやらを視界に……いや直感?で捉えたのはそりゃあ見事なんだろう。素晴らしいとしか言うしかない。大天才であることはオレも保証する。だがそこまでだ、オレが実力を認めたところで、アンタに何かを教えることもつもりも一切ない」


 ――そもそも【資格】もない。

 可愛いからと贔屓にするつもりもない。

 ないないない、だ。

 

「……結局、核心の部分は、自分の実力を隠したいからですか? それとも面倒くさいからですか?」

「それとも、と言うのはおかしいな。2つはイコールだ。実力が(おおやけ)になることで面倒を被るんだ」


 揺るがぬ正義と同じく、大きな力もまた波紋をよぶ。

 そして大衆は一方的にソレに(すが)る。

 縋って、縋って、縋って。

 自分のことに精一杯で、頼る相手の気持ちなんか考えずに――


「……ま、少なくともアンタのこと自体は別に嫌いじゃあないよ」


 だがオレとコイツでは種が違う(、、、、)

 きっと師匠のことを知れば、彼女はより目を輝かせるだろう。

 『愚か』なんて思わず、むしろ『わたしもそんな人になりたい』と言うはずだ。

 

 これまで事情など教えず回りくどく避けてきた。

 それは正直に事情を話したところで、人種が違うのだから通じないということ。


 こいつは、こいつらは――正義の星の(もと)に生まれているのだから。


「とりあえず、オレのこの低い低い意識を反転させるだけの、メリットがあるのなら、まだ一考の余地はあるがな。それがすぐに提示できるか?」

 

 しかしレインは言葉に詰まって返答できない。

 みんな熱さにやられていないか?

 客観視してみれば、この少女は一方的なお願いをしているだけで、オレには何らメリットは提示されていないのである。

 

「あぁ、先に言っておくと『わ、わたしの処女を差し上げますっ!』とかベタな展開はいらないから」

「い、いい、いいい、言うわけないじゃないですかッ! な、なんで、わたしが、」

「……え、図星だったの?」

「~~っ!」


 慌てながら否定、赤に染まった頬。

 少なくとも純潔であることは間違いないだろう。

 レインはゴホンと1つ咳払いをし、


「……では最下位になった理由をお聞かせ願えますか」

「認定試験をサボった。ただそれだけだ」


 真剣モードに切り替え、質問を投げかけてくる。

 特に冷やかすこともなく淡々と答えた。

 校則を即座に唱えられるぐらい真面目な性格だ、それがどういう意味かはすぐに分かったらしい。

 

「それでは順位がシステム的に……。た、確か追試験もあったはずです。ではそれを望まなかったのも……」

「面倒だからだ」

「…………」


 面倒、面倒、面倒。

 なにかもかも面倒くさい。

 だからお前にもなにも教えない。教えることなど端からない。

 

 オレは――師匠じゃあないんだ。

 オレはオレのためにしか動かない。

 正直者はバカをみる。お人好しは早死にする。


「いい加減オレに構うのは止めろ。ま、最後に1つ助言をするのなら、剣聖になるって夢をよく考えてみることだな。それが本当に人生を懸けて臨む価値があるかどうか――」

 

 拒絶だった。

 オレは会話をしているようで、これまで一方的に話の腰を斬っていた。

 ここまで来ればレインはオレに呆れて、さっさと去って行く、そんな風に考えていたが、


「――ダサいです」


 一言(ひとこと)

 他人事(ひとごと)であるはずなのに、彼女は自分のことのように憤っていた。

 背中を向けるどころか、微塵も揺るがず瞳孔を向けている。

 あの海のように青い瞳が、奥でグツグツと煮えたぎっていたのだ。


「……なに?」

「ダ・サ・い、と言ったんです!」

「…………」

「面倒だから本気を出さないとか、それ超ダ――ッサいですから!」


 人差し指をまたも突き出し、言葉の矛を突き刺してくる。

 つい聞き返してしまったオレを一刀両断する。


「ロズウェルさんの事情を全て把握してわけではありません。というか何も知らないです。

「ですが面倒くさいというだけの理由で、物事を真剣に取り組まないという姿勢は怠惰に他なりません。順位どうこうではなくただの怠け者。

「それってただ人から逃げているだけなんじゃ?

「大切な人を失いたくないから。自分が傷つきたくないから。

「それとも、もしかして本当に力を隠してるのがカッコイイとか思ってるんですか? 正しいと思っているんですか?

「学園最下位だけど実は最強でしたとか、実は無敵でしたみたいな、そんな陳腐な優越感に浸っているんですか?

「だとしたらくだらないです。

「真の実力があるなら最初から見せてください。振るってください。そっちの方が絶対カッコイイに決まってる。

「ただ、もし何事にも面倒という気持ちが本心なら、スローライフをしたいというなら、田舎にでも行ってください。

「それか他にやりたい仕事や使命があるなら嫌々通わず、それを一本真剣にやればいいんじゃないんですか?

「あなたがどんな理由でこの場所にいるかなんて知らないし。もう聞きません。

「でもここは、英雄を(、、、)目指す者(、、、、)が集う場所! それだけです!

「あなたも英雄に憧れたんじゃないんですか!?

「わたしの夢は本物だ。

「この生涯全てを懸ける価値がある! わたしは必ず剣聖に――英雄になる!」


 支離滅裂だった。

 言文一致なんてことはなく、伝えたい事と伝えたい事が混ざって、グチャグチャの言葉になっていた。

 ただカオスの中にも信念があった。

 揺るがぬ闘志が溢れんばかりに全面に押しだしていた。


「――はぁ、はぁ、はぁ、」


 彼女は大体の事は言い終えたのか、肩で大きく息をしていた。

 そして今も青い瞳は、まっすぐとオレの瞳孔に向いている。


「……ロズウェルさんの言ったとおり、わたしが今すぐお返しできるものはありません。ほとんど一方的なお願いをしているのは理解しています。図々しいのは理解しています。馬鹿な女と思われているのも理解しています」


 ――それでも、いつか絶対に恩を返すと誓う。

 彼女の言葉は本当なのだろう。

 オレのように詐欺師まがいではなく、そもそも嘘の1つもついたことはないのかもしれない。

 

「お願いします。わたしに力を貸してください」


 最初は幾つも質問され、途中は長文で罵倒され、最後は真剣にお願いをする。

 しかもその当人は主席で美少女。

 彼女が選挙に出れば、すぐにでも民衆の支持を勝ち取り当選することができるだろう。

 それぐらい熱を帯びた名演説だったよ。


 ここが物語で、彼女がヒロインで、主人公がオレなら、これは応えなくてはいけない。

 それが物語的法則であり、王道というものだから。

 だとしたらオレの答えは、

 

「――っは、まっぴら御免(ごめん)だね」


 少女の真摯(しんし)な訴えに心を動かされる?

 彼女の熱さにやられて『仕方ねーな』と笑いながら握手をする?

 

 流されてんじゃねえよ。

 

 コイツに言われた長ったらしい説教は既に浴びせられてきた。

 安直で安易なストーリーを望むオーディエンスに中指を立てろ。

 出会ったばかりの少女相手に、簡単に意思が変わるわけがないだろう。

 

「ロズウェルさん……」

「自分が世界の中心とでも勘違いしてるんじゃあないか? アンタの説得に応じる主人公はここにはいないぜ」


 オレは嘘もつくし、面倒だからと動かない男。

 ここまで強く突き放せばもう縋ってはこないだろう。

 一瞥もすることなく、オレはこの場から去ろうと一歩を踏み出す――が、


「……なんの真似だ?」


 レイン・レイブンズもまた一歩踏み出し、オレの行く手を阻む。

 その手に一振りの剣を持って――


「あなたが言ったんです。主人公はここにいないと。なら――わたしが主人公になります」

「は? オレをヒロインにでもするつもりか?」

「そうかもしれません。今からあなたを打ち負かし――実力で手に入れます」

「なにを?」

「あなたを」


 ここは実力が全ての場所である。

 力ある者が上に立ち、力なき者が下に降る。

 覇者こそが絶対、弱肉強食の箱庭なのだここは。


「アンタとの勝負は受けない。さっさとトンズラさせてもらう」


 既に見物人が山ほどいる。

 これだけ囲まれて実力を出すなど、これまで以上に無理という話である。


「逃げるんですか?」

「そうだ」

 

 逃げるが恥だとはまったく思わない。

 笑いたければ笑え、オレはそれで一生を得る。


「恥ずかしくないんですか?」

「まったく」

「汚名を受けるのが――あなたでないとしても?」

「……どういう意味だ?」


 含意(がんい)のある言い方だ。

 オレ以外に誰がオレの汚名を被るというのか。


「あなたにも――師がいたのではないですか?」


 ゆっくりと、だけど一句一句をハッキリ言葉にするレイン。


「あれだけの剣を放つ。それは何年と受け継がれてきたもの。あなたにも師となる人物がいたはずなんです。そしてその人から技と義を教わったはずです」


 そして一拍置き、レインは1つまた問うた。



「その人に――今のあなたが顔向けできますか?」



 至言というのだろうか。

 本来であれば無視して、さっさと去ればいい。

 だけどその問いかけだけは、どうしてか意識を逸らすことができなかった。


「……っは、顔向けもなにも、もういないんだから見せる顔もねーよ」


 また会えるとするならばあの世でだけ。

 ならばオレは死に場所を求めていると言える。

 そうだな。それが今唯一ある目的だ。

 あの人と同じように不倶戴天(ふぐたいてん)の神々と戦い、そしていつか命を落とすその日を探していることが――


「面倒とは後ろ向きな気持ち。それでは死地へと向かうだけです」

「それで構わない」

「事情があるなら話してください」

「アンタに話すことは何一つないよ」


 これはオレと、あの人との、どうしようもない思い出。

 数少ない忘れ形見だ。

 事情とは過去、過去とは思い出。2人の聖域。

 それを正直に言えば彼女も納得してくれる? もう追いかけないでくれる?

 ふざけんな。

 なんでお前のために(、、、、、、)オレが折れなきゃいけないんだ?

 

「これだけ言っても響かない。逆に響いてもこない。むしろあなたは最初からそうなのかもしれませんね」


 だとしたら、とレインは言い加え、



「あなたの師匠は――ぜっんぜん、大した人じゃないですね!」



 ……。

 …………なに?

 

「いくら技量があるとはいえ、こんな腑抜(ふぬ)けた剣士を生み出すとは! 育てた師匠はさぞ人間性の欠けたダメダメ人間だったんでしょうね!」


 急変だった。

 いくら憤っているとはいえ、それは彼女らしくない発言だ。

 なら、そこには主人公なら気づかなければいけない、物語的意図があるはずで――

 いいや、もはやそんなことはどうでもいいか。

 

「……一度そのダメ師匠の顔を見てみたいものです! どうせ面倒が口癖の人でしょう!? もしくは嘘ばっかりつく人!」


 剣を――抜いた。


「おもしろくねぇな」


 腰に差してあった聖剣を強く握る。

 切っ先を黒髪の女へと向け、視線も1ミリだってズレることなくぶつかる。


「逃げなくていいんですか? 別にわたしは責めませんよ?」


 初めて見るレインの不敵な笑み。

 それはオレと――あの人をあざ笑っているのだろうか?

 口には出されずとも、侮蔑しようという意思は一応に感じ取った。


「……後悔すんなよ」

「ここまで来れば、わたしはわたしの正義(わがまま)を貫き通すだけです」


 これから始まるのは運命の出会いでも奇跡の再会でもなんでもない。

 ただのワガママとワガママのぶつかり合い。

 もはや理由も原因も因果もなにもない。

 オーディエンスにはもはや同意を求めず。

 ただ――実力で潰すのみ。

 

 その手に剣を、その胸に怒りを、その(まなこ)に殺意を持って。

 その()に剣を、その胸に誇りを、その眼に闘志を持って。




「「――聖剣起動(アベント)!」」

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[一言] 閉じられてない鉤括弧がたくさん...
2022/03/07 14:41 退会済み
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