013 《約束する》
「そうだ。オレが――グレイ・ロズウェルだ」
クラスメイトたちにとっては、なにを今更名乗るのだという話。
しかし彼女にとっては、レイン・レイブンズにとっては――
「騙したんですね……」
「悪かったよ。ただ悪いと言っても悪気があったわけじゃあないけど」
あれは自身としても、苦渋の決断だった。
苦くて渋くて、自分の保身を第一に考えたものであった。
騙りは止めた、ならば語り口調も素でいいだろう。
ボクなどという一人称は、自分でも似合わないと思っている。
「……いや、本当によくここまで辿り付いた。素晴らしい。よって褒美としてこのオレの聖剣(※安物)をやろう」
「え、せ、聖剣をくれるんですか?」
「ああ。オレの相棒――正真正銘の聖剣(※安物)だ。ほら。なくさないように、大事に教室まで持って帰れよ。悪いやつに取られないようにな」
「わ、分かりました。それでは失礼しま――って、なにわたしを帰そうとしてるんですか!」
ッチ、流石にそこまで純粋じゃないか。
差し上げた聖剣も丁重に返却された。
「また騙そうと……完全に悪気あるじゃないですか!」
「昨日はなかった。今はコーヒーに入れる砂糖一杯くらいの悪気はある」
「……し、信じられない」
「あ。コーヒーに砂糖は入れない派だった?」
「そういうことではありません! こ、こんな人が――」
なんだこのテキトーな生物は、という目をしている。
ついでに『騙しましたね!』と怒りも籠もっているようだ。
「――とりあえずグレイ、彼女あなたの知り合い?」
オレと1年生の会話劇に一区切りついた後、リザが詳細を問う。
それは個人でというより、クラス全員を代表してのような。
「あ、申し訳ありません。名乗っていませんでした。1年A組所属、レイン・レイブンズと申します」
「あら、随分と礼儀正しいじゃない。コイツの知り合いにしては珍しい。リザ・ファトラウエンよ、よしなに」
その礼儀正しくない知り合いの中には、リザも入っているんだが……。
「レイブンズといえば今年の主席よね? 噂は聞いているわ」
「……恐縮です」
「それで? どうしてアナタみたいな〝スター〟がこんな【落ちこぼれ】に会いに? 騙されたとか言ってたから、金でも盗られたんでしょうけど」
「おいリザ。オレを詐欺師と確定するな」
せめて『盗られたの?』ぐらいにして。
かってに決めつけるなよ。
「お金や物は盗られていません。ただずっとこの方――この人を探していて」
呼び方をなぜか変更。
距離が縮まったからというより、ランクが下がった感じだ。
「以前、助けて頂いたことがあって。それでまずお礼を――」
「オレはアンタを助けた覚えなんてまったくないけど」
「……それで、ようやく昨日お会いできたと思ったら、別人の名を騙られて」
スルーか。完全スルーだな。
「でもその後に、ずっと探すのを手伝ってくれていた友人に一件を伝えたら……」
「それ騙されているわよ――と言われたわけね」
「はい。改めて資料やランキングを調べてみると、その時名乗られたリスト・フロイントなる人物はまったくの別人でした」
リザが相づちを打つ。
隣では小声で『完全にバレてんぞ!』とリストが。
分かっている、やはり無理があったようだ……。
「……どうして、どうしてあんな嘘をついたんですか?」
第三者からしてみれば、レインという少女はお礼を言いたいだけ。
なのに、なぜ頑なに、名を偽ってまで避けるのか。
(オレだって礼だけなら素直に受け取りたいさ。だけどそれだけじゃあないだろう? 実際お願いがどうとか昨日言ってたしな)
発端となったのは始業日、不良の足止め。
そもそも、あの時に放った【一振り】を完全とは言わずとも、彼女は見た。見破りかけた。
これが普通なわけがない。異常だ。異常事態なんだ。
(しかもソレを学園最下位が放つ。これが輪に掛けて異常性を増す。彼女からしてみれば不審で不信で不可思議だろう)
――やはり、似合わないことはすべきではなかった。
どうあがいても、オレに正義は務まらないのだろう。
「どうして嘘を――か」
「否定はされましたけど、わたしはきっと助けてくれたであろう、あの一件を素直に感謝しています。感謝するどころか感嘆しました」
「全部ソレはアンタの勘違いで、オレは間違われて嫌気がし、嘘をついたのかも」
「勘違いも間違いもありません」
断言する。
不屈の意志ってやつだな。
ますますあの人と被ってくる。
「ここに辿り付くにも随分と時間を要しました、最後には学園長にも助けて頂いて――」
「学園長……?」
どうしてオレを見いだせたか、イマイチ分からなかったが……。
(そうか学園長が一枚噛んでいたのか)
他人に情報開示とは、一体どういうつもりだ……?
剣聖で、美人で美人だからって何でも許されるわけじゃないぞ。
「まずはお礼を。遅れましたが、ありがとうございました」
礼儀正しく、深く、見事な一礼。
最下位に主席様が頭を下げたことで、周りは『おぉ!』っと反応。
リストに至っては『フラグかよ。死ね』と言ってくる。
立ったとすれば恋愛でなく死亡フラグの方だ。
「……だから勘違いなんだってば……」
ここまで来ると言い訳も苦しい。
場の空気が彼女の方へ、レインが正しいという雰囲気に変貌していく。
露骨な正義というものは、どうしても周りを惹きつけるからな。
(しかし騙したってのに、どうもオレのことをリスペクト……までは言わずとも、慕ってる?想っている?節があるんだよな)
自意識過剰だろうか……?
「騙されたことは……もう水に流します。二度としないと誓ってくれればそれで良いです」
「二度と、ね……」
「はい。今はそんなことよりも、あなたに聞きたいことが山ほどあるので」
「…………」
厄介だ。厄介で厄介で厄介。
リザは彼女を〝スター〟と呼んだが、まさにその通り。
人気者と一緒に居るやつは、だいたい何かしらの被害が降りかかるのが常。
「あ、あのー、レイブンズさん。コイツは朴念仁で詐欺師だからさ。一度は騙られたよしな、本物であるこのリスト・フロイントが話を聞いてあげ――」
「結構です」
「――グハヴァ!」
一刀両断だ。凄まじい言葉の切れ味。
リストは机の上に倒れた。
「もうこのまま言い訳をしていても話が進まないでしょう。話をしたらグレイ?」
リザまでも彼女に味方する。
話の全容は見えていないが、良識ある意見をくれるものだ。
「ふぅ。レイン……だったな?」
「はい。ロズウェルさん」
「確かにこれはこの場で収まる感じではない。周りにも迷惑だ。そこで場所と時間を変えて改めて話すのはどうだ?」
昼休みもなんだかんだ、残り僅かなのである。
「……分かりました。そうしましょう」
「決まりだな」
では場所や時間を決める――前に、
「さっきオレに、二度と嘘をつかないと誓ったら――みたいなこと言ったよな?」
「あ、そうでした!」
「……もしそれでも嘘をついて騙したらどうなる?」
「軽蔑します」
「もう会いたくないぐらい? 絶対絶対会いたくないぐらい?」
「もう会いたくないです。絶対絶対会いたくないです」
……そうかそうか。
「しかしここにいる全員が証人です。誓えばもう約束を違うことはできないはずです」
良心と聖剣と学友に懸けて――と彼女は付け加える。
確かになぁ。なら二度とはできないよなぁ。
ならば――
「じゃあ誓おう。オレは二度とお前を騙さないと」
「確かに聞きました。信じましょう」
「お前も守れよ、またオレが嘘をつくようなら、軽蔑して絶対会いたくない人認定するって」
「……ま、守りますけど? でも信じてますから」
信じてますだって。
オレもだよ。
「なら約束だ、レイン。改めて会おう――今日の放課後に」
※
「おぉぉぉぉい! どういうことだよグレイ! お前あれだけ興味ないって言ってたじゃん! なんでフラグ立ててくれちゃってんの!? 放課後には告白イベントでもやるつもりか!? もはやお前を殺して――」
嵐が去って静寂……にはならず、教室は騒がしかった。
特に隣。リストのけたたましさといったら……。
「グレイ、あなた彼女を本当に助けたの?」
「……さぁな」
「ふーん。あなた周りに無関心なようで、つい手助けする時あるからね。ワタシの時もそうだったし」
「……そうだったか?」
「そうだった」
今回でいえばリザの方が大人しい。
ひとりでに納得している様子だ。
「う、うぅ。グレイがリア充に……しかも相手は美少女……」
「彼女の容姿は認めるが、オレがなるとしたらリア渋の方だと思うぞ」
渋々なのだ。
だがリストは『でも放課後2人きりで会う約束したんだろ!?』とたたみ掛けてくる。
どうにも悔しいらしい。
周りの男たちも、殺気をオレに向けてくる。
「安心しろリスト。オレは会わないよ」
「安心なんてでき――は? 会わない?」
一転、ワケが分からないという顔をするリスト。
リザも怪訝な顔をして確認をしてくる。
「ちょっと、二度と嘘はつかない、騙さないんでしょう?」
「ああ。二度とな。で、これは日の出ずる国の、とある高名な詐欺師の使った手なんだが――」
「二度としない。つまり、あと一度の騙しはしてもいいはずじゃあないか?」
どうも、東雲です。
なろうで掲載している『9番目』という作品の3巻が明日発売されます。
おかげさまでコミカライズ企画も決まりました。
気になる方は是非ご一読ください。
告知失礼しました。




