012 《今度こそ》
オレが純朴な少女を騙した次の日。
彼女は言われたことを守っているのだろう、特に姿を現すことなく今日に至る。
「グレイ。昼飯食おうぜ。……はぁ、まーたサポートメントかよ」
「ただのサポートメントじゃない。売店の中で2番目に高いやつだ」
「……金あんなら1番買いなさいよ」
窓辺から動かぬオレを誘ってきたのは、隣席のリスト・フロイント。
だがコイツとて菓子パンのオンパレード、健康的とは言えない。
むしろカロリーやら栄養素を計算され作られた、この栄養調整食品の方が健康的では?
「んでグレイ、昨日は俺の名を使って、誰を騙したんだって?」
「……普段からオレが誰かを騙してるみたいな言い方をするなよ」
「はっはー。自覚ねぇの? 結構な頻度で騙ってる気がするけどなぁ。見習い詐欺師くらいは名乗れるぜ」
……リストは誤解をしている。
オレはやむを得ず嘘……保身に走ることがあるけで、なにも金銭やら聖剣を巻き上げるつもりはない。巻き上げたことなど……ない、ないぞ?
「騙したのは――いや、名前は忘れた」
「忘れたぁ? うっそだろぉ?」
「1年生の女の子だ」
「うわぁ。鬼畜すぎませんかねグレイ・パイセン」
「……言ったら言ったらでドン引きするなよ」
とにかく名前は忘れたと伝える。
リストは『ふ~ん』と、それ以上の詮索はしなかった。
「貸し1つな」
「分かってる。今度アメ玉でも買ってくるよ」
「安すぎるだろ! ガキじゃねぇんだから、せめて菓子パンにしてくれ」
「……あんまり大差ない気がする」
リスト・フロイントという人物の使用料は、菓子パン1つで済むらしい。
名を聞かれて困ったなという人は、ぜひ使ってくれ。
「でも無茶なんじゃ? グレイと俺じゃあ特徴も違うし」
「だよな。1ヶ月もだまし続けるのは――いや、オレはあの子の正直さを見込んでいる。逆に1年ぐらい騙され続けられるかも……」
可能性はある。あれだけ真っ直ぐな少女ならあるいは――
「まーたよこしまな話をしてるの、アナタたち」
はい来た。リザ・ファトラウエンの登場だ。
「よぉリザ。お前も一緒に食うか?」
「お誘いありがとうリスト。じゃあご一緒させてもらうわ」
改造ゴスロリ制服を揺らし、オレの前の席に座る。
「相変わらず鬱陶しい服だな。裾がとにかくウザい」
「グレイも相変わらず余計な事ばかり言うのね。レディーに失礼でしょうが」
レディー……。
容姿はちっこくて可愛らしいが、態度はデカくて可愛くない。
「ところでグレイ。アナタ、個人戦へのエントリーは済ました?」
「いや」
「そもそもエントリーする気は?」
「いや~ん」
「変な声を上げて誤魔化すのやめてもらえる?」
オレの渾身の言い訳は通じないらしい。
隣のリストは『俺はエントリー済みだぜ』と言う。
「まさかこのまま最下位に甘んじるつもりじゃないでしょうね?」
「どうだろう」
「脱却したいと思わないの?」
「あんま思わない」
「~~ッ!! どれだけやる気ないのよ! アホなの!? このマヌケ! スカタン! ビリ! ビリビリ!」
最後だけ電気っぽいオノマトペになってたぞ。
「まったく、どうしようもない級友ね」
「オレのことダチだと思ってるのか?」
「なにその『オレはさして友達だと思ってないけどな』みたいな言い方? 万死に値するけど? いっぺん死ぬ? ワタシの剣の礎になってみる?」
「級友と認めたやつを、嬉々として殺そうとするな……」
級友なのか仇敵なのか、コイツの思考は読めん。
だが1年の時からのクラスメイトであり、まだ入学したての頃の一件で、リザとはよく喋るしよく罵倒される仲で……罵倒される?
「まぁ個人戦の説得は後でするとして」
「まだ続くのか」
「はっはー。グレイよ、リザはお前のことがしんぱ……」
「――えい」
「あっぶねえぇえ!? なんで急に斬りかかる!?」
「悪いわねリスト。手元が狂ったわ」
「狂うもなにも、メシ中に剣を抜くやつがいるか!」
リザはランキング【35位】。
こんなんでも腕は相当に立つのだ。
彼女の不意打ちを避けたリストもなかなかだ。
「話が逸れたわ。グレイ、じゃあアナタ二人組戦に出るつもりはある?」
「二人組戦? 個人戦以上にまったくないね」
友達がいないからではない。友達がいないからではない。友達がいないからではない。
「……初っぱなから全否定ね」
「取り付く島もないって感じだな」
リザとリストはもはやあきれ顔である。
「もし少しでも二人組戦に出場する気があるのだったら、ワタシが組んであげても良かったけど」
「お前が?」
「えぇ。これでも学内【35位】。アナタがビクビクと震えながらステージの隅で縮こまっていても、ワタシ1人で3~4回戦は勝ち抜ける。そうしたら楽して順位昇級よ?」
「……ありがたい申し出の反面、だいぶ具体的にオレの様子を説明してくれたな」
超ダメな風に。
そこまで恥ずかしい行動をするんだったら普通に戦うわ。
「でもどうやらアナタの目を見るに、1ミリだって出場する気はないみたい」
「じゃあリザ。代わりに俺と組むか?」
「結構。既にお誘いは沢山来ているし、今年は従姉妹が入学して来たの。今回は彼女と組むことにするわ」
「えぇ~。グレイにだけ優しすぎやしないか~?」
「優しく? バカ言わないで。ワタシの級友の中に【学園最下位】がいることがムカつくだけ。汚点じゃない。だから引き上げてやろうと思っただけよ」
どこまでも正直な女である。
まぁそういうストレートなところが、好ましくもあるんだが。
「ま、良い誘いではあるんだがな、オレは――」
二重否定だ。できれば三重にも四重にも。
記念程度に参加した去年とは違う。
個人戦だとうと、二人組戦だろうと――もう出ない。
そう決め……。
「――失礼します」
もう何度目になるか。
教室に突如響いたそれは――美しく、透き通った声だった。
前から入ってきた少女に、全ての視線が集まる。
対し彼女は意に返すことのなく、自らの瞳を右へ左へ。
そして――オレと目が合う。
「――!」
無言のまま、少女はちょっと怒った顔をして歩んでくる。
「あの1年……」「主席だよな?」「へぇ、あの子が噂の」「上級生のクラスに何の用だ?」「可愛い……」
彼女の堂々とした佇まいと、美しい容姿に、周囲の反応も顕著になる。
「お、おいグレイ。まさか昨日騙した1年って……」
隣でリストが耳打ちをするが、そのまさかだよ。
「やっぱり――あなたがグレイ・ロズウェルさんだったんですね」
青い瞳が力強くこちらを見つめる。
もう彼女はオレの目の前まで来た。
嘘も突き抜けば真実という言葉もあるが、突き抜けぬ壁が目前に現れてしまっては、嘘は嘘のままだろう。
こういう場合はいっそ開き直るが吉。
昨日言いそびれた……いや、言うつもりなど甚だなかった台詞を今度こそ。
「そうだ。オレが――グレイ・ロズウェルだ」




