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011 《騙し騙し》

 早起きは三文の得。

 そんな(ことわざ)が異国にあるという。


 安易に解釈をすれば、早起きすることは素晴らしい――だ。


 まぁ早く起きて活動することが、良いか悪いかは人によるだろう。

 オレはいつもギリギリまで寝ているので、よってこの諺には賛同しかねるわけで。


 しかし今日は例外だった。

 早朝も早朝、外で朝練をしている生徒はいるが、校舎内にまだ1人としていない時間にオレは登校をしていたのである。


「朝練ね。ご苦労様だ」


 この学園の設備は、大陸一と言っても過言ではない。

 屋外にも屋内にも、訓練施設が点在している。

 朝練と称したが、怪しい部活も多くあって、寝ることもなく研究や活動をし続ける連中もいる。


「……にしても相変わらずマズイな」


 教室に向かいながら、栄養調整食品(サポートメント)を口に運ぶ。

 味はイマイチだが、カロリーの高さは信用できる。


「……まぁ夜通し仕事やって金は得たし、もう少し質の高いヤツを買うか」


 オレが早く登校したのは、またも仕事明けだからに他ならない。

 帰って寝ればきっと起きられない。

 なら着替えだけ済まし、教室に行って寝て待とうというわけだ。


「ここ最近はアイズ先生に目をつけられてるし……」


 遅刻どころか、無断欠席をすればどうなるか。

 リザのやつもうるさく絡んできそうだ。


 新学期から遅刻絡みで、あの1年(ハリケーン)にも追いかけられた。

 ならばこそ、たまには余裕を持って登校するのはアリかもしれない。

 ほとんど生徒がいないのなら、トラブルに巻き込まれる心配も――



「おはようございます」



 美しく、透き通った声だった。

 誰もいない廊下、誰もいない教室、誰もいない校舎。

 閑散として、どこか冷えた空間に――彼女はいた。


 オレの所属する2年A組の教室の前に、彼女はいたんだ。

 廊下のセンターで綺麗な姿勢で佇んでいて――


「あなたは、ここの教室の人ですよね?」


 こちらが挨拶を返さずとも、彼女は言葉を続ける。

 厳粛な空間に、氷結としたクールな物言いの少女。

 なんてファンタジーチックなコントラスト、見ているだけで惚れ――


(るわけないだろ! アホか! なんでだ!? なんであの女がここにいる……!?)


 人生には、絶体絶命という場面が何度かある。

 数ヶ月前にそれに遭遇し、当分はない――と思っていた。

 だがオレが自然災害と呼んだ人物は、何の前触れもなく現れてしまった。


「初めまして。わたしはレイン・レイブンズと申します。1年です」


 ご丁寧に頭まで下げてくれる。

 オレはどこかの鈍感主人公とは違う。

 彼女の本当の目的までは不明、それでもこの先の展開が予想できないわけがない――


「深いグレーの髪、170半ばの身長、そして長剣型の聖剣、あなたが――グレイ・ロズウェルさんですか?」


 ――こ。


()っわ……ッ!)


 いやさ、この場面では『そうだ。オレがグレイ・ロズウェルだ!』とカッコよく答えるのが正解なんだと思うよ。

 それでも身長とか髪色とか、君が言ってることってストーカーのそれじゃん!

 しかも待ち伏せしてたんだろ……?

 あれか? ストーカーじゃなくて暗殺者とかか?

 オレの命でも奪いに来たんですかね?


「あの……」


 オレが一言も返さないからか、堂々としていた彼女も若干戸惑っている。

 なにかしら返答して欲しそうだ。


 ……仕方ないだろう。

 目的は不明だが、ここまで探し来られてしまっては――


「え、ロズウェル? 違いますよ。ボクはリスト・フロイントです」


 バカめ。素直に名乗るわけないだろうが。

 ストーカーか暗殺者まがい……不審者に名を尋ねられ、答えるアホがどこにいる。


「え」


 対して彼女――レインとやらは目をパチクリと点滅。

 キュッと結んでいた口も、半開きになっている。


「り、リスト・フロイント……さん?」

「はい。あなたの言う通り2年A組所属の、リスト・フロイントですが?」


 急な展開だったので、数少ない友人の名前を使ってしまった。

 ……完全な偽名を名乗った方が良かったな、クソ。

 柄にもなく敬語で相対してしまったし。

 後でアイツには口裏を合わせてもらうか……。


「ご、ごご、ごめんなさい――!」


 慌てて頭を下げるレイン、真面目な子なんだな。

 嘘をついていることが少しだけ心が痛くなってくるよ。


「ひ、人違いをしてしました。てっきりロズウェルさんと勘違いして……」

「気にしていませんから。大丈夫ですよ」


 ところで――


「こんな早朝から、彼――ロズウェルを待っているんですか?」

「はい。正確には2時間ほど前からなんですけどね」

「2時間前!?」


 まだ太陽も昇ってない時間だぞ!?

 廊下にずっと立ち尽くしてたっていうのか……?


「学園初日に助けていただいて。それでお礼と……ちょっとお願いがあって、ここで来るのを待っている状態です」

「お願い……」


 含蓄(がんちく)のある言い方だ。

 嫌な予感しかしない。深追いするか悩むな……。

 いやここは時機から――


「で、でも初日から随分日数が経ってますが、割とおかしなタイミングで来ましたね……あ、別に(けな)したり批判するつもりはないんですが、」

「わたしもそう思います。すぐに会うべきでした。ただ探し出すのに時間が掛かってしまって」

「時間が……」

「わたしはてっきり彼が、円卓十二聖(アーサーズ)か、それに準ずる人だと考えていたので。だから、まさかその……最下位だとは……」


 バツの悪そうな、ムッとしているような。

 整った造形を、複雑そうな表情へと歪ませる。


「だから確認もしたいんです。本当にあなたは最下位になるべくしてなった人間なのかと。なにか事情があったのではと――」


 真っ直ぐな瞳でこちらを見据える。

 詳しくは分からないが……いよいよ厄介だ。

 厄介事を運んで来る者感がプンプンする。

 

「その想いが募って、つい似ているあなたを見て、言葉を迫ってしまいました」

「あはは……」

「ただ彼の方はわたしの顔を認識していると思うんですよね、」


 何故かチラッとオレを見ながら。

 ……まだ少し疑ってるのか?

 ならばハッキリと否定しよう。


「これは失礼な言い方になってしまうかもしれませんが、ボクはあなた――レイン・レイブンズなんて人も、名前も、噂も、これっぽっちも存じていません」


 何も知らないと再三提示する。


「では……」

「ええ。今日がファーストコンタクトですよ。あなたの顔も、あなたの剣も、あなたの姿も、あなたの水色のパンツすらこれまで見たことがありません」

「――パンツ?」


 あ。


「言い間違えました。水色のタンクです。最近では水をカラフルなタンクに入れて廊下を歩荷(ぼっか)するのが、学園の流行トレーニングなんです」

「へぇ、上級生の間ではそんなトレーニングが……」


 ――し、信じたっぽいぞ? 

 関心すらしている。

 もしやこの美少女ちゃん……案外アホか?


(いや頭自体はいいんだろうな。入試の筆記もトップだったってリストが言ってたし)


 ただただ真面目で正直、素直な良い子なのだろう。

 ならばオレがつけ込むべきはそこ――


「あ、そういえば……」

「?」

「ロズウェルのやつ、今日から長期の課題をやるって言ってたなぁ」

「ちょ、長期の課題?」

「そうそう。都市の外に出て魔族の討伐をするっていう――」


 もちろん嘘である。口八丁の嘘八百である。

 だが彼女はというと――


「そ、そんな……じゃあ……」

「当分は帰ってこないだろうなぁ。アイツも最下位から脱却しようと頑張っているからなぁ。ただ一気に抜け出すとなると厳しい課題をやり遂げるしかないしなぁ」

「…………」

「分かってやってほしい。アイツも必死なんだよ」


 最下位は誰だって嫌だろう?とたたみ掛ける。

 オレは別に嫌じゃないが、ここは押せ押せだ。

 1つ偽るのも、100偽るのも変わらない。


「また、会えない……」


 レインはしょんぼりと、悲しそうにうつむいてしまう。

 心苦しいが、オレは厄介事はごめんなんでな。

 

「……ま、まぁアイツにはボクから連絡を入れておこう」


 ――と、柄にもなくフォローを入れてしまった。

 だがこの一言は彼女への助けでもあったし、更なる布石でもある。

 課題のため立った男を追跡させないためのな。


「アイツから連絡があれば君にすぐ知らせよう」

「ほ、本当ですか!?」

「……あ、いや、うん、ほ、ホントさ」

「あ、ありがとうございます!」


 こ、心が痛い……。

 そんなに頭をペコペコ下げないでくれぇ……。


「あ、あーでも、ボクが信用できないようだったら……」

「いいえ。聖剣使いは正義の象徴。嘘なんてつく人がいるわけありません。いたとしてもその人はきっと正義のために嘘をついたんです」

「…………」

「では、端末で連絡先を交換し――」

「あ、あぁ! ボクの端末は今調子悪くてさ、直接教室まで伝えに行くよ!」

「そんな、申し訳ないです」

「気にしないで気にしないで。ただアイツは音信不通で有名だから……えっと、数ヶ月かかるかもしれない。ボクがなかなか来なくてもじっと待っていて欲しい」

「はい。分かりました」


 ……よし、やったぞオレ。

 なんとかメンタルを削りながら、彼女の当面の動きを封じた。


 近いうちに個人戦(シングル)二人組戦(デュオ)のエントリー、トーナメントが始まる。

 入学したての1年だ、大会のことで精一杯でそのうち忘れるだろう。

 とりあえず1ヶ月は無視、連絡しないでやろうかな。


 ……我ながらゲスいことを。反省は一応している。


「ならわたしも、もう教室に戻ります」

「ああ。首を長く長く、これでもかと長くして待っていてくれ」

「? わ、わかりました?」

「それじゃあ」

「はい。失礼します!」


 一礼、そして踵を返し少女は去って行く。

 身体の軸がまったくブレていない、見事な歩行だ。


「確かに才能の塊みたいだな……」


 初日でも察したが、改めて実感させられる。

 腰に差しているのも『神造聖剣(デウスファクト)』だ。

 大会が始まれば、学園中が今以上に彼女に注目をするだろう。

 そんな人気者の隣の歩くのは一生御免である。


「ただ、ちょっと素直すぎるぞ」


 騙し騙した自分が言うのもあれだが、あれは危険な感じがする。

 正義感が先行しすぎて、足下が疎かになっているというか……。


「――才能はある。後はしっかり導いてくれる教師か先輩が見つかればいいな」


 アンタが探しているやつは現れない。

 代わりに良い出逢いがあることを、一応は祈っているよ。


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