010 《正体判明》
わたしはエレミーさんを医務室に運び、遅刻をして授業に臨んだ。
そしてその日の放課後。
数時間前、昼休みに【四席】ガーランドさんに、言われたこと。
学園長に尋ねる――という手段。
わたしはそれを実行した。
重厚な扉を開け、その白き剣聖と相対する。
心臓がアップテンポし、声も若干うわずる、それでも【事情】を話し終え――
「なるほどなぁ。なるほどなるほどぉ。いやぁ、なるほどだなぁ」
凜々しい顔で腰掛けていた学園長、しかしわたしの話を聞き終えるや愉快そうに頷いている。
エレミーさんにも最初笑われたが、そこまで愉快な話なんだろうかこれは?
「つまりレイン・レイブンズ君。君はとにもかくにも、その顔すら知らぬ、一閃の剣筋を放ったかもあやふやな、未知の剣士を探しているわけだね?」
「そうなります」
「……ふふ、君ほどの聖剣使いをそこまで没頭させるとは、随分と罪な男もいたものだ」
入学式で浮かべていた微笑みとは違う。
あくまで感覚だが、素に近い笑みを学園長は浮かべているように見える。
「で、ランキングも100位以内は全員調べたと」
「念を入れて3周しました。それでも……」
「発見には至らずか」
「教師の方々や生徒にも聞き込みをしましたが、手がかりの1つもなく……」
みな『知らない』の一点張りだった。
せめて手がかりはあると見ていただけに、ショックは大きい。
途方に暮れていたと言える。
「そこでガーランドさんに、学園長に尋ねてみたら、と」
「ほう。四席に会ったか。良い人脈を持っているな」
「知り合いというほどでは……今日、突然襲われた時に……」
ざっと説明したが、こちらにはさして興味はないようだ。
どうやら【四席】と【八席】の対立は日常茶飯事らしい。
「さっきも言ったが――なるほど、だ。私にアポなしで頼ってくる君の事情も、そして気概も理解した」
「……はい」
机の上で両手を組み、若干前傾姿勢になる学園長。
殺気は出ていない。薄く笑っているだけ。
それでも重圧が襲ってくる。のしかかってくる。
(これでもし殺気でも向けられたら……)
わたしは――戦えるだろうか?
自信を持って剣を抜き、挑むことができるだろうか。
この人に大口を叩ける生徒など、この学園に1人もいない――この時そう確信した。
「いるぞ」
確信はすぐにひっくり返った。まさに革新だった。
驚く間もなく言葉が続く。
「君の探している男は、確かにこの学園にいる」
――どうやら『いる』というのは大口を叩ける者ではなく、わたしが探している人のようだ。
てっきり心を読まれたのかと。
勘違いだったよ……う……え?
「い、いい、いるんですか――ッ!?」
大口ではないが、柄にもなく大声を上げてしまう。
「ふふ。随分と遅れてリアクションしたな」
「えっと……」
言葉が上手く出てこない。
あれだけ探して手がかり1つなかった事柄を、学園長はたった10分たらずの説明で解いてみせた。
これで驚かないはずがない。
まさか一発でとは……。
「なら教え――」
「待て。そう慌てるな」
学園長は机から……煙草?を取り出した。
そして一本を口に銜えて火をつける――火をつける?
今の散った火花、擦れた金属音と残像からしておそらく……。
「……ふぅ。レイブンズ君も吸うか?」
「け、結構です。わたしは未成年なので」
「真面目だな」
「ルールを守っているだけです。でも意外です、学園長が嗜んでいらっしゃるとは……」
「よく言われるよ。外では体面的に吸えないのでな、この場所ぐらいでは」
ここで喫煙を誘っても、応じるのは1人だけだとか。
その1人はきっと偉い人、並の人間がソレを受け取れるはずがない。
「――君は」
紫煙だけがユラユラと昇りながら、不動なわたしに学園長は問いかける。
「君は、その時の【一振り】になにを見た――?」
穏やかに訊く。
言い方は柔軟、しかしその質問は真価を見定めるようでもあって。
「…………」
「剣聖の前だからと気を遣わないでくれ。率直な意見を聞きたい。ヤツの剣筋はどうだった?」
自分とて、あの光閃を見切ったわけではない。
だから曖昧だ。感想や意見などを述べるも本来はおこがましい。
それでも嘘偽りなく、本心で語るのなら……。
「あくまで直感ですが、わたしはアレを――【絶対】の一振りと捉えています」
「絶対、とは?」
「そのままの意味です。他の比較対立を大きく越えている。まさに究極にして至高の斬撃。あらゆるものを切断しうる剣……そういう風に考えています」
「あれに勝る剣はないと?」
「わたしは学園長の剣を見たことがないので、剣聖の剣とは比較できません。ですが――この学園においては、見てきた中で【最強】に準するものかと」
おそらく煙草の火をつけたのは【一振り】だった。
しかし本気度が違う。
本気の剣聖なら、あの人の剣も流石に劣るのかもしれない。
「だからこそ、円卓十二聖の誰かだとすぐに考えたのですが……」
「長剣を使うのは生徒会長だけだものな」
「はい。知己というほどではありませんが、顔やら体格は把握していたので、別人だと判断しています」
ならば――彼は誰なのだ?
自分で自分らしくないと分かる。
こんなに焦る、正体を知りたくて心を揺らしているなんて――
「そうか。アイツの剣は【絶対】――か」
ポツリと零れる。
愉快だった学園長の瞳は一転、いや瞳の一点に悲愴を彩す。
「あくまでわたしの直感です。まともに剣筋を見れたわけではありませんから」
この感想を信用しないで欲しいと意思表示する。
「いいや、君の感想はおそらく的を射ているだろうよ」
「……おそらく?」
「ああ。私も今のアイツの剣をはまともに見たわけではないのでな。だが君の言う通り、あの剣は確かに【絶対無二】ではある」
「絶対無二……」
「彼から剣術を学ぶだけならともかく、あの【一振り】を真に会得をすることは誰にもできないだろう。この私にも――そして君にもだ」
「――!」
「一言礼を言いたいと説明したが、それだけではあるまい?」
見透かしたように。
事実見透かしているのだろう。
彼に会って、わたしがどうしたいのか。
「……わたしには夢があります」
下を向くな。前を向け。
姿勢を正せ。大きく目を開け。視線を据えろ。
「わたしには、レイン・レイブンズには、大きな夢があります――」
この首にかけられた、この楔に誓って。
冒頭の語りの一部を撤回する。
わたしは――この人の前で大口を叩く。
「その夢は――【剣聖】になることです!」
あなたの次は、このわたしだ。
このレイン・レイブンズが次の【剣聖】の役を担う。
ならばこそ、この天下の聖剣学園で頂上を獲るのは当たり前。
「……それは私に挑戦をする、という意味か?」
「はい。主席で卒業をした者には、その代の剣聖への決闘挑戦権が与えられる。もちろん先輩方が卒業するまで待っているだけでも、主席で卒業はできるかもしれません。しかしそれでは、貴方に勝利するなどできない」
だからわたしは彼を、同世代でありながら、あの神がかり的、絶対なる【一振り】を放った人を探している。
あのゼロゼロコンマ何秒に集約されたあの技こそ、学園長に届きうる【必殺の剣】になる――あの時にそう確信したから。
「だから完全なる会得はできないと言われても、わたしはあの人の剣を請う」
ここまで来たら惚れた弱みとあえて言おう。
あれしかない。あれしか今は見えていない。
他の些細なことなんてどうでもいい。
「ふっふっふ――っはっはっはっは――あっはっはっっはっはっはっはっは!」
学園長は腹を抱えて嬌声を上げた。
ただただ楽しそうに、はしゃぐ子供のように。
これも初めて見る姿だ。コロコロ表情が変わる。
「……ははは、すまない。大人げない姿を見せたな」
「いえ」
「いやな、少し前に面と向かって殺害予告……いや殺害宣告をされたのだが、まさか立て続けに宣戦布告をされるとは思わなくてな」
「殺害宣告……い、命知らずですねその人……」
「そうだろ? だが君――いや、お前が探している男がそう言ったんだぞ?」
「え」
もしかしたら似た者同士なのかもなと学園長は呟く。
「にしても、こうも真っ向から宣戦布告をされたのは何年ぶりだろうか」
「そ、そうですよね……」
「素直に嬉しい反面……どうして剣聖にこだわる? 無理にとは言わないが、もし理由があるのなら是非教えて欲しい」
学園長、現剣聖にそう訊かれれば答えないわけにもいかない。
そもそも隠すようなことでもないし――
「むかし、1人の聖剣使いに命を救われたことがあるんです」
まだ10にも満たない歳の頃、雨の降る場所でその人とは出逢った。
「その人は女性だったんですが、とても強くて、とてもカッコよくて、当時わたしは『付いていきたい』って言ったんですね。そして『剣を教えて欲しい』とも。でも断られてしまって……」
わたしは、孤児だ。
血縁という意味では1人として家族はいない。
「結局は孤児院に預けられことになりました。でも別れ際にその人が言ったんです『アーサーズ聖剣学園に通いなさい』――と」
ここで学園長は若干眉をひそめたようにも見えたが、話を続ける。
「あなたはきっとそこで強さを学ぶことになる。前に立って導く絶対なる剣士が必ず現れる。心と直感で判断し、正義を抱いて、剣戦錬磨を重ねよ――」
あの人はここで、師となる者が見つかるとわたしに言った。
だからこそ――こんなにも、会いたいという気持ちが募る。
「『まずは剣聖に至れ、そうしたら一先ず私と対等だ』――と。つまりわたしの夢は剣聖になること自体ではなく、剣聖としてあの人に並ぶことなんです」
そうしたら胸を張って、あの時のお礼を言いたい。
この夢は、憧れへと到達することで成就する。
「……話は分かった。レイブンズ君、恩人の名前は分かるかな?」
「それが当時名乗ってもらえなくて……あ、でも」
あの人からは『十字架』を御守りとして頂いた。
それを今はネックレス状にして、肌身離さずつけている。
「これです。でもこの十字架にどんな意味がとか、どこで造られたとか、色々調べたんですが結局分からず終いで……学園長?」
取り出した十字架を見て、唖然としている……?
だがすぐに転換、いつもの凜々しい顔付きに。
表情にはどこか納得したような節も窺えた。
「ふふふ。一体どこからどこまでが仕組まれているのか……」
「?」
「なんでもないよ。気にするな。君にもアイツにも、これは私が語るべきものではないだろう。おのずと線は浮き上がってくるはずだ」
線?
わたしは何を言われているのか、よく分からなかった。
「君の夢、語ってくれてありがとう。そして応援する。是非私を倒し、その恩人へと至ってくれ」
「はい」
「無論戦うことになっても手加減はしない。教え子だろうと全力で潰そう」
――構わない。わたしもそのつもりだ。
「っと、違う話をしてばかりだな。そろそろ答え合わせといこうか」
「答え合わせ?」
「おいおい。人を探しをしていたのだろう?」
「あ――」
話に夢中で、半分頭の中から抜けていた。
「君のアプローチは正しかった。着眼点もしっかりしている。だがアイツは特例でな」
「100位以内ではないってことですか……?」
「ああ。だが200位台でも、300位台でもないぞ」
わたしは学園長の言葉をすぐ理解することができなかった。
それでも真実は紡がれる。
「君が探す人物の名は――グレイ・ロズウェル」
それが、探し求めていた人の名前。
追いつけない理解の中で、ようやく手にした希望。
だが最後の一言で、わたしは理解というものを完全に放棄する。
なぜならその正体が……
「――第872位、学園最下位と呼ばれる男だよ」




