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遅咲き冒険者(エクスプローラー)  作者: 安登 恵一
第四章 冒険者と魔術師
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第九十四話 お嬢様と休日

 よくよく考えれば、ここのところ休暇をとっていない。


 七日で教師役を辞めるつもりだったので、詳しい計画など立てていなかったのだ。これからは休日のことも踏まえてちゃんと考えることにしよう。


 そんな覚悟を決めたところで、次の日は休暇を貰えるようにリーゼロッテに進言する。


「うむ、よいぞ!」


 二つ返事でリーゼロッテは許可を出した。修練がないので、もう少し渋るものだと思っていたが、あまりの呆気なさに拍子抜けしてしまった。お嬢様もここしばらくの修練で疲れが溜まっているのだろうか。


 何にせよ、了承してもらったのだ。ここのところ仲間には朝と夜しか顔を合わせていないし、たまには皆で羽根を伸ばすことにでもしよう。




「いいですね!」


 俺の提案に最初に食い付いたのはマルシア。そして次いで「楽しみね」とシャンディ。言葉にはしないが、賛同を表情で表すシルヴィア。


 宿に戻り、仲間たちにそのことを話したところ、反応は上々だった。


 リーダーである俺が動いているのに勝手に休むのは良しとしなかったのか、三人とも修練ばかりしていた様子だ。そう考えると、少し申し訳ない気持ちになってしまった。


「今日のところは早めに休むとしよう」


 久々の開放感を味わいつつ、俺たちは床へと就いていった。




「待っておったぞ!」


 俺たちが宿から出たところで声高に叫んだのは……今日くらいは見ないで済むと思っていた人物――リーゼロッテだった。その隣には護衛役のユーリエが佇んでいる。こちらと会うのは初日以来だが、相変わらず澄ました表情でこちらに向かって会釈していた。


 その二人の後ろには立派な馬車が一台。まさか、直接この宿にやって来るとは思ってもみなかった。完全なる油断だ。


 俺たちの泊まる宿にはもちろん馬車専用のスペースが有る。そこに停める許可を得るため、ユーリエは宿の中へと入っていった。


 突然の出来事に、俺以外の三人は固まっている。無理もない。いきなり宿の外に出たら、貴族が待ち受けていたのだ。こんな状況で冷静に対応出来る庶民は居ないだろう。


「……なんで俺が泊まっている宿を知っている」


「もちろん、ユーリエが調べたに決まっておろう」


 俺はユーリエが入っていった宿の入口を睨む。まったく……余計なことまで報告しなくていいものを。


「しかし、今日は休日だぞ。何度も確認をとったよな?」


 一度では忘れてしまう可能性も含め、帰り際にも何度も確認をとっておいた。終いには「しつこいぞ」とまで言われてしまったので、覚えていないわけがないだろう。


「それは知っておる。だからこうして此方から来たのではないか」


「……休日とは、休む日と書くんだぞ。決して修めて練り上げるなどとは書かないぞ」


「何を言っておる。当たり前であろう!」


「……では、何故ここにいる」


「だから私も休むと言っている!」


「宿の前で騒ぐのは感心しません」


 扉の開く音と共にユーリエの声が飛んでくる。馬車を停める許可がおりたのか、呆れた顔をしながら戻ってきた。


「つまり、お嬢様も一緒に休暇を取りたいのです」


 そして、いつもの定位置であるリーゼロッテの後方に戻り、その気持ちを代弁していった。


「あっ、こらユーリエ! ここは私が話をつけると言ったであろう!」


「……申し訳ありません。いつまで経っても進展が無さそうなので、つい口出しをしてしまいました」


「むう……まあ、そう言う訳だ。宜しく頼むぞ!」


 どうしたものかと仲間たちを見る。どうやら各々、最初の衝撃から抜け出せているようだ。


「どうした、マルシア」


 微妙な顔をしているマルシアを見て、俺は問いかけた。リーゼロッテの話に一番興味を持っていたのはマルシアだ。まあ、リーゼロッテ自体というよりは、貴族の屋敷とかメイドとかの方が食いつきが良かったのだが……。


「……いえ、なんだかイメージと違ったのでちょっと」


 ああ、その気持ちはよく分かる。このお嬢様を貴族の基本として考えたら色々とダメな気がする。


「そうね、何て言うか……凄いわね」


 俺たちに聞こえる程度の小さな声でシャンディも同意する。シルヴィアは俺の背中に隠れて顔を出している状態だ。


「お主たちがイグニスの仲間か?」


 俺たちを見回し、リーゼロッテが口を開いた。


「ええ、そうですわ。私がシャンドラ・アウラ・シルフィード。シャンディとお呼びください。隣に居るのがマルシア。イグニスの後ろに隠れているのがシルヴィアと申します」


 代表してシャンディが一歩踏み出し、皆の紹介をしていく。


「シャンディにマルシアとシルヴィアか、相分かった。私はリーゼロッテ・ラピス・クラインハインツ。敬称はいらんぞ」 


「え、えっと。宜しくお願いします」


 いきなり呼び捨てにしろと言われ、また三人は困ってしまう。助けを求めるように向けられた視線に、俺は「大丈夫だ、好きにしろ」と頷き返した。


 まあ、追々慣れていくだろう。俺など既に敬意も何もあったもんじゃない。


「……しかし、イグニスよ」


「なんだ?」


「何故、お主の周りは女性ばかりなのだ?」


 若干、責めるような口調でリーゼロッテは疑問を投げかけてきた。確かに俺の周りには女性しか居ないな。ああ、紛れも無い事実だ。


「それは私も大いに疑問を持ちます。昔は……確かに女性に見境はありませんでしたが、ここまで酷くなっているとは思ってもみませんでした」


 それに追従するユーリエ。こちらは声に抑揚がないが、その分冷たく聞こえてしまう。いや、きっとこれは多分、外気の所為だ。


「……俺がどう見られていたのかよくわかったよ」


 ため息を付いて、頭を掻く。しかし、これは弁解のしようがない。詳しく経緯を説明出来る事でもないし、誤魔化したらボロが出る可能性もある。注がれる視線を甘んじて受け入れることしかなさそうだ。


 微妙な表情で沈黙を守っている俺に、視線が更に冷たくなった気がした。


「えっと……こんな所で立っていても時間を無駄にしますよ。折角の休日ですし、楽しみましょう!」


「……そうだな、出かけるならさっさと行こうか」


 マルシアの意外なところからの助け舟。俺はそれにありがたく乗り込こんだ。




 女性同士は仲良くなるのが早いのか、それともリーゼロッテの生来の親しみやすさなのか、マルシアとシャンディは直ぐに打ち解けたようだ。


 前方にはリーゼロッテとマルシアとシャンディの三人。その後ろを、残りの俺とシルヴィアとユーリエの三人が歩いている。


 ユーリエは護衛役として来ているからなのか、無言のままじっと前方を注視している。シルヴィアも慣れていない人間がいるため俺の側から離れないし、前方の三人と比べて俺たちの周囲は空気が重かった。


「……」


「……なにか喋らないか?」


 あんまりな雰囲気に、堪らず口を開く。


「……護衛中なので」


 取り付く島もない。俺はシルヴィアの頭を撫でるしかやることがなかった。


 それでもなんとか話題を探そうと、辺りを見回した。よく見ると、前方のリーゼロッテも物珍しそうに周囲を観察していた。


「お嬢様は普段から街を出歩かないのか?」


「いつもであれば、馬車の上から覗くだけです。抜け出した時も街中で発見したことは、私が知る限り一度もありません。しかし今回に限っては珍しく、自ら御館様に許可を求められました」


 リーゼロッテの事なら口が軽くなるのか、ユーリエが会話に乗ってきた。


「で、その御館様の反応はどうだったんだ?」


「『まさか冒険の事しか頭になかった娘が他にも興味を持つとは!?』と涙を流しておられました」


「……そうか。色々と苦労しているんだな」


 会ったことのないリーゼロッテの父親になんとなく同情してしまった。相手は貴族なのに、何故か親しみまで湧いてくる始末である。




 女性がまず見るものといったら、服装なのだろうか。


 前方を行く三人が最初に飛び込んだのはブティックだった。


「これとか良いんじゃないですか?」


 飾られている服を指して、マルシアが二人に問う。


「うーむ。布の厚みが足りなくないか? それにこれほど肌が露出していては防御効果も薄いぞ」


 それを触り、感触を確かめてからリーゼロッテが呟いた。


「えーと……防具を見に来たわけではないのだけれど」


 色々とズレている言葉に、シャンディは苦笑いを浮かべた。




 屋台が立ち並ぶ場所へと辿り着くと、直ぐ様リーゼロッテが片っ端から覗き込んでいく。


 その幾つかを購入して、行儀悪く食べ歩く俺たち一行。ユーリエが止めようとしなかったので、これくらいはいいのだろう。


 串焼きを手にしたリーゼロッテは、しげしげとそれを観察する。


「これはなかなかいけるな!」


 そして恐る恐る口に運ぶと、食べ終わるや否や、歓声を上げた。


「お嬢様じゃ、食べる機会なんてあまり無さそうね」


「私たちにとっては食べ飽きたくらいなんですけどね」


 その様子を、前方の二人は面白そうに見つめていた。


 俺にも回ってきた二つの串焼きの片方をシルヴィアに渡し、俺たちもかぶりついていく。場所が変わっても、基本的な食べ物に変化はあまりない。それはテレシアでよく食べたそれの味と、ほとんど変わりはなかった。


「これならば、ちょっとした休憩時間で直ぐに食べる事が出来るな」


「……飯はちゃんと取れよ?」


 こればかり食べるようになったら、メイドたちから文句が飛んできそうだ。




 街をひと通り巡って宿に戻ってくる頃には、日も沈みかけていた。


 しかし、なんと言うか……休暇をとったという気が全くしていない。


「街を巡るのがこれほど楽しいとは思わなかったぞ!」


 お嬢様はどうやらご満悦のようだ。いつにも増して、屈託のない笑みを浮かべている。


「この度は誠にありがとうございました」


 馬車の準備を終えると、ユーリエが俺たちに頭を下げて礼を言う。


「それでは皆の者。また明日にな!」


 馬車に乗り込み、窓から顔を出したリーゼロッテが俺たちに声をかける。


「……ああ、また明日、な」


 そう、どの道明日もまた顔を合わせる予定なのだ。俺だけではなく、後ろの三人も共に。


 初顔合わせの面倒事を先に済ませたと思うことにしよう。

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