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遅咲き冒険者(エクスプローラー)  作者: 安登 恵一
第四章 冒険者と魔術師
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第八十六話 店長と店員

 ラーナ魔石店はギルドのすぐ近くに存在していた。食事処を挟んでちょうど反対側の距離といったところである。


 リスタンブルグのグラス魔石店と違い、こちらは比べ物にならない程の広さと高さを誇っていた。さすがギルドお抱えの魔石店と言ったところだろうか。


「いらっしゃいませー! あ、店長!?」


 扉を開けると複数の店員が一斉に挨拶をしてきた。そしてラーナの姿を見つけると、皆が驚いた顔をして駆け寄ってくる。


「店長っ! まさか店長が男の人を連れてくるなんて!?」


 店員は全員女性で種族はまちまちだ。直ぐ隣までやってくると俺とラーナを見比べ、一気に捲し立ててきた。


 更に後ろに続いていたシルヴィアたちは呆気にとられ、状況を見守っている。


「え? え?」


 店員たちの反応にラーナはよくわからない顔をする。俺も同様だ。何故、共に店にやって来ただけでそんな扱いを受けなければならないのか。


 辺りを見回したが、客の相手をしている店員はちゃんと残っている。さすがに仕事を全て放棄するほど無責任ではなさそうだ。ただ、時折こちらをチラチラと窺うような視線が突き刺さる。


「……その反応からすると違うんですか。なーんだ、ここに勤めて十数年。ようやく見えた男の影だっていうのにまったくもー」


 揃いも揃って店員たちは嘆息する。その顔には諦めにも似た表情が浮かんでいた。


「仕事上の付き合いとかで男が来たりすることもあるだろう。なんでこんなことで騒ぐんだ?」


 ギルド職員には男もいる。なんでこの程度で盛り上がっているのかがわからない。


「それが不思議なことにお店にやって来た男の人って居ないんですよ。見た目は中性的ですけど、それが良いって言う男の人もいるのに……私も見た目だけならいけますし!」


 何故か熱弁を振るう店員代表、それに頷く店員多数。


 何がいけるのだろうか……あまり深くは突っ込まないほうが良さそうだ。


「……いや、そんなことは聞いていないんだが」


「うーん。一緒にお仕事をしていると、いつの間にか相手の方の態度が変わってしまうんですよね。不思議です」


 首を傾げるラーナ。


 その理由は何となくわかるけどな。……言葉にはしないが。




「そう言えば、皆さんオッドレストには魔術の勉強をするために来たんですよね?」


 しばらく工房に篭っていたラーナが、スッキリとしたような顔で戻ってくる。


 その間、俺たちは暇にならないように配慮されたのか、交代で休憩にやってくる店員たちから色々と質問攻めにされていた。


「ああ、まだ基本的なことを学ぶ段階なんだが、先を見据えてこっちで勉強した方がいいと思ってな」


「基本というと、魔導学でしょうか?」


「ん……ああ、確かそんな名前だったな」


 資料室から引っ張りだした本の中で、基本的なことが記されていた本のタイトルがそれだった筈だ。


「元々魔術師の才能がある方でしたら無意識に行っていることが多いので、魔石師でも無ければあまり聞き慣れない単語だとは思いますが……」


 ラーナは壁に立てかけられている、黒く塗り潰された板の前に立つ。そして元から書き込まれていた文字を布で拭っていった。すっかりと綺麗に拭き取られた場所に白墨石の小さな棒で新しく文字を書き込んでいく。先ずは一番上に……と言っても彼女の身長で届く範囲の中でではあるが、でかでかと『魔導学』と書き、その下に何やら奇妙な暗号を書き込んでいった。


「先ず、人は生活していく中で自然に体外魔力(マナ)を身体へと吸収し、体内魔力(オド)に変換していきます。この際、取り込める許容量が大きい人が魔術師としての才能を持っています」


 話しながら、ラーナは板に書き込んでいく手を止めない。


「そしてその体内魔力(オド)を更に魔術へと変換して行くわけですが、これを理論に組み立てていったのが魔導学です。これは魔石を作成する為の、最も基本的な事でもありますね」


 そして、ラーナの暗号も完成したらしい。板の下部は完全に白い文字で覆われていた。


「これが兄様の作った魔石に仕込まれた魔導路の詳細です! 見るからに美しいですよね!」


「あ、ああ。そうだな……多分」


 相変わらず、魔石に関する事だと人が変わったような押しの強さを発揮する。板に書かれた内容はさっぱりわからないが……雰囲気に飲まれ、俺は肯定するしかなかった。背後の三人の様子は分からないが、きっと同じような状況だろう。


「あ……ごめんなさい。つい興奮してしまいました。それで魔導学なのですが、基本的な事は私がお教えしましょうか?」


「うん? ギルドお抱えの魔石師がわざわざ俺たちの為に教えてくれるのであればこの上ないことだが……仕事もあるだろうし、そんな暇あるのか?」


「兄の詳細も分かりましたし、魔石も見せてもらいました。それにギルドの仕事も一段落ついたのでしばらくの間は暇なのですよ。研究しようにも魔石の原材料はこの季節では入荷し難いですし……お店も店員の数は十分ですし、私が手伝おうとすると『店長は奥に引っ込んでいてください、邪魔ですから』と言われる始末でして……あ、でも私なりに頑張っているのですよ? 荷物を持った時は前方不注意でお客様とぶつかったり、その所為で魔石が辺り一面に散らばったりすることはありますが……それでも」


「わ、わかった。とりあえず講師役を買って出てもらえるのはありがたい」


 話が脱線してきたので慌てて止めに入る。


「あ、その代わりと言っては何なのですが……ギルドに連絡しておきますので、魔石を手に入れた場合はこちらに直接持ってきていただけると助かります」


「ん、ああ、それくらいなら構わないが……時期が時期だ。あまり期待されても困るぞ」


「はい、出来たらで構いませんので」


「と、すまない。勢いで決めてしまったが、皆はそれでいいだろうか? 特にシャンディには申し訳ないが……」


 後ろを向き、皆を見回す。シャンディは俺と目線が合うと頷いた。


「実戦なら私の分野なのだけど、細かい理論となると自信はないし、出来れば私も参加したいくらいよ」


 そして二人も頷いた。全員の意思を確認した所でラーナへと向き直る。


「それではお願いしよう」


「任せて下さい」


 ラーナは胸を張ってそれに答えた。




「うう……やめておけばよかった」


 マルシアが宿の部屋にあるテーブルに突っ伏して愚痴をこぼしていた。同じように対面の席に座るシャンディも疲れ顔だ。その隣に座るシルヴィアだけは、疲れの中にも何か思うところがあるようで、じっと掌を見つめていた。


 ラーナの授業は思った以上に厳しいらしい。魔導学は魔石製作の基礎でもあるのだから、やはりあのノリで行っているのか。なんとなく嫌な予感がしていたので別行動をとっていて良かったと一人胸を撫で下ろす。


「で、内容はどうなんだ?」


「もちろん理路整然としていてわかりやすかったわよ。特にシルヴィアちゃんは見込みがあるみたい」


「ほう。シルヴィアがか」


 その言葉に反応するようにシルヴィアが椅子から飛び降り、俺の前へとやってくる。そして、小さな声で詠唱を始めた。


「――っ!」


 それはいままで何度も聞いた詠唱文。ともすれば聞き逃しそうな声だが、今までと違い、その声にはしっかりとした自信が窺えた。


回復(ヒール)


 光が掌から溢れ出してくる。それはまさに魔術そのもの。完全には発動していないみたいだが、いままではその予兆すら成し得なかったシルヴィアである。まさか一度の授業でここまで扱えるようになるとは……さすがギルドお抱えの魔石師と言ったところだ。


 生真面目な勉強タイプのシルヴィアに、ラーナの授業は相性が良いのだろう。何にせよ、このまま複合式を上手く扱えるようになってくれればこちらとしても大分助かる。


「ね、驚いたでしょう?」


 シャンディが俺の表情を見て笑う。シルヴィアも嬉しそうだった。ようやく自分の努力が実を結んだのだ、それも当然のことである。俺はその頭に手を置き、ゆっくりと撫でていった。


「逆に私はほとんど手応えがないんですよね……これなら実践していたほうが良さそうな雰囲気です」


 テーブルに載せている顔を俺の方に向け、マルシアはため息をつく。こちらは惨憺たる有り様のようだ。


「そう言う訳で……これからしばらくは私がマルシアを、ラーナさんがシルヴィアを担当しようと思うのだけれど……どうかしら?」


 確かに正反対の性質の者を一緒くたに学ばせるのは効率が悪い。


「良いんじゃないか。お互いに合う合わないはあるだろうし、マンツーマンで行ったほうがしっかりと教えることも出来るだろう」


 俺は頷いた。戦力強化を考えるならそれが一番効率がいい筈だ。


 シャンディは「それじゃ決まりね」と返答する。


「そうなると……俺は皆の邪魔にならないように一人で行動するか。色々と下調べをしておいた方がいいしな」


 どちらかに着いて行ったとしても、何が出来るわけでもない。ならば、俺は俺で出来る事をするとしよう。ラーナの為にも、少しは魔石を集めておきたいところだしな。


「あーずるい! 一人で観光する気でしょう!」


 マルシアが声とともにガバっとテーブルから身体を上げた。


「……お前と一緒にするな」

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