第四十四話 装備制作と身に余る光栄
俺たちは鍛冶ギルドの前に来ていた。
鍛冶ギルドは冒険者ギルドよりも倍近く大きい。さすがこの街の顔といったところだろう。一言に鍛冶といっても装飾品などを作る細工師たちも所属している。主に鉱石の流通を担うのがこのギルドだからだ。入ったことはないので正確な事は分からないが、内部は様々な分野で分かれているらしい。
そんな俺たちが何故ここに居るかというと、ヨンドとの待ち合わせのためだからだ。これまでに魔物の巣で手に入れた鉱石について話し合うことになっている。いちいちこちらのギルドまで来て個別に精算していたのでは面倒なので、騒動が収まってから纏めてすることに決めていた。
眼の前のギルドを出入りする忙しそうなドワーフたち。魔物の巣騒動も一段落し、冒険者たちが持ち込んだ鉱石の鑑定や、女王の部屋から鉱石を採取しに行く準備に忙しそうだ。窓から中を覗くと職員らしき人物が慌ただしく動いているのがよく分かる。
「またせたかのう」
俺たちが着いてから約十分後、ヨンドが奥の通りから顔を出した。
「いや、早めに出てきたから問題ないさ」
鍛冶工房が集中してる此方側にはあまり来たことがない。そのため、見学がてら早めに宿を出たのだ。時間を考えればヨンドも早めに来ている。冒険者は基本的に時間にだらしないものなのだが、これは例外だろう。
「とりあえず、うちの工房に案内するぞい」
ヨンドはついて来いと手で合図すると、ゆっくり歩き出した。俺たちはそれに従っていく。
小さな路地を抜け、やや奥まったところにヨンドの工房はあった。特に大きいわけでもこれといって小さいわけでもない、極普通の工房だ。
「親方がワシと同じとこの出でのう」
ヨンドが工房の扉を開けて中へと入っていった。
昼間だというのに、工房の中は薄暗かった。工房とは元々こういうものなのだろうか。自分に馴染みがないのでよくわからない。
辺りには出来上がった武具や精錬前の鉱石、製造過程に出る廃物の山などが積まれており、全体の広さの割にはかなり狭く感じる。よく見てみるとその荷物たちが窓から入る光を邪魔している。これが原因か。
そして何より、工房内は外より気温が高かった。
「ああ、炉の所為で暑いじゃろう」
俺たちの雰囲気を察すると、ヨンドは奥から冷魔石を取り出して起動した。涼しい風が辺りを包み始める。
よくよく感じてみると熱気は奥から来ているようだ。鍛冶師といえば炉である。この暑さはしかたのないことなのだろう。
奥からくる熱気と相まって部屋全体の温度を下げるにはまだまだ時間がかかりそうだ。
「さて本題に入るかの」
ヨンドはそう言うと、何やら書き込まれている紙を取り出した。
「これが魔物の巣でワシらが手に入れた物のまとめじゃ」
俺はその紙を受け取る。若干癖のある読みにくい字だが、これはヨンドの筆跡だろうか。その中にはいろんな鉱石の名前……らしきものが書かれている。かろうじて分かるのは鉄とウーツ鋼ぐらいなものだ。それぞれその横に総数と一つ単位の金額、メンバーで分割した金額が並んでいた。その中でもウーツ鋼の量が突出している。纏めて手に入れた分もあるので当たり前か。
「換金するならギルドレートで買い取るが、どうせならこのウーツ鋼で装備作るのはどうじゃ、安く上がるぞい。技術料は他の鉱石で賄えばいいしのう」
「ふむ、確かに材料があるならその方がいいのか……検討してみよう」
紙を見ながら俺は呟く。換金するとある程度の手数料を取られる。当たり前ではあるが、直接職人と交渉したほうが安上がりだ。
「マルシア嬢の分は換金かのう。魔術師にウーツ鋼はちと重すぎるからな」
ヨンドはマルシアの方を向いて問いかけた。
「あ、はい。特に何も考えていないのでそれでお願いします」
マルシアは大きく頷く。
「ここは魔術師系の防具は扱ってないのか?」
俺は上から顔を上げると聞いてみる。万が一のことも考えてマルシアの防御力も上げておきたい。
「残念ながらないのう。せめて魔法戦士くらいにならんとな」
まあ金属を扱う鍛冶師には無理な相談だったか。
「ここの街じゃそんなに良いものはなさそうだしな」
街の武具屋に並ぶもののほとんどは金属製品だ。偶に見かけたとしてもコボルト皮が精々だろう。ここで装備を整えていった風の騎士団でもメルディアーナの装備に変更はなかったしな。
「皮装備の元となる魔物も付近にはコボルトぐらいしかおらんし、その皮もここじゃほとんど生活用品に使われておるからのう。もしそういう物を求めるなら他に行くしかないじゃろうな。王都なら実用的なものが揃っておるだろうし、フェルデンなら他国からの珍しい装備もあるかも知れんぞい」
フェルデンか。海に近く、港から降ろされた交易品が最初に着く大きな街だな。あそこならば様々な国のものを見かけることが出来そうではある。
「フェルデンですか、いいですね! あそこまで行けば海も近いですし」
「……海ですか」
それまで黙っていたシルヴィアが呟いた。
「海が好きなのか?」
「……本でしか読んだことがないので興味があります」
なるほど、知識としてしか知らないのか。まあ、俺も実際見るのは何年振りになるのだろうか。
「何はともあれ、先ずはお主の防具が優先じゃな」
俺はヨンドの言葉に頷いた。
「そうだな、とりあえず素材から作成して貰うか。ヨンドが作るのか?」
「馬鹿もん、見習いがそんなこと出来るわけなかろうて。親方が作るに決まっておる。ワシはせめてお主に合うように制作の案を出すのと、細かいところを整えるくらいじゃ」
呆れ顔で言われてしまった。まあ、見習いがそんなこと出来るわけ無いか。
「……そりゃそうだな」
俺は紙をヨンドに返す。これで大体の事は決まった。細かい話はまた後ほどだ。
「案が出来たら知らせに行くぞい。勝手に宿を移動したりするでないぞ?」
「了解した。と言うより、移る予定もないさ。なんだかんだであの宿は気に入っているからな……名前以外は」
「はっはっは。あの名前はないわなあ」
俺の言葉にヨンドが盛大に笑った。
工房にヨンドを残し、俺たちは冒険者ギルドにやってきた。
先日の祝勝会の最中、時間が空いたら足を運んでもらいたいと言われていたのだ。
魔物の巣騒動も収まり、ギルドは平穏を取り戻していた。討伐隊の報酬関連での仕事は残っているだろうが、その審査が終わるまで七日程度はかかるだろうし、参加したメンバーは揃って休暇をとっていることだろう。
「呼ばれてきた『フレースヴェルグ』だが……」
閑散としたギルドで暇そうにしている受付職員に話しかける。
「あっ、お待ちしておりました。リーダーのイグニスさんですね」
「ああ、祝勝会でちょろっと言われただけなんで要件がわからないんだが……」
呼び出された内容を詳しく聞くのを忘れていた。高い酒に目がいってしまい上の空だったのは秘密にしておくことにする。
「あれ、ちゃんと報告していなかったのですか……申し訳ありません!」
職員はおもいっきり頭を下げた。その態度になんだかこちらも恐縮してしまう。
「……まったく担当は何しているんだが!」
その怒りっぷりに、担当の顔は思い出せないが、心の中ですまないと謝っておく。
「あー、でその要件とは何なんだ?」
「あ、すみません。いえ、おめでとうございます!」
俺の言葉に職員は営業スマイルに戻ると、いきなり祝福してきた。
「ん?」
「イグニスさんは――レベル5に認められました」
しばらくその言葉が頭の中に入って行かなかった。
「俺が……レベル5? しかし認定も受けていないのに何故だ?」
ようやくその内容を理解したが、実感がわかないので喜びなんかよりも疑問しか浮かばない。
「はい。討伐隊の主要メンバー全員がイグニスさんの活躍を認めていますし、リーダーに至ってはギルド専属なので」
……あのリーダー、専属冒険者だったのか。
専属とはその名とおり、ギルドの認定を受けて専用の依頼をこなす冒険者だ。それ相応の実力と実績がないとなれない、後のギルドマスター候補でもある。一般の冒険者と比べ、その信用度は桁違いに高い。
俺が魔術師を騙っている時点で、レベル5には昇格試験を受ければ上がれるのはわかっている。魔術師で前衛をこなせる時点で相応なのは言うまでもない。しかし本来の魔術師ではないので、公にして昇格するつもりはなかったのだが……。
どうしたものかと俺は悩む。そもそも昇格できるのに断る冒険者なんて居ない。なのに断るとなると、その腹を探られる事になりそうだ。
「そ、そうか……そいつは嬉しいな」
なんとか驚き、戸惑っている振りをする。最初の反応の悪さをなんとか誤魔化さなければ。
「それでは冒険者証を預かりますが宜しいですか?」
職員は普通の対応だった、俺が過敏すぎるだけだろうか。
「ああ、それじゃこれを」
懐から冒険者証を取り出すと職員に渡す。職員はそれを確認すると、奥から新しいものを持ってきた。
「こちらが新しい冒険者証になります」
職員から証を受け取った。そこにはレベル5の文字がしっかり書き込まれている。しかし、素直に喜べなかった。この思いを解消するには、この証に見合う実力をつけたと実感するしかないだろう。
「……ありがたく頂戴する」
俺は大事に冒険者証を懐へとしまった。
「でも女王を一人で無力化するなんて凄いですね。さすが――のイグニスさんです」
聞きなれない単語に耳を疑う。
「すまない、もう一度言ってくれないか? よく聞き取れなかった」
「え? えっと、女王を一人で無力化するなんて凄いですね」
俺の言葉に職員は不思議そうな顔をして言い直す。
「いや……そこではなく。なんだか俺の名前の前に何かついていたような」
「ああ、『投げやり』ですね」
「……なんでそんな名称が付いているんだ?」
「え、討伐に参加した皆さんが言ってましたよ。『投げやり』のイグニスさんと……」
間違ってはいない。確かに俺は槍っぽいものを投げた。それは認めざるを得ない。
……しかし、そんな名称を広めた奴は誰だ。




