第四十一話 風の壁と反撃の槍
討伐隊は浮き足立っていた。
周りの敵を倒し、ようやく本体に手が届くという時になり、更に援軍が現れたのだ。無理もない事だろう。俺も卵を見ていなければ混乱していたかもしれない。
魔物の先陣が後方に回り込もうとしていたパーティを襲撃した。
卵から生まれたのは全てミネラルアント。しかも生まれたばかりだからか、刃の通りがいい。今までの敵と比べたら正真正銘の雑魚だった。襲われたパーティもそれに気づくと態勢を建て直し、すぐさま反撃に移った。
しかし数が多い。数の暴力とはよく言ったものだ。
俺は目の前のミネラルアントを切り裂いた。俺の一撃でも切り裂けるのは楽でいい。だがしかし、息つく暇もなく、その死骸を乗りこえて更なるミネラルアントが現れる。
果たしてどれだけ居るのだろうか……次から次へと生まれてくるミネラルアントの総数はわからない。次第に減っているという感覚すらなくなり、いくら頑張っても無理じゃないかという思いが頭の中をよぎる。
女王を囲む寸前まで行った討伐隊だったが、またも徐々に押され始め、後退を余儀なくされる。
「くそっ! どうすりゃいいんだ!」
近くの冒険者が苛立ちの声を上げた。
相変わらず女王を守る風は展開されている。しかし、遠距離攻撃は届かない。
このまま入口まで押し戻されれば、退却せざるを得ないだろう。
女王から距離が開いた所為で、再び槍の雨が降り始めた。守りを固めるため、更に討伐隊の陣形が縮小されてしまう。
――クソッ、どうしようもないのか?
魔術師狙いが功を奏しないのを理解したのか、槍の目標をランダムに切り替えてきた。躱し損ねたレベル4冒険者数人が負傷する。
不味いな、こうなると作戦が立て辛いぞ。俺は討伐隊リーダーに視線を向けるが、やはり苦い顔をしていた。
状況はどんどん討伐隊に対して悪くなってくる。俺の足元にも槍が突き刺さった。黒い鉄の槍。それは俺たちにとっては手頃な大きさだ。このままこれを手に取り、武器にしても使えるだろう。
――どうせこのまま撤退するなら、試してみるのも悪くない。
「ヨンド!」
俺の叫びにヨンドは「なんだ?」とこっちを向いた。
「……この場は任せていいか?」
ガーディアンは既に居らず、弱体化したミネラルアントのみである。俺が多少離れたところで問題は無いはずだ。
「はっは。任せとけ」
ニヤッと笑うとヨンドが頷いた、そして。
「――期待しておるぞ」
と、付け足す。
「成功することを祈っててくれ」
俺は足元の槍を拾い上げる。見た目通りの重さだが、扱いきれないと言うほどではない。そしてそのまま中央にいる『狼虎』に向かって走った。
「くそったれ! いい加減にしやがれ、このゴミ虫共!」
聞覚えのある罵声が耳に届く。その先には、数体のミネラルアントを纏めて相手にしているフゥとエンブリオの姿があった。
「フゥ、エンブリオ。協力してくれ!」
俺は二人に近づき、声をかける。
「イグニスか、どうした!?」
「……何をする気だ?」
二人が同時に振り向く。エンブリオの方は、俺がただ来ただけではない事を理解しているようだ。
「あくまで可能性だが……ヤツの風を貫いて攻撃できるかもしれない」
「……俺たちはどうすればいい?」
エンブリオは自分たちの役割を聞いてきた。本当に話が早くて助かる。
「予想では俺が攻撃した後に反撃が来る。全力で攻撃するので回避に意識を避けない。守ってくれ」
「わかった……しかし、それをどうするんだ?」
手に持った槍を見て、エンブリオが聞いてくる。どうやらさすがに内容は想像できないようだ。
「決まってるだろ。投げられたものは」
俺は二人に笑いかけると。
「――投げ返す!」
二重強化を発動した。
「筋力付与!」
槍を構え、俺は叫びながら全力で投擲した。
勢い良く飛び出した槍が風の壁にぶち当たるが、難なく突破する。しかし、多少は風に影響されたのか、それとも元からずれていたのかは分からないが、狙ったはずの頭部ではなく、少し下の胸部に突き刺さった。
「――っ!」
女王が大顎を開き、形容し難い声を上げる。そして間髪いれずに、俺に向けて真っ直ぐに槍が飛び出した。
「おらよっ!」
俺に向かって直進する槍を、フゥが難なく撃ち落とした。その顔には余裕が見える。しかし、槍は一発だけではなかった。続いてもう一投。同じ軌跡を描いて襲い掛かってきた。
「……油断するな!」
同じように、今度はエンブリオが槍を打ち上げた。槍は空中を回転すると俺の近くの大地へと刺さった。あぶねぇ。
俺はその槍に近づくと、同じように持ち上げる。腕にはまだ二重強化がかかっている。一度解除すると反動でしばらく使い物にならなくなるだろうが、解かなければ継続できる。後の心配よりは現状の打破を優先する。
再び、全力で槍を投擲する。今度は残念ながら身体には当たらなかったが、上翅を突き破った。やはり魔力とは言え、翅が風を生み出す媒介なのか、若干ではあるが周囲の風が弱まった。
「いいぜ! どんどんいけ!」
目に見えた効果にフゥが上機嫌に声を上げた。
「……手の空いているものは槍を回収してこい!」
エンブリオが近くにいるパーティに叫んだ。この部屋には今まで撃たれた多くの槍が突き刺さっていた。投擲する材料に困ることはないだろう。
俺の投擲を見て驚いた表情を浮かべていた冒険者たちが、エンブリオの声で我に返ると、戦線を維持できる最低限の人数を残してサポートに回ってくれた。
再び女王から放たれる槍をフゥたちが撃ち落とし、俺は集められた槍を順次投げつけていった。
幾度となく、槍が空中で交差していく。
手を離れた槍が、胸を穿ち、胴を穿ち、翅を穿つ。
「ぐぅっ!?」
俺は思わず呻いた。
十数本を投げたところで、突如腕が悲鳴を上げたのだ。俺は何とか二重強化を維持しようと試みるが、その意志も虚しく、ほぼ強制的に強化が解除されてしまった。それと同時に腕の感覚がなくなった。まるで肩から先を失ったように感じ、自らの腕を確認してひと安心する。
「おい! 大丈夫か!?」
だらっと垂れ下がった俺の腕を見て、フゥが大きな声を上げた。
「……悪い。どうやら限界のようだ」
結局、狙った頭を貫くことは出来なかったが、胸と胴体、そして翅に幾多の穴が開いた。
「……風がほとんど止んでいる。上出来だ」
エンブリオが獰猛な笑みを浮かべる。滅多に見せないその表情に俺は驚いた。
「最後は俺たちに任せておけ――お前ら! いけるな!」
フゥの叫びにサポートに回っていた冒険者たちが頷き、魔術師たちが詠唱に入った。さすが冒険者、状況確認に余念がない。役立たずとなった俺の守りはリーダーが担当してくれるようだ。
三人の魔術師がタイミングを測り、同時に叫んだ。
風刃、水嵐、雷撃の三重奏。
解放された魔力が女王に向かって襲い掛かる。それは直線上に居るミネラルアントを巻き込み、道を切り開いていく。
「いくぞっ!」
先陣を切るは『狼虎』の二人。それに三人の冒険者が続く。限界まで加速した五人は、大地を疾駆し、女王へと接近した。
翅を貫かれた女王は鉄壁の防御を失い、その侵入を安々と許してしまう。苦し紛れに槍の雨を降らすが、『狼虎』たちは僅かな動作でそれを躱していった。
勢いを止めず、『狼虎』は左右に分かれ、首を両側から斬りつけた。しかしさすがの装甲、一瞬で切り裂くことは出来ないようだ。刃は徐々にめり込んでいくが、女王がそれを黙って受け入れるはずもなく、悶えるように暴れ出した。
近くのミネラルアントが巻き込まれ、吹き飛ばされていく。
残り三人の冒険者も大地を蹴った。一人は頭上から眉間に、二人は胸下から大顎に向けて、その手にある武器を突き刺した。
「――っ!」
女王が再び悲鳴のような音を発する。これは断末魔の叫びだろうか。三人の勢いに押されるように、『狼虎』の双剣が首の後ろへと抜けた。次の瞬間、支えを無くしたように、女王の頭部が大地へと落ちていった。
「うおおおおっ!」
フゥが雄叫びを上げた。それに呼応するようにエンブリオも勝ち鬨を上げる。それを聞いた討伐隊の面々も、次々と声を上げていった。




