第三十話 鉱石と魔物の巣
遠出を終え、街に戻ってくるとやけに騒々しかった。
魔石を精算するため、俺たちはギルドへと向かう。その道すがら、いつもより多くの冒険者を見かけた。街の喧騒を抜けて冒険者ギルドの扉を開けると、その中もかなり混雑していた。
さっさと精算したかったのだが、これは時間がかかりそうだ。しかし、その原因も気になる。
「何があったんだ?」
俺は辺りを見回して、ちょうど手が開いていた職員に聞いてみた。
「あ、はい。えっと、鉱山で魔物の巣を掘り当ててしまいまして」
「魔物の巣!? 大丈夫なのか?」
職員の言葉に俺は慌てた。
「ええ、こういうことは過去に何度かありますので」
しかし、職員は笑顔で答える。どうやらここでは普通の事らしい。少しの安心と納得が行かない気持ちが混じり、何となく頭を掻いた。
「詳しいことを教えてもらっていいか?」
「はい。掘り当てた魔物の巣はミネラルアントの巣です。通常、警備などで遭遇するミネラルアントは巣を離れ、一体で行動している個体です。これらはミネラルアント全体でみるとそう多くはない数です。しかし巣はその規模にもよりますが、かなりの数のミネラルアントが犇めいていることでしょう」
「一度しか遭遇してないからいまいち実感がわかないな」
俺は手を顎に当て、警備の時を思い返す。鉱山で出会ったミネラルアントは危なげなく倒してしまった。三日間の警備でミネラルアントが出現したのは俺たちのも含めて二回。広い鉱山でこれは多いのか、少ないのか。
「ミネラルアント自体は、警備を担当できる冒険者であれば苦戦はしないでしょう。しかし、巣の奥に潜む女王が厄介です。女王はミネラルアントを生み出せますので」
「なるほど、そいつを倒さないとミネラルアントの出現は止まらないのか」
「はい。ですが、女王はこちらから仕掛けない限り動こうとはしないので、攻略に時間が掛かっても問題ありません」
そう言う職員の顔には余裕がある。周りを見渡してみても、賑わっているが緊迫した様子はない。
「だったら、大丈夫そうだな」
何にせよ、思ったほど深刻な事態ではなさそうだ。
それならばと、俺たちは一旦宿に戻り、荷物をおいて食堂へと向かった。本来ならさっさとギルドの用事を済ませてから食事を取りたかったが、あの混みようだと時間がかかりそうだった。
声には出さないが、ようやく野菜類を食べられるとなって、シルヴィアとマルシアは喜んでいるように見える。俺も肉には少々飽きたところだ。今回の食事は野菜をメインにするとしよう。
俺たちは馴染みとなりつつある食堂に入った。ほぼ毎日利用しに来る俺たちもついには顔を覚えられ、店員の態度も砕けた感じになっていた。
注文をシルヴィアたちに任せ、運ばれてくる料理で腹を満たした後、再びギルドへと戻る。
やはりギルドは混んでいた。食事を終えた冒険者が増えたのか、先程よりも人がいるようだ。これは失敗だっただろうか。
俺たちは受付が開くのを待ち、精算とパーティ名の登録をした。パーティ名は紙面に名前を書くだけで、これはさらっと終わってしまう。もともとパーティ自体の登録はしてあるので、その上に名称を記入するだけだからだ。
受付の職員は俺とマルシアの冒険者証を一度預かると、名前の上の空白部に『フレースヴェルグ』と記載し、魔石の代金とともに返却してくれた。長いことこの欄は空白のままだった。なんだか懐かしいような、また恥ずかしいような変な気持ちになってしまった。
その後、依頼でも魔物の巣に挑むでもなく、受付の許可を得ると資料室へと向かう。資料室はテレシア同様、二階の階段を上がったところにあった。基本的な構造はどこも一緒のようだ。
俺は鉱山の魔物について詳しく調べることにして、残りの二人には食べられる野草の見分け方を調べるように言っておく。先日の野営で実感したのか、二人は真面目な顔をして頷いた。
鉱山の魔物は、やはりリスタンブルグの代表的な敵といっていいのだろう。部屋の扉を開けてすぐ正面に資料は置いてあった。今更、魔物について調べるような冒険者は居ないのか、俺たちの他に誰も利用していない。下の階と比べたらとても快適だ。
手にした資料をパラパラとめくり、情報を集めていく。まず目に入ったのが鉱山とミネラルアントの巣の関係だ。
当り前だが巣が出来、時間が経てば経つほどその規模は大きくなる。元々ここの鉱山はミネラルアントを倒した後の巣を利用したのが始まりだったらしい。そこから採掘を始め、街は徐々に発展していったと言う。
なるほど、この街とミネラルアントには想像以上に密接な関係があったんだな。
次に一番遭遇する頻度の多いであろう、基本的なミネラルアントについて。これは警備の際、ある程度の情報は得ている。全身のほとんどが岩石で出来ているため、関節部を狙って行動不能にさせるのは基本だ。スティンガー同様、魔法で内部攻撃を仕掛けるのが一番手っ取り早いが、一見魔法に見えて単に氷を打ち出しているだけのマルシアの魔石でも十分に効果はあった。つまり、一定以上の威力ならダメージが通せるのだろう。生体活性なら十分にいけそうだな。しかし、魔物の巣となるとどれだけの数を相手にするかわからない。出来るだけ使わずに仕留めていくように心がけなければ。
一言にミネラルアントと言っても、単体で活動する個体と巣の内部で活動する個体。そして巣の奥部で活動する個体と微妙な差があった。警備などで遭遇するのは掘ることに特化している個体。内部のは掘るというよりは道を作り、巣を広げる個体。そして奥部のは……厳密に言うと通常の個体とはタイプが違い、ガーディアンと呼ばれる巣の守りを受け持っている個体らしい。
そして最後に女王だが……これについては、職員に教えられたこと以外は特に載っていなかった。出会う機会が少ないから情報が乏しいのだろう。
まあ、こんなところか。
俺は資料を戻すと二人を探した。どうやらさほど重要ではないのか、野草に関しての資料は部屋の奥まったところにあるらしい。二人は近くの席で資料を眺めていた。
「どうだ、情報は集まったか」
その言葉に二人は顔を上げる。マルシアは笑みを、シルヴィアは困ったような表情を浮かべていた。
「はい、バッチリですよ。よくよく見れば普段料理で使っていた食材とかあるので分かりやすいですし」
なるほど、経験がある分すんなりと頭に入るか。となるとシルヴィアは……。
「……頑張って覚えます」
だろうな。
「お主たち、久しぶりだのう」
宿に戻ると入口のところにヨンドが居た。
「ヨンドじゃないか、半月ぶりくらいだな。それでどうしたんだ、鍛冶師に挫折して冒険者に戻りにでもきたのか」
「はっはっは。馬鹿なことを言うな。もちろん例の件じゃよ。お主たちもその件で出ていたのではないのか?」
俺の軽口にヨンドは笑う。たったの半月振りの事なのだが、その態度にはなんだか懐かしい気分を感じてしまった。
「魔物の巣の件なら少し前に知ったばかりさ。ちょっと遠出してたもんでな」
「ほう、そうだったのか。しかしこっちに来て早々、こんなことがあるとはのう。いや、なかなか面白い」
「おいおい、まるで祭り気分だな」
この国で祭りといえば、冒険王を称える竜殺し記念祭が有名だろうか。まるでヨンドの顔は、その祭りに参加するかのような期待感に溢れていた。
「通常の魔物の巣ならば慎重になるだろうが、鉱山の魔物の巣とはなかなかありがたいものよ」
「どういうこった?」
「ミネラルアントは鉱石を食料とするのは知っておろう。そのため、巣にはいろんな鉱石が転がってたりするんじゃよ」
「なるほど、貴重な鉱石もあるかもしれないわけか」
ヨンドの言葉に納得する。だから街がにわかに活気づいていたのか。街に被害が出る心配がなく、更に貴重な鉱石が手に入るかもしれない……か。
「その通り。だから魔物の巣に挑もうと躍起になってる奴は多い」
「手に入れた鉱石の扱いはどうなってるんだ?」
「もちろん、勝手に鉱山を掘っていいわけではないからな。基本的に鉱山から採掘したものはギルドの管理になる――のだが魔物の巣となれば話は別じゃ。基本的に手に入れたものは全てそやつの物。だから冒険者は鍛冶師……とはいってもほとんど見習いだが、を連れて狩りに行っておるよ」
「なるほど、つまりヨンドがここに来たのは――そういうわけか」
俺は笑う。鍛冶師見習いで引退したばかりの冒険者。ピッタリな配役じゃないか。
「話が早くて助かるのう。まあ、今日のところは顔出しついでで……ほれ、土産を持ってきているぞ」
ヨンドはニヤッと笑うと、横においてあった樽を叩く。もしかしてこれ……酒樽か?
「ちゃんと嬢ちゃん用も準備してあるから心配はいらんぞ」
酒樽の裏にはもう一つ、小さな樽が隠れていた。ドワーフの基準はどこかおかしい。でかい酒樽は当り前だが、後ろの樽でも俺は呑みきれんぞ。
シルヴィアはその量を見て、困ったような笑みを浮かべていた。
「まあ……部屋に行くとするか」
何にせよ、ここに置きっぱなしだと他人に迷惑だ。俺たちは受付を抜け、部屋へと向かう。その後ろを両肩に樽を担いだヨンドが続いた。
酒樽は扉の幅ギリギリだった。入らなかったらどうするつもりだったのだろうか。そんなことを考えていると、ヨンドは部屋の中央にドスンと樽を置いて、床に座った。
「魔物の巣の出現がもう少し早ければアルフたちに頼めたのだがな。この街で他の冒険者と言えば、お主たちしか面識がなくてのう」
俺から器を受け取り、ヨンドは酒樽から酒を掬う。樽のまま呑むんじゃなくて本当に良かった。
「故に、手が空いていたらワシに伴って欲しいのだが」
酒で喉を潤してからヨンドが続けた。
俺はシルヴィアとマルシアを見る。二人とも俺の視線に頷いた。
「願ったり叶ったりだ。魔物の巣について調べていたところだし、ヨンドなら信用できるから何の問題もないな」
「うむ、ならば決まりだ! さあ呑むぞ、お主等」
そう言ってヨンドは嬉しそうに器を掲げた。俺たちもそれに習い、四つの器が触れ合った。




