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遅咲き冒険者(エクスプローラー)  作者: 安登 恵一
第五章 第二節 冒険者と昇格試験 後編
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第百五十話 夜明けと走り込み

 陽の光と闇の残りが混じる夜明けの世界。


 その中で、俺はゆっくりと深呼吸。新鮮な空気が肺を満たし、自分の身体が徐々に覚醒していくように感じる。


 そのまま十分に身体をほぐすと、俺は構えをとった。


 手にはなにもなし。いつもの相棒は、部屋の中で皆と共に眠っていることだろう。


 まずは左手を真っ直ぐに突き出す。同じ速度で引き戻すと、角度を変えて外側から円を描きつつ同じ場所へ。


「……難しいな」


 先日は咄嗟に行っていた動きだが、こうして冷静になって理論立てると、思考が動きを邪魔してしまう。


「だが、これは色々と使えそうだ」


 左腕で守りに徹し、右腕で攻めを行う。これまで双剣や二刀の話は見聞きしてきたが、こうしてこの身で実感したのは始めてだ。さすがに片手半剣(バスタードソード)を両手に持つなどと馬鹿なことはしないが、受け流し用の短剣(マインゴーシュ)などを扱えるようになると、戦略の幅は広がるのではないだろうか。


「短剣ならそこそこ扱いにも慣れているしな」


 投擲短剣を扱ってきた俺には、年月相応分の自信はあった。候補として考えておくとしよう。


「後は……そうだな」


 俺は身体を回転させると、その勢いで虚空を蹴り上げる。


 体術の中でも一番の破壊力をもつのは蹴りだろう。生体活性(ブースト)の使える俺である。これも活用出来れば大きな武器となるはずだ。


「しかし、これは先が長そうだ」


 一撃に期待がもてる分、欠点も目につく。脚を上げたまま静止している状態だが、そんないま、軸足を払われたらなんの抵抗も出来ずに倒れ込んでしまう。


 左右で役割を分担する腕と違い、攻防一体の脚。どちらかと言うとこっちの方が俺が使う剣術と似ているのだが、両足が常に使えないとなると難度が相当高くなるように感じる。


「復習とは感心だ」


 色々と試行錯誤しながら、攻撃パターンを模索していると、背後から声が掛かる。


 その瞬間、俺の背筋に悪寒が走った。それは、出来ることなら聞きたくない声に似ていたからだ。


「……なんで、こんなところに居るんだ。昨日の今日で、再戦する気はないぞ」


 振り返った先に居たのは、予想通りの人物。戦闘大好き娘だった。


 俺たちが泊まっている宿の敷地は広い。建物だけでも呆れるほどの大きさなのに、それに加えて厩舎を始めとした様々な施設が立ち並び、入り口の門を抜けたすぐ先にはギルド修練場に匹敵するほどの広場があった。ここを利用しているのは俺ひとり。せっかく貸しきり気分を満喫していたというのに。


「何を言っている。このような朝からそんなつもりはないぞ。単にロードワークの途中に見かけただけだ」


 警備担当になんと言って入ってきたのだろうか。まあ、アクアラングの関係者であれば問題なく通り抜けられたのだろう。


 その言葉通り、女性の肌にはうっすらと汗が浮かんでいた。


「……ロードワーク、か」


 いわゆる走り込み。そういえば、このところの街の滞在に加え、馬車を手に入れてからはただ歩くという機会も減少していた。もちろん日々の鍛錬はしているので弱っているわけではないが、なんとなく意識していなかったのも事実だ。


「まあ、こんなところで出会ったのもなにかの縁だ。どれ、軽く組み合うとするか」


「いや、待て!」


 腕をぐるぐると回しながら傍まで寄ってこようとする女性に、俺は慌てて両手を前に突き出し、制止をかける。


「なんだ、やらないのか?」


 不思議そうな顔を向ける女性。


「いや、なんだ。その……」


 えらい奴に見つかってしまったものだ。先日はなんとか誤魔化して逃げ出したというのに、翌日に再び顔を合わせる羽目になるとは……。


 しかし、ここで組手をしたところで結果は同じだろう。参考になるのは確かだが、昨日得たことを自分の中にほとんど取り入れられていないのだ。おまけに、今回は治療にあたってくれる仲間も居ない。


「……あー、ロードワークの途中といったよな。俺も走り込もうかと思ったんだが」


「うん、そうだな。足腰は武術の基本。常に鍛えておくべきだろう」


 女性は何の疑いもなく納得すると、ついて来いと軽く手で合図をし、ゆっくりと走り出した。まずは慣らしということなのだろう、俺は小さくため息をついて並走していく。


 海風が、肌を僅かに湿らせていく。


 俺たちはゆるやかな坂となっている道を、街の入口方面に向かって駆け上がっていった。踏みしめる脚に、傾斜による負荷がかかるのを感じる。平坦な道を走るよりは効果がありそうだ。


 いつもの装備を外している身体は軽い。普段の重量がない分、俺は無意識のうちに前へ前へと身体を動かしていた。


「真面目に取り組むその姿勢。やはり男子たるもの、そうでなければならん」


 なにかに納得したように女性が呟いた。なんでこうも全部肯定的にとらえるんだろうか、こいつは。


 まあ、それはもういい。相手にしていても疲れるだけだ。適当に流すのもまた、人付き合いというものだろう。


「それで、イグニス」


「ん、なんだ? ――って、なんで俺の名前を知っているんだ」


 唐突に名前を呼ばれ、俺は驚いた。


「周りの者たちがそう呼んでいたではないか。特に冒険者の仲間が声を大にして」


「……ああ、そりゃ確かに」


 馴染み深いエルフの顔を思い出す。多分、未だ眠りの中だろう。寝ている分には静かで、十分鑑賞に値するのだが……。


「だが、俺はお前の名前を知らないわけだが」


 口に出してから後悔してしまった。別に名前なんぞ知らないままでいいじゃないか。なんだかんだで、気づけば相手のペースにハマっている気がする。いや、この場合、自らハマりにいっているのだろうか。


「ああ、そうだった。我のことはリタと呼べばいい。親しい者は皆そう呼んでいる」


 屈託のない笑みでリタと名乗った女性が言う。


「ちょっとまて。いつから親しい間柄になった」


 思わず眉を寄せ、抗議する。


「拳を交わし、共に認め合ったではないか。それで親しくなくて何を親しいというのだ?」


「その基準がおかしいとは思わんのか……」


 俺は今まであんたの名前すら知らなかったわけだが。


「おかしいも何も、今までそうやって生きてきたのだ。そっちの基準がおかしいのではないのか?」


 真面目な顔をしてそう断言されると、なんだかそんな気がしてきてしまう。またも丸め込まれそうになった自分に気づき、俺は慌ててかぶりを振った。


 なんで実力がある奴に限って常識がおかしいんだ。あれか、強くなるには常識を捨てねばならんのか。


「いや、この話はやめておこう。どこまでいっても平行線だ」


 考えても無駄だと悟り、俺はとっとと会話を切り上げた。


「そうだな。それではそろそろ真剣に取り組むとしよう」


 そう言うと、徐々に加速していくリタ。俺もそれに付き合い、速度を上げていく……まではよかったのだが。


 この走り込みもまた、お互いの基準が乖離していたことに、後々になって気づいた俺だった。




「――死ぬ」


 部屋の前まで何とか辿り着いた俺は、既に虫の息。壁に張り付くように身体を預け、ガクガクと震える脚を動かし、なんとかここまで戻ってきた。


 なぜこのような状態になっているのかというと……リタに付き合った所為に他ならない。


「……色々と甘く見ていた」


 口から出るボヤキと共に、俺は入口の扉を押し開いていく。すると次の瞬間、内側から一気に扉が引かれ、支えをなくした俺は前のめりに倒れ込んでしまった。


「――いてて」


 いきなりの事に受け身を取ることすら出来ず、身体を襲った衝撃と、元より全身を蝕んでいた疲労でうめき声が出てしまった。


「おかえりなさい」


 無機質な声に導かれるように顔を上げると、そこには何だか怒ったように見下ろしているマルシアの姿。


「デートは楽しかった?」


 次いで、奥のシャンディが面白そうにこちらを見ていることに気づく。


「なんなんだ、一体。この状態を見れば、散々な目にあったのがよく分かるだろ。……と言うか、ボロボロで動けないんだが」


 言外に助けを求めるが、誰も応じようとしない。


 一番奥でベッドの縁に腰掛けているシルヴィアに視線を向けるが、眼が合うなりプイッとそっぽを向かれてしまった。


「ふふ、私たちを置いて他の()とお出かけしちゃうのだもの。弁解の余地はないわねぇ」


「それはどう見ても誤解甚だ――」


「問答無用ですっ! しばらくそこで反省していて下さい!!」


 いや、反省するったって……なにを、だ?


 説明させろという俺の言葉に聞く耳もたず、マルシアはベッドに向かう。そしてそのままドスンと飛び込むと、我が物顔で占領を始めてしまった。


 シルヴィアも未だにこっちを向かず、シャンディに視線を戻すが……。


「耐えるのも男の甲斐性よ」


 と片目を閉じて見せると、二人の元へと向かってしまった。


 しばらくの間。和気あいあいと会話を交わす三人を尻目に、俺はひとり寂しく床と語り合う事となった。


 まったくもって、理不尽だ。

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