癒しのひととき。
だだっ広い草原にいた。
地平線の彼方まで続いている草原だ。
何もないけど、生命に溢れていた。
小さな昆虫や動物たちがのんびりとしている。
ついついしゃがみ込んで、カミキリムシみたいな昆虫が歩いているのを眺める。
空には大きな鳥が飛んでいて、遠くにはランドブルの群れ。
「つか、ここどこよ?私、何していたんだっけ?」
記憶が曖昧で、よく思い出せない。
仕事から帰ってきて寝たような気もするし、どこかに出かけていたような気もする。
大切なものが抜け落ちた喪失感があるのは、記憶が思い出せないからなのか?
でも、どうしてだろう?
不安は一切ないんだけど。
どちらかというと、このままでもいいかって思ってる。
目的もなく草原をさまよい、目についた動物を観察する。
すると、あることに気がついた。
足音がしないのだ。
明らかに踏んでいるはずなのに、草の感触もなければ音もない。
自分を見ても、姿形ははっきりしているので幽霊になったということはなさそうだ。
石を踏んでみたり、自分で突いてみたり、いろいろと検証してみた。
どれくらいそうしていただろうか?
ーワンッ!
聞き慣れた犬の声。
声のする方を向くと、白い塊が駆けてくる。
「……ディー!!」
白い塊が何か目にした瞬間にわかった。
それと同時に、忘れていたものが溢れ出す。
ディーは私に飛びかかると、尻尾をブンブン振りながら顔を舐めた。
「ディー、くすぐったいよ」
「ネフェルティマ、こちらへいらっしゃい」
突然、女の人の声がして、めちゃくちゃ驚いた。
ビックリしすぎて、悲鳴を上げてしまったほどだ。
「そう驚かなくとも…」
女の人は悲しげな表情をした。
なんか罪悪感が…。
「ごめんなさい」
謝ってから、改めて女の人を見る。
まず目に行くのが、艶やかで美しい黒髪。
不思議なことに、光の加減で暗い青や緑にも見えるときがある。
これが烏の濡れ羽色ってやつか!!
顔は小さくて、透き通るような肌だし、西洋のお人形さんみたいだ。
ドレスはゆったりとしたロングスカートに、上は長い布みたいなものを巻きつけている。
スタイルはわからないが、きっとボンキュッボンに違いない!
こんなスーパー美人は知り合いにはいない。
ただ、どこかで見かけたことがあるような気がする。
どこだっけ?
「いや、突然声をかけてすまなかった。さぁ、そこに座っておくれ」
どこで見かけたのか思い出そうとしていたら、急にテーブルと椅子が現れた。
これまたビックリして、ぽかーんとしてしまったが、美味しそうな匂いで我に返った。
テーブルの上には、焼きたてのパイみたいなお菓子や新鮮な果物、ほのかに湯気を立てるカップがあった。
匂いにつられてか、お腹がグーと鳴る。
椅子に座って、ティーカップが視界に入ると、嫌な気持ちになった。
あのとき、黒がいなければどうなっていたんだろう?
……黒!?
灰、銀鼠、薄墨!!
私に寄生しているスライムたちがいない。
「毒は入っておらん」
私が警戒したのがわかったのか、スーパー美人は優雅にお茶を口にした。
「あの、どちら様でしょうか?」
「我を覚えておらぬのか?クレシオールというのだが」
クレシオールさん?
クレシオール…クレシオ……。
「女神様!!」
ガタッと音を立てて立ち上がってしまい、危うくカップを倒すところだった。
「左様。ここは『死者の世界』だ。我の力が満ちているゆえ、傷つくことも、病いにかかることもない」
ちょっと待って!
死者の世界ってことは、私また死んじゃったの!?
ヲイ、コラッ神様!どーいうことだー!!
「ふむ。勘違いしているようだな。話が長くなる。座っておけ」
女神様に促され、再び座る。
女神様が説明してくれるということは、神様から聞けなかったことも聞けるかもしれない。
私が落ち着いたことを察知したのか、ディーが足元で寝そべった。
草のベッドか。気持ちよさそうだなぁ。
「ネフェルティマに起こったことから話そうか」
記憶が途切れているところから、女神様は丁寧に話してくれた。
ディーが傷つけられたことがきっかけで、ソルの聖獣の力を暴走させたこと。
それが原因で、私の魂が傷ついたこと。
ディーが死んだこと。
「ディー、死んじゃったの?」
名前に反応したのか、ディーが顔を上げてこちらを見る。
すぐに違うのかと、寝る体勢に入った。
こんなにリラックスしているディーを見るのは、久しぶりかもしれない。
「このものには、我が愛しき子を守ったという功績がある。我の側に置けば、傷も早く癒えるだろう」
傷が癒えたあとは、再び地上で生を受けるのだという。
常にこの世界の命は、輪廻転生を繰り返しているらしい。
「もう、ディーには会えないの?」
「それはお主たち次第。地上のことは余り干渉できないのでな」
「でも、神様は…」
私で遊んでいると表現していいものか悩み、言い淀んでしまう。
一応、女神様にとっては父親だからね。
まぁ、思いっきり悪口言ったあとだから、あまり意味ないかもしれんが。
「我はまだ、加護を与えることで関わることができるが、父神にはできぬ。ただ見ているだけというのも、寂しいものなのだよ」
「そのための愛し子なの?」
「そうとも言えるし、違うとも言える」
そして、女神様から語られたのは、衝撃的なことだった。
「愛し子とは、異界より譲り受けし魂。この世界の理に縛られぬから、我や父神も関われるのだ」
つまり、歴代の愛し子はみな、異世界転生しちゃった人たちということだ。
女神様の言う異界が、地球だけとは限らないが。
しかし、世界の理に縛られないとはどういうことなんだろう?
「世界の理って?」
「そうだな…。父神の意思と言われることもあるが、世界がその姿をとどめておける条件かな」
私はふと、地球を思い出した。
自然破壊、異常気象、新種の感染症に動物の絶滅。
女神様の言葉が正しければ、地球はその条件を満たせなくなったのではないだろうか?
その先にあるのは滅び。
世界が世界であるために、神様は理から外れたことをすることができない。
ちょっと、神様が不憫に感じる。
「父神の考えておられることは、我にもわからぬ。ネフェルティマ、お主には多大な加護と同じくらい枷もつけられているようだ」
意味がわからん?
「枷?」
「我が言えるのはここまでのようだ」
加護の内容や枷がなんなのかは話しちゃいけないのか?
非常に気になるのだが…。
「いずれ、わかるときが来よう」
女神様の顔を見れば、そう悪いものではなさそうだが…。
枷って…。
やっぱり私、猛獣とか化け物扱いなんだろうか?
「女神様にはまた会える?」
「ネフェルティマには名で呼ばれたいな」
「クレシオール様ってこと?」
「クレオと呼ぶがいい。…お姉様でもよいぞ?」
茶目っ気たっぷりに言っておられるが、内容は恐ろしいぞ!
しかも、質問に答えてくれてない!!
「本当のおねー様がいるからダメ」
わたくしだけの妹なのにって、お姉ちゃんが文句言いそうだし。
お姉ちゃんのぎゅー攻撃は大変なんだぞ!
「父神が譲り受けた魂だから、我と姉妹でもおかしくはないのだがな」
いやいや、十分おかしいから!
その理屈だと、私が神様の子供みたいじゃんか!!
私は神様に巻き込まれた被害者…じゃないな。
うーん、共犯者?
なんか私が悪いことをしているみたいだな。
…同じ穴の狢?戦友??
しっくりくる言葉がないな。
だが、神様と親子と思われるのは勘弁してもらいたい!!
「クレオ様で!」
「…無理強いするものでもないか」
お姉様呼びは諦めてくれたようだ。
「ネフェルティマ、自分を責めるでないぞ。生あるもの、死からは逃れられぬ。大切なのは、生あるときをどれほど楽しむかだ」
クレオ様はとても優しい顔をしていて、なんかママンの顔がだぶる。
そして、細く綺麗な手で、頭を撫でられた。
もう、時間なのだろう。
「生きている時間は、辛いことを楽しさに変え、よきことは他者への幸へ。そして、罪には償いをし、己が魂の試練の時間。負の感情に囚われては、魂が穢れる。気をつけるのだよ」
…そうだ。私のせいでディーが死んだと、嘆いてはダメだ。
ディーに守ってもらったことを、誇らないと!
「ディー、守ってくれてありがとう」
うとうとしていたディーに、勢いよく抱きつく。
どういたしましてと言うように、ワンと一鳴きした。
先ほどから、私を呼ぶ声が大きくなっていく。
いつまでも、ディーと一緒にいたいと思うが、それじゃディーが悲しむ。
最後に、ディーのもふもふを堪能した。
ディーはいつもお日様の匂いがする。
「クレオ様、ありがとうございました」
この時間を作ってくれたクレオ様にお礼を言い、ディーには…。
「ディー、またね!」
別れは言わない。
だって、絶対また会えるから!
まだ、続きますよー!




