救世主がいたようです。誰だろ?
「シシリーさんのいもーとさんって、コボルトじゃないの?」
ぶっちゃけ、他所様の家庭事情とか聞きにくいのだが、本人が血は繋がっていないと言っていたので、聞いても大丈夫だろう。
「ああ、妹は捨て子でな。見ての通り、毛並みが他の狼族と違うから川流しにされていて…」
「もういいよ!つらいこときいてごめんね」
危ない危ない。川流しとか危険ワードだよ。私、これ以上聞いたら泣いちゃう!
「もしかして、星狼族か?」
私もそれは思ったんだけど、まさかねぇ。
ラーシア大陸には、3種類の狼しか確認されていない。森に住むフォレストウルフ、岩場や草原に住むランドウルフ、雪山に住むスノーウルフ。
そして、獣人の狼族も3種類。森狼族、陸狼族、雪狼族。
神様は狼を元に狼の獣人を創ったとされているんだが、新しく考えるのが面倒臭かったんじゃないかな?
それはさておき、星狼族の元となったのがスターウルフ。
文献によれば、闇夜の毛並みに流れ星のような銀色の筋が入っているとか。
その黒に近い色が忌み嫌われ、人間に滅ぼされた狼だ。
星狼族も同じように迫害され、滅びたと言われている。
「星狼族と断言はできないが、突然変異で生まれたんだと思う」
シシリーさんは突然変異って言っているが、たぶん隔世遺伝じゃないかな?
それか、神様が復活させたかだよね。
ひょっとしたら、踏み絵的なものだったりするかもしれないな。
ふむ。ってことはだよ、この美少女をゲットしなさいって思し召しか!?
まぁ、ただ単に私が女の子成分が欲しいだけなんだが。
右を見ても野郎、左を見ても野郎。男ばっかりで面白くない。
唯一の救いは顔面偏差値が低くないことくらい。
お姉ちゃんも美少女だが、可愛いというよりは綺麗系だし。
一番好みの顔は王妃様かな。可愛くあどけないかと思えば、大人の妖艶な顔もする。女性としての理想像とも言える。
だが、一番可愛いのは、幼いときのお兄ちゃんだ!男の子だったのが惜しまれるくらい可愛かった!!
今は男らしくなったと思う。背も伸びて、声も昔に比べると低くなってきたし。
ヴィに比べると、可愛らしさはまだ健在だと感じるけどね。
ヴィはマジで成長し過ぎだから!
はっ!
お兄ちゃんの可愛らしさを反芻してたら、我を忘れてた。
「いもーとさんは、どうして私たちがだましているとおもうの?」
「人間なんてみんな一緒でしょ!欲深くて、ざんぎゃくで。だから今私たちが苦しい思いをしているのよ!」
あー、確かにそう言う一面もあるね。
でも、言葉って難しいよね。何かを求めることはすべて欲に繋がると思うし、生きているものが欲を抱かないことはないと思う。
現に私だって欲望まみれだしさ。
しかしだ、その欲が残虐性に繋がるのは人間だけではないはずだ。
生きたいという根源にある欲は、生きるために残虐性を増す。
魔物たちだって、生きるためには人間も襲うし、殺しだってする。
人間だからと一概には言えない。
「言葉を弁えろ、妹よ」
「おねーさん、子どもにおこっちゃダメだって言ったでしょ!いもーとさんはじぶんなりにむれのことをおもって言っているんだから、ちゃんとはなしを聞いてあげないと」
あと、怒るとおっかないので、私のためにもやめてくれ。
「じゃあ、いもーとさんはこのむれがどうやったら生きのこれるか、あんはあるの?」
「それは…」
「なんでもいいんだよ。このさいだから、言いたいことは言っちゃいなよ」
「……子どもだって戦えるもん。子どもだからって何も教えてくれないけど、私だって群れのために何かしたいんだもん」
なるほど。子供の頃にありがちな疎外感を感じて駄々こねるみたいな?
親の関心を引きたくてイタズラしちゃう的な?
私は今も昔も末っ子なので、そこら辺はよくわからないが、親の関心を引きたいという気持ちはわかる。
淋しいのだ。淋しいから、かまって欲しくて反発する。
「そっか。おねーさんといっしょにたたかいたいんだね」
妹さんの目には涙が溜まっている。
うぅ、自分が泣かせたわけではないが、罪悪感が…。
「よしよし。じゃあ、私といっしょにさんかする?」
私はもちろん戦いに参加する。この戦いの中で、一番安全なのは私の近くだろう。
ソルとラース君がつけてくれた精霊もいるし、最悪ソルの力を借りることもできる。
私自身も雫というボディーガードがいるので、いざとなれば私が盾になればいいか。
まぁ、そうなる前に森鬼がなんとかすると思うが。
つか、美少女をなでなでとか萌えるわぁ。このサラサラした髪がたまらん!
仲良くなれたら、耳と尻尾を触らせてもらおう。
「ねぇ様の役にたてる?」
「もちろん!だよね、おねーさん?」
「しかし…」
「私のそばなら、みんながまもってくれるからあんぜんだよ?」
お姉さんはしばらく考え込むとこう告げた。
「妹よ、そのお嬢さんは我々の救世主だ。彼女の側にあり、守りぬけ。いいな?」
「はいっ!!」
あっれぇぇぇ???
妹さんは余程嬉しいのか、尻尾をブンブン振って満面の笑みだ。
可愛えぇぇ!
やっぱり女の子は可愛いっ!!
違うだろ私!
救世主ってとこにツッコミだろ!!
妹さんを私が守るって流れじゃなかったっけ?
いや、私、いつの間に救世主なんて大層なものになったんっすかねぇ!?
お、落ち着こう。
深呼吸してー。すぅーはぁー。
「きゅーせーしゅってなに?」
「元々、この凶事も星が告げていたのだ。すべての群れに伝える前に襲われてしまったが、星は救いも現れると。私はそれをお嬢さんのことだと確信している」
「でも、おにー様もヴィもいるよ?」
「言葉は悪いが、彼らはお嬢さんが関わらなければ、我々のことは捨ておくのではないか?」
あーうん。そうですね。
お兄ちゃんもヴィも、とりあえず魔物だから掃除しとくかってなるだろうね。
自分でじゃなくて、騎士団使ってだけど。
「そうだね。まず、ネマがいなければ、君らと出会うことすらなかっただろうね」
「ま、こんな救世主じゃ、先が大変だろうがな」
なんだとー!
ちゃんとコボルトのこと、助けてみせるからな!!
膨れっ面をすると、ヴィは意地の悪い笑みを浮かべて、私の頬を突っつく。
「さて、残された時間はそんなにないんだ。とっとと作戦会議をするぞ」
ヴィのかけ声で、コボルトたちは一気に真剣な顔つきになる。
これがカリスマってやつか。
まずは罠の種類を決めよう。
罠と言っても対人用なので、そんなに種類があるわけではない。
落とし穴は外せないでしょ。
あとは、丸太や石が降ってくるとか、網で動きを妨害するとか?
あまり殺傷能力を持たせ過ぎても面倒だし。死人が出たら、コボルト許さんと熱が上がるだろうしさ。
罠に気づかれないためにも、先に視界を奪おうってことになった。
『空爆』と『煙幕』の魔法で、相手を驚かせる。そこにすかさず、丸太と石を落とす。上から降らせてもいいし、両サイドから投擲してもいい。
さらに、能力の高そうな敵には、強化魔法がかかった投網や精霊の悪戯で足を止める。その間に眠り薬を嗅がせて、無効化するのだ!
魔法で眠らせることもできるが、精神力の強い者や魔力が高い者には抵抗される可能性が高い。
よって、古典的な手法だが、揮発性の眠り薬を嗅がせることにした。
持続時間は短いが、即効性を優先した。短い間でも、敵を拘束するには十分だ。
罠の引金をどうするのかと、ヴィがずいぶん悩んでいたが、結局手動で行うことにした。
コボルトたちは、視界が悪くても嗅覚と聴覚で状況を把握することができるとわかったからだ。
では、無力化の作業をどこが担当するのか?
俊敏性と隠密性を合わせ持つ氏がいるのかとお姉さんに聞いてみた。
「それなら草の氏しかいないな」
………。
忘れてた!!!
草の氏とはなんぞやって、ハンレイ先生に聞いたのに、答えてもらってなかったよ!
「草のうじ?」
「草は斥候に長けた氏で、気配を殺せば、私たちの鼻でもわからないほどだ。瞬発力も持久力もあり、状況判断も的確で、何より度胸が凄い」
うーん、おちびさんからは想像できないんだが、柴犬が忍者なのか?
と思ったら間違いだった。
あとで会わせてもらった草の氏は日本犬の集まりだった。
真っ白い紀州犬、甲斐犬は灰色の虎毛が多かったが、珍しい赤虎毛もいた。赤みの強い茶色と焦げ茶のコントラストがとても綺麗だった。あとはお馴染みの秋田犬や厳つい顔の土佐犬、アイヌ犬っぽいのもいた。
アイヌ犬は他の日本犬に比べて耳が小さいのが特徴で、柴犬に似て愛嬌のある顔つきだ。某有名な白いお父さん犬はアイヌ犬なので、日本人には馴染み深いと思う。
草の氏のアイヌ犬は薄い黄色の毛なので、お父さん犬とは印象が違うが。
柴犬は草の氏長の家系らしい。おちびさんは氏長の12兄弟の末っ子だとか。犬系なら子だくさんだよね、うん。
そして、衝撃的なのが、草の氏だけ被害ゼロ。人間が襲って来たら、素早く逃げて気配を消して移動していたら、お姉さんと合流できたって。
草じゃなくて、忍びの氏に改名した方がいいよ。
そんな忍びの氏…じゃない、草の氏に無力化の作業をしてもらうことになった。
さて、ここから作業は分業化していこう。
丸太と石集めは、動けるコボルトたちみんなに協力してもらう。
匠の氏は集まった丸太の加工。長さを揃え、邪魔な枝も取り除いて、丸太の太さごとに分ける。
あとは、逃走用の荷台作り。人力で引くタイプで、老人子供を乗せる用と、食糧と水を運搬する用の2種類作ってもらう。
たたらの氏はコボルトたちの武器の手入れと、投擲用のナイフや投網の重りなどを作ってもらう。
鍛冶場がないので、森鬼に頼んで作ってもらった。
高温にも耐えられるよう、土自体を加圧して釜を作った。さらにソルの耐火魔法をかければ、即席にしては中々よいできの釜になった。
火力の調節は火の精霊に頼んだので、たたらの氏たちも少しは楽になるはず。
織り手の氏と編み手の氏は投網とロープを大量に作ってもらう。
他にも緊急用の治療に使う布なんかも用意してもらうことになった。
緑の氏と賢者の氏で逃走時の合流地点を作ってもらう。
そこに、戦闘に参加しない者たちを待機させておくのだ。
合流地点は二つに分ける。時間差で合流した方が、何かあったときに被害を抑えることができるからね。
私と森鬼が釜を作ってる間、お兄ちゃんとヴィは草の氏と打ち合わせだ。
今日中にある程度の流れは決めておきたい。
レニスに戻ったら、私たちは討伐隊側の情報を集めないといけないからだ。
お兄ちゃんとヴィは、氏長と話が進んでいるみたいだ。
合流した私は話についていけない。
なんという疎外感!
でも、淋しくなんかないもん。
氏長の子供たちが、私の相手してくれるもん。
不思議なのが、氏長も上の子供たちもハイコボルトなのに、お母さんはコボルトのままなの。
「どうして、おかーさんはコボルトのままなの?」
「あえてですよ。生まれた子供の一匹か二匹は名前を与えず、コボルトのままにしておくんです。動物に間違われた方が情報も集めやすいですし、油断も誘えますからね。ああ見えて、母は潜入系では氏一番の技術の持ち主ですよ」
そう教えてくれたのが、氏長の長女で第二子のフィリアさん。
コボルトは一度に3~5匹くらい子供を生むそうで、氏長の場合、第四子までが年長組、五子から九子までが年中組、十子から十二子までが年少組だ。
「たぶん、5番目と6番目がネマについていくんじゃねぇかな?」
三男で第四子のフィカさんが言った。
どういうこと?
わからないと首を傾げれば、ちゃんと答えてくれた。
「何かあったときの伝令役。5番目と6番目は成体間近だし、真ん中組の中では能力高いし」
コボルトの成体になると、群れの長から名前を付けてもらえるらしい。
一々、名前もらうために移動するの面倒じゃないかと聞けば、コボルトの能力で一日で移動できる範囲だと返ってきた。
今は非常時なので、各氏が集まって群れとなっているが、本来は氏ごとにテリトリーがあり、それをまとめるのが群れの長だ。
なので、群れによって抱えている氏の数は違うし、氏は氏長の血縁が独立して同じ氏を拡げていくのだ。
草の氏長は兄弟の半分が残り、半分は独立したそうだ。半分が氏に残るのは、氏の中で血筋を残すため。独立した半分は、血筋を拡げるために氏から出ていく。そのため、長が違くても同じ氏同士は仲がいい。
テリトリー争いのときは同じ氏同士では戦ってはならないと決まり事もあるそうだ。
ふむ、ハンレイ先生に続き、フィカ先生と呼ぼう!
「コボルトのむれっていっぱいあるの?」
「ああ。オレらんとこは星読みが長だろ?他の群れだと緑や賢者が長のところもある。オレが知っている限りだと、50近くの群れがあった」
それが今ではどれくらい残っているのかも不明なんだって。
ルノハークに執拗に追われ、騎士団や冒険者には討伐され、他の群れの草の氏とは忍者の能力を以てしても連絡が取れないらしい。
「だから、ネマの計画に乗れば、他の群れの氏たちも合流し易くなると思うんだ!」
さらに大所帯になるだと!?
他の群れなんて考えてなかったよ!
都合のいい土地がありますように!神様仏様…って、神様あいつじゃんか!!
お兄ちゃんたちの話し合いが終わったあと、説明してもらったが、もはや風林火山はどっかに行ってしまっていた。
なぜだ!?
そして、フィカ先生の読み通り、草の氏長の子供が同行することになった。
5番目と6番目の息子さんたちが。
「ごー君とろく君だね。よろしくね!」
心の中で、これは名前じゃないと唱える。そうしないと、神様の悪戯が発動するかもしれないからだ。
5番目、6番目って言いにくいしさ。
5と6ってことがわかればいいから、ごー君とろく君。うん、名前じゃないからね!
ごー君とろく君は成体間近と言えど、まだ子供なので少し小さい。
まぁ、私が抱っこできないくらいには大きいのだが。
毛並みは黒で、麻呂眉模様が可愛い。
フィリアさんは茶色でフィカ先生は赤。あと、茶色と黒の胡麻、珍しい白と、兄弟で柴犬のカラーはコンプリートしている。
作戦開始地点はこのあと下見して決めるとして、その開始地点に討伐隊が来たら空爆と煙幕を展開する。煙幕は水の魔法で作ることにした。
通常の『煙幕』は火と風の魔法構造なのだが、それだとコボルトの嗅覚がやられるからね。水と風の魔法で、水蒸気とか霧みたいな感じのものを濃霧レベルで発生させる。
視界を奪ったら、丸太攻撃と投擲攻撃開始。
その混乱に乗じて、草の氏が魔術師を中心に間引いていく。
煙幕が切れたところで、囮のコボルトたちが落とし穴の方まで誘導する。
落とし穴も越えてきた敵を前衛が思いっきり叩く。
後方にハンレイ先生たち癒しの氏が待機しているので、即死じゃない限りなんとかなるはずだ。ただ、欠損部分は治せないので、大怪我をする前に退避することを厳命しておこう。
私とヴィはコボルト側にいることになるが、お兄ちゃんはあえて討伐隊側に参加してもらうことにした。
向こうの状況を把握し易くするためと、不要な死者を出さないためにも、治癒魔法が使えるお兄ちゃんがいた方がいいからだ。
戻ったら、侯爵を説得しなきゃならないが。
逃走合図の雷だが、使える魔術師がいないため、森鬼がやることになった。
雷自体、風と水の両方の属性がないと使えない魔法なので、当てはまるのがお兄ちゃんと森鬼しかいなかった。
ちなみに、ラース君は雷を落とすことはできないが、雷を身に纏ったり、相手を痺れさせる程度なら使えることが判明した。
さすがチートな聖獣様だ!
戦場となる場所の下見に多少時間がかかったが、罠が設置し易く、程よく茂みがあり、身を隠す場所もあり、そこそこ獣道がある都合のいい場所が発見できた。
森の主様がいじってくれたのかもしれないが。
やることをやって帰路につくころには夕闇が迫っていた。
とりあえず、レニスに戻ってからもやることはいっぱいあるのだ。
主に侯爵の説得という仕事だがな。
あと、ヒールランの無事も確かめねばならない。
明日には赤のフラーダも到着するだろうし。
そういえば、お姉ちゃんはいつ頃到着するのかな?
戦いの前に合流できたら心強いんだけどなぁ。
森を抜け、馬車に乗ると、ごー君とろく君が興奮状態になった。
久しぶりに森から出たのか、尻尾をブンブン振りまくり、鼻息もピスピスと音を立てるくらいに荒くなっている。
「少しはおちつこうね。まちに入ったら、君たちにもおしごとがあるからね」
ごー君とろく君には冒険者側に潜入してもらう予定だ。
この外見だ。女性がいるグループにはすんなり入り込めると思う。
2匹が調べるのは主な戦力だ。
前衛がどれくらいいるのか。魔術師などの後衛に治癒術師の人数など、知りたい情報はたくさんある。
主軸となる騎士団側が把握していればいいのだが、それをやっているかも不明だ。
一応、この子たちにも精霊をつけてもらおう。
ノックスは森の中を『お散歩』してきてもらっている。
ついでにご飯もしているだろう。
ノックスには緊急時の速達役とお兄ちゃんとの連絡役をしてもらう予定だ。
グラーティアは今のところ活躍する場がない。
まぁ、まだ赤ちゃんだし、グラーティアの能力もわかっていないので使いようがないからなんだが。
街に入ると、相変わらず荒んだ雰囲気が漂っている。
ごー君とろく君には、騎士団と近衛騎士たちの匂いを覚えてもらい、何かあったら彼らを探すように指示を出した。
ひとまずは、私たちがお世話になっている屋敷に連れて行き、近衛騎士たちが作った緊急脱出用の隠し通路を教える。
通路と言っても、人目のつかない場所の塀を一部壊しただけのものだけどね。
そこから2匹は再び街へと駆け出していった。
「だいじょーぶかなぁ?」
「我々もついておりますから」
2匹に何かあったときは、精霊たちが騎士団に精霊の悪戯で教えるようにしてある。
これから班長さん含む騎士団の5人は、休息と称して街に出る。
彼らも冒険者に紛れて情報収集をすることになっている。
てか、冒険者に紛れられるような私服を持ち歩いているってどうなのよ。
彼らの任務のときの装備がどうなっているのか謎だ。
「おねがいします」
「じゃあ、僕たちは隊長からある程度話を聞こうか」
お兄ちゃんがそう言ったので、残りのメンバーでお兄ちゃんのあとについて行った。
近衛騎士から3人程、屋敷の使用人たちから情報収集するために離れたが、それでも10人近くいる。
お兄ちゃんは屋敷の外に出て、すぐ側にある別の屋敷に向かった。
街長の屋敷に比べるとだいぶ小さいが、貴族が住んでいた屋敷のようだ。
今は王国騎士団パーゼス方面隊の詰所として使われているみたいだが。
「おにー様が言っていたたいちょーさんって…」
「うん。ノーチス隊長の方だよ。現場を指揮するのは彼だしね」
狸な隊長の方じゃなかったのか。
詰所に入ると、休憩していたと思われる騎士さんたちが一瞬強張ると、すぐさま臣下の礼をとる。
「礼はいらん。この街にいる間は不要だ」
ヴィがそう言うと、騎士さんたちは戸惑いながらも礼をやめた。
「殿下、よろしいので?」
「かまわん。俺はこいつらのおまけだからな」
隊長さんは私たちを応接室に案内してくれるようだが、そこに至るまでが酷い。
貴族の屋敷のはずなのに、中はごちゃっとぐっちゃっと物で溢れていた。
男所帯でも、もうちょっと整理整頓しようぜ!
途中、休みなのか私服姿とすれ違ったり、書類を抱えた騎士っぽくない人もいた。
ん???
どこかで見たことある気が…。
書類を抱えた男性をガン見すると、お辞儀していた彼が人差し指を立て口元に持っていった。
しーってこと?つまり、黙れと??
………ヒールランか!?
髪型が変わっていて、すぐにはわからなかったが、あの鋭い三白眼はヒールランだ。
こんなところで何やってんのさ、あんたは。
お兄ちゃんもヴィも、隊長さんも気づいてはいない。
身長が低いからこそ、顔を隠そうとお辞儀したヒールランがわかったのだ。
森鬼は…気づいているな。
「よるにほうこくを」
隊長さんに聞こえないくらいの小さな声で言うと、ヒールランは頷いた。
風の精霊さん、ナイスアシストです。
隊長さんが案内してくれた応接室はかなりマシだった。
というか、手つかずな感じ。
一応、お客が来てもいいように、汚さないために立ち入らなかったって感じ。
飲み物が運ばれてくると、隊長さんの方から切り出してきた。
「それで、ご要件はどういったことでしょう?」
「討伐隊に僕も参加しようと思いまして」
「それは…」
隊長さんは口ごもった。
てか、困るよね。公爵家の跡取りを、危険だとわかっている場所に連れていけるわけないよね。
「おにー様、たいちょーさんをこまらせてはダメですよ?」
「さすがに、ヴィルやネマは無理だけど、僕なら多少力にはなるかなと思ったんだけど」
「確かに、お前の魔術師の腕は認めるが、お前に何かあったら、俺が公爵夫人に怒られるんだが?」
ママンは怒るときは容赦ない。
たとえそれが王太子殿下であろうと変わらないだろう。
そして、お兄ちゃんを止めなかったと私まで巻き添えになる。
「我々も、確実にラルフリード様を守れるという確証はできません。ですので、街で待っていただきたいのです」
「危ないからと言って何もしないというのも、父上に顔向けができないのです。もちろん、街への救済は父上を通して、すでに準備が進んでいます。この街にいながら、何もしていないというのは、オスフェ家の矜持にも関わります」
我が家の家訓は民は守るもの。身分は下の者を守るときに振りかざすもの。
私にとっては馴染みのない、ノブレス・オブリージュだが、昨日やらかしたばかりなので、少しは身になったはずだ。
「うしろでけがをした人をなおしてあげるのはどうですか?」
「ラルフリード様は治癒魔法が使えるのですか?」
「中級まででしたら」
中級はかなり重傷重体なレベルでも治せる。
治癒魔法では最高レベルだ。
過去には上級を扱える女神の愛し子と呼ばれる存在もいたらしい。
上級は欠損部分も再生できるレベルなのだが、ラーシア大陸の歴史を全部さらっても3人しか確認されていない伝説や神話に近いものだ。
さすがに中級と聞いて隊長さんも驚いている。
「…ラルフリード様の身を守るために、近衛騎士を2名お借りできるのでしたら、後方支援での参加を認めましょう」
「ダナート、どうだ?」
ヴィが近衛騎士のダナートさんに確認をとる。
ダナートさんは今回ヴィについている近衛騎士の責任者だ。宮廷近衛師団第二部隊副隊長という肩書きらしい。つまりはグウェンの部下だ。
最近見かけてないが、グウェン生きてるかな?
「殿下とネフェルティマ様が大人しくしてくださるのであれば、大丈夫ですよ」
「ネマは…椅子にでも縛りつけておくか」
なんですと!?
つか、余計なこと言うなよ!!
「おにー様のためならいい子にしてますぅ」
ヴィに弄られ、最後の方はふて腐れた言い方になってしまったが、お兄ちゃんが嬉しそうにいい子いい子してくれるので問題なし。
場の空気が少し緩んだところに、騎士が一人入って来た。
隊長さんに何か耳打ちして出ていったが、開いた扉から外の騒ぎが聞こえてきた。
耳打ちされた内容は、もちろん私たちには聞こえないものだったが、風の精霊さんには関係がなかった。
「冒険者同士の喧嘩の仲裁に入った騎士数名が負傷。一人が重体」
喧嘩の仲裁で、騎士が大怪我するって、ある意味殺し合いのレベルじゃないのか?
「何が起きた?」
知っている素振りなど微塵も見せず、ヴィが問う。
「街の警備に当たっていた者たちが怪我をしたようで」
「僕が治しましょうか?」
「しかし…」
こういうときは身分って鬱陶しいなって思う。
「おにー様の力をたいちょーさんが見たら、そのすごさにビックリしますよ!」
お兄ちゃんの凄さを、その目で確認したらいいよ!
「そうですね。ラルフリード様、お願いできますか?」
「もちろん。ついでに、怪我している騎士がいたら集めてもらえるかな?この際だから、全員治しますよ」
騎士団には従軍する治癒術師ももちろんいるのだが、軽傷程度ではあまり治療してもらえない。魔力に限りがあるのでいたし方ないのだろうが。
重体の騎士が玄関ホールにいるということだったので、私たちも急いで向かった。
覚悟はしていたが、酷い光景だ。
血の臭いと、痛みでうめく騎士の声。
それに被さるように聞こえる治癒術師と他の騎士の祈りの声。
3人の治癒術師が一生懸命治癒魔法をかけているが、傷口が塞がる様子はない。
他の騎士たちが祈っているのは、その祈りがわずかではあるが治癒魔法の効果を高めるからだ。
数多ある魔法の中でも、治癒魔法は女神の力だ。それゆえに、祈りが力となる。
だが、傷ついた騎士の状態はあまりにも酷い。
腹部に広範囲に渡る傷。血ではなく、肉が見えている。それが内臓ではないと思いたい。四肢にも無数の傷があり、腕には引っ掻いたような直線的な傷が。脚には丸い穴がいくつも空いている。
その傷には見覚えがあった。
肉食獣に襲われた傷だ。
飛びかかってくる獣から身を守るために、顔を腕でガードする。他の獣がその間に脚元を襲う。そして、腹部の傷は風魔法によるものだろう。
ありえない。ただ、冒険者の喧嘩を仲裁するだけで、こんなになるのはありえない!
「まずい状態だ」
お兄ちゃんは急いで騎士のもとへ行くと、お兄ちゃんが使える治癒魔法の中でも最上級の呪文を唱える。
及ばずながら、私も祈っておこう。
ここの祈りはきっと、精霊さんたちが女神様に届けてくれるだろう。
「もう、大丈夫そうですよ」
祈っていたため、回復の現場は見られなかったが、爪で引っ掻かれた様な傷や噛まれたような傷は跡も残らず綺麗になっている。
腹部の傷は広範囲でケロイドのような跡が残ってしまっているが、目立たなくなるくらいまではなるだろう。
「他に怪我をしている方はこちらに集まってくれるかな」
お兄ちゃんが騎士たちを集めると、再び呪文を唱える。先ほどのとは違う呪文だった。
『セレーテ・デュサヘ・クレシオール』
物の見事にクレシオール以外の意味はわからない。
温かな優しい風が騎士たちに吹く。
この温かさは私もよく経験する、治癒魔法の温かさだ。お兄ちゃんは女神様の慈悲だと言っていたっけ。
「傷がなくなった!」
「料理当番のときに火傷したのも治ってる!」
「…か、痒みが消えた!!!!」
最後に叫んだ騎士は、涙すら浮かべている。
それを聞いた周りの騎士たちも驚き、良かったなと叫んだ騎士をバシバシ叩いていた。
まさかと思うが、痒みが消えて泣いてしまうほど喜ぶって、水虫じゃねぇだろうな!?
「ヴィ、かゆくなるびょーきって…」
「あぁ。まぁ、一種の職業病だ」
やはり水虫なのか!!
台無しだよ!
お兄ちゃんが格好よくキメたのに、水虫のせいで台無しになったよ!!
「で、騎士たちに怪我を負わせた者は捕らえたのか?」
「はい。今は街長の屋敷の地下牢に入れてあります」
「…なぜに街長の屋敷なのだ?」
街中にも騎士団の詰所はある。ここは臨時の詰所なので、そちらの方には牢屋もあるだろう。
それをあえて街長の屋敷に入れたのか。
つか、地下牢があるってどうなのよ?
貴族の屋敷にはあるものなのか?
ひょっとして、我が家にもあったりして…。
「犯人の一人が獣使いでして。その者が所有している獣も隔離しなければなりませんでしたので」
その理由を答えてくれたのは、現場に出ていたと思われる騎士だった。
彼の装備もボロボロになっている。
ちなみに、騎士団の装備は数種類あり、街の警備や巡回時は革がメインの装備だ。
私たちに同行してくれている騎士たちは軽鎧。これは、中規模までの魔物などの討伐や警護のときに使用するらしい。班長さんが教えてくれたんだけどね。
やはり、動物に襲われてできた傷だった。
獣使い。読んだ本の中に出てきたこともある。
獣騎士のように、動物を使う戦闘職だ。
ただ、乗り物として使うだけでなく、動物が持つ殺傷能力や探索能力を活かし、冒険のパートナーとする者たち。
ここに集まった冒険者の中にいてもおかしくはない。
だが、喧嘩の仲裁に入った騎士に、あそこまで攻撃する必要はないはずだ。
つまり、冒険者という名の犯罪者予備軍。荒くれ者として、冒険者組合が手を焼いている輩と見て間違いないだろう。
我が国の法律に照らし合わせても、治安維持という任務中の騎士を重体に追いやったのだ。無罪放免とはいかない。
獣使いの動物の所有権を剥奪された場合、受け入れ先は我が家の方で面倒見れないかお兄ちゃんとヴィに相談してみよう。まぁ、レスティンに言えば一発かもしれないけど。彼は冷たそうに見えて、動物への愛情はハンパないからね。
さて、そろそろお暇するみたいだが、その前にここの騎士たちに言っておかなければいけないことがある。
「きしのしょくぎょーびょー、足がかゆくなったことがある人はどれくらいいますか?」
私が問うと、その場にいた騎士の半分以上が手を挙げた。
…ノーチス隊長、お前もか!!
「そのかゆみは、かわぐつを長くはくことによるむれからくるものです。また、かんせんもするので、みなさんはこまめにあらうこと、よくかんそうさせることをてっていして下さい」
私自身は水虫なんて罹ったことないから、俄か知識でしかないんだが、これでいくらかは被害が減るはずだ。
「いいですね。くつはしようしたあと、かならずかんそうさせること。風のまほうをつかってもいいですし、すみを入れるのもこうかがあります。あと、おいしゃさんたちも、足のかゆみをうったえる人にはおしまずちりょうをほどこしてください」
戦闘職の人は、痛みに耐性ができるらしい。しかし、痒みや快楽には耐性がつきにくいとも聞く。まぁ、鍛え方があるのかは知らないが。
ファンタジーな世界に来てまで、水虫に遭遇するとは…。
…水虫って、カビが起こす皮膚病の一つだよね?つまりは菌なわけで、ってことは地球の分類学上は生物なのですよ。
生物ってことは、ひょっとして私がもらった力の範疇内だったりするのか?
食べ物にパンがあるから、酵母菌と同じ働きをする何かは存在するのだろう。
この菌類とも仲良くなれるのか?
いや、それならすでに我が家がキノコまみれカビまみれになっていてもおかしくない。
考えてみれば、この世界の食物連鎖を維持する上で、菌類や微生物などのプランクトン、単細胞生物の存在は欠かせないだろう。目に見えていないだけで、いるはずだ。
さて、それらが私の力に反応しないとなると、神様が生き物だと認識していないということか?
自然のメカニズムの一つで、そういった物であると考えていたら?
神様がそれらを物ではなく、生き物だと認識したらこの世界はどう変わるだろうか?
うん。神様に一泡吹かせるチャンスかもしれないぞ。
今後の重要課題の一つにしておこう!
「それだけで、痒みがなくなると?」
いっけね。自分の考えに没頭してた。
水虫の話だった。
「なくなるわけではありませんが、ひがいにあう方はへるかと」
騎士たちの表情が、驚きから歓喜へと変わる。
それだけ水虫に悩んでいたのかと、不憫にすら思う。
「ネフェルティマ様、仰ったことは本当ですか?」
近衛騎士のダナートが真剣な顔で聞いてきた。
ブルータス、お前もか!!!
のちに、ある魔道具がついた長靴が作られた。
元は衣類を長持ちさせるために作られた、除湿と乾燥の魔道具。小型化に成功し、長靴に取りつけられると、恥の職業病とまで言われた水虫は、ガシェ王国から姿を消した。
これらの技術を他国に輸出し、国庫が潤ったのは、ネフェルティマの知らぬところである。
お待たせいたしました!
本編が思わぬ方向に寄り道して、首を傾げている作者です(笑)
特に水虫。まさか、水虫をググる日が来るとは…。
そして、次こそは戦いの場面に入りたいですね。
活動報告で気管支炎を心配して下さった皆様、ありがとうございますm(_ _)m
不規則な仕事なため、みんな免疫力が低下しているようで、今月も職場では風邪が流行っております。マスクが手放せません。
朝晩は寒くなってきましたので、皆様も体調にはお気をつけ下さい!
11/14 作戦の一部変更。合流地点を一ヶ所から二ヶ所に変えました。




