魔物っ子たちは退屈してたらしい。
大変お待たせいたしましたm(_ _)m
ミューガ領のムーロウ砦で、竜舎の子たちから熱烈歓迎を受けたあと、遊ぶ間もなく、ライナス帝国の輝青宮へと転移魔法陣で飛んだ。
「さむっ!!」
転移魔法のキラキラがまだ収まっていない中、業務用の冷凍庫を開けたときのように、急に強い冷気が襲ってきた。
これまでの経験上、こんなことをするのはサチェかユーシェだと思うが……。
キラキラが収まり、部屋の中の様子がわかるようになった。
お出迎えの面々はガタガタ震えながら耐えており、陛下だけが笑みを浮かべている。
悪どい笑みのパパンとか、闇堕ちしたヘリオス伯爵とか、悪役っぽい表情を多々見てきたけど、今日の陛下が一番ラスボスっぽいな!!
それにしてもめっちゃ寒い!
陛下の側近であるサリアスさんなんか今にも凍死しそうなほど真っ青な顔しているし、あのゼアチルさんすらも震えているではないか!
冷気の発生源は、ラスボスっぽい陛下の隣で、明らかに不機嫌です!って顔をしているユーシェだった。
歯を剥き出しにして、凄い顔になってるよ?
まぁ、ぶちゃいくな感じも可愛いけどさ。
まずはこの寒さをどうにかしなければと思い、一歩踏み出したとき、急に寒くなくなった。
だけど、お迎えの人たちはまだガタガタ震えている。
後ろを振り向けば、悔しそうなパパンとご機嫌なお兄ちゃんがいた。
ということは……お兄ちゃんの魔法だな!
寒さを防ぐ魔法は属性によって使い方が異なる。
火属性の場合は、暖かい空気にふんわり包み込まれる感じだが、水属性の場合はピシャッとバリアが張られたように遮られる。
パパンも魔法をかけてくれようとしたんだろうけど、お兄ちゃんの方が早かったと。
パパンとお兄ちゃんにお礼を言って、ユーシェのもとへ向かう。
「ユーシェ、なんで怒っているの?」
ユーシェは前脚でダンッて床を踏み鳴らしたあと、ぷいっと顔を背けた。
……あれぇぇ??もしかして、私に怒ってる??
「ネフェルティマ嬢に呼んでもらえなかったと拗ねているんだよ」
仲間外れにされたと思ったのか。
私がさらわれたことで、陛下もいろいろ動いているだろうし、そうしたらユーシェは陛下の側にいた方がいいと思ってのことだったんだが……。
ユーシェは何が気に食わなかったのかわからないが、陛下にドスッといい音をさせて頭突きをした。
相応の威力はあっただろうに、陛下は頭突きを受けてもよろめくことなく、ニコニコと楽しそうである。
ユーシェがもう一度頭突きをするが、結果は変わらず、陛下はびくともしなかった。
「ユーシェ、ユーシェ」
名前を呼んで、私の方に意識を向けさせる。
「呼んであげられなくてごめんね。でも、うれしいお知らせもあるんだよ!」
ユーシェはまた歯を剥き出しにして不満を表す。
「みんなには秘密なの。だから、お耳を近づけて欲しいな」
私がそうお願いすると、秘密という言葉に好奇心がくすぐられたのか、ユーシェは渋ることなく頭を下げてくれた。
ちらりとヴィに視線をやると軽く頷いてくれたので、ここでユーシェに言っても問題ないようだ。
「あのね、神様の分身がこちらに来ているの。あとで必ずユーシェに紹介するから」
私が小さな声で告げている間、片耳だけがピコピコ動いて可愛かったんだけど……伝え終わるとマジで!?みたいな顔でガン見された。
いやいや、目をひん剥いているの、さすがに怖いからやめれ!
「うれしいお知らせだったでしょう?ごきげん治った?」
ユーシェは首を縦にブンブン振る。
そして、先ほど陛下に頭突きした部分にゆっくりと頭を寄せると、ごめんねとすりすりした。
陛下はそんなユーシェの頭をポンポンと叩く。
「ネフェルティマ嬢の無事も確認したことだし、まずはゆっくり体を休めよ。難しい話は明日にしようではないか」
陛下はそう気遣ってくれた。
転移魔法陣の人数の都合で、まだ全員が戻ってきたわけではない。
獣王様と番さんはこのあとに転移してくるし、テオさんは責任者として遺跡に残っている。というか、ヴィに押しつけられた。
「獣王様もしばらくは宮殿で暮らすんですか?」
「テオから聞いてはいるが、番殿の体調次第であろう。宮殿よりも静かな場所での療養を望むかもしれない」
それもそうか。
獣王様たちは鳥の獣人だし、羽を伸ばせる……なんなら飛び回れるような場所を希望するかもしれないよね。
できれば、宮殿にいる間に番さんに挨拶したいなぁ。
「獣王殿もネフェルティマ嬢に黙って、どこかに行ったりはしないさ」
私が獣王様に懐いているので、このまま獣王様の到着を待ちそうだと思われたのだろう。
陛下にそう告げられた。
「オスフェ家の皆がいることだし、皇族用の浴場を使うといい。湯で疲れも癒えよう」
「いいんですか?」
使わせてくれるというなら、遠慮なんかしないよ?
「もちろんだとも。部屋の浴槽では狭いだろう?」
いや、私が使わせてもらっている部屋の浴槽は狭くないが?お姉ちゃんと一緒に入っても余裕があるくらいで、私からしたら十分広いよ。
生まれながらに裕福な暮らしをしていると、こういった部分でも感覚が異なるのかと、ちょっと感心した。
◆◆◆
部屋には立ち寄らず、真っ直ぐ皇族用の浴室とやらに向かう。
古い遺跡にいたから、埃とかで汚れているからね。
案内してくれる陛下の侍従さんはともかく、なぜか陛下の警衛隊の隊員たちも一緒にくっついてきた。
パパンやママンといった、ガシェ王国の重要人物がいるからかな?
「ここから先はオスフェ家の皆様のみご入室いただきます。使用人の皆様には、宮殿のルダンを貸し切りにしておりますので、そちらをご使用ください」
陛下の侍従がそう告げた。
ルダンは日本で言う大衆浴場みたいなものらしい。
だが、スピカの話によると、宮殿の使用人専用のルダンは綺麗だし、いろいろな飲み物やお菓子が自由に飲食できるのだとか。銭湯よりはスパに近いみたいだ。
こういった福利厚生がしっかりしているのも、ロスランが地球の記憶を持っていた影響だったりしたりして。
「いえ、旦那様方のお世話がございますので」
パウルはさも当然といった様子で断る。
ルダンの貸し切りに尻尾を振って喜んでいたスピカだったが、それをを聞いたとたんにしょんぼりと尻尾の力をなくした。
頑張って表情を変えないようにしていたみたいだけど、スピカの尻尾は正直だ。
「オスフェ家の皆様はご入浴専門の者がお世話をいたしますし、護衛は警衛隊の者がついておりますのでご安心ください」
あ、それで陛下の警衛隊がくっついてきたのか!
「陛下のご厚意に甘えるとしよう」
パウルはまだどこか不服そうだったけど、パパンの一声で引き下がった。
パパンがそう決めたのであれば、パウルたちはルダンに行くしかない。それにより、スピカの尻尾は再びブンブンと振られるのだった。
浴室がある部屋の前で、パウルたちと別れた。
部屋の中に入ると、侍従さんが言っていた入浴専門の使用人と思われる人たちに出迎えられる。
「この者たちは、皇帝陛下と皇后様専属の者たちです」
侍従さん曰く、この専属のみなさんは美容関係だったり、揉療治と呼ばれるマッサージ関係のプロフェッショナルだとか。
我が家の使用人たちも相当な腕だと思うけど、陛下と皇后様専属ともなれば、もっと凄いのだろうか?
ちょっと……いや、かなり楽しみ!
早速、家族水入らずでお風呂……とはいかなかった。
さすがに年頃のお兄ちゃん、お姉ちゃんを一緒にというわけにはいかず、男女に分かれて順番に入ることになった。
先に女性陣が入り、その間、男性陣は広い休憩室で待つ。
「ネマ、ルクス様は連れていけないよ?」
お兄ちゃんにそう言われて、ルクス様を肩に乗っけたままだったことに気づいた。
白とグラーティアはお風呂が大好きだから、お風呂に連れていく気満々だったけど、ルクス様はダメなのか……。
「お風呂で手洗いするよりも、魔法で綺麗にした方がルクス様の負担にならないんじゃないかな?」
お兄ちゃんの意見はもっともだ。
だって、ルクス様のボディはぬいぐるみだしね。中の綿がへたったら一大事だよ!
というわけで、残念ながらルクス様はお兄ちゃんたちと一緒に待っていてもらうことになった。
待っている間、ルクス様と意思疎通ができないのは不便だからと、この場に限り、ルクス様の声を聞けるようにした。
「じゃあ、ディー。ルクス様をお願いね」
ちっちゃくなったディーの側にルクス様をそっと置く。
――みぎゃう!
ディーは任せろと言うように鳴いたが、小さくなった影響で声まで可愛らしくなっている。
そして、ディーが前脚でルクス様を引き寄せ……きゅっと抱え込んだ。
まるで、お気に入りの玩具を離したくないにゃんこのように……。
んぁぁぁぁ!!はい、可愛い!!ルクス様もまんざらでもなさげなのもまた可愛い!!
こんなに可愛い光景を残しておけないなんて……拷問か!?
「さぁ、ネマ。ルクス様はディーといれば安全だし、わたくしたちはお風呂に入りましょうね」
このままでは私が動かないと思ったのだろう。
お姉ちゃんは私の両肩に手を置き、無理やりルクス様たちから引き離した。
「あぁぁーまだ目に焼きつけてないのにぃぃ!」
「これからはもっと可愛い光景が見られるのよ?だから、まずは体を休めましょうね」
そうは言っても、可愛い光景は一期一会なんだよぉぉぉ!
次同じようにやっても、アングルも反応も違うものになるんだぞ!!
お姉ちゃんに訴えても、聞き入れてはもらえなかった。
お姉ちゃんは、やるべきことをさっさと終えて、一緒にいられる時間が長い方がいいだろうって。
まぁ、それも一理ある。
そうしてお姉ちゃんに連行されていったのだが、お風呂の心地よさには抗えず、思いの外長湯してしまった。
入るまでは、早く出てディーとルクス様の可愛い姿を愛でたい!なんなら、お風呂に入るのちょっと面倒臭いって思っていたのにね。
やっぱり、疲れたときこそお風呂だわ!!
ただ、不満点を挙げるとしたら、浴槽が海外の高級ホテルのプールみたいだったことかなぁ。
浴槽が広いのはいいんだよ?でも、趣がないというか……ちょっと物足りない感じがした。
お部屋の浴室はそんなことないのにね。
っていうことをマイルドにして口にしたら、髪を乾かしてくれた入浴専門の侍女さんがさも当然っといった感じで答えた。
「二の姫様方のお部屋の浴室は、ガシェ王国式のものに改装されておりますので」
……知らんかったー。
そういえば、大衆浴場みたいなルダンの話は聞いたけど、ライナス帝国の家庭用お風呂の話は聞いたことないかも?
「じゃあ、ライナス帝国での一般的なお風呂ってどんなものなの?」
「獣人やエルフ族、その他の民族の風習に合わせたものがございまして、どれが普及しているとは言えないのです」
さすが皇族を直接お世話する侍女なだけあると思った。
一番多いであろう人間のお風呂を答えるのではなく、種族や民族によって一般的なものが異なるから答えられないと。
陛下や皇后様が、どれかの種族に肩入れしているという印象を植えつけないためなんだろう。
侍女さんは、火の魔法で丁寧に髪を乾かしながら話を続ける。
蒸し風呂、水風呂、砂風呂。種族の特性や好みに合わせたお風呂があって、シャワー的なもので簡単にすませる人や水が苦手な種族は魔法で綺麗にするとも教えてくれた。
ただ、宮殿で働く者……特に皇族や来賓の貴族の目に触れる部署で働いている人たちには、入浴が義務づけられているとか。
うん、清潔感は大事だもんね。
お風呂から上がっても至れり尽くせりで、ルクス様を構う暇すら与えてもらえなかった。
ちなみにディーは、お兄ちゃんによってお風呂へ。
ルクス様から離れるのを嫌がっていたが、先ほどの私のように強制連行されていった。
すべてが終わったら、全身ピッカピカのお肌はもっちりしっとりに!
シェルやスピカのマッサージも凄いけど、プロの技はそれ以上凄いということを実感する。
ママンなんて、ウエストが細くなったと年甲斐もなく喜んでいたもの。
パパンたち男性陣もお風呂から上がると、衝立で仕切られた向こう側で施術を受けていた。
施術が終わったら、パパンもお兄ちゃんもさらに格好よくなっていたからプロは凄い!
ディーも鬣のふわふわ感が二割増しくらいになっているし、毛の一本一本が輝いてみえる!!
全員さっぱり綺麗になって、ようやく部屋に帰ってこられた。
パウルが扉を開けて、私が部屋に一歩踏み入れたとたん――。
――きゅぅぅぅぅぅ!!
ぼふっと顔に衝撃を感じて、目の前が真っ暗になる。
そして、衝撃に押されて体が傾いて……。
「おっと」
パパンに支えられた。
衝撃を感じる前に聞いた鳴き声と、顔全面で感じる温かな毛の感触。
顔面は大変幸せな状態なんだけど、頭の方は違う意味で大変になっている。
稲穂がしがみついているため、その爪が頭皮に当たってそこそこ痛い。
「イナホ、ネマお嬢様がお困りです」
パウルの声が聞こえるとともに、目の前が明るくなった。
首の後ろをパウルに掴まれ、脚をバタつかせている稲穂。
――きゅぅぅん、きゅぅぅぅん……。
母親を探し求める子犬のような、悲愴感たっぷりの鳴き声に思わず手が伸びた。
「稲穂、淋しかったの?私もおねえ様も帰ってきたからね。いい子でお留守番できた?」
稲穂を抱き上げてからそう声をかけると、稲穂はきゅーきゅー鳴きながら頭を擦りつけてくる。
稲穂に気を取られていたが、足元には星伍と陸星もいて、お行儀よくお座りをしていた。
「星伍と陸星もお留守番、ありがとう。何もなかった?」
答えは言葉ではなく、態度で示される。
「あるじ様だー!」
「あるじ様!!」
私が声をかけたことが「よし」の合図だと思ったのか、急に二匹が飛びかかってきた。
稲穂を抱えたまま、二匹のアタックは耐えられないぞ!?
またもや体が後ろに傾く感覚があったが、今度は稲穂ごとパパンに抱き上げられた。
「ネマが無事で嬉しいのはよくわかる。だが、場所は変えた方がよい」
パパンにそう言われた二匹は、スチャッとお座りをして大人しくなる。
そして、私はパパンに抱っこされた状態で部屋の中へ。
「ご無事にお戻りくださり、何よりでございます」
部屋に知らない人がいたけど、ここにいられるってことはオスフェ家の使用人で間違いないだろう。
「クート、ご苦労であった」
クートと呼ばれた人はパパンに一礼して下がる。
そのまま帰るのかと思いきや、パウルに何か話しかけていた。
「彼はパウルの部下だからね。留守にしていた間の報告をしているのだろう」
魔物っ子たちや部屋の様子を見るに、彼がパウルの代わりをしてくれていたようだ。
慣れない人にウルクの世話をさせるとか、パウルはやっぱり魔王だな!
「おとう様、下ろして!」
床に下ろしてもらい、稲穂をパパンに預ける。
「魔力を与えすぎないでね」
稲穂がいるときは、毎回魔力を与えているパパンなので釘を刺しておく。
――ピィッ!
ノックスが止まり木から私の頭に飛び移る。私に近づいても大丈夫になるまで、待っていてくれたようだ。
ノックスは最近、森鬼や海の頭に乗るのがブームだからか、私の頭にも乗るようになった。
ちょっと頭が重いが、ガシェ王国式の礼儀作法で鍛えた体幹で耐えてみせる!
「ノックスもお留守番、ありがとう。落ちないよう気をつけてね」
ノックスを頭に乗せたまま、私は窓辺で寝そべっているウルクのもとへ。
「ウルク、紫紺、葡萄、戻ったよー!」
今日の毒針当番は紫紺で、葡萄はウルクの角の間にちょこんと乗っている。
青の姿が見えないけど、どこに行ったのかな?
『無事だったか』
「うん。おとう様たちが助けにきてくれたからね」
ウルクのつるりとした鱗を撫でながら、何があったのかを話す。
「ところで、青は?」
『青いのなら、水浴びをしていたぞ?』
スライムたちが水浴びをするといえば……星伍たちの水飲み場!
とりあえず、部屋の隅に設置してある水飲み場を覗いてみる。
水が入った器にぷかぷか浮かんでいるだろう……っていない!?
じゃあ、浴室?
でも、浴室はずっとお湯が張られているわけじゃないしなぁ。
他に水がありそうな場所はと視線を彷徨わせていると、呆れ顔をしたパウルが目に入った。
まだクートがいることから、クートからの報告を聞いてそんな表情になったと思われる。
つか、あの顔はめっちゃ心当たりがあるな。
魔物っ子たちが何かをやらかしたとき、パウルはたいていあんな顔をしていた。
つまり、何かをやらかしたのは青?
……さっき、ウルクは青とは言わずに、青いのって言ってたよね?
青以外に青いといえば、海しかいない!
そこから導き出される答えは、海と青がどこかで水遊びをしている!!
なんて楽しそう……じゃなかった、私が帰ってきたのに出てこないのはおかしい。
「パウル、海と青はどこに?」
「それが、どうやら浴室を占領してしまったようでして……」
パウルも報告を受けただけでは状況を把握できなかったようで、いささか歯切れが悪い。
海は人魚バージョンになって水風呂に入ることがあるので、それかなって思ったけど違うっぽい?
確認のために浴室を覗いてみることに。
パウルが扉を開くと……すぐ目の前に水の壁があった。
扉を開けても流れることなく留まっていることから、海の力なり、魔法なりが作用しているようだ。
水に満ちた浴室は、タオルなど置かれていたものが水中で漂っている。
そんな中をのほほんと泳いでいるのは海だけ。
パッと見では青の姿は発見できなかった。
こうして見ると、水槽の中で人魚のパフォーマンスをしている人を思い出すな。
人魚のパフォーマーさん、よく息が続くよねー。
「主っ!」
こちらに気づいた海が、ぎゅいんって泳いで、ぬっと水から頭を出す。
「今、戻ってきたの。遅くなってごめんね」
海の頭をなでなでする。
水の中にいたのに濡れてなくて、相変わらずのサラッサラぶり。
マジでこの髪質羨ましいわぁ。
「大丈夫。サチェが遊んでくれた」
どうやら、この状況を作ったのはサチェだったようだ。
私たちは神様降臨した遺跡から戻るのに、イクゥ国縦断という最短ルートを使い、三日とちょっとで戻ってきた。
しかし、魔物っ子たちにとってはその間、お世話をしてくれるパウルもおらず、遊んでくれる森鬼もスピカもいなかったわけだ。
それで、退屈を持て余した海を見かねて、先に帰ったサチェが相手をしてくれたのだろう。
それはいいとして、この水はどうしたらいいんだ?お風呂が使えないのは困るんだけど……。
「おかあ様、このお水、どうにかできる?」
「さすがにこの量を散らすとなると時間がかかるわ」
あ、できなくはないんだ。
その方法を聞いたら、水を小分けにして別の場所に捨てるか、気体……つまり水蒸気に変えて、ゆっくりと霧散させるかと言われた。
確かに時間がかかる方法だなぁ。
仕方ない。ここはサチェを呼んで……待てよ。
ユーシェを呼ぶ方が、まとめてルクス様を紹介できるのでは?
魔物っ子たちもみんな揃っているし。
「海、ユーシェにこのお水を消してもらうから、安全そうな場所にいてね」
「……ユーシェ。わかった」
サチェに懐いている海は、呼ぶのがユーシェでがっかりしたのだろう。
また別の機会に、サチェと遊ぶ時間を作るからね。
「ユーシェ!ちょっとここに来てー!」
いつものように水面をパシャパシャやる。
パシャパシャやっている横から、ぬーっと鼻先が出てきた。
派手に出てくると思っていたから、静かな登場にガチでビビった!
心臓がドックンドックン、いつもの倍くらいの強さと速さで脈打っているのがわかる。
マジ、心臓に悪いとはこのことだよ……。
「ユーシェ、怖がらせるのはやめようね」
ユーシェはそんなつもりはなかったのか、なんのこと?と言うように首を傾げた。
「ユーシェはこのお水を消すことはできる?」
私がそう尋ねると、ユーシェはブンブンと首を縦に振る。
できるのならとお願いすると、みるみる水位が下がっていき、ユーシェの体も見えるようになった。
水がどうやって消えているのかと思ったら、ユーシェの体に吸い込まれているではないか!
それでユーシェの体が大きくなる……なんてことはなく、水はどこに消えているんだろう??
私が水の行方に思いを馳せている間に、浴室の水は綺麗さっぱりなくなった。
水滴一つ残ってないし、なんならタオルもしっかりと乾いているっぽい。
さすが聖獣!
「おぉ!ユーシェすごい!!」
パチパチと手を叩いてユーシェを褒め称える。
タオルまで乾かしてしまう芸の細やかさよ!
聖獣の力の無駄遣いな気もしなくもないが……ユーシェの心配りと思っておこう。
ユーシェの後ろでは、海が人魚バージョンから人型バージョンに変わっていた。
ちょっと人前に出られる格好ではないので、パウルにお世話をお願いする。
「ところで青はどこ?」
浴室の中を探そうにも、ユーシェの体が邪魔で見えない。
仕方ないので、ユーシェの脚の隙間から浴室を覗てみた。
――うきゅ?
鳴き声とともに、上からべちゃっと落ちてきた。
なぜに浴室の天井に張りついていたんだ?
水が急になくなったから、天井に避難したのかな??
「青、おいで」
――うきゅーーっ!!
ぴょんぴょん跳んでくる青をキャッチして、逃がさないようしっかりと掴む。
青は白に次いでやんちゃなので、一人で遊び出しそうだからね。
しばらくして、海が身嗜みを整えてくると、ようやく魔物っ子たちが揃った。
「はい、みんな注目!」
ウルクにもちょっと動いてもらい、魔物っ子たちとユーシェ、全員が見えるようにする。
そして、私の手に乗ったルクス様を掲げた。
「神様の分身、ルクス様です!」
私のノリに合わせたのか、ルクス様は腰に手を当て、えっへんと胸を反らせる。
後ろから見ると、前ならえの先頭の人みたいだ。
「神様なの?」
「小さいね?」
――きゅうん?
魔物っ子たちは不思議そうにルクス様を見つめ、ウルクは興味深そうに見つめている。ウルクの舌がちろちろ出ているのが可愛い。
唯一、ユーシェだけは尻尾を首をブンブン振り回して、喜びを爆発させた。
「ユーシェ、落ち着こうね。尻尾が森鬼を攻撃しちゃってるから」
ユーシェが尻尾を振るたびにバシバシと音がしているのに、森鬼の表情が変わらないのは面白い。
森鬼の頭の上にいるノックスもルクス様に興味ないのか、毛繕いを始めているし……。
ノックスも魔物っ子たちと同じように、名付けの影響が出ていると思っていたんだけど違うのかな?
「これからルクス様も私たちといっしょに暮らすから、みんな仲良くしてね」
ルクス様はよろしくと言いながら、魔物っ子たちの鼻先を触っていく。
残念ながら、魔物っ子たちにはルクス様の声は聞こえていないが。
『ユーシェもすっかり馴染めて安心した』
ユーシェにはルクス様の声が聞こえているようで、甘えるように鼻先をぐいぐいルクス様に押しつける。
一緒に私も押されているから、ちょっと手加減して……。
『ネフェルティマの周りは、とても楽しそうだ』
まぁ、この子たちがいれば、退屈しないのは確かだねー。
それからルクス様も一緒に魔物っ子たちと遊んで過ごした。
ユーシェがなかなか戻らなくて、陛下自ら迎えにくるはめになったけど……。




