閑話 ネマがのん気に遊んでいた頃、俺は……。後編(ヴィルヘルト視点)
北の山脈から戻り、ラルフに一度戻るよう通達を出した。
精霊を通じてラルフから連絡が来たのは、夜もだいぶ更けた頃。普段であれば、就寝する頃合いの時間だった。
公務を片付けながら、ラルフの到着を待つ。
執務室ではラースと、どうやって侵入したのか、ヒスイが仲良く寝転がっている。
いつの間に仲良くなったのかも気にはなるが、ヒスイの侵入経路の方が問題だろう。
レイティモ山に戻すようラルフに預けても、気がつけば俺のところにやってきてご褒美をねだる。
協力してくれているエルフたちがスライムを尋問に使っていると聞いて、シーリオに預けてみても、やっぱり俺のところに現れる。
今はヒスイに構っている暇はないので、好きにさせているが……。
捕まえた者たちや協力してくれているエルフたちにかかる金額の試算表を見て頭を抱えていると、ようやくラルフが到着した。
「急に呼び戻して悪いな」
「いや、報告しなければならないことがあるから、ちょうどよかったよ」
ラルフの方は報告があるということで、先にそちらを聞く。
その内容は予想していた通り、闇の聖獣に関するものだったが、それ以外にも発見したものがあった。
行方不明だった獣王の番と、さらわれたドワーフ族の子供たち。
こちらが探していたものは、一ヶ所に集められていたようだ。
「驚かないね。すでに知っていたのかな?」
ラルフの棘のある言い方に、俺はまさかと否定する。
「獣王の番とドワーフ族の宝については初耳だ」
そして、闇の聖獣の件を精霊から聞き、ラルフに伝えようとしたときにはすでに、弾く術が発動したあとだった。そう説明すれば、ラルフは釈然としない様子ながらも納得してみせた。
「それで、闇の聖獣様は自分の意思で聖主のところにいるようだよ。聖主のことを面白いと……」
聖獣の感性は俺たち人とはまったく異なるからな。闇の聖獣にしかわからない面白みなのだろう。
ラルフから闇の聖獣から聞いた話やセリューノス陛下のお考えを聞いたが、心配になる内容だった。
陛下はネマの救出を無理に行うよりも、聖主の企みが失敗に終わったときの隙をつくべきだと。
ラルフもカーナもよく大人しく陛下の話を聞くことができたな。
「それで、闇の聖獣がネマに接触するのか?」
「いや、聖主の目的が創造神様の降臨にあるなら、ネマと闇の聖獣様を引き合わせるはずだから、そのときを狙うと」
聖主に知られる危険があるなら、あちらが引き合わせるときに合わせた方が安全なのは確かだな。
「だが、ネマに知らせて大丈夫なのか?演技ができるとも思えんが……」
あいつはすべて表情に出る。一応、公の場では愛想笑いを貼りつけてはいるが、年配の貴族たちには通用しないだろう。
「ネマなら大丈夫だよ。それより、セリューノス陛下がヴィルにも来て欲しいと仰っていたけれど、どうする?」
これ以上、ネマの演技力のなさを突っ込まれまいと、話題を変えたな。
変えた方の話題も、難しいことはラルフも承知だろうに。どうするもこうするも、今は無理だ。
ラルフにやってもらっていたものは俺に戻されたし、それを他の者に回しても国境の問題もある。
そこで、ラルフがある提案をしてきた。
「ディーの能力で、ヴィルの執務室とセリューノス陛下の執務室を繋ごうか?」
「陽玉を俺に寄越すと?」
光の聖獣の力で光景を繋ぐには、陽玉が必要不可欠だ。
だが、聖獣の玉は誰もが持てるものではない。聖獣とその契約者に認められた者でなければ。
「そうだね。その代わり、ヴィルも僕に風玉を渡してくれるかな?玉に込めるのは、声を届ける力だけでいいから」
ラルフから言い出したということは、すでにディーの了承は得ているのだろう。
それに、玉に付与する能力が声を届けるだけでいいのであれば、渡しても大丈夫だと思うが。
「ラース、お前はどうだ?」
執務室の床で寝そべっているラースに問う。
玉を作るのはラースなので、ラースが承諾しなければこの話は成立しない。
『それだけでいいのであれば、我はひよっこに渡しても構わん』
ラースはラルフのことをひよっこと呼ぶ。
幼い頃は雛のような愛らしさがラルフにもあったのでおかしくはなかったが、さすがにこの歳になってまでもひよっこと呼ばれているとはラルフも思わないだろう。
俺の坊呼びも、契約する前の小僧呼びに比べればまともになった方だ。
「ラースは構わないと言っている。ディー、お前は本当にいいのか?」
ラルフの横でお座りしているディーは、尻尾を振りながら短く鳴いた。
「はい、これ。形は帯飾り以外でよろしくね。ネマとお揃いなのは僕だけだから」
まったく……ネマのことになるととたんに面倒臭い奴になるな。
「腕輪ならいいか?」
「腕輪も却下で。ネマの風玉と揃えようとしているよね?」
いや、腕輪が一番楽だからだが?
この面倒臭い保護者が納得するものはなんだろうかと考えを巡らす。
「ネマのように、ぬいぐるみにでもしてみるか?」
俺がぬいぐるみを持ち歩く姿を想像したのか、ラルフは顔を背けて肩を震わせる。
「ヴィルなら似合うと思うよ」
いまだに笑いを堪えきれていないラルフ。
本当にやってやろうかと思ったが、侍従長や侍女頭に王太子としての品位が……と怒られそうなのでやめておく。
「首飾りでいいな」
首飾りであれば、衣装をはだけさせない限り見えないし、ネマとお揃いということもない。
それならばとラルフが承諾したので、受け取った陽玉を首飾りに変更させる。
この間にラースが作った風玉をラルフに渡した。
ラルフは迷うことなく風玉を腕輪にし、身につける。
「お前、狙っていただろう?」
「なんのことかな?」
まぁいい。
ラルフが風玉を身につけていれば、精霊がいない場所でも声を届けることができるな。いつでもラルフを呼び出せるということだ。
「それで、ヴィルの方の用件は?」
忘れるところだった。
気を取り直して、ディーに創造神様が降臨される場所を知っているか尋ねる。
「カノワの神殿のことかと言っているけど……」
ディーの言葉をラルフが代弁する。
「その神殿の場所はどこだ?」
ディーが覚えているなら、場所はすぐに特定できる。そう期待したのだが、返ってきたのは曖昧なものだった。
「獣王国の西部、カノワの森の中だって」
獣王国時代の西部であれば、イクゥ国か少国家群の方か微妙なところだ。
そして、精霊もカノワの森は知らないときた。
すでに忘れ去られた地名だとすれば、調べるのも容易でないぞ。
「場所がわかれば、聖主を出し抜くこともできる」
ラルフはライナス帝国で調べてみると言ってくれた。古い文献などは、ライナス帝国の方が多く所有しているからな。
俺の方でも調べてみるが……。そろそろルシュを呼び戻すか。
ネマがさらわれて丸一日以上経過した頃、ネマが精霊を弾く術が施された部屋から出たと、精霊たちが嬉々として告げにきた。
今は、入浴中で風呂で遊んでいると。
こちらは大変なのにのん気なものだ。
とはいえ、無体な扱いをされていないことに安堵する。
それと同時に、聖主の方に動きがあった。
再び洗脳魔法をかけられた者が現れたのだ。しかも、王都内で……。
王都は特に警備を固め、入っている者はしっかりと見極めるよう精霊にも命じていた。
それなのに入られたということは、洗脳魔法をかけられた者を送り込んでいるのではなく、洗脳魔法を使える者が中で増やしていたのか。
洗脳魔法の使い手を探させるが、不思議なことが起きた。
誰が洗脳魔法を使ったかを、精霊たちは見ていないと言うのだ。
マロウ殿のような、弾く術を使える魔族が聖主についているのか?
ライナス帝国に問い合わせると、答えは否だと返ってきた。
精霊を弾く術は、部屋のように区切られた空間でないと効果がないと。
つまり、屋外では使えないのなら、どこか部屋に連れ込み、精霊を弾いてから洗脳魔法をかけていると思われた。
しかしこの予測は、風の中位精霊によって否定される。
精霊が立ち入れない場所があるなら、もっと大騒ぎしているはずだと。
凄く納得がいった。
これまで、弾かれるたびに酷いだの、横暴だのわめいていた精霊たちだ。たとえそれがわずかな間でも、俺のせいだと騒ぐくらいはするだろう。
打つ手立てに苦慮しているとき、ミルマ国から派遣された、洗脳魔法の治療班からある報告書が上げられた。
先日、街中で暴れたために捕らえた者の診断内容だ。
洗脳魔法には他の魔法と同じように階級分けがされてある。
下級は消費する魔力が少なく、かけられる範囲がとても狭い上に、洗脳は解けやすい。中級は魔力をそこそこ消費し、かけられる範囲がやや広く、洗脳状態がある程度持続する。上級はかなり魔力を消費するが、かけられる範囲は使い手が調整でき、深い洗脳状態にすることも可能だという。
遺跡で捕らえたルノハークたちには、下級や中級の洗脳魔法が継続的にかけられていた痕跡があるとの診断だった。
しかし、今回街で捕まえた者たちは洗脳状態が浅く、一度しかかけられていないとのこと。
これらの情報を踏まえると、洗脳魔法の使い手は、街中で堂々と行き交う人々に洗脳魔法をかけていることになる。
王都で洗脳魔法をかけられた者を発見した精霊たちに話を聞くことにした。
『気がついたらいたー』
『いつの間にかお鼻がむずむずするようになったの』
以前聞いた、洗脳魔法がかけられた者の特徴と同じだな。
「その前に変わったことはなかったか?」
『その前?』
『あ、ほら、いやーな感じがしたやつ!』
『真っ先に逃げてた!』
『逃げてないよ!』
精霊たちが騒ぎ始めたので、これが原因かとすぐにわかった。
逃げた、逃げてないと騒ぐ精霊たちを黙らせて、俺は一つずつ確認していく。
嫌な感じは堕落者の気配に似ていたか、嫌な感じがした範囲はどれくらいか、また嫌な感じが続いた長さはどれくらいだったか。
いくつか聞き出して、やはりルシュがさらわれたときの状況に似ていると確信が持てた。
ルシュが監禁されていた部屋には、今風に改良が施された弾く術が施してあった。
聖主が弾く術を他に転用したのか、一時的に精霊の目を逸らさせるものを作り出したのだろう。
精霊が忌避感から目を逸らしている間に洗脳魔法をかけ、すぐにその術を解除すれば、精霊には誰が洗脳魔法をかけたのかわからない。
となれば、嫌な感じがする範囲にいた者すべてを捕まえるしか方法がないかもな。
結局、今取れる方法はその場しのぎのものしかなく、洗脳魔法の使い手を捕まえることはできていない。
そんなときに、セリューノス陛下が話をしたいと連絡が来た。
何か新たな情報でも入手したのかもしれない。
『そっちはだいぶ振り回されているようだね』
こちらの状況はすでに知っておいでだったか。
「これといった手立てがなく、毎回逃げられていますね」
さも気にしていないふうを装うが、陛下にはお見通しだろう。
陛下はよい知らせとよい提案があると、人のよさそうな笑みを浮かべて言った。
『まず、カノワの森を見つけた。というか、マロウが知っていたから、探す手間が省けたよ』
カノワの森は、ラーシア大陸に残っている魔族の間で、禁足の地として語り継がれているらしい。
創造神様の像を造って怒りを買った話は風化し、禁足の地ということだけが残ったのだろう。
陛下はこのまま、神殿の場所まで調べてくれるというので、お任せすることにした。
『よい提案の方だが、逃げ回っている虫を捕まえるための人員を送ってあげよう』
「それはありがたいですが、精霊がわからないものをどうやって捕まえるのですか?」
『そりゃあ、ガシェ王国になくて、ライナス帝国にあるものでだよ』
どうやら陛下は謎かけをなさりたいようだ。
しかし、我が国になくて、ライナス帝国にはあるものなど、たくさん存在する。
早々に降参し、答えを求めた。
『騎士とエルフで捕まえられないのなら、他の種族の特性を利用すればよい』
陛下は、人とエルフと獣人で編成した班を作ることを提案してきた。
魔力の高い人は、魔法が発動するときの魔力を感じられる。エルフは精霊を通じて情報を得られる。獣人は聴覚や嗅覚など五感で識別できる。
『精霊が感じた場所をエルフが伝え、魔法の発動を人が目視し、その人物の声やにおいを獣人が覚える』
洗脳魔法の魔力を感じ取る……その手があったか!
「それなら、魔法の発動を目視した時点で、相手の人相は判明すると思いますが?」
外套などで顔を隠しても、背格好がわかれば追跡もできる。
『ヴィル、こういうときは先入観を捨てた方がよい。相手は逃げやすいように人通りの多い場所を選んでいるし、衣装や髪型が変わっただけでも相手を見失うこともある』
そう陛下に諭されて納得した。
確かに、犯人が変装で逃げおおせた事例はいくつもある。
『とりあえず、獣人を送ってあげるから試してごらん。それで成果が出たら、私のお願いを聞いてくれるよね?』
陛下の本当の目的はそちらの方だったか……。
ライナス帝国軍の獣人らに、特殊部隊魔術隊の騎士とエルフという組み合わせで、王都内の巡回を徹底させた。
すると、まさかの初日で、洗脳魔法の使い手を一人、捕らえることに成功したのだ。
「アーニシャのやつ、何やっているんだ!」
洗脳魔法の使い手はルノハークではなく、ミルマ国のソヌ族の者だった。
ソヌ族は洗脳魔法を使って謀反を起こしたとして、実行犯らはもちろん、ソヌ族全体がミルマ国の監視下に置かれているはずだ。
正体がわかったところで、騎士たちが見つけるのに手こずったのも理解できた。
山岳部に住む彼らの主な生業は狩猟だ。
気配を消して獲物に近づき、時には周りの景色に同化するよう偽装も行う。
隠れることを極めている者たちを情報がないまま見つけるのは、もはや運次第だな。
アーニシャに抗議の文を送りつけると、すぐに調べると返ってきた。
調査の結果、居場所の確認ができないソヌ族が十名いることがわかった。
アーニシャからの手紙には、即刻名乗りでなければ、ソヌ族の元族長を処刑すると公表してもいいとまで書いてある。
その脅しが利くかはわからないが、最終手段として使わせてもらおう。
次々と出てくる問題に対処しているうちに、ネマがさらわれてから五日は過ぎただろうか。
ネマは裁縫をしたり、離宮のあちらこちらを見て回ったり、雑草を採取してみたりと、さらわれた状況下でも遊びに精を出していた。
そしてようやく、闇の聖獣と邂逅したようだ。
報告などで一時的に戻っていたラルフが、急いでライナス帝国へと向かう。
ネマに今後のこちらの動きを伝えるために。
そこからが本当に大変だった。
セリューノス陛下のお願いを叶えるために、国境の砦に騎士団を送り、国境沿いには竜騎部隊を展開させて、イクゥ国へ圧力をかける。
さらに別働隊を用意し、こちらはネマの救出、並びに聖主の捕縛に向かう。
ここ十数巡はなかった、大規模な出動に、小さな問題がいくつも報告されてくる。
砦の倉庫に兵糧が収まりきらない、転移魔法陣用の魔石の用意が間に合っていない、野営用の備品が複数破損しているといったように、一つ一つは大したことのない問題だ。
これが実際の戦であれば、勝機を見逃すことになりかねない。
すべてが落ち着いたら、数巡に一度は大規模訓練をすることを進言するか。ライナス帝国との共同訓練でもいい。
平和な時代でも、いつ戦が起きるかわからないのだ。戦だけではなく、天災に見舞われるかもしれない。
常に備えるという意識を騎士団の者たちに持ってもらわないとな。
◆◆◆
ついに聖主が動いた。
ガシェ王国だけでなく、ライナス帝国軍が少国家群を越えて、イクゥ国の国境まで進軍してきたことに焦ったのだろう。
俺と別働隊は転移魔法陣の都合で、一度ライナス帝国に向かうこととなった。
大変だったのは、オスフェ公爵夫妻も同行すると言ってきかなかったことだろうか。
王太子を魔法で脅す宰相がどこにいる!
しかし母上から、ネマの精神安定のためにも両親がいた方がよいと助言があり、オスフェ夫妻を連れていくことにした。
使用人たちもぞろぞろ連れていくかと思ったが、ライナス帝国にいる者たちで十分だという。
それはそれで一抹の不安があるのは俺だけだろうか?
ライナス帝国の輝青宮に着くと、セリューノス陛下が待ち構えていた。
すでにネマ救出部隊の一部は、カノワの森に入っているらしい。
「竜騎部隊の方は、うちのワイバーンが先導するから、もうしばらく待機させておくように」
ガシェ王国にはリンドドレイク用の大きな転移魔法陣があるが、ライナス帝国にはないので、リンドブルムのみで向かうこととなる。
別働隊のリンドブルムはすでに、先導するワイバーンとの合流地点である、ディルタ領の砦で待機させてあった。
「あと、こちらはテオに任せるから、詳しいことは彼から聞くように」
テオは無言で一礼をする。
相変わらず、防御をいっさい考慮していない装備だな。防具なしに全身武器のみとは……。テオを守る警衛隊も大変だろう。
テオは地図を指し示しながら、これからの行動を説明する。
「光の聖獣様のお力で調べたところ、奴らは今、イクゥ国南西部にある離宮に転移しています」
そこがカノワの森に一番近い、転移魔法陣がある離宮のようだ。
そこから馬車で移動し、少国家群に与する小国へと入る。
「奴らがカノワの森に入ったのを確認したのち、こちらは一方型常時開放転移魔法陣で一気に全員飛びます」
ネマ救出部隊は、聖主らに見つからないようにカノワの神殿を目指し、後方支援隊が帰りの手段を用意すると。
「ここにある村を含む、カノワの森一帯はすでに接収し、救出部隊が森に入ったあとは拠点とする予定です。ヴィルやオスフェ公爵家の皆様には馬車をご用意しますので」
「接収とは穏やかではないですね」
オスフェ公がそこまでする必要があるのかと問う。
「接収とは言っても、今回の件の事後処理が終わるまでの期間です。その間、ライナス帝国の法が適用されますが、税の免除や医療支援の実施、国にも補償金が支払われます」
「なるほど。ライナス帝国の法が適用されることの方が重要ということですか」
捕らえた者をライナス帝国の法で裁くために、わざわざ接収という手段を選んだのか。
今、聖主の周りに残っている者の多くは、イクゥ国の者たちだ。
ライナス帝国内で起きた犯罪であれば、どこの国の者だろうが、ライナス帝国の法で裁くことができる。
だが小国のままでは、各国に引き渡すなどされる可能性もある。それを防ぐための処置というわけだ。
「イオトゥー宮にいた者は全員転移したのを確認しました。ただ……」
ネマが囚われていたという離宮を、ディーの能力でずっと監視していたラルフが悲痛な表情を浮かべる。
「ドワーフ族の宝をそのまま置いていった……」
ドワーフ族の子供たちを連れていくのは邪魔だからと、親元に返すことなく置いていったのか!
監禁されている部屋から出さずに、離宮が無人となれば、子供たちは飢えて死ぬ。
「宝の奪還はこちらで行おう」
どのように救出するのか?まさか、正面から押しかけたりしないよな?
イクゥ国は今、外交的にライナス帝国へ強くは出られないので、堂々と返還を求めそうだ。
それからしばらくは、聖主たちがカノワの森に到着するまでやきもきとした時間を過ごしていた。
そこに、緊急を知らせる一報が入る。
「イクゥ国国境付近にて、魔物の群れが出現!このままでは、展開している軍と衝突します!」
それと同じ知らせが、ガシェ王国にも入る。
「精霊たち。魔物の群れの規模と群れを構成している種類を教えてくれるかい?」
『オーグルだよ!』
『いっぱいのオーグルと少しのホブゴブリン!』
『獣王が歌ったから、すごく元気!』
陛下に緊張が走る。
獣王の歌というのも気になるな。
だが、問題はこれだけではなかった。
「レイティモ山から分かれた群れが助けを求めているそうだ。俺はそちらに向かいたい」
突然、シンキがそんなことを言い始めた。
「どういうことだ?」
「狩りに出たコボルトたちの様子がおかしいらしい。その様子に気づいたものがあとを追いかけて声をかけても反応せず、何かに操られるように人里の方に向かっていると」
オーグルの群れが急に現れたことと何か関係があるのか?
レイティモ山から分かれた群れということは、ネマが可愛がっている魔物もいるかもしれない。
「わかった、許可しよう。ミューガ領のムーロウ砦にギゼルがいる。ネマのためだと言えば、シンキなら乗せてもらえるだろう」
俺がギゼルへの騎乗を許すと、セリューノス陛下は転移魔法陣の使用を申し出てくださった。
「ムーロウ砦なら、転移魔法で送ってあげよう」
「助かる。スピカ、お前も行くぞ」
シンキは控えていたスピカの腕を掴むと、引きずるようにして連れていく。
「竜は無理ですっ!食べられますって!」
「ギゼルは食べないから心配ない」
「いやだー!!パウルさん、助けて……」
さすがにスピカが可哀想だ。獣人は本能が強いゆえに、強者である竜種に酷く怯えると聞いたことがある。
助けを求められているのに、笑顔で見送るパウルもあれだが……。
このあとも、炎竜殿に助けられたり、獣王が飛んできたりといろいろ問題はあったが、なんとかカノワの神殿にたどり着くことができた。
着いた早々に、デールラントとカーナが上級の魔法を放とうとして、それを取り押さえるのに一苦労したがな。
ラルフが補足を入れながらだったこともあり、ずいぶん長い間話してしまった。
ネマのことだから、途中で飽きるだろうと思ったがしっかり聞いていたな。
「おにい様、ヴィ、助けてくれてありがとう!」
ネマは満面の笑みを浮かべ、俺たちに礼を言ってきた。
「囚われのお姫様を救い出すのは、王子の役目だからな」
ネマの頭を撫でてやると、物凄い勢いでラルフに掴まれる。
「ヴィ〜ルゥ〜」
ラルフから冷気が漂い始めたので、俺は素直に手を引いた。
「まったく。油断も隙もない」
そう憤るラルフをネマが宥める。
この兄妹はこうでなくてはな。




