神様と約束したら。
私は、転生するときに神様からお願いされた答えを出した。
でも、答えたからそれで終わり、ではないと思う。
その答えを選んだからには、その答えでよかったって思える行動をしなければならない。
人間を滅ぼさないでよかったって思える世界に。
そのためには、まず神様がこの世界に望んでいることを知らないと。
「創造神様のお望みを教えていただけますでしょうか?我々では力不足かもしれませんが、できうる限り努力いたしますので」
ヴィが神様に尋ねるも、返事がない。
何やら考え込んでいるのが意外だった。
『そうだな。私が……いや、やはり、すべての種族が仲良くしてくれることだ。どの種族も私の可愛い子たちだからね』
神様の望みは予想通りだと思ったけど、少し違和感があるような?うーん??
『できれば魔族の子たちも仲良くしてもらいたいが、性質もあって無理だろう』
「そうなのですか?」
ヴィが意外だとでも言うように問い返した。
あれ?ヴィも魔族に会ったことあるの?お兄ちゃんと一緒に会ったのかな?
『あの子たちは楽しいことに目がなくてね。他の種族に迷惑をかけても、自分が楽しければいいと考える』
地球にもそんな人たちはたくさんいるが、種族全体がそうなのはちょっと大変そうだなぁ。
「私が知り合った魔族は内気な方だったので、魔族がそんな種族だとは思いませんでした」
内向的な魔族さんか。なんか、ヴィに無理難題を押しつけられていそうだなぁ。
『今、ラーシア大陸に残っている魔族は、エルフの性質に近い子たちだろう。自分の好きなことに真っ直ぐなんだ』
物はいいようだね。つまり、ルシュさんのようなヲタク気質な魔族ってことでしょう?
だったら、確実にお友達になれると思う!
「じゃあ、一つ目の約束は、どの種族も仲良くしましょう、でいーい?」
「この世界のすべての種族は共存共栄を目指し、努力する。くらい整えないと、威厳がない」
即座にヴィにダメ出しされてしまった。
「ていさいを整えるのは大人に任せるよ」
憲法や法律の言い回しは小難しくてよくわからないし。
そういえば、日本国憲法の前文を暗記させられたことがあったな。
じゃあ、内容を理解しているかと言われたら、正直自信はない。たぶん、半分も理解できていないんじゃないかな?
威厳も大事だけど、こういうのは子供にもわかりやすい言葉がいいと思うんだよね。全部が決まったら、絵本にすることを提案してみるか。
「それで、神様。他に何かある?」
『他に?』
「他にもみんなにやってもらいたいことないの?せっかくの機会だし、全部言った方がいいんじゃない?」
さすがにお願い事が一つだけってことはないだろう。
美味しいものをお供えして欲しいとか、何か祭事をして欲しいとか、あると思うのだが?
『私の子たち皆が平穏に暮らしているのを見られるなら、他は不要だ』
まさに神様といった模範的な返しだった。
「本当に?えんりょしなくていいんだよ?」
言いづらいお願いなのかもしれないけど、今後、降臨する機会があるのかわからないんだし、言うだけ言ってみればいいのに。
しかし、神様は首を横に振り、お願いを口にすることはなかった。
「では、他種族との親和に焦点を置いて、条項を決めたいと思います」
サクサクと状況を仕切るヴィ。
みんなが仲良くするために、他に必要なことは何かとみんなに問う。
「他種族間での戦は禁止した方がよいかと」
パパンが答えると、テオさんが同じ種族はいいのかと、もっともな疑問を口にした。
「獣人の種族によっては、武力で問題を解決するところもあります。それを禁止してしまうと、種族の尊厳を傷つけることになるでしょう」
獣人と一括りに言っても、祖となる動物によって築いてきた文化が異なる。
いくら神様との約束事とはいえ、反発する種族も出てくるだろう。
「それと、条項は少ない方がよいでしょう。条項が増えると、この場に居合わせた者、ヴィルヘルト殿下やテオヴァール殿下がよいように作ったと考える者も出てまいります」
「オスフェ公の指摘はもっともだ」
国家間の条約とかならともかく、神様とこの世界に住むみんなとの約束という形にするのだから、ちゃんと約束を守ろうって思ってもらえないと困る。
ヴィやテオさんが大陸征服するために作ったものだ……なんて陰謀論が広まったら、神様そのものを信じなくなる人も出てくるかもしれない。
「なぜ戦を禁止するのだ?」
火の精霊王が私に覆いかぶさりながら聞いてきた。
私に聞いてるの?いや、それより、私の頭にメロンを乗っけないで!
「なぜって、たくさんの人が苦しむからかな?違う種族で戦ったら恨み合うことにもなるし……」
「でも、ただの縄張り争いだよね?」
風の精霊王も理解できないと首を傾げる。
土の精霊王は私の正面にしゃがみ込み、何を思ったか、私のほっぺをツンツンし始めた。
興味深そうに私の頬の感触を確かめている土の精霊王だが、発言はいたってまともだった。
「人は動物と違って歯止めが利かないからじゃないか?」
動物は生存本能が勝るため、縄張り争いや雌を巡っての戦いで死ぬような怪我をすると感じたら、すぐに降伏して逃げるのが普通だ。獲物以外を殺すことは少ない。
一部の海洋哺乳類は知能が高いためか、食べないのに魚で遊んだり、群れの中でいじめがあるらしいけど。
でもそれは、純粋であるがゆえの残酷さなんだと思う。
土の精霊王の言い方だと、動物の本能の方が優れているように感じるが、人間の場合はその生存本能を押し殺して戦いに挑む。
ここにいる騎士や軍人たちもそう。
もし今、ヴィやテオさんが誰かに襲われたら、彼らはその身を盾にしてでもヴィたちを守るだろう。
それが彼らの職務ではあるが、死ぬかもしれない状況に自ら飛び込めるのは、本能を抑え込むほどの自制心を鍛えているからだ。
他にも、自分の命を擲ってでも、思想や矜持を貫く人もいるし……。
そう考えると、人間って恐ろしいな。
「精霊王たちは戦を禁止するのには反対か?」
ヴィが問うと、精霊王様たちは声を揃えてどちらでもいいと言った。
「創造主様の意思に反しない限り、どんな争いも生存競争にすぎぬ」
「そうそう。弱きものは旅立ち、強きものが残る」
「だが、妾たちの領域に踏み込んでくるのであれば、相応のもてなしはするぞ」
水の精霊王、風の精霊王は当然のことといったふうなのに対し、火の精霊王はにんまりと笑った。
火の精霊は血気盛んというか、強気な性質を持っているので、精霊王ともなればその性質も強いのか。
「ファーレムはああ言っているけど、創造主様のお許しがない限り、害をなすことはない」
土の精霊王はそう言うが、下位の精霊たちがやる悪戯の内容を思うと安心できない。
死にはしないかもしれないが、欠損レベルの大怪我はしそうである。
さすがにお兄ちゃんでも欠損は治せないからなぁ。
私が火の精霊王と土の精霊王の発言について考えている間、大人たちは水の精霊王と風の精霊王の発言の方を気にしていた。
戦も生存競争の一つなら、我々の判断で禁止にするべきではないのではないかと。
まぁ、精霊王が禁止しないってことは、神様の意思だと解釈できるもんね。神様のお願いとは矛盾しているけど。
「となると、国家間や種族間での問題は話し合いによる解決を推奨する、といった感じでしょうか?」
一応今でも、国家間でのトラブルは、その部門の責任者たちの話し合いで決めてはいるけど、友好国じゃない場合、その話し合いを持つこと自体が難しかったりする。
「じゃあ、完全に中立な組織を作って、仲介?調停?させればいいんじゃない?費用は加盟国が出資してさ」
「国連か」
ヘリオス伯爵はすぐにわかってくれた。
記憶が曖昧だけど、国連の他にもあったよね?仲裁センターみたいなの。
つか、なんでもアルファベットで略すのよくないよ!国連の専門機関なんて、もうほとんど覚えてないもの!
最初は国家間とかの大きな事案だけにしておいて、神様との約束が浸透してきたら、町の交番みたいに、困ったときの駆け込み寺にしたいね。
「創造神様、戦を禁止にするのではなく、話し合いに解決を心がけるという内容でよろしいでしょうか?」
『願いを口にしたのは私だが、君たちが決めたことに是非を言うことはないよ』
ヴィが神様に確認を取ると、神様は口を出す気はないと突き放す。意見を述べてしまえば、干渉にあたるかもしれない。
ヴィは役職持ちを呼び集め、条項の言い回しについて話し合いを始めた。
パパンとママンはもちろん、お兄ちゃんも加わっている。
盗み聞き……じゃない、漏れ聞こえるところによると、仲良くの部分を親和にするか、協和の方がわかりやすいのでは?とか、共栄は入れた方がいいとか、いろいろ意見が飛び交っていた。
時折、獣人やエルフの軍人さんを呼び、種族の視点での意見を求める。
話し合うのは大事だけど、こういうのって長くなりがちだよねー。
「ディー」
お兄ちゃんの側で所在なげにしていたディーを呼んで、一緒に時間を潰すことにする。
ブラッシングでもしようかと、パウルにディー専用ブラシがあるのかを聞いた。
「申し訳ございません。本日はどのブラシもご用意が間に合わず」
ディー専用だけでなく、ラース君専用のブラシもないらしい。
パウルが持ってくるのを忘れるほど、いろいろ慌しかったということだろう。
仕方ない。今回は手櫛で頑張るとするか。
まずは鬣をかき分けて、内側の毛から梳いていく。
内側の毛は体に近いこともあり、ほかほかしているのがいいんだよね。
ふわふわな毛の間に空気の層ができて、保温性があるのだろう。
あと、梳くたびに毛がキラキラして、輝きが動くのもいい。深海のクラゲとかの発光体みたいだ。
手櫛だけでもふわふわになっていくのが楽しいわ!
しかし、こうして改めてみると、本当にカルヴァの毛質とは真反対だなぁ。
カルヴァの毛質は艶消し加工したのかと疑うほど光沢がないし、それなのに摩擦力が仕事を放棄したのかというくらいサラサラの極地だし。
手櫛ブラッシングに集中していると、お兄ちゃんに名前を呼ばれた。
どうやら、約束事の文言が決まったようだ。
その文言を教えてもらったけど、そこまで難しい言い回しでもないし、いいんじゃないかな。
なんてことを言ったら、本当にそれで決定した。最終決定権、私が持ってたの!?
「創造神様に申し上げる。一つ、この世界のすべての種族は協和による平穏を築き、共に繁栄を分かち合う。一つ、いかなる問題もまずは協議し、武力行使による解決を回避するよう努める。以上を、創造神様との約束とし、ガシェ王国が王太子、ヴィルヘルト・レガ・ガシェ……」
「同じく、ライナス帝国が第一皇子、テオヴァール・シィ・ライナス」
「両名の名において宣誓する」
ヴィの朗々と響き渡る声には、誰をも圧倒する風格があった。
「その宣誓、我ら精霊王がしかと聞き届けた!」
水の精霊王がそう告げると、ソルがそれに続いた。
『両者の宣誓、この原竜が長ソルグランディオが聞き届けた』
ん?もしかしてソルの名前!?初めて聞いた!!
ソルの名前に驚いていたら、今度は聖獣たちがいっせいに鳴き始めた。
側にいたディーの突然の咆哮にビビって、ビクッてなったのは言うまでもない。
グオゥグオゥって、普段の鳴き方とは違うな。
ラース君とカイディーテはウオゥーンって感じの鳴き声だけど、聞きようによってはニャーンと聞こえなくもない。
そして、重低音な咆哮の中に、甲高く響くサチェの鳴き声。
精霊王やソルに倣って、ヴィとテオさんの宣誓を歓迎しているようだ。
咆哮の余韻が消えると、どこからともなく拍手が湧き起こる。
中には涙を流しながら拍手をしている軍人さんもいた。
歴史的瞬間に立ち会って感動!って感じなのかも。
拍手が鳴り止むと、神様は私の方に手を差し伸べる。
『では、次は君の番だ。私のお願いを聞いてくれた対価として、あちらの世界での死因を変えてあげよう。希望する死因はあるかい?』
希望する死因って……そりゃあ、一番は老衰だわ。寝ている間にぽっくりが理想だよね。
でも、転生してすぐのとき、どうするか考えていたんだけど、死ぬ時期は変えられないって最初に言われていたから、老衰は真っ先に排除した。
「私、秋津みどりの存在自体を消すことってできる?」
『……あちらの世界に生まれたこと自体をなくすと?』
「うん」
ずっと考えていた。前世の家族を悲しませない死に方を。周りに迷惑をかけない死に方を。
でも、そんな死に方は思い浮かばなかった。
交通事故は論外だし、単独事故も目撃者にトラウマ植えつけそうだ。
自宅にいるときが理想ではあるが、過労死を疑われない病気が癌とかしか思いつかなかった。
あ、自宅でだと、あの部屋が事故物件になるじゃん!すぐに発見されればセーフだろうけど、大家さん的にはいい気はしないよねぇ。
結果、秋津みどりという存在自体をなかったことにした方が早いと思ったのだが……。
『できなくはない。だが、本当にそれでよいのか?』
「うん。家族を悲しませたくないし、みんなにも迷惑かけたくないから……」
神様が承知したとの返事にかぶるように、ママンが告げた。
「少しよろしくて?」
神様にではなく、私に何かあるみたい。
ママンは私の視線に合わせて腰を落とし、両手を取ると言った。
「前世の記憶があろうと、貴女はデールとわたくしの子です。だから、自分で自分を殺すようなことはしないで欲しいの」
「でも……」
ママンがそんなことを言うとは思わなくて困惑する。
私という魂はこちらの世界にいるのだから、私自体が消えてしまうのではない。自分を殺すということにはならないと思うんだが……。
ママンは悲しげな顔をし、握る手の力も強くなった。
「大切な人を悲しませたくないという気持ちはよく理解できるわ。でも、だからといって、幸せだったことまで消してしまうのは、ネマの独りよがりではないかしら?」
ママンの言葉がグサッと心に突き刺さる。
そして、自分を否定されたように感じ、悲しくなった。いつもはこんなことないのに……。
じわりと涙が浮かんでくると、ママンに強く抱きしめられた。
「ラルフが生まれてきてから、わたくしは毎日幸せなの。その幸せは、カーナが生まれて、ネマが生まれて、どんどん増えていったわ。異なる世界の母親も同じではないかしら?」
私という存在を消してしまえば、母親が幸せだと感じた時間も存在しなくなる。
そうか、これもさっきの問題と同じだ。消す利点はあれど、二度と戻ることはない。
この世界で生きていく中で、あちらの世界の私を消したことを後悔することがあるだろうか?
……たぶん、あると思う。
ふとしたことで、あっちの家族を思い出したとき……私しか覚えてないんだなって。
ママンは、私も、前世の家族も傷つくのだと、忠告してくれているのだ。
「おかあ様は、覚えていない子供がいたら悲しい?」
「もちろんです。記憶では覚えていなくても、魂は覚えていますから。どんな方法を使ってでも、わたくしは思い出すわ」
ママンならやりかねん。
女神様を降臨させてでも、魂の記憶を取り返しそうだけど。
「……わかった。おかあ様が悲しむならやめる」
だから神様に、極力人様に迷惑をかけない死に方がいいと、お願いし直した。
『本当にそれでいいんだね?』
「うん」
神様は一つ頷くと動かなくなった。
その時間が長いため、ただの石像に戻ってしまったのかとヒヤヒヤする。
『あちらの世界の神にお願いしてきた。まもなく変わるだろう』
神様が再びしゃべったことで、帰っていなかったとホッとした。
安心したところで、やっぱり気になるよねぇ?
「その神様って、えんま様なの?」
日本における宗教で、死者に関係の深い神様といえば、地獄の十王様たちだろう。
特に閻魔様の裁判は有名だ。
嘘をつくと閻魔様に舌を抜かれるという諺や地獄を描いた絵画などが多く残る、日本人にとってはお馴染みの神様である。
『神々の世界を知ろうとしてはいけないよ』
神様の口調は変わっていないのに、何やら薄ら寒さを感じた。
そうだ……日本の神々は距離を取って敬わないといけない存在だ。
神々の世界には神々のルールがあり、それを人間が犯すと祟られてもおかしくない。祟られて死んだ人の話なんて、昔からたくさんあるくらいだ。
さすがに知ろうとしただけで祟る神様はいないと思うけど、もし死因を変えてくれた神様が閻魔様じゃなかったら?黄泉の国の神様になった伊邪那美命の可能性もあるわけで。
伊邪那美命は国産みの神だけど、そのあとの話がインパクト強すぎるんだよなぁ。
つか、そんな日本の神々の中でも超大御所な神様に死因を変えてもらっていたら、畏れ多すぎて私がショック死しそうだわ!
私の心の平穏のためにも、知らない方がよさそう。
地球の有名な神様たちって、たくさんの作品に登場しているから親しみを持っていたけど、本当なら畏敬の念を持たないとだよね。
というわけで、心の中で、どの神様かわからないけど、死因を変えてくれた神様にお礼を伝える。
私の死因を変えてくださり、ありがとうございます。異世界にいるのに、お手数おかけして申し訳ございません、と。




