私の答え、みんなの考え。
ヘリオス伯爵としゃべると、どうしてもノリが軽くなってしまう。
前世の話題が通じて楽しいってのもあるのかもしれないけど。
誰もツッコミを入れてくれない、シーンとなった空気を壊してくれたのはヴィだった。
「ネマ、話が進まないから少し黙っていろ」
一も二もなくコクコク頷いて、大人しく口にチャック!
「可哀想に、愛し子。あれらは放っておいて、妾と遊ぼうではないか」
火の精霊王様がやってきて、その豊満なお胸にむぎゅーっとされた。
私がシーって口の前に人差し指を立てると、風の精霊王様が大丈夫だと笑う。
「僕たちの声を聞こえないようにしたから、もうしゃべってもいいよ」
「ありがとう。でも、みんなのお話は聞きたいから」
本当に私たちの声は聞こえていないようで、仕切り直して、テオさんがヘリオス伯爵に語りかける。
「ネマも言っていたが、差別を完全になくすのは無理だろう。だが、種族間の確執をなくすための政策が始まっている」
テオさんの言う政策とはあれだ。
子供のうちから仲良くしようぜ計画もとい次世代交流会と、誰でも遊べる公園計画inベーグル領のやつ。
交流会はダオが受け持っていて、軍部や宮殿で働いている人限定のをもう何度かやってから、順次拡大していくらしい。
公園事業は、今のところベーグル侯爵が主体だが、いずれ国でもやるからと、クレイさんが関わっていると聞いたことがある。
「貴殿にロスランの記憶があるなら、駄目だと見切りをつける前に、一度でいい。我々皇族と協力して、貴殿が望んだ国に近づけることを何かしてみないか?我が帝国を滅ぼすのは、その結果を見てからでも遅くないと思うが?」
これはどう受け止めるべき?
初代皇帝の知恵を借りれるのは、今の皇族にとってもいいことだと思う。
ロスランの記憶を持つヘリオス伯爵と皇族が知恵を出し合えば、もっといい政策を施行できるかもしれないし。
しかし、皇子が国を滅ぼすことを肯定するような発言していいの?本気じゃないよね?ヘリオス伯爵の更生を促す方便だよね??
表情からは何も読み取れない!!
『では、私も問おう。ロスラン……いや、フランティーナ・ヘリオス。そなたは、今、ライナス帝国を滅ぼし、新たな国を造ることが真にこの世界のためになると思うか?』
ロスランの子孫たちが今まで紡いできたものを無に帰してまで、ヘリオス伯爵がやろうとしていることはこの世界に価値があるのか。そう言っているように感じた。
ヘリオス伯爵は何かを言おうとしたが、結局は何も告げず沈黙した。
答えられないことが答え――。
ロスランの子孫であるテオさんの訴えが効いたのかもしれない。
ヘリオス伯爵の起点は、たぶんロスランだから。
コピーした地球人の記憶よりも、魂に直接刻まれたロスラン時代の記憶の方が影響が大きいのだろう。
ロスランだったときのことは比較的素直に告げていたが、ヘリオス伯爵としてのことは今まで一言も出ていない。彼女の両親のことも弟のことも……。
それとも、何も告げないことで家族を守っているのかな?
今後、ヘリオス伯爵がどうなるかは、陛下の裁量しだいではあるが、家門全員にも何かしら罰があるかも。
ヘリオス伯爵が扇動した数多の騒動は、多くの人が被害に遭ったのだ。
彼を擁護することはできない……。できないけど、テオさんが言っていた、初代皇帝と今の皇族が協力して行う改革は見てみたい。
だって、元愛し子で、神様が手ずから作ったチートだよ?それに、皇帝陛下も神様のお気に入りだし、皇族たちもみんな秀才ばかり。
これだけの面子が揃ったら、新たな時代を作れそうじゃん!
地球では時代の流れが速くて、二十年くらいで流行も常識も変わっていったし、五十年あれば、生活様式も驚くほど変化している。百年単位ともなれば、異世界レベルで何もかもが違っていると言っても過言ではない。
つまり、長くても百年かければ、ロスランが望んでいた差別のない世界が実現できる可能性もあるわけで……。
つか、百年かかると私も死んでるわ!成果が見られないじゃん!!
待てよ。普通に寿命をまっとうする気でいたけど、八十、九十まで生きられる保証はないよね?
ある日、即死トラップに引っかかってぽっくり逝っちゃったりして……。
それと、滅ぼす方を選んだ場合って、どういうふうに滅びるんだろう?
ある日突然、人間が一人残らず消えるとかだったらいいなぁ。家族みんなで女神様のもとへ行くと思えば怖くないだろうし。
最悪なのは、人間にしか罹らない疫病が流行ってとか、子供が生まれなくなってとか、時間をかけるパターンだよね。
現代日本みたいな生きづらい世の中になるか、もしかしたらデストピアみたいな世界になるかも……。
やっぱり、死ぬときは、苦しまずにぽっくり逝きたいわ。
あとは、人間を滅ぼす利点って、この世界が平和になる以外にあるのかな?
もし地球から人間が消えたら、最初は原子力発電所が暴走したり、ダムが決壊したりといろいろな災害が起きるらしい。そして、長い時間をかけて自然環境が回復し、植物と動物の星になると言われている。
でも、こっちの世界には他の種族がいるので、環境が劇的に変わることはないと思う。
一応、こちらの世界の人間も生態系の一部なので、魔物や動物が増えるといった、小さな影響はあるはず。
あれ?ってことは……いてもいなくても一緒??
いや、いる利点がないのであれば、いない方がいいのでは?
思考が堂々巡りして、滅ぼす滅ぼさないを行ったり来たりしている。
突然、何かにグッと押されて、倒れそうになる。
無意識に手を伸ばして、何かを掴むと……ふわっとした感触のあと、髪の毛のようなものが。
――ぐるるぅ。
「ディー!?」
ついさっきまで神様のところにいたディーが目の前にいた。
「ネマが考え事をしていて動かなかったから、心配したみたい」
お兄ちゃんが状況を説明してくれたけど、私、そんなに長い時間固まってた?
神様からされたお願いについて考えていただけだが、相当集中していたようだ。
「大丈夫だよ、ディー。心配してくれてありがとう」
ディーの鬣に顔を埋め、思い切り深呼吸する。
はぁぁぁ。猫吸いならぬディー吸いは、本当に癒されるなぁぁ。
日向ぼっこしていなくてもお日様の匂いがするディーを吸うのは癖になる。
ぐるぐるしていた思考も落ち着いてきた。
ここでようやく、私の声が聞こえなくなっていることを思い出した。
風の精霊王様にお願いして、私の声を聞こえるようにしてもらう。
改めてディーとお兄ちゃんにお礼を伝えた。
そして、何かヒントになるかなと思って、悩んでいることをお兄ちゃんに質問してみる。
「ねぇ、おにい様。選んだものを後悔したときってどうすればいいと思う?」
「んー、その事柄にもよるだろうけど、複数の選択肢から一つを選んだ場合だよね?」
「二つのうちどちらかを選んで、もう一つの方を選べばよかったって……」
お兄ちゃんは少し考える素ぶりを見せたあと、例え話を出してきた。
私がさっき食べていたパエルマン。蜜がけとジャムしかなくて、ジャムを選んだとして、ジャムが好みの味じゃなかったら。
「ネマは蜜がけを選べばよかったって思うよね?」
その通りなので、私はうんと肯定する。
「でも、食べなかった蜜がけの方が美味しくないと知ったらどうかな?ジャムを選んでよかったってならない?」
ジャムは好みの味じゃないだけで、不味くないならジャムの方がいいわな。
なので、これも肯定する。
「でもそれって、どちらの味も知れたから判断できることだよね?どちらか一つしか選べないなら、選んだ方が最善なんだよ」
お兄ちゃんの言いたいことはわかる。
選んだ先の結果がわからないのであれば、選んだ方を信じろってことだろう。
「でも、他の人なら上手くやれるかも……」
「ネマが選ばなかった選択肢を他の誰かが選んだとしても、それはネマの結果ではないよ。その誰かには蜜がけが美味しいものかもしれないし、ネマと同じように美味しくないものかもしれない。もしかしたら、味覚を感じない人かもしれないよ?」
結局のところ、どんなに考え抜いて選んでも、後悔はするものなのかも。
他人を羨む気持ちと同じで、自分が選ばなかったものの方がよく見える的な。
私が選ぼうとしているものは、決定してしまえば取り返しはつかない。
ないものを作るのはとても大変だ。食べ物だったら、土壌を整えるところからスタートしなければならない。
些細なものでも、0から作るのはとても労力がかかる。
あるものをなくすのは簡単だ。やめるなり、壊すなりすればいい。
しかし、1から積み重ねてきたものも消えることになる。
毎日筋トレしていた人が筋トレをやめたら、鍛えた筋肉は当然減少する。市販のお菓子だって、生産が終了してしまえば、もう食べられない。お店だってなくなる。意外と二度と手に入らないものは多いのだ。
0を1にするのと1を0にするの、どちらにも相応の大変さがあるなら、1がある方がいいよね?
神様は、この世界には変化が必要だと言った。
人間がいなくなれば、1が0になるのだから大きな変化だ。
しかし、転生者の私がいて、日本人だった記憶を持つロスランの生まれ変わりがいて、レアな聖獣も、めったに生まれない獣王もいる大盤振舞いなこの状況、0から1、1から0と同等な変化を起こせるのではなかろうか?
やってみなければわからないが、こっちの方が楽しそう!これ重要!!
遠い未来、やっぱり人間を滅ぼしておけばよかったと思うような出来事があるかもしれない。
私が生きている間は、そんな出来事が起きないよう尽力するが、死んだあとは……そのときの愛し子に任せるしかない。
私以外の愛し子なら、出来事を解決できる方法を思いつくかもしれないしね。
私だと、家族と仲間の力を借りて、少しずつ変えていくのが精一杯だと思う。
塵も積もれば山となる。死ぬまでには、変化をいっぱい積み上げて、1を2に……いや、3くらいにはしてみせよう!
「おにい様、答えが決まったわ!ありがとう!」
「ネマのお役に立てたのなら嬉しいよ」
お兄ちゃんにぎゅーってして、ディーにもぎゅーってしてから、神様に向き直る。
「神様、先に私が答えるね」
『君がヘリオスへの問いに答えると?』
「ううん。神様が私に課した問題に答えるの」
神様は一つ頷き言った。
『転生させるときに、人を滅ぼすかどうか決めて欲しいとお願いしたやつだね?』
とたんに、大きなざわめきが起こる。
みんなを不安にさせないよう、お願いの内容は言わないようにしていたのにー!神様、もっと配慮してー!!
「ネマ、そんなことをお願いされていたのか!?」
「創造神様。言ってはあれですが、ネマですよ?」
「おい、正気かっ!?」
「創造主様も面白いことをお考えになる」
「面白がっている場合か。実行されれば、滅ぼすために動くのは我々なのだぞ?」
あれ?なんか悪口的なこと言われた??
まぁ、神様のお願いの内容が衝撃的すぎて、パニックになっているのだろう。精霊王様たちは面白がっているみたいだけど……。
『それで、君の答えは?』
「すごく悩んだけど、私は人間を滅ぼさないことに決めたわ!」
私が大きな声でそう告げると、安堵の空気に包まれた。
『一応、理由も聞いておこうか』
どうして滅ぼさない方を選んだかを神様に語る。
上手く話をまとめられなくて、似たようなことを何度も言ってしまったけど、大事な部分はちゃんと伝えられたと思う。
滅ぼしてしまうと、後悔したときに取り返しがつかないこと。みんなで頑張れば、変化を起こせるであろうこと。人間が戦争とかよくないことをしそうになったら、私の全力を以て止めること。私が死んだ以降は次の愛し子に託すことも。
「私たち人はすぐに忘れてしまうから、ロスランが願ったことも、犠牲者についてのことも、神様のことも、しっかりと後世に伝えていくべきだと思う。今日決めたことを神様との約束にすれば、けいけんな信者なら守るだろうし」
ライナス帝国の帝都やガシェ王国の王都に今日のことを刻んだ石碑みたいなのを置いたり、新しい教典を作ったりしてさ。
「それでも、その時代に生きていた者が減れば、他人事だと、昔のことだと、軽んじる者が出てくる。そうなったときこそ、愛し子や聖獣の契約者の出番だよ!干渉ができない神様でも一言、約束を守れと伝えるだけですむからね」
『出番?』
不思議そうに神様は問い返してきた。
たぶん、愛し子が挙げられるのは理解できても、聖獣の契約者までもが含まれているのが不思議なのだろう。
「だって、愛し子も契約者も、神の奇跡を体現している存在だもの。誰よりも説得力があるでしょう?」
ギィの手記には、神託は無線通信のようなものだと書かれていた。
受け取る側の感度が悪ければ、断片的にしか伝わらない。
でも、愛し子や聖獣の契約者なら、神に近しい存在と意思疎通ができる。
なので、絶対に愛し子や聖獣の契約者に伝えなければならないというわけではない。聖獣でも精霊王たちでもいいし、動物を遣わせて愛し子に直接伝えてもいい。
それでも効果がないときは、女神様に降臨してもらおう!
「ヘリオス伯爵の考えに多くの人が従ったのは、それだけみんなが神様に特別視してもらいたいってことでしょう?だから、みんな神様との約束を守ると思うし、神様に近い存在の言葉なら聞くと思うんだ」
日本人の多くは、神社やお寺に参るときに考えるだろう。
神様に守ってもらいたいし、ご利益もできたら欲しい。そして、無礼なことをしたら罰があたるから、神様には礼節をもって接しようと。
「それに、精霊が自分の行いをちゃんと見ているんだとわかれば、自らを律する人も出てくるんじゃない?」
これぞ、日本の奥義『お天道様が見ている』だ!
まぁ、日本には天照大神様と大日如来様という太陽の神様がいるからね。
もっと言うなら、あちらこちらに神様がいるから、日本人は神様に見られながら生活していることになる。
「ネマがいた世界ではそのようにしていたのか?」
私がこんなふうにできたらいいなぁってことを語っていたら、テオさんが興味を持ってくれたのか聞いてきた。
「私がいた日本には、数えきれないくらい神様がいてね。土地の神、家の神、門の神、井戸の神とか、日常生活に必要なものの神様だったり、属性を司る神様もいっぱいいるし、年……巡によっても守ってくれる神様がいるの。だから、神様に隠れて悪いことをするのは絶対無理!」
神様がたくさんいることが不思議なのか、それとも身近なものに神宿るという感覚が理解できないのかわからないが、ほとんどの人が私の話を聞いて困惑していた。
「日本人は無節操なんだよ。あれもこれも、全部神扱いしやがる」
ヘリオス伯爵よ、君も日本人だろう?
とは言っても、日本文化に馴染みがなかったら、理解しづらいかもね。
「でも、一人でも信仰している人がいれば神様だし……」
日本の神様たちは、善い神様ばかりではない。
元は怨霊だった神様や妖怪の一面を持つ神様、他の宗教の神様もしれっといたりする。
なので、罰を与えたり、祟ったりする怖い神様も当然いる。
「宗教って、ただ神様にお願いごとをしたり、守ってもらうためだけじゃないと思うんだ。善悪の判断、人生の教訓、倫理観。そういったものを身につけるきっかけになるものでしょう?」
ヘリオス伯爵は急ぎすぎたんだよ。
自分が生きているうちにって思ったんだろうけどさ。
「神様に近い存在を通じて、他種族との共和を説いて……いや、もはや文化!もはや日常!っていうくらいに根付かせるのよ!!」
ワッハッハッと笑い声が出そうになったが、お兄ちゃんのおかげで笑うタイミングを逃す。
「つまり、ネマが新しい宗教を作って、大陸中に広めるってことかな?」
…………お兄ちゃん!?
びっくりしすぎて、お兄ちゃんをガン見する。
話のどこに、大陸征服なんて要素あった!?
「なるほど。創造神様の愛し子が教祖となり、聖獣の契約者たちが賛同すれば、それも可能か」
テオさんが神妙な面持ちで納得する。
いやいや、納得するんかい!
心の中でのツッコミが追いつきそうにないので、まずは深呼吸をして落ち着く。
「新しい宗教じゃなくて、創聖教の方針を変えたり、神代聖教を広めるとかでもいいと思うんだけど……」
私が教祖とか、怪しいカルト宗教になっちゃう!
前にもふもふを宗教にして……って考えたことはある。
はっ!もふもふ教を作らなくても、もふもふは尊いを新しい教えにねじ込めばイケる!?
もふもふを愛でることは、他種族との共和の一歩とかなんとかさ。
そうやってもふもふを布教していけば、創聖教がもふもふ教になる日も……。
これは、夢があるぞ!
お兄ちゃんのとんでも発言ではあったが、不可能だと思っていたことが現実味を帯び、徐々に興奮してきた。
「神代聖教の方はネマに好意的だし、創聖教には伝手があるから、やろうと思えばできるな」
おぉ!ヴィももふもふ教に入信する気ですな!
「皆様、想像を膨らませるのはよいですが、創造神様との約束を決めないことには動きようがないことをお忘れなく」
ヴィやテオさんといった身分の高い人たちが乗り気だったからか、パパンがあらぬ方向に行こうとしていた流れを断ち切る。
「そうだな。では、やはり創造神様の望みは欠かせないだろう」
ヴィはそう言って、神様にもっとも叶えたい望みを尋ねた。




