閑話 はずれ皇子と呼ばれていた僕。後編(アイセント視点)
レジーとアイヴィーは必ず戻ってくる。
そう信じて、僕は二人を見送った。
「よい友達を持ったな。しかし、二人が戻ってきたら、彼らは友達ではあるが、臣下でもある。それを忘れないようにね」
最初は父上に釘を刺されたのだと思った。
だけどしばらくして、僕に心構えを説いていたんだと気づいた。
ルイ叔父上とストハン侯爵は幼馴染みで気安い関係だけど、公式の場ではそんな素ぶりを見せたことはない。
あんなふうに、公私の区別をつけなさいってことを、父上は言いたかったのだろう。
それなら、僕は二人が仕えていても恥ずかしくない皇子にならないといないと思った。
テオ兄上やクレイ兄上に警衛隊の運用方法を教わり、自分の身を守れるように剣術の授業は真剣に受けたし、勉強でわからないことはエリザ姉様に教えてもらった。
年齢的なものもあるだろうが、皇族としての最低基準は満たしたのか、少しずつ公務を任されるようになる。
そうするとどうだろう。僕をはずれだと言っていた貴族の中から、自分の子供を勧めてくる者が現れた。交遊会にぜひ招待して欲しいと言って。
あぁ、そうか。この貴族たちは立派な皇子を求めていたんじゃなくて、自分たちに利益を与えてくれる皇子を求めていたんだ。
皇族であれば公務として、様々な事業が割り振られることがある。
例えば、新しく道を作るときは、たくさんの土属性持ちと人足、たくさんの資材が必要だと習った。
属性持ちは国が大工組合に依頼したり、足りない場合は軍部から派遣したりもするが、人足は現地で募集する。
すると、その領地に住む者に給金が渡り、経済活動も動くようになるし、道を作っている周辺で商売をする者たちも出てくる。
必要な資材はそれを作っているところから仕入れるわけだから、作っている領地や商業組合、彼らに雇われている者たちの利益となる。
これが、領民の生活を豊かにするため、領地の産業を活性化させるためという理由であれば、兄上たち、特にクレイ兄上なんかは率先してその貴族の話を聞くだろう。
しかし、擦り寄ってくる貴族のほとんどが、その利益を懐に貯め込むことを目的にしていた。
そういった貴族はなぜか口が軽く、互いに悪行を自慢し合っていたりする。
僕に聞こえていないと思っているのか、それともはずれ皇子にはわからないと馬鹿にしているのか。
でも、あえて僕はそれを利用することにしたんだ。
僕が手に入れた情報は、然るべきときに父上や兄上たちに渡せばいい。
そう、ニールのときのように、絶対に言い逃れできない場面を作って……。
それから僕は積極的に貴族たちと交流を持つようになった。特に、父上や母上に反感を持っている貴族たちの子供と。
お祖父様はあのとき、この親にしてこの子ありだと言っていたが、本当にそうだなと実感することが多々あった。
だけどたまに、この子は僕と同じだなっていう子が来る。
親に尊厳を踏みにじられ、自己肯定感がなく、どこにも居場所がない子が。
僕には気づかせてくれる兄やお祖父様、一緒に悔しがってくれたレジーとアイヴィーがいたが、彼らにそんな存在が現れるだろうかと考えたとき、閃いてしまった。
僕が居場所を与えればいいのだと。そして、彼らを自分の臣下として育てるのだと。
救い上げて、恩を売って、僕の心象をよくしたところで、裏切るやつは裏切るだろう。
でも、可能性をできるだけ排除して、少数で互いに監視し合えば、敵に落ちた者はすぐわかる。
テオ兄上やクレイ兄上のようには、僕はできない。僕が他人を信用することはないから。
交遊会に招待する者にそういった者を優先的に選び、慎重に距離を保ちながら、子供たちを引き抜いていく。
喜ぶ親が多かったが、子供たちが使えるようになったら、家とは縁を切らせるつもりだ。縁を切れば、僕を裏切るような行為を指示される心配も減るからね。
その頃になると、レジーとアイヴィーが僕のところに戻ってきた。
二人とも警衛隊に入っても遜色ないくらい強くなっていた。
でも、僕は二人を警衛隊には入れずに、レジーを側近に、アイヴィーは一般の侍女として採用試験を受けさせた。
アイヴィーの役目は、宮殿内での情報収集や情報の操作をしてもらうためだ。
焦らず、ゆっくりと、宮殿だけでなく、他の貴族の屋敷にも自分の手の者を潜入させていく。
何巡後になるかわからないが、兄上たちの誰かが玉座に座るときには、そこそこ綺麗になっているだろう。
ある程度人員を確保できたら、僕は兄上たちと少し距離を置くようにした。
距離がある方が客観的に見られるからね。
兄上たちはそのつもりがなくても、兄上たちの周りはどう動くかわからない。
自分が仕える皇子が契約者となる確率を上げるために、他の皇子たちを消そうとするかもしれない。
だから、兄弟の周辺と従姉妹のマーリエ、ガシェ王国の王太子であるヴィルヘルト兄上を調べることにした。
他国の王太子を調べるのは大変だったけど、相応の価値はあった。
ヴィルヘルト兄上は凄い。幼い頃に天虎と契約しただけでなく、政敵には容赦せず、日和見貴族を宗旨替えさせたり、内密に私兵を率いることもしているようだ。
ヴィルヘルト兄上には兄弟がいないから、よほどのことがない限り、玉座は約束されている。
それに甘んじることなく、常に先……自分が国王になったときのことを考えて行動しているように感じられた。
テオ兄上やクレイ兄上が幼い頃に聖獣と契約できたとしても、ヴィルヘルト兄上のようにはなれなかっただろう。
父上と伯父上たちの関係のように、なんだかんだ言いながら、兄弟が手を差し伸べてしまうからだ。
それが甘えだとは思わない。
分担することによって一つ一つに集中できるし、効率も上がる。
だけど、それを一人で成そうするヴィルヘルト兄上は、誰もが思い描く理想の皇子に近い。
気がつけば、ヴィルヘルト兄上に憧れのようなものを抱くようになった。
ヴィルヘルト兄上が宴に参加することになり、僕は少しでも話せたらいいなと高揚していた。
「アイセ、少し話せるか?」
「え、はい……」
ヴィルヘルト兄上から声をかけられ、僕は別室に連れていかれた。
人に聞かれたくない内容のようだが、僕には心当たりがない。
「アイセ、俺を調べるのは構わないが、精霊と意思疎通ができる者を調べるときは、エルフか精霊術師を使え」
突然そんなことを言われて、僕は返す言葉が見つからなかった。
だって、ヴィルヘルト兄上には全部筒抜けだったってことだろ!?気まずいし、恥ずかしい!
「……ごめんなさい」
「気にしなくていい。エリザも同じことをしてきたし、探られて困るようなこともない。さすがに国政に関わることだったら対処させてもらうが」
ヴィルヘルト兄上の目は本気だ。
ガシェ王国の機密を一つでも探ろうとしていたら、ヴィルヘルト兄上にやられてたかもしれない。
それから、少しだけ精霊について教わった。
精霊たちは、契約者についての事柄を嬉々として契約している聖獣に伝えるそうだ。
僕がヴィルヘルト兄上を調べたときも、精霊から暴露されていたわけか。
さらに、精霊はとにかく正直で、抽象的な言い回しを好むものが多いとも。
なので、精霊を誤魔化す技術と精霊から情報を聞き出す話術が必要らしい。
「エルフは精霊に傾倒しすぎることがあるから、使うなら精霊術師の方がいい。精霊同士の方がやりやすいそうだ」
ヴィルヘルト兄上は天虎と契約しているから、直接精霊とやり取りができる。
誰かから聞いたことのように話すということは、ヴィルヘルト兄上の臣下に精霊術師がいるのだろう。
とはいえ、精霊術師の数はそんなに多くはない。自分の手駒に加えるのは難しそうだ。
「お前が何をやろうとしているのか、だいたい察してはいるが……いいのか?つらい思いをするだけかもしれないぞ?」
精霊はそんなことまでヴィルヘルト兄上に伝えたのか!?
「……うん。ヴィルヘルト兄上みたいに上手くはできないと思うけど。それに、僕は誰かを心から信用するのは無理だから」
知られているならと、僕は正直な気持ちを告げた。
「俺がお前にしてやれることは少ないだろう。だが、従兄弟として相談に乗るくらいはできる。それと、ヴィルでいい」
僕が人を信用できないと言ったからか、一国の王太子として、一人の従兄弟として、偽りなく告げてくれた。
他国の皇子にかまけている暇があるなら、自国のことを気にかけるべきなのは当然だ。
それでも相談に乗ると、愛称を呼べと言ってくる姿は格好よかった。
「ありがとう、ヴィル兄上」
◆◆◆
兄上たちと距離を置くようになってから、変わったことはたくさんある。
そのうちの一つが、僕が反抗期だと言われるようになったことだ。
けして反抗期ではない。僕は僕の意思で、やりたいことを成すために行動しているだけだ。
「アイセ、貴方、反抗期なの?」
それなのに、エリザ姉様がわざわざ僕の部屋に来て、放った一言目がこれだった。
「はぁ?そんなの、どうでもいいでしょう?」
「そうね、好きにすればいいわ。でも、面白いことはちゃんと教えなさいよ!」
「面白いことって何さ……」
エリザ姉様の訳がわからない発言に戸惑う。
「んー、例えば、強欲女のこととか」
「あの人のことなら、姉様も調べているじゃないか」
なぜか昔からエリザ姉様は、あの人……マーリエの母親であるマリエッタ・エンレンスを強欲女と呼ぶ。
まぁ、調べてあるからわかるけど、確かに強欲がすぎるきらいはあるね。
「マーリエがあれみたいになったら困るのよ。潰さないといけなくなるんだから」
一応、親族としての情は少なからず持っているのだろう。
しかし、マーリエの準皇族という立場上、伯父上の足を引っ張るようであれば、容赦はしないと。
「ふーん。ま、そうなりそうなら誰かつければいいだけでしょ」
エリザ姉様の手駒を、マーリエの侍女なり、友人なりにして近づけて、言動を誘導すればいい。
子供のうちなら簡単に騙されてくれるよ。
「それもそうね。じゃあ、反抗期はほどほどにしておきなさいよ。クレイ兄上がうるさくなるから」
さっきまで好きにすればいいと言っていたのは誰だ。
僕が距離を置いたことで、エリザ姉様やダオにもクレイ兄上の注意が向くようになってしまったのかもしれない。
周囲からは反抗期だと思われている中、家族との交流を減らせば、面白いくらいに反皇族派が釣れた。
その釣れた貴族からあることを耳打ちされる。
『ぜひ、ヘリオス伯爵ともお話を』
「そう。じゃあ、用意しておいて」
僕がそう返すと、耳打ちしてきた貴族はにんまりと笑った。
ヘリオス伯爵か。男性の装いを好み、エリザ姉様と仲がいいくらいしか知らないな。
エリザ姉様だってヘリオス伯爵の身辺調査はしているだろうに、それに引っかからないくらい上手く隠しているのか。
無駄になるとわかっていて、僕はヘリオス伯爵を調べるよう命じた。僕が調べないのも不自然だからだ。
場合によっては、誰かを送るよりも、僕自身が潜った方がいいかもしれないな。
釣れた貴族が用意した場は、彼に子供が生まれたという祝いの宴だった。
僕は彼と付き合いがあるからと、皇族を代表してその宴に出席した。
主役は生まれた子供であるが、主催である貴族に挨拶するために声をかける。
「歓談中に失礼する。ウィーラー伯爵、息女の誕生おめでとう。男親にとって、娘は可愛いと聞くが、貴殿もそうなのだろうね」
そう、子供の誕生を祝えば、ウィーラー伯爵は珍しく相好を崩した。
「いやぁ、お恥ずかしながら、本当に娘は可愛くてですね。妻に抱っこ癖がついたら困ると叱られる次第です」
ウィーラー伯爵が近づいてきた時期からして、僕に取り入るための駒を欲したんだと思っていた。男の子なら将来の側近に、女の子なら結婚の相手にと。
しかし、今のウィーラー伯爵を見ていると、初めての娘に歓喜している父親にしか見えない。
しかし、この男が野心的であるのは変わらないだろう。
「殿下、ご紹介いたします。私が何かと世話になっているヘリオス伯爵です」
ウィーラー伯爵の歓談相手がヘリオス伯爵だった。
名前は知っていても、実際に会話をするのは初めてだ。
「名前は存じています。エリザ姉様が懇意にしているそうで……」
あの姉を相手にするのは大変だろうという含みを持たせると、ヘリオス伯爵は人好きのする笑みを浮かべて、エリザ姉様を褒め称えた。
その日は顔合わせ程度のつもりだったので、ヘリオス伯爵とは内容のない会話を交わし、別れた。
それ以降、反皇族派の貴族が主催する宴や宮殿の行事などでヘリオス伯爵との交流を続けた。
交流を重ねて、僕がヘリオス伯爵に感じた印象は、僕と同じだってこと。
ヘリオス伯爵も人を信用していない。疑り深いとかではなく、最初から信用する気がない。
それなのに、彼女は妙に人を惹きつける魅力がある。彼女が言うなら……と、彼女の言葉を信頼する貴族を何人も見かけた。
そして、彼女との時間は心地がいい。僕はヘリオス伯爵を信用していない。ヘリオス伯爵も僕を信用していない。表面には出さないけど、ヘリオス伯爵もわかっているはずだ。
「アイセント殿下、最近何やらお悩みの様子ですが、お力になれることはございますか?」
今日は、母上の失脚を狙っている、表向きは中立派の貴族に呼ばれた宴だ。
そこで、ヘリオス伯爵が仕掛けてきた。
「そんなことはない。何も問題はないよ」
ヘリオス伯爵も僕が素直に言うとは考えていないだろう。
だから、その通りに返す。
「私が親しくしている神官がいるのですが、お会いしてみませんか?彼は神職ですので、殿下のことを口外することはありません」
僕は思わず笑いそうになった。
創聖教の神官にはもちろん真面目な方も多いが、ここにいる貴族と付き合いがある神官なんて程度が知れてる。
「神官か。僕はそんなに信仰深くはないんだけど……」
「雑談程度でいいのです。神官は私たちとは異なる視点を持っていますので、面白いですよ?」
ここまで引っ張ればいいか。
僕はヘリオス伯爵がそこまで言うならと、神官と会うことを承諾した。
後日、ヘリオス伯爵に案内されて向かったのは、帝都で一番大きな教会。
そこの一室に通され、僕は大事な話だからと、レジーと警衛隊を外で待機させる。
「アイセント殿下、こちらはライナス帝国の神官長をなされているカーリデュベル様です」
「お目にかかれて光栄にございます。創造主様と女神様の信徒、カーリデュベルと申します」
これには驚きを隠せなかった。
神官ではなく、神官長という大物が出てくるとは思わなかったからだ。
ヘリオス伯爵を調べた中に、神官長と交友があるという記述もない。
「驚きました……。ヘリオス伯爵からは神官だと伺っていたので」
「それは失礼いたしました。彼がまだ神官になったばかりの頃からの付き合いですので、つい」
長い付き合いであるようだが、それもどこまで本当か。
「では、私も席を外します。神官長、殿下のこと、頼みますね」
神官長はヘリオス伯爵に礼をし、僕へと向き直る。
ヘリオス伯爵が完全に出ていってから、彼が口を開いた。
「緊張なさらないで……というのも難しいと思いますので、少し殿下のことをお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「あぁ、構わないよ」
神官長の質問は、たわいもないものばかりだった。
最近読んだ本は何か、面白いと感じた授業は何か、動物は好きかなどだ。
本題までの導入にしては、退屈すぎる。
「お話を聞く限り、殿下は自身の務めを立派に果たそうとなさっておいでです。ですが、そのせいで自分を追い詰めているようにも感じます」
「そんなことはないと思うけど?」
「自分では気づきにくいこともございます。心の休養と思い、しばらくはご自身の好きなことをなさってみてはいかがでしょう?」
好きなこと、と言われてとっさに思い浮かぶものはない。
「体を動かすのもよいですし、近場に旅をするだけでも見識は広がります」
僕が宮殿にいると不都合なことがあるのか?
貴族たちの動向はある程度把握している。何か動きそうな気配はなかったと思ったが……。
「皇族の皆様には難しいと思われますが、一人の時間というのも大切です。己が心を見つめ、己を反省し、己に歓喜する。そのような時間を持てておられますか?」
「つまり、自身と向き合えということですね?」
それなら散々やってきた。
皇子である僕、アイセントである僕、はずれである僕。すべてひっくるめて、僕がどうありたいのかを考えた結果が今だ。
将来、今の選択を後悔することもあるかもしれない。
それでも、僕は僕なりに、皇子として働く。それが、父上の意にそぐわない方法だとしても。
「……僕、以前は消極的な子供だったんです。エリザ姉様がぐいぐい行くから、それについていけば大丈夫みたいな。でも、羨ましいとも思っていました。兄姉はみんな、皇族としての資質を発揮しているのに、僕には何もないと」
神官長は黙って僕の話を聞く。
彼に植えつけるのは、劣等感に苛まれている子供の顔。
上手く誘導すれば、傀儡にできそうな危うさがある、そんな頼りない皇子。
嘘であり、真実でもあることを吐露すれば、神官長は憐れみ、慈しみの笑みを浮かべて言う。
「あなたはあなたです。あなたにしかできないことがあります。そのように創造主様がお創りになられたのですから」
そういえば、創聖教には至上派という派閥があったな。人がもっとも至上で、他種族の上に立つべきという主張の。
多くの種族を民とするライナス帝国とは反対の思想だが、この神官長が至上派だとしたら……。
ライナス帝国を内側から壊す気か?
ライナス帝国では国政にも国防にも、エルフ族や獣人が数多く携わっている。
そこに亀裂が入れば、反乱が起きる可能性もあるわけだ。
もう少し調べてみないとわからないが、ヘリオス伯爵は敵と見ていいだろう。それもかなり厄介な。
父上の、兄上たちの治世に害をおよぼすのであれば、最悪、この身と引き換えてでも潰す。




