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閑話 はずれ皇子と呼ばれていた僕。前編(アイセント視点)

あけましておめでとうございます

今年ももふなでをよろしくお願いします

僕は、ライナス帝国皇帝の第四子として生まれた。

小さい頃は、以前のダオのように消極的で、いつもエリザ姉様に引っ張られているような子供だった。


「いいこと、アイセ。兄弟の中で誰が聖獣様に選ばれてもうらみっこなしよ!」


「僕はえらばれないから大丈夫だよ」


ダオが生まれる少し前、エリザ姉様からそんなことをよく言われていた。

今にして思えば、エリザ姉様も不安だったのだろう。

弟妹が生まれるのは嬉しいが、将来その子は敵になるかもしれないと。

だから、僕だけでも敵にならないで欲しい、そんな気持ちが込められていたのかもしれない。

まぁ、今のエリザ姉様なら、僕が敵になったところで相手にすらしてくれないだろうけどね。


当時の宮殿では、誰が聖獣に選ばれてもおかしくないと言われていた。僕を除いて。

テオ兄上は無愛想だけど文武に優れていて、クレイ兄上は誰からも慕われるほど社交性に優れ、エリザ姉様は利発的で、人を惹きつける魅力があった。

幼い僕に皇帝としての資質を示せ、なんて直接言ってくる馬鹿はいなかったけど、はずれ(・・・)とは思われていただろう。

昔も今も、僕は皇帝になりたいなんて考えたことはない。あの兄姉を押し退けて、僕が聖獣に選ばれるなんて絶対にありえないからさ。


そして、ダオが生まれた。

生まれたばかりのダオは、小さくてしわくちゃだった。

少し離れたところから、様子を(うかが)うように赤ちゃん用の寝台を覗く。

うかつに近づいたら、傷つけてしまうんじゃないかって不安になるくらい、ダオは小さかった。


「アイセ、しっかり顔を見せてあげなさい。ダオ、アイセ兄様だぞー」


クレイ兄上はやたら興奮していたけどな。

僕を抱き上げて、寝台で寝ているダオに近づけて、僕の名前と顔を覚えさせようとした。

生まれたばかりで顔を識別できるわけないのに。


ダオが生まれてからしばらくは、たくさんの貴族が祝いの言葉を述べるためにわざわざ宮殿を訪れていた。

それならそれで大人しくしていればいいものを、口汚く(さえず)る者の多いこと。


「お生まれになった皇子も、西愚(せいぐ)の民の色だったらしいぞ」


西愚の民とは、小国家群を始めとするラーシア大陸西部に住む民族の蔑称(べっしょう)だ。

このときの僕は言葉の意味を知らなかったが、貴族たちの態度からいい意味ではないことは察していた。

おそらく、二代続けて地方から后が選出されたことも、古い貴族たちは許せなかったのだろう。

母上と違い、皇太后であるお祖母様が表だって言われないのは、お祖母様が聖獣の契約者だったから。

それでも、地の聖獣ではなく、水の聖獣だったらという声もある。


クレイ兄上はどうして、こんな貴族に朗らかに笑っていられるのだろうか?

僕だったら無理だ。

弟も……ダオも、皇子なのに蔑まれ続けるのかな……。


僕の皇族としての勉強が本格的に始まったのは、ダオが生まれてしばらくしてのことだった。


「いつまでも末皇子の気分ではいけません。アイセント殿下は兄君になられたのですから、ダオルーグ殿下のよき見本とあられますよう」


どの教師に言われたか覚えていないが、この言葉に反発を覚えたのは確かだ。

見本なら、テオ兄上やクレイ兄上がいるじゃないかと。

それとも、はずれの僕を見本にして、ダオもはずれにするつもりなのかと。

だからかな?僕は勉強に身が入らなかった。

怒られない程度にはやるが、真面目にはやらない。授業から逃げたこともある。


あれはそんな日だったと思う。

授業を受けるのが嫌になって、教師のもとには行かず、庭でふらふらしていた。


「アイセ、どうした?今日は歴史の授業ではなかったか?」


なぜか庭にテオ兄上が来た。


「……テオ兄上はなんで?」


わざとテオ兄上に答えず、逆に聞き返す。

するとテオ兄上は、表情を変えずに右手に持っている物を掲げた。


「少し試したくてな」


テオ兄上の手にあったのは、大きな両手剣。普段、テオ兄上が愛用している両手剣よりも大きくて長かった。

テオ兄上には、変わった武器を集めるという趣味がある。

トゥーエン伯父上も何か集めていると聞くし、趣味とはそういうものかと思っていたが、エリザ姉様が「あれは蒐集癖(しゅうしゅうへき)と言うのよ」と教えてくれた。


「お前も振ってみるか?気晴らしにはちょうどいいぞ」


テオ兄上が誘ってくれたことが意外で、僕はそれも気になって頷いた。

テオ兄上が両手剣を持ってくれている状態で、僕が柄を握る。

握りの部分も僕の手には大きすぎて、テオ兄上が持ってくれていても重くて、振るなんてできなかったけど、それでもドキドキした。

だって、両手剣はとても強そうで、それを持った僕も強くなれたような気がしたから。


「さすがに大きすぎるか。誰か、アイセが振れそうな木剣を持ってこい」


「はっ!」


テオ兄上の警衛隊の獣人が走ってどこかに行ってしまった。

彼が戻ってくるまで、テオ兄上の素振りを見せてもらう。

テオ兄上の背丈より少し短い両手剣を、テオ兄上は軽々と構えてみせた。

そして、振りかぶるごとに、ブンッと空気を斬る音がする。


「すごい……」


大人でも扱うのが難しそうな剣なのに、テオ兄上が扱うと普通の剣のように見えた。

僕はまだ、剣術の授業は体作りからと、柔軟や走り込み、簡単な構えくらいしか教わっていない。

だけど、剣術の授業だけで、こんなにできるようになるのかな?やっぱり、テオ兄上には才能があるから、こんなにも強いのかな?

その才能が少し羨ましいと思った。僕にはないものだから。


木剣が届き、僕に渡しながらテオ兄上が言った。


「アイセ、剣は力だ。俺はこれがあるから、ここ(・・)で生き延びられていると言える。だが、力は剣だけではない。クレイの社交も、エリザの頭脳も、すべて力だ。剣がお前に向いているかはわからないが、お前が自分の力を見つけるきっかけになればいい」


僕はこのとき、呆気に取られた顔をしていただろう。

テオ兄上がこんなにたくさんしゃべるとは思わなかったから。


「力……僕にあるかな?」


「あるさ。お前はこのライナス帝国の皇子で、俺の弟だからな」


テオ兄上が僕の頭を撫でた。少し痛かったけど、僕にはテオ兄上が照れ臭いのを隠すために撫でたんだと感じた。無表情のままだけど……。


「さ、アイセ。構えてみろ」


それからテオ兄上は、僕の構えや素振りを見て、たくさんの助言をくれた。

テオ兄上とこんなふうな時間を過ごすのは初めてだったかもしれない。

そして、このあとは二人揃って怒られた。

僕は、歴史の授業を受けなかったことを。テオ兄上は、体に合わない剣を振り回したことを。


「テオヴァール殿下の才能は目覚ましいものがございますが、成長途中に無理をすると、剣を握れなくなりますよ。あと三巡は我慢してください。いいですね?」


テオ兄上は珍しく、不服そうな表情をしていたが、剣を握れなくなるのは嫌なのか、黙って頷いた。


「アイセント殿下も、早く剣を持ちたいと思われるでしょうが、テオヴァール殿下を真似てはいけませんよ?体に見合った鍛練をしなければ、治癒魔法でも治せない怪我をする危険もありますから」


治癒魔法でも治せない怪我と聞いて、僕は怖くなった。テオ兄上もいつかそんな大怪我をしてしまうんじゃないかって。


「テオヴァール・シィ・ライナスの名に誓う。今から三巡は、体に合わない武器の使用を五振り以内にすると」


テオ兄上が名に誓ったことに驚いたのと同時に、その内容がなんともテオ兄上らしくて気が抜けた。


「これで安心か?」


安易に名に誓うなと、また怒られてしまったテオ兄上だが、弟のためだと言ってくれた。

僕のために名に誓ってくれたことが凄く嬉しい!


それから僕はいろんなことを考えた。

僕の力はなんだろうか、僕も兄上たちやダオのために何かできるだろうかと。

考えても考えても答えは見つからず、気づけば時間だけが過ぎていた。


テオ兄上が名に誓った三巡も過ぎ、テオ兄上は揚々と大きな武器を使うようになる。

たまにやりすぎだと怒られているみたいだけど。

僕はクレイ兄上にいろいろ教わりながら、警衛隊の運用方法を学んでいるところだ。

隊長と副隊長を指名しなければいけないのに、僕はまだ選べていない。

ずっとついていてくれた隊長がそのまま続投する方がいいとは思うけど、なんか違う気がして……。


ダオも大きくなって、僕と遊べるようになったけど、ダオの隣にはいつもマーリエがいた。

トゥーエン伯父上の娘だからって、毎日宮殿に来るのはおかしいんじゃないか?

マーリエがトゥーエン伯父上に会いにいっている様子もないし。

エリザ姉様に言ったのに、真面目には受け取ってもらえなかった。

マーリエにも準皇族としての勉強が必要だし、裏で強欲女が手を引いていても問題はないと。

エリザ姉様が言う強欲女が誰かわからないが、エリザ姉様がそう言うならと、僕は引き下がる。

でも、僕はマーリエが不気味に思えて、ダオと会うことも控えるようになった。


結局、僕は誰かのために何かしてあげることはできないのかもしれない。

そんな力が、僕には最初からないのだとしたら、僕は皇子である意味があるのかな?


◆◆◆


庭をぼんやり眺めていたら、隣に誰か座ってきた。


「何やら悩んでいるようだな、アイセ」


「お祖父様!?」


お祖父様だとは思わなかったので、凄くびっくりした。


「今度、エスカト領へ視察に行くのだが、アイセも一緒にどうだ?」


「エスカト領って……」


僕は少し離れたところで護衛している警衛隊員を見る。彼の家名がエスカトだからだ。


「先代のエスカト子爵は儂のところの隊長を務めていた。あやつはその次男にあたる」


お祖父様の隊長を務めていたという前エスカト子爵とはお会いしたことないが、子供も警衛隊に選ばれるなんて凄いなと思った。

今、僕についてくれている警衛隊は第一体制で、父上や母上、お祖父様やお祖母様の警衛隊隊長たちから推薦された者たちで編成されているらしい。

第二体制からは僕の意見が強くなるので、僕が引き抜いたり、辞めさせたりできるそうだ。


「でも、僕のけいえい隊はまだ第二体制じゃないから……」


宮殿の外に行けるようになるのは第二体制が整ってからだと、クレイ兄上にも言われている。

だから、僕はまだ一度も宮殿の外に行ったことがない。


「なに、儂と行動するのだから問題ない」


お祖父様が問題ないというのなら本当なのだろう。

それなら、行ってみたいな。

僕は小さな声で、そうお祖父様に言った。


「そうか。では、しっかりと準備をせねばな」


そう告げるお祖父様はどこか嬉しそうだった。


数日後、本当にお祖父様と視察に行くことになった。


「アイセとお出かけができるのが嬉しいからと、はしゃぎすきないようにしてくださいね」


朝も早かったから、お見送りはお祖母様だけだったが、お祖母様はお祖父様に釘を刺す。

僕と出かけるくらいで、お祖父様がはしゃぐなんて思えないけど?


「アイセも気をつけていってらっしゃい。何かあったら、すぐにお祖父様に言うのですよ?」


「はい、お祖母様」


お祖母様のことは大好きだ。

たまにしかお会いできないけど、いつも僕を優しい目で見てくれる。

お祖母様にいってきますと手を振り、馬車が出発した。


いつもはサチェ様に乗って移動するお祖父様も、今日は僕と一緒の馬車に乗ってくれている。


「サチェ様はどこに?」


聖獣は公務のときも常に一緒なので、どこかにいるはずだけど姿は見えない。


「今は雲の上で遊んでいるのではないか? 満足すれば戻ってくる。アイセが心配するなら、ここに呼ぼうか?」


お祖父様はそう言って、小さな水の球を魔法で出してみせた。

水の聖獣は、水さえあればどこにでも移動ができる。だけど、馬車の中に呼ばれると、狭すぎてサチェ様に押し潰されそうだ。

サチェ様の邪魔をしたくないからと言って断り、窓の外に目をやる。

帝都の街並み。宮殿の高いところから見る光景とは違い、人々の生活がはっきりと感じられる。


帝都の中も、帝都を出てからも、初めて見るものばかりで、お祖父様にたくさん質問をした。

お祖父様はそんな僕に呆れることなく、一つ一つ丁寧に教えてくれる。

二日ほどかけてたどり着いたエスカト領は、山間にある領地で、主な産業が木材と鉱山という、ライナス帝国ではとりわけ珍しい場所でもなかった。

お祖父様曰く、突出したところはないが、長く安定している領地だと。

領地を発展させることも大事だけど、一定を維持することも難しいことだと、お祖父様は感心していた。


「じゃあ、発展させるのと維持するの、どちらがいいんですか?」


領地が発展すると、そこに住む人の生活が豊かになると教わった。それなら、発展したいと誰もが思うだろう。


「どちらがいいとは言えぬが、調整次第であろう」


上手く理解できなかった僕に、お祖父様は例え話を話す。

生活が豊かになるということは、それまであった生活が変わるということ。

市井で生まれ育った者が、実は貴族の子供だったと貴族社会に放り込まれたらどうなるか?

衣食住は豊かになるだろう。だが、急に変わった生活に慣れることができるかと言えば、その者の能力にかかってくる。

では逆に、平民の子が官吏試験に受かり、長い年月をかけて出世し、貴族と同等の生活を送れるようになったとしたらどうか?

最初は宮殿の寮に住んでいたが、立場と給金が上がるごとに、寮から集合住宅へ、集合住宅から一軒家へ、一軒家から一等地の屋敷へと、時間と段階を経て変わっていけば、その者が混乱することもない。


「急激な変化は多少なりとも(ひず)みを伴う。それを最小限に抑えるのも領主の務めだ」


変化を望んでいない者にとっては、発展は逆に暮らしづらく感じるのかもしれない。


「領主って大変なんだね」


「領主だけではない。我々も一つの方向だけでなく、様々な角度から物事を見なければならない」


なんとなく、お祖父様の言うことがわかった。

テオ兄上は寡黙で理性的な人だと思っていたけど、武器に関しては子供っぽくなってしまう一面があったり。

エリザ姉様は、頭も切れるし行動力もあるけど、意外と性格が悪かったり。

クレイ兄上は人当たりがいいけど、凄く心配性だ。

人は、いろいろな顔を持っているんだって。


エスカト子爵の屋敷に到着すると、前子爵と現子爵、子爵の子供たちが出迎えてくれた。


「陛下、はるばるおいでくださり、ありがとうございます」


「なに、エイダンが退屈しているだろうと思ってな」


前子爵が礼を取ると、お祖父様は気さくに肩を叩いて笑う。

前子爵は歳が理由で隊長を辞したと聞いていたけど、まったくそんな年齢には見えない。

引退しても体を鍛えているのか、現役の警衛隊員と引けを取らない体つきをしている。


「アイセント殿下、エイダン・エスカトがご挨拶申し上げます。殿下がお生まれになる以前に、太上陛下の警衛隊隊長を務めておりました」


前子爵は丁寧に挨拶してくれたけど、僕はなんて返していいかわからなくて、焦ってしまう。


「あ、よろしくお願いします……」


小さな声で、一言返すのが精一杯だった。

それから現子爵と、現子爵の子供たちも紹介される。

現子爵は前子爵と違って、文官のような雰囲気を持つ方で、子供たちは僕より少し年上の双子と、クレイ兄上と同じくらいの少年がいた。


「下のレジーとアイヴィーは殿下と歳も近いので、よければ一緒に遊んでください」


双子の男の子と女の子は、緊張した顔で僕を見ていた。


「……よろしく。僕、あんまり遊んだことないけど……」


「じゃあ、私たちが教えます!」


アイヴィーと呼ばれた女の子が、大きな声で告げる。

そのあとすぐ、恥ずかしそうに俯いてしまった。

困ってお祖父様を見上げると、お祖父様はポンポンと僕の背中を叩く。


「……うん、教えてくれると嬉しい」


お祖父様に励まされた気がして、僕は正直な気持ちを口にした。

アイヴィーは俯いていた顔を上げて、にっこりと笑う。それを見て、ちょっとホッとした。


このとき僕は、この二人との付き合いは一過性のものになると思っていた。

僕ははずれ(・・・)だから、誰も僕につきたいなんて思わないだろうから。

年始めがネマではなく他キャラのお話ですみません。(予約のときに気づいたアホです)


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