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退屈を紛らわせるには行動あるのみ!

部屋を移動した翌日。

私はミーレにあるお願いをすることにした。


「時間潰しにししゅうがしたい!」


「刺繍ですか?」


「そう!」


普段の私なら言わないようなお願いだが、ちゃんと理由はある。

玉を服の中に隠すのが不安!いつポロリと落ちるかヒヤヒヤする!!

常時気をつけねばならないストレスもあり、いっそのこと服に縫いつけてしまえと考えたのだ。


「刺繍が刺せるなんて凄いですね。道具を用意してもらうので、少しお待ちください」


監視が外れるチャンスかと思ったら、ミーレは扉の外にいた誰かに言付けて、すぐに戻ってきた。

まさか、扉の前に見張り役もいるの?昨日は誰もいなかったのに……。

私がうろちょろしそうだと、見張りを増やされたのかもしれない。

うーん、油断させるために、しばらくは部屋で大人しくしておくべき?

でもなー、ここは遊び道具がないし、退屈すぎてお外に出たくなると思う。

まぁ、ミーレがずっと一緒にいるみたいだし、見張り役が増えたところで変わらないか。

やっぱり明日はお外に行こうと決心したところに、お待ちかねの裁縫道具が届いた。早かったな。


「わぁ!糸がいっぱい!」


用意してくれた刺繍糸は色が豊富で、同系色で並べたら綺麗なグラデーションができるだろう。

布のサイズもいくつかあって、図案まであるので、ハンカチだけじゃなく、何か小物も作れそう……あっ!

これで(ぎょく)を入れるものを作ればいいんだ!

とはいえ、刺繍はさておき、裁縫自体もそこまで得意というわけではない。なんとか縫える程度だ。

そんな私でも作れそうな入れ物となると、無難に巾着袋かなぁ。四角く縫って、適当に絞り口作ればいけるはず。

ただ、ミーレの前で作るのはまずい。作った巾着に何か隠しているんじゃないかって調べられたらアウトだし。


ミーレに疑われないよう、昼間は普通に刺繍をすることに。

図案を選んで、布に写すことから……絵心がない私には無理だ!

上からなぞって写せる、複写紙みたいなのが欲しい。


「あの……写すの私がやりましょうか?」


図案に悪戦苦闘していると、ミーレがそう申し出てくれた。

私は即、お願いしますと図案と布を渡す。

ちなみに、図案の写しだけじゃなく、針に糸を通すのもミーレにやってもらった。


そして夜――。

ミーレが寝入ったのを確認して、こっそりと裁縫道具から必要な物を取り出す。

牢屋でもそうだったけど、この部屋でも灯りの魔道具がつけっぱなしなので、今回ばかりはそれがありがたい。

布団で隠しながら、玉の大きさに合わせて布を切って、針に糸を…………。

大丈夫!とっておきの裏技がある!

自分の髪を一本抜いて、その髪の毛で小さな輪っかを作り、その輪っかを針の穴に通す。

髪の毛は細くても糸より弾力があるので、針の穴に通しやすいのだ。

そして、穴から出た輪っかに糸を通して、あとは糸通しと同じ要領で引っ張るだけ。

前世で職場のママさんに聞いた知識が、こんなところで役に立つとは!

あとはせっせと縫うだけ。……多少縫い目がガタガタになっても、ご愛嬌ということで。

絞り口の紐を長くして、首からぶら下げるようにしようかな?

紐はどうしよう?ミーレが持ってきた紐を使ったらバレるし……刺繍糸がいっぱいあるから、それを編んで紐にするか。

編むと言っても三つ編みしかできないので、三つ編みを三つ作って、それをさらに三つ編みにして太くすることにした。

巾着袋が完成したら、またこっそり道具を戻す。

かなり時間がかかってしまったので、早く寝なきゃ!


夜なべして作った巾着袋のおかげで、安全にお散歩できるようになった。

つか、ここ数日、建物内の散歩しかしていないんだが?いい加減、飽きてきた。

ヘリオス伯爵もアイセさんも忙しいのか、まったく姿を見せない。

散歩は情報収集も兼ねているのだが、まったく成果は得られずじまいで。

そもそも、ミーレの監視がきつい!マジで二十四時間張りつく必要ある!?

ミーレ、自分の部屋があるのに、この部屋の床で寝袋を使って寝ているんだよ?

あと、巾着袋を作るときはありがたいと思った灯りの魔道具だが、夜間はずっとつけっぱなしなことがわかった。明るいせいか、寝つきが悪くなった気がする。

聖主が決めたことらしいんだけど、夜に幽霊が出そうだからって理由じゃないよね?

あ、でも、この世界にアンデッドはいないんだっけ。

この世界の生き物は、神様管轄の聖獣や精霊以外はみんな、死んだら女神様のもとへ行くと言われている。

よって、幽霊のように現世に留まったり、ゾンビのように死体が動いたりすることはないんだけど……。

そういった宗教的なこともあって、幽霊という概念がないゆえに、幽霊を認識できないとか?

ポルターガイストなどの心霊現象が、別の現象……例えば精霊の悪戯だと思われていたりする?

だとしたら、女神様のもとへ行けなかった魂がこの世をさまよっている可能性も出てくるよね。

精霊にしろ、幽霊にしろ、謎の現象を回避する方法が灯りをつけておくことだとしたら、少し説明つくかも!

今日は、白を回収するついでに、幽霊が出そうな場所を探してみようっと。


白には、この建物の屋外を調べてもらっている。

私がお散歩に出るときに、ミーレに見られないよう庭に放ち、翌日回収するのだ。

グラーティアは建物内の散策で、夜間に活動してもらっている。

廃墟化している建物なら、大きな蜘蛛がいてもおかしくないからね。

こちらも、今のところ成果はないんだけど。


ミーレを引き連れて、あの草ボーボーの庭にやってきた。

私は早速、草の中に少しだけ入って、草や虫を観察する。

観察するふりだとバレるかもしれないから、紙とペンを用意してもらい、実際に記録を書いたり、雑草を採取して標本を作ったりもしている。

昔、アイルに教わったことがこんなところで役に立つとは!

ミーレが火魔法を使えるのもちょうどよかった。乾燥の工程を短縮できるからね。


採取する草を選びながら白を探す。

草ボーボーすぎて、庭で迷子になっていたりして……。

白の姿が見えず、少し心配し始めたとき、初めて見る葉っぱを発見した。

むむっ!この葉っぱ、この細い茎。食べられる実が成る植物だと、私の直感が訴えている!!

例えるならミニトマトみたいな感じか。

野生化しているので、茎はあちらこちらに伸びているが、少し手を加えれば実をつけてくれるのではなかろうか?

とりあえず、種類を特定するために、伸びた茎を葉っぱ付きで採取する。

そのとき、右腕に何か触れたような感触があった。

虫でも入っちゃったかな?と袖を覗くと、そこには見慣れた乳白色の物体が……。白だ。

お姉ちゃんの手品を手伝っているうちに、素早く袖に入り込む技を身につけたのか?

小さな声でおかえりと呟くと、白も小さく体を震わせた。

あとは素知らぬ顔で採取を続け、ミーレに採取したものを見せるために戻る。


「これ、野菜だったりしない?」


早速、あの食べられる実をつけそうな植物をミーレに見せた。


「……すみません。私には判別つかないです。野菜は売っているものか、料理されたものしか見たことないので」


なんと!?

ミーレの発言に驚いたものの、ミーレが城下町出身だということを思い出した。

前世で言うところの都会っ子だ。畑に植えられている状態の野菜を見たことないのだろう。


とりあえず、この野菜っぽい茎は標本にせず、種類を知っていそうな人に聞いて回ることにした。

野菜に詳しいと言えば料理人!ということで、まず向かうは厨房!


「これ、なんの種類かわかりますか?」


葉っぱのついた茎を見せると、料理人はあっさりと答えた。ラトルの葉っぱですね、と。

私がわかっていないことを察した料理人は、ラトルの実物を私に見せてくれた。

籠いっぱいに入ったラトルの一つを手に取ってみる料理人。


「これが一般的なラトルです。とろとろになるまで煮込むと美味いですよ」


それを聞いて、そういえば毎食煮込み料理が出てくるなと、どうでもいいことを思った。

黄緑色したラトルは、ひょうたんの形をしている。触らせてもらうと、思ったよりも柔らかい。

ひょうたんの形をしているから、瓜っぽいと思うじゃん?ツルツルした表面は、瓜よりもナスやトマトに近い。

しかし、あることに気づく。

料理人は籠に入っているものがラトルだと言った。

籠の中のラトルは、ひょうたん以外の形もある。

ピーマンのようにボコボコした形や、バナナのように細長く湾曲した形まで、統一性がない。


「どうして違う形のものがあるのですか?」


「あぁ、いわゆる不良品ってやつです。ここ数巡、天候が悪かったし、野菜もまともに育たないのでね」


日本でも、変な形をした野菜がニュースになることがあったな。

人間みたいな人参、顔に見える凹凸があるナス、あとえちちな形の大根とか、バリエーションも様々。

こういう野菜は形がおかしくても味に影響はないことが多いが、ラトルは味も落ちてしまうらしい。


「まぁ、煮込んでしまえば問題ないですけどね!」


料理人は煮込むことこそ正義!といった感じに力説した。

煮込み料理ばっかりが出てくるの、イクゥ国の食文化じゃなくて、この料理人の好みだからだったりして……。


植物の種類が判明し、厨房をあとにする。

発見したラトルはどうしようか?

そもそも、野生化した野菜って美味しいのかな?

ラトルの旬は夏なので、これから実が成るだろうと先ほどの料理人は言っていた。

栽培された味とどう違うのか食べ比べしてみたいけど、夏までここにいるのは勘弁!

何か目印を立てて、観察する程度にしておくことにしよう。


自分の中で方針が決まったので、次の目的である幽霊が出そうな場所を探すことにする。


「ミーレ、怖いものが出る場所ってあったりする?」


「怖いものですか?例えばどのような?」


そこで、幽霊という言葉を使わずに心霊現象を説明してみたが……。


「精霊の悪戯のことでしょうか?」


ですよねー。


「亡くなった人のたましいが迷子になったり、恨みで人に悪さをしたり……」


「ネフェルティマ様。生き物はみな、亡くなると女神様に導かれて死者の世界へ旅立ちます。迷子になることはないので、安心してください」


あーうん。ルノハークってそういえば、創聖教の過激な信者だったわ。

死んだらみんな、女神様のもとで癒されて、そして再び現世に生まれる。そんな教えがあるから、幽霊とかのアンデッドの概念が理解できないんだ。


ミーレに説明するのを諦め、適当に部屋を覗いてみることにした。

ミーレたちルノハークの面々やここで働いている人の部屋もこの建物にあるが、比較的綺麗な部屋を複数人で使用しているらしい。

使用されている部屋はあちらこちらに点在しているので、その都度(つど)ミーレに確認を取りながら部屋を開けている。


使用されていないことを確認した扉を開けようとして、扉の向こうから何やら音がしたことに気づいた。

扉に耳を当ててみる。

ミーレにも謎の音が聞こえたのか、扉に近づいて耳を澄ませている。


「何かの鳴き声でしょうか?」


ミーレの言葉で私は気づいてしまった。

なき声はなき声でも、これはすすり泣く声ではないかと。

心霊現象でも、人のうめき声と泣き声はよくあるやつ!

とはいえ、生身の人間がいる可能性の方が高いのだが……でも、ちょっとばかし期待してしまう。


おそるおそる扉を開けると、やはりここも建てつけが悪くてギギーッと不気味な音が響いた。

その音がしたとたんに、謎の音が止む。


「誰かいるのですか?」


ミーレは怖がる素ぶりも見せず、部屋の中に入って声をかけた。誰かがここで仕事をサボっているとでも思っているのかも?

ミーレの後ろに隠れながら、部屋の様子を(うかが)う。

壊れた家具が置いてあるだけ……じゃなかった。なんか、いくつか床に穴が開いているわ。

浅い穴だけど、そこそこの大きさがある。断面が綺麗なことから、何かしらの目的があって開けられたものだと思われる。


「さっさと出てきなさいっ!」


突然の大きな声にびっくりした。私だけでなく、服の中に隠れている白も驚いたのか、動いた感触が伝わってくる。


「……も、もぅしわけ……ございばぜん……」


壊れた家具の裏から出てきたのは、泣きじゃくっている女の子だった。

ここのお仕着せを着ていることから、ここで働いている子なのだろう。

十二、三歳くらいかな?ショートカットだけど男の子っぽさはなく、大きなお目めが可愛らしい。


「早く仕事に戻りなさい」


初めて聞く、険のある声に、思わずミーレを見上げる。

ミーレは顔を(しか)め、まるで汚物を見つけてしまったときのような嫌悪感を(あらわ)にしていた。

穏やかな表情をしていることが多いミーレなのに、なぜ泣いている女の子にこんな顔をするのかわからない。


「ミーレ、ちょっと待って。あなた、どうしてこんなところで泣いていたの?」


私がそう問いかけても、女の子は私たちに怯えてしまって答えてくれない。


「ネフェルティマ様が、獣人ごときを気にされることはありません。放っておいて、お部屋に戻りましょう」


ミーレから発せられた言葉が衝撃的すぎて、思わずミーレを凝視する。

そして、女の子を見るミーレの目には、身に覚えのあるものが浮かんでいた。

ガシェ王国でも、ライナス帝国でも向けられたことがある目。人を(さげす)(いや)しめて、嘲笑(あざわら)う貴族たち。

私の目が黒くて不気味だと、あの両親から生まれたのに魔力なしだと、私に直接言ってくる者はわずかだ。ほとんどは、聞こえないように(さえず)るが……目は口ほどに物を言うという(ことわざ)通り、彼らの目は私のことを見下していた。

しかし、それは私だけではない。多少なりとも、お兄ちゃんやお姉ちゃんを悪く言う人もいる。ある種の有名税ってやつだ。

それに、公爵家というパパンの威光があるから、陰口だけですんでいるとも言える。

一応、貴族が差別的発言をするのは理解できる。貴族社会は序列社会だから。

適度にマウントを取りつつ、蹴落とせる隙を虎視眈々と狙う。群れで生活する動物と同じだ。

だけど、イクゥ国の庶民の出であるミーレが、獣人に対して差別意識を持っているのは違和感を覚える。

イクゥ国自体は元々獣人の国だったわけだし、獣人の文化が今のイクゥ国に浸透していることから、獣人差別が酷かったとも思えない。

となると、やはり原因はルノハークにある?

そもそもルノハークは、創聖教の至上派信者の中でも過激な人たちが集まった組織だったわ。

ミーレの差別意識も、ルノハークによって植えつけられたと見るべきか。


ここでミーレに差別はよくないって忠告しても、本当の意味で理解してはくれないだろう。

こういうのは、認識が変わるきっかけがないとね。


「私は種族とか気にしないから大丈夫!私のお友達には、獣人もエルフもドワーフもいるのよ?」


などと大見得を切ってしまったが、一応、たぶん、友達と呼んで差し支えないはず。

獣人は、宝探しゲームで仲良くなった大虎(だいこ)族のミーティアちゃんに、(せん)族のユアン君、(ゆう)族のアイリーナちゃん。(せき)族のバルグさんと(へん)族のダユさんは軍人だけど、友達にカウントしていいよね?あとは、氷熊(ひゆう)族のラックさんも!

エルフは……冒険者組合の長であるアドと治癒術師のヴェルにはお世話になったけど、友達と呼べるほど親しいかと言われたら疑問だ。

あっ!エルフの里の地下にいたお姉さん!お姉さんは友達になってくれるって言ってたから、間違いなく友達だ。

あと、バルグさんたちを含むなら、捜査班の……名前なんだっけ?レイなんちゃらさんとカルなんちゃらさん……。

レイリウスさんとカルンステさん!!名前が思い出せてすっきり!

この二人も友達にカウントしてもいい気がする。

ドワーフはラグヴィズ!

こうして振り返ってみると、ライナス帝国に来てから友達増えたなぁ。


私は指を折りながら、他種族の友達を声に出して数えていく。

ふと、ミーレを見やると、信じられないといった様子で私を見つめていた。


「ちゃんと人の友達もいるよ?」


「いえ、そうではなく……獣人が友達ですか?」


あ、そっちね。人間の友達がいない子だと思われたのかと思ったよ。


「うん。私は種族とか気にせずに、仲良くなりたいからそうしているだけ。ミーレにはミーレの考えがあると思うけど、ここは私に任せてくれる?」


「でも……」


渋るミーレに、大丈夫だと告げて強引に押し切る。

女の子は、私たちのやり取りを見ながら、どうしていいのか困惑しきっていた。


「私はネフェルティマって言うの。あなたのお名前を教えてくれるかな?」


「……ランユーです」


小さな声だったけど、ちゃんと答えてくれたことに感動した!

異国的な雰囲気の名前なのがまた可愛い。


「かわいいお名前だね。ランユーちゃんって呼んでもいい?」


私がそう尋ねると、ランユーちゃんは大きなお目めをぱちくりさせて驚いた様子。


「で、でも、わたし……()族だし……」


そう言って俯いてしまうランユーちゃん。

申し訳ないが、私は猢族がどの動物を祖としているのか知らないんだ。

なので、ミーレに聞いてみた。

ミーレは眉を寄せながらも教えてくれた。


「一般的に猨猴(えんこう)族と呼ばれる獣人の一部です。長くて太い尻尾を持つ獣人ですよ」


猨猴族って確か、サルっぽい動物を祖とする獣人だったはず。

サルの仲間で長くて太い尻尾が特徴的なのは……キツネザルの仲間か、オナガザルの仲間か、クモザルの仲間くらいか?


まだ俯いているランユーちゃんの背中側をこっそり覗く。

確かに、特徴的な長くて太い尻尾がピンッと伸びていた。

この尻尾、見覚えがあるぞ!

見るからにふわふわしてる尻尾は、毛の色は違うけど、白黒の縞模様にすればワオキツネザルの尻尾じゃないですかー!……触りたい。

ここ数日、白とグラーティアしか触れていないこともあり、ひっじょーに!もふもふ不足に陥っているのだよ!!


ヤバい気配を感じ取ったのか、ランユーちゃんは私から一歩、二歩と距離を取る。


「あ、ごめんね。あまりにもランユーちゃんの尻尾がみりょく的だったから……」


もふもふしたいのを必死に堪え、ランユーちゃんを怖がらせないよう笑顔を向ける。


「それで、ランユーちゃんはどうしてこの部屋にいたの?お仕事か何か?」


ランユーちゃんの年齢的に、ここで働き始めてさほど長くないと思われる。

新人にきつい仕事を押しつける人は、どこの職場にもいそうだし。

ランユーちゃんは言いづらそうにもじもじするだけで、答えてはくれなかった。


「他の猨猴族に当たられでもしたのでしょう。猢族は猨猴族の中でも弱い立場ですから」


獣人のことを嫌っているのに、ちゃんと教えてくれるミーレ。

つか、嫌っているのにやけに詳しいな?


「種族の中で序列があるの?」


同じ種類の群れの中で序列ができるのはわかる。

でも、近縁種のどの種族が上っていうのは聞いたことがない。


「ありますよ。猨猴族と呼ばれるように、数が多いのが(えん)族と(こう)族です。彼らは獣人の特性を持ちながらも、見た目は人とほとんど変わりません。だから、獣人であることを隠して社会に溶け込み、他の猨猴族を守ってきたとか。そこから、猨猴族の中で、動物の特徴を持つ者ほど劣っているとされるようになった。違いますか?」


ミーレ、怖い顔のまま問いかけても、ランユーちゃんは怯えて答えられないよ……。

それにしても、見た目が人間と変わらない獣人ってつまり……類人猿!?

は!そう言えば、ランユーちゃんも尻尾はあるけど、耳が見当たらない!

他の動物と比べても、ほとんどのサルは耳が小さいように思う。類人猿のチンパンジーやゴリラといった種類は、耳の形もほぼ人間と同じだし。

それに、サルは群れの中の序列が顕著だし、混群(こんぐん)を作る種類もある。そしてなにより、知能が高い。

なので、他の獣人と異なる社会構造を築いていてもおかしくはないのだが、それが祖となる動物の外見を劣るものとして捉えるのは、人間に近いゆえなのか……。


「……猢族は……尻尾を隠せないので……。それに、長が女性なのもあるし……」


猨猴族の中では、長は男性がなるものとされている種族がほとんどなのかな?

ニホンザルのボスは確かに雄だったけど……。

チンパンジーやゴリラがどうだったか思い出そうとしたが、記憶のほとんどが飼育下での姿ばっかりで群れのボス的な存在がいたか覚えていない。

単独で飼育されている場合も多いからね。

とはいえ、自然界においては、群れのリーダーが雄な種類もあれば、雌な種類もある。

さらに言うなら、子孫を残すという点においては圧倒的に雌が優位だ。雌に選んでもらわなければ、雄は子孫を残せない。

獣舎の動物たちも、繁殖期になれば雄が涙ぐましい努力をしていた。

モテモテであっという間にハーレムを築く子がいる傍らに、求愛行動が下手っぴでフラれまくる子も。下手っぴな子があまりにも健気で、レスティンと一緒に応援したことを思い出す。


「でも、こ族は女性の長で上手くいっているんでしょう?」


「はい!前の長も今の長も、とてもお強い上に美しくて、それに群れは家族だからと率先して子供の面倒を見たりして……」


ランユーちゃんは高揚していたことに気づいたのか、我に返ると口をつぐんでしまった。


「自分のところの長が一番だと思うのは当然だよ。私も当主であるおとう様が一番かっこよく見えるもん!」


父親しているときはデレデレした表情が多いパパンも、当主として、宰相としての顔はキリッとしていて凄く格好いい。


「ミーレだってそうだよね?」


「え??」


ミーレに振ったら、すぐには理解してもらえなかった。


「えーっと、聖主様だっけ?ミーレは尊敬しているんでしょう?」


「当然ですっ!麗しいお姿もさることながら、我々信徒を大切に思ってくださり、悩む者があれば厭わずにお言葉を授けてくださる慈悲深さ。聖主様ほど素晴らしい御仁はいらっしゃいませんっ!」


鼻息荒く聖主の素晴らしさを語るミーレ。

目はキラキラしているし、頬を紅潮させ、まるで推しを語るオタク……じゃないや、恋する乙女のようだ。

先ほどとの変わりように、ランユーちゃんもぽかんとした顔になっているよ。


「ね?みんなランユーちゃんと同じだから、そんなにひげすることないんだよ」


ランユーちゃんはほっとしたしたのか、小さく笑った。

ちょっと細まる目に、微かに上がる口角。あー可愛い!

尻尾がダメなら、頭だけでもなでなでさせてもらえないかなぁ。


「わたし、先輩たちにいろいろ言われて。でも、言い返せなくて……。悔しくて、落ち込んでいたんです」


ミーレの言う通り、猢族だからといじめに遭っていたのか……。


「わたしなんかには任せられないって……。わたしもそう思うんです。わたしよりも相応しい人がいるのに、なんでわたしなんだろうって」


ん?なんか話の内容がふわふわし始めたぞ?

とりあえず、ランユーちゃんの話をじっくり聞いてみるか。


じっくり聞いた結果、ランユーちゃんは仕事の内容を他者に話せないことがわかった。

名に誓っているわけではないようだが、雇用条件として秘匿すると契約しているかららしい。

そのことを告げたときのランユーちゃんの顔には恐怖が浮かんでいたので、おそらく身内の安全か自身が処分(・・)されると脅されているのかもしれない。

ここはルノハークの拠点なんだから、内部事情が流出しないよう手は打ってあって当然だ。

ミーレも、信徒同士でも何をやっているか知らないことの方が多いと言う。

ランユーちゃんは信徒ではないのに、特別な仕事を任されているので、やっかまれているみたい。


「そんなにすごい仕事なの?」


「獣人にとっては名誉なことです」


その言葉を聞いて、私はもしやと思った。

イクゥ国の獣人が名誉に思う仕事。獣王様の番に関係があるんじゃね?と。




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