急いては事をし損ずる。(パウル視点)
それは、なんの前兆もなく始まった。
皇帝陛下とヘリオス伯爵が言葉を交わしているさなかに、アイセント殿下がネマお嬢様を抱えて飛び上がったのだ。
ネマお嬢様が友好的に接していらっしゃるから、アイセント殿下は無体なことをしないだろうという油断もあったのだろう。
シンキが精霊術を使うも、ネマお嬢様を助けるには至らなかった。
事態の異常さに気づいた者たちが、アイセント殿下とヘリオス伯爵のもとへ駆け寄るが、あと少しというところで邪魔が入る。
貴族の子息たちが、人を近づけまいと壁のように立ちはだかったからだ。
「部隊章を掲げよっ!」
ストハン総帥の大声が広間に響き渡った。
この会場に招待客として紛れている軍人たちは、軍服ではなく、礼服を着用している。
そのため、誰が軍人なのか識別できるよう、礼服に所属の部隊章を隠しつけて、事が起きたときに見せるそうだ。
次々に礼服の飾りを外して、隠してあった部隊章をあらわにする軍人たち。
それに合わせて、私も潜入している部下たちに指示を出す。
「オスフェを示せ!」
私の声も、会場の喧騒に負けずに響き渡る。
まぁ、魔道具を使ったので、当然ではあるが。
オスフェの者を潜入させるにあたって、敵味方が交錯する事態に備え、オスフェの者であると識別できるようにして欲しいと、軍部から要請があった。
普段、潜入や諜報活動を担う者たちは、その任に就いている者にしかわからない印を身につけている。
しかし、今回はとある染料を使って、会場に潜入している部下たちの額にオスフェの紋章を施した。
この染料は、オスフェの私設魔術研究所が偶然生み出したもので、わずかに白みがかっているが色は出ず、魔力を吸収して発光するという特殊な性質を持つ。
材料に限りがあるので、常時使用することができないのが難点だが。
額を光らせている一人がアイセント殿下に近づこうとすると、体格のよい青年に阻まれる。
諜報員とはいえ、戦闘訓練を定期的に受けているので素人に負けるとは思いたくないが……。押されているな。
うちの者を軍部の獣人が助けようと加勢してくれたが、それすらも邪魔が入る。
ネマお嬢様に、私は積極的に動くなとお願いされているが、そろそろ動いても構わないだろう。
短剣を持ってこちらを威嚇する青年を昏倒させると、近くにいた者が私を見て怯えながら袋を取り出した。
魔法を使うのかと身構えるも、男はその袋をどこかに向かって投げる。
その男だけでなく、騒ぎを傍観していた者の中からも袋を投げる者がいた。
「魔石だ!」
誰かがそう叫ぶ。
袋の中身のことだろう。
この場面で魔石を大量に使用する魔法と言えば、転移魔法しかない。
「ネマお嬢様!」
さらわれることを想定していたからといって、俺が焦るそぶりを見せなければ、アイセント殿下は疑いを持つだろう。
これ自体が罠であることを……。
急いでネマお嬢様のもとへ駆け寄ろうとするが、わずかな差で間に合わなかった。
転移する瞬間、ヘリオス伯爵と目が合う。
彼女の目は、何か得体の知れない……闇を抱えているように見えた。
お三方の姿が消え、高座の方を見やるとカーナお嬢様の周りに揺らめく炎が現れていた。
魔力が可視化されるほど、気持ちが荒ぶっておられるようだ。
魔力を暴走させるおそれがあるため、カーナお嬢様のもとへ向かおうとしたときだった――。
威圧的で重苦しい魔力が広間を満たす。
呼吸すらままならないほど、本能的な恐怖を感じる。
軍部の者たちもその屈強な体を震わせていた。
立ったまま気絶する者も現れ、その者の足元は床から凍りついている。
その光景を見て、ようやく体が寒さを感じるようになった。
再び高座を見上げると、威圧的で重苦しい魔力をまとう皇帝陛下のお姿が目に入る。
これだけの魔力を自分の手足のように操り、ヘリオス伯爵に与する者たちだけを凍らせていく。
旦那様も奥様も、魔力操作に長けておられるが……あのお二人よりもお強い!
カーナお嬢様も皇帝陛下の魔力にのまれ、可視化するほど荒ぶっていた魔力が消えている。
「そやつらを捕らえよ」
皇帝陛下の命である。
しかし、動こうとする者はいなかった。いや、一人だけ……。
「陛下、魔力を抑えていただけますか?これでは私の部下たちが動けない」
皇帝陛下に進言したのはストハン総帥だ。
以前の、カーリデュベルを捕らえたときのようなふざけた様子は鳴りを潜め、頼もしい姿に軍人たちが憧憬の眼差しを向ける。
「あぁ、少し強すぎたか」
冷たい空気はそのままに、魔力の重圧が薄れた。
動けるようになった者たちが、次々とヘリオス伯爵に加担した者たちを捕らえていく。
私も急いでカーナお嬢様のもとへ向かった。
「カーナお嬢様、お怪我はございませんか?」
私がそう問いかけるも、カーナお嬢様は俯いたまま、しばらく返事をされませんでした。
「パウル……図ったわね?」
感情を押し殺している声に、カーナお嬢様の怒りを感じます。
「ネマお嬢様からお願いされておりました」
「わたくしに黙っていろと?」
「敵を欺くにはまず味方からと」
そのため、カーナお嬢様だけでなく、シンキとスピカにも知らせていない。
あの二人が演技できるとは思えないからな。
ただ、私の首が飛びかねないので、ちゃんと旦那様の承諾は得ている。
そのせいで、旦那様が宴に自分も参加すると言い出し、オルファンさんから苦情をいただいたが……。
「それに、カーナお嬢様は敵だと判別できた時点で飛びかかっていきそうだと、ネマお嬢様が心配されていましたので」
カーナお嬢様は、ネマお嬢様のこととなると好戦的になりますから、ネマお嬢様の心配ももっともだと思います。
ですから、ネマお嬢様のお願いを聞き入れたのです。
「パウルさん!どういうことですか!?ネマ様、私たちに何も言ってくれなかった……私たちは信用されていないんでしょうか……」
耳と尻尾が力なく垂れ下がり、涙をこぼすまいと唇を噛み締めるスピカ。
「逆ですよ、スピカ。ネマお嬢様は、どんな事態が起きようと、私たちが助けてくれると信じているから大人しくさらわれたのです」
ネマお嬢様がさらわれた先で大人しくしている間に救出しなければなりません。
「これから忙しくなります。スピカもシンキも、落ち込んでいる暇はありませんよ」
まずはカーナお嬢様を部屋にお送りしてから、各方面に報告をと思っていましたが、皇帝陛下がカーナお嬢様を呼び止められます。
「カーナディア嬢、少し話そうではないか」
皇帝陛下自ら、ご説明していただけるようです。
それならばと、スピカとシェルにカーナお嬢様を託し、私はシンキとセーゴ、リクセーを連れて、魔物たちを回収しにいく。
まずは会場の隅にいたカイを見つけた。
「気持ち悪い……」
明らかに顔色が悪いカイ。
「どんな欲を食らった?」
「でんか?に連れていかれたときと似てる。不味い……」
よほど不味かったのか、カイはそれ以上しゃべるのをやめてしまった。
ヴィルヘルト殿下に連れていかれたときとは、ガシェ王国とミルマ国の境にある遺跡でルノハークを捕まえたときのことだろう。
あのときも、美味しくないと文句を言っていたな。
歪んだ信仰心の味なのか、もしくは洗脳されていると不味く感じるのかもしれない。
とりあえず、具合の悪いカイをシンキに負ぶわせて、次はウルクたちがいる貴賓室へと向かう。
「精霊はネマお嬢様の居場所を見つけられそうか?」
道中、シンキに尋ねてみた。
ネマお嬢様のことは、精霊を使ってラルフ様に一報を入れたので、今頃旦那様にも伝わっているだろう。
「エガイルという国の遺跡に転移したあと、イクゥ国で見かけたが、それ以降はわからないらしい」
「そこまでわかれば十分だ」
エガイル国は、ライナス帝国に接する小国家群の一つ。
他の小国家群の国々と比べ、天災の被害は少なかったものの、ライナス帝国へ向かう難民の経路になっているせいで、治安がかなり悪化していると聞く。
治安が悪くなったことで、ルノハークの隠れ家に選ばれたのだろう。
ルノハークという名前の通り、どれだけ退治しても湧き出てくる。
宴の会場の二階にある貴賓室から、ウルク、イナホ、スライムたちを回収し、宮殿で与えられた部屋に戻った。
数日空けていたので、部屋に細工などされていないか確かめる。
「この部屋にはクートしか入っていないと言っているが?」
シンキはカイを椅子に下ろし、部屋の隅々を見て回る私を不思議そうに見る。
クートは、私たちがガシェ王国に戻っている間、この部屋の管理を任せていた部下だ。
精霊がこの部屋を見張っていてくれたなら確かだろうが、それでも自分で確かめなければならない。
「精霊を疑うわけではないが、お嬢様方の安全に関わることは自分の目で確認することにしている」
「そうか」
シンキはそう告げると、いつもの長椅子に寝転がった。
「休んでいいとは言っていないぞ?」
「精霊が近寄れない場所に主がいるなら、今は俺にできることはない。それに、ディー殿が動くんだろう?」
「あぁ。ラルフ様がこちらに来られる」
私たちの会話を聞いていた魔物たちが、ディーが来るのかとはしゃぎ出す。
ネマお嬢様がいなくなって心配するか、気落ちするだろうと思っていたが……。
「お前たちはネマお嬢様のことが心配ではないのか?」
気になったので二匹に尋ねると、尻尾を振りながら答えてくれた。
「あるじ様、元気!」
「ぼくたち繋がっているからわかるの!」
セーゴとリクセーにとって、ネマお嬢様と繋がっていることは自慢のようだ。
ネマお嬢様の身に危険がおよべば、名付けた魔物たちにはわかるらしい。
今のところ、ネマお嬢様は安全なようだが、ハクとグラーティアだけでしっかりとお守りできるか不安ではある。
「では、ネマお嬢様の異変を感じたら、すぐに知らせるように」
「わかったー!」
「わかったー!」
魔物たちの世話をシンキに任せ、私は旦那様への報告書を早急に送った。
返事はなぜか父から送られてきたが、ラルフ様がライナス帝国に到着する予想時刻が書かれている。
思っていたより時間がないな。
すでにライナス帝国側にも知らせてあるだろうが、急いでラルフ様を迎える準備を整えなければならない。
宮殿の東翼の侍従長のもとへ赴き、ラルフ様ご来訪のむねを伝える。
ゼアチル閣下より報告がされており、ラルフ様が宿泊される部屋の用意は済んでいると言われた。
「お部屋を確認させていただくことはできますでしょうか?」
「もちろんです。陛下からも、要望は聞き入れるようにと賜っておりますから」
侍従長の承諾をいただき、彼が呼んだ侍女に部屋へと案内してもらう。
案内された先は、お嬢様方の部屋からも比較的近い場所だった。
東翼自体が皇族の私的な空間なので、この部屋も元々は皇族の私室として使われていたのだろう。
「こちらは現在、ヴィルヘルト殿下のお部屋となっております」
皇帝陛下は、甥であるヴィルヘルト殿下を可愛がっておられるので、宮殿に部屋を与えているのはなんらおかしくはない。
しかし、いくらヴィルヘルト殿下とラルフ様の仲とはいえ、皇帝陛下より賜ったものを他者に使わせるのはよろしくないと思うが?
その懸念を侍女に告げてから、部屋の変更を願い出る。
「別の部屋にしていただくことはできますか?」
侍女は少々お待ちくださいと告げたあと、何もないところに向かってしゃべり始めた。
その光景は、シンキが精霊たちと会話しているときと同じだ。
彼女はエルフなのか?
エルフ族はそれぞれ特徴のある外見をしているが、彼女にそれらの特徴は見当たらない。
となると、精霊術師ということになるが、精霊術師が侍女をやっているというのはおかしい。
「侍従長に確認いたしました。オスフェ公爵子息様がこの部屋を使えるように、ヴィルヘルト殿下が陛下にお許しをいただいているとのことです。ですので、このままこちらをご使用いただいて問題ございません」
ヴィルヘルト殿下と皇帝陛下の間で話がついているのであれば、無理に固辞することはないか。
そう判断し、侍女に礼を述べる。
そして、不躾であることを承知で、気になっていたことを侍女に問いかけた。
「貴女は精霊術師なのですか?」
「いえ、わたしはエルフと人の混血です。精霊様のお声しか聞けないので、侍女の方が向いていると勧められまして……」
部屋の確認を進めながら詳しい話を聞くと、この侍女以外にも同じような生まれの者が宮殿で働いているらしい。
エルフ族は国の要職や軍部、警衛隊へと引き抜かれることが多いので、精霊の声を聞ける侍女や侍従が重宝されているのがわかった。
「あ、オスフェ公爵子息様がお着きになったようです。ご子息様は陛下と謁見なさるようですが、使用人の方をこちらに案内していると」
お出迎えは間に合わなかったか。……仕方ない。
しばらくすると、ラルフ様に同行した使用人たちがやってきた。
ラルフ様の専属であるジョッシュに、屋敷の侍女シェリーが。
「パウル、こちらにいたのか」
ジョッシュが笑顔で声をかけてきたが……腕に抱えている大きな枕のようなものはなんだ?
私の視線に気づいたジョッシュが、自慢するように枕のようなものを掲げた。
「我ながら上手くできたと思わないか?」
枕のようなものは、ジョッシュの手作りらしい。
見習い期間に裁縫の技術も叩き込まれるのだが、ジョッシュは同時期の見習いの中でも不器用な方だったな。
その代わり、魔法戦闘と数字には強く、見習いの中でも飛び抜けていた。
「で、それはなんだ?ラルフ様の持ち物とは思えないが?」
「ディーの枕だよ。ディーの寝床を枕に作り替えたのさ」
ディーがいなくなってからも、ラルフ様の寝室からディーの寝床が片付けられることはなかった。
ディーが聖獣となって戻ってきてからも、寝床は思い出として残してあったそうだ。
「ディーが時々、残念そうな目で寝床を見ているときがあって。あの寝床はディーのお気に入りだったし、枕なら持ち運べるだろう?」
得意げなジョッシュに言うか言うまいか悩む。
枕に変えてしまったら、それはもうお気に入りの寝床ではないのではないかと……。
そして、枕に変えられてしまった寝床を見て、ディーが悲しまないか心配だ。
「ラルフ様とディーの承諾は得ているんだろうな?」
ジョッシュはもちろんと答える。
さすがに主人に黙って……ということではなかったようで少し安心した。
だが、ディーが気に入るかは別問題である。
「では、ラルフ様が戻られる前に、部屋の準備を終わらせよう」
私とジョッシュで、部屋の隅々まで確認し、不備がある部分を侍女に伝えていく。
シェリーは、運び込まれた荷物を手際よく片付けていった。
「それにしても、聖獣と一緒に暮らすための部屋があるなんて、さすがライナス帝国だ」
「本来は、ヴィルヘルト殿下とラース様のために用意された部屋だからな」
そう。この部屋は、家具以外のすべてが一回りほど大きく作られていた。
ディーは、オスフェの屋敷でもさほど問題なく過ごせているので、少々過剰にも思える。
「ラース様はわからないが、ディーにはちょっと広すぎるかも。ラルフ様にくっついていられる方が、ディーも喜ぶと思う」
東翼自体、聖獣が過ごしやすいように作られているそうだ。
なので、この部屋の大きさも、青天馬を基準に作られたのかもしれない。
すべての確認を終えたところで、皇帝陛下の侍従が私とジョッシュを呼びにきた。
◆◆◆
連れていかれた先は、皇帝陛下の執務室だった。
ラルフ様とカーナお嬢様はいらっしゃるだろうと思っていたが、なぜか獣王様も同席されていた。
「君たちも知っておいた方がいいだろうと思ってね」
確かに、私が直に聞いた方が、より詳細に報告できるのでありがたい。
「お心遣い、感謝いたします」
皇帝陛下に礼を述べると、陛下のお側に控えていたゼアチル閣下が現状を語ってくれた。
まず、捕らえた者たちについて。
捕らえた者の多くが、ライナス帝国に何かしらの不満を持っている者だった。
血統主義ゆえに、皇后様を娶った皇帝陛下をよく思っていない者。主家に功績を奪われた傍流の者。獣人やエルフを重宝する皇族に嫌気がさしている者。
捕らえられた者たちの動機は実に様々で、共通点はないように見える。
一点を除いては……。
「数人ほど尋問したところ、皆がヘリオス伯爵を褒め称える言葉を口にしています。彼女が憂いを取り払ってくれた、彼女と話をするだけで心が軽くなると」
「尋問した者によると、先日捕らえたルノハークと反応が異なるそうだ」
洗脳されている可能性も考慮して、尋問はいまだ続けられている。
「ヘリオス伯爵が聖主なのでしょうか?」
ラルフ様の問いに、皇帝陛下は首を横に振られます。
「カーリデュベルのように、聖主に心酔しているだけかもしれん。ただ、聖主を知っていそうな人物は確保できた」
皇帝陛下が告げたのは、ヘリオス伯爵の弟、ゼルティール・ヘリオスの名だった。
普段は女性の衣装を着用している彼が、男性の衣装を着て、宮殿から出ていこうとしたところを捕らえたそうだ。
ただ、捕らえたときに酷く錯乱しており、体調にも異変を来したとかで、尋問は見送られている。
「ヘリオスが転移の際に告げていた行き先は、誰も聞いたことのない地名だった。精霊によれば、エガイル国にある遺跡の名前と言っていたが、すぐにまた転移したらしい。そして、その転移先が……イクゥ国のイオトゥー宮」
なるほど。だから、獣王様が同席されているのか。
「しかし、獣王がイオトゥー宮は廃宮となっていると言う」
皇帝陛下のお言葉を肯定するように、獣王様は頷かれます。
「イクゥ国の城は、争乱前の獣王国より使われている。戦のために何度も手を加えられた上に、歴代の獣王の中には複数の番を持つ者もいた。ゆえに後宮もあれば、寵姫に与えた離宮もたくさん存在する」
獣王様の説明によると、イクゥ国の城は広大な上に、大小様々な離宮が存在し、そのうちのいくつかは管理が行き届かずに廃墟同然と化していると。
そして、その廃墟と化した離宮の一つが、先ほど挙がったイオトゥー宮ということか。
「私も城で育ったわけではないが、城へ行ったときにイオトゥー宮周辺は危険だから近づくなと言われたことがある」
獣王様の、城で育っていないという言葉が気になる。
「それで、イオトゥー宮はどの辺にあるのですか?」
ラルフ様は気がはやっているのか、身を乗り出すように尋ねられます。
「城の南側……尖塔の屋根が壊れている宮がそうだが……」
ラルフ様の問いに答えながら、困惑を隠せないでいる獣王様。
ラルフ様がイクゥ国に乗り込まないか、不安なのでしょう。今のラルフ様はそんな危うさが窺えますから。
しかし、尖塔の屋根が壊れているような、崩落の危険がある建物をそのままにしておくというのもおかしな話だ。
壊れている方が人を遠ざける理由になると、あえてそのままにしているということか?
「ディー、ネマがいる場所はわかるね?」
――がう。
ネマお嬢様は、ラルフ様と揃いの意匠の陽玉をお持ちなので、ディーにはネマお嬢様の居場所がわかるようだ。
「じゃあ、まずはネマがいる場所の、建物の中だったらその外観が見たい」
――がうっ!
任せろと言うように力強くディーが鳴くと、ラルフ様は微笑んでディーの頭を撫でた。
応接用の机の上に、見たことのある台座が用意される。
ラルフ様がその上に腰帯の飾り……陽玉を載せた。
皇帝陛下が部屋を暗くするよう告げて、部屋全体が薄暗くなると、ディーの角がほのかに光り始める。
ディーの角に呼応するように、台座の陽玉も輝き出した。
陽玉が放つ光が執務室の壁に貼られた白い布に当たるよう調整され、その布に見慣れない巨大な建物が映し出される。
「イクゥの城!?どうやって……」
ディーの力を初めて見た獣王様は、とても驚かれたようです。
うちのディー、凄いでしょう?鵬族の獣王もとても珍しい存在ですが、光の聖獣であるディーには敵いません。
とでも言うように、ジョッシュの顔がにやついていた。
さすがにこの顔はいただけないので、彼の脇腹に一発お見舞いしてやろう。
「っぐぅ……」
不意打ちだったからか、ジョッシュが苦しげな声を出してしまい、カーナお嬢様から鋭い視線が向けられました。
私は素知らぬ顔でその視線を流し、映し出された光景に集中する。
巨大な建物は、上空からイクゥ国の城全体を見下ろしたもので、そこから一気に、目的の建物へ近づく。
先ほど、獣王様が述べられた特徴を持つ離宮。確かに、屋根が壊れた尖塔の存在が目立つ。
「イオトゥー宮で間違いない」
「これが離宮なのか?」
皇帝陛下が戸惑わられるのも理解できます。
外壁の半分ほどが植物に覆われており、覆われていない部分も元の色がわからないほど汚れている。
二階には、板が打ちつけられている窓もいくつか見えた。
庭はもちろん手入れなどされているわけもなく、植物たちが自由に育っている。
人の気配は見当たらず、放置されて久しいように思えた。
「こんなところにネマが……?」
ラルフ様のお顔がますます翳ってしまわれます。
外観通りに内部も廃れていたら、ネマお嬢様の環境も推して知るべしでしょう。
衛生状態が悪いことは想定していなかったので、ご病気になられる前に助け出さないと……。
「ここに聖主が隠れ住んでいるのなら、地下でどこかに繋がっているのではないかしら?ネマが言う『お約束』ってやつね!」
カーナお嬢様はそう告げて、皇帝陛下の方をご覧になられました。
確かに、宮殿にも多くの隠し通路や隠し部屋が存在しているし、ガシェ王国の王宮にも、オスフェの屋敷にもある。
「イクゥの城でそのような話は聞いたことないが、私がいたホケト殿には脱出用の隠し通路はあるな」
獣王様曰く、獣王様がお育ちになったホケト殿も政の中枢として使用されていた時期があるらしく、ホケト殿にあるなら城にあって当然だと。
そして、本城……城の主要部にあるのなら、離宮にまで張り巡らされている可能性は高い。
離宮は寵姫に与えられていたと、獣王様は仰っていた。ならば、獣王のお渡りも多く、いざというときの備えを用意していただろう。
「これだけ朽ちている建物に人が出入りするとなれば、とても悪目立ちするだろうね。精霊たち、このイオトゥー宮とやらに地下通路はあるかい?」
精霊に尋ねられた皇帝陛下は少しして、思わずといったふうに笑われます。
そして、精霊からの答えを仰いました。秘密だそうだと。
秘密……つまり、精霊に口止めしているということが答えになってしまっている。
秘密にしなければならないものがあると言っているようなもの。
さすがに、城で働く者全員がルノハークを知っていて匿っている……なんてことはないだろう。
明らかに誰も住んでいない建物に出入りをする者があれば、怪しむ者も出てくる。それを避けるためには、人目につかない地下から出入りするしかない。
転移魔法という手もあるが、魔力を無尽蔵に使える者が存在しない以上、実質無理がある。
「ディー、この建物の地下は見られるかな?」
――ぐるるる。
布に映し出される光景が変化した。
魔道具の灯りに照らされた質素な部屋。
比較的綺麗ではあるものの、剥き出しの石壁や床はいただけない。
そんな質素な中で存在感を主張する寝台の上にはこんもりとしたものがあった。
それに気づいたラルフ様とカーナお嬢様は息を呑まれるが……カーナお嬢様が力なく呟かれました。
「これは……寝ていますわね」
「疲れて眠っちゃったみたいだね……」
これが他家のご令嬢だったら、この先を悲観して枕を濡らしていたり、出して欲しいと必死に訴えたりするのだろう。
しかし、ネマお嬢様はたくましいと言うか、肝が据わっていると言うか。まぁ、とてもオスフェらしくはありますけど。
ラルフ様とカーナお嬢様がネマお嬢様の寝顔を堪能していると、ディーが獣王様を見つめて首を傾げた。
そして、ラルフ様の方に向き直り、何かを告げたようだ。
ラルフ様は驚いた表情をされ、ディーに本当かと尋ねられます。
ネマお嬢様を映していた光景が変わり、似たような石造りの部屋が映し出される。
大きな翼を持つ獣人が、鳥を祖とする獣人が愛用しているという、変わった形の椅子にもたれかかって眠っていた。
「ハオランっ!?」
獣王様は勢いよく立ち上がり、光景が映し出されている布におぼつかない足取りで近づいていかれます。
「獣王様、お気を確かに」
ゼアチル閣下が獣王様のお体を支え、椅子へと促しました。
その間も、獣王様は映し出された獣人をずっと見つめ続けておいでです。
「ハオラン。獣王の本物の番か……」
ヴィルヘルト殿下がお話しになっていた、獣王様が洗脳され、カーリデュベルを番だと認識していた件ですね。
どこかに本物の番が囚われていると思われていましたが、城にいたとは……。
「もしかすると、ドワーフ族の宝もここに隠してあるのではないか?」
ドワーフ族の宝。さらわれたドワーフ族の子供たちを示す隠語だ。
皇帝陛下は、イクゥ国の使節団に紛れていたドワーフ族から、ドワーフ族が抱えている問題をお聞きになった。
そのドワーフが名の誓いによって縛られているため、ドワーフ族が抱えている問題に関して公言することはできず、情報共有も精霊を排した状態で行われた。
精霊にも伝えられない事案ということもあり、この一件にエルフ族出身の者は、宰相のゼアチル閣下しか関わらせていないという徹底ぶり。
精霊からの情報が得られないので、ドワーフ族の子供の捜索は進んでいないようだが……。
「しかし、隠さなければならないものを一ヶ所に集めるでしょうか?」
ラルフ様が疑念に感じられたことを皇帝陛下に申し上げます。
「もちろん、本来であれば別々に隠す方が安全だ。見張る人員を十分に確保できるのであればな」
大それたことを成すには、資金と人員が欠かせない。
資金と人員が豊富であれば、見張りの数を十分に揃えられるし、偽物を用意して、守りたいものから目を逸らすことも可能だ。
しかし、聖主は今、そのどちらも不足している。
我々オスフェの使用人たちがこの数巡、地道にルノハークを消していたところに、先日の大量捕縛とあっては、動かせる駒もそう残ってはいないだろう。
資金も、その駒たちからの寄付やカーリデュベルが創聖教から横流ししていたのであれば、半分以下になっていてもおかしくはない。
それらを踏まえると、あちら側には人質を別々に管理する余裕はないだろう。
ラルフ様は皇帝陛下のお言葉に納得されると、ディーの力を使って、ドワーフ族の子供たちがいないかと探し始めました。
そして、皇帝陛下のお考えは見事に的中します。
「……ディー、どうしたの?力を使って疲れた?」
戸惑っている様子を見せるディー。
ラルフ様に何かを伝えると、ラルフ様もまた困惑を隠しきれない様子。
そして、自分では判断できないと思われたのでしょう。皇帝陛下にディーの言葉を伝えられました。
何かいる――と。




